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別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。 いい加減整理したい。 ※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。 絶対転載・保存等禁止です。 宜しくお願い致します。
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儀式を終えると、他種族との交流が待っていた。
明日からは「学校」にいくことになるのだ。
そこには土の精霊はもちろんのこと、火・水・風・光・闇の精霊たちも通っている。
土の精霊の最終目標は「星」を成長させること。
そのために他種族の力は必要不可欠、仲間を見つけて成長に協力してもらうために、学校という場所があるのだった。
アースは憂鬱な気分になった。
同族の中ですら友達がいないこの状態で、どのように集団生活を送ってよいものか。
明日からの生活に不安を覚えないわけがない。
アースはただただ只管に、不安に押し潰されそうになりながら、すすり泣いた。

学校に入学してから数年が経過した。
儀式の時に予想していた通り、現在もアースには友達がいなかった。
苛められることはなくなったのだが、かといって話し相手が出来たわけでもない。
どうやら、他種族の少女たちもアースの優等生振りを聞き、敬遠しているのだ。
もしくは、土の一族が関わるな、と情報を流しているのかもしれない。
しかし『孤独』に慣れてしまっていたアースに、特にこれといって問題はなかった。
自分の星を成長させること、それに全力を注いだのである。
確かに、気持ちとは裏腹に大きくなった自分の星を憎む事もあった、もし、私がここまで星を成長させていなかったのならば、友達がいたのではないだろうか、と。
しかし、星には何の罪もない。
星を完成させることで、アースは貴重な動植物たちの「故郷」を誕生させることができるのだから。
近年、人間種族が急速な勢いで増加しており、新たなる故郷が必要なのである。
もちろん土の精霊も毎年生まれてくるので、星の存在には何の問題もないように思えるのだが、人間たちが住めるような環境になるまでには時間がかかり、また簡単には創造出来ないものである。
土の精霊全員が「完成された星」を持てるわけではないのだ。
途中で何らかの事情のもと爆破することもあるであろう、生命誕生にまで至らない荒地の星も存在しよう、全く発展しない星もあろう。
そうなる原因の一つに「性交」が関わる。
土の精霊は異性と交わった瞬間に、その「星創り」の為の力が失われていくのである。
そのため「純潔」が土の精霊の絶対条件だ。
星を完成させ安定した状態でなら、結婚をし、契りを結んでもかまわない。
しかし、途中の過程で性交を行った場合、それは星の死を意味する。
その為、星が多すぎる、といった状態にはならないのだ。
一族の名誉の「星」よりも愛を取る精霊だって少なくはなかったのだから。
勤勉だけに時間を注ぐアースに転機が訪れることになろうとは、誰も予想すらしていなかった。
この時は、まだ誰も。

今日は土の精霊と風の精霊の合同舞踏大会が行われる。
精霊たちは基本的に優雅なことが大好きだ。
きらびやかな衣装をまとい、ここぞとばかりに自身を飾り立て、出席する。
この合同舞踏会は、5年に一度開催されていたのだが、もちろんアースは今まで参加した経験はなかった。
一族の期待を課せられていた彼女は舞踏会に出席する時間を惜しんで、勤勉に励んでいたからである。
だが、流石に今期最大の能力を持つ土の精霊となれば、稀には顔を出さねば陰口を叩かれる羽目になる。
今回の出席は、あくまで体裁上のことであって、アースにも舞踏会のよさを分かってもらおう、という両親の意図から来るものではない。
また、風の一族にもアースのことを自慢したいということもあるだろう。
ブリュンヒルデ家の期待の星、それを今こそ土の精霊だけでなく、風の精霊にも印象付けしておきたい。
・・・何れはブリュンヒルデ家が土の一族の長となるために。
アースは両親が買ってくれた豪華な衣装に身を包んだ。
儀式の時点で一番優秀だった者には賞金が贈られるのだが、そのときの大金で購入したドレスだろう。
見栄を張ったことがすぐわかるような代物だ。
普段アースは平凡な麻のワンピースしか着ていないために、そのドレスがいささか窮屈に思えた。
身分相応ではない代物に、アースは眉をしかめたのだが、そんなこと両親はお構いなしである。
もともとアースの容貌なら着飾らなくとも、素のままで十分に美しさを際立たせることが出来るのだが、とにかく、両親は「見栄」を張りたいのだった。
上等な虹色のロングドレスに、額と首元に桜色の真珠。足元は琥珀色のサンダル。
ショールだけは購入できなかったのかアースが自分で織って、草木で染めた淡緑のもの。それを羽織っていく。
みすぼらしいから、と止められたのだがアースは「風邪を引いて勉強に支障をきたしても困りますから」と、それを羽織ることにした。
その理由では両親も納得せざるを得ない。
化粧、というものもしてもらった。
瞼に、唇に、花びらをこすりつけ、色の変化を楽しむ。
瞼は菫、唇は牡丹、頬には蓮華。
アースは慣れない騒ぎで、参加前からどっと疲れてしまった。

舞踏会は退屈なものであった。
両親はひとしきりアースを紹介に連れ回すと、あとはアースをよそに料理を平らげワインを飲み、豪快におしゃべりを始める。
深い溜息を吐き両親を見つめ、情けないやら哀しいやらで、胸が苦しい。
友達もいなかったため、アースは表情虚ろに逃げるようにして踵を返すと出口のドアを目指した。
なるべく人に見られないように、ゆっくりと。
と、学校で見たことのある風の精霊の女の子三人を見かけた。
友達、とは呼べないのかもしれないが数回会話を交わしたこともあり、食事もとったことがある。
アースは安堵し、辺りを軽く見回しながら彼女たちに近づいていった。
もしかしたら、一緒にいてくれるかもしれない、と淡い期待を胸に抱いて。

「そういえば、さっきアースいたわよね」

自分の名前が出たことに驚きを隠せないアース。
一瞬立ち尽くす。

「一人だったわ、探してきて一緒に食べない?」

二人の少女が頷きあう、しかし、残りの少女は怪訝に顔をしかめた。

「私あの子嫌いよ」

言い放つ。

「でも・・・・。ほら、あの子って目立つから。結構男の子寄ってくるし。一緒に居たほうが得じゃない? それに彼女と仲良くすることで私たちも評価上がりそうだと思わない? 優等生なんだもの」
「そうよ、数少ない友人達なのよ私たちは。付き合っていて損はないと思うのだけど」
「でも、嫌いなものは嫌いよ。ああいうタイプが何を考えているのか全くわからないわ。そもそも成績優秀で美少女、なのよ? 鼻で私たちのこと笑ってる気がする。引き立て役にしてるのかも。だから土の一族に友人がいないのよ」

沈黙が訪れる、微かに二人も顔を見合わせながら、

「・・・確かにそうは思うけど」
「ホントは私も付き合いにくいって思ってた」

と、話を合わせてしまう。
丸聞こえしてしまい、その場に立ち尽くすアース。
・・・聞くんじゃなかった。こんなところに来るんじゃなかった。
アースは瞳に涙を浮かべながら、横を通り過ぎ、出口を目指した。
何か、彼女たちが自分を呼んだ声を聞いた気がするが、振り返ることなくアースは走り去った。
友達とは思っていなかった、しかし、友達になれるかもしれないとは思っていた。
明日から、彼女たちには会えない。
呼吸が切れるほど走ってドアを勢いよく開き、そのまま庭を通り抜けて、泉のほとりにたどり着く。
遠くで愉快な曲、笑い声が聞える。
水面に移る自分を嘲笑うと、アースはサンダルを脱ぎ捨て、泉に足を浸した。
ドレスを軽くつまんで深いところへ進む。
冷たい温度が火照った体に丁度いい。
瞳を閉じて空を仰いだ。
ぱしゃん・・・
暫くそうしていたのだが、不意に人の気配を感じて振り返った。
・・・岸に誰かいる。

「誰?」

振り返り、アースはそう問う。
影は暗闇から姿を現してきた。

「ボクはリュウ。一緒に泉に入ってもいいかな?」

アースが返事をするのも待たずに、少年は靴を放り投げるとアースのところまで走ってきて笑った。

「ああ、気持ちがいい」

唖然とするアースに、リュウは首を傾げる。

「土の精霊・・・かな? 初めまして、風の精霊でリュウ・フリッカ。あまりにも舞踏会とやらが退屈だからいつも抜け出してここに来るんだけど、今日は先客がいたから驚いたよ」
「あ、ご、ごめんなさい。あなたの場所だったのね」

