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向こうで何かが叫ぶ 悲しみの旋律を奏でる
夢の中に落ちていく 光る湖畔闇に見つける
緑の杭に繋がれた私 現実を覆い隠したまま
薄闇押し寄せ 霧が心覆い 全て消えた
目覚めの時に 心晴れ渡り 現実を知る
そこに待つのは 生か死か
ポロン・・・。
ハープを鳴らしていた手が止まった、静かに沈黙へと。
波の音を聴きながら、冷えて悴んだ手でハープを鳴らしてみたがやはり上手く音が出ない。
寒さで声とて震えていた。
見事なまでの金髪を風に靡かせ、夜でも眩しいくらいのその目立つ髪。
まるで闇夜に咲く花の様で、それでも何故かその姿は酷く疲れ果てて、哀しみに満ちていた。
男は、今日も帰ってこなかった。
当然だ、理解出来ている事だった、そしてそれを望んでもいた。
男は、愛する娘を捜しに出掛けたのだ。
金の花ではなく、緑の若葉を捜しに出掛けた。
波が打ち寄せる音を聴きながら、静かに歩き出す。
月を見上げれば、自分の髪の様に照らしていた。
「どんな、光とて。あの子には、敵わないけれど」
※イラストは、左からトランシス・トビィ・アサギ
アサギが可愛くかけたので満足ですが、トビィお兄様失敗しました、どーん。
まぼろし
ずっと、走っていた。
口内は既に血の味が充満していたし、心臓から身体中に送られる血液の流れは速く、呼吸もままならならず肺が軋む。
脚はもはや感覚なく、視界は靄で覆われて、それでも逃げねばならないと必死に。
後方で、罵声が聞こえた。
近づいて来ていた、一人、二人ではない数だ。
大勢、近づいて来ていた。
逃げなければ、ならなかった。
必死で、逃げた。
ここが何処かなど、解らない。
行き先とて、知らない。
例えばこの先が海でも、崖でも、谷でも、とにかく進まねばならなかった。
後ろには、戻れなかったから。
例えば、翼を広げて空を舞うことは出来たので空中を逃げようかとも思ったが、空には竜が数体居たので同じだった。
すぐに追いつかれて噛みつかれ、地上に落とされるだろう。
地上でも空中でも、どちらでも、同じなのだ。
もしかしたら泣いていたのかもしれないが、”涙”が出るわけもないので泣いていない筈だと自分に言い聞かせた。
走り続ければ、右のアキレス腱に、違和感。
体勢を崩して地面に無様な音を立てて倒れ込んだ、弓矢が刺さっているアキレス腱を確認。
別に、痛くなど、ない。
震える身体、疲労の為痙攣しているらしい、その腕で必死に弓矢を抜こうとしたが更に何本もの弓矢が飛んで来た。
武器など所持していなかったので、回避する事も防御する事も出来ずに、全部の弓矢が身体の至る所に刺さった。
だが、別に、痛くなど、ない。
あっという間に、追いつかれて囲まれる。
身体を貫通して地面に突き刺さった矢もある、標本の昆虫のように、逃げることも出来ずにそこに倒れ込んだまま。
痛く、ない。
大声で皆が喚き散らすので耳を塞ごうとしたが、両腕が地面に矢で打たれており動かせない。
瞳を閉じて、皆の表情を見ないでおこうと考えた。
痛く、ない。
罵声が飛ぶ、嘲り笑う声が聴こえる、憎悪の声色で叫んでいる声が胸に響く。
痛く、ない。
ごめんな、さい。
髪など先程から引っ張られ千切られていたし、顔も強打されている、指は数本なくなっているようだし、脚も左足が太腿から斬りおとされた様だ。
それでも、痛くない。
醜悪な香りと、嘔吐しそうな程気味の悪い色の血液に、皆が一瞬だけ後退した。
人間でも、魔族でも、エルフでもない、特殊なイキモノ・・・いや、”何か”。
存在してはいけない、存在。
自分の思い通りの容姿に化けて、生き物達と触れ合えるように生きながらえてきた”何か”。
形を模しているだけなので、痛みを感じない。
心臓を抉り取られても、時間が経過すれば再び心臓が形成されて動き出す。
仮初の、イノチが、動き出す。
「痛く、ない」
腹部に穴が開いていた、剣が突き立てられて何度も抜いては刺され、抜いては刺され・・・。
それでも、痛くはない。
痛くは、ない筈だった。
―――痛い、気がする―――
と、思って顔を歪めたがすでに顔は原型を留めていないほど殴打され、足蹴にされていたので誰にも分からなかった。
もっとも、誰かが気づいたところでどうなるわけでもないのだが。
どうしてこうなっているのかは、自分が一番知り得ていた。
自分の身勝手な行動の末、皆が激怒し報復しているのだ。
自分のせいで、大勢が死んだ、死なずに済んだ者も多大な迷惑を被った。
全ては、自分が引き起こした事だ。
