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別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。 いい加減整理したい。 ※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。 絶対転載・保存等禁止です。 宜しくお願い致します。
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データ吹き飛んでむかついたので、次話から書いてやる!!!←

うがああああああああああああああどんだけ時間かけたと思ってるんだー!!!!!

 血が飲みたい、などと言われたのは初めてだった。血は飲むものなのかと、疑問に思ったのも当然初めてだった。
 傷口から血が溢れ出たら、水で洗い消毒する。必要に応じて、それからバンドエイドを貼ったりする。酷ければ、縫うことだってある。
 そういうものだと思っていた、トビィにも舐められたことがあったが、地球では漫画やら小説以外滅多にないことだ。
 アサギは、どう返事して良いのか解らず、困惑して瞳を泳がせる。
 血を飲んで欲しいとは、到底思えない。綺麗なものだとは、思えない。喉の渇きがなくなるとも、思えない。
 美味しいものだなんて、どうしても思えない。
 けれど、大好きなトランシスがそう言うのならば、どうにかしたくなった。それくらいなら、自分にでも出来るからだ。
 
「そんなに悩まないで、アサギ。アサギのこと、大好きだからさ、オレ、もっともっと色んな事を知りたいんだよね。例えば、人が知らないアサギとかね」
 無邪気に覗き込まれてそう言われると、顔が熱くなる。興味を持ってもらえるだけで、嬉しくなった。
 しかし、すぐに再び眉を顰める。”人が知らない自分”というのが、アサギには解らなかった。
 その言葉に、大きな含みを持たせて言ったトランシスだが、まだアサギには思いつかない。
 本気で解らない様子のアサギに苦笑すると、トランシスはアサギの怪我をした指を優しく包み込む。「痛くない?」
「うん、へっき」
 はにかんでそう返事したアサギの髪を撫でると、いつしか反応して膨れていた下半身が治まっていた。これならば普通に会話出来そうだと、今日は何をするか話し合う。
 
「えーっと、どうしようね? 今度はアサギのいつもいる地球とかいうところに行ってみようか。トビィさんは要らないけど」
 口にするのも嫌だったが、牽制しておかないと、この間の二の舞になってしまうので、渋々その名を出した。
 
「トビィお兄様は、普段は惑星クレオにいるので、地球にはいないですよ。じゃあ、地球に行きましょうか。楽しんでもらえるか解らないですけど」
 何故トビィの名が出たのか見当がつかないアサギは、若干不思議そうに首を傾げた。だが、確かに二人きりで遊びたかったので、トビィには申し訳ないと思いつつ、今日は呼ばないことにする。
 しかし、地球に行く、と言っても何をしたらよいのか。
 普通のデートというと、買い物や動物園、映画だが、果たして異世界の人がそれを喜んでくれるかどうかが問題だ。アサギは、低く呻いて、溜息を吐く。
 小学生のアサギは、所持金も少ない。高校生や大人の様に、洒落た買い物やら食事やらは、出来ない。無難に、近くの県営動物園に行くことにした。時間がかかるし、手持ちのお金でもどうにかなる。トランシスは地球の金など持っていないから、昼ご飯も奢らねばならない。それも踏まえると、そこしか思いつかなかった。園内のファーストフード店は、特に美味しくないが、値段は安いほうだった。
 
「動物園に行きましょう」
「何それ」
 動物園、を知らないトランシスは、瞬きを何度も繰り返す。
 惑星が違うと、そうなるだろう。説明に戸惑ったアサギは、頭を抱えた。そんな質問など、されたことがない。子供の頃から、家族や、遠足で出向いてきた。
 
「え、えーっと、動物がたくさんいるところです……。小動物は、触ったりも出来ます」
「ふーん? なんかよく解らないけど、行ったことがないから楽しみ」
 本当に楽しみなのかどうか解らない、微妙な口調でそう言ったトランシスに、アサギは不安になる。
 しかし。
 
「アサギといられるから、すげー楽しみ。何処でもいいよ」
 微笑んで、額同士が触れ合う。鼻先を舐めたトランシスに呆気にとられたが、アサギの頬は一気に真赤に染まった。
「は、はい」
 蚊の鳴くような声でそう返事したアサギを、トランシスは抱きしめると、意地悪く耳元で囁く。「一緒。今日は、ずっと二人きりで一緒。気が狂いそうだった、どれだけ待ち侘びたことか。少しでもオレの傍を離れることは、許さないよ」
 アサギは、夢中で頷くことしか出来なかった。
 耳が、熱い。耳の奥で、まだ声がしている気がする。脳が、溶けていくような気がする。
 熱っぽい溜息が、知らずアサギの唇から零れる。
 それを、トランシスは見逃さなかった。
 
