別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。
いい加減整理したい。
※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。
絶対転載・保存等禁止です。
宜しくお願い致します。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
五月三十一日の日記らしき物体
忘れないうちに、あっちのサイトに外伝4を投げ込んでおきましたー。
ふぅ、これで来月の更新もどうにかなりそうなのです。
今日は、ご近所の文房具屋さんが閉店セール最終日だったので観に行ってきました。
トーンは要らないけれど、コピックも70%オフです。
二色しか残っていなかったのですが・・・。
アサギ色(緑系)だったので迷わず購入っ。
よかったー、持ってない色でしたっ。
本当は、トビィ色(紫系)か、ギルザ色(紺系)が欲しかったのですが、仕方ありません・・・。
もっと朝早くから行くべきだったかしら。
早速このコピックで絵を描いてみようと思います。
・・・そのうちに(全く早速ではない)。
私のコピック入れは、そんなんですが。※画像参照
高校1、2年時代、好きなブランドがアニエスとCKだったので(何故)集めていた名残らしいです。
ので、マビルが初めて地球に来た時に買って貰った服とかは、全部アニエス着せてましたー。
資料が膨大だったので、はい。
CK着てたのが、トビィだったりしますが、これはもはや定着。
でもトビィはドルガバとゴルチエとグッチがイメージブランドです。
別に私の趣味ではありません、多分。
金持ちだ、トビィお兄様。
知っている方は知っていると思うのですが、6月6日にw-inds.と握手が出来るミニイベントに当選しましたー。
うえへへへっへ!
大阪までちょっと、お出かけしてきますです。
握手・・・死んでしまうかもしれません。
ので、慶太に至近距離で遭遇なのでっ。
毎日、23:30就寝
31日→エステ(ニキビ用)
1日→マッサージ(全身)
2日→エステ(美顔器スペシャル)
3日→マッサージ(顔)
4日→美容院
5日→エステ(美顔器スペシャル)
6日→当日
※なんて私らしいんだろうと思ったので、確実に元気になっているのだと思われますが、ぽんぽ痛いのだけはどうにも出来ないのですがー・・・。
身動きが取れない一週間、とりあえず、薬を持ち物にもう投げ込んだので準備万端、行って来ます。
まさか当選できるとは思いませんでした、が、神様ありがとうございます。
我人生に悔いなし。←おぃ。
・・・欲言うなら、Leadの鍵本君を生で見たいです。←コラ。
まさか、自分に向けられて”好き”だと、言ってもらえるだなんて思いもよらなかった。
顔を硬直させて、言葉が上手く出てこずに、小刻みに震えながら突っ立っているミノリ。
だが、ドアから、『わ・・・!』 と他の騎士達が雪崩れ込んできた為に、ようやく我に返った。
「お、俺は如何ですか!?」
「わしは・・・その・・・あれです」
口々に興奮気味にアイラに詰め寄ると、喚き出す。
どうやら部屋の外でアイラとミノリの会話を聴いていたらしいのだ、我も我も、と”好き”の言葉を聞く為にアイラに懇願をしている・・・らしい。
首を傾げながら、アイラは普段と変わらぬ表情でにっこりと微笑み。
「皆さんも好きです。夜遅くまでご苦労様です、お仕事でしょうが、適度に力を抜いてくださいね? 皆真剣過ぎますよ、それが良いところでしょうけれど」
一瞬に静まり返った室内、騎士達は、改めてアイラの前に跪くと、誰が言うわけでもなく、一斉に。
「愛しの麗しき姫君に、絶対の忠誠を」
そんな様子に狼狽しているアイラを、ようやく訪れたトライが微笑んで見ていた。
「呪いの姫君と噂されようとも、触れた者には全く効果のない程の魅力の所持者、か」
トライには、興味のないことだった、破壊だろうが繁栄だろうが、アイラに違いはないのでどちらでも構わない。
だが、確信していた。
繁栄の姫君がもし、本当に存在するのならばそれは・・・アイラであるだろう、と。
もう一度、室内のアイラを見つめる。
暖かな陽射しを、背に受けて。
困ったように身動ぎしている姫君は、確かに護らねばならぬ存在だ。
そういう気に”なってくる”。
だがしかし、その半面で。
彼女は自分の近くに居る者を護ろうとしているのだと、肌で”実感する”。
そのような者が、何故ゆえに呪いの姫君なのか。
「一度・・・調べてみる必要があるか? ・・・しかし」
トライは、低く呻く。
気になるのは、双子の妹・マローだ。
万が一、アイラが繁栄の姫君であるならば、呪いの姫君はマローとなる。
騎士達に囲まれて、恥ずかしそうに笑っているアイラの声が聴こえてきた。
「喜ぶ顔が、見ていたい。それだけだ。大輪に咲き誇る向日葵のような、地上の太陽のような眩しい笑顔で笑うから」
キィィィ、カトン・・・。
トライは、不可解な音を耳元で聴いた気がして思わず腰の剣を引きぬきかけたが、周囲には人一人いない。
空耳ではなかった筈だが、音を発する原因が何処にも見当たらない。
ズキン、と、軽い頭痛に思わずトライは額に手を押し当てる。
・・・喜ぶ顔が、早く見たい、それだけ。大輪に咲き誇る向日葵の様な眩しい笑顔で笑うんだろうな・・・
昔。
自分が発したような台詞を、何故か思い出す。
誰に、思った台詞だったか、思い出せない。
「なん・・・だ・・・?」
軽い眩暈に、思わずトライは壁に手をついた。
額にじんわりと浮かんだ汗を、思わず拭って荒い呼吸を鎮め様と深呼吸を。
嘔吐感に襲われたのだ、一瞬目の前が真っ暗な闇に包まれて突如光の中に投げ出されたような感覚だった。
映像が、見えた気がしたが。
自分だった、気がしたが。
キィィィ、カトン・・・。
また、何処かで不可解な音がした。
「・・・」
頭を振って、額に指をあて、一呼吸。
頭痛がする、思い出すなという警告なのか。
「思い・・・だす?」
何を。
トライは、歯がゆいこの”不可解な感情”に項垂れ、壁にもたれる。
思い出さなければいけない気がしていた、何か大事な事を忘れている気がしていた。
微かに舌打ちすると、振り払うように頭を振って部屋に入る。
自ずと思い出すだろう・・・トライは囲まれているアイラの元へ駆けつけると、いつものように手を取り甲に口付けを。
「さぁ、今日も剣技と乗馬を」
その夜、久し振りにトモハラと夕食の時間帯が重なった為、上機嫌でミノリは話しかけた。
ミノリの周囲に他のアイラ姫護衛の騎士達も集う、嬉しそうに、というかにやけている騎士達にトモハラは眉を顰める。
「へへ、今日さ、アイラ姫様に『好き』って言われたんだ」
照れくさそうに、顔を真っ赤にしながら、鼻をかきつつそう告げたミノリにトモハラは納得。
恋愛感情の好き、ではなさそうだが、それでもその単語は嬉しい。
思わず笑みを零すトモハラ、自分も心なしか嬉しくなった。
騎士達のアイラ姫に対する想いを延々と聴かされる羽目になったトモハラ、それでも飽きることなく頷き聴き続ける。
ふと。
部屋が騒がしいので、ミノリの話を中断させ、トモハラは席を立つ。
「何?」
「宝石商が来てるんだとよ。トレベレス様とベルガー様が呼び寄せたそうだ。またマロー様に貢がれるのだろう。金持ちはすごいねぇ」
駆けつけてみれば、女達が悲鳴に近い声を出している騒ぎの中心に、悠々と宝石を買い漁っている二人の王子の姿があった。
一際大きな宝石を、珍しい色合いの宝石を。
装飾が見事な髪飾りを、色とりどりの宝石を散りばめた首飾りを。
そこだけ光が集中し、他よりも圧倒的に輝いている。
トモハラは、そっと近寄り宝石を眺めた。
検討がつかない金額だ、マローがきっと好むものだろうが、手が出せない。
ただ、指を咥えて二人の王子が宝石を購入する姿を見ているだけだ。
騒ぎを駆けつけて、マローもやってきた。
やってくるなり、王子達はマローに今し方購入した宝石を優雅に指し出し、自らマローの髪へ、指へ、首へと宝石を着飾らせた。
歓声を上げて大喜びのマロー、特に指の大きなブラックトパーズが気に入ったらしい。
トモハラは、じっと見ていた。
興奮気味に顔を紅潮させて、大きな瞳をキラキラと輝かせて宝石を見つめるマローが愛しくて仕方がない。
ありがとうございます、と二人の王子にお辞儀をする仕草も、可愛らしい。
人々が去り、後片付けをしていた宝石商の元へ、トモハラは引き寄せられるように歩いていった。
どうしても、あの笑顔を間近で見てみたいから。
「あの、一番安い宝石って、どれですか・・・?」
「あぁ? 騎士様かい? ・・・ふぅむ・・・これかな、中流家庭向けの首飾りだよ」
トモハラの足先から頭部まで見つめ、微かに眉を顰めた商人だがお客に変わりはないと判断。
買って貰えそうな宝石を一つ、みすぼらしいケースから取り出す。
それは、お世辞にも綺麗だとは言えない宝石だった。
トモハラが見ても判るのだ、輝きが少ない。
加工が悪いのだろうし、そこまで純度が高いものでもないのだろう。
色は薄緑の、本当に小さな宝石がついた首飾りだった。
とても、マローが喜びそうなものではない。
あの、王子達が購入していた宝石とは月とすっぽんの差である。
しかし、トモハラはそれを購入した。
宝石に違いはないのだ、自分の今の給料ではこれが精一杯である。
これでもかなり無理をした、上機嫌で帰っていった商人に深く頭を垂れて、トモハラはそれを大切に懐に仕舞う。
翌日。
昼食時、いつもの様に王子二人に囲まれていたマローである。
常に跪いてマローの傍にいるトモハラだったが、ドレスを着替えたいとマローが言い出したので、昼食もそこそこにマローは衣裳部屋へと向かった。
当然王子二人はその場に待機、トモハラはマローに付き添う。
ドレスを着替えている間も部屋の外で跪いて待っているわけだが、ドアが開きようやく出てきたマローに思わずトモハラは声をかけた。
「あの」
顔を上げて、通りかかったマローにそう告げれば。
マローは最初身体を硬直させたが、ゆっくりとトモハラを見下すと不機嫌そうに小さく「何?」と返答。
付き添いの女官たちが口々にトモハラに注意をしたが、それを気にも留めずにトモハラは昨夜購入した宝石を懐から取り出すと、跪いたまま両手で差し出す。
マローは不思議そうに首を傾げ、それを見た。
「何これ」
「マロー姫様のお気に召すか判りませんが、宝石商から購入いたしました。俺からの贈り物とさせてください」
首飾りである。
貧相な宝石が装飾された。
暫しの沈黙の後、女官たちの大爆笑が廊下に響き渡る。
外の木々に止まっていた鳥達が驚いて羽ばたいた、何事かと通りすがりの城人が集まってきた。
「たかが騎士ごときが、マロー様になんという無礼を。このようなもの、マロー様がおつけになるはずがないでしょう」
女官の言葉は、気にしない。