「ごめんな、さい」
何度謝っても、誰も赦す筈もなく。
自分は傀儡に過ぎないのだ、謝ろうが謝らなかろうが何も変わらない。
皆、怒りで殺したいのだろうが死なないので、余計に苛立っている事も解っていた。
それも、自分のせいだ。
「痛く、ない。痛く、ない。ごめん、なさい。ごめ、ん、な、さ、い」
もはや、それは人型ではなく。
奇怪なボロ人形にすら見えず。
それでも時間が経過すれば再び模っていく、得たいの知れない何かに皆怯えた。
―――嫌いに、ならないで下さい―――
と、言えなかった。
とても、言えなかった。
―――役に立つので、どうか、どうか、もう少しだけ待ってください―――
と、言えなかった。
とても、言えなかった。
―――本当は、とても痛い、です―――
と、言えなかった。
痛くないのに、痛いだなんて言える筈もなかった。
痛いと思ってしまうのは、自分がイキモノで居たいと願うゆえの、錯覚だ。
イキモノならば、痛いから。
痛いと感じられたら、イキモノに近づけられるから。
皆と、一緒になれるから。
瞳を、思い切って開いたが、目の前は闇だった。
どうやら両目を潰されたらしい、時間が経てばそれも治るのだが今は見えない。
罵声も聞き取りにくくなっていた、どうやら方耳が削ぎ落とされたようだ。
少しだけ、安堵した。
身体を、痛めつけられるよりも、言葉を聞いた、胸が痛い。
周囲からの声が、全身を貫通する槍に変化し容赦なく突き立ててくる。
けれど、最も激痛を覚えたのは他でもない胸だ。
外部から、なのか内部からなのか、胸が、とにかく痛い。
・・・そんな気がしたので、自嘲気味に笑った。
そんなわけはない、痛みを感じない身体なのだから、錯覚だ。
冷たいものが頬を流れていた、目から流れ落ちていた。
血が流れているようだった、それが伝って口へと流れ込んだ。
口内の味が気持ち悪くて、嘔吐した。
吐き出したそれを何気なく見た途端、脳に衝撃が走る。
鈍器で殴られたらしい、地面にめり込む様に顔が埋まり、意識が遠くなる。
頭蓋骨が粉砕した様だが、それでも痛くはない筈だ、そしてそのうち完治する筈だ。
「いた、い、よ」
痛くはない、だが無意識の内にそう呟いていた。
周囲で、呆れ返った声が聴こえる。
耳などとうに機能していない筈だったが、聴きたくないのに声だけは明確に聴こえてしまう。
『痛いって』
『痛い筈がないのに、痛いだと』
『また嘘ついてる』
『・・・殺したいのに、死なないってホント、厄介』
『とっとと、消滅すればいいのに』
『斬り刻もう、原型を留めないくらいに。少しだけ気分が晴れるかも』
『醜い姿、見なくて済むしな』
どうやら、斬り刻まれることが決定したようだ。
逃げる力など残っていないし、斬り刻まれても再生してしまうだろうから甘んじて受け入れることにした。
大人しくしていたほうが、気分を害さないだろうと思った。
瞳など、とうに光を失っていたので見えない筈だったが、見たくないのに皆の表情が見えてしまう。
キリリ、と胸に杭を打ち込まれて何度も何度も容赦なく動かされた様に。
激痛が、走った・・・気がした。
―――ごめんな、さい―――
必死に謝った、身体に受ける暴力よりも、耳に届く言葉よりも、何よりも。
大好きな人達が自分を見る、その瞳が怖くて痛くて謝った。
皆、怒っていた。
どうしてこうなったのか知っている、その怒りを和らげる方法など知らない。
―――あと、あと、三年くらい! 三年、待って下さい。そしたら、恐らく―――
必死に懇願してみた、訴えた。
恐怖を感じた、これ以上の激痛には耐えられないと思った。
心も、身体も悲鳴を上げていた。
痛みなど感じない筈だが、感じていないのだが、耐えられないと思った。
誰も、そんな願いなど聞き入れるわけもなく。
心臓が、凍りついた。
肌が、焼け爛れた。
見えない筈の瞳に、鮮明に映ってしまったその人物は。
愛していた・・・否。
最も傍に居たいと願った男が、愛用の紅蓮の炎を纏った剣を掲げて目の前に立っていた。
『早く消えろよ、邪魔だから』
無造作に振り下ろされた剣の前に、成す術もなく。
情けなく笑うと、瞳を閉じた。
―――消えたいけれど、天体の動きが追いつかないので、無理なんです、ごめんなさい―――
皆にこれ以上嫌われない方法は、ようやく思い出せたのに実行出来ない。
時が来るまで、運命の歯車が一周するまで、何も出来ない。
「こんなだから、嫌われる」
ぼそ、っと呟いた瞬間だった。
灼熱の炎が身体を覆い尽くして、額に剣の刃が触れる。
一日、いや、半日。
それくらいあれば微塵切りにされた身体も元に戻るだろうから、また逃げよう、と思った。
