別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。
いい加減整理したい。
※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。
絶対転載・保存等禁止です。
宜しくお願い致します。
×
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ターミネーター4
ハリポタ
MW
二十世紀少年
↑観に行く予定の映画
ハリポタ
MW
二十世紀少年
↑観に行く予定の映画
完全に雲に隠れてしまった月、蝋燭の火が妖しく揺らめく中でベルガーは軽く残忍な笑みを浮かべる。
「そういえば、女王の遺言では姉に手をかけるとその時点で災いが降りかかるのであったな? 面白いから余興にあの姉姫でも私が殺してみようか」
「お、おやめください、ベルガー様」
血相変えて鋭い悲鳴に近い声を出した家臣に、苦笑いして片手で制すベルガーは冗談だ、と首を振った。
安堵の溜息を漏らしている家臣達を見て、ベルガーは瞳を細める。
余程、ここの亡き女王が皆怖いのだろう。
ベルガーは更に紅茶をお代わりした、自分にここの茶葉が合っている様で、毎日何杯も飲んでいる。
ベルガーとて、確かにここ・ラファーガの女王の絶大な魔力の話を聞いていなかったわけではない。
物心つき、他国への侵略こそが自分の使命だと思い始めていた頃、父からラファーガの女王の話を聞かされた。
魔女。
千里眼を持ち、女とて甘く見ると返り討ちに合う、と横暴な父が最も恐れていた人物だ。
確かに、その魔女の娘らならば遺言通りの力を持ちえているのかもしれない。
だが、ベルガーは実際に女王の力をこの目で見たわけではなく、信じ難いのだ。
野心家の父親が、女王の話となると人が変わったように怯え出すところを見ると、確かに満更嘘でもなさそうだが。
室内の観葉植物に目をやったベルガーは、静かに立ち上がると徐にその葉に触れてみる。
「姉の髪が似たような色合いだった、な・・・」
小声でそう呟いた、触りながら、静かに瞳を閉じる。
目まぐるしく行動が変化する姉・アイラ。
当初描いた人物とは、全く掛け離れたような姫になっていた。
おどおどしているだけかと思えば、大胆に発言もする。
姫らしくなく乗馬もすれば、剣も習い、しかして読書も好きだと。
トライと共に居たときに見せた、純粋な笑顔が、ベルガーは気がかりだった。
何故、気になるのかは自分でも解らないが、視界に入れば目で姿を追っていた。
「宝石やらを好む、女の欲の塊のような妹よりかは・・・確かに見ていて面白いかもしれないが」
緑の葉を見つめながら、何故か。
胸が軽く痛んだ気がした。
その頃、部屋を出て自室へと戻っていたトレベレスは、家臣に酒を注文し、一人で夜風に当たるべく庭に出ていた所。
歌が聞こえてきたので、足を止めた。
上から振ってくる、綺麗な歌声の持ち主など解り切っている。
雲が晴れ、月が顔を出せば窓からしなりと伸びている腕が見えた。
どうやらここは、姫君の部屋の真下のようだ。
木にもたれかかり、静かにその歌に聞き入る。
頬を撫でる風が心地良く、耳に流れる歌声は柔らかで暖かく、情がある。
不意に歌が止み、慌てたような声、そして慌しい足音にトレベレスは不審がり木から離れた。
数分後。
「あ・・・」
駆け足音、息を切らせて走ってきたのは、アイラだった。
トレベレスを見つけるなり、おどおどと軽くお辞儀をし、足元で何かを探し始める。
「何か?」
「あ、いえ、その・・・。指輪を、落としてしまったのです」
窓から出した腕、指輪のサイズが合わなかったのか落下したらしい。
一人で捜しに来るとは、なんとも無防備な姫だ、本来は他の者が捜しに来るだろうに。
必死に探すアイラに、見ていただけのトレベレスだが致し方なく手伝う事にした。
「大切な指輪なのか?」
「はい。トライ様から頂いた、本物のお花を加工してある、珍しい指輪なのです」
困惑し、泣きそうな顔をしてアイラはそう告げた、告げた瞬間にトレベレスの胸が跳ね上がる。
一国の姫が、地面に這い蹲って何を捜しているかと思えば、宝石ではなく、花の指輪だと。
無言で手伝えば、トレベレスが見つけた。
徐に右手でそれを摘み、拾い上げる。
後方を微かに顔を動かして見れば、必死になってアイラが探していた。
思わず、手の中の指輪を握り潰そうかと思ったトレベレス、一瞬力を籠めて、正気に戻り慌てて止めた。
「・・・見つかったか?」
「いえ・・・確かに、落ちたのです・・・」
半泣きなようだ、涙で声が震えている。
わざとらしく訊いてみたのはいいが、非常に手の中の指輪が重くなったような気がして。
トレベレスは咳を一つ、指輪を返そうとしたが・・・再び手を握り締める。
「また、買ってもらえばいいだろう。なんなら、オレが買ってやっても良いが」
「そういう問題ではないのです・・・」
あっさりと、何故か微かに頬を紅潮させ告げたトレベレスに、無反応のアイラはそう返答。
瞬時に怒りがこみ上げたのは、恥ずかしさからだろう。
勇気を絞って、というか、数分考えて出した自分の対応に、アイラが全く興味を示さなかった事が非常に腹だたしいのだ。
トレベレスは、指輪を探す振りをしながらそっと、胸のうちポケットにそれをしまいこんだ。
返したくなかったのだ、何故か。
やがて、当然の事ながらミノリが駆けつけて来た。
姫が一人で部屋を飛び出し、戻らないのなら心配にもなるだろう。
後方から、マローにトモハラ、そしてトライもついてきていた。
思わず舌打ちするトレベレス、無造作に立ち上がると、地面に這い蹲っていたアイラの腕を引っ張り、持ち上げて挑戦的にトライを睨み付けた。
「お姫様が、お前が差し上げた指輪を探して這い蹲ってらっしゃるが?」
「アイラ、探さなくて良い。今は夜だ、明るくなったらまた、探そう」
無表情で近づいたトライは、アイラを掴んでいたトレベレスの手を跳ね除け、その間に割って入りアイラに柔らかく微笑む。
項垂れているアイラの髪をそっと摘んで、髪を撫でた。
「申し訳ありません・・・。落としてしまったうえに、見つけられなくて・・・」
「いや、オレがサイズが合わないものを贈ったから、それも要因だろう。ともかく、朝になったら出てくる、そう落ち込むな。そこまで気に入ってもらえてたことが解り、オレは嬉しいかも、逆に」
「はい・・・。朝、探します」
トライとアイラ、とても二人の間に割り込めない空気が流れ始める。
傷心中のアイラに、罪悪感を感じたトレベレスは返そうかとも思ったのだが、トライの出現によってそのような気は全く失せた。
冷めた瞳で二人を見つめていれば、何処からか明るい声が。
「トレベレス様がくださるような、大きな光る宝石でしたら、暗闇でも・・・ほら、こうして判りますのに」
マローが、指輪を外して足元に落とす、それは月光によって眩く光り輝き、存在感を放っていた。