トモハラはマローの声を待ち、ただ瞳を閉じて宝石を掲げている。
「・・・いらない。もっとおっきいの、欲しい。あたし、そんな貧相な宝石、似合わないもの」
呆れたような、冷めた口調でマローはそう告げるとトモハラの手に乗っていた宝石を右手でパシリ、とはたき、床に落とす。
「見くびらないで。あたし、お姫様なんだから」
「・・・申し訳、ありませんでした」
爆笑の渦の中、くすくすと周囲のささやきが聴こえる中。
トモハラは薄っすらと瞳を開いて宝石を見た、床に転がっている小さな宝石。
軽く溜息、それを拾い上げると痺れた脚に力を入れて立ち上がる。
別に、恥ずかしくなどない。
すんなり受け取ってもらえるとは思っていなかった、想定内だった。
軽く、溜息。
じっと、手の中の宝石を見つめる。
「もっと・・・稼がないと。マロー姫に相応しい宝石が買える様に、働かないと」
ぼそ、っと呟いていた。
それでも笑い声は止まらない、気にはしていないが、耳障りだ。
しかし、不意にそれが一斉に停止した。
不審に思いトモハラがようやく顔を上げれば、目の前にアイラが立っている。
アイラの姿を見て、トモハラを笑っていた者達は何処かへと慌てて去って行ったようだ。
不思議そうにトモハラはアイラを見つめる、アイラは静かにゆっくりと頭を下げ、そのまま低いトーンで声を漏らした。
「ごめんなさい、マローが酷い事を」
姉の謝罪だ、騎士に頭を下げる姫など見たことがないトモハラは顔面蒼白でアイラに近寄ると大急ぎで跪く。
「いえ、身の程知らずな俺の行動ですから。お気になさらず」
が、アイラはそのまま勢いよくしゃがみ込むと目線をトモハラと強引に合わせ、瞳の奥を探るようにじっと、見つめ続ける。
マローとアイラは似ていないと思っていたトモハラだが、確かに間近で見れば似ているかもしれない。
といっても、マローに近づいたことなど過去に一度しかないが。
大きな瞳に、胸がどぎまぎした。
真っ直ぐに瞳を見つめ返してくるので、あたふたと視線を逸らすが、外しきれない。
この目の前の姫が、マローだったら良いのに、と思いつつ咳をするトモハラ。
「あのぉ、その宝石、どうするんですか?」
呆けてマローと自分を妄想していたトモハラだが、我に返った。
アイラがトモハラが握り締めている宝石を、小首傾げて指している。
トモハラは軽く苦笑いしてから、自嘲気味に溜息を吐いた。
「売ろうかと。売って、また別の宝石を買う足しにします」
「・・・では、私にそれを売ってくださいな」
「は?」
すっとんきょうな声を上げたトモハラの目の前で、アイラはいそいそと髪や腕、首についていた装飾品を外し始めた。
大口開けてぽかん、としているトモハラにはお構いなしだ、外す事が出来るものを全て外して、ずっしりと重い宝石を差し出す。
「これで足りますか? 売ってください」
「いや、ええと・・・」
唖然と、差し出された宝石を見つめる。
誰が見ても、トモハラの小さな宝石の数十倍の価値がある宝石たちだった。
髪飾りはダイヤモンド、耳飾はサファイア、首飾りはエメラルド、腕輪はピンクトルマリン。
絶句し、宝石に眼を落としているトモハラに困惑気味にアイラは項垂れる。
「部屋まで行ってくるので、待っててもらえます? どのくらいあれば足りるのかがわから」
「いえいえいえいえいえいえ! 十分すぎます、戴き過ぎです」
強引にアイラはトモハラに宝石を手渡すと踵を返した、それを死に物狂いでトモハラが止める。
一つ、耳飾が床に落下したので、青褪めてそれを拾い上げるとトモハラは何故か哀しそうな顔をしているアイラに全てつき返した。
当然だ、姫からこんなに宝石を貰って、どうなるというのだろう。
「戴けません。お返しいたします」
「・・・それは、売ってくださらないのですか?」
「そういうわけではありませんが、姫様から宝石を頂く騎士など」
「じゃあ・・・」
互いに宝石を就き返していると、アイラがにっこりと不意に微笑んで、両手を背に隠した。
当然宝石は派手な音を立てて床に全て、零れ落ちていく。
慌てて拾い上げようとするトモハラだが、全て拾いきれるわけがない。
落下し、床に四方に転がった宝石たちを拾い上げたトモハラに、アイラは一言。
「落ちていた宝石を拾ったので、トモハラ、貴方の物ですからね」
「は?」
くすくすと笑いながら、愉快そうにアイラは呆けているトモハラに近寄り、しゃがみ込むと。
「お願いがあります、この城の姫から、騎士様へ。『貴方が持っている綺麗な小さな緑の宝石がついた首飾りをくださいな』」
そう言って再び笑った。
売ってもらえないのなら、貰うだけのこと。
けれど、代金として宝石を受け取って欲しいから。
アイラはトモハラの手から、するり、とトモハラがマローに購入した首飾りを抜き取ると、満足そうに小さく微笑む。
未だに呆けたままのトモハラに、小さく溜息を吐くとアイラは再びしゃがみ込んで、じっと、トモハラを見つめる。
静かに、語りかけるように、アイラは微笑んで唇を動かした。
「これは。トモハラがマローに買った、大切な物です。きっとその落ちていた宝石よりも、数百倍の価値があります。マローの為に、購入してくださったのでしょう? だから、私が。マローに届けてきます、正統な持ち主に、戻してきますね」
「え・・・」
「どんな宝石より、何よりも。最も想いが籠もった、素敵な贈り物ですよね。・・・ありがとう、トモハラ」
アイラはそう告げると、柔らかく微笑んだまま立ち上がり、そのまま静かに立ち去った。
唖然と、その後姿と靡く髪を見つめていたトモハラ。
ミノリが騒いでいた理由が、今、ようやくトモハラにも解ったのだ。
床に座り込んだまま、震える手を懸命に抑える。
「アイラ姫、貴女は・・・」
まさか、自分の名を覚えているとは。
そして、気遣ってくれるとは。
トモハラはその場で、深く頭を下げると瞳を閉じる。
薄っすらと、笑顔を浮かべて、遠のいていくアイラに敬礼を。
アイラの優しさ、物への想いの汲み取り、巷で噂されている破滅の子を産む呪いの姫だとは、思い難い。
しかし、そんなことよりもトモハラは。
自分が購入した、みすぼらしい小さな宝石が、マローの手に渡るであろうことに、喜びを感じていた。
それは、感謝されたものでもないし、喜ばれた事でもない。
身につけてもらえないかもしれない、それでも。
微かに、期待していた。
宝石に、必死に願をかけた。
所詮は一国の姫と平民出身の騎士だ、想いが通う事などあるわけがない。
けれども。
今後も騎士として傍に置いてもらうべく、災いが彼女に降りかかろうものならば死に物狂いで楯となり、護るべく。
大好きな笑顔を絶やす事のないように、必死でマローを想って願いを封じ込めた。
「少し・・・気味悪いかも」
自嘲気味に笑った、そんなことをしなくとも、マローは誰からも護られるであろう。
けれども、真っ先に自分がマローを護りたいと、そう願う。
それくらいならば、出過ぎた願いではないだろう、と。
マローの為に死ぬのであれば、それはそれで本望である。
トモハラの目から見て、あの二人の王子はどうもいけ好かない。
それが、あの宝石に願をかけた本当の理由かもしれなかった。
「マロー」
「どうしたの、お姉様」
部屋で受け取った宝石を瞳を輝かせて観賞していたマローに、後ろからアイラは声をかける。
そっと両手で包み込みながら、トモハラが購入した首飾りを差し出すアイラ。
不思議そうにマローはそれを見ていた、首を傾げてじっと見つめている。
「これを。マローを護るように、願いがかけられた首飾りです」
「・・・どっかで見たような・・・」
「大事になさい。ほら、綺麗でしょう? 小さいかもしれないけれど、光の輝きは劣っていませんよ。私には、一番輝いて見えます」
「そう? うん、でもお姉様がそう言うのなら、大事にするね。つけて」
マローは、なんとなくそれが、あの騎士が差し出してきた首飾りに似ているような気がして。
けれども、まさかそれであるとは思いもよらずに。
後ろを向いてアイラに首飾りをつけてもらうと、ドレスの下に隠す。
やはり、小さすぎて気に入らないのだが、自分を護る御守りのようなものだというのならば、こうして肌身離さずにつけておこうと思ったのだ。
「マロー」
「ん?」
再び宝石観賞に入ったマローに、静かにアイラは髪を撫でつつ小さく溜息を吐きながら、眉を潜めた。
「もし。悪い事をしたと思ったのなら、謝りなさい。嘘をついてしまって、悪かったと思ったのなら。謝りなさい。後からでも構わないから、思えた時に謝るようにして」
「へ?」
何を言われたのか解らず、マローは宝石箱から視線をアイラへと移して困惑気味に首を傾げる。
多少気の抜けた声、何故そのような事を言われたのかわからなかったからだ。
しかし、アイラは真剣に、マローの瞳を見続ける。
”言わなくても、解って”。
そう、訴えている気がしてマローは多少身動ぎしつつ、ふと、昼間の出来事を思い出した。
廊下で、あの騎士のトモハラが自分に何かを差し出していた。
話しかけられて、動揺してしまった。
常に傍にいたが、一定の間隔をおいてであったし、視線も合うことなどなく。
まして会話することなども、なかった。
跪いていたトモハラを見下ろせば、何かを差し出していた。
それが、自分への贈り物であるということはマローにとて瞬時に理解出来たのだ。
小さすぎて、宝石がなかなか見えなかったが、それは紛れもなく宝石だった。
マローは、宝石の金額を知らない。
自分で購入した事などなく、貰った事しかないこともあるが、そもそも買い物をしたことがないので金銭感覚がないのだ。
だから、トモハラが苦労して購入した、ということさえ知らない。
大きい宝石のほうが、華やかだから小さいものは要らない。
トモハラならば自分が煌びやかな宝石を身につけていることを十分知っている筈なのに、小さいものを差し出してきたことが非常にマローには気に入らなかったのだ。
だから、払い除けた。
そこまで思い出し、少し、マローは。
チクリ。
胸が、痛んだ。
細い針が、胸に刺さったかのように、顔を顰めて胸を押さえる。
トモハラの、残念そうな、哀しそうな表情を思い浮かべたら、何故か。
苦しくなった。
「マロー。人はね、過ちを必ず起してしまう生き物です。でも、言葉があるから謝る事が出来ます。もしね。後からマローが『ごめんなさい』を言うべきだったと思ったら。その人にちゃんと言いに行くのですよ。貴女は、素直な利巧な子です。出来るはずだと私は思ってます」
「・・・うん。悪いと思ったら、謝る」
小さく俯き加減で呟いたマローに、優しくアイラは微笑むとそっとマローを抱き締めた。
正面から抱き締めて、髪を、背中を撫で続ける。
「マローは、素直な良い子です、だから、とても可愛らしい」
撫でられながら、マローもぎゅ、っとアイラに抱きつく。
息を軽く吸い込み、吐き、瞳を固く瞑りながら唇を噛んだ。
トモハラの、思い描いた表情が、何故か頭から離れなくて。
