別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。
いい加減整理したい。
※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。
絶対転載・保存等禁止です。
宜しくお願い致します。
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「落ち着きましょうか、サーラ」
ナスタチュームが平素よりも低い声で、そう告げた。僅かな怒気を含んでいる声に、他の者は姿勢を正し、緊張した面持ちを見せる。しかし、当のサーラだけは、まだ、アサギを抱き締めていた。
「サーラ、気持ちは解りますが、アサギ様が困惑してらっしゃるでしょう。おやめなさい」
トビィが剣を突きつけても、サーラはアサギを手放さなかった。
嗚咽しながらアサギを抱き締めているその姿に、皆戸惑いを見せる。真相を知っているのは、現在ナスタチュームとオークスだけだった。
そして、ラキはなんとなく、気づいた。アサギの美しい緑の髪を見て、物語の様に何度も聞かされていた、御伽話のお姫様を。サーラの想い人を。
今は無き、亡国の姫。見目麗しい、お人形のような姫。小国の姫だった、サーラの想い人。
「まさか……転生してたのか」
ラキが呟いた隣で、訝しげにジークムントが、瞳を細めてアサギを見つめる。
アサギからサーラを引きはがすのに、時間を要した。
今は、ナスタチュームの館だ。館とはいえない、相変わらず質素な造りのそこに、皆で腰を下ろしている。大人しく鎮座し、沈黙しているサーラに、トビィが目くじら立てる。二度と触れさせまいという勢いで、アサギの前に座り、護衛していた。
「申し訳ありません、感極まって」
「あれほど落ち着くように、と告げたのに。全く困ったお方です」
渋い茶を啜りながら、ナスタチュームは深い溜息を吐いた。茶の水面が波打つ。
「痴態を見に来たわけじゃない、さっさと本題に入ろう。アサギも時間がない」
苛立ちながらトビィがそう告げると、申し訳なさそうにナスタチュームは即座に土下座する。そこまでせずとも、とオークスは止めたが、床に額を擦り付けて謝罪した。
「しかし、サーラの気持ちも配慮してやってください。彼は、本当に姫の転生を待っていたのです」
「……姫の転生?」
トビィが眉を吊り上げる、傍らでは、状況が飲み込めないアサギとリョウが、出された茶を静かに啜っていた。
話しには聴いていた、サーラは昔、人間界のある国に滞在していたと。その時、世話していた姫を慕っていたと。
徐に、サーラは首飾りをトビィに差し出した。
多少乱暴に受け取ったトビィは、細工してあるその首飾りを挑む様に見つめる。美しい娘の肖像画が入っている、細工も見事だが、少女も大変な美貌だ。
だが、問題は、その肖像画の人物だ。
「アサギ?」
トビィが眉間に皺を寄せる、食い入るように見つめても、後ろで大人しく茶を飲んでいるアサギにしか見えない。
本人だ。
トビィの絞り出した声に、重々しくナスタチュームが頷く。「そうです、サーラが昔、人間界で護衛の任をしていた人物が、アサギ様に瓜二つなのです」
アサギとリョウが立ち上がり、トビィが手にしている首飾りを覗き込んだ。
確かに、そこには緑の髪と瞳の美しい娘が、柔らかに微笑んで、いた。
「私に、似てますか?」
「うーん、アサギだねぇ」
首を傾げるアサギと、感嘆するリョウに、トビィが肩を竦める。
ここ最近、理解不能なことばかり言われるので、いい加減疲労が溜まってきたトビィは、唇を噛み締めると軽く首を鳴らす。
「転生、か? しかし、容姿が似ていたとしても、本人とは限らないと思うが。世の中に、瓜二つの人間は二人存在するとオレは聴いた」
「アサギ様にはサーラの記憶が無いようですね、そうなると、容姿が似ているだけかもしれませんが、それでも奇跡でしょう。こうして会うことが出来たのならば。
しかし、自分以外に同じ顔をした者がいるとは、また、奇妙なことで。宝石や植物ですら、同じものなど何処にも存在しないのに」