「あぁ、やっぱり感度イイんだね」
「え?」
「こっちの話。あ、そうだ、アサギ。敬語は気を付けようね、付き合ってるんだし」
「あ、はい、がんば、る」
 緊張気味に言葉を選び、慎重に返事したアサギに、トランシスは愉快そうに吹き出した。釣られて、アサギも笑った。
 二人なら、何処でも楽しい。それが、好き同士というものだ。
 恋人同士だからだ。
「行く前に、もう少し話をしよう。まだアサギの事、知らないことが多いからね」
「なんでも訊いてくださいっ」
 張り切ってそう答えたアサギに、トランシスはまた吹き出した。
 
「この間、オレが火を出したらアサギは”魔法”だって。アサギはどんな魔法を使える?」
 ベッドに腰掛けて、会話を始めた。左手で小さな炎を出して、まるでボールの様に自在に動かしている姿に、アサギは見惚れる。敵にぶつけなくとも、まるで生き物の様に操ることが、自分には出来ない気がして、尊敬した。
 
「炎も出せますが、そんなふうには無理です。風を巻き起こしたり、地中から植物を呼んだり、回復魔法を使ったり。それから、空も飛べるようになりました」
「空? そういえば、最初樹に引っかかっていたよね。失敗でもしたの?」
「あれは、偶然です、というか、謎です。上手く飛べるんですよ」
「ふーん……オレも飛べるかな? 便利だよね、行きたい場所に何処へでも行ける、二人、手を繋いで」
 気づけば、トランシスに肩を抱かれていたアサギは、再び顔を真っ赤にした。心臓がもたないと、思った。恥ずかしくて、布団を被りたくなる。
 ゆるゆると、トランシスの指が伸びてきて、行儀よく膝に置いていた手が、そっと握られる。
 
「っ!」
 指の間に、指が入り込む。指な筈なのに、まるで違う生き物のような気がして、アサギの脳内は沸騰しそうになった。指が、絡まる。
 
「あとで魔法見せてよ」
 アサギの様子が面白いので、トランシスも調子に乗っていた。耳元で囁き、息を吹きかけてみる。
 
「んぁ」
 ビクリの大きく震えたアサギに、トランシスは舌打ちした。再び下半身が暴走を始めたからだ、今こうなったところで、どうにもならない。
 ベッドにいつでも押し倒せる、普段なら、そうしてきた。
 けれども、相手が今までとはわけが違う。極上の女、愛しい女、初めての”恋人”。気楽に、欲望の赴くままに性欲処理に使っていた女達とは比較出来ない。
 してはならない。
 
「ホント困ったちゃんだなー、身体に悪い、溜まる一方だよ。毎日出してんのに」
 髪をかき上げて、萎えさせるために懸命に他事を考えた。
 けれども、アサギの香りが鼻につく。それはシャンプーの香りなのか、柔軟剤の香りなのか、お洒落して首筋にちょこんとつけた、薔薇のクリームなのか。
 トランシスに揺さぶられて、開き始めた雌の香りか。
 首を横に振って、トランシスは唇を噛む。アサギは、もじもじと身体を揺すっていた。
 
 ……犯すぞ。 
 一瞬、頭が真っ白になった。
 
「ひゃあっ」
 気づけば、慣れた手つきでアサギの両手首を掴み、ベッドに押し倒していた。荒く呼吸するアサギの息づかいが、妙に響いている。
 
 ……やらかした!
 