時が来るまで、逃げ続けるしかないと思った。
額が割れて、思考が一瞬停止するだろうが問題はない、イキモノではないのだからそんなことは関係ない。
皆を、見下ろす視線。
額を割られて意識だけが宙に浮いたのだろう、下で皆が唖然と自分を見上げている。
「・・・?」
激怒した様子で、皆が一斉に喚き出した、そこでようやく気がついた。
指がある、脚もある、勿論腕もあるし、耳もあった、髪もあった、元のカタチに戻っていた。
『何だお前! そいつを今すぐ下ろせよ! そいつ、人間じゃないぞ!?』
皆の声は、自分に向けられたものではなかった。
『そいつは、疫病神だ、生かしておいても何も良い事などない』
『不要品なんだよ! 何故助けた!?』
皆の声より、何よりも。
とくん。
胸が、踊った気がした。
そういえば、後ろに誰かが居る。
背中に、暖かい何かを感じる。
そっと、顔を動かして見た。
小刻みに身体を震わしながら、その人を、見た。
「お前たちにとって、不要であっても構わない。例え疫病神でも、人間でもなくても、正体が何であれ・・・オレにとっては何よりも、誰よりも必要な子なんだ」
とくん。
綺麗な紫銀の髪が、風に揺れる。
宝石のように光る、綺麗な濃紫の瞳の奥に見え隠れする微かな炎のような揺らめき。
その人はとても綺麗で、以前から知っている様な気がして、懐かしい気がして、何よりも。
ずっと、待ち望んでいた気がして。
「おいで、もう大丈夫だよ」
その人が、微笑して頭を撫でた。
とくん。
言われた瞬間に、胸が弾けた。
頬を何かが伝う、透明な液体だった。
下で、皆が喚いていたがその人はあっという間に皆から離れていく。
高速で、移動したのだろう。
風の様に宙を駆け抜けて、小さな小屋の前に降り立った。
可愛らしい赤い屋根に、煙突。
真っ赤な郵便受けが玄関に、石を並べただけの道の両脇には畑が。
何処かで鶏や牛の声が聴こえる、裏で飼っているのだろうか。
澄み切った晴天、その人は、再び微笑すると手を引いて小屋の中へと。
「一緒に、暮らそう。オレにはお前が必要なんだよ」
言われて見上げた、綺麗な綺麗な、その人は優しく微笑んだまま。
「オレね、 って言うんだ。初めまして」
「あ、えと、私は」
・
・
・
・・・眠ってる?・・・
・・・一緒に遊びたいのにー!・・・
・・・これこれ、起してはいけないよ・・・
・・・さっきまで、苦しそうだったのに、見て! 凄く嬉しそうに笑ってる!・・・
・・・泣いてるけど、嬉しそうだね!・・・
・・・起きたら、遊んでもらおうね!・・・
団栗の老木の、根に覆われた小さな泉に岩が一つ。
焼け焦げた奴隷の服を着た緑の髪の娘は、右手を泉に浸して微笑したまま眠りについていた。
周囲ではリスや鹿、兎や狼に熊といった動物達が仲良く娘を見守っていた。
夢から覚めないように、見守っていた。
広大なる宇宙に果てがあるのならば
私は思い出せるだろう
向こうで誰かが叫んでいた
酷く物悲しい音を誰かが奏でていた
ゆらりと揺れながら夢へと誘われ
暗闇の中で眩しく光る穏やかな場所へと
身体中を草木で繋がれて
見たくもない現実から顔を背け
闇が薄っすらと光と同化し
真っ白な何かで私は自己防衛を
けれども免れることなく全ては妄想
刺すような冷たさで目が覚めれば
心は凍りついたが瞬時に溶けた
現実を知ったから
そこに待っていたのは
生でもなく、死でもなく
・・・沫のやうに
・・・泡となりて
・・・消え行く定めの
うたかた
「とりあえず、ご飯を食べよう。何が好き?・・・と言ってもオレ料理のレパートリーとかないんだけどね」
気さくに笑う目の前の男に、多少身じろぎながら普段からの習性で土下座を。
「私は、イキモノではないので、何も食べなくても大丈夫です」
折角助けて貰ったのだ、嫌われて追い出されたくなかった。
縮こまって床に額をこすり付ければ、溜息が降り注がれる。
引き攣って身体を小刻みに震わせていると、身体が軽くなった。
持ち上げられたらしい、このまま外に放り出されるのだろうか。
慣れているから、平気だ。
ところが、男は違った。
「いや、そんなことないと思う。食べられるんだろ? じゃあ一緒に食べよう。二人のほうが美味しいんだ」
「・・・何かを食べるという事は、イキモノの命を奪うということです。イキモノは、他のイキモノの命を有り難く”戴いて”生きていきます。
それが自然の摂理です、食べ物に感謝します。でも、私は生きていないので、口にすることは出来ません、ただの虐殺になってしまいます」
「じゃあ、食べるものに感謝して、明日も頑張って生きます、と有り難く戴こう」