ナスタチュームがアサギに視線を移すと、不思議そうに視線を送り返してくる。見つめ合った後、アサギは一言も発することなく俯いていたサーラを見つめた。
視線に気づいたのか、ぎこちなく顔を上げると、アサギを見て悲しそうに微笑む。
アサギは、何か申し訳ない事をしている気がしてきた。
胸の中が、白く靄がかっている。森の中に濃い霧が立ち込め、行先すら見えないように、心がざわめく。暗闇の向こうに、光はあるのだろうか。ここからでは、何も見えない。
「ごめんなさい、その、憶えてなくて」
懐かしいような感じはした、知っているような気はした。だが、詳細を話せと言われても、アサギには無理だった。ただ、そう思っただけかもしれない。
思い込みかもしれない。
「いえ、お気になさらず」
素直に謝ったアサギに、ナスタチュームは微笑する。サーラは、押し黙ったままだった。
嘘でも憶えている、と言ったほうがよかったのだろうか。アサギはいよいよ気が滅入ってしまった。しかし、そんな嘘をついたところで、どうにもならない。
嘘は、いつかばれる。そして、きっとそんな嘘は、誰も望んでいないだろう。
けれど優しく繊細なサーラを、哀しませたくはないとも、思った。
「アサギ様は、何故勇者に?」
突如問いかけてきたサーラに、アサギは口籠る。澄んだ瞳で見つめられ、恐縮した。皆の視線が集まる中で、アサギはこう答えた。
「勇者に、子供の頃からなりたかったんです。”勇者になればきっとすべて上手くいくって”。 勇者は”みんなを助けられる”。素敵な、人なんです。そんな、素敵な人になりたくて、憧れて」
アサギのその言葉に満足したように、サーラは柔らかく笑みを零す。涙を浮かべ始めたので、アサギは「何か変な事言いましたか!?」と狼狽えたが、それを制した。首を横に振りながら、震える声を出す。
「いいえ、アサギ様。私はとても、嬉しかったのです」
堪えていたが、サーラはその場に泣き崩れる。オークスが慌てて駆け寄り支えたが、サーラは徐々に高らかに笑い出した。
声が聞えた、声が揃った、声が重なった。
『前。サーラ、話してくれたよね。勇者様が存在するって。今、この世界には勇者様がまだいないみたいだよね、いたら来てくれたものね。
勇者になったらみんなを助けられる? なら、私生まれ変わって勇者になるの。
だから待ってて、必ず幸せな世界を築きましょう。サーラは魔族だから、もっと長く生きられるでしょう? 待ってて、また一緒に色々お勉強を……』
『待ってて。勇者になるから、勇者になればきっとすべて上手くいくから! 私、勇者になるの。そうしたら、貴方はきっと』
人間の歴史からは、消えてしまったある小さな王国での一時。
瀕死のアンリ姫が最期に呟いた言葉が、重なる。声も、アサギとアンリは同じだった。
自分だけが解っていればいい、アサギは、アンリなのだと。自分の無力さに打ちひしがれて、勇者になりたいと羨望し、未来を待てと言った、あのアンリだと。
アンリを亡くしてから、初めてサーラは顔いっぱいに笑みを浮かべて、愉快そうに笑った。
状況を把握出来ないトビィは、鼻白んで睨み付けていたが、傍にいた親友のオークスは、その姿に心底安心した。活気無く暮らしていたサーラの瞳に、昔の炎の光が戻ってきた瞬間だった。
「大変申し訳ありませんでした、アサギ様。ご挨拶も致しませんで、失礼な事を……私、サーラと申します。以後お見知りおきを」
颯爽と、麗しい立ち振る舞いでアサギに自己紹介をしたサーラは、前髪をかき上げる。
その表情を見た途端に、アサギの顔が明るくなった。誰が見ても幸せそうな、明快な笑みだったからだ。先程の言葉に、嘘偽りはない。何が心に届いたのか解らなかったが、結果として良かった様だ。
「いえ、アサギと申します。宜しくお願い致します」
和やかな雰囲気になったので、皆はゆったりと、足を崩した。館の外では、中に入ることを許可されなかったラキが、冷や汗をかいて盗み見している。
しかし、サーラのあの至福に包まれた笑みを見た時点で、苦笑すると壁伝いに座り込んだ。
