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その頃、トカミエルは友人達と森へと向かっていた。
というのも、オルビスが川へ行くまでは確かに指輪があった、と発言したからだ。
手を繋いでいたので、感覚で分かったのだろう。
実際途中で指輪を眺めてもいる。
ただ、川から街までの岐路は手を繋いでいなかったのであったかどうかが分からない。
しかし、トカミエルの自宅にはない為、落としたとしたらやはり川か。
川で水遊び中に落としたとすると、見つかる可能性は無きにしも非ず、である。
川は絶えず流れ続ける。
小さな指輪を、誰が捜し出せるだろう。
それでも、トカミエルは捜し出さなければいけなかった。
両親から手渡された、特注の指輪、受け取ったときの興奮を忘れられない。
それをほんの数日で失くしてしまっては両親にも顔が立たない。
大きな足取りで、眉を吊り上げながら駆け足気味で森へと進んだ。
森に入り、川を目指す途中で、あの花畑を通りかかる。
「あ・・・」
人間の気配に、目覚めてからも会話の練習をしていたアニスは、そっと物陰から顔を出す。
指輪を握り締めて、震える足を必死で押さえて。
大丈夫、上手くやれる。
そうしたら、森の動物達も呼んで、みんなで遊ぼう。
必ず、受け入れて貰える、人間達は優しいし、寛大だし。
「・・・ねぇ、あれ、誰かしら?」
アニスに、オルビスが気がついた。
前方を早足で歩くトカミエルの服を引っ張り、怪訝に声を潜めて囁く。
指輪で頭が一杯でそれどころではないトカミエルは、半ば興味なさそうにそちらを見る。
豊かに波打つ木々の葉に遮られて太陽の光を通さない暗い森の中、一人の少女がこちらを見ていることに気がついた。
その光景に、トカミエルは眩暈を覚え、身体を、脳を駆け巡った不思議な感覚に思わず胸を苦しそうに掴む。
こちらを、見つめている少女。
二人の瞳が交差し、トカミエルは思わず名を呼ぼうとした。
そう、名を。
何故かしらその少女の名を知っている気がして、口を開いたのだが。
キィィィ、カトン・・・。
何処かで古びた金属が、耳障りな音を立てて動いた音が聞こえる。
「ちょっと見てよ! あの女、背に羽がはえてるわっ」
「や、やだ、本当! 人間じゃないわ!」
オルビスを筆頭に次々に金きり声を上げる少女達。
その耳に痛い声にトカミエルは顔を顰めると、現実に引き戻される。
だが、視線はアニスを捕らえたまま離れない。
それは、神秘的な光景だった。
淡い光を放つ、自然の雄大さを思わせる緑の瞳、風に揺れて流れるように歌う森の木々たちのような髪、美しき乙女が幻想的に立っている。
だが、多感期の少女達にとって、自分達より美しい少女の出現、他を圧倒する存在感に恐怖と威圧感、そして嫉妬心を抱かせた。
不意にオルビスはトカミエルを見上げた。
あの、少女を見つめていた。
今まで、見た事のない表情だった。
見惚れて口元に笑みを浮かべて、一心不乱に少女だけを見つめ続けているトカミエル。
まるで、それは長年会えなかった恋人に出会えたかのような、そんな、ずっと待ち侘びていた懐かしさと嬉しさと愛しさとを持った、そんな・・・笑み。
オルビスの心に暗雲が立ち込め、焦燥、失望、絶望、そしてあの少女への嫉妬で覆い尽くされる。
黒い、暗い、感情。
トカミエルを一瞬にして虜にした、あの少女が・・・憎い。
人間は欲望が尽きず、愚劣な生き物でもあり。
時に心を闇に支配された場合の手段は選ばない。
このままではトカミエルを盗られ、自分が惨めになるだけだ。
ならば、回避しなければ。
元凶を潰さなければ。
・・・あの少女を、潰さなければ。
オルビスが何か言ったわけではないのだが、人間の少女達は、互いに気持ちが一つになったようで。
一つの気に食わない標的を、集団で覆い囲めば勝てる。
自分達より美しい、そして言い知れぬ威圧感を与えてくるあの少女を一刻も早く潰さなければ!