満足そうに頷いたマローは、それを再び拾い上げると指にはめてトレベレスに絡みつき、笑う。
「また、こういうステキな宝石を戴きたいですわ」
甘えてマローはトレベレスに宝石を強請る、腕に絡んで、頬を摺り寄せ、微笑む。
ギリリ、と歯軋りしたのはトモハラだった、隣でミノリが押さえようと軽く前に出て、トモハラの視界には入らないようにしたのだが、拳を痛いくらいに強く握り締めトモハラは黙って二人を見ている。
トレベレスとマローが歩いてこちらに来たので、ミノリは慌てて敬礼をしたのだが、トモハラは敬礼しつつも嫉妬と憎悪の視線でトレベレスと後方から睨み続けている。
知ってか知らずか、トレベレスは全くなんら変わりなく横を通り過ぎ、マローと共に去っていった。
無論、トモハラはマローつきの騎士である為、同行しなければならない。
不安そうにトモハラの背中を見送るミノリ、トモハラが何かしないか、心配なのだ。
翌日の事。
早朝、陽が姿を現したので勇んでアイラは庭に舞い戻り、必死にミノリと指輪を探す。
トライも同じ様に探していたのだが、そんなところへトライの家臣が血相変えて走ってきた。
「騒々しいな、何事だ」
「トライ様、母上様が病に倒れられたそうです。一刻も早く、お戻り下さい」
「何だって・・・?」
作業を中断、アイラは機転を利かせて傍に居た騎士達に直様指示を出した。
この国で最も有効だとされる薬草の手配、腕の立つ医者の選出、そしてトライの帰路の旅支度。
トライと駆けつけた家臣に深く頭を垂れて、アイラは気丈に告げる。
「トライ様、お戻り下さいませ。傍に愛する子がいるだけでも、違うと思うのです。今、旅の支度を」
「かたじけない、お言葉に甘えるとしよう。直ぐに戻るから、それまではこの城に居るように、アイラ。ラスカサスのリュイ殿の件に関して、オレにも言いたいことがある。妹姫もアイラとは離れたくないのだ、城に留まれ。
・・・あとは、オレがなんとかする、必ず戻るから」
眉を潜め、家臣が持ってきた書簡を受け取り、じっと内容を読むトライ。
アイラの頭を撫でながら、不意にミノリに視線を移した。
「おい、騎士のお前。・・・用事がある、少しあとで付き合え」
「は? ・・・判りました、ですが俺とてアイラ様護衛の騎士です。長く離れられません」
「数分で良い。・・・書簡は本物、か」
小さく呟くと、トライは胸元に書簡を仕舞い込み、一斉に皆で庭を後にした。
アイラは後ろ髪引かれる思いで、庭を眺めるが指輪は・・・見つからない。
見つかるはずもない、指輪はトレベレスが所持しているのだから。
アイラが他の騎士達と旅の準備の確認をしていた頃、自室に向かう途中でトライとミノリはトレベレスに出遭った。
声をかけてきたのは、トレベレスだった。
「指輪は見つかったのか?」
「いや」
「騒々しいな、まさか指輪の買い付けにでも出掛けるのか?」
「違う」
トライは視線を合わせることなく、足の速度を緩めることなく、無関心だ。
そこに構っている余裕はない、といったところだろうか。
通過し、トレベレスが舌打ちした音が聞こえたが、それも無視。
部屋に戻り、トライはミノリに振り返ると、剣をいきなり喉元に突きつける。
思わず声を上げそうになったミノリだが、息を殺してトライを見つめ返した。
「・・・嫌な予感がする。書簡は本物だが、このタイミングで母上が倒れられるなど。取り越し苦労であれば良いのだが、時間がない。お前、責任もってオレがこの城にいない間、アイラを護れよ」
「言われなくても、護るって前から言ってんのに」
剣を引き抜き、ミノリはトライの剣先を弾き返した。
喉の奥で笑い、荒い呼吸で睨みつけているミノリを満足そうに見つめると、軽く頷く。
「よし、その息だ、上等。・・・本来ならばトモハラ、だったか? あの男にも頼みたいところだが、アイツは妹姫に入れ込んでいる様だし」
「ご心配には及びませんから、どうぞお帰り下さい」
始終考え込んでいるトライの目の前で、ミノリは頭をかきながら悪態ついている。
普通、他国の王子にたかが騎士がとってもよい行動でも口調でもないのだが、堅苦しい姿勢よりも、平素の自分のほうをトライとて好んでいる気がして、どうにも気が緩む。
「・・・気をつけろ、忘れるな」
「だから、何を」
ミノリがトライを見た瞬間、背筋が凍った。
真剣な眼差し、そして何かを託す、鋭い瞳の奥の光。
ミノリは言葉を失い、ただ、頷く。
「・・・嫌な予感がする。外れて欲しいが・・・」
トライは、帰路の支度をしつつ始終思案している。
ミノリとて、冗談でもなんでもなく、何かが起こる前兆のようで、恐ろしくなりふと、窓の外を見れば。
「太陽が・・・不気味だ」
小さく漏らせば、トライも視線を移した。
太陽が、ぼやけている。
昼間、はっきりと威厳を現している太陽が、陽炎の様に儚く。
二人は、無言で知らず唇を噛締めていた。
場所は変わり、ベルガーの部屋。
優雅に紅茶を飲みながら、来訪していたトレベレスに意外そうに瞳を丸くしている。
「早いじゃないか、行動が。書簡が偽者であるとトライ殿に見破られなければ良いが? トライ殿の洞察力、っそして慎重さ・・・そこまで慌てずともよかったろうに、確実に行くべきだろう」
「見破られません。あれは、本物です」
まるで自分がトライと比較されているような意味合いを含んだような、ベルガーのおどけたような口調に、仏頂面でトレベレスは答える。
小馬鹿にされているような気がするのは、言葉通りだと自分も痛感しているからかもしれない。
確かに、急ぎすぎたのは、自覚していた。
だが、昨晩。
トライと寄り添うアイラを間近で見て、邪魔をしたくなった。
何故かは解らないが、無性に苛立ち、胸焼けがした。
「で、トライ殿はいつ発たれると?」
「本日中には。アイラ姫が、労って色々用意しているようですし」
「ふん、では数日中に事を起すか・・・。そろそろこの城にも退屈していた頃合、あぁ、紅茶だけは買い占めて我国へ持ち帰るとしよう」
無感情でそう告げたベルガーは、静かに椅子から立ち上がるとドアへと。
連れ立って、トレベレスも部屋を後にした。
向かう先は、マローの許である。
途中、騒がしい方向に目をやれば、アイラが自ら率先して食料の仕分けをしていた。
日持ちする干し肉やら、ワインやらを丁重に閉まっている。
「・・・成程、あの姫君ならば例えば篭城することになろうとも、食料のありかも、それを見分ける力量もある、と」
小声で漏らしたベルガーのその一言を、トレベレスも聞き取っていた、二人してアイラを見つめる。
そこへやってきたのは、トモハラだ、どうやらマローが何かを言いつけたらしく取りに来た様子。
冷水に沈めておいた果実酒をグラスに注ぎ、それを持ってトモハラは再び戻って行く。
ベルガーとトレベレスが庭の木陰で休んでいたマローの許へと向かう際に、再びトモハラと擦れ違う。
今度は何か、お菓子だろうか?