運命の出逢いだと、痛感した。
サーラの想い人は、ああしてやって来てしまった。
以前、現れるわけなどないと、小馬鹿にした。ただの、強がりを見せた。
悲恋に身を染めたままのサーラを救いたいと、何度か思った。その度に見せつけられたのは、アンリ姫への一途な想いだった。
ラキは、鼻を啜る。「失恋だぁ、あははは。あんな、お姫様みたいな子に、敵わないや。健康そうな肌の色、艶かしいしなやかな手足。豊かな新緑色の柔らかく艶やかな髪に、温かみのある光を帯びた大きな瞳、軽く頬を桃色に染めて、熟れたさくらんぼの様な唇の。まるで御伽噺の女神だよ、勝ち目なんて、ない」くぐもった声で、嘆いた。「胸もでっかいし」劣等感で胸がいっぱいになる、これが具現化して大きさになってくれたら勝てるかもしれないと、馬鹿な事を考えてしまった。
館の中では、話し合いが始まったが、ラキには興味がない。
過去に離れ離れになった二人が再会するという、輝かしい場面に水を差してはならないと、逃げるようにしてその場を後にした。遠くでは、心配して様子を見に来たジークムントが立っている。
そんな外の様子など知らず、中では本題に入っていた。
「アサギ様、当面魔族の長として君臨していただけないかと」
突拍子もない話に、アサギとリョウが啜っていた茶を吹き出した。先に聴いていたトビィは、微塵も驚かない。咽る二人に苦笑し、ナスタチュームは続ける。
「実際にあれこれ指示をしていただかなくとも、構いません。その名をお借りできれば、と思うのです。
ご存知の通り、アレクは……先の戦いで御逝去されました。今現在、魔族達は不安に怯えております。統治する者がおりません、このままでは、混乱と無駄な争いを起こすでしょう。統率者が必要なのです。
私はアレクの従兄弟ですが、今の私では知名度がありません。本物かどうか、証明する手立てすら、ありません。多くの魔族は、私の存在すら知らないでしょう。
その為、アサギ様。
アレクと共にし、魔族達からも名と顔を知られている貴女であれば……皆も納得して受け入れるかと」
「で、ですが、私は勇者です。人間の勇者なのに、魔族の長って、幾らなんでも無理が」
辞退したかった、とても無理だと、アサギは察した。蒼褪め、勢いよく腕を振って拒否をする。
しかし、ナスタチュームは詰め寄る。
「私、まだ十二歳なんです」
「魔族の王位継承は、十二から可能です。勿論、ずっと、ではありません。立て直し、纏まったら新たな魔王を選出するか、認められたら私が立ちますので」
「あーうー。あ、あの、そうかもしれませんが、私は人間でして、魔族ではなくて」
正しくは来年の一月に十二になる、現在は十一だ。
どうにか言い訳をしてやり過ごそうとしているアサギだが、見た目によらず、ナスタチュームは強引だ。
「我らを助けると思って。亡きアレクの意思を、途絶えさせるわけにはいかないのです」
助ける。
亡きアレクの、意思。
その単語を言われては、アサギは口を噤むしかない。葛藤している様子に、皆は止めを刺す。
「おそらく、これは、アレクの、そしてエルフの姫ロシファの想いでもあります。救済の勇者よ、どうか人間だけでなく、魔族にも御慈悲を」
「……な、名前だけなら。私、一般人なので王様の仕事とか解りませんけど」
アサギが、項垂れて折れた。
胸に突き刺さる言葉に、耐えられなかった。
何が出来るか解らない、自信も、知識もない。
それでも、目の前の困っている魔族達の懇願を、無下に出来なかった。
小声だったが、アサギが了承したので、ナスタチュームは瞳を輝かせると、何度も感謝を述べて土下座した。
不安そうに見つめてくるリョウに、同じような視線を返したアサギは、当惑してトビィに視線を投げかける。
「オレがついてる、大丈夫だ」
「助かります……いつもごめんなさい」
安堵した。
アサギは、静かに溜息を吐くと、瞳を閉じて口をへの字に曲げる。
……どうしよう、神候補みたいなことになった挙句、仮魔王の勇者な小学生って、変な肩書きが出来ちゃった。