「魔女よ! 災いをもたらす森の魔女だわ!」
誰かがそう叫んだ。
それを筆頭に口々に「魔女!」と喚きだす人間の少女達。
アニスは身体を大きく震えさせると、魔女、という聞いたことがなかった単語に身体を小さくする。
正確な意味が分からなくとも、彼女達の嫌悪の表情、嘲り笑い、罵声を浴びせてくるすの姿で、悪い意味合いの単語であることが解かった。
何か、嫌われるようなことをしただろうか? やはり、この背中の羽のせいだろうか。
アニスは、一歩後ずさったが、手の中の指輪の存在に気づく。
そうだ、これを返さなければ。
アニスは深く深呼吸をすると、一歩、また一歩とゆっくり足を踏み出す。
光の下で、全てを曝け出す。
全てを魅了し、一瞬その場は静寂に包まれた。
が、光に出たことで、アニスにとってそれは裏目に出てしまった。
「あの服! 私のよ!?」
オルビスがわなわなと身体を震わせ、アニスの衣服を指すと同時に、他の少女達も「本当だわっ」と叫びだす。
少女達の暴走は止められない、相手は一人、こちらは数人、攻撃の隙さえ与えなければ、勝てる。
そう、アニスが着ている衣服は紛れもなくオルビスの物だったのだ。
上等な布なので滅多にない上、本人のお気に入りでオルビスはよくその衣服を身に纏って自慢していた。
衣服が盗まれた当時も、何度も何度も嘆きの言葉を皆に聞かせていたので、誰もが覚えている。
皮肉にもそれを鷹はアニスの為に、人間の街から盗んできていたのだ。
「この泥棒! 馬鹿みたい、全然似合ってないのに!」
似合っていないわけがなかった、サイズはともかく、オルビスよりも似合っていた。
少女達の攻撃の口は止まらない。
オルビスはトカミエルの正面に立ち、アニスとの視線を遮ると猫撫で声でトカミエルにそっと抱きつく。
「トカミエルだって、知ってるでしょう? あの服私のなの。酷いよね」
殺気立った雰囲気にアニスは尻込みした、が、やるべきことがある。
恐怖を痛感し、足を震わせても、この指輪をトカミエルに返さなければ。
その想いは、恐怖に打ち勝った。
指輪を返す、練習通りに返すだけ。
「あの、この指輪を昨日拾ったので。返しに、来たんです」
震える声でそう告げた。
きっと誤解はとけて、トカミエルが笑顔で近寄ってくるはずだ。
「指輪を、指輪を」
その様子を人間達は訝しげに息を潜めて見下している。
何も言ってくれない人間に、アニスは焦って近寄りだした。
人間達が自分から離れていく様子に、怯えながら辛くなりながらも、真っ直ぐにトカミエルの元へと。
「返しに、来たんです」
一生懸命そう言い続け、進んだ。
トカミエルの前に両腕を広げて、自分を睨み付けているオルビスとの距離が近くなる。
掌を広げ、何かが掌に乗っているのをようやく確認したオルビス。
光る指輪。
頭に血が上る、トカミエルの指輪を持っている。
「サイテーっ! これ、トカミエルの指輪よ! あんたが盗んだのね!?」
「えぇ!? 違います、川に落ちていたから拾って、返しに来ただけでっ」
オルビスの言葉に焦ったアニスは、オルビスに必死に縋り付いた。
が、間近でアニスを見、眩い美しさと幻想的な雰囲気のアニスに、反射的に恐怖で右手が飛び出す。
パンッ!
乾いた音が響き渡った。
アニスの頬をオルビスが平手打ちしたのだ。
身構えていなかったアニスは、その衝撃で地面に倒れ込んだ。
腫れて赤くなった頬、痺れる初めての感覚にアニスは呆然と目の前に立ちはだかるオルビスを見上げる。
「ち、違います、盗んでないんです。拾ったんですっ」
うっすらと瞳に涙が浮かび上がる。
何故、信じてくれない? 何故、声を聞いてくれない?