 舌打ちしたが、不安に怯える様な瞳で見てくるアサギに、抗えない。そのまま、唇を塞ぐ。歯止めがきかない、両足の間に身体を割り込ませて開かせると、支配欲は暴走する。空いた手で、眩しい太腿に触れて撫でまわす。
 
「んふっ」
 驚いたアサギが下で暴れたが、微々たる抵抗だ。
 止まらない。
 もう、このまま最後まで奪ってしまおうと思った。恋人同士なのだからと、理由をつけて。
 けれども、後ろから誰かに殴られたような気がして、トランシスは鬼のような形相で振り返った。
 誰もいない、いるはずもない、殴られてもいない。
 額に手を添えて、背筋を伝う汗に身震いした。
 今の衝撃が、なんなのか全くわからなかった。邪魔されたのか、感謝すべきなのか。下半身は萎んでいる。
 
「あー」
 気まずい空気が流れ、トランシスは頬を膨らませると頭を掻き毟る。まだ寝そべっているアサギと視線を合わせづらく、瞳を泳がせた。
 かける言葉も見つからない。
 ようやく上半身を起こしたアサギに、ちょん、と袖を引っ張られたので、怯えながらそちらを向いた。
 
「あの、出掛ける?」
 恥ずかしそうに、消え入りそうな声でそう告げたアサギに、大きくトランシスは頷いた。
 
「そ、そうだな。行こうか」
 アサギの手をとってベッドから降ろしたトランシスは、胸を撫で下ろした。危なかった、自分のこの欲望に忠実な性格を疎ましく思った。
 顔を赤らめながら、アサギは乱れたスカートの裾を直す様に、軽くはたいている。先程の行為を思い出したのか、俯きがちな顔でも解るくらいに、頬を染めながら。
 
「そういう顔するから」
 嬉しいけれど、今はまだ駄目だと言い聞かせる。そうすると、忌々しくも思えてきた。わざと揺さぶっていないか、勘ぐりたくなる。
 力強くアサギの手を握り、二人はぎこちなく笑うと、地球の動物園へ急いだ。
 
 クレロを説得し、トランシスの髪もアサギと同じように”地球人には”黒く見えるようにしてもらうと、意気揚々と天界城を後にした。
 残されたクレロは、不安そうに眉間に皺を寄せてアサギを思い浮かべている。自分で許可したことなので、止められない。馬鹿な事をしたと、後悔した。
 丁度そこへ、仏頂面のトビィが行き違いでやって来た。姿を見るなり、クレロは力なく「もう少し早く来て欲しかったなぁ」と残念そうに嘆いた。意味が解らないトビィが睨み付けてくると、詳細を話そうとして踏みとどまる。話したら、怒られるのがオチだった。
 不審なクレロだが、いつものことだったので、トビィは肩を竦めるとここへ来た用事を思い出し、報告を始めた。
 そんなことなど露知らず、アサギとトランシスは仲良くバスに乗って動物園に出掛ける。
 天界城から、地球のアサギの庭に簡易だが設置された転送陣があるので、そこに到着した。陣が崩れると大惨事を引き起こすので、両親に頼み込んで、屋根もついており、立ち入り禁止になっている。そのうち、プレハブ小屋の様に周囲も目隠しをしてもらうつもりだった。
 ディアスへ直接行くことが出来る陣も、完成していた。これで気兼ねなく、皆も異世界へ行くことが出来る。
 
 初めて見る生き物達に、退屈だろうなと思っていたトランシスだが興奮し始めた。自分の惑星にはいない生物がたくさんいた、目を輝かせて歩き続けるトランシスに、アサギも嬉しくなる。
 時折餌を買い、与えながら、手を繋いで広大な園内を回った。
 疲れたら、ジュースを一本買って二人で飲んだ。自販機も見たことがないトランシスは「すげー、これ欲しい!」を連呼する。
 昼ご飯は、トランシスにハンバーガーを渡し、アサギはフランクフルトを選んだ。それに、二人でフライドポテトを食べる。混んでいたが、席には座れたので、眩しいくらいの青天の下、仲良く食べた。
 漫画で見てきたような素敵なデートに、アサギは酔いしれた。
 嬉しくて嬉しくて、仕方がなかった。
 愉しくて、時間が過ぎていくのが疎ましい。
 やがて夕方になり、閉園まで歩き続けていたのだが、これ以上は無理だったので渋々園内を出る。
 辺りは陽が落ちて暗い、そして、腹も鳴った。
 夕飯はどうすべきかと、アサギは悩んだ。家に戻って一緒に食べるべきだろうか、しかし、両親にトランシスのことを話していない。
 手を繋ぎながらバスに乗り、途方に暮れる。地球で外食すると、お金が無くなってしまう。アサギは、財布の中身を見て溜息をついた。ないわけではないが、二人分を出すことなど今までなかった。今後の事を考えると、このままではいられない。貯金はあるが、崩したくはない。しかし、小学生はバイトが出来ない。
 けれども、一緒にご飯は食べたい。
 アサギは、ふと思いついた。何故忘れていたのだろうと、顔を輝かせる。
 惑星クレオに行けば、地球と違ってお金があったことを思い出した。
 ディアスの勇者秘密基地内、自室に、アリナから受け取った資金があるのだ。
 行先は決まった、惑星クレオで夕食をとり、可能なまでトランシスと過ごそうと決めた。
 アサギは母親に夕飯はいらないとメールを送る、すぐに絵文字付きで母から『OK』と返事が届いた。
 