重苦しい溜息を吐くと、脱力する。断れない性質のアサギは、これまでも生徒会やら応援団の副団長やら、様々なことをこなしてきたが、小学校レベルの問題ではない。
……今流行っている、ライトノベルのタイトルみたいなことになってきちゃった。
まだ、余裕があるようだ。
ナスタチュームが平素よりも低い声で、そう告げた。僅かな怒気を含んでいる声に、他の者は姿勢を正し、緊張した面持ちを見せる。しかし、当のサーラだけは、まだ、アサギを抱き締めていた。
「サーラ、気持ちは解りますが、アサギ様が困惑してらっしゃるでしょう。おやめなさい」
トビィが剣を突きつけても、サーラはアサギを手放さなかった。
嗚咽しながらアサギを抱き締めているその姿に、皆戸惑いを見せる。真相を知っているのは、現在ナスタチュームとオークスだけだった。
そして、ラキはなんとなく、気づいた。アサギの美しい緑の髪を見て、物語の様に何度も聞かされていた、御伽話のお姫様を。サーラの想い人を。
今は無き、亡国の姫。見目麗しい、お人形のような姫。小国の姫だった、サーラの想い人。
「まさか……転生してたのか」
ラキが呟いた隣で、訝しげにジークムントが、瞳を細めてアサギを見つめる。
アサギからサーラを引きはがすのに、時間を要した。
今は、ナスタチュームの館だ。館とはいえない、相変わらず質素な造りのそこに、皆で腰を下ろしている。大人しく鎮座し、沈黙しているサーラに、トビィが目くじら立てる。二度と触れさせまいという勢いで、アサギの前に座り、護衛していた。
「申し訳ありません、感極まって」
「あれほど落ち着くように、と告げたのに。全く困ったお方です」
渋い茶を啜りながら、ナスタチュームは深い溜息を吐いた。茶の水面が波打つ。
「痴態を見に来たわけじゃない、さっさと本題に入ろう。アサギも時間がない」
苛立ちながらトビィがそう告げると、申し訳なさそうにナスタチュームは即座に土下座する。そこまでせずとも、とオークスは止めたが、床に額を擦り付けて謝罪した。
「しかし、サーラの気持ちも配慮してやってください。彼は、本当に姫の転生を待っていたのです」
「……姫の転生?」
トビィが眉を吊り上げる、傍らでは、状況が飲み込めないアサギとリョウが、出された茶を静かに啜っていた。
話しには聴いていた、サーラは昔、人間界のある国に滞在していたと。その時、世話していた姫を慕っていたと。
徐に、サーラは首飾りをトビィに差し出した。
多少乱暴に受け取ったトビィは、細工してあるその首飾りを挑む様に見つめる。美しい娘の肖像画が入っている、細工も見事だが、少女も大変な美貌だ。
だが、問題は、その肖像画の人物だ。
「アサギ?」
トビィが眉間に皺を寄せる、食い入るように見つめても、後ろで大人しく茶を飲んでいるアサギにしか見えない。
本人だ。
トビィの絞り出した声に、重々しくナスタチュームが頷く。「そうです、サーラが昔、人間界で護衛の任をしていた人物が、アサギ様に瓜二つなのです」
アサギとリョウが立ち上がり、トビィが手にしている首飾りを覗き込んだ。
確かに、そこには緑の髪と瞳の美しい娘が、柔らかに微笑んで、いた。
「私に、似てますか?」
「うーん、アサギだねぇ」
首を傾げるアサギと、感嘆するリョウに、トビィが肩を竦める。
ここ最近、理解不能なことばかり言われるので、いい加減疲労が溜まってきたトビィは、唇を噛み締めると軽く首を鳴らす。
「転生、か? しかし、容姿が似ていたとしても、本人とは限らないと思うが。世の中に、瓜二つの人間は二人存在するとオレは聴いた」
「アサギ様にはサーラの記憶が無いようですね、そうなると、容姿が似ているだけかもしれませんが、それでも奇跡でしょう。こうして会うことが出来たのならば。
しかし、自分以外に同じ顔をした者がいるとは、また、奇妙なことで。宝石や植物ですら、同じものなど何処にも存在しないのに」
ナスタチュームがアサギに視線を移すと、不思議そうに視線を送り返してくる。見つめ合った後、アサギは一言も発することなく俯いていたサーラを見つめた。
視線に気づいたのか、ぎこちなく顔を上げると、アサギを見て悲しそうに微笑む。