軽く会釈をし、横を通り過ぎるトモハラだが、その瞬間に二人は嫌悪感を抱いた。
トモハラが、二人に対して殺意を抱いているような、そんな視線で睨んできたからだ。
流石に、無視が出来なかった。
「おい、そこの騎士」
「・・・何でしょうか」
トレベレスが呼び止め、床に片膝ついたトモハラを上から見下ろす。
「お前・・・毎回オレ達に対して無礼えはなかろうか。客人だぞ」
「不快な思いをさせていたのでしたら、申し訳ありませんでした」
態度は、きっちりとしているが、感情が籠もっていない。
その態度に苛立ち、トレベレスは思い切り、右足でトモハラの頭部を蹴り上げる。
ザワ、とトレベレスの家臣が止めに入ったがベルガーは見て見ぬ振りだ。
「お前、生意気だ。たかが騎士の分際で」
それでも、トモハラは動じることなく、体勢を元に戻して言葉を聞いている。
それが更に火に油を注いだようだ、カッとなったトレベレスが腕を振り上げれば流石にベルガーが止めに入った。
耳元で何か囁き、クイ、とトレベレスのマントを摘む。
唾を吐き捨て、トレベレスは忌々しそうにトモハラを見下せば。
「・・・本当に、あの方を愛していらっしゃるならば、いいんだ。けれど、違うから」
トモハラは、はっきりとそう呟いて、負けじとトレベレスとベルガーを憎々しげに見やる。
「コイツ・・・!」
ようやく沈下していたトレベレスだが、今の一言で逆上したのか、その態度が勘に触ったのか、ベルガーが止めるのも聞かずに再び手を振り上げた。
「!? どうかなさいましたか?!」
だが。
悲鳴に近い声を上げたのは、アイラだった。
走ってきて、トモハラの傍らに立つと交互に二人を不安そうに見つめている。
腕を振り上げたまま、ばつの悪そうな顔をして、トレベレスはそのまま腕をひっこめて肩を竦めると、軽く会釈。
「いえ、特に何も」
「なら、良いのですが・・・」
けれども、トモハラの頬には先程蹴られた後が、赤く痛々しく残っている。
トレベレスは無言のまま踵を返し、そのままベルガーと合流すると足早に去っていったのだが、その姿をやはり憎々しげにトモハラは見ていた。
「トモハラ・・・」
「申し訳ありませんでした、アイラ様の手を煩わせてしまいましたね」
アイラと視線は合わせずに、トモハラは直様立ち上がると立ち去る。
「マロー様に・・・焼き菓子を頼まれておりますので、これにて失礼致します」
「解りました。いつも、ありがとう」
微かに振り返ったトモハラ、困惑気味だが微笑んでいるアイラが居る。
あぁ、あれが。
マロー姫だったらよかったのに、と。
ありがとう、と声をかけてもらえたら、どんなに嬉しい事だろう、と。
トモハラは軽く脳裏を過ぎったそんな思いに自嘲気味に笑うと、そのまま歩き出した。
トライ一行が帰路に着いた頃。
ラスカサスからの使者達に書簡を持たせるべく、アイラは自分で書き綴っていた。
内容は、妹と離れたくないので、二人でそちらにお邪魔してみても良いでしょうか、といった文面である。
返答としては間違っているのかもしれないが、今はこれが精一杯だった。
隣で、マローがベルガーから頂いたらしい肌に良いという花の蜜を顔につけて愉しんでいる。
その頃当然、城内部ではアイラをラスカサスへやるべきだとの声が出ており、隠密に会合は開かれていた。
「あちらが望んだのだ、致し方ない。友好を結べばあちらが破滅した場合の領土は、我らの物になるだろう」
「となると、やはり土地的にはリュイ皇子のラスカサスより、トライ王子の領土のほうが好ましいが」
「しかし・・・、トライ王子がどう出てくるか」
「ともかく、ラスカサスよりの使者に書簡を」
本当に潰したい国は、ベルガーのファンアイク帝国、及びトレベレスのネーデルラント国だ。
他国にとって脅威となっている侵略国である、本来ならばアイラをこの二人に差し向ける予定であった。
だが、トライが付きっ切りでアイラを二人の元へと、深夜に忍びこませることが出来なかったのだ。
仮に、マローをこの二人のどちらかに差し出せば、これ幸いにとこちらを属国にしてきそうな勢いである。
人質は、マローだ、誰も手が出せない。
そして、マローが子を授かれば、もはや邪魔するものなど何もなく。
「今晩中にアイラ姫をトレベレス殿か、ベルガー殿の部屋に送りましょうか。幸いにトライ殿が不在です。夜伽の準備とて、終わっているでしょうからアイラ姫は立派に勤めるでしょう」
「それが良いかと。ただ、ベルガー殿は用心深い、そして酒を呑まない。なればトレベレス殿が適任かと、思われます。強い酒でも持たせて、今すぐにでも」
「歳とて、ベルガー殿よりお若い。理性など先に崩れるでしょうし、あとはアイラ姫次第、かと」
更にその頃、ミノリはトモハラと共に。
雲に隠れ、月がない晩だった。
トライの真剣な眼差し、微かに震えていたような声を思い出し、ミノリはトモハラに相談を持ちかけたのである。
硬くなったパンを齧りつつ、冷えたクリームシチューに浸してそれを口にしていたトモハラ、ミノリが小さく周囲を気にして囁いた言葉に、眉を潜めた。
「何だって?」
「だから、トライ王子が・・・。俺達に気をつけろ、と。嫌な予感がする、ってしきりに言ってたんだ。アイツ、いけ好かないけど・・・腕は確かだと思うんだな」
横から、クリームシチューに入っていた小さな鶏肉を横取りし、自分の口に運んだミノリを、項垂れて観ていたトモハラだったが、静かに、溜息を吐く。
「実は俺も嫌な予感がして仕方がない」
「・・・」
二人は、同時に席を立った、向かう先は自室。
ありったけの薬草や、武器を今のうちに隠し持っておく為に、だった。
”嫌な予感”
それが何かは解らないが、少なくとも近いうちに起こってしまうだろうと、直感したのだ。
「ねぇ、眠れないからまた、あの飲み物頂戴」
肌の手入れに飽きたのか、マローはひょこり、とドアから顔を出す。
が、そこにトモハラの姿はなかった。
それでも、騎士の一人が見よう見真似でホットミルクを作っては来てくれたが、やはり味が違う。
不貞腐れて、飲みかけのコップを就き返したマローの頭を優しく撫でたアイラは、書簡を書き終えたようだ。
「ご機嫌斜め? いつもの美味しいミルクではなかったの?」
「うん、美味しくなかったの」
「作ってくれた人が違うからよ。トモハラでしょう、作ってくれていたのは。彼を呼んでみたら?」
「知らない、もう、寝るからいーのっ」
図星だった。
アイラに率直に名前を言われ、指摘され、硬直したマローは布団へとダイブ、そのまま瞳を閉じて嘘の寝息を立て始める。