「・・・生きてないので、それは無理な」
言いかけた言葉を、男が止めるように被せて発言を。
「生きてないかもしれないけど、明日もオレと一緒にいるんだから一緒に食べようよ。畑仕事とか忙しいんだ」
「・・・寝なくても大丈夫ですし、怪我をしても直ぐに治ります。置いていただけるのならば命令して下されば頑張って畑を耕します」
「うーんとね?」
丁寧に、壊れ物でも扱うかのように身体を持ち上げて、優しく髪を触りながら男は困ったように笑った。
「人間でなくても、生きてなくても。オレと同じ様に食べて美味しさを共有しようよ」
「味覚がないので、味が分からないのです。勿体ないので、食べられません」
「じゃあ、味覚を発達させよう」
「流石にそれはちょっと無理が」
言いかけた言葉を、男はやはり止めるように被せる。
「ね、一緒に二人で作って、二人で食べよう。まず、卵を割ってオムレツを作ろう」
強引に引き摺って、男はせわしなく作り始める。
何か手伝おうとしたが、慌てて手を引っ込めた。
味覚がないので、以前一生懸命食事を作ってはみたのだが、酷く不味く皆を怒らせた。
おまけにいつぞやは毒を入れてしまって、大事な人を殺しかけた。
何も、出来ない。
が、男は卵の割り方から一つ一つ教えてくれた。
調味料は塩と胡椒、そして砂糖。
自家製のベーコンは二人で包丁を手にして、切った。
最初から、最後まで二人で共同作業。
こうして出来上がったものは、パンとオムレツ、切っただけのトマトとキュウリにミルク。
「はい、手を合わせて”いただきます”」
「・・・いただき、ます・・・ごめんなさい」
「ごめんなさい、は余計だよ。食べるなら美味しく、笑顔で食べたほうが、食べられている側も嬉しいんだよ」
二人で、黙々と食事をした。
後片付けも、二人でした。
畑に水を撒き、牛達を小屋に入れて、夕飯用に野菜を収穫し、また二人で食事を作って食べて。
二人で湯を沸かして入浴し、二人で一つのベッドに横になる。
「あの。私は一応不恰好な姿をしていますが、多分”人間の女の子”の容姿を目標に象られています。が、見てお分かりの通りとても見れたものではなくて。髪の色は醜いし、瞳は淀んで気味が悪い光を。身体からは異臭が漂い、花の様に可憐な年頃の女の子でしたらどうにか夜だけでもお役に立てたのですが、そういうわけにもいかないのです。ので、床に寝ます」
静かに聞いていた男は、言葉が終わりベッドから這い出て床に転がろうとした身体をまたもや、抱え上げた。
「あのね、オレにはそうは思えないから大丈夫なんだよ。ここにいて、一緒に寝ていいんだ。余計なこともしなくて良いし」
「・・・それは一度病院へ行って検査をしたほうが良いと思います」
「オレが良いって言ってるから気にしなくていいんだよ。他の人に何を言われたのか知らないけど、オレはその髪を変だと思わないし、瞳だってそうだ。異臭だって別にしないし」
「・・・でも」
「あー、眠い眠い! はい、おやすみーっ」
言いかけた言葉を、男はやはり遮って正面から身体を抱き締めて眠った。
イキモノではないので、眠くなどない。
だが。
男の安らかな寝顔を見ていたら、なんだか嬉しくなって瞳を閉じた。
・・・気がつけば、窓から朝日が差し込んでいた。
眠っていたらしい。
翌日も、翌日も、数日、同じ様に二人で暮らした。
することは同じだったが、退屈しない。
料理も、一人で出来るようになったし、苦い、甘いくらいならば味覚も解ってきた。
・・・男の優しさでそう錯覚しているだけかもしれないのだが。
二人で畑に新しい種を撒いていたら、上空に影が二つ。
こちらへ向かってきていたので、思わず地面に平伏す。
「ど、どうしましょう。こちらに来ます。私が居ると変に思われますので何処かに身を潜めていたいのですが」
「大丈夫だよ、あれはオレの親友とその竜達だから」
身体を持ち上げて、ついた土を払ってやると、庭先に降り立った竜二体から人影が下りてきて近づいてきた。
思わず縮こまり、脚を振るわせる。
「? 変なの連れてるな、久し振り」
「変かもしれないけど、オレの大事な子なんだ。あぁ、紹介しよう、オレの親友でドラゴンナイトって仰々しい職業の っていうんだ。後ろの竜達は風の と黒の と水の 」
紹介されて、ちらり、とその姿を見る。
紫銀の長髪を風に靡かせた、とても美しい男が立っていた。
親友らしい、雰囲気も何処か似ている。
竜の姿はなくなり、代わりに三人の男が後方に控えていた。
普段は人型で生活しているのだそうだ、嫌われてしまわないように大人しくしていようと心に決める。