慌てて泉から出ようとするアースに焦ってリュウは声をかけた、半ば戸惑い気味だったが。

「僕の場所じゃないから居てもいいんだよ。ここは退屈な人が来る場所。君もそうなの? ボクは人ごみが苦手でさ」

苦笑いするリュウに、アースも拍子抜けして微笑むと、じゃあ、と岸に上がるのを諦めた。
リュウはポケットから木の実を取り出すとアースに数個手渡し、勧める。

「会場でくすねて来たんだ。持ってこられるものなんて、これとワインのボトルくらいなもんだから。
出席したからには何か食べたいしね」
「ありがとう、実はおなか空いてたの」

嬉しそうにアースは受け取る。

「じゃあ、戻って何か食べる?」

聞き返すリュウ。
現在手持ちの量では到底二人分は足りない。

「二人一緒なら、会場に行っても平気かもね。隅っこで食べようよ」

二人、一緒。
その言葉を聞いてアースは天にも昇る気持ちだった。
そんな言葉、言われたことがなかったので、とても嬉しくて。
思わず言葉を失って、リュウを呆けた様子で見つめ続ける。
だが、数分後アースが遠慮がちに頷き、それを確認したリュウは、その手を取って駆け出した。
サンダルと靴を拾い上げ、風を切りながら。

初めてアースに出来た・・・友達。
風の精霊、リュウ・フリッカ。
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soukannzu.jpg見えたら奇跡。

実家でテレビ観ながら描いて、スキャナにかけて、実家から二人暮らし部屋にメール送信して画像を送って、さっき帰宅して早速ブログにアップしようとしたらば。

・・・ファイルが大きすぎてアップ出来ないのだそうです(号泣)。
ただでさえアサギに線が集中してよく見ないとさっぱり分からないのにっ!
今度実家で直してくるとして。
ええと。


soukannzu1.jpgsoukannzu2.jpgsoukannzu3.jpgsoukannzu4.jpg









ハイ♂26歳(2星ハンニバルの魔王・3章にて死亡)→好き→アサギ
                                ←友達←アサギ
クレロ♂約29歳(4星クレオの神・天空人)→好き→アサギ
リル♀約24歳(クレロの側近・天空人)→大事→アサギ
                        ⇔同期⇔マルタ
マルタ♀約24歳(クレロの側近・天空人)⇔同期⇔リル
ガーベラ♀17歳(3星チュザーレの娼婦)→好き→トランシス
                          ⇔友達⇔アサギ
                          ⇔セフレ(みたいな感じ)⇔トビィ
リョウ♂12歳(5星マクディの勇者・アサギの幼馴染)→好き→アサギ
                                 ←友達←アサギ
                                 ⇔友達⇔トビィ・トランシス
トランシス♂17歳(5星マクディの一般人)⇔恋人⇔アサギ
                          ⇔友達⇔リョウ
                          ⇔大嫌い⇔トビィ
                          ←好き←ガーベラ・マビル
                          ⇔嫌い⇔ベルーガ・デズデモーナ
トビィ♂17歳(4星クレオの最強ドラゴンナイト)→好き→アサギ
                             ←義兄←アサギ                             
                             →嫌い→ミシア
                             ←好き(ストーカー)←ミシア
                             ⇔大嫌い⇔トランシス
                             ⇔友達⇔リョウ
                             →相棒→デズデモーナ・クレシダ・オフィーリア
                             ←主(忠誠)←デズデモーナ・クレシダ・オフィーリア
ベルーガ♂26歳(6星オブリオンの大国の第二皇子)→好き→アサギ
                                 ←人間的に憧れ←アサギ
                                 ⇔嫌い⇔トランシス
マビル♀約12歳(4星クレオの魔族、アサギの影武者・4章にて死亡)→嫌い→アサギ
                                           →好き→トランシス
デズデモーナ♂約25歳(4星クレオの黒竜)→主→トビィ
                           ←相棒←トビィ
                           →好き→アサギ 
                           ←友達←アサギ
                           ⇔嫌い⇔トランシス
クレシダ♂約25歳(4星クレオの風竜)→主→トビィ
                        ←相棒←トビィ
オフィーリア♂約12歳(4星クレオの水竜)→主→トビィ
                          ←相棒←トビィ
ミシア♀17歳(4星クレオの魔導師)→好き(ストーカー)→トビィ
                      ←嫌い←トビィ
                      →死ね→アサギ
                      ←仲間←アサギ
                      →気に入らない→ガーベラ
アサギ♀12歳(4星クレオの勇者・主人公)⇔恋人⇔トランシス
                           →義兄→トビィ
                           ←好き←トビィ・リョウ・ベルーガ・ハイ・クレロ・デズデモーナ
                           →友達→リョウ・ハイ・デズデモーナ
                           →人間的に憧れ→ベルーガ
                           ⇔友達⇔ガーベラ
                           →仲間→ミシア
                           ←死ね←ミシア
                           →助けなきゃ→マビル
                           ←嫌い←マビル
                           →お姉さん→リル・マルタ
                           ←大事←リル
                           →神様→クレロ

・・・書いた作者がもはや観難くて、見る気がしない(卒倒)


                          

アニス、逃げろ、アニス、飛ぶんだ!
傷つきながら、叫び続ける動物達。
トカミエルから一旦離れてみんなを森へ帰そう、そうしたらまたトカミエルの元へと戻れば良い。
アニスは混乱する頭の中で、それでもこの無残な意味を成さない争いを打破するべく、必死に考える。
口付けを繰り返すトカミエルの腕の中、息するタイミングも分からずに、必死に右手を天へと掲げた。
羽を、懇親の力を込め羽ばたかせる。
トカミエルの腕から離れて、動物達を森へ帰そう。そうしたら、また戻れば良い、トカミエルの元へと戻れば良い。
押さえつけていた羽が、動き始めていた事にトカミエルも気づいた。
唇を離し、アニスを見つめる。
暴れるアニス、羽を死に物狂いで動かして、右手を逃れるように天へと掲げ。
涙を零しながら、何か叫び続けているアニスの様子に、トカミエルは急に胸に刃物を突き立てられたかのような激痛を感じた。
一目でこの妖精を『手に入れたい』と思った。
この妖精を『見ていたい』と思った。
この妖精と『一緒に居たい』と思った。
この妖精が『愛しい』と思った。
この妖精に『触れたい』と思った。
この妖精は『自分のモノだ』と思った。
近寄った瞬間に、抱き締めた瞬間に、温もりを感じた瞬間に。
想いは徐々に深く強く独占欲を剥き出しにして、強く暴力的な絶対的な愛しさへと。
妖精を閉じ込めよう、誰の目にも触れないところへ。
・・・自分と同じようにこの妖精を欲しいと思う輩が現れたら、目障りだから。
手に入れた途端、急に失うのが怖くなったトカミエルは、自分とこの妖精とを引き離す全ての要因を、排除しなければならない、と痛感したのだ。
居なくなっては困る、失いたくないから。
傍にいて欲しい、苦しいから。
ようやく見つけた、捜して求め続けていた、最も渇望する『存在』を・・・手放したくない。
笑う顔を、怒る顔を、悲しむ顔を、泣き叫ぶ顔を、全てを、この妖精の全て何もかも。
自分のモノに、自分だけのモノに、自分を壊して狂気の沙汰で、愛し抜く。
手に入れた妖精は、今、何をしている?
羽を動かし空へと舞い戻ろうとしていないか?