苦笑いをして、それでもマローの頭を撫で頬に口づけると、アイラはそっとドアから出て行った。
素直になれない、妹。
アイラは知っていた、マローが何を気にしているのかを。
「お出かけですか、アイラ様」
ミノリは不在、だが騎士の数人がついてきてくれる。
「・・・誰か、ランプはない? 指輪を朝探せなかったから、今から探そうかと思って」
騎士たちが、一気に項垂れ、アイラの前に立ち塞がる。
夜露にまみれた草むらの中で、夜中に姫が探し物など有り得ない。
「おやめください、気になるのでしたら、我らが夜中に探しておきますから」
「でも」
「騎士の言う通りだ、やめておかれたほうが良いかと、アイラ姫」
いつの間に来たのか、トレベレスが軽く微笑んで歩いて来ている。
背筋を正し、敬礼した騎士たちの脇をすり抜け、アイラの前に来るとトレベレスは悪戯っぽく耳元で囁いた。
「トライが帰宅すれば、同じ様な物を持ってきてくれますよ」
「ですから、同じ様な物では駄目なのです」
むっとしてトレベレスを睨み返したアイラ、肩を竦めてアイラの肩に触れるとそのままするり、と背中を叩き。
「マロー姫に会いに来たのだが、妹姫はお休みで?」
「はい、申し訳ありませんが眠りについております」
「そうか、では出直すとしようか・・・。しかし、今宵は月もなく暇だ。アイラ姫、話し相手になっていただければ、と」
「え? 私・・・ですか?」
無邪気に笑うトレベレスに、騎士たちは一斉に警戒した。
トライからの忠告を、ミノリ経由で聞いていたからだった。
それまで、マローに付きっ切りであったのに、トライが消えた途端にこの態度、豹変振り。
アイラは戸惑いを隠せずに、困って、もじもじと身体を動かしている。
「眠いですか? トライからの話だと、貴女は大層物知りだとか・・・。私の部屋で御伽噺でもお聞かせ願えませんかね? お歌も、そこらの歌い手より上手であられるようですし」
「お断りします!」
言葉を挟んだのは、息を切らせて走ってきたミノリだ、後方にトモハラも居る。
ほっと、安堵の溜息を吐いたアイラ、声を聞いて安心したのだ。
トレベレスは怪訝な表情で一瞬そちらを観たが、すぐにアイラに視線を直す。
ミノリには全く気にせずに、にっこりと、優美にアイラに笑いかけさり気無く髪を摘んで口元へ。
「いかがですか、アイラ姫」
「えと・・・ですが、夜も遅いですし・・・。マローが、一人では寂しがりますし・・・」
しどろもどろ、語るアイラ。
それもそのはずだ、トレベレスの右手がアイラの腰に。
顔の距離とて、近い、いや、近過ぎるのだ、鼻が触れるか触れないか。
トライと親密で、始終共に居たとはいえ、このような接し方ではない。
近過ぎる体温に、アイラはただ俯き加減で軽い抵抗を見せるだけだった。
赤面し、必死に小声で反論しているアイラだが、トレベレスは愉快そうに微笑みながら体勢を崩そうとせず。
逆上したミノリが、剣を引き抜きそうになったが、トモハラに止められた。
が、止めたトモハラの手も、怒りで震えている。
皆、余裕の笑みで小馬鹿にしたような態度のトレベレスを、睨み付けた。
よもや、誰かが何かの弾みで剣を引き抜くのではないか、というほどの緊迫した空気の中で。
狼狽しているアイラの頬は軽く紅潮している、そのことに誰か気付いただろう。
喉の奥で愉快そうに笑いながら、挑発しているとしか思えないトレベレスの態度、壁にアイラを押付けて騎士達の視線などお構いなしに、髪を撫で、自分の身体でアイラを被い何かを耳元で囁いている。
騎士達はトレベレスへの嫉妬と憤慨に、気を取られ過ぎてしまった。
その頃、水面下ではすでに侵略は始まっていたのだ。
トレベレスの行動などただの時間稼ぎである、最も城内において有能であろうとベルガーが目星をつけたのが、アイラ付きの騎士達だった。
彼らを足止めするのにもってこいな方法が、アイラへの横槍。
まんまと、二人の策略に嵌められたのである。
アイラへの忠誠心は、見て取れたので簡単にコマは動いたのだ。
睡眠中の者達の口には、毒薬を。
起きている者達には酒と偽り、毒薬を。
本来、この城の騎士はアイラかマローの傍に控えている存在だ、彼らさえ一箇所に固まっているのであれば、あとは容易い。
まして、もはやベルガーやその家臣達は城内の者達と溶け込み、気軽に会話さえ交わせる存在。
用があるのは、妹のマロー、唯一人。
それ以外の人物は、不要だ。
不要であるならば、消したほうが都合が良い。
警戒心など見せなかった城内の者達は、ベルガーの用意した毒薬によって、騎士達がトレベレスに気を取られている間に瞬く間に命を奪われていったのである。
それは、とても静かな夜だった。
皆、一瞬身体を引き攣らせたが、眠らせるように息を引き取っていく。
足りないといけないので、睡眠薬で眠らせてから心臓を一突きにする方法も取られた。
そう、決して物音など出ることなく、暗殺、である。
「良いではないですか、アイラ様。トレベレス様にお歌を披露して御覧なさいませ」
張り詰めた空気の中、数人の女官達が現れた。
ミノリを押し退け、トモハラを押し退け、騎士達の存在を無視し、アイラに気味の悪いほど優しい笑みを浮かべる。
「トレベレス様、アイラ姫を伺わせますからお部屋でお待ちいただけますか? それなりの”正装”をしなければ」
正装? 眉を潜めたミノリは、ふと後方の女官が手にしている薄布を見た。
見慣れていないミノリですら解る、透けている布だった。
バラバラになっていた破片が、一気に並べられて全貌が見える。
思わずミノリは悲鳴を上げ、アイラに腕を伸ばした。
”夜伽の正装”だろう。
薄い桃色の透けている布だが、深紅のリボンがついている。
あれは、ドレスではない、ショールでもない。
このタイミングで女官達がそれを持ってきたのだ、確実にトレベレスとアイラを契らせるつもりなのだろう。
「でも、マローが一人では寂しがります。もう、寝ないと・・・」
不審に思ったのか、アイラが抵抗したのでミノリは安堵の溜息を漏らした。
しかし、無駄な抵抗である。
「王子の誘いを断るなど・・・。なりませんよ。マロー様は私達が傍におりますから」
「ささ、お着替えましょうね。トレベレス様、ワインをお持ちいたします、お部屋へどうぞ」
無理やりアイラの腕を掴み、女官達はアイラを取り囲んだ。
アイラは、不安そうに、困惑して、ミノリとトモハラに手を伸ばしたのだ。
そして騎士達に瞳を投げかけた、大きな瞳が伏せられ、迷子の子犬の様に怯えて。
「・・・っ!」
救いを求めて差し伸べられたアイラの腕を掴んだのは、ミノリ。
