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君に咲く花のアサギ視点始動。
その間に、マビルとアサギを間違える村へアサギが出向く。
トランシスとのR18をどうにかぼやかして連続投稿。
トモマビ始動。
そうすれば楽になる筈、多分きっと、おそらく。
四月には黒幕大暴走からのベルーガ登場へ行きたい。
トビィは本を無造作に棚へと押し戻した、適当な位置に収められた本を見てアサギが口を開きかける。困惑して眉を顰めた、元の位置に戻さねば天界人に怒られるのでは、と思ったのだ。前回のこともあるし、お咎めは免れないのではないかと。
しかし緊急事態らしいので、あとで直せばよいかと思い直し、蟠りを感じながらも手を引かれて足を踏み出す。
『…………』
不意に何かに呼ばれた気がして、足元を見た。
何かが落ちている。
琥珀色した床に異物。目立つそれを無造作に掴むと、確認する間も無くスカートのポケットへと押し込んだ。
早足で歩きながら、三人は図書館を出て真っ直ぐに進む。
『貴女が願いを間違えなければ。今のまま願い続ければ、叶うの』
『貴女で、最期。貴女だけが、希望。彼と共に生き抜きたいのなら、どうかその願いを変えないで。何があっても、忘れないで、憶えていて、間違えないで。信じて』
アサギが見つけ、トビィが棚に戻した一冊の無題の本が、儚く煌きその役目を終えたかのように一瞬消えた。
嘆き悲しむ少女の声が、図書館に静かにこだました。
慌ただしく出て行った三人の後、天界人が声を聴いた気がして扉を開き中の様子を確認する。当然誰もいないが、しかめっ面をして管理人は顔を見合わせる。
「アサギ様、出て行かれたよな?」
「あぁ」
「今……中で、アサギ様が誰かと会話してなかったか?」
「そんなわけないだろ、お前も見ただろ、トビィ殿に連れられて出ていく姿を」
「だよなぁ、でも、声が聞こえた気がしたんだ。『間違えないで』だの、なんか誰かに訴えているような声が」
管理人達は、キツネにつままれたような顔をして、互いに乾いた笑い声を出した。空耳だと、こじつけた。
図書館から離れ、足早に進むデズデモーナは淡々と表情を変えずに状況を説明する。人間の姿にならねば、こんなことは出来なかった。大人しく外で待機しているだけの日々とは違う。敬愛する二人の役に立てるのだと思うと、嬉しさが込み上げる。けれども、それを表情に出すことはなかった。
今、この場で笑うことは不謹慎だと思った。
「惑星チュザーレにある港町カーツが、竜の奇襲を受けているとのことです」
口にしてから自分も竜だったと口をすぼめて、むず痒く感じる。
「アーサー殿の報告によれば、その竜は本来カーツより遙か遠くの山岳にしか住まない孤立した種で、このように人前に姿を現す事は稀だそうです。よって、何かの前兆ではと警戒していると。そこで我らが人間の救出及び調査に出向くことになりました」
聞き終えたトビィが盛大に吹き出し、笑った。
こんな状況でも笑って良いのだと解釈したデズデモーナだが、トビィの笑いは皮肉をたっぷり含んでいる。
「そこまで調べたなら、アーサーが赴けばいいのに、な」
「御尤もです。まぁ、アーサー殿も王宮のお抱え賢者故に簡単に身動きが取れないのでしょう」
「面倒だな。アサギ、やれるか?」
ポケットに押し込んだ物を取り出そうとしていたアサギは、トビィに声をかけられて慌てて押し戻した。
「大丈夫です、任せてください」
「無理はするな……デズ、アサギは任せる。全力で護れ」
「心得ております、主。それで、その竜ですが、非常に外皮が硬い種で、ワイバーンと呼ばれているとか。ただ、敵意を持たなければ襲ってこないので、未だ詳しい生態が明らかになっていないそうです」
デズデモーナが重々しい扉を開き、アサギとトビィは手を繋いだまま中へと入る。中では神クレロが、アーサーと交信を行っていた。嬉しそうに片手を上げて挨拶するが、トビィはそれには目もくれず、転移装置の前で大人しく待機中のクレシダとオフィーリアへと進む。
デズデモーナと同じく二体とも人型となっていた、そうでなければこの場所には来られない。不服そうに俯いているクレシダの肩を、笑いを噛み締め宥めるように叩いたトビィ。その傍らで幼く小さいオフィ―リアは、人型になるのも二回目だった為、変化した自分の手足を興味深く観察している。