「冗談じゃない」

アニスの一連の行動を見て、焦燥感に駆られたトカミエル。
羽で空中へ逃げられたらトカミエルには追うことが出来ない、消えていくのを指を咥えて見ていることしか出来ない。
トカミエルは左腕に力を込め、右手で腰に下げていた愛用の小型のナイフを迷う事無く手にすると、躊躇する事無くピタリ、とアニスの羽の付け根に当てる。
正確に、一寸の狂いもなく、そう、羽を切り落とす為に。
―――飛び立って居なくなる前に、その羽を切り落とす。羽さえなければ、小鳥は腕という名の篭から逃げ出さない

「痛いかもしれないけれど。逃げようとするからいけないんだ」

オレは悪くない、オレから逃げようとするから、君がいけないんだよ。
オレのモノになったのだから、勝手に消えてはいけないんだよ。
絶対に逃がさない、君なしでは生きていけないほどオレは君を愛しているのだから。
だから、君も責任持って、オレの傍でオレだけを見て、愛し続けなければいけない。
オレは、何も、悪くない。
トカミエルは、うっすらと笑みを浮かべる。
右手に力を集中させ、羽に当てていたナイフを、そのまま強引に振り下ろした。

「ふ・・・う、うぁ、あああぁぁぁぁぁぁっ!!」

―――ねぇ、羽って抜けないかな?
―――羽がなければ、私も人間と同じなのに
アニスの絶叫が、動物達の耳に木霊した。
けれども、それはトカミエルには聞こえない。
全てを切り裂く刃となり、動物達はアニスの痛々しい悲鳴に耳を塞ぎ、尚アニスの名を呼ぶ。
ぽたり、と花畑にアニスの血液が滴り落ちた。
トカミエルの左腕にも血液が流れ落ちていく。
暖かな、血。
人間と同じで真紅の血だった。
ただ。
トカミエルは切り落とした羽を満足そうに見下ろし、安堵の溜息を漏らすと、鼻を引くつかせる。
甘い、香り。
何処からか甘い香りが鼻に絡みつく。
禁断の果実、触れてはけない、快楽への入り口である麻薬のように、甘い甘い誘惑の香り。
アニスの身体から、正確には噴出した血液から香る、その甘い香り。
耐え難い激痛で、痙攣するアニスを支えながら、ナイフで切り裂いた傷口に引き寄せられるかのようにトカミエルは舌を這わせた。
口の中に広がる、甘美な花の蜜のような。
一度口にすれば、やめられない、止まらない。
トカミエルは、瀕死のアニスを気にも留めず、ひたすらその不可思議な血を、嘗め、飲み続ける。
少年達はこの世のものとは思えない、悪魔と対峙したような恐怖に駆られた。
中には胃の中の物を吐き出す者もおり、鮮血に染まり続けるトカミエルに、顔面蒼白で倒れ込む。

「キサマアァァァァァ!! アニスに何をしているっ!」

狼がようやく花畑に到着し、微動だしないアニスと、その身体を貪り続ける人間を見、憤慨したままトカミエルに突進する。
眩く、全てを噛み砕く歯が、トカミエルへと向かった。
面倒くさそうに顔を上げると、慌てもせず、怯えもせず、ただ、邪魔をされた事だけに腹を立て、トカミエルは右手の中のナイフを握り締めた。
狼の口が大きく開き、頂点に達した怒りが、トカミエルに襲い掛かる。
狼の咆哮が響き渡り、少年達は死を覚悟した。

「うるさい」

その場に居た人間が、動物が。
最強に位置するといっても過言ではない狼の眉間に、風の様に一瞬で突き立てられたナイフを見て、言葉を失った。
トカミエルの投げつけたナイフは、綺麗過ぎる程に完璧にあの速度で駆け抜けてきた狼の眉間に深く刺さっていた。
傍らにアニスを抱き、その身を鮮血で染め上げ、笑い転げるトカミエル。
動物達には見えた、トカミエルの背後から立ち上る、漆黒に近い業火が。

「何? この妖精を助けに来たの? 悪いけど、オレからこの子を奪うつもりなら・・・」

死んで。
無邪気に笑い、そう叫ぶトカミエル。
アニスは瞳に朧気に映った狼を見て、懇親の力で手を伸ばした。

「み、んな、わたし、は、だいじょ、ぶ、だから、ここか、ら、もり、へもどっ、て」

アニスの声は、か細くとも動物達に届いたのだが、あの状態で何が大丈夫なのか。
言葉を無視して、猪達がトカミエル目掛けて突進する。

「・・・忠告はしてやったよ、一応」

軽いおどけた溜息を吐き、トカミエルは右手をアニスの首元へとそっと伸ばし、猪達へ見えるようにアニスの身体を起こした。

「分かるだろ? 近づくならこの首、折るよ」

猪達は、必死で地面に爪を突き立て、止まる。
悔しそうに鼻を鳴らしながら、それでも、動かずにトカミエルを睨み付けた。
笑い転げるトカミエルは、それでもアニスの首元から手を離さない。

「知らなかった、動物って人間の言葉が解かるんだ。利口で助かったよ」

邪魔をするものは、誰であれ、何であれ、叩き潰す。
どんな手を使ってでも、この妖精を渡しはしない。
全ては、この妖精だけを手に入れるために。
死に逝く動物を涙を流し続け、見つめるアニス。
誰かが止めなければ、・・・誰が止められる?
動物も、トカミエルも、アニスにとっては大事な存在だった。
次々と動物の息の根を止めていくトカミエルですら、アニスには、未だ大事な存在だった。
何か誤解が生じたのだ、でなければ明るく太陽のように無邪気に笑えるトカミエルが、こんなことをするはずがない。
そう、思っている、願っている、トカミエルは、酷い人間ではない、と。
誰か、誰か。
視界に首からぶら下がっていたネックレスと、腕に巻かれた布が目に入った。
トリア。
アニスが鮮明にトリアの姿を思い出した。
トカミエルの双子の弟、馬のクレシダから信頼をおかれ、リス達にも気に入られ、鷹からも一目置かれている人間。
彼ならば、彼だけが。
そうだ、トリアが居てくれたのなら。

「助けて、トリア」

アニスは、明確に戻った意識の中で、激痛に耐えながら必死で名を呼ぶ。

「助けて、トリア! トリア!」
「何を言っているのかわからないって・・・ん?」

唇を再度動かし始めたアニスに困ったように笑うが、トカミエルはやがて唇の動きから一つの単語を導き出した。

「タ・ス・ケ・テ・ト・リ・ア」

アニスと同じように唇を動かし、言葉を発する。
助けて、トリア。
双子の弟の名前。
トリアの姿が脳裏に映った瞬間に、先日の会話が甦る。
『・・・好きな子が、出来た』
『新緑の髪に、深い緑の瞳、凄く可愛らしい子で』
『あの子の傍に、居たいんだ。護ってあげたいんだ。居ると分かるだけでココロが安らぐんだ』

「緑の、髪と瞳・・・」

虚ろに呟くトカミエル。
幸福で満ち足りたトリアの様子が、トカミエルの胸に衝撃となって襲い掛かった。
緑の髪と瞳。
『緑の髪と瞳の娘を知っているかどうか・・・確認しに来た』
次いで思い出すのは、昨日対面した男の言葉と姿だった。
ようやく、全ての疑問が当て嵌まっていく。

「二人が求めていたのは・・・この子?」

キィィ、カトン・・・。
耳障りな金属音、トカミエルは頭を激しく振ると、苦しそうに胸を鷲掴みにする。
あの二人は、この妖精を知っている。
オレが一番最初に見つけて手に入れたはずなのに、すでにあの二人は知っていた、オレよりも先に知っていた!
・・・嫌だ。
耐えられない。
オレの大事なこの子を好きだというトリアが、気に食わない。
オレの大事なこの子を捜しているベトニーが、気に食わない。
あの二人が、自分の前に立ちはだかるのが、堪らなく嫌で苦しくて焦りを抱かずにはいられなくて。
そして、トリアの名を呼び、助けを求めているアニスが・・・気に食わない。

「どうしてオレの名を呼ばないっ!」

トカミエルは、唇を「トリア」と動かし続けるアニスを見ていると、胸に剣を何度も刺し貫かれているような激痛を感じ、その痛みから逃れる為に。
アニスの首元に当てていた右手に、懇親の力を込めた。

「オレの名を呼べよ!」

・・・オレだけにしろよ! 嫌なんだ、苦しいんだっ! その唇から他の男の名が紡ぎだされる事が耐えられないんだよっ!
トカミエルの絶叫が、花畑に響き渡る。
血塗られて汚された花畑に、悲痛で激動の嫉妬の業火の叫び声が。

トリアは、誰かの声を聞いた。
懐かしい、聞き覚えのある声だった。
それは苦し紛れに、自分の名を呼び助けを求める少女の声だった。
『助けて、トリア』そう確かに聞こえたのだ。