騎士達も動いた、女官達をぐるり、と取り囲む。
「そういえば、女王の遺言では姉に手をかけるとその時点で災いが降りかかるのであったな? 面白いから余興にあの姉姫でも私が殺してみようか」
「お、おやめください、ベルガー様」
血相変えて鋭い悲鳴に近い声を出した家臣に、苦笑いして片手で制すベルガーは冗談だ、と首を振った。
安堵の溜息を漏らしている家臣達を見て、ベルガーは瞳を細める。
余程、ここの亡き女王が皆怖いのだろう。
ベルガーは更に紅茶をお代わりした、自分にここの茶葉が合っている様で、毎日何杯も飲んでいる。
ベルガーとて、確かにここ・ラファーガの女王の絶大な魔力の話を聞いていなかったわけではない。
物心つき、他国への侵略こそが自分の使命だと思い始めていた頃、父からラファーガの女王の話を聞かされた。
魔女。
千里眼を持ち、女とて甘く見ると返り討ちに合う、と横暴な父が最も恐れていた人物だ。
確かに、その魔女の娘らならば遺言通りの力を持ちえているのかもしれない。
だが、ベルガーは実際に女王の力をこの目で見たわけではなく、信じ難いのだ。
野心家の父親が、女王の話となると人が変わったように怯え出すところを見ると、確かに満更嘘でもなさそうだが。
室内の観葉植物に目をやったベルガーは、静かに立ち上がると徐にその葉に触れてみる。
「姉の髪が似たような色合いだった、な・・・」
小声でそう呟いた、触りながら、静かに瞳を閉じる。
目まぐるしく行動が変化する姉・アイラ。
当初描いた人物とは、全く掛け離れたような姫になっていた。
おどおどしているだけかと思えば、大胆に発言もする。
姫らしくなく乗馬もすれば、剣も習い、しかして読書も好きだと。
トライと共に居たときに見せた、純粋な笑顔が、ベルガーは気がかりだった。
何故、気になるのかは自分でも解らないが、視界に入れば目で姿を追っていた。
「宝石やらを好む、女の欲の塊のような妹よりかは・・・確かに見ていて面白いかもしれないが」
緑の葉を見つめながら、何故か。
胸が軽く痛んだ気がした。
その頃、部屋を出て自室へと戻っていたトレベレスは、家臣に酒を注文し、一人で夜風に当たるべく庭に出ていた所。
歌が聞こえてきたので、足を止めた。
上から振ってくる、綺麗な歌声の持ち主など解り切っている。
雲が晴れ、月が顔を出せば窓からしなりと伸びている腕が見えた。
どうやらここは、姫君の部屋の真下のようだ。
木にもたれかかり、静かにその歌に聞き入る。
頬を撫でる風が心地良く、耳に流れる歌声は柔らかで暖かく、情がある。
不意に歌が止み、慌てたような声、そして慌しい足音にトレベレスは不審がり木から離れた。
数分後。
「あ・・・」
駆け足音、息を切らせて走ってきたのは、アイラだった。
トレベレスを見つけるなり、おどおどと軽くお辞儀をし、足元で何かを探し始める。
「何か?」
「あ、いえ、その・・・。指輪を、落としてしまったのです」
窓から出した腕、指輪のサイズが合わなかったのか落下したらしい。
一人で捜しに来るとは、なんとも無防備な姫だ、本来は他の者が捜しに来るだろうに。
必死に探すアイラに、見ていただけのトレベレスだが致し方なく手伝う事にした。
「大切な指輪なのか?」
「はい。トライ様から頂いた、本物のお花を加工してある、珍しい指輪なのです」
困惑し、泣きそうな顔をしてアイラはそう告げた、告げた瞬間にトレベレスの胸が跳ね上がる。
一国の姫が、地面に這い蹲って何を捜しているかと思えば、宝石ではなく、花の指輪だと。
無言で手伝えば、トレベレスが見つけた。
徐に右手でそれを摘み、拾い上げる。
後方を微かに顔を動かして見れば、必死になってアイラが探していた。
思わず、手の中の指輪を握り潰そうかと思ったトレベレス、一瞬力を籠めて、正気に戻り慌てて止めた。
「・・・見つかったか?」
「いえ・・・確かに、落ちたのです・・・」
半泣きなようだ、涙で声が震えている。
わざとらしく訊いてみたのはいいが、非常に手の中の指輪が重くなったような気がして。
トレベレスは咳を一つ、指輪を返そうとしたが・・・再び手を握り締める。
「また、買ってもらえばいいだろう。なんなら、オレが買ってやっても良いが」
「そういう問題ではないのです・・・」
あっさりと、何故か微かに頬を紅潮させ告げたトレベレスに、無反応のアイラはそう返答。
瞬時に怒りがこみ上げたのは、恥ずかしさからだろう。
勇気を絞って、というか、数分考えて出した自分の対応に、アイラが全く興味を示さなかった事が非常に腹だたしいのだ。
トレベレスは、指輪を探す振りをしながらそっと、胸のうちポケットにそれをしまいこんだ。
返したくなかったのだ、何故か。
やがて、当然の事ながらミノリが駆けつけて来た。
姫が一人で部屋を飛び出し、戻らないのなら心配にもなるだろう。
後方から、マローにトモハラ、そしてトライもついてきていた。
思わず舌打ちするトレベレス、無造作に立ち上がると、地面に這い蹲っていたアイラの腕を引っ張り、持ち上げて挑戦的にトライを睨み付けた。
「お姫様が、お前が差し上げた指輪を探して這い蹲ってらっしゃるが?」
「アイラ、探さなくて良い。今は夜だ、明るくなったらまた、探そう」
無表情で近づいたトライは、アイラを掴んでいたトレベレスの手を跳ね除け、その間に割って入りアイラに柔らかく微笑む。
項垂れているアイラの髪をそっと摘んで、髪を撫でた。
「申し訳ありません・・・。落としてしまったうえに、見つけられなくて・・・」
「いや、オレがサイズが合わないものを贈ったから、それも要因だろう。ともかく、朝になったら出てくる、そう落ち込むな。そこまで気に入ってもらえてたことが解り、オレは嬉しいかも、逆に」
「はい・・・。朝、探します」
トライとアイラ、とても二人の間に割り込めない空気が流れ始める。
傷心中のアイラに、罪悪感を感じたトレベレスは返そうかとも思ったのだが、トライの出現によってそのような気は全く失せた。
冷めた瞳で二人を見つめていれば、何処からか明るい声が。
「トレベレス様がくださるような、大きな光る宝石でしたら、暗闇でも・・・ほら、こうして判りますのに」
マローが、指輪を外して足元に落とす、それは月光によって眩く光り輝き、存在感を放っていた。
満足そうに頷いたマローは、それを再び拾い上げると指にはめてトレベレスに絡みつき、笑う。
「また、こういうステキな宝石を戴きたいですわ」
甘えてマローはトレベレスに宝石を強請る、腕に絡んで、頬を摺り寄せ、微笑む。