「トランシス、ご飯を食べに行こう! きっと、とても美味しいよ」
 急に明るくなったアサギに、トランシスは戸惑ったが、笑顔を見るのは好きだったので頷く。
 バスから降りて、結局は自宅に戻る羽目になるが仕方がない。
 アサギとトランシスは、目立たないように庭に入ると、転送陣から惑星クレオのディアスにある、アサギの部屋へと急いだ。
 
「あら?」
 庭でアサギの姿を見かけた気がして、縁側から何度か瞬きした母親は、その不思議な陣を見つめて肩を竦める。娘の話を真剣に受け止めている母だが、そんな夢のような装置の事を信じてはいなかった。
 だが、本物のようだ。
 母親は、特に仰天した様子もなく、夕飯の支度を始めている。寛大だ。
 
 アサギは早速アリナから受け取ったお金を所持して、街へ行こうとした。しかし、よく考えてみたら地球の服だと目立ってしまう。トランシスの衣服は地球の日本人が着ているデザインと大差なかったので、忘れていた。
 この格好で街へ出て良いものか悩んだが、アサギの服はあっても、トランシスのものがない。トビィが居たら貸してもらえるのだろうが、時間はない。
 アサギはマントを軽く羽織り、トランシスにもマントを購入すべく、そのままの服装で街へ出た。
 案の定、見慣れない格好の二人に、視線が集中する。
 
「おお、勇者様だ!」
「おお、あの子が!」
「初めて見たよ、ありがたや、ありがたや」
 今後の為に衣服も買い、飲食店を目指す二人の後ろを、街の人々が興味本位でついてまわる。
 流石に、トランシスの機嫌が悪くなった。「何これ、アサギすげー人気」舌打ちして、軽く後ろを振り返る。彼らに悪気はないので、怒鳴れない。
 謝りつつ、二人はどうにか近場の店へ入った。何人かは雪崩れ込む様に入って来てしまったが、人数は減った。
 胸を撫で下ろし、二人は隅のほうの席につく。
 字が読めないトランシスに説明し、二人は豪華な夕食をとった。
 調子に乗って、トランシスはマスカットのワインを注文した。先程の不愉快な気分はどこへやら、一転して爽快な気分になる。
 
「でもオレは、アサギの手料理が好きだな」
 たらふく食べ、膨らんだ腹を満足そうに擦りながら、トランシスは上機嫌で語る。微笑まれ、アサギは照れて俯いた。
 そこに数時間居座っていたが、流石に寝ころぶことは出来ないので、トランシスの部屋に戻ることになった。
 いちいち経由しないとトランシスの惑星まで辿り着けないのが癪だが、文句は言ってられない。
 何しろ、住む世界が違うのだから。
 帰り際、街の人々はアサギに一斉に礼をした。何故ここまで知られてしまったのか、アサギには謎だったが、勇者アサギの名は、知らないところで広まっていた。
 勝手に広まる筈がないので、おそらくはアリナが原因だろうと肩を竦める。この街の人々には、アサギは何もしていなかった、感謝されることもないと思っていた。
 しかし、魔王を倒した勇者アサギという肩書は、惑星クレオ全土に広がっていたのである。地球と違い、瞬時にネットで広がることはなかったが、行く先々で小さな噂が、人伝いに繋がっていく。
 困惑しつつ、はにかんで手を振っていたアサギを横目で見ていたトランシスは、何故か胸の辺りに靄がかかっていた。
 