アサギは、何か申し訳ない事をしている気がしてきた。
胸の中が、白く靄がかっている。森の中に濃い霧が立ち込め、行先すら見えないように、心がざわめく。暗闇の向こうに、光はあるのだろうか。ここからでは、何も見えない。
「ごめんなさい、その、憶えてなくて」
懐かしいような感じはした、知っているような気はした。だが、詳細を話せと言われても、アサギには無理だった。ただ、そう思っただけかもしれない。
思い込みかもしれない。
「いえ、お気になさらず」
素直に謝ったアサギに、ナスタチュームは微笑する。サーラは、押し黙ったままだった。
嘘でも憶えている、と言ったほうがよかったのだろうか。アサギはいよいよ気が滅入ってしまった。しかし、そんな嘘をついたところで、どうにもならない。
嘘は、いつかばれる。そして、きっとそんな嘘は、誰も望んでいないだろう。
けれど優しく繊細なサーラを、哀しませたくはないとも、思った。
「アサギ様は、何故勇者に?」
突如問いかけてきたサーラに、アサギは口籠る。澄んだ瞳で見つめられ、恐縮した。皆の視線が集まる中で、アサギはこう答えた。
「勇者に、子供の頃からなりたかったんです。”勇者になればきっとすべて上手くいくって”。 勇者は”みんなを助けられる”。素敵な、人なんです。そんな、素敵な人になりたくて、憧れて」
アサギのその言葉に満足したように、サーラは柔らかく笑みを零す。涙を浮かべ始めたので、アサギは「何か変な事言いましたか!?」と狼狽えたが、それを制した。首を横に振りながら、震える声を出す。
「いいえ、アサギ様。私はとても、嬉しかったのです」
堪えていたが、サーラはその場に泣き崩れる。オークスが慌てて駆け寄り支えたが、サーラは徐々に高らかに笑い出した。
声が聞えた、声が揃った、声が重なった。
『前。サーラ、話してくれたよね。勇者様が存在するって。今、この世界には勇者様がまだいないみたいだよね、いたら来てくれたものね。
勇者になったらみんなを助けられる? なら、私生まれ変わって勇者になるの。
だから待ってて、必ず幸せな世界を築きましょう。サーラは魔族だから、もっと長く生きられるでしょう? 待ってて、また一緒に色々お勉強を……』
『待ってて。勇者になるから、勇者になればきっとすべて上手くいくから! 私、勇者になるの。そうしたら、貴方はきっと』
人間の歴史からは、消えてしまったある小さな王国での一時。
瀕死のアンリ姫が最期に呟いた言葉が、重なる。声も、アサギとアンリは同じだった。
自分だけが解っていればいい、アサギは、アンリなのだと。自分の無力さに打ちひしがれて、勇者になりたいと羨望し、未来を待てと言った、あのアンリだと。
アンリを亡くしてから、初めてサーラは顔いっぱいに笑みを浮かべて、愉快そうに笑った。
状況を把握出来ないトビィは、鼻白んで睨み付けていたが、傍にいた親友のオークスは、その姿に心底安心した。活気無く暮らしていたサーラの瞳に、昔の炎の光が戻ってきた瞬間だった。
「大変申し訳ありませんでした、アサギ様。ご挨拶も致しませんで、失礼な事を……私、サーラと申します。以後お見知りおきを」
颯爽と、麗しい立ち振る舞いでアサギに自己紹介をしたサーラは、前髪をかき上げる。
その表情を見た途端に、アサギの顔が明るくなった。誰が見ても幸せそうな、明快な笑みだったからだ。先程の言葉に、嘘偽りはない。何が心に届いたのか解らなかったが、結果として良かった様だ。
「いえ、アサギと申します。宜しくお願い致します」
和やかな雰囲気になったので、皆はゆったりと、足を崩した。館の外では、中に入ることを許可されなかったラキが、冷や汗をかいて盗み見している。
しかし、サーラのあの至福に包まれた笑みを見た時点で、苦笑すると壁伝いに座り込んだ。
運命の出逢いだと、痛感した。
サーラの想い人は、ああしてやって来てしまった。
以前、現れるわけなどないと、小馬鹿にした。ただの、強がりを見せた。
悲恋に身を染めたままのサーラを救いたいと、何度か思った。その度に見せつけられたのは、アンリ姫への一途な想いだった。