もし、あの時。
受け取っていたらトモハラはどうしたのだろう、顔をあげて、笑ってくれたのだろうか。
それを、想像したら。
何故か、マローは顔が赤くなった。
無邪気に、半泣きで、笑うのだろう。
無意識の内に、胸のトモハラがくれる筈だった首飾りを、服の上から触れてマローは。
ごめんね、ありがとう。
唇だけ、そう動かしたが、とてもトモハラにあれがやっぱり欲しい、と言いに行く事など出来そうもなく。
暖かなベッドの中で、アイラと手を繋ぎながら窓から見える月を見ていた。
月に懸かる雲が、影を作る。
月影の晩に、マローは一人溜息を吐き続けた。
気に入らないのは、何故かトモハラを思い出すと憂鬱になるという、この自分。
今も外に、トモハラは控えているだろう。
マローが眠れるように、警護をしている筈だ。
そっと、マローはベッドから足を下ろした、強く握っていたアイラの手をそっとほどいて、一人ドアへと向かう。
月光の微かな灯りを頼りに、ドアを静かに開いて様子を窺った。
「いかがされました、マロー様」
マローのお就きの騎士が数人、直様ドアの前に集合する。
顔だけ出して、トモハラを捜したが見えない。
後方に控えているのだろう、声すら聴こえない。
「・・・眠れないの。眠れるように何か頂戴」
騎士達は、何か相談していたが、直ぐに走り出す音が聞こえた。
数分後、戻ってきた騎士はトモハラだ。
何かを持ってきたらしく、ドアの前に導かれてマローの前へと。
思わず、胸が高鳴ったマロー。
しかし、僅かに視線が交差した程度で、トモハラはすぐに視線を下へと逸らした。
「蜂蜜がたっぷり入ったホットミルクです。お口に合えば良いのですが」
それだけ告げて、マローに手渡すとトモハラは深く一礼をして再び後方に下がる。
位の高い騎士が前に出たので、あっという間にトモハラの姿は見えなくなった。
「・・・おやすみ」
マローは、ホットミルクを片手にドアの奥へと消えていく。
深く頭を垂れている騎士達、トモハラも、同様だ。
ありが、とう。
唇を動かし、茶色いトモハラの髪を眺めつつ。
ドアを閉めて、窓辺でホットミルクを口にした。
甘くて、温かい。
トモハラが作ってくれたのだろうか? 加減もマローに丁度良かった。
「美味しい・・・」
その月影の晩に、マローは夢を観た。
『マロー姫様、ホットミルクですよ』
『ありがとう、トモハラ。あなたを、あたしの専属のホットミルク屋さんにしてあげる。毎晩、ちゃんとこうしてホットミルクを運ばなきゃ駄目よ。毎日、作って来なきゃ駄目なんだからね。部屋で待っているから、持ってきてね』
『はい、解りました。マロー様の為に、毎晩ホットミルクを持って会いに来ますね』
夜、皆が寝静まるとトモハラが一人、マローの為に作ったホットミルクを持って部屋に来てくれる。
飲み終わるまで待って、会話もなくただそれだけなのだが。
それでも、その夢で二人は静かに微笑み合って、見つめ合っていた。
月を背に、柔らかに微笑んでいる、それだけだったが、何故か嬉しかった。
・・・という、夢を観た。
朝起きたら、マローは夢を現実にしたくなった。
けれども。
いざ、トモハラにそれを告げる事が出来ずに。
次の夜もマローは騎士達にまた「眠れないから、何か頂戴」と、同じ台詞しか言えずに。
トモハラは毎晩確かに、ホットミルクを作ってきたが、それは事務的な仕事だ。
あの夢のような、ホットミルクのように、甘くて暖かな時間を過ごす事などあるわけがなく。
一礼して下がっていくトモハラが、無性に歯痒い。
この、気持ちが何か解らなくて、どうして良いのか解らなくて、マローは一人、今日もホットミルクを一人で飲んだ。
というのも、少し、理解出来たことがある。
アイラについているミノリは、トモハラと同等の立場だと思うのだが、常に傍にいるし、二人で何か会話もする。
おまけに互いに目を見て会話しているのだ、笑っているときもある。
トモハラとマローには、そんな事がないのだ。
一歩引いて、マローに接しているトモハラが、どうにも憎い気がしてきたマロー。
まさか、それが。
『あたし、お姫様なの』
マローが以前トモハラに告げた言葉で壁が出来ているとは、夢にも思わず。
また、トモハラの性格がミノリよりも生真面目過ぎて、出過ぎた真似が出来ないのも手伝っているのだが。
そして何より、アイラとマローとでは、騎士達に対する接し方が大幅に違うのである。
それも、マローには見当のつかないことだった。
アイラは、誰にでも自分と同じ身分だと思って接するのだが、マローは自分が姫であるゆえに、可愛がられているゆえに、自分を最上位として、下のものに接する。
絶対的な存在として見て貰いたい欲求が強いので、つい口調も強くなるのだ。
それは、一国の姫として相応しい姿かもしれない。
権力のある者は、下の者に誇示して良いのかもしれない。
けれども。
盛大に、皿が割れる音が響いた。
皆、顔を青褪めそちらを見る。
「ちょっと! 何これ、美味しくないっ。あたし、これ嫌いなのっ。誰、こんなの作ったのっ」
口元を押さえて、マローが悲鳴に近い声を上げていた。
どうも毛嫌いしている食材が入っていたようだ、宥めている女官を張り倒し、テーブルを叩いて憤慨。
「それにっ! あたし、この種のレタス嫌いだし、パプリカも好きじゃないし! なんか今日の食事、美味しくないわ! 誰よ、料理長はっ」
怯えて厨房から料理長と、料理人が出てきたのでマローは勢い良く傍らの水を二人に向かって投げつける。
口を大きく開けて、何か叫ぼうとしたのだが。
「やめなさい、マロー」
ドアが、勢い良く開き、アイラが入ってきた。
夕食といえども、先程まで乗馬を嗜んでいたアイラはマローと共に摂っていなかったのだ。
騒ぎに気付いて、先にアイラが来る用意をしていた騎士の一人が、血相を変えて呼びに戻っていた。
しかし、アイラの登場を良く思わない者のほうが多いのは、周知の事実である。
止めに入ったアイラを、逆に止め始める者達が多いのだ。
「アイラ様、お言葉ですがマロー様に何を告げるおつもりですか。マロー様のご機嫌を損ねた料理人たちは、それ相応の処遇を受けるべきでしょう」
が、アイラは怯まずに真っ直ぐにマローへと。
止めようとした者達を、アイラの騎士達が塞ぐように邪魔をする。
「この方達が、精神込めて作ってくださった料理です。口に合わなくても、床に捨ててはいけません。マローは知らないかもしれませんが、野菜は勝手に生えてはきません。誰かが一生懸命育てた、大事な食べ物です。食事にありつけない人々もいるのですから、ありがたく食事をしないと」
ヒステリックに叫び続けるマローに、ピシャリ、と真正面から多少怒気を含んだ声でアイラは告げた。
その声は、平素共に居るアイラの騎士達でさえ聴いた事のない、トーンだった。
物腰柔らかで、明るい声のアイラではなく、思わず背筋を正し、聞いてしまいたくなるような威圧感のある声だった。
しかし、マローとて負けてはいない。
味方のはずの姉に、大勢の前で怒られた多少の混乱も手伝って、テーブルの上の食器を振り払いながら反抗する。
「だって、不味いもの! あたし、お姫様よ!? こんなの食べられないわ!」
「でも、マロー。いつか、そのマローの苦手なものを食べなければいけないときがくるかもしれません。少しずつ、慣れていけば良いのですよ。パプリカ、口にしましたか? 見た目も華やかで、栄養もあります」
「食べなくても、美味しくないって解るのっ。あたしは、好きなものだけ食べて生きていくのっ」
二人の口論、アイラは冷静だが、マローは非常に頭に血が上っている様子だ。
「アイラ様、出過ぎた真似はおよし下さいませ。この国は、マロー様が統治されます。頂点に立つマロー様の言い分が最も正しいのですよ」
周囲からの誰かの、一言。
一瞬、室内が静寂に包まれた。
あからさまなその言葉に皆が口を噤み、気まずい空気に俯いたのだが、アイラは怯まずに真正面を見据えたまま。
その声の持ち主を特定したのか、無意識なのか、偶然なのか。
アイラはゆっくりと首を動かし一定の方向で、静かに、しかし凛とした声で告げた。
その人物に問い聞かせているのか、その場にいる全員を対象にしているのか。
少なくとも、その場に居た者たちは、背筋に衝撃が走ったのだ。
「頂点に立つものの我儘を全て聞き入れていては、国は滅びます。マローが統治することに異存はありませんが、けれども、姉として人の心を解れる妹であって欲しいのですよ。・・・あなた方が、国を愛しているのであれば、横暴な振る舞いをする者に生活を護って欲しいと願いますか? 心から信頼し、護りたいと思う主君であるからこそ、皆頑張れるのでしょう? 違いますか? 国民を魅了する器量は無論今のマローならば容易い事です、ですがそれに加えて、自制心及び自戎心・・・それらが国を治める者なれば、必要不可欠だと私は思います。まず、国を、そして民を思い、意見を聞いて皆を先導する妹になって欲しいと思っています。・・・あなた方は、違うのですか? そういう女王であって欲しいと願わないのでしょうか?」
沈黙。
呆然とアイラの声に耳を傾けていた皆だが、何処かで誰かが呟いた。
「偉そうに・・・マロー様に説教など」
声の主を捜すべく、アイラの騎士達が思わず剣を手にかけてしまう。
辛うじて堪えた者もいたので、必死に押さえるように小声で注意を促したのだが、案の定だ。
”呪いの姫君は、暴力で解決しようと”
小さなざわめきが、大きな罵詈雑言へ。
しかし、アイラは気にすることなくマローに振り返ると、困ったように微笑む。
「マロー、少し考えてみるのです。私の言った意味、解りますよね?」
困惑気味に、マローはぎこちなく頷いた、だが、釈然としないようだ。
もし、先入観さえないのならば。
国の頂点に立つ器量の持ち主は、アイラだと皆思うだろうに。
「良いですからね、マロー様。お好きなものだけ食べていれば」
近寄ってきた女官は、床に散らばった皿と料理を片付けながら、わざとらしくアイラを突き飛ばすように邪険に扱う。
ミノリが剣を僅かに引き抜いたのだが、仲間の騎士に懸命に堪えろ、と手を重ねられ腸が煮え繰りながらも、歯を食いしばり目を血走らせながら荒い呼吸を繰り返し辛うじて、堪えた。
しかし、アイラは気にする様子がない。
「アイラ様、お戻りくださいませ。今はマロー様がお食事中です」
一瞥し、アイラに頭を下げた女官。
アイラは溜息を吐き、項垂れている料理長達に謝罪の言葉を投げかけた。
「申し訳ありませんでした。処罰などありませんから、仕事場にお戻り下さい」
「アイラ様、何を勝手に。マロー様からのお言葉がまだです、料理長たちは残りなさい」
青褪め、今にも卒倒しそうな料理長は、女官の言葉に硬直し、震えながら俯いている。
料理人とて、涙を流しながら床に崩れ落ち、堪えているものの嗚咽が漏れていた。
アイラは、引き下がらなかった。
料理人たちの前に立つと、大きく両手を広げる。