近寄ってきた男の親友に覗き込まれて、悲鳴を上げそうになったのだが。
「喋れないのか? 名前は?」
「私の、名前は・・・」
意外なことに、男の親友もその相棒だという竜達も邪険に扱わなかった。
見た目はやはり奇怪らしいが、いきなり殴打したり蹴り上げたりなど暴力は誰も振るわなかった。
なんとか喜んで貰おうと、懸命に教えてもらったとおり紅茶を煎れて出してみたが、苦笑いされてしまった。
「そうだな・・・こうすると良い」
男の親友は立ち上がり腕を伸ばす。
叩かれるのだと思われて思わず瞳を閉じたが、紅茶の煎れ方を手解きしてくれる。
ソファに座っていた男が、僅かに苛立つ声で叫んだ。
「あまり触るなよ、その子、オレの大事な子なんだ」
意味が解らず、右往左往していたら、男の親友が失笑しつつ耳元で囁く。
「あいつ、オレに嫉妬してる」
「・・・嫉妬?」
「あぁ、相当君を大事に思ってるんだ。自分以外に君を触られたくないんだろう、な」
愉快そうに紅茶を煎れながら、そして飲みながら。
思わず、皆と一緒に笑った。
顔は、引き攣っていたかもしれない、それでも。
楽しかったので、笑っていた。
数日後、また新しい人がやってきた。
「紹介するよ、これね、見えないかもしれないけど一応勇者だから。勇者の と、その彼女の 」
「見えないは余計! えーっと、初めまして? で、・・・誰?」
陽に当たると透けて綺麗に輝く茶色のさらさらの髪、少し垂れ目だが時折鋭い眼差しを見せる勇者と、その隣に。
鴉の濡れ羽色したふわふわの髪と、大きくてきらきらした瞳、バラの様に真っ赤な唇と桃のような頬、とても綺麗な女の子が立っている。
この子くらいとまではとても言えないけれど、少しでもどこか似ていたらよかったのに、と羨ましく眺めた。
「 はね、人間と魔族は勿論、多種族間の柵を撤去した勇者なんだよ、見えないだろ」
「だから、余計な事言わない! で、この変な子は?」
「何、 趣味が悪いね! 生きてるの、これ? あ、あたし喉渇いたー、何か飲ませてっ」
ぱたぱたと駆けてソファに座り、脚を組んで頬を膨らませている勇者の彼女。
見ていて仕草がとても愛らしいので、益々羨ましくなると同時に自分と違いすぎるので恥じて俯く。
「こら、大人しくね 。人様の家だから。飲み物なら買ってきたからそれを飲もう。コップ、借りるよー」
「ご自由に。オレ達のは?」
「あるよ、で、それ、何なの?」
「オレの大事な子。変かもしれないけど、オレにとっては何処の誰よりも大事な子なんだ」
「へぇー・・・」
部屋の隅にじっとしていたら、喉を潤して満足したのか勇者の彼女が近づいてきた。
思わず、彼女に魅入る。
「あたし、 。よろしくね」
「あ、えと、はい」
男は、とても顔が広く、他にも多々友達がやってきた。
皆不思議そうに自分を見てくるが、誰一人として罵声を浴びせたり暴力を振るう者はいなかった。
男が『自分の大事な子だ』と言うから。
男と親しい友人達は当然、自分を貶さない。
もしかしたら本当は疎ましく思っているのかもしれない、それでも。
男の友人達は皆、親切だった。
けれども、何よりも誰よりも、男が。
常に傍にいて、常に会話してくれているこの男が。
とても、愛しくて。
以前居た場所とは違う、あまりにも幸せなこの場所に戸惑いを隠せない。
しかし、それでも。
ここに居られて良かった、と思った。
ここに、これからも居たいと願った。
けれども、自分はイキモノではない。
本来『好き』『愛しい』など、使ってはならない言葉だった。
何故ならば、感情などないからだ。
それでも、男を好きだと思い始めた。
愛しいと、想い始めた。
ある日。
男が嬉しそうに何かを持ってきてくれたので、一緒にそれを眺めれば。
純白のドレスだ、それに輝きを放つ指輪が二個。
男は、自分を抱き締めながら耳元で興奮気味に囁いた。
思わず、涙が零れ落ちた。
イキモノではないので涙など流さないはずだったが、それでもそれは涙だった。
「結婚しよう、結婚しなくても一緒に居るけれど、やっぱり誓いはあったほうが良いと思う。
君は、オレが幼い頃から夢に見ていた、運命の恋人。ずっと、捜していたんだ。
君が何者でも構わない、オレにとっては他の誰も君の代わりなんて務まらない、たった一人の愛する子なんだから」
嬉しくて、待ち焦がれた言葉で。
願ってはならないと思い込んでいた、言葉だった。
皆、拍手をしてくれた。
ドレスに身を包み、男と腕を組んで皆が花弁を投げる中を歩いていた。
指輪の交換をし、男が作ってくれた花冠を掲げて湖を覗き込んだ。