クレシダは肩ほどの金髪で、鋭い翠の瞳をしている。容姿だけなら人間で言うと二十代後半か。
オフィーリアは水色の長い髪を左側の高い位置で縛り、藍色の大きな瞳をしている。一見少女のような細い身体つきで、アサギと同じ十二歳程に見える。
「アサギ様、トビィ殿! お待ちしておりました」
存在に気がついた天空人が慌てて敬礼をし、三人を誘う。
慌てて駆け寄ってきたクレロに胡散臭そうな視線を向けたトビィは、無視してすぐに行動を移そうとする。しかし、怯まずにクレロは話しかけた。
「説明はデズから聞いた。行って来る」
それでも存在自体を無視して、晴れやかな笑顔で接触を遮断しようとしたトビィだが、流石にアサギが蒼褪める。手を伸ばして何か言いたそうなクレロが気の毒過ぎて、声をかけた。
「クレロ様、どうかされましたか?」
「ゴホ、ゲフ、あ、アサギよ、うむ、そうなんだよ」
慌てた駆け付けたので咳き込んだクレロは、苦し紛れの笑みを浮かべた。
あからさまに顔を顰めたトビィだが、アサギには何も言えない。こうなっては仕方なく、クレロの言い分も聞くことにした。
「気を付けてくれ、アーサーからの情報によると、どうにも何か絡んでいる気がする」
「ワイバーンは本来ならば人を襲わない生き物と聞きました」
トビィの隣で行く気満々のアサギに、クレロは首を傾げる。デズデモーナにトビィを呼んでくるよう頼んだが、アサギは呼んでいなかったのだ。
「アサギは行かずとも良いよ、図書館にいたのだろう? 読みたい本があったのではないかね。無茶をされると困るので、戻っても良いよ」
怪訝に聞いていたトビィは、腕を組んでクレロを睨み付ける。しかしアサギが軽く頬を膨らませ首を横に振ったので、特に何も言わない。
トビィの行動は、アサギを中心にまわる。アサギの意思を妨げる者に容赦しない、邪魔立てするならば行動を起こす。クレロがどう出て来るか、瞳を細める。
「私、勇者ですから。無茶も何も……ワイバーンが何故そんな行動に出たかを知りたいですし、トビィお兄様もいますし。大丈夫です」
「というわけで、アサギとオレ、デス、クレシダ、オフィで行って来る。じゃあ、な」
それでも止めようとクレロが大袈裟に腕を振り回したので、気を利かせた天界人がアサギの腕を掴んだ。急な行動に驚いて反射的に後退った為に、掴まれた腕が痛んだ。
アサギが顔を歪めると、途端にトビィが瞬時に背中の長剣を引き抜く。一人の天空人の喉下へ剣先を突きつけた。剣と瞳、その鋭い二つの光に凄まれ、身体を仰け反らせると怯えながらアサギを手放した天界人は小刻みに震え、言葉も出てこない。
「オレが共に居る、何も問題はない。それにアサギとて、貴様らよりか遥かに強い。アサギの意思を尊重しろ。勇者、なんだろ? 閉じ込めておく必要などない。行かせたり行かせなかったり……なんなんだか」
トビィは「鬱陶しい」と吐き捨てるとアサギを連れ、周囲を凄んだ。あまりの気迫に声を出せない者達を他所に、トビィはアサギの髪を撫でる。
うってかわって、優しい笑みだ。まるで別人だと、天界人達は息を大きく飲んだが恐ろしくて口にはしない。
「……お気をつけて」
転移装置が淡い光を放って揺らめくと、五人の姿が掻き消えていた。
暫くして天空人達の背中に伝っていた汗が、ようやくひいていく。緊張感に包まれていたが、解放されて大きく深呼吸をした。
安堵の溜息を広がり、微妙な空気が流れ始める。たかが人間に何を恐れるのかと叱咤しつつも、あれは無理だと自身の行動を肯定する。
「よいのですか、クレロ様。アサギ様を行かせてしまって」
「止めたとしても、あの子の事だから突っぱねて行ってしまうだろうし」
頭をかきながら苦笑するクレロに、控え目だが冷ややかな声で追及するソレルの顔色はくすんでいる。
「ですが、行き先はカーツです。あの娼婦がいる街ですよね」
その声に、クレロの表情が強張った。眼を開き、唇をわなめかせる横顔を見つめながら、ソレルは唄う。
「何もなき宇宙の果て 何かを思い起こさせる
向こうで何かが叫ぶ 悲しみの旋律を奏でる
夢の中に落ちていく 光る湖畔闇に見つける