ラキは、鼻を啜る。「失恋だぁ、あははは。あんな、お姫様みたいな子に、敵わないや。健康そうな肌の色、艶かしいしなやかな手足。豊かな新緑色の柔らかく艶やかな髪に、温かみのある光を帯びた大きな瞳、軽く頬を桃色に染めて、熟れたさくらんぼの様な唇の。まるで御伽噺の女神だよ、勝ち目なんて、ない」くぐもった声で、嘆いた。「胸もでっかいし」劣等感で胸がいっぱいになる、これが具現化して大きさになってくれたら勝てるかもしれないと、馬鹿な事を考えてしまった。
館の中では、話し合いが始まったが、ラキには興味がない。
過去に離れ離れになった二人が再会するという、輝かしい場面に水を差してはならないと、逃げるようにしてその場を後にした。遠くでは、心配して様子を見に来たジークムントが立っている。
そんな外の様子など知らず、中では本題に入っていた。
「アサギ様、当面魔族の長として君臨していただけないかと」
突拍子もない話に、アサギとリョウが啜っていた茶を吹き出した。先に聴いていたトビィは、微塵も驚かない。咽る二人に苦笑し、ナスタチュームは続ける。
「実際にあれこれ指示をしていただかなくとも、構いません。その名をお借りできれば、と思うのです。
ご存知の通り、アレクは……先の戦いで御逝去されました。今現在、魔族達は不安に怯えております。統治する者がおりません、このままでは、混乱と無駄な争いを起こすでしょう。統率者が必要なのです。
私はアレクの従兄弟ですが、今の私では知名度がありません。本物かどうか、証明する手立てすら、ありません。多くの魔族は、私の存在すら知らないでしょう。
その為、アサギ様。
アレクと共にし、魔族達からも名と顔を知られている貴女であれば……皆も納得して受け入れるかと」
「で、ですが、私は勇者です。人間の勇者なのに、魔族の長って、幾らなんでも無理が」
辞退したかった、とても無理だと、アサギは察した。蒼褪め、勢いよく腕を振って拒否をする。
しかし、ナスタチュームは詰め寄る。
「私、まだ十二歳なんです」
「魔族の王位継承は、十二から可能です。勿論、ずっと、ではありません。立て直し、纏まったら新たな魔王を選出するか、認められたら私が立ちますので」
「あーうー。あ、あの、そうかもしれませんが、私は人間でして、魔族ではなくて」
正しくは来年の一月に十二になる、現在は十一だ。
どうにか言い訳をしてやり過ごそうとしているアサギだが、見た目によらず、ナスタチュームは強引だ。
「我らを助けると思って。亡きアレクの意思を、途絶えさせるわけにはいかないのです」
助ける。
亡きアレクの、意思。
その単語を言われては、アサギは口を噤むしかない。葛藤している様子に、皆は止めを刺す。
「おそらく、これは、アレクの、そしてエルフの姫ロシファの想いでもあります。救済の勇者よ、どうか人間だけでなく、魔族にも御慈悲を」
「……な、名前だけなら。私、一般人なので王様の仕事とか解りませんけど」
アサギが、項垂れて折れた。
胸に突き刺さる言葉に、耐えられなかった。
何が出来るか解らない、自信も、知識もない。
それでも、目の前の困っている魔族達の懇願を、無下に出来なかった。
小声だったが、アサギが了承したので、ナスタチュームは瞳を輝かせると、何度も感謝を述べて土下座した。
不安そうに見つめてくるリョウに、同じような視線を返したアサギは、当惑してトビィに視線を投げかける。
「オレがついてる、大丈夫だ」
「助かります……いつもごめんなさい」
安堵した。
アサギは、静かに溜息を吐くと、瞳を閉じて口をへの字に曲げる。
……どうしよう、神候補みたいなことになった挙句、仮魔王の勇者な小学生って、変な肩書きが出来ちゃった。
重苦しい溜息を吐くと、脱力する。断れない性質のアサギは、これまでも生徒会やら応援団の副団長やら、様々なことをこなしてきたが、小学校レベルの問題ではない。
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