自分の姿を見るのは心底嫌いだったが花冠が見たくて覗き込んだ。
「え?」
突如、晴天が一変し暗雲立ちこめ雨が痛いほど降り注ぐ。
木々を薙ぎ倒し、突風が吹き荒れ皆の悲鳴が巻き起こった。
皆が口々に何か叫んでいた、妙な胸騒ぎに、駆けつけてきた男とその親友に思わずしがみ付く。
「嫌! そっちに行きたくないの! ここに居たいの! みんなと居たいの!」
泣き叫んだ、そう叫んで必死に男にしがみ付いた。
「大丈夫、決して君を離さないから」
男が慰めるように優しく抱き締め何度も、安心させるようにそう呟いてくれる。
しかし。
ふわり、と身体が宙に浮かんだ。
慌てて男の親友が引っ張り、なんとか地面に戻ったのだが、再度脚が地から離れる。
泣き叫んだ、もがいた、足掻いた。
必死に男の手を掴んでいた、皆が集まってきて自分を引き戻そうと引っ張ってくれた。
「いや、いや! 私は、ここに、ここでみんなと一緒に居たいの! お願い、連れてかないでっ!」
男の親友の竜達が、必死に壁となってくれたが、上空に抗えない力で吸い寄せられる自分の身体を誰も止められず。
自分だけが、地面から脚が離れて、やがて手も男から離れて。
絶叫した、首を振って、男の手を離すまいと。
ようやく、自分から”何かがしたい、ここに居たい”と自己主張したのだが、それでも。
絶望。
舞い上げられた身体は男の手からついに離れて、皆から遠ざかっていく。
それでも、もがいた。
男が、必死に何かを叫んでいた。
泣きながら、懸命に手を伸ばしてくれている男と離れていくのはとても心痛だ、しかし。
あぁ、自分は大事にされていたんだと、愛してもらえていたのだと実感できた。
だからこそ、余計にここを離れたくなどないのだ。
男も離れたくないと、思ってくれていると解った。
諦めるわけにはいかない、必死に、戻ろうと懸命に手足を動かす。
男の声が、聴こえる。
『諦めないで、オレは必ず傍に居るから! 現実から、目を背けないで! ここが現実、そこも現実、同じだから!』
・
・
・
ピチャン
冷たい、水。
「あぁ、よかった! あ、あぁ・・・!」
男が、心配そうに覗き込んでいた。
唇を緩め、安堵し、思わず両腕を伸ばして男の首にしがみ付き、そして。
うつつ
広大なる宇宙に
もし、君がいるのならば
そこで、泣いているのならば
宇宙は悲しみに満ちているのだろう
夢の中に落ちていけば
光る湖畔に君が居た
生い茂る植物の中に佇む君は
顔を塞いで泣いていた
気がつけば、足元は宇宙
君はそこに溶け込んで
オレは目覚める
涙が止まらなくて
現実を知ってしまった
そこに待っていたのは
君の居ない
死の世界
・・・夢なら、醒めて
男の夢には、しばしば女が出てくる。
それは思春期の男であるならば当然の事であって、珍しい事ではない。
性的欲求の表れなのだと思う、親父に夢の出来事を話してもそう言って頭を豪快に撫でられ、笑われただけだった。
違う。
そんなものではなかった、もっと複雑な、大事な夢だった。
物心ついたときから、既に彼女は夢の中に居た。
最初は「なんて可愛い女の子だろう」と思っていた、それだけだった。
あんな女の子、見た事がない。
そこは、小さな小屋だった。
可愛らしい赤い屋根に、煙突。
真っ赤な郵便受けが玄関に、石を並べただけの道の両脇には畑が。
鶏や牛の声が聴こえる、裏で飼ってる自給自足の生活。
澄み切った晴天、そんな小屋にオレと彼女は二人暮らし。
夢の中でその綺麗すぎる彼女は、オレに様々なことを教えてくれた。
二人きりしかいない世界で、彼女はオレに毎日料理を作ってくれる。
不思議な事に夢なのに、それはとても、美味しくて。
歌を歌いながら洗濯している彼女を見ることが好きで、畑仕事を二人でするのも好きで。
これまた不思議な事に彼女が歌を歌えば、そして地中に手を差し出せば畑から勢い良く植物が出てくるのだ。
まるで、呼び起こされたかのように。
彼女の歌声に小鳥も引き寄せられ、餌がなくとも彼女の肩に、そして空に差した指先に、小鳥は留まる。
煌びやかな蝶すらも、同じだった。
空気が、違う。
そんな彼女は、いつも夢の中でくるくると、めまぐるしく笑いながらオレの傍にいてくれた。
それが、嬉しかった。
彼女とオレの間に、邪魔するものは何もなく。
彼女はただ、オレの為だけに。
朝起きて、夜二人で眠りに就くまで、オレのもので。
充実した安らぎを、夢のオレは感じて。
月明かりに照らし出される、彼女の薄っすらと笑みを浮かべたその寝顔を、良く眺めていた。
・・・あぁ、そうだ。
彼女の髪は、豊穣の大地に立つ、美しく瑞々しい新緑だった。
夢は、欲求の表れ。