緑の杭に繋がれた私 現実を覆い隠したまま
薄闇押し寄せ 霧が心覆い 全て消えた
目覚めの時に 心晴れ渡り 現実を知る
そこに待つのは 生か死か
……この歌を奏でる娼婦がいる街でございます。クレロ様、お忘れですか? 気になると何度も呟いていた、娼婦の居る場所です。
他惑星の娘だからこちらとは無関係だ、と。娼婦だから勇者とは何の接点もない、と。そう言われましたよね、以前。
出来てしまいましたね、接点」
若干穏やかだったソレルの口調が後半急変した。口元には緩やかな笑みを浮かべているが、冷徹な怒気を微かに含んでいるそれに、その場に居た天界人は、血が凍る思いだった。
ソレルを本気で怒らせると下界に雷が降り注ぐ……そんな言われがあるほどだ。
聞き終えるや否や、顔色変えたクレロは近くにいた者に叫ぶ。
「アサギを、アサギを呼び戻せっ」
「もう、遅いと思います。ですからトビィ殿だけを呼んだ筈なのに……まさかアサギ様が一緒にいるだなんて。妙な偶然もありますこと。
それで。あの娼婦は何者ですか。本当はもう、何か掴んでいるのではないのですか?」
追及に、クレロは頭を抱えてその場に蹲る。重苦しい空気に耐えかねて、天界人達は顔を見合わせることもなく、静かに退室した。ここにいてはいけない気がしたのだ。
その場には、クレロとソレルだけが残された。
その場所より遠い場所に浮かぶ惑星マクディ。
花畑というには貧相な場所で、一人の少年がしゃがみ込んで何かを作っていた。紫銀の髪が、時折揺れる。
「ちくしょー、上手く出来ない」
嘆いてトランシスは花畑に転がった。灰色の空を遠目に見ながら、溜息混じりに焦点を作りかけの花冠に合わせた
アサギが、喜びそうだからこうして作ってみたものの、上手く出来ない。
……アサギは喜んでくれるだろうか?
次にアサギが会いに来る日までに、上手く作れるようになりたかった。しかし、練習をしていては花もなくなってしまう。
可憐な濃い桃色の花が、生温かく汚染された空気に揺れる。
「今、何してるのかなー?」
愛しい恋人を思い浮かべて笑うのだが、不意に不安そうに眉を顰める。
トランシスがアサギの隣に居ない時が、酷く怖い。本来トランシスが居るべきはずの位置には、常にトビィが居るようだった。
トビィ。
現時点で、最もアサギに近い男。
アサギの剣の師匠でもあり、兄でもある男。兄といっても血の繋がりは全くなく、勝手にアサギが「お兄様」と呼んでいるだけ。
存在自体が腹立たしいのは、お互い様だというのも解っている。
アサギは気がついていないようだが、トビィはアサギを妹とは見ていない。トランシスと同じように、アサギのことを一人の異性として見ている。
愛する女として、見つめている。
そんなトビィは、トランシスにとって不愉快で邪魔な存在だった。
アサギは自分の恋人だ。
それは理解している、信じてもいる。けれどもトランシスがアサギと会えない時間は、トビィが占拠しているという事実。
どうしても、不安になってしまう。
トビィとは出会った瞬間から互いに憎悪の対象となっていた、それ故に尚のことアサギの隣に居るトビィが気に食わない。自分の恋人なのに遠慮なく肩を抱き、護り続けるトビィが邪魔で仕方がない。
トランシスは、考えれば考えるほど吐気を催すほど怒りに打ち震え、自我をコントロール出来ず手にしていた物を思い切り引き千切った。
「うっわ! あー……」
我に返れば、作りかけの花冠が無残に壊されていた。「ちぇー」トランシスは頬を膨らませ、花冠を放り捨てる。
「あー、どうしてくれるんだよ、トビィのせいだよ」
花は残り僅かだ、もう練習が出来ない。アサギと逢える前日に本番として作るしかない。頭を掻き毟りながらトランシスは歯軋りしながら叫ぶ。
「トビィ、お前邪魔なんだよ。消えろよ、オレの前から消えろよ、アサギに近寄るなよ」
土を爪で引っ掻いた。
「オレとアサギしかいない世界に行きたいなー。二人だけで暮らしたい、二人だけでいいんだ。そうしたら、何も考えなくて済むのに。アサギは何処にも行かない、オレだけを見て、オレだけのものになってくれる」
壊れた花冠が、風に揺れた。
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