ギリリ、と歯軋りしたのはトモハラだった、隣でミノリが押さえようと軽く前に出て、トモハラの視界には入らないようにしたのだが、拳を痛いくらいに強く握り締めトモハラは黙って二人を見ている。
トレベレスとマローが歩いてこちらに来たので、ミノリは慌てて敬礼をしたのだが、トモハラは敬礼しつつも嫉妬と憎悪の視線でトレベレスと後方から睨み続けている。
知ってか知らずか、トレベレスは全くなんら変わりなく横を通り過ぎ、マローと共に去っていった。
無論、トモハラはマローつきの騎士である為、同行しなければならない。
不安そうにトモハラの背中を見送るミノリ、トモハラが何かしないか、心配なのだ。
翌日の事。
早朝、陽が姿を現したので勇んでアイラは庭に舞い戻り、必死にミノリと指輪を探す。
トライも同じ様に探していたのだが、そんなところへトライの家臣が血相変えて走ってきた。
「騒々しいな、何事だ」
「トライ様、母上様が病に倒れられたそうです。一刻も早く、お戻り下さい」
「何だって・・・?」
作業を中断、アイラは機転を利かせて傍に居た騎士達に直様指示を出した。
この国で最も有効だとされる薬草の手配、腕の立つ医者の選出、そしてトライの帰路の旅支度。
トライと駆けつけた家臣に深く頭を垂れて、アイラは気丈に告げる。
「トライ様、お戻り下さいませ。傍に愛する子がいるだけでも、違うと思うのです。今、旅の支度を」
「かたじけない、お言葉に甘えるとしよう。直ぐに戻るから、それまではこの城に居るように、アイラ。ラスカサスのリュイ殿の件に関して、オレにも言いたいことがある。妹姫もアイラとは離れたくないのだ、城に留まれ。
・・・あとは、オレがなんとかする、必ず戻るから」
眉を潜め、家臣が持ってきた書簡を受け取り、じっと内容を読むトライ。
アイラの頭を撫でながら、不意にミノリに視線を移した。
「おい、騎士のお前。・・・用事がある、少しあとで付き合え」
「は? ・・・判りました、ですが俺とてアイラ様護衛の騎士です。長く離れられません」
「数分で良い。・・・書簡は本物、か」
小さく呟くと、トライは胸元に書簡を仕舞い込み、一斉に皆で庭を後にした。
アイラは後ろ髪引かれる思いで、庭を眺めるが指輪は・・・見つからない。
見つかるはずもない、指輪はトレベレスが所持しているのだから。
アイラが他の騎士達と旅の準備の確認をしていた頃、自室に向かう途中でトライとミノリはトレベレスに出遭った。
声をかけてきたのは、トレベレスだった。
「指輪は見つかったのか?」
「いや」
「騒々しいな、まさか指輪の買い付けにでも出掛けるのか?」
「違う」
トライは視線を合わせることなく、足の速度を緩めることなく、無関心だ。
そこに構っている余裕はない、といったところだろうか。
通過し、トレベレスが舌打ちした音が聞こえたが、それも無視。
部屋に戻り、トライはミノリに振り返ると、剣をいきなり喉元に突きつける。
思わず声を上げそうになったミノリだが、息を殺してトライを見つめ返した。
「・・・嫌な予感がする。書簡は本物だが、このタイミングで母上が倒れられるなど。取り越し苦労であれば良いのだが、時間がない。お前、責任もってオレがこの城にいない間、アイラを護れよ」
「言われなくても、護るって前から言ってんのに」
剣を引き抜き、ミノリはトライの剣先を弾き返した。
喉の奥で笑い、荒い呼吸で睨みつけているミノリを満足そうに見つめると、軽く頷く。
「よし、その息だ、上等。・・・本来ならばトモハラ、だったか? あの男にも頼みたいところだが、アイツは妹姫に入れ込んでいる様だし」
「ご心配には及びませんから、どうぞお帰り下さい」
始終考え込んでいるトライの目の前で、ミノリは頭をかきながら悪態ついている。
普通、他国の王子にたかが騎士がとってもよい行動でも口調でもないのだが、堅苦しい姿勢よりも、平素の自分のほうをトライとて好んでいる気がして、どうにも気が緩む。
「・・・気をつけろ、忘れるな」
「だから、何を」
ミノリがトライを見た瞬間、背筋が凍った。
真剣な眼差し、そして何かを託す、鋭い瞳の奥の光。
ミノリは言葉を失い、ただ、頷く。
「・・・嫌な予感がする。外れて欲しいが・・・」
トライは、帰路の支度をしつつ始終思案している。
ミノリとて、冗談でもなんでもなく、何かが起こる前兆のようで、恐ろしくなりふと、窓の外を見れば。
「太陽が・・・不気味だ」
小さく漏らせば、トライも視線を移した。
太陽が、ぼやけている。
昼間、はっきりと威厳を現している太陽が、陽炎の様に儚く。
二人は、無言で知らず唇を噛締めていた。
場所は変わり、ベルガーの部屋。
優雅に紅茶を飲みながら、来訪していたトレベレスに意外そうに瞳を丸くしている。
「早いじゃないか、行動が。書簡が偽者であるとトライ殿に見破られなければ良いが? トライ殿の洞察力、っそして慎重さ・・・そこまで慌てずともよかったろうに、確実に行くべきだろう」
「見破られません。あれは、本物です」
まるで自分がトライと比較されているような意味合いを含んだような、ベルガーのおどけたような口調に、仏頂面でトレベレスは答える。
小馬鹿にされているような気がするのは、言葉通りだと自分も痛感しているからかもしれない。
確かに、急ぎすぎたのは、自覚していた。
だが、昨晩。
トライと寄り添うアイラを間近で見て、邪魔をしたくなった。
何故かは解らないが、無性に苛立ち、胸焼けがした。
「で、トライ殿はいつ発たれると?」
「本日中には。アイラ姫が、労って色々用意しているようですし」
「ふん、では数日中に事を起すか・・・。そろそろこの城にも退屈していた頃合、あぁ、紅茶だけは買い占めて我国へ持ち帰るとしよう」
無感情でそう告げたベルガーは、静かに椅子から立ち上がるとドアへと。
連れ立って、トレベレスも部屋を後にした。
向かう先は、マローの許である。
途中、騒がしい方向に目をやれば、アイラが自ら率先して食料の仕分けをしていた。
日持ちする干し肉やら、ワインやらを丁重に閉まっている。
「・・・成程、あの姫君ならば例えば篭城することになろうとも、食料のありかも、それを見分ける力量もある、と」
小声で漏らしたベルガーのその一言を、トレベレスも聞き取っていた、二人してアイラを見つめる。
そこへやってきたのは、トモハラだ、どうやらマローが何かを言いつけたらしく取りに来た様子。
冷水に沈めておいた果実酒をグラスに注ぎ、それを持ってトモハラは再び戻って行く。
ベルガーとトレベレスが庭の木陰で休んでいたマローの許へと向かう際に、再びトモハラと擦れ違う。
今度は何か、お菓子だろうか?