つまり、オレは古ぼけたまがい物かもしれない過去の書物で見たような、青空と何処までも続く緑の森の中の小高い丘で、綺麗な女と一緒に過ごしたい・・・と思っているのだろうか。
残念ながら、夢のまた夢の話だ。
足元に転がっている、乾ききった地面を見つめ溜息を吐く。
オレの居る世界には、あの夢のような”色彩”がない。
戦争で、自然というものはほぼ破壊された。
空は常にスモッグが覆い隠している、あの澄み切った青空をオレは見たことがない。
それでも、オレは夢を観る。
何度も何度も、その夢を観た。
日を追う事に、それが夢ではなく現実になるような気がして。
あの、夢の中の彼女がオレの目の前に現れる気がして。
「トランシス、隣町の娘がお前の事好きだとよ」
「それどころじゃないんだ」
「夢の中の初恋の女の子、まだ待ってるわけ?」
「・・・もうすぐ、会いに来るよ。あの子は、オレに会いに来るよ」
当てもなく、彼女を待っていた。
馬鹿にされてもいい、オレには、彼女を待つしか出来ない。
確信はない、しかし、自信があった。
無謀な、自信があった。
彼女は、必ずオレに会いに来る。
オレは。
大気汚染された、咳が込み上げてくる空気の中で、見えない太陽を仰ぎ見た。
17歳になる数ヶ月前、産まれて初めて彼女が出来た。
五つ年下の、可愛すぎる彼女。
黄緑と緑の中間色のふわふわの髪に、深緑の大きな瞳。
何処かで見たような、今までに見たことがない程の、完璧すぎる美しさを持った女の子で。
彼女は空から、降って来た。
降って来て、告白してきた。
・・・誰だ?・・・
見た事がある気がするのに、想い出せない。
物凄く見覚えがあるはずなのに、何故か喉から言葉が出てこない。
それでも、オレは昔から知っていたかのように、彼女を好きになった。
彼女に、溺れた。
夢を観た。
いつもの家で、オレは夢の彼女と相変わらず二人きり。
夢の中でもオレはとても幸せだった、安定した精神で穏やかに居られる。
が、その夢がいつの頃からか変化し始めた。
夢の中で、彼女が泣いていた。
何故、泣いているのか分からなかったが、オレは。
俯いて涙を零しながら必死に何か言っている夢の彼女を見て。
可哀想だから、早く抱き締めて背中を撫でてやらなければ、と思いつつも。
半面で。
異常なまでの、気持ちの昂ぶりを抑える事が出来ずにいた。
泣いている彼女を、もっと、泣かせてみたいと思った。
だから、放置した。
放置したまま、遠くから、見ていた。
そんな夢を観たからか、現実でも彼女を泣かせてみようと思った。
例えば、少し彼女を責めれば、非が全くないにも関わらず、彼女は落ち込んで必死にオレに寄りすがって許しを請う。
その姿が、可愛いから、目の涙を浮かべて懇願する姿を見ていたいから。
オレは。
彼女を泣かすことを覚えた。
夢を観た。
夢の中で、彼女が苦しんでいた。
何故、苦しんでいるのか分からなかったが、オレは。
地面に転がって瞳を閉じて、小刻みに身体を震わしながら腕を押さえている彼女を見て。
一目散に駆け寄って、抱き起こして痛みの原因を取り除かなければと思いつつも。
半面は。
異常なまでの欲望が身体中を駆け巡って、笑みを浮かべていた。
苦しんでいる彼女を、もっと、苦しめたいと思った。
だから、放置した。
放置したまま、遠くで見ていた。
あぁ、なんて可愛いんだろう、と。
そんな夢を観たからか、現実でも彼女を苦しめてみようと思った。
彼女に非は全くないけれど、八つ当たり気味に彼女を叩いた。
身体を引き攣らせて、痛みを堪えて謝り続ける彼女を見て。
その姿が、とてもとても、可愛いから。
苦痛に歪む顔も、とても好きだから。
オレは。
彼女を痛めつけることを覚えた。
夢を観た。
夢の中で、彼女が死んでいた。
何故、死んだのか分からなかったが、オレは。
二人で暮らしていた小屋の床の、彼女が編んでくれた純白の布の上で。
真っ赤な鮮血でまるで芸術作品の様に、何か模様を描いたように倒れている彼女を見て。
無我夢中で駆け寄って、抱き寄せて思いつく限りの方法で彼女を蘇生しようと名前を呼び続ける。
その、奥底で。
まだ、ほのかに暖かい彼女の身体の温もりに安堵し。
彼女の深紅の薔薇の花弁のような唇から滴る、それに相応しいまでの花の蜜の香りのする血液をそっと嘗めた。
ずっと、抱き締めていた。
何故か、至福の時間だった。
あぁ、そうか。
彼女は永遠にオレのものになったんだ、オレがこの手で殺したのだから。
そんな夢を観たからか。
・・・彼女を殺してみたくなった。
夢と現実の相違点、それは。
彼女とオレ、二人を取り巻く周囲の環境だ。