眉を顰めて、皆アイラを見た。
「故意に、料理を出したわけではありません。何故そこまで咎めなければならないのでしょう」
「マロー様の機嫌を損ねたから、です。アイラ様、下がりなさい。貴女にそのような権限はないのですよ? 嵩高な物言いはおやめください」
「権限? 嵩高?」
アイラは言った女官を見た、哀れむように見た。
「これでも、マローの姉です。妹を正すのは、母様がいらっしゃらないのであるならば、私の役目でしょう。マローの姉ということは、この城での権限は貴女よりはあると思います」
一呼吸おいて、アイラは唇を開いた。
それは。
珍しく怒気の籠もった表情と、絶対的な権限を彷彿とさせる声色だった。
「マローに言われるのならばともかく、貴女に言われる筋合いはないと思います」
アイラのその言葉に、女官は顔色を変えて思わず攻撃態勢をとっていた。
瞬時に頭に血が上ったのだろう、小刻みに震えながらアイラを睨みつけ口を開く。
しかし、声が出ない。
口が半開きで、止まった。
反論しなければ、と女官は思ったのだが口がそれ以上開かないのだ。
それを知ってか知らずか、アイラは再び口を開く。
「誰だって、皆幸せに暮らしたいものです。違いますか? けれど、自分が出来る事には限りがあります。先程のマローの一言で、料理人様達は無論、ご家族の方も路頭に迷う事になっていたかもしれません。それは、止めなければいけないことです。それが出来る人物は、現時点で私しかいません。
位の上の者は、下の者から崇められるからこそ、護らねばならないと思うのです。
貴女なら、解るでしょう? もし、解らないのであれば少し頭を冷やして、考えてください」
シン・・・
無音。
女官は恐怖を覚えた。
周囲も、息を飲むのことすら恐れて皆黙り込んだ。
アイラの騎士達だけは、静かにアイラに平伏していた。
「やれやれ、余計なことを」
いつの間に来たのか、トライがミノリの隣に立って苦笑している。
騎士達の視線が自分に集まったので、トライは静かに口を開いた。
その者達にしか聴こえないように、静かに。
「今ので、アイラに”畏怖”の念を抱いただろう。 しかし、こうも思った筈だ。”このお方は、本当に呪いの姫君なのか。ここまで国民を思慮に入れているのに、破壊する呪いの姫君なのか”・・・ともな?アイラは、接した者を虜にしかねない。そうなると、オレが国に連れて帰り辛くなる」
「それは、トライ皇子の希望ですよね。オレはアイラ様がこの国を統治されたほうが・・・良いです」
仏頂面のミノリに、トライは鼻で笑うと気にすることもなく室内を見渡した。
青褪め、項垂れている者達が、多々。
皆、アイラに対して先日とは違う態度を取るだろう。
トライは壁にもたれたまま、静かに様子を見ていた。
そこへ、沈黙を破ってドアを開いた者が。
当然、注目を一斉に浴びる事になったその者は。
「失礼致します。隣国ラスカサス国の第四皇子、リュイ・ガレン様よりの使者殿が謁見をと申しておられますので!」
そう告げると、ドアを開いて横に立った。
何事か、と皆がようやくざわめき始めれば、数名が一礼をして入ってくる。
跪いたまま、懐から恭しく何かを取り出し、それを広げて一人が読み上げ始めれば。
「忠誠を捧げている、我主君リュイ様より。麗しき姫君に手紙を託されましたゆえ、失礼ながら読み上げさせて頂きます。
『先日は、大層なもてなしを有難う御座いました。
御気に召すか解りませんが、我国の風景を画家に描かせましたので、お受け取り下さい。高山ならではの木の実や、珍しい鳥も、贈らせて頂きます。音楽がお好きなようですので、楽器も用意いたしました。今回は御伺い出来なく、書簡にての事、非常に心苦しく思っております。何故ならば、用意しなければならないことがありまして。
最愛なる、恵みの国の麗しき姫君よ。我国へいらして下さい、決して貴女を退屈させません。天上の輝く星を永遠に見られるように、庭を造り、高山花を植え替えております。
私は第四皇子です、我国を統治する皇女帝にはなれないでしょうが、生涯をかけて貴女を愛し抜くと誓います』
・・・どうか、リュイ様のお言葉をお受け入れ下さいますよう」
皆、思ったのだ。
この手紙を宛てた姫は、どちらなのか・・・と。
ラスカサスよりの使者は、丁重に立ち上がると、寄り添うように立っていた二人の姫君の下へと歩き出した。
普通ならば、繁栄の子を産むマロー姫に求婚を、だ。
しかし、書簡の内容が、マロー宛ではないことなど、薄々皆気付いていた。
トライが舌打ちし、ミノリが青褪め。
「アイラ姫様、どうぞお受け取り下さい」
そう、皆の思い通り、恭しく、使者はアイラの前で跪いたのだ。
室内が、一気に姦しくなった。
風の守護を受ける、ラスカサスの第四皇子・リュイの求婚先は、呪いの子を産むアイラ。
「子供だと思い、油断した・・・。やるじゃないか、あの皇子」
トライがマントを翻し、直様アイラの元へと向かう中で、アイラの騎士達は揺れる周囲と裏腹に、静かに立ち尽くしている。
アイラ姫がどう応えるのか・・・検討がつかないのだ。
騎士達とて、想定外であった。
よもや、戦線離脱したと思われたリュイ皇子が真っ先に求婚に出てくるとは。
「どうするつもりだ、アイラ」
「トライ様。どうするも・・・こうするも・・・私は・・・」
戸惑いを隠せないアイラは、書簡を受け取ったものの困り果ててトライに視線を送る。
トライは安堵した、アイラが自分を頼ったことに、そして決断出来ないであろうことに。
狼狽しつつも、アイラは呼吸を整えると使者に頭を下げて声をかける。
「遠くから、こんな夜更けに・・・お疲れでしょう。書簡を用意するまで、ごゆるりと城にご滞在下さい。部屋を用意致します」
「取り計らい、有難う御座います。恐縮に御座います」
マローは使者を見つめていたのだが、アイラのドレスを必死に握り締めて、唇を噛み続ける。
「・・・嫌よ・・・。行っては駄目よ」
心痛な声で、マローは掠れつつもそう告げた。
アイラは、柔らかく微笑むと、そっとマローの頭部を優しく撫でる。
落ち着かせるように、何度も、ゆっくりと。
「大丈夫です、お断りするからね。マローが居て欲しいというならば、ここに居るから」
「うん・・・約束よ。ちゃんと、傍に居てね?」
「安心して、マロー」
室内の華燭が、大きく揺れていた。
室内の開けておいた窓から、夜風が心地良く入り込んでいる。
喧騒が続く中、アイラとマローは二人で寄り添い、手を握る。
トライが唇を噛み、そんな二人を見つめていた頃だった。
ベルガーとトレベレスは二人、家臣と共に食事を終え共に室内へと戻っていったのだが。
喉の奥でなんら興味なさそうに、瞳は据わったまま笑うベルガー。
「大したボウヤ皇子だ。よもや、姉に求婚するとは」
夜風に当たりながら、来室していたトレベレスに聴こえるように呟いたベルガー。
大袈裟に深い溜息を吐きつつ肩を落としたトレベレスは、同じ様に皮肉めいた声で呟き返す。
「風の皇子といい、オレの従弟といい・・・。翻弄されすぎている、あの呪いの娘に。自爆してくれるのならば一向に構わないのだけれど」
言い終え、不意に二人の視線が交差した。
そうなのだ、別に二人の狙う妹姫への求婚ではないのだが、何故か気にかかる。
何故か、トライ、そしてリュイが妙に・・・腹立たしい。
あの二人が、呪いの子を産む姉を引き取ってくれるのならば、好都合な筈だった。
しかし。
二人は、暫し沈黙し、互いの顔を見ずにベルガーは庭を、トレベレスは天上を見つめている。
妙な気分だった、胸にどろどろとした得体の知れない汚いものが流れ込んでくるようで、気分が悪い。
徐に、ベルガーは口を開く。
「・・・土の女王を過信し過ぎているのではなかろうか」
「・・・」
眉を潜めてトレベレスはベルガーを見やると、煙草に火をつけて吸いつつ窓際へと移動。
「姉が、繁栄の声を産むと? まだ疑いを?」
「それもあるが・・・元々、繁栄も破壊も出鱈目では、ということだ」
「そこからか・・・。疑心に捕らわれすぎではないですか、ベルガー殿」
「・・・あの姉、アイラ、といったか? 先程の国への、民への思いを聞いたろう。・・・あれが破壊へと導く者の言葉か。そこらにはいない、才色兼備な娘にしか見えなくなってきたが」
「まぁ、確かに。思いだけは大したものだ、最初に見た頃と比べると、見違える様だとは・・・思う」
言うなり、二人は再び沈黙。
思い出したのだ、最初にアイラを見た瞬間を。
あの時、確かに繁栄の姫はアイラだと、直感した。
そして、何故かこの娘を捜していたような、待ち侘びていたような、そんな懐かしくも切ない想いに捕らわれたのだ。
思わず、二人は顔を見合わせる。
と。
キィィィ、カトン・・・。
「!」
「!?」
木製の何かが、動いた音に二人は瞬時に身構えるが、室内は静まり返っている。
が、二人は微動出せずに数分その場で攻撃態勢を止めなかった。
「ともかく、だ。一つここは手を組もう」
「唐突ですね、ベルガー殿」
運ばれてきた紅茶を啜りつつ、未だに先程の奇怪な音が気になった二人だが、互いが信頼を置いている家臣を数人部屋に招きいれ、月が雲で陰る中、密話が開始される。
「繁栄の姫さえ手に入ればこのような場所に用はない。ここは牙城だ、内部から幾らでも攻め落とせるだろう。城の見取り図は既に手に入れておいた」
「野心家のベルガー殿は、行動もお早いことで」
「つまらん皮肉はよい、トレベレス殿。確かにこの地は、土壌が豊かだ、農産物においては優秀な地。わざわざ繁栄の子を他国へ寄越し、破壊の子をこの地に留まらせる気など、もとよりここの者達にはないだろう。面倒だ、このまま戦争を仕掛けて、妹姫のみ、連れ帰ろうと思うのだが。報復に備え、徹底的に国は潰すが」
「で、手を組め、ということですか?」
トレベレスの解りきった問いに、ベルガーは軽く頷く。
「妹姫は、平等に。何処かに幽閉し、互いの所有物としようと思う。それならばどちらの子を孕もうが、文句はなかろう?」
「成程。確かに現在我らは牙城の内部、状況把握も出来ている。そしてオレの兵と、ベルガー殿の兵を合わせればやれないこともない、と。・・・問題はトライも現時点でこの場に存在する、ということですけどね」
トレベレスが悔しそうに唇を噛んだ表情を見逃さなかったベルガー、飄々と言う。
「トライ王子か、武勇に優れた王子だとの名声は聞いている」
「オレと五分五分ですけど」
当然勘に触ったようで、トレベレスが間入れず反発を、ベルガーは苦笑いですり抜けた。
「トレベレス殿は従兄だろう? 一定期間でよい、この城から離れさせてはくれまいか」
「・・・それが最良だとは思いますけどね」
思案していたトレベレスだが、不意に顔を上げると一人の家臣を手招きで呼びつける。
耳打ちし、二人が同時に頷くと、その家臣は一礼し部屋を出て行った。
視線で家臣を追っていたベルガーに、トレベレスは喉の奥で笑う。