軽く会釈をし、横を通り過ぎるトモハラだが、その瞬間に二人は嫌悪感を抱いた。
トモハラが、二人に対して殺意を抱いているような、そんな視線で睨んできたからだ。
流石に、無視が出来なかった。
「おい、そこの騎士」
「・・・何でしょうか」
トレベレスが呼び止め、床に片膝ついたトモハラを上から見下ろす。
「お前・・・毎回オレ達に対して無礼えはなかろうか。客人だぞ」
「不快な思いをさせていたのでしたら、申し訳ありませんでした」
態度は、きっちりとしているが、感情が籠もっていない。
その態度に苛立ち、トレベレスは思い切り、右足でトモハラの頭部を蹴り上げる。
ザワ、とトレベレスの家臣が止めに入ったがベルガーは見て見ぬ振りだ。
「お前、生意気だ。たかが騎士の分際で」
それでも、トモハラは動じることなく、体勢を元に戻して言葉を聞いている。
それが更に火に油を注いだようだ、カッとなったトレベレスが腕を振り上げれば流石にベルガーが止めに入った。
耳元で何か囁き、クイ、とトレベレスのマントを摘む。
唾を吐き捨て、トレベレスは忌々しそうにトモハラを見下せば。
「・・・本当に、あの方を愛していらっしゃるならば、いいんだ。けれど、違うから」
トモハラは、はっきりとそう呟いて、負けじとトレベレスとベルガーを憎々しげに見やる。
「コイツ・・・!」
ようやく沈下していたトレベレスだが、今の一言で逆上したのか、その態度が勘に触ったのか、ベルガーが止めるのも聞かずに再び手を振り上げた。
「!? どうかなさいましたか?!」
だが。
悲鳴に近い声を上げたのは、アイラだった。
走ってきて、トモハラの傍らに立つと交互に二人を不安そうに見つめている。
腕を振り上げたまま、ばつの悪そうな顔をして、トレベレスはそのまま腕をひっこめて肩を竦めると、軽く会釈。
「いえ、特に何も」
「なら、良いのですが・・・」
けれども、トモハラの頬には先程蹴られた後が、赤く痛々しく残っている。
トレベレスは無言のまま踵を返し、そのままベルガーと合流すると足早に去っていったのだが、その姿をやはり憎々しげにトモハラは見ていた。
「トモハラ・・・」
「申し訳ありませんでした、アイラ様の手を煩わせてしまいましたね」
アイラと視線は合わせずに、トモハラは直様立ち上がると立ち去る。
「マロー様に・・・焼き菓子を頼まれておりますので、これにて失礼致します」
「解りました。いつも、ありがとう」
微かに振り返ったトモハラ、困惑気味だが微笑んでいるアイラが居る。
あぁ、あれが。
マロー姫だったらよかったのに、と。
ありがとう、と声をかけてもらえたら、どんなに嬉しい事だろう、と。
トモハラは軽く脳裏を過ぎったそんな思いに自嘲気味に笑うと、そのまま歩き出した。
トライ一行が帰路に着いた頃。
ラスカサスからの使者達に書簡を持たせるべく、アイラは自分で書き綴っていた。
内容は、妹と離れたくないので、二人でそちらにお邪魔してみても良いでしょうか、といった文面である。
返答としては間違っているのかもしれないが、今はこれが精一杯だった。
隣で、マローがベルガーから頂いたらしい肌に良いという花の蜜を顔につけて愉しんでいる。
その頃当然、城内部ではアイラをラスカサスへやるべきだとの声が出ており、隠密に会合は開かれていた。
「あちらが望んだのだ、致し方ない。友好を結べばあちらが破滅した場合の領土は、我らの物になるだろう」
「となると、やはり土地的にはリュイ皇子のラスカサスより、トライ王子の領土のほうが好ましいが」
「しかし・・・、トライ王子がどう出てくるか」
「ともかく、ラスカサスよりの使者に書簡を」
本当に潰したい国は、ベルガーのファンアイク帝国、及びトレベレスのネーデルラント国だ。
他国にとって脅威となっている侵略国である、本来ならばアイラをこの二人に差し向ける予定であった。
だが、トライが付きっ切りでアイラを二人の元へと、深夜に忍びこませることが出来なかったのだ。
仮に、マローをこの二人のどちらかに差し出せば、これ幸いにとこちらを属国にしてきそうな勢いである。
人質は、マローだ、誰も手が出せない。
そして、マローが子を授かれば、もはや邪魔するものなど何もなく。
「今晩中にアイラ姫をトレベレス殿か、ベルガー殿の部屋に送りましょうか。幸いにトライ殿が不在です。夜伽の準備とて、終わっているでしょうからアイラ姫は立派に勤めるでしょう」
「それが良いかと。ただ、ベルガー殿は用心深い、そして酒を呑まない。なればトレベレス殿が適任かと、思われます。強い酒でも持たせて、今すぐにでも」
「歳とて、ベルガー殿よりお若い。理性など先に崩れるでしょうし、あとはアイラ姫次第、かと」
更にその頃、ミノリはトモハラと共に。
雲に隠れ、月がない晩だった。
トライの真剣な眼差し、微かに震えていたような声を思い出し、ミノリはトモハラに相談を持ちかけたのである。
硬くなったパンを齧りつつ、冷えたクリームシチューに浸してそれを口にしていたトモハラ、ミノリが小さく周囲を気にして囁いた言葉に、眉を潜めた。
「何だって?」
「だから、トライ王子が・・・。俺達に気をつけろ、と。嫌な予感がする、ってしきりに言ってたんだ。アイツ、いけ好かないけど・・・腕は確かだと思うんだな」
横から、クリームシチューに入っていた小さな鶏肉を横取りし、自分の口に運んだミノリを、項垂れて観ていたトモハラだったが、静かに、溜息を吐く。
「実は俺も嫌な予感がして仕方がない」
「・・・」
二人は、同時に席を立った、向かう先は自室。
ありったけの薬草や、武器を今のうちに隠し持っておく為に、だった。
”嫌な予感”
それが何かは解らないが、少なくとも近いうちに起こってしまうだろうと、直感したのだ。
「ねぇ、眠れないからまた、あの飲み物頂戴」
肌の手入れに飽きたのか、マローはひょこり、とドアから顔を出す。
が、そこにトモハラの姿はなかった。
それでも、騎士の一人が見よう見真似でホットミルクを作っては来てくれたが、やはり味が違う。
不貞腐れて、飲みかけのコップを就き返したマローの頭を優しく撫でたアイラは、書簡を書き終えたようだ。
「ご機嫌斜め? いつもの美味しいミルクではなかったの?」
「うん、美味しくなかったの」
「作ってくれた人が違うからよ。トモハラでしょう、作ってくれていたのは。彼を呼んでみたら?」
「知らない、もう、寝るからいーのっ」
図星だった。
アイラに率直に名前を言われ、指摘され、硬直したマローは布団へとダイブ、そのまま瞳を閉じて嘘の寝息を立て始める。
苦笑いをして、それでもマローの頭を撫で頬に口づけると、アイラはそっとドアから出て行った。