「クレシダーっ!!!!」

聞いた途端、相棒の馬の名を叫ぶ。
間違いない、あの妖精の声だ、行かなければ、あの子の元へ急がなければ!
家の裏庭で水を悠々と飲んでいたクレシダは、その声が聞こえたや否や柵を飛び越し、全速力で忠実なる主の元へと疾走する。
ベトニーが、空から舞い降りる不可思議な淡い発光体に気がついた。
その上を、一羽の鷹が舞っている。
駆けつけてきたクレシダに、トリアは飛び乗ると怒涛の勢いでベトニーの横をすり抜け、リュンへと手を差し伸べた。

「来い! 話は後だっ」
「う、うん!」

リュンを拾い上げ、そのまま駆け抜けた。
父親が何か喚いていたが、今はそれどころではない。
気がつけば隣に同じように馬に乗って駆けているベトニーがいた。

「・・・見えるか、あの発光体。そして鷹。私達を誘っている」

リュンが促されて眩しそうに空を見上げ、二つを確認するとトリアに何か囁いた。

「場所は分かる、黙って着いて来いっ」

リュンからの言葉を聞き終え、怒鳴ったトリアに、ベトニーは微かに頷いた。
言われなくとも大人しくついていく様子らしい、意見する様子もなく馬を走らせた。
鷹と発光体は、トリアの思い描く場所へと降りていく、間違いなく花畑だ。
三人を重苦しい空気が包み込み、手綱を握る手に汗が吹き出てくる。
森を疾走し、今はあの場所へと。
導かれるように、三人揃ってあの場所へ。
ベトニーに聞きたいことが幾つかあったトリアであったが、今はもうどうでもよかった。
あの少女の悲鳴に近い声に、成すべき事が解ったのである。
一刻を争う時だと、三人がそう思った。
間に合って欲しいと、三人は願った。
発光体が静かに三人を誘う、急かす様に。
雲間が晴れて、ようやく太陽の光が花畑を曝け出した。
時折降り注いでいた雨が、雫となって木の葉から、草花から滴り落ちた。
風が緩やかにその場を吹き抜け・・・。

「トカミエル!?」

無数の惨殺された動物達の死骸の中、地面に腰を抜かして倒れこむ見知った少年達と、様々な森の動物達という異様な光景の中心で。
双子の兄が全身血塗れで、何かを見下ろしていた。

「トリア」

弟の名を乾いた声で呼び、駆けつけた三人を、呆然と見つめる。
喉の奥でリュンが叫び、トリアと、ベトニーが言葉を失った。
捥ぎ取られた綺麗な薄い虹色の羽、緑の髪の少女がその傍らで仰向けになり倒れている。
どういう、ことだ? 
トリアが呟き、狼狽し始めたトカミエルの胸座に掴みかかって、正面から再度問う。

「これは一体どういうことだ! 彼女に何をしたっ」
「こ、これは、その」

二人を他所に、ベトニーが素早くアニスを抱き起こすと、その胸に手を当て口元に耳を宛がう。
まだ、息がある。
首元に濃くついた絞めた痕にベトニーは唇を軽く噛み締めるが、額に汗を浮かばせ右手をアニスの頬に当てると、瞳を硬く閉じる。

「巡るは宵闇、淡く輝りし月光の、その静かなる力を我の元へと。願うは再生、生命に宿りし根源の魂に祝福を。・・・聖光」

息を呑んで皆が見守る中、ベトニーの放つ治癒の魔法は、静かに淡い光でアニスを包み込んだ。
懸命に力を注ぎ込むが一向に瞳を開かない、動かない。

「トカミエル、答えろ、彼女に何をしたっ!」

鬼の様な形相で怒りに身体を震わせながら尋問するトリアに、ようやくトカミエルは咳き込みながら我に返った。
口から漏れた言葉は。

「お前らがいるからそうなったんだよ」
「何だと?」
「お前らがオレから奪い去っていくからっ、だからそうなったんだよっ! オレは何もしていない、オレは何も悪くない」

兄弟で言い争いが始まったのを、苛立ちながら聞いていたベトニーは制裁するかのように叫んだ。

「こちらが先だ! 力を貸せっ」

弾かれたようにリュンがベトニーの掌に自身の掌を重ね、瞳を閉じて懸命に祈る。
ベトニーの言うことが最もだった、舌打ちしてトカミエルを突き飛ばすと、トリアも同じように掌を重ねた。
項垂れながらトカミエルも近寄ろうとしたのだが。

「お前は要らない。来るな」

ベトニーに一喝され、身体を竦めるとトカミエルは情けなく涙を零す。
三人が、それぞれ必死に大事な存在を救うべく、手を差し伸べているのに、自分は、何も出来ない。
というか、自分が、その原因を作った。
トカミエルが血に塗れた自身の両腕を唖然と見つめ、激しく湧き上がる吐き気と頭痛に襲われ、倒れ込む。
首を絞めた。
羽を切り落として空へ逃げられないようにした後に、首を絞めた。
左腕で大事に抱き留めながら、右手に力を込めて絞めた。
―――小鳥は羽を切られて、そのまま暫くして、腕の中で息絶えた

「違う、殺したかったわけじゃないんだ。見るのが嫌だったんだよ、トリアの名を呼ぶ姿を見るのが辛くて苦しくて、それで、止めようと思ったんだ。オレの名前を呼んで欲しかったんだよ。それだけなんだ、なのに」

気がついたら、妖精は動かなくなっていた。
一瞬だけ、妖精が涙を零しながら何かを訴えようとしたけれど、首を絞められていてそれが出来なかったのだ。
何か、言おうとしていたけれど、解らなかった。

「早く彼女を助けろよ! お前らなら出来るんだろ!? オレにその子を返せよ!」

トカミエルが地面に手を打ちつけながら絶叫するのを尻目に、三人は死に物狂いで願い続ける。
トリアもリュンも、魔法など唱えられなかったが、ベトニーに誘導され自身の生命力をアニスへと送り込む。
いつしか傍に来ていた発光体が、そのままゆっくりとアニスへと近寄った。
発光体の中に、原型を留めていない元花冠がある。
発光体はアニスを僅かに包み込むと、暫くして・・・消えた。

「なっ!?」

息を呑む三人、森の奥から衝撃波がその場に居た全てを襲う。
悲鳴を上げて倒れ込む動物、少年達、その中で四人だけが何かに追い立てられるように衝撃波の来た方向へと、進んで行く。
・・・老樹の根元。
老樹の意思である発光体は、アニスを包み込みこの場所へと導いたのだ。
薄らと瞳を開くアニスに、咳き込みながら老樹は安堵の声を漏らす。
アニスに老樹の身体から舞い落ちる葉が降り積もる、切れ掛かる寸前の命の糸。
舞い落ちる葉を見つめながら、アニスは傍らにあった無残な元花冠に手を伸ばすと、抱き寄せた。

「・・・私の身勝手な行動のせいで、みんなが死んじゃった」

嗚咽を零し、号泣する。

「トカミエルを傍で見れたんだよ。すごくかっこよかったの、抱き締めて貰えたの。でもね、途中からね、怖くなった」

老樹に自嘲気味に笑いかけ、アニスは続けた。

「声がね、届かなかった。人間と違うところは、羽だけじゃなくて、声が届かないっていう問題があったの。知らなくて。それでね、それで」

アニスの身体を葉が埋め尽くす、身体が透けていく。

「本当はとても優しくて、楽しくて、頼れる人なんだよ。私知ってるの。笑顔が素敵で勇気をくれるの。とても、とても魂が熱い人なんだ」

とても、大好きなの。

「・・・もうお休み、アニス」
「葉っぱのお布団だね。えへへ、ありがとう。・・・ねぇ、老樹様。私いつかまたトカミエルに会えるかな?」
「会えるとも。だから今はおやすみ、アニス」
「本当? 嬉しいな。目が覚めたら、トカミエルにまた会える?」
「あぁ、大丈夫だよ」
「今度は少し。今度は少し、嫌われてでもいいからあなたと話がしてみたいな。声が届くといいな」