「臥床についてもらいましょう、トライの母親に。万が一に備えてあの国には、オレの息のかかった者が数名待機しております。数日、時間は要しますが偽の書簡でも作ってここへ届けさせている間に、薬でも盛って書簡を本物にすれば良いのです」
「・・・やれやれ、トライ殿も苦労しておられるようだな」
「アイツが片意地を張っているから、まぁこれは当然の報いということで。では、手筈でも突き詰めておきましょうか?」
「あぁ、しかし、あまり二人が共にいるところを見られるのも良くないだろう。我らは敵同士だ、今宵は解散、また明朝、続けよう」
「それもそうですね、では、良い夜を」
型通りの挨拶を交し、トレベレスは部屋を出て行った。
ドアの閉まる音を聴きながら、ベルガーは再び紅茶を啜る。
「どうせ来たのだから、愉しませて貰おう」
「良いのですか? 姫をあの若造と共有するなど」
「私は、破壊も繁栄も然程信じていない。だが、それに踊らされている者達を利用するのは、良い手だと判断したまで」
顔を硬直させて、言葉が上手く出てこずに、小刻みに震えながら突っ立っているミノリ。
だが、ドアから、『わ・・・!』 と他の騎士達が雪崩れ込んできた為に、ようやく我に返った。
「お、俺は如何ですか!?」
「わしは・・・その・・・あれです」
口々に興奮気味にアイラに詰め寄ると、喚き出す。
どうやら部屋の外でアイラとミノリの会話を聴いていたらしいのだ、我も我も、と”好き”の言葉を聞く為にアイラに懇願をしている・・・らしい。
首を傾げながら、アイラは普段と変わらぬ表情でにっこりと微笑み。
「皆さんも好きです。夜遅くまでご苦労様です、お仕事でしょうが、適度に力を抜いてくださいね? 皆真剣過ぎますよ、それが良いところでしょうけれど」
一瞬に静まり返った室内、騎士達は、改めてアイラの前に跪くと、誰が言うわけでもなく、一斉に。
「愛しの麗しき姫君に、絶対の忠誠を」
そんな様子に狼狽しているアイラを、ようやく訪れたトライが微笑んで見ていた。
「呪いの姫君と噂されようとも、触れた者には全く効果のない程の魅力の所持者、か」
トライには、興味のないことだった、破壊だろうが繁栄だろうが、アイラに違いはないのでどちらでも構わない。
だが、確信していた。
繁栄の姫君がもし、本当に存在するのならばそれは・・・アイラであるだろう、と。
もう一度、室内のアイラを見つめる。
暖かな陽射しを、背に受けて。
困ったように身動ぎしている姫君は、確かに護らねばならぬ存在だ。
そういう気に”なってくる”。
だがしかし、その半面で。
彼女は自分の近くに居る者を護ろうとしているのだと、肌で”実感する”。
そのような者が、何故ゆえに呪いの姫君なのか。
「一度・・・調べてみる必要があるか? ・・・しかし」
トライは、低く呻く。
気になるのは、双子の妹・マローだ。
万が一、アイラが繁栄の姫君であるならば、呪いの姫君はマローとなる。
騎士達に囲まれて、恥ずかしそうに笑っているアイラの声が聴こえてきた。
「喜ぶ顔が、見ていたい。それだけだ。大輪に咲き誇る向日葵のような、地上の太陽のような眩しい笑顔で笑うから」
キィィィ、カトン・・・。
トライは、不可解な音を耳元で聴いた気がして思わず腰の剣を引きぬきかけたが、周囲には人一人いない。
空耳ではなかった筈だが、音を発する原因が何処にも見当たらない。
ズキン、と、軽い頭痛に思わずトライは額に手を押し当てる。
・・・喜ぶ顔が、早く見たい、それだけ。大輪に咲き誇る向日葵の様な眩しい笑顔で笑うんだろうな・・・
昔。
自分が発したような台詞を、何故か思い出す。
誰に、思った台詞だったか、思い出せない。
「なん・・・だ・・・?」
軽い眩暈に、思わずトライは壁に手をついた。
額にじんわりと浮かんだ汗を、思わず拭って荒い呼吸を鎮め様と深呼吸を。
嘔吐感に襲われたのだ、一瞬目の前が真っ暗な闇に包まれて突如光の中に投げ出されたような感覚だった。
映像が、見えた気がしたが。
自分だった、気がしたが。
キィィィ、カトン・・・。
また、何処かで不可解な音がした。
「・・・」
頭を振って、額に指をあて、一呼吸。
頭痛がする、思い出すなという警告なのか。
「思い・・・だす?」
何を。
トライは、歯がゆいこの”不可解な感情”に項垂れ、壁にもたれる。
思い出さなければいけない気がしていた、何か大事な事を忘れている気がしていた。
微かに舌打ちすると、振り払うように頭を振って部屋に入る。
自ずと思い出すだろう・・・トライは囲まれているアイラの元へ駆けつけると、いつものように手を取り甲に口付けを。
「さぁ、今日も剣技と乗馬を」
その夜、久し振りにトモハラと夕食の時間帯が重なった為、上機嫌でミノリは話しかけた。
ミノリの周囲に他のアイラ姫護衛の騎士達も集う、嬉しそうに、というかにやけている騎士達にトモハラは眉を顰める。
「へへ、今日さ、アイラ姫様に『好き』って言われたんだ」
照れくさそうに、顔を真っ赤にしながら、鼻をかきつつそう告げたミノリにトモハラは納得。
恋愛感情の好き、ではなさそうだが、それでもその単語は嬉しい。
思わず笑みを零すトモハラ、自分も心なしか嬉しくなった。
騎士達のアイラ姫に対する想いを延々と聴かされる羽目になったトモハラ、それでも飽きることなく頷き聴き続ける。
ふと。
部屋が騒がしいので、ミノリの話を中断させ、トモハラは席を立つ。
「何?」
「宝石商が来てるんだとよ。トレベレス様とベルガー様が呼び寄せたそうだ。またマロー様に貢がれるのだろう。金持ちはすごいねぇ」
駆けつけてみれば、女達が悲鳴に近い声を出している騒ぎの中心に、悠々と宝石を買い漁っている二人の王子の姿があった。
一際大きな宝石を、珍しい色合いの宝石を。
装飾が見事な髪飾りを、色とりどりの宝石を散りばめた首飾りを。
そこだけ光が集中し、他よりも圧倒的に輝いている。
トモハラは、そっと近寄り宝石を眺めた。
検討がつかない金額だ、マローがきっと好むものだろうが、手が出せない。
ただ、指を咥えて二人の王子が宝石を購入する姿を見ているだけだ。
騒ぎを駆けつけて、マローもやってきた。
やってくるなり、王子達はマローに今し方購入した宝石を優雅に指し出し、自らマローの髪へ、指へ、首へと宝石を着飾らせた。
歓声を上げて大喜びのマロー、特に指の大きなブラックトパーズが気に入ったらしい。
トモハラは、じっと見ていた。
興奮気味に顔を紅潮させて、大きな瞳をキラキラと輝かせて宝石を見つめるマローが愛しくて仕方がない。
ありがとうございます、と二人の王子にお辞儀をする仕草も、可愛らしい。
人々が去り、後片付けをしていた宝石商の元へ、トモハラは引き寄せられるように歩いていった。
どうしても、あの笑顔を間近で見てみたいから。
「あの、一番安い宝石って、どれですか・・・?」
「あぁ? 騎士様かい? ・・・ふぅむ・・・これかな、中流家庭向けの首飾りだよ」
トモハラの足先から頭部まで見つめ、微かに眉を顰めた商人だがお客に変わりはないと判断。
買って貰えそうな宝石を一つ、みすぼらしいケースから取り出す。
それは、お世辞にも綺麗だとは言えない宝石だった。
トモハラが見ても判るのだ、輝きが少ない。
加工が悪いのだろうし、そこまで純度が高いものでもないのだろう。
色は薄緑の、本当に小さな宝石がついた首飾りだった。
とても、マローが喜びそうなものではない。
あの、王子達が購入していた宝石とは月とすっぽんの差である。
しかし、トモハラはそれを購入した。
宝石に違いはないのだ、自分の今の給料ではこれが精一杯である。
これでもかなり無理をした、上機嫌で帰っていった商人に深く頭を垂れて、トモハラはそれを大切に懐に仕舞う。
翌日。
昼食時、いつもの様に王子二人に囲まれていたマローである。
常に跪いてマローの傍にいるトモハラだったが、ドレスを着替えたいとマローが言い出したので、昼食もそこそこにマローは衣裳部屋へと向かった。
当然王子二人はその場に待機、トモハラはマローに付き添う。
ドレスを着替えている間も部屋の外で跪いて待っているわけだが、ドアが開きようやく出てきたマローに思わずトモハラは声をかけた。
「あの」
顔を上げて、通りかかったマローにそう告げれば。
マローは最初身体を硬直させたが、ゆっくりとトモハラを見下すと不機嫌そうに小さく「何?」と返答。
付き添いの女官たちが口々にトモハラに注意をしたが、それを気にも留めずにトモハラは昨夜購入した宝石を懐から取り出すと、跪いたまま両手で差し出す。
マローは不思議そうに首を傾げ、それを見た。
「何これ」
「マロー姫様のお気に召すか判りませんが、宝石商から購入いたしました。俺からの贈り物とさせてください」
首飾りである。
貧相な宝石が装飾された。
暫しの沈黙の後、女官たちの大爆笑が廊下に響き渡る。
外の木々に止まっていた鳥達が驚いて羽ばたいた、何事かと通りすがりの城人が集まってきた。
「たかが騎士ごときが、マロー様になんという無礼を。このようなもの、マロー様がおつけになるはずがないでしょう」
女官の言葉は、気にしない。
トモハラはマローの声を待ち、ただ瞳を閉じて宝石を掲げている。
「・・・いらない。もっとおっきいの、欲しい。あたし、そんな貧相な宝石、似合わないもの」
呆れたような、冷めた口調でマローはそう告げるとトモハラの手に乗っていた宝石を右手でパシリ、とはたき、床に落とす。
「見くびらないで。あたし、お姫様なんだから」
「・・・申し訳、ありませんでした」
爆笑の渦の中、くすくすと周囲のささやきが聴こえる中。
トモハラは薄っすらと瞳を開いて宝石を見た、床に転がっている小さな宝石。
軽く溜息、それを拾い上げると痺れた脚に力を入れて立ち上がる。
別に、恥ずかしくなどない。
すんなり受け取ってもらえるとは思っていなかった、想定内だった。
軽く、溜息。
じっと、手の中の宝石を見つめる。
「もっと・・・稼がないと。マロー姫に相応しい宝石が買える様に、働かないと」
ぼそ、っと呟いていた。
それでも笑い声は止まらない、気にはしていないが、耳障りだ。
しかし、不意にそれが一斉に停止した。
不審に思いトモハラがようやく顔を上げれば、目の前にアイラが立っている。
アイラの姿を見て、トモハラを笑っていた者達は何処かへと慌てて去って行ったようだ。
不思議そうにトモハラはアイラを見つめる、アイラは静かにゆっくりと頭を下げ、そのまま低いトーンで声を漏らした。
「ごめんなさい、マローが酷い事を」
姉の謝罪だ、騎士に頭を下げる姫など見たことがないトモハラは顔面蒼白でアイラに近寄ると大急ぎで跪く。
「いえ、身の程知らずな俺の行動ですから。お気になさらず」
が、アイラはそのまま勢いよくしゃがみ込むと目線をトモハラと強引に合わせ、瞳の奥を探るようにじっと、見つめ続ける。
マローとアイラは似ていないと思っていたトモハラだが、確かに間近で見れば似ているかもしれない。