夢の中では、彼女とオレ、二人きり。
けれど現実ではそうもいかない、彼女には、数日に一度しか会う事が出来ないし、何より。
オレ以外に、彼女の周囲を目障りなくらいうろつく男達が多すぎた。
非常に、不愉快だった。
彼女を殺したいというより、彼女を独り占めにしたい。
その手っ取り早い手段が、息の根を止めるということで。
彼女なら、オレの為に喜んで死んでくれるだろう。
多分。
オレのものにならないのなら、死んでくれ。
彼女を、傷つけた。
彼女に罵声を浴びせて、彼女の誕生日にこっぴどく振って、他の女と付き合い始めた。
横を通り過ぎようとするならば、蹴りを入れた。
泣いている姿が、困惑する姿が、恐怖に怯える姿が、苦痛に顔を歪めてオレに謝罪する姿が。
彼女に、絶対的な存在を植えつけられたようで、歓喜だった。
多少無茶をしても、彼女は死なない。
何故ならば、彼女は勇者様だから。
最強の回復魔法を所持し、防御とて打撃にしろ、魔法にしろ完璧だ。
彼女は、死なない。
彼女は、死ぬはずがない。
(うんめいの、こいびと。・・・いいな。わたしも、あいたいな、いるかな、どこかに、いるかな・・・)
彼女の、消え入りそうな自嘲気味の言葉。
オレは、思い切り。
彼女の頭部を、踏みつけた。
鈍い音が、したんだ。
「・・・あれ?」
真っ白な雪が、空から降り注いで横たわっている彼女を覆い隠す。
彼女の体内から流れ出た血液で、雪原は色鮮やかに見事なまでの白と赤。
真っ青な唇から血が流れていたが、もう冷えて固まっていた。
オレの吐く息は白く、真冬の深夜の雪原で身震い。
目の前に。
何処かで見たような風景で。
オレの彼女が、倒れていた。
頭が、痛い。
微動だしない彼女に苛立って、右手で炎を繰り出し彼女にぶつけた。
彼女の身体は風圧で転がって、少し離れた場所へ、倒れ込んだ。
彼女が、動かない。
「おい、起きろよ。死んだフリなんかするなよ」
近寄って、見下ろした。
彼女が、動かないんだ。
急に、足元の地面が崩壊したように、膝がガクガクと鳴り出した、だから。
右足で、彼女の腹部を踏みつけた。
ぴくり。
彼女の手首が動いた、瞳が、開かなかったが瞼が痙攣したように動いた。
身体中の毛穴から吹き出た汗に、引き攣った笑みを浮かべてオレは。
オレは。
また。
彼女を、蹴り上げた。
ごめんなさい、と彼女の、声が聴こえた気がした。
唾を吐き捨てて立ち去ろうとしたら、脚が動かない。
まるで両足を誰かに押さえつけられているようで、動けない。
必死に、寄り縋ってオレが行くのを止めているようで、オレは。
もう一度、彼女に向けて業火を放った。
胸騒ぎがした、今ならまだ、彼女の元へ戻れば彼女は全てを許してくれるだろうと、思った。
けれど。
瀕死の彼女を、極寒の地に置き去りにして、オレは部屋に戻った。
夢を観た。
小屋は荒れ果て、畑も庭の花々も枯れ果てて、空は落ちてきそうな灰色、冷たい風が吹き荒れて色彩のない世界。
夢の中のあの彼女は、居なかった。
小屋の中を、外を、必死でオレは探したけれど、彼女は何処にも居なかった。
夢の中で、絶叫した。
「お前・・・憶えてないのかっ!? ふざけるな!」
右頬に、激痛。
トビィに、殴られた。
目の前が、くらくらする。
思い出せない、オレは何をしていたっけ?
急に、頭痛に襲われて、思い出したのは。
夢の中のあの彼女と、オレの初めて出来たあの彼女が。
同一人物だったということだ。
どうして、今まで思い出せなかったんだろう。
あんなに、待ち焦がれていたのに。
無我夢中で、彼女を捜しに出掛けた、行方をくらませた彼女を捜した。
探し出したら、彼女は森林の、大木の前の泉に右手を浸して眠りについていた。
生きている。
小さく息をして、眠っているだけだ。
美しい緑の髪だってそのままだ、あぁ、生きている。
安堵して、涙が零れて、彼女を揺り起こした。
重たそうに瞳を擦って、彼女はオレを観ると、ふわっ、といつもの柔らかな表情で笑う。
あぁ、よかった、夢だった。
彼女はオレの傍にいる、いつものように笑ってくれる。
抱き締めたんだ、早く家に帰ろう。
急に。
彼女はオレを突き飛ばすと、顔を引き攣らせ顔面蒼白で、オレから勢い良く離れて、叫びながら。
逃げてしまった。
彼女は、生きていた。
けれど、心は、死んでしまった。
もう、笑ってくれなくなった。
オレの名を、呼んでくれなくなった。
瞳を、合わせてくれなくなった。
オレは、どうしたらいいんだろう。
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