アニスは満足そうに頷くと、そっと瞳を閉じた。
願い事を、最期に。
強き想いは、希望となって魂共に。
奇跡を信じる、巡り巡って捜して求め続ける。
再会できる日を願って、想いのカケラを胸に秘め。
・・・夢を見た。
「アニスー!」
少女達の呼ぶ声に、アニスは振り返る。
オルビス達が笑顔で駆けつけ、アニスを抱き締めた。
「さぁ、一緒にお菓子を食べに行きましょう、その後は服を見に行こうね」
「い、一緒に行ってもいいの・・・?」
「当たり前でしょ!」
手を引かれて、人間の街を走り回る。
焼き菓子を食べているとリスたちがテーブルに乗ってきて、一緒に食べて笑った。
「おいで、アニス」
トリアが、リュンが、ベトニーが、それぞれ馬に乗ってそこへ現れた。
クレシダが優しく擦り寄り、トリアに引き上げられ、馬上へと。
向かうは森、森の中の花畑。
花畑の中で一人座り込んでトカミエルが何かしていた。
四人が来たことに気がつくと、森の動物達とトカミエルが笑顔で駆け寄り、アニスを囲む。
トリアに髪を撫でられ、リュンに背中を押され、ベトニーに微笑まれ。
アニスは一歩踏み出した。
トカミエルが手にしていたそれをアニスの頭上に、そっと掲げた。
花冠。
トカミエルがアニスの為に造った花冠である。
「どうぞ、アニス姫」
「ありがとう、トカミエル王子様」
盛大な拍手が巻き起こった、森中が、駆けつけた人間達が、二人を祝福した。
頭上に花冠を、大事な花冠を。
「あのね、トカミエル」
「ん?」
「だーいすきっ」
無邪気に、照れながらそうアニスは叫んだ。
オレもだよ、だから、大丈夫だよ。
トカミエルがアニスを抱き締め、そう囁いたので、二人で、顔を見合わせて笑った。
・・・そんな、幸せな夢を見た。

四人が衝撃波の発生地、老樹の元へと駆けつけた時、すでにそこにアニスの姿はなく。
変わりに枯れ果てた元花冠が葉に埋もれていた。

「・・・君に巡り合えるのを、ずっと、ずっと、待ってたんだ」

息を切らせ駆けつけた四人、酸欠でその場に倒れ込む。

『失敗しましたな、火の加護を受けし者』

降り注ぐ声に、四人は顔を上げる。
声の先にはトカミエルが居るのだが、それに気づかないようだ。

『お久しぶりですなぁ、アニス様がここへ現れた時に、あなた方にもお会いできるとは感じておりましたがのぅ』

目の前の枯れる直前の老樹は、情けなく笑った。

「何者だ、お前」

ベトニーが号泣するトカミエルを一瞥し、先頭に立って口を開く。

『わしは、団栗ですよ。思い出しませんかの? 前世でアース様からあなたが貰った団栗があったじゃろう。それの兄弟ですじゃ』
「・・・そういう、ことか」

思い出した、前世で緑の髪と瞳の愛しい娘から団栗の実を貰った。
ベトニーは身体を小刻みに震わせ、乾いた笑い声を上げる。
途切れ途切れの過去の記憶が今、ようやく繋がれた。

『過去で成し得なかった各々の想いを、未来へと。巡り巡ってあなた方は再会出来るでしょう。いつ、終焉を迎えるのか。その時満ち足りた幸福感を感じているのは誰なのか。・・・わしには分かりませんのう。ただ・・・』

四人を徐々に見下ろし、最期の言葉を投げかける。

『水は如何なる時も土の傍を離れなさるな。一刻も早く見つけて護り抜きなされ。風は楽しみを苦しみを共に分かち合いなされ、水と共に護り抜くのじゃ。光は内に秘めた優しき想いを伝えるように考えなされ、土は精一杯光を純粋に欲して浴びるじゃろう。で。火は・・・』
「火は?」

静かに三人は老樹に問う、『火』を指すであろうトカミエルを見ながら、そう問う。
トカミエルだけが号泣しながら地面を転げまわって話を聞いていない。

『火は。・・・自分の心と、あの方の心を・・・信じるしか』

最後の方が口篭っており聊か聞き取れない。

『あの子は、火の名を呼んでおったのじゃよ。ずっと、火を見ておったのじゃ。ほれ、そこにあるシロツメクサに見覚えがあるじゃろうて。火が造ったものだからこそ、あの子はそれを』

言うべきか言わないべきか躊躇していたのだが、老樹はトカミエルに優しく投げかける。
あまりにも惨めで哀れで自業自得のその男、それでも、最期までアニスはその男を想い描いていた。
ならば、せめて老樹は未来で、未来で失敗しないように、と。
這って老樹の根元へ移動し、手にしたのはシロツメクサの花冠であったモノ。

「オレが、造った、花冠、を? ずっと持ってた?」

リュンがトリアが、息を呑みアニスを思い浮かべた。
確かに、その頭上には常に花冠が飾られていた。
トカミエルも思い出した、少女達に捥ぎ取られたが、最初は花冠をしていた。
『土』は、再び『火』に恋焦がれていたのだと、同時に四人は悟る。
花冠を胸に抱き締め絶叫するトカミエルと、後方で項垂れるトリア、リュン、ベトニー。
涙を拭った時、彼女は嬉しそうに微笑んで、そうだ、唇を動かしていた「トカミエル」と。
トリアではなくて、自分の名も確かに呼んでくれていたのに、気がつかなかった。
気づいてあげられなかった。

『・・・もう行きなされ。この森は直に崩壊する。守護者であるアニスを失い、後は朽ちるだけじゃ。はよう街からも遠く離れないと巻き込まれますぞ』

やがて、老樹の言葉通り街を災害が襲った。
河の増水による洪水災害、落雷による森林火災、土砂崩れ、そして混乱した動物達の暴走。
自然の前には全くの無力である人間は、創り上げた街が忽ちに崩壊する様を目の当たりにする。

「クレシダ、今ならまだ間に合う。お前だけでも街から離れ、逃げろ」

豪雨の中、トリアは嫌がるクレシダの鞍と手綱を放り捨て、駆けるように促すが、微動だしない。

「傍に居たいんだろ、居させてやるが良い。珍しい忠実な馬だ」

困惑気味にトリアは頷き、街の小高い丘の上から濁流に飲み込まれていく様を見下ろした。
宛ら嬉しそうに呟くベトニー。

「この街は全滅だ、まぁ、当然の報いか。人間の手で森の守護者を・・・殺したのだから」
「オレ達にとって、彼女と離れて生きる時間が最大の苦痛、もうこの世に居ないと分かれば、来世へと望みを託し、この世は捨てる」
「また、みんなで同じ時代に生まれたいね」

ベトニーとトリア、リュンは深く頷くと手を差し出す。
誓いを、ここに。
願いを叶え切るまで終わらない未来への旅路。
幾度と受け継がれる魂の記憶、渇望する各々の願いを。
忘れないように未来へと、三人が覚えていれば、思い出せば、未来を変えることが出来る予感がして。
誰一人欠ける事無く、各々の願いを叶える為だけに、『彼女』の守護を。
―――土から産まれる、か弱き芽に光と水と風を。

「トカミエルは?」

リュンがそう口にしてから、物悲しそうに森を見る。
落雷で燃え盛る森、「あぁ、あそこか」と。
三人は静かにその世での終末を受け入れ、只管に燃え盛る森を見ていた。
リュンの言う通り、トカミエルは死に物狂いで森林を駆け抜け、一心不乱にある一点を目指す。
老樹の元、アニスが最期居た場所。
どうせ死ぬなら、同じ場所が良い。
未来で一番最初に巡り合う為に、一番最初に抱き締める為に、今度こそ、その笑顔を護り抜く為に。

「必ず、君を捜し出すよ。君を護り抜くよ。だから、待っていて。オレは必ず君の元へ」

灼熱の炎の中でそう叫び続けるトカミエル、緑の森が焼け落ちていった。
暫くして、その近辺は生命の欠片すら存在しない、死の荒野となった。

・・・ある森に、とても可愛らしい妖精が住んでいました。
妖精は動物や草花、自然界の全てと仲が良く、常に一緒に過ごしていました。
その森の近くに、ニンゲンが現れました。
ニンゲンとも仲良くなろうと歩み寄る妖精を、動物達が止めます。
やげて、妖精は一人のニンゲンに恋をしました。
なんとか近づこうと努力してみました。
けれども、生じた誤解を溶かす術を知りませんでした。
妖精は火の様な熱き心を持つニンゲンに恋焦がれ。
そのニンゲンも安らぎを与える妖精に恋焦がれ。
互いに惹かれ合っていたにも関わらず、生じた誤解は大きく複雑に絡まり。
互いの想いを正確に伝えることが出来ないまま。
・・・そのまま互いに息絶えました。