といっても、マローに近づいたことなど過去に一度しかないが。
大きな瞳に、胸がどぎまぎした。
真っ直ぐに瞳を見つめ返してくるので、あたふたと視線を逸らすが、外しきれない。
この目の前の姫が、マローだったら良いのに、と思いつつ咳をするトモハラ。
「あのぉ、その宝石、どうするんですか?」
呆けてマローと自分を妄想していたトモハラだが、我に返った。
アイラがトモハラが握り締めている宝石を、小首傾げて指している。
トモハラは軽く苦笑いしてから、自嘲気味に溜息を吐いた。
「売ろうかと。売って、また別の宝石を買う足しにします」
「・・・では、私にそれを売ってくださいな」
「は?」
すっとんきょうな声を上げたトモハラの目の前で、アイラはいそいそと髪や腕、首についていた装飾品を外し始めた。
大口開けてぽかん、としているトモハラにはお構いなしだ、外す事が出来るものを全て外して、ずっしりと重い宝石を差し出す。
「これで足りますか? 売ってください」
「いや、ええと・・・」
唖然と、差し出された宝石を見つめる。
誰が見ても、トモハラの小さな宝石の数十倍の価値がある宝石たちだった。
髪飾りはダイヤモンド、耳飾はサファイア、首飾りはエメラルド、腕輪はピンクトルマリン。
絶句し、宝石に眼を落としているトモハラに困惑気味にアイラは項垂れる。
「部屋まで行ってくるので、待っててもらえます? どのくらいあれば足りるのかがわから」
「いえいえいえいえいえいえ! 十分すぎます、戴き過ぎです」
強引にアイラはトモハラに宝石を手渡すと踵を返した、それを死に物狂いでトモハラが止める。
一つ、耳飾が床に落下したので、青褪めてそれを拾い上げるとトモハラは何故か哀しそうな顔をしているアイラに全てつき返した。
当然だ、姫からこんなに宝石を貰って、どうなるというのだろう。
「戴けません。お返しいたします」
「・・・それは、売ってくださらないのですか?」
「そういうわけではありませんが、姫様から宝石を頂く騎士など」
「じゃあ・・・」
互いに宝石を就き返していると、アイラがにっこりと不意に微笑んで、両手を背に隠した。
当然宝石は派手な音を立てて床に全て、零れ落ちていく。
慌てて拾い上げようとするトモハラだが、全て拾いきれるわけがない。
落下し、床に四方に転がった宝石たちを拾い上げたトモハラに、アイラは一言。
「落ちていた宝石を拾ったので、トモハラ、貴方の物ですからね」
「は?」
くすくすと笑いながら、愉快そうにアイラは呆けているトモハラに近寄り、しゃがみ込むと。
「お願いがあります、この城の姫から、騎士様へ。『貴方が持っている綺麗な小さな緑の宝石がついた首飾りをくださいな』」
そう言って再び笑った。
売ってもらえないのなら、貰うだけのこと。
けれど、代金として宝石を受け取って欲しいから。
アイラはトモハラの手から、するり、とトモハラがマローに購入した首飾りを抜き取ると、満足そうに小さく微笑む。
未だに呆けたままのトモハラに、小さく溜息を吐くとアイラは再びしゃがみ込んで、じっと、トモハラを見つめる。
静かに、語りかけるように、アイラは微笑んで唇を動かした。
「これは。トモハラがマローに買った、大切な物です。きっとその落ちていた宝石よりも、数百倍の価値があります。マローの為に、購入してくださったのでしょう? だから、私が。マローに届けてきます、正統な持ち主に、戻してきますね」
「え・・・」
「どんな宝石より、何よりも。最も想いが籠もった、素敵な贈り物ですよね。・・・ありがとう、トモハラ」
アイラはそう告げると、柔らかく微笑んだまま立ち上がり、そのまま静かに立ち去った。
唖然と、その後姿と靡く髪を見つめていたトモハラ。
ミノリが騒いでいた理由が、今、ようやくトモハラにも解ったのだ。
床に座り込んだまま、震える手を懸命に抑える。
「アイラ姫、貴女は・・・」
まさか、自分の名を覚えているとは。
そして、気遣ってくれるとは。
トモハラはその場で、深く頭を下げると瞳を閉じる。
薄っすらと、笑顔を浮かべて、遠のいていくアイラに敬礼を。
アイラの優しさ、物への想いの汲み取り、巷で噂されている破滅の子を産む呪いの姫だとは、思い難い。
しかし、そんなことよりもトモハラは。
自分が購入した、みすぼらしい小さな宝石が、マローの手に渡るであろうことに、喜びを感じていた。
それは、感謝されたものでもないし、喜ばれた事でもない。
身につけてもらえないかもしれない、それでも。
微かに、期待していた。
宝石に、必死に願をかけた。
所詮は一国の姫と平民出身の騎士だ、想いが通う事などあるわけがない。
けれども。
今後も騎士として傍に置いてもらうべく、災いが彼女に降りかかろうものならば死に物狂いで楯となり、護るべく。
大好きな笑顔を絶やす事のないように、必死でマローを想って願いを封じ込めた。
「少し・・・気味悪いかも」
自嘲気味に笑った、そんなことをしなくとも、マローは誰からも護られるであろう。
けれども、真っ先に自分がマローを護りたいと、そう願う。
それくらいならば、出過ぎた願いではないだろう、と。
マローの為に死ぬのであれば、それはそれで本望である。
トモハラの目から見て、あの二人の王子はどうもいけ好かない。
それが、あの宝石に願をかけた本当の理由かもしれなかった。
「マロー」
「どうしたの、お姉様」
部屋で受け取った宝石を瞳を輝かせて観賞していたマローに、後ろからアイラは声をかける。
そっと両手で包み込みながら、トモハラが購入した首飾りを差し出すアイラ。
不思議そうにマローはそれを見ていた、首を傾げてじっと見つめている。
「これを。マローを護るように、願いがかけられた首飾りです」
「・・・どっかで見たような・・・」
「大事になさい。ほら、綺麗でしょう? 小さいかもしれないけれど、光の輝きは劣っていませんよ。私には、一番輝いて見えます」
「そう? うん、でもお姉様がそう言うのなら、大事にするね。つけて」
マローは、なんとなくそれが、あの騎士が差し出してきた首飾りに似ているような気がして。
けれども、まさかそれであるとは思いもよらずに。
後ろを向いてアイラに首飾りをつけてもらうと、ドレスの下に隠す。
やはり、小さすぎて気に入らないのだが、自分を護る御守りのようなものだというのならば、こうして肌身離さずにつけておこうと思ったのだ。
「マロー」
「ん?」
再び宝石観賞に入ったマローに、静かにアイラは髪を撫でつつ小さく溜息を吐きながら、眉を潜めた。
「もし。悪い事をしたと思ったのなら、謝りなさい。嘘をついてしまって、悪かったと思ったのなら。謝りなさい。後からでも構わないから、思えた時に謝るようにして」
「へ?」
何を言われたのか解らず、マローは宝石箱から視線をアイラへと移して困惑気味に首を傾げる。
多少気の抜けた声、何故そのような事を言われたのかわからなかったからだ。
しかし、アイラは真剣に、マローの瞳を見続ける。
”言わなくても、解って”。
そう、訴えている気がしてマローは多少身動ぎしつつ、ふと、昼間の出来事を思い出した。
廊下で、あの騎士のトモハラが自分に何かを差し出していた。
話しかけられて、動揺してしまった。
常に傍にいたが、一定の間隔をおいてであったし、視線も合うことなどなく。
まして会話することなども、なかった。
跪いていたトモハラを見下ろせば、何かを差し出していた。
それが、自分への贈り物であるということはマローにとて瞬時に理解出来たのだ。
小さすぎて、宝石がなかなか見えなかったが、それは紛れもなく宝石だった。
マローは、宝石の金額を知らない。
自分で購入した事などなく、貰った事しかないこともあるが、そもそも買い物をしたことがないので金銭感覚がないのだ。
だから、トモハラが苦労して購入した、ということさえ知らない。
大きい宝石のほうが、華やかだから小さいものは要らない。
トモハラならば自分が煌びやかな宝石を身につけていることを十分知っている筈なのに、小さいものを差し出してきたことが非常にマローには気に入らなかったのだ。
だから、払い除けた。
そこまで思い出し、少し、マローは。
チクリ。
胸が、痛んだ。
細い針が、胸に刺さったかのように、顔を顰めて胸を押さえる。
トモハラの、残念そうな、哀しそうな表情を思い浮かべたら、何故か。
苦しくなった。
「マロー。人はね、過ちを必ず起してしまう生き物です。でも、言葉があるから謝る事が出来ます。もしね。後からマローが『ごめんなさい』を言うべきだったと思ったら。その人にちゃんと言いに行くのですよ。貴女は、素直な利巧な子です。出来るはずだと私は思ってます」
「・・・うん。悪いと思ったら、謝る」
小さく俯き加減で呟いたマローに、優しくアイラは微笑むとそっとマローを抱き締めた。
正面から抱き締めて、髪を、背中を撫で続ける。
「マローは、素直な良い子です、だから、とても可愛らしい」
撫でられながら、マローもぎゅ、っとアイラに抱きつく。
息を軽く吸い込み、吐き、瞳を固く瞑りながら唇を噛んだ。
トモハラの、思い描いた表情が、何故か頭から離れなくて。
もし、あの時。
受け取っていたらトモハラはどうしたのだろう、顔をあげて、笑ってくれたのだろうか。
それを、想像したら。
何故か、マローは顔が赤くなった。
無邪気に、半泣きで、笑うのだろう。
無意識の内に、胸のトモハラがくれる筈だった首飾りを、服の上から触れてマローは。
ごめんね、ありがとう。
唇だけ、そう動かしたが、とてもトモハラにあれがやっぱり欲しい、と言いに行く事など出来そうもなく。
暖かなベッドの中で、アイラと手を繋ぎながら窓から見える月を見ていた。
月に懸かる雲が、影を作る。
月影の晩に、マローは一人溜息を吐き続けた。
気に入らないのは、何故かトモハラを思い出すと憂鬱になるという、この自分。
今も外に、トモハラは控えているだろう。
マローが眠れるように、警護をしている筈だ。
そっと、マローはベッドから足を下ろした、強く握っていたアイラの手をそっとほどいて、一人ドアへと向かう。
月光の微かな灯りを頼りに、ドアを静かに開いて様子を窺った。
「いかがされました、マロー様」
マローのお就きの騎士が数人、直様ドアの前に集合する。
顔だけ出して、トモハラを捜したが見えない。
後方に控えているのだろう、声すら聴こえない。
「・・・眠れないの。眠れるように何か頂戴」
騎士達は、何か相談していたが、直ぐに走り出す音が聞こえた。
数分後、戻ってきた騎士はトモハラだ。
何かを持ってきたらしく、ドアの前に導かれてマローの前へと。
思わず、胸が高鳴ったマロー。
しかし、僅かに視線が交差した程度で、トモハラはすぐに視線を下へと逸らした。
「蜂蜜がたっぷり入ったホットミルクです。お口に合えば良いのですが」
それだけ告げて、マローに手渡すとトモハラは深く一礼をして再び後方に下がる。
位の高い騎士が前に出たので、あっという間にトモハラの姿は見えなくなった。