頬を叩かれた衝撃で、手の中の指輪が一輪の花の上に落ちた。
オルビスはそれを拾い上げると、自分の衣服で綺麗に磨いてからトカミエルの指にはめる。
指輪は、トカミエルの元へと無事戻った。
倒れこんだまま、震えるアニスを見下ろしていた少女達の心に再度嫉妬の炎が上がる。
まるで悲劇のヒロインを演じているかのようなその状況、少女達はアニスに詰め寄る。
目に入ったのは花冠だった。
「何よ、その貧乏くさい冠! 馬鹿じゃないの!」
「きゃあ! やめて!」
オルビスは嫌がるアニスからその髪ごと花冠を捥ぎ取ると、一気にそれを引き裂いて、傍らに投げ捨てた。
小さな悲鳴を上げて、アニスは無残に打ち捨てられた花冠に必死に手を伸ばす。
髪が引き抜かれた痛みではなくて、宝物が破壊された、胸の苦しみ。
涙が止まらなかった、大事にしていた花冠が引き裂かれた瞬間が、瞼に焼き付いて離れない。
花冠は、花冠でなくなった。
だたの、引き抜かれたシロツメクサの残骸。
「こ、この花冠は、あなたがトカミエルに頼んで作って貰ったものですっ」
溢れる涙を零しながら、オルビスを見上げて必死に訴える。
その視線に唇を噛み締め、オルビスは反射的にアニスを再び平手打ちした。
「何なのよ、その目は! 私を誰だと思ってるの!?」
オルビスの大声に、アニスは瞳を硬く閉じ、必死に痛みを堪える。
聞いてくれない、声を聞いてくれない。
「その服、返してよ! 全然似合わないし、あんたが着られるような服じゃないのよ! 私のよ!」
「何よこの羽、気味が悪い!」
アニスが微力ながらの抵抗しか出来ないと知った途端、オルビスを筆頭に少女達は寄ってたかってアニスを取り囲むと、衣服を、羽を引っ張る。
「み、見て! この女が腕に巻いてる布って!」
「トリアの!? これトリアのだわ!」
「あんた、これも盗んだの!?」
そういえば最近違う布を額に巻いてた! 少女達は更に拍車をかけてアニスに暴行を加える。
トカミエルの指輪、トリアの布、オルビスの衣服。
人間の街で、人々に絶大な人気と支持を誇る三人の持ち物を、持つアニス。
オルビスはともかくとして、トカミエルとトリアは少女達の羨望の相手でもあり、彼らの持ち物を持てるということはとても自慢できることだった。
誰も成し得なかったことを、この女はやってのけたのだ。
トリアがお守り代わりにと置いていった布は、正反対の意味を持ってしまったのだ。
「痛い、痛いよ!」
「何よ、さっきから口を動かして! 言いたいことがあるなら喋りなさいよ、気持ち悪いっ」
ようやくここでアニスは気がついた。
・・・人間に、自分の声が聞こえていないのだということに。
思えば、トリアと会話した記憶がなかった。
人間の声は聞こえていたから、理解できたから、自分の声も届くのだと、そう思っていた。
人間には、動物の声は聞こえない。
それすら、アニスは知らなかった。
人間には、森の木々や花の言葉も聞こえない。
それも、アニスは知らないことだった。
容姿は人間に近くとも、自然界にその存在を置く妖精。
・・・人間には、声が届かない。
愕然。
トカミエルにも、自分の声が届かない。
違った、羽がある・ないの問題ではなかった。
妖精の声は人間に届かない。
アニスの声は、トカミエルに届かない。
あんなに練習した言葉は、意味を成さない。
「トカミエル、大人を呼びましょ! こいつ、捕まえるのよ!」
オルビスがトカミエルの肩を揺さぶる。
聞いているのか、いないのか。
先程から微動だしていなかったトカミエルはようやく我に返った。
ずっと、アニスを目で追っていた。
少女達に暴行されている時も、目で追っていた。
アニスだけを。
アニスの表情だけを。
アニスの存在だけを。
アニスだけ切り取って、ずっと、そのまま。
「トカミエル!?」
「ん、あぁ・・・」
「話聞いてたの!? 大人を呼びに行くのよ」
「オルビス達が呼んで来いよ」
自分に目もくれず、トカミエルの視線の先には、アニス。
肩を揺さぶり続け、強引に頬に手を当てて、オルビスは必死に自分のほうを向かせた。
「い、いい加減にしてよ、こっちを見て! 一緒に大人を呼びに行くの!」
「逃げたら困るだろ? 見張っておくからオルビス達呼んで来いよ」
強い力でトカミエルはオルビスの手を振り払い、ようやくオルビスを一瞬だけ見た。
邪険に扱われた自分の手、オルビスは湧き上がった涙を必死に堪える。
「で、でも」
「いいから、もう行けよ」
怒気を含んだ冷たい声。
初めて聞くトカミエルの声に、その場が静まり返る。
平素の明るく愉快な声ではなく、冷淡で邪魔扱いした声だった。
オルビスは、ぎこちなく顔を引きつらせると、少女達を促し、そのまま、トカミエルの脇をすり抜けて街へと走る。
怖い、と思った。
あんなトカミエルを知らない。
・・・あの女のせいだ。
トカミエルとあの女を離したかったけれど、一緒に居させたくなかったけれど。
トカミエルが、怖い。
もし、無視してその場に留まろうものならば、トカミエルに蹴り倒されていた気さえしてくる。
あの女が、トカミエルの心を奪って、変えてしまったんだ。
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