不穏な空気が少し、晴れた。
取り残された人間の少年達は、互いに顔を見合わせトカミエルを最終的に視線を投げかける。
多勢で攻撃をするのは、男より女の方だ。
やりすぎじゃないか、とアニスを気の毒に思っていた少年も居たほどだったが、見ていただけで仲裁に入ることはなかった。
典型的な『いじめ』である。
潜めき合いながら、少年達はぐったりと今にも崩れ落ちそうな目の前の哀れな妖精を見た。
そんな中、ゆっくり、一歩、また一歩、トカミエルは涙を零し続けるアニスに近寄った。
しゃがみ込んで、トカミエルはそっとアニスの頬に手を伸ばすと、その涙を拭う。
恐怖で、痛みで感覚が麻痺していたアニスだったが、トカミエルを見つめ微かに笑みを零した。
目の前に、待ちわびた人間。
先程の痛みが消えていく。
叩かれた頬、引っ張られた髪と羽、そして囲まれる恐怖、罵声を浴びせられる際の憎悪に満ちた表情、身体と心に冷たく突き刺さった破片が、ゆっくりと抜け落ちていった。

「指輪、拾ってくれたんだよね」

その言葉に、アニスは弾かれたように大きく頷いた。
トカミエルが手を伸ばし、アニスを優しく抱き起こす。
解かって貰えた、トカミエルは、自分を解かってくれた!
アニスはそっと、トカミエルの指へと戻った輝く指輪を、躊躇いがちに優しく撫でる。
愛しそうに微笑みながら、満足そうに頷いてトカミエルに健気に笑った。
それを見て、トカミエルはアニスが人間の言葉を理解していることに気づく。

「・・・ありがとう」

トカミエルは耳元で小声で囁くと、躊躇う事無く一気に引き寄せてアニスを腕で包み込んだ。
驚いて身体を仰け反らせたアニスだったが、顔を赤らめて、トカミエルを見上げる。
腕の中で、満身創痍でそれでも嬉しそうにゆっくりと微笑んだアニス。
解かって、貰えた、トカミエルは、解かってくれた、お礼を言われた。
穏やかに、至福の笑みを浮かべるアニスに、トカミエルの胸が高鳴る。
トカミエルは、腕の中のアニスをそっと、抱き締める。
震えているのは、アニスか、トカミエルか。
早なるこの胸の鼓動はどちらのものか。
徐々に、強く、体温を感じて、お互いの存在を確認するかのように、きつく、硬く寄り添う。

「えーと、トカミエル?」

少年の一人が、遠慮がちにトカミエルに声をかけた。
二人の表情が、再会出来た恋人達のように恍惚めいていたものだから、声をかけるのを躊躇っていたのだ。

「何?」
「その妖精、どうするの?」
「家に持って帰る。オレが飼う」

その場にいた全員が一斉に素っ頓狂な声を上げて、近寄る。
口々に諦めろ、無理だ、何考えてる、否定した。

「気に入った、人間の言葉は解かるみたいだし。大人しいし、可愛いし。何が何でも持って帰って、部屋で飼う」

アニスの髪を撫でながら、トカミエルは子供のように手に入れた新しい玩具で遊ぶかのように、楽しそうに語る。

「どうやって!? オルビス達が大人呼びに行ったじゃないか、無理だよ」
「飼うには大きすぎるよ、人間の女の子と大差ないよ」

トカミエルの腕の中のアニスをしげしげと見つめる少年達。
良く見れば、少女達に引っ張られた衣服は所々破れ、アニスの肌を露出させている。
初々しい、少女の艶めく肌。
少年達は顔を赤らめると思わず気まずそうに視線を逸らした。

「か、可愛いけど、人間じゃないだろ」
「この子を隠しておいて、逃げられたと説明して。後でこっそり取りに戻って、部屋に連れ帰る。マントを羽織らせて羽を隠す」
「いやー・・・ちょっと落ち着けよ」

アニスに触れようと手を伸ばした少年の一人を、トカミエルは触るなっ、と威嚇し、手を払い除ける。
再度静まり返る少年達。
知らずトカミエルの腕の力が強まり、アニスは軽く苦しそうに身じろいだ。
 
「な、何だよ。そんなに怒らなくてもいいだろ。それに妖精、苦しそうだ」
「煩い、これはオレのだ! 勝手に触るな、見るなっ」
「トカミエル、落ち着けって」

・・・何がどうしたというのだろう。
明らかにトカミエルの様子が妙なことに少年達は気がついた。
誰からも見えないように、必死でアニスを覆い隠し、少年達から後退して行く。
敵意を剥き出しにし、仲間である友人達を威嚇しながら、トカミエルは強過ぎる程にアニスを抱き締める。
潰れてしまう位に、強く。

「これはオレのだっ! 絶対にオレのだっ! 誰も触るな、誰も見るな、オレからこれを持って行くなっ」
「わ、わかったよ、トカミエルの妖精だよ。だから落ち着けよ、見ないよ、触らないよ」

トカミエルの瞳が、尋常ではないことに、狂気に駆られた血走った瞳であることに、少年達は気がついた。
森中の木々が、大きく揺れる。
雲間から光が差し込み、パラパラと音を立てて小雨が降り、風が吹き抜けていく。

「狼さんー、熊さんー! 起きて起きて、アニスがアニスが人間に虐められてるよ! 助けてっ」

眠りに就いていた夜の動物達を叩き起こすリス。
老樹の元に集まった小動物たちは、互いに顔を見合わせると一斉に駆け出していった。
泣き喚く椋鳥を叱咤して、皆で一丸となって。

「僕のせいだ! アニスに酷いこと言ったから、アニスは一人で人間に会いにいっちゃったんだよ! どうしよう、どうしよう、アニス死んじゃうよ!」
「助けに行くんだ、まだ、間に合う! アニスは許してくれるから、助けに行こう!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

ウサギがリスが、アライグマがキツネがタヌキが。
鷹が鷲が山鳩が啄木鳥が椋鳥が。
一斉に飛び出していく、大事な妖精のアニスを助ける為だけに。
狼が熊が、猪が目覚め、高らかに咆哮した。
アニスが居なかったので、探しに出掛けた小鹿が見た光景は、人間の少女達に取り囲まれて怯えていたアニス。
慌てて森の奥へと戻って、応援を呼びに来たのだった。
森中の動物達が一丸となって、花畑へと向かう最中、老樹は一人静かに静かに、それを見つめる。

「・・・」

物言わずして、動物達を見つめていた。
あぁ、また、同じだ、と。
花畑の方向で光が、水が、風が揺らいだのを感じ、老樹は微かに未来を望む。
だが、それよりも、強く巨大な波動・老樹には見える。
森の、全ての命を育む地が苦しんでいるのは、灼熱の業火を間近に感じているから。
老樹は、儚く笑う。
寿命は迫ってきていた、最期の、最期の力を掻き集めて、信頼できる者へと託さねば。
身体から、静かに湧き上がる青白い発光体は、か細くゆっくりと天へと昇る。

「あの子を、救いなされ。光と水と風の加護を受けし者」

人間の街へ、街の片隅へ、片隅に居る、三人へ。
老樹は懐かしい故郷を、懐かしい情景を、眼に焼きつかせた人物達を思い描いた。
黒に近い深緑の髪の冷徹な瞳の奥底に隠す、孤独と絶望の中誰よりも癒しを求めた光を。
紫銀の髪の頑固なまでに想いを貫き通す、唯一人の為だけに産まれ生き、護り抜くことを決意した水を。
黒髪の幼さの残る、誰よりも彼女を理解し共に笑い悲しみ泣き、時折叱咤することが出来る風を。
発光体は、消え入りそうなまま、ゆっくりゆっくり天へと昇る。

少年の一人が、足に痛みを感じ、悲鳴を上げた。
気づけば、周りは小動物達に囲まれ、奇声を上げながら鋭利な歯で噛み付こうとしているではないか。
赤く光る無数の瞳に、身体は小さくとも数の多さで威圧感を与える。