「・・・おやすみ」
マローは、ホットミルクを片手にドアの奥へと消えていく。
深く頭を垂れている騎士達、トモハラも、同様だ。
ありが、とう。
唇を動かし、茶色いトモハラの髪を眺めつつ。
ドアを閉めて、窓辺でホットミルクを口にした。
甘くて、温かい。
トモハラが作ってくれたのだろうか? 加減もマローに丁度良かった。
「美味しい・・・」
その月影の晩に、マローは夢を観た。
『マロー姫様、ホットミルクですよ』
『ありがとう、トモハラ。あなたを、あたしの専属のホットミルク屋さんにしてあげる。毎晩、ちゃんとこうしてホットミルクを運ばなきゃ駄目よ。毎日、作って来なきゃ駄目なんだからね。部屋で待っているから、持ってきてね』
『はい、解りました。マロー様の為に、毎晩ホットミルクを持って会いに来ますね』
夜、皆が寝静まるとトモハラが一人、マローの為に作ったホットミルクを持って部屋に来てくれる。
飲み終わるまで待って、会話もなくただそれだけなのだが。
それでも、その夢で二人は静かに微笑み合って、見つめ合っていた。
月を背に、柔らかに微笑んでいる、それだけだったが、何故か嬉しかった。
・・・という、夢を観た。
朝起きたら、マローは夢を現実にしたくなった。
けれども。
いざ、トモハラにそれを告げる事が出来ずに。
次の夜もマローは騎士達にまた「眠れないから、何か頂戴」と、同じ台詞しか言えずに。
トモハラは毎晩確かに、ホットミルクを作ってきたが、それは事務的な仕事だ。
あの夢のような、ホットミルクのように、甘くて暖かな時間を過ごす事などあるわけがなく。
一礼して下がっていくトモハラが、無性に歯痒い。
この、気持ちが何か解らなくて、どうして良いのか解らなくて、マローは一人、今日もホットミルクを一人で飲んだ。
というのも、少し、理解出来たことがある。
アイラについているミノリは、トモハラと同等の立場だと思うのだが、常に傍にいるし、二人で何か会話もする。
おまけに互いに目を見て会話しているのだ、笑っているときもある。
トモハラとマローには、そんな事がないのだ。
一歩引いて、マローに接しているトモハラが、どうにも憎い気がしてきたマロー。
まさか、それが。
『あたし、お姫様なの』
マローが以前トモハラに告げた言葉で壁が出来ているとは、夢にも思わず。
また、トモハラの性格がミノリよりも生真面目過ぎて、出過ぎた真似が出来ないのも手伝っているのだが。
そして何より、アイラとマローとでは、騎士達に対する接し方が大幅に違うのである。
それも、マローには見当のつかないことだった。
アイラは、誰にでも自分と同じ身分だと思って接するのだが、マローは自分が姫であるゆえに、可愛がられているゆえに、自分を最上位として、下のものに接する。
絶対的な存在として見て貰いたい欲求が強いので、つい口調も強くなるのだ。
それは、一国の姫として相応しい姿かもしれない。
権力のある者は、下の者に誇示して良いのかもしれない。
けれども。
盛大に、皿が割れる音が響いた。
皆、顔を青褪めそちらを見る。
「ちょっと! 何これ、美味しくないっ。あたし、これ嫌いなのっ。誰、こんなの作ったのっ」
口元を押さえて、マローが悲鳴に近い声を上げていた。
どうも毛嫌いしている食材が入っていたようだ、宥めている女官を張り倒し、テーブルを叩いて憤慨。
「それにっ! あたし、この種のレタス嫌いだし、パプリカも好きじゃないし! なんか今日の食事、美味しくないわ! 誰よ、料理長はっ」
怯えて厨房から料理長と、料理人が出てきたのでマローは勢い良く傍らの水を二人に向かって投げつける。
口を大きく開けて、何か叫ぼうとしたのだが。
「やめなさい、マロー」
ドアが、勢い良く開き、アイラが入ってきた。
夕食といえども、先程まで乗馬を嗜んでいたアイラはマローと共に摂っていなかったのだ。
騒ぎに気付いて、先にアイラが来る用意をしていた騎士の一人が、血相を変えて呼びに戻っていた。
しかし、アイラの登場を良く思わない者のほうが多いのは、周知の事実である。
止めに入ったアイラを、逆に止め始める者達が多いのだ。
「アイラ様、お言葉ですがマロー様に何を告げるおつもりですか。マロー様のご機嫌を損ねた料理人たちは、それ相応の処遇を受けるべきでしょう」
が、アイラは怯まずに真っ直ぐにマローへと。
止めようとした者達を、アイラの騎士達が塞ぐように邪魔をする。
「この方達が、精神込めて作ってくださった料理です。口に合わなくても、床に捨ててはいけません。マローは知らないかもしれませんが、野菜は勝手に生えてはきません。誰かが一生懸命育てた、大事な食べ物です。食事にありつけない人々もいるのですから、ありがたく食事をしないと」
ヒステリックに叫び続けるマローに、ピシャリ、と真正面から多少怒気を含んだ声でアイラは告げた。
その声は、平素共に居るアイラの騎士達でさえ聴いた事のない、トーンだった。
物腰柔らかで、明るい声のアイラではなく、思わず背筋を正し、聞いてしまいたくなるような威圧感のある声だった。
しかし、マローとて負けてはいない。
味方のはずの姉に、大勢の前で怒られた多少の混乱も手伝って、テーブルの上の食器を振り払いながら反抗する。
「だって、不味いもの! あたし、お姫様よ!? こんなの食べられないわ!」
「でも、マロー。いつか、そのマローの苦手なものを食べなければいけないときがくるかもしれません。少しずつ、慣れていけば良いのですよ。パプリカ、口にしましたか? 見た目も華やかで、栄養もあります」
「食べなくても、美味しくないって解るのっ。あたしは、好きなものだけ食べて生きていくのっ」
二人の口論、アイラは冷静だが、マローは非常に頭に血が上っている様子だ。
「アイラ様、出過ぎた真似はおよし下さいませ。この国は、マロー様が統治されます。頂点に立つマロー様の言い分が最も正しいのですよ」
周囲からの誰かの、一言。
一瞬、室内が静寂に包まれた。
あからさまなその言葉に皆が口を噤み、気まずい空気に俯いたのだが、アイラは怯まずに真正面を見据えたまま。
その声の持ち主を特定したのか、無意識なのか、偶然なのか。
アイラはゆっくりと首を動かし一定の方向で、静かに、しかし凛とした声で告げた。
その人物に問い聞かせているのか、その場にいる全員を対象にしているのか。
少なくとも、その場に居た者たちは、背筋に衝撃が走ったのだ。
「頂点に立つものの我儘を全て聞き入れていては、国は滅びます。マローが統治することに異存はありませんが、けれども、姉として人の心を解れる妹であって欲しいのですよ。・・・あなた方が、国を愛しているのであれば、横暴な振る舞いをする者に生活を護って欲しいと願いますか? 心から信頼し、護りたいと思う主君であるからこそ、皆頑張れるのでしょう? 違いますか? 国民を魅了する器量は無論今のマローならば容易い事です、ですがそれに加えて、自制心及び自戎心・・・それらが国を治める者なれば、必要不可欠だと私は思います。まず、国を、そして民を思い、意見を聞いて皆を先導する妹になって欲しいと思っています。・・・あなた方は、違うのですか? そういう女王であって欲しいと願わないのでしょうか?」
沈黙。
呆然とアイラの声に耳を傾けていた皆だが、何処かで誰かが呟いた。
「偉そうに・・・マロー様に説教など」
声の主を捜すべく、アイラの騎士達が思わず剣を手にかけてしまう。
辛うじて堪えた者もいたので、必死に押さえるように小声で注意を促したのだが、案の定だ。
”呪いの姫君は、暴力で解決しようと”
小さなざわめきが、大きな罵詈雑言へ。
しかし、アイラは気にすることなくマローに振り返ると、困ったように微笑む。
「マロー、少し考えてみるのです。私の言った意味、解りますよね?」
困惑気味に、マローはぎこちなく頷いた、だが、釈然としないようだ。
もし、先入観さえないのならば。
国の頂点に立つ器量の持ち主は、アイラだと皆思うだろうに。
「良いですからね、マロー様。お好きなものだけ食べていれば」
近寄ってきた女官は、床に散らばった皿と料理を片付けながら、わざとらしくアイラを突き飛ばすように邪険に扱う。
ミノリが剣を僅かに引き抜いたのだが、仲間の騎士に懸命に堪えろ、と手を重ねられ腸が煮え繰りながらも、歯を食いしばり目を血走らせながら荒い呼吸を繰り返し辛うじて、堪えた。
しかし、アイラは気にする様子がない。
「アイラ様、お戻りくださいませ。今はマロー様がお食事中です」
一瞥し、アイラに頭を下げた女官。
アイラは溜息を吐き、項垂れている料理長達に謝罪の言葉を投げかけた。
「申し訳ありませんでした。処罰などありませんから、仕事場にお戻り下さい」
「アイラ様、何を勝手に。マロー様からのお言葉がまだです、料理長たちは残りなさい」
青褪め、今にも卒倒しそうな料理長は、女官の言葉に硬直し、震えながら俯いている。
料理人とて、涙を流しながら床に崩れ落ち、堪えているものの嗚咽が漏れていた。
アイラは、引き下がらなかった。
料理人たちの前に立つと、大きく両手を広げる。
眉を顰めて、皆アイラを見た。
「故意に、料理を出したわけではありません。何故そこまで咎めなければならないのでしょう」
「マロー様の機嫌を損ねたから、です。アイラ様、下がりなさい。貴女にそのような権限はないのですよ? 嵩高な物言いはおやめください」
「権限? 嵩高?」
アイラは言った女官を見た、哀れむように見た。
「これでも、マローの姉です。妹を正すのは、母様がいらっしゃらないのであるならば、私の役目でしょう。マローの姉ということは、この城での権限は貴女よりはあると思います」
一呼吸おいて、アイラは唇を開いた。
それは。
珍しく怒気の籠もった表情と、絶対的な権限を彷彿とさせる声色だった。
「マローに言われるのならばともかく、貴女に言われる筋合いはないと思います」
アイラのその言葉に、女官は顔色を変えて思わず攻撃態勢をとっていた。
瞬時に頭に血が上ったのだろう、小刻みに震えながらアイラを睨みつけ口を開く。
しかし、声が出ない。
口が半開きで、止まった。
反論しなければ、と女官は思ったのだが口がそれ以上開かないのだ。
それを知ってか知らずか、アイラは再び口を開く。
「誰だって、皆幸せに暮らしたいものです。違いますか? けれど、自分が出来る事には限りがあります。先程のマローの一言で、料理人様達は無論、ご家族の方も路頭に迷う事になっていたかもしれません。それは、止めなければいけないことです。それが出来る人物は、現時点で私しかいません。
位の上の者は、下の者から崇められるからこそ、護らねばならないと思うのです。
貴女なら、解るでしょう? もし、解らないのであれば少し頭を冷やして、考えてください」
シン・・・
無音。
女官は恐怖を覚えた。
周囲も、息を飲むのことすら恐れて皆黙り込んだ。
アイラの騎士達だけは、静かにアイラに平伏していた。