 ……この世界で、二人きりにはなれないんだ。
 
 漠然と、そう思った。二人でいたはずなのに、いつしか二人ではなくなってしまった。
 アサギを独占していた筈なのに、出来ていなかった。
 自分と居るのに、他に目を向けて、他に手を上げねばならないアサギは、何も悪くない。
 けれども、トランシスは嫌だと……そう思った。
 アサギと手を繋いでいるのに、その温もりが消えていく気がした。行かないで欲しい、手放したくないのに、空気の様にすり抜けてしまう。
 自分の部屋に戻り、歩き疲れた足をベッドに二人して投げ出した。「愉しかったね」と無邪気に笑うアサギの髪を撫でながら、トランシスは何処か遠くを見ていた。
 
 キィィィ、ゴトン、トン。
 
 立ち上がったトランシスを見送って、アサギは一息つくと、ふくらはぎを揉み始める。楽し過ぎて、はしゃいでしまった。普段以上に、筋肉を使ってしまった。戦いとはまた違う疲労感に襲われていた。
 戻ってきたトランシスを、見上げる。その瞳が、瞬きを忘れた。
 何故、手に煌めく小刀を持っているのだろう。
 研ぎ澄まされ残忍そうに輝くそれに、アサギの青白い顔が映る。
 低く笑いながら瞳を細め、ゆっくりと近寄るトランシスはそんなアサギを愛おしく見つめていた。 
「怖がらなくてもいいよ、大丈夫、痛くないから」 
  
 果物ナイフだろうか、何か食べさせてくれるのだろうか。アサギはそう思ったが、そんなものこの部屋にありはしない。
 異常な雰囲気を察知した、先程までのトランシスとは違う気がした。アサギの背に壁がぶつかる、ベッドの上では逃げられない、追い詰められて逃げ場を失った。
 最初から逃げられるわけがなかった、ここは、トランシスの部屋だ。
 震えているアサギを不思議そうに見下ろしたトランシスは、右手を優しく掴むと引き寄せる。その表情は柔らかだ、だが何故刃をこれみよがしにちらつかせているのか。
 余計に、怖かった。 
「アサギなら、傷ついても魔法で治せるだろ? 回復魔法っていうの。それ、オレ見てみたいな」 
 トランシスは普段の口調で、爽やかにそう言う。一瞬遅れて何をされるのか理解し、悲鳴を上げたアサギの親指に刃をあてがうと、無造作にそのまま力強く引いた。
 痛みが、鈍く指先に走った、真っ赤なじんわりと吹き出して来て、鮮血が指を伝う。
 大きく震えて、恐怖に泣き出したアサギに目を向けず、湧き出るそれを唖然と見つめていたトランシスは、舌なめずりをしている。
 ジワジワと切り口から痛みが広がる、何故斬られたのか解らない、アサギは混乱していた。
 掌に血が垂れる、が、そこから先は汚れなかった。 
 嬉しそうに、花の蜜でも掬い取る様に、トランシスが血を舐め始めたからだ。 
 舌の先端に血が触れた途端、トランシスが恍惚の笑みを浮かべる。垂れてくる血を器用に舌先で舐めとり、傷口まで上りつめると指を咥えて傷口をこじ開けるように、夢中で吸う。 
『アサギの血って、美味しいよね』 
  
 そう言われた事を思い出した。回復魔法が見たいとも言っていた。
 そのせいなのだとは、思ったのだが、まさか傷つけられるとは、思いもよらなかった。
 ジンジンと痺れを伴って、甘く歯がゆく痛む指先に、それでも。 
 アサギは声を出すことを忘れた、驚きすぎて、悲鳴さえも止まっていた。
 激痛よりも、目の前の恋人の行動が狂気染みていて、思考回路も停止した。 
 どのみち、声を出しても誰も助けに来ない。ここは彼の家だ、地下のこの小さな部屋には、今二人しかいない。 
 助ける、という表現もおかしいのかもしれない、トランシスから逃れたいわけではない。
 アサギの意識が遠のいてきた、不意に顔を上げたトランシスと視線が交差する。 
 真っ赤に染まった舌を覗かせて、満足そうに微笑んでいる。 
「ここを斬れば結構血が出るんだねぇ、コップ一杯分にはなるかな?」 
 左手に頬ずりされながらそう言われたら、嫌な汗が身体中から吹き出した。
 冗談ではなく、本気だと確信した。
 思った通り、血の出が悪くなった右手をそっと下ろして、トランシスはアサギの左手にも刃を添えている。
 そこで、アサギは意識を手放した。
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