「う、うわぁっ!」

一匹のウサギが少年の手に高々とジャンプして歯を突き立てる。

「アニス、逃げて! 飛ぶんだアニス!」

小動物達が口々にアニスの名を呼んだ。
呼吸出来ないほど押し潰されていたアニス、苦し紛れに身じろぐ度に、声が聞こえる。
動物達の声が聞こえる、逃げろ、逃げろ、と。
微かに呼吸をしながら、朦朧とする意識の中、トカミエルを見つめる。
自分を決して離さないトカミエル、あのオルビスのように、こうして身体を寄り添っているけれど。

「なんだ、コイツら」

トカミエルは忌々しそうに舌打ちすると、手頃な石を拾い上げ素早く石を投げつける。
グシャリ。
何かが、柔らかな何かが潰れた音。
片方の腕がはずされ、アニスは必死でトカミエルの腕の中から、今の状態を見る為に瞳を外へと移した。

「え?」

目の前で、リスが。
常に一緒に居たリスが、投げつけられた石に激突して、跳ね飛ばされて地面に落下していた。
ウサギが。
耳を掴まれ振り回され、遠くへ遠くへ、投げ飛ばされた。
アライグマが。
人間の手にしていたナイフで耳を、尻尾を、背中を切りつけられ、倒れ込んだ。
気がつけば、花畑は血塗られた場景へと変貌している。
無数の小さな動物達の死骸、まだ息のある者もいるが、人間達に無残にも足で踏み潰されていく。

「や・・・やめてぇ!!」

無我夢中でアニスはトカミエルの腕から抜け出そうともがいた。

「アニス、飛ぶんだ! アニス!」
「トカミエル、やめて、やめさせて! 私の大事な友達なの、みんな友達なの! お願い、酷いことしないで!」
「アニス、人間に声は届かないからっ! 早く逃げて!」

トカミエルの足元までなんとか必死で駆け抜けてきたリスは、軽やかにアニスの身体をよじ登り、耳元でそう叫んだ。

「アニスっ! はや」

リスと目が合った瞬間、目の前からリスの姿が掻き消えた。
トカミエルの右手がリスを叩いたのだ。
地面に打ち付けられ、身体を必死で起こそうとするリスを、容赦なくトカミエルは踏み潰す。
小さな断末魔が、胸を引き裂く声となってアニスを襲う。

「トカミエル、トカミエル! お願い、やめて!」

止めなければ、双方を止めなければ!
アニスは強く抱き締められた腕の中で、身体を揺さぶり、トカミエルをこちらに向かせようと、注意を引こうともがく。
ゆっくり、静かに、トカミエルは腕の中のアニスを愛しそうに見つめると、何か叫んでいるらしいその唇に、指を這わせ、無邪気に笑った。

「何言っているのか、分からないよ」

顎を軽く持ち上げてそのまま、アニスの唇を自身の唇で塞いだ。
何度も何度も、強く激しく、夢中で貪る様に、口付けを。
―――可愛い愛しい小鳥を手に入れた、腕という名の篭に閉じ込めた

その頃、トカミエルは友人達と森へと向かっていた。
というのも、オルビスが川へ行くまでは確かに指輪があった、と発言したからだ。
手を繋いでいたので、感覚で分かったのだろう。
実際途中で指輪を眺めてもいる。
ただ、川から街までの岐路は手を繋いでいなかったのであったかどうかが分からない。
しかし、トカミエルの自宅にはない為、落としたとしたらやはり川か。
川で水遊び中に落としたとすると、見つかる可能性は無きにしも非ず、である。
川は絶えず流れ続ける。
小さな指輪を、誰が捜し出せるだろう。
それでも、トカミエルは捜し出さなければいけなかった。
両親から手渡された、特注の指輪、受け取ったときの興奮を忘れられない。
それをほんの数日で失くしてしまっては両親にも顔が立たない。
大きな足取りで、眉を吊り上げながら駆け足気味で森へと進んだ。
森に入り、川を目指す途中で、あの花畑を通りかかる。

「あ・・・」

人間の気配に、目覚めてからも会話の練習をしていたアニスは、そっと物陰から顔を出す。
指輪を握り締めて、震える足を必死で押さえて。
大丈夫、上手くやれる。
そうしたら、森の動物達も呼んで、みんなで遊ぼう。
必ず、受け入れて貰える、人間達は優しいし、寛大だし。

「・・・ねぇ、あれ、誰かしら?」

アニスに、オルビスが気がついた。
前方を早足で歩くトカミエルの服を引っ張り、怪訝に声を潜めて囁く。
指輪で頭が一杯でそれどころではないトカミエルは、半ば興味なさそうにそちらを見る。
豊かに波打つ木々の葉に遮られて太陽の光を通さない暗い森の中、一人の少女がこちらを見ていることに気がついた。
その光景に、トカミエルは眩暈を覚え、身体を、脳を駆け巡った不思議な感覚に思わず胸を苦しそうに掴む。
こちらを、見つめている少女。
二人の瞳が交差し、トカミエルは思わず名を呼ぼうとした。
そう、名を。
何故かしらその少女の名を知っている気がして、口を開いたのだが。
キィィィ、カトン・・・。
何処かで古びた金属が、耳障りな音を立てて動いた音が聞こえる。

「ちょっと見てよ! あの女、背に羽がはえてるわっ」
「や、やだ、本当! 人間じゃないわ!」

オルビスを筆頭に次々に金きり声を上げる少女達。
その耳に痛い声にトカミエルは顔を顰めると、現実に引き戻される。
だが、視線はアニスを捕らえたまま離れない。
それは、神秘的な光景だった。
淡い光を放つ、自然の雄大さを思わせる緑の瞳、風に揺れて流れるように歌う森の木々たちのような髪、美しき乙女が幻想的に立っている。
だが、多感期の少女達にとって、自分達より美しい少女の出現、他を圧倒する存在感に恐怖と威圧感、そして嫉妬心を抱かせた。
不意にオルビスはトカミエルを見上げた。
あの、少女を見つめていた。
今まで、見た事のない表情だった。
見惚れて口元に笑みを浮かべて、一心不乱に少女だけを見つめ続けているトカミエル。
まるで、それは長年会えなかった恋人に出会えたかのような、そんな、ずっと待ち侘びていた懐かしさと嬉しさと愛しさとを持った、そんな・・・笑み。
オルビスの心に暗雲が立ち込め、焦燥、失望、絶望、そしてあの少女への嫉妬で覆い尽くされる。
黒い、暗い、感情。
トカミエルを一瞬にして虜にした、あの少女が・・・憎い。
人間は欲望が尽きず、愚劣な生き物でもあり。
時に心を闇に支配された場合の手段は選ばない。
このままではトカミエルを盗られ、自分が惨めになるだけだ。
ならば、回避しなければ。
元凶を潰さなければ。
・・・あの少女を、潰さなければ。
オルビスが何か言ったわけではないのだが、人間の少女達は、互いに気持ちが一つになったようで。
一つの気に食わない標的を、集団で覆い囲めば勝てる。
自分達より美しい、そして言い知れぬ威圧感を与えてくるあの少女を一刻も早く潰さなければ!