「やれやれ、余計なことを」
いつの間に来たのか、トライがミノリの隣に立って苦笑している。
騎士達の視線が自分に集まったので、トライは静かに口を開いた。
その者達にしか聴こえないように、静かに。
「今ので、アイラに”畏怖”の念を抱いただろう。 しかし、こうも思った筈だ。”このお方は、本当に呪いの姫君なのか。ここまで国民を思慮に入れているのに、破壊する呪いの姫君なのか”・・・ともな?アイラは、接した者を虜にしかねない。そうなると、オレが国に連れて帰り辛くなる」
「それは、トライ皇子の希望ですよね。オレはアイラ様がこの国を統治されたほうが・・・良いです」
仏頂面のミノリに、トライは鼻で笑うと気にすることもなく室内を見渡した。
青褪め、項垂れている者達が、多々。
皆、アイラに対して先日とは違う態度を取るだろう。
トライは壁にもたれたまま、静かに様子を見ていた。
そこへ、沈黙を破ってドアを開いた者が。
当然、注目を一斉に浴びる事になったその者は。
「失礼致します。隣国ラスカサス国の第四皇子、リュイ・ガレン様よりの使者殿が謁見をと申しておられますので!」
そう告げると、ドアを開いて横に立った。
何事か、と皆がようやくざわめき始めれば、数名が一礼をして入ってくる。
跪いたまま、懐から恭しく何かを取り出し、それを広げて一人が読み上げ始めれば。
「忠誠を捧げている、我主君リュイ様より。麗しき姫君に手紙を託されましたゆえ、失礼ながら読み上げさせて頂きます。
『先日は、大層なもてなしを有難う御座いました。
御気に召すか解りませんが、我国の風景を画家に描かせましたので、お受け取り下さい。高山ならではの木の実や、珍しい鳥も、贈らせて頂きます。音楽がお好きなようですので、楽器も用意いたしました。今回は御伺い出来なく、書簡にての事、非常に心苦しく思っております。何故ならば、用意しなければならないことがありまして。
最愛なる、恵みの国の麗しき姫君よ。我国へいらして下さい、決して貴女を退屈させません。天上の輝く星を永遠に見られるように、庭を造り、高山花を植え替えております。
私は第四皇子です、我国を統治する皇女帝にはなれないでしょうが、生涯をかけて貴女を愛し抜くと誓います』
・・・どうか、リュイ様のお言葉をお受け入れ下さいますよう」
皆、思ったのだ。
この手紙を宛てた姫は、どちらなのか・・・と。
ラスカサスよりの使者は、丁重に立ち上がると、寄り添うように立っていた二人の姫君の下へと歩き出した。
普通ならば、繁栄の子を産むマロー姫に求婚を、だ。
しかし、書簡の内容が、マロー宛ではないことなど、薄々皆気付いていた。
トライが舌打ちし、ミノリが青褪め。
「アイラ姫様、どうぞお受け取り下さい」
そう、皆の思い通り、恭しく、使者はアイラの前で跪いたのだ。
室内が、一気に姦しくなった。
風の守護を受ける、ラスカサスの第四皇子・リュイの求婚先は、呪いの子を産むアイラ。
「子供だと思い、油断した・・・。やるじゃないか、あの皇子」
トライがマントを翻し、直様アイラの元へと向かう中で、アイラの騎士達は揺れる周囲と裏腹に、静かに立ち尽くしている。
アイラ姫がどう応えるのか・・・検討がつかないのだ。
騎士達とて、想定外であった。
よもや、戦線離脱したと思われたリュイ皇子が真っ先に求婚に出てくるとは。
「どうするつもりだ、アイラ」
「トライ様。どうするも・・・こうするも・・・私は・・・」
戸惑いを隠せないアイラは、書簡を受け取ったものの困り果ててトライに視線を送る。
トライは安堵した、アイラが自分を頼ったことに、そして決断出来ないであろうことに。
狼狽しつつも、アイラは呼吸を整えると使者に頭を下げて声をかける。
「遠くから、こんな夜更けに・・・お疲れでしょう。書簡を用意するまで、ごゆるりと城にご滞在下さい。部屋を用意致します」
「取り計らい、有難う御座います。恐縮に御座います」
マローは使者を見つめていたのだが、アイラのドレスを必死に握り締めて、唇を噛み続ける。
「・・・嫌よ・・・。行っては駄目よ」
心痛な声で、マローは掠れつつもそう告げた。
アイラは、柔らかく微笑むと、そっとマローの頭部を優しく撫でる。
落ち着かせるように、何度も、ゆっくりと。
「大丈夫です、お断りするからね。マローが居て欲しいというならば、ここに居るから」
「うん・・・約束よ。ちゃんと、傍に居てね?」
「安心して、マロー」
室内の華燭が、大きく揺れていた。
室内の開けておいた窓から、夜風が心地良く入り込んでいる。
喧騒が続く中、アイラとマローは二人で寄り添い、手を握る。
トライが唇を噛み、そんな二人を見つめていた頃だった。
ベルガーとトレベレスは二人、家臣と共に食事を終え共に室内へと戻っていったのだが。
喉の奥でなんら興味なさそうに、瞳は据わったまま笑うベルガー。
「大したボウヤ皇子だ。よもや、姉に求婚するとは」
夜風に当たりながら、来室していたトレベレスに聴こえるように呟いたベルガー。
大袈裟に深い溜息を吐きつつ肩を落としたトレベレスは、同じ様に皮肉めいた声で呟き返す。
「風の皇子といい、オレの従弟といい・・・。翻弄されすぎている、あの呪いの娘に。自爆してくれるのならば一向に構わないのだけれど」
言い終え、不意に二人の視線が交差した。
そうなのだ、別に二人の狙う妹姫への求婚ではないのだが、何故か気にかかる。
何故か、トライ、そしてリュイが妙に・・・腹立たしい。
あの二人が、呪いの子を産む姉を引き取ってくれるのならば、好都合な筈だった。
しかし。
二人は、暫し沈黙し、互いの顔を見ずにベルガーは庭を、トレベレスは天上を見つめている。
妙な気分だった、胸にどろどろとした得体の知れない汚いものが流れ込んでくるようで、気分が悪い。
徐に、ベルガーは口を開く。
「・・・土の女王を過信し過ぎているのではなかろうか」
「・・・」
眉を潜めてトレベレスはベルガーを見やると、煙草に火をつけて吸いつつ窓際へと移動。
「姉が、繁栄の声を産むと? まだ疑いを?」
「それもあるが・・・元々、繁栄も破壊も出鱈目では、ということだ」
「そこからか・・・。疑心に捕らわれすぎではないですか、ベルガー殿」
「・・・あの姉、アイラ、といったか? 先程の国への、民への思いを聞いたろう。・・・あれが破壊へと導く者の言葉か。そこらにはいない、才色兼備な娘にしか見えなくなってきたが」
「まぁ、確かに。思いだけは大したものだ、最初に見た頃と比べると、見違える様だとは・・・思う」
言うなり、二人は再び沈黙。
思い出したのだ、最初にアイラを見た瞬間を。
あの時、確かに繁栄の姫はアイラだと、直感した。
そして、何故かこの娘を捜していたような、待ち侘びていたような、そんな懐かしくも切ない想いに捕らわれたのだ。
思わず、二人は顔を見合わせる。
と。
キィィィ、カトン・・・。
「!」
「!?」
木製の何かが、動いた音に二人は瞬時に身構えるが、室内は静まり返っている。
が、二人は微動出せずに数分その場で攻撃態勢を止めなかった。
「ともかく、だ。一つここは手を組もう」
「唐突ですね、ベルガー殿」
運ばれてきた紅茶を啜りつつ、未だに先程の奇怪な音が気になった二人だが、互いが信頼を置いている家臣を数人部屋に招きいれ、月が雲で陰る中、密話が開始される。
「繁栄の姫さえ手に入ればこのような場所に用はない。ここは牙城だ、内部から幾らでも攻め落とせるだろう。城の見取り図は既に手に入れておいた」
「野心家のベルガー殿は、行動もお早いことで」
「つまらん皮肉はよい、トレベレス殿。確かにこの地は、土壌が豊かだ、農産物においては優秀な地。わざわざ繁栄の子を他国へ寄越し、破壊の子をこの地に留まらせる気など、もとよりここの者達にはないだろう。面倒だ、このまま戦争を仕掛けて、妹姫のみ、連れ帰ろうと思うのだが。報復に備え、徹底的に国は潰すが」
「で、手を組め、ということですか?」
トレベレスの解りきった問いに、ベルガーは軽く頷く。
「妹姫は、平等に。何処かに幽閉し、互いの所有物としようと思う。それならばどちらの子を孕もうが、文句はなかろう?」
「成程。確かに現在我らは牙城の内部、状況把握も出来ている。そしてオレの兵と、ベルガー殿の兵を合わせればやれないこともない、と。・・・問題はトライも現時点でこの場に存在する、ということですけどね」
トレベレスが悔しそうに唇を噛んだ表情を見逃さなかったベルガー、飄々と言う。
「トライ王子か、武勇に優れた王子だとの名声は聞いている」
「オレと五分五分ですけど」
当然勘に触ったようで、トレベレスが間入れず反発を、ベルガーは苦笑いですり抜けた。
「トレベレス殿は従兄だろう? 一定期間でよい、この城から離れさせてはくれまいか」
「・・・それが最良だとは思いますけどね」
思案していたトレベレスだが、不意に顔を上げると一人の家臣を手招きで呼びつける。
耳打ちし、二人が同時に頷くと、その家臣は一礼し部屋を出て行った。
視線で家臣を追っていたベルガーに、トレベレスは喉の奥で笑う。
「臥床についてもらいましょう、トライの母親に。万が一に備えてあの国には、オレの息のかかった者が数名待機しております。数日、時間は要しますが偽の書簡でも作ってここへ届けさせている間に、薬でも盛って書簡を本物にすれば良いのです」
「・・・やれやれ、トライ殿も苦労しておられるようだな」
「アイツが片意地を張っているから、まぁこれは当然の報いということで。では、手筈でも突き詰めておきましょうか?」
「あぁ、しかし、あまり二人が共にいるところを見られるのも良くないだろう。我らは敵同士だ、今宵は解散、また明朝、続けよう」
「それもそうですね、では、良い夜を」
型通りの挨拶を交し、トレベレスは部屋を出て行った。
ドアの閉まる音を聴きながら、ベルガーは再び紅茶を啜る。
「どうせ来たのだから、愉しませて貰おう」
「良いのですか? 姫をあの若造と共有するなど」
「私は、破壊も繁栄も然程信じていない。だが、それに踊らされている者達を利用するのは、良い手だと判断したまで」
PR
この記事にコメントする
カレンダー
10 | 2024/11 | 12 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | |||||
3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
最新コメント
[10/05 たまこ]
[08/11 たまこ]
[08/11 たまこ]
[05/06 たまこ]
[01/24 たまこ]
[01/07 たまこ]
[12/26 たまこ]
[11/19 たまこ]
[08/18 たまこ]
[07/22 たまこ]
カテゴリー
フリーエリア
フリーエリア
リンク
最新トラックバック
プロフィール
HN:
把 多摩子
性別:
女性
ブログ内検索
カウンター