素直になれない、妹。
アイラは知っていた、マローが何を気にしているのかを。
「お出かけですか、アイラ様」
ミノリは不在、だが騎士の数人がついてきてくれる。
「・・・誰か、ランプはない? 指輪を朝探せなかったから、今から探そうかと思って」
騎士たちが、一気に項垂れ、アイラの前に立ち塞がる。
夜露にまみれた草むらの中で、夜中に姫が探し物など有り得ない。
「おやめください、気になるのでしたら、我らが夜中に探しておきますから」
「でも」
「騎士の言う通りだ、やめておかれたほうが良いかと、アイラ姫」
いつの間に来たのか、トレベレスが軽く微笑んで歩いて来ている。
背筋を正し、敬礼した騎士たちの脇をすり抜け、アイラの前に来るとトレベレスは悪戯っぽく耳元で囁いた。
「トライが帰宅すれば、同じ様な物を持ってきてくれますよ」
「ですから、同じ様な物では駄目なのです」
むっとしてトレベレスを睨み返したアイラ、肩を竦めてアイラの肩に触れるとそのままするり、と背中を叩き。
「マロー姫に会いに来たのだが、妹姫はお休みで?」
「はい、申し訳ありませんが眠りについております」
「そうか、では出直すとしようか・・・。しかし、今宵は月もなく暇だ。アイラ姫、話し相手になっていただければ、と」
「え? 私・・・ですか?」
無邪気に笑うトレベレスに、騎士たちは一斉に警戒した。
トライからの忠告を、ミノリ経由で聞いていたからだった。
それまで、マローに付きっ切りであったのに、トライが消えた途端にこの態度、豹変振り。
アイラは戸惑いを隠せずに、困って、もじもじと身体を動かしている。
「眠いですか? トライからの話だと、貴女は大層物知りだとか・・・。私の部屋で御伽噺でもお聞かせ願えませんかね? お歌も、そこらの歌い手より上手であられるようですし」
「お断りします!」
言葉を挟んだのは、息を切らせて走ってきたミノリだ、後方にトモハラも居る。
ほっと、安堵の溜息を吐いたアイラ、声を聞いて安心したのだ。
トレベレスは怪訝な表情で一瞬そちらを観たが、すぐにアイラに視線を直す。
ミノリには全く気にせずに、にっこりと、優美にアイラに笑いかけさり気無く髪を摘んで口元へ。
「いかがですか、アイラ姫」
「えと・・・ですが、夜も遅いですし・・・。マローが、一人では寂しがりますし・・・」
しどろもどろ、語るアイラ。
それもそのはずだ、トレベレスの右手がアイラの腰に。
顔の距離とて、近い、いや、近過ぎるのだ、鼻が触れるか触れないか。
トライと親密で、始終共に居たとはいえ、このような接し方ではない。
近過ぎる体温に、アイラはただ俯き加減で軽い抵抗を見せるだけだった。
赤面し、必死に小声で反論しているアイラだが、トレベレスは愉快そうに微笑みながら体勢を崩そうとせず。
逆上したミノリが、剣を引き抜きそうになったが、トモハラに止められた。
が、止めたトモハラの手も、怒りで震えている。
皆、余裕の笑みで小馬鹿にしたような態度のトレベレスを、睨み付けた。
よもや、誰かが何かの弾みで剣を引き抜くのではないか、というほどの緊迫した空気の中で。
狼狽しているアイラの頬は軽く紅潮している、そのことに誰か気付いただろう。
喉の奥で愉快そうに笑いながら、挑発しているとしか思えないトレベレスの態度、壁にアイラを押付けて騎士達の視線などお構いなしに、髪を撫で、自分の身体でアイラを被い何かを耳元で囁いている。
騎士達はトレベレスへの嫉妬と憤慨に、気を取られ過ぎてしまった。
その頃、水面下ではすでに侵略は始まっていたのだ。
トレベレスの行動などただの時間稼ぎである、最も城内において有能であろうとベルガーが目星をつけたのが、アイラ付きの騎士達だった。
彼らを足止めするのにもってこいな方法が、アイラへの横槍。
まんまと、二人の策略に嵌められたのである。
アイラへの忠誠心は、見て取れたので簡単にコマは動いたのだ。
睡眠中の者達の口には、毒薬を。
起きている者達には酒と偽り、毒薬を。
本来、この城の騎士はアイラかマローの傍に控えている存在だ、彼らさえ一箇所に固まっているのであれば、あとは容易い。
まして、もはやベルガーやその家臣達は城内の者達と溶け込み、気軽に会話さえ交わせる存在。
用があるのは、妹のマロー、唯一人。
それ以外の人物は、不要だ。
不要であるならば、消したほうが都合が良い。
警戒心など見せなかった城内の者達は、ベルガーの用意した毒薬によって、騎士達がトレベレスに気を取られている間に瞬く間に命を奪われていったのである。
それは、とても静かな夜だった。
皆、一瞬身体を引き攣らせたが、眠らせるように息を引き取っていく。
足りないといけないので、睡眠薬で眠らせてから心臓を一突きにする方法も取られた。
そう、決して物音など出ることなく、暗殺、である。
「良いではないですか、アイラ様。トレベレス様にお歌を披露して御覧なさいませ」
張り詰めた空気の中、数人の女官達が現れた。
ミノリを押し退け、トモハラを押し退け、騎士達の存在を無視し、アイラに気味の悪いほど優しい笑みを浮かべる。
「トレベレス様、アイラ姫を伺わせますからお部屋でお待ちいただけますか? それなりの”正装”をしなければ」
正装? 眉を潜めたミノリは、ふと後方の女官が手にしている薄布を見た。
見慣れていないミノリですら解る、透けている布だった。
バラバラになっていた破片が、一気に並べられて全貌が見える。
思わずミノリは悲鳴を上げ、アイラに腕を伸ばした。
”夜伽の正装”だろう。
薄い桃色の透けている布だが、深紅のリボンがついている。
あれは、ドレスではない、ショールでもない。
このタイミングで女官達がそれを持ってきたのだ、確実にトレベレスとアイラを契らせるつもりなのだろう。
「でも、マローが一人では寂しがります。もう、寝ないと・・・」
不審に思ったのか、アイラが抵抗したのでミノリは安堵の溜息を漏らした。
しかし、無駄な抵抗である。
「王子の誘いを断るなど・・・。なりませんよ。マロー様は私達が傍におりますから」
「ささ、お着替えましょうね。トレベレス様、ワインをお持ちいたします、お部屋へどうぞ」
無理やりアイラの腕を掴み、女官達はアイラを取り囲んだ。
アイラは、不安そうに、困惑して、ミノリとトモハラに手を伸ばしたのだ。
そして騎士達に瞳を投げかけた、大きな瞳が伏せられ、迷子の子犬の様に怯えて。
「・・・っ!」
救いを求めて差し伸べられたアイラの腕を掴んだのは、ミノリ。
騎士達も動いた、女官達をぐるり、と取り囲む。
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