「魔女よ! 災いをもたらす森の魔女だわ!」

誰かがそう叫んだ。
それを筆頭に口々に「魔女!」と喚きだす人間の少女達。
アニスは身体を大きく震えさせると、魔女、という聞いたことがなかった単語に身体を小さくする。
正確な意味が分からなくとも、彼女達の嫌悪の表情、嘲り笑い、罵声を浴びせてくるすの姿で、悪い意味合いの単語であることが解かった。
何か、嫌われるようなことをしただろうか? やはり、この背中の羽のせいだろうか。
アニスは、一歩後ずさったが、手の中の指輪の存在に気づく。
そうだ、これを返さなければ。
アニスは深く深呼吸をすると、一歩、また一歩とゆっくり足を踏み出す。
光の下で、全てを曝け出す。
全てを魅了し、一瞬その場は静寂に包まれた。
が、光に出たことで、アニスにとってそれは裏目に出てしまった。

「あの服! 私のよ!?」

オルビスがわなわなと身体を震わせ、アニスの衣服を指すと同時に、他の少女達も「本当だわっ」と叫びだす。
少女達の暴走は止められない、相手は一人、こちらは数人、攻撃の隙さえ与えなければ、勝てる。
そう、アニスが着ている衣服は紛れもなくオルビスの物だったのだ。
上等な布なので滅多にない上、本人のお気に入りでオルビスはよくその衣服を身に纏って自慢していた。
衣服が盗まれた当時も、何度も何度も嘆きの言葉を皆に聞かせていたので、誰もが覚えている。
皮肉にもそれを鷹はアニスの為に、人間の街から盗んできていたのだ。

「この泥棒! 馬鹿みたい、全然似合ってないのに!」

似合っていないわけがなかった、サイズはともかく、オルビスよりも似合っていた。
少女達の攻撃の口は止まらない。
オルビスはトカミエルの正面に立ち、アニスとの視線を遮ると猫撫で声でトカミエルにそっと抱きつく。

「トカミエルだって、知ってるでしょう? あの服私のなの。酷いよね」

殺気立った雰囲気にアニスは尻込みした、が、やるべきことがある。
恐怖を痛感し、足を震わせても、この指輪をトカミエルに返さなければ。
その想いは、恐怖に打ち勝った。
指輪を返す、練習通りに返すだけ。

「あの、この指輪を昨日拾ったので。返しに、来たんです」

震える声でそう告げた。
きっと誤解はとけて、トカミエルが笑顔で近寄ってくるはずだ。

「指輪を、指輪を」

その様子を人間達は訝しげに息を潜めて見下している。
何も言ってくれない人間に、アニスは焦って近寄りだした。
人間達が自分から離れていく様子に、怯えながら辛くなりながらも、真っ直ぐにトカミエルの元へと。

「返しに、来たんです」

一生懸命そう言い続け、進んだ。
トカミエルの前に両腕を広げて、自分を睨み付けているオルビスとの距離が近くなる。
掌を広げ、何かが掌に乗っているのをようやく確認したオルビス。
光る指輪。
頭に血が上る、トカミエルの指輪を持っている。

「サイテーっ! これ、トカミエルの指輪よ! あんたが盗んだのね!?」
「えぇ!? 違います、川に落ちていたから拾って、返しに来ただけでっ」

オルビスの言葉に焦ったアニスは、オルビスに必死に縋り付いた。
が、間近でアニスを見、眩い美しさと幻想的な雰囲気のアニスに、反射的に恐怖で右手が飛び出す。
パンッ!
乾いた音が響き渡った。
アニスの頬をオルビスが平手打ちしたのだ。
身構えていなかったアニスは、その衝撃で地面に倒れ込んだ。
腫れて赤くなった頬、痺れる初めての感覚にアニスは呆然と目の前に立ちはだかるオルビスを見上げる。

「ち、違います、盗んでないんです。拾ったんですっ」

うっすらと瞳に涙が浮かび上がる。
何故、信じてくれない? 何故、声を聞いてくれない?
頬を叩かれた衝撃で、手の中の指輪が一輪の花の上に落ちた。
オルビスはそれを拾い上げると、自分の衣服で綺麗に磨いてからトカミエルの指にはめる。
指輪は、トカミエルの元へと無事戻った。
倒れこんだまま、震えるアニスを見下ろしていた少女達の心に再度嫉妬の炎が上がる。
まるで悲劇のヒロインを演じているかのようなその状況、少女達はアニスに詰め寄る。
目に入ったのは花冠だった。

「何よ、その貧乏くさい冠! 馬鹿じゃないの!」
「きゃあ! やめて!」

オルビスは嫌がるアニスからその髪ごと花冠を捥ぎ取ると、一気にそれを引き裂いて、傍らに投げ捨てた。
小さな悲鳴を上げて、アニスは無残に打ち捨てられた花冠に必死に手を伸ばす。
髪が引き抜かれた痛みではなくて、宝物が破壊された、胸の苦しみ。
涙が止まらなかった、大事にしていた花冠が引き裂かれた瞬間が、瞼に焼き付いて離れない。
花冠は、花冠でなくなった。
だたの、引き抜かれたシロツメクサの残骸。

「こ、この花冠は、あなたがトカミエルに頼んで作って貰ったものですっ」

溢れる涙を零しながら、オルビスを見上げて必死に訴える。
その視線に唇を噛み締め、オルビスは反射的にアニスを再び平手打ちした。

「何なのよ、その目は! 私を誰だと思ってるの!?」

オルビスの大声に、アニスは瞳を硬く閉じ、必死に痛みを堪える。
聞いてくれない、声を聞いてくれない。

「その服、返してよ! 全然似合わないし、あんたが着られるような服じゃないのよ! 私のよ!」
「何よこの羽、気味が悪い!」

アニスが微力ながらの抵抗しか出来ないと知った途端、オルビスを筆頭に少女達は寄ってたかってアニスを取り囲むと、衣服を、羽を引っ張る。

「み、見て! この女が腕に巻いてる布って!」
「トリアの!? これトリアのだわ!」
「あんた、これも盗んだの!?」

そういえば最近違う布を額に巻いてた! 少女達は更に拍車をかけてアニスに暴行を加える。
トカミエルの指輪、トリアの布、オルビスの衣服。
人間の街で、人々に絶大な人気と支持を誇る三人の持ち物を、持つアニス。
オルビスはともかくとして、トカミエルとトリアは少女達の羨望の相手でもあり、彼らの持ち物を持てるということはとても自慢できることだった。
誰も成し得なかったことを、この女はやってのけたのだ。
トリアがお守り代わりにと置いていった布は、正反対の意味を持ってしまったのだ。

「痛い、痛いよ!」
「何よ、さっきから口を動かして! 言いたいことがあるなら喋りなさいよ、気持ち悪いっ」

ようやくここでアニスは気がついた。
・・・人間に、自分の声が聞こえていないのだということに。
思えば、トリアと会話した記憶がなかった。
人間の声は聞こえていたから、理解できたから、自分の声も届くのだと、そう思っていた。
人間には、動物の声は聞こえない。
それすら、アニスは知らなかった。
人間には、森の木々や花の言葉も聞こえない。
それも、アニスは知らないことだった。
容姿は人間に近くとも、自然界にその存在を置く妖精。
・・・人間には、声が届かない。
愕然。
トカミエルにも、自分の声が届かない。
違った、羽がある・ないの問題ではなかった。
妖精の声は人間に届かない。
アニスの声は、トカミエルに届かない。
あんなに練習した言葉は、意味を成さない。

「トカミエル、大人を呼びましょ! こいつ、捕まえるのよ!」

オルビスがトカミエルの肩を揺さぶる。
聞いているのか、いないのか。
先程から微動だしていなかったトカミエルはようやく我に返った。
ずっと、アニスを目で追っていた。
少女達に暴行されている時も、目で追っていた。
アニスだけを。
アニスの表情だけを。
アニスの存在だけを。
アニスだけ切り取って、ずっと、そのまま。

「トカミエル!?」
「ん、あぁ・・・」
「話聞いてたの!? 大人を呼びに行くのよ」
「オルビス達が呼んで来いよ」

自分に目もくれず、トカミエルの視線の先には、アニス。
肩を揺さぶり続け、強引に頬に手を当てて、オルビスは必死に自分のほうを向かせた。

「い、いい加減にしてよ、こっちを見て! 一緒に大人を呼びに行くの!」
「逃げたら困るだろ? 見張っておくからオルビス達呼んで来いよ」

強い力でトカミエルはオルビスの手を振り払い、ようやくオルビスを一瞬だけ見た。
邪険に扱われた自分の手、オルビスは湧き上がった涙を必死に堪える。

「で、でも」
「いいから、もう行けよ」

怒気を含んだ冷たい声。
初めて聞くトカミエルの声に、その場が静まり返る。
平素の明るく愉快な声ではなく、冷淡で邪魔扱いした声だった。
オルビスは、ぎこちなく顔を引きつらせると、少女達を促し、そのまま、トカミエルの脇をすり抜けて街へと走る。
怖い、と思った。
あんなトカミエルを知らない。
・・・あの女のせいだ。
トカミエルとあの女を離したかったけれど、一緒に居させたくなかったけれど。
トカミエルが、怖い。
もし、無視してその場に留まろうものならば、トカミエルに蹴り倒されていた気さえしてくる。
あの女が、トカミエルの心を奪って、変えてしまったんだ。

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