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アニス、逃げろ、アニス、飛ぶんだ!
傷つきながら、叫び続ける動物達。
トカミエルから一旦離れてみんなを森へ帰そう、そうしたらまたトカミエルの元へと戻れば良い。
アニスは混乱する頭の中で、それでもこの無残な意味を成さない争いを打破するべく、必死に考える。
口付けを繰り返すトカミエルの腕の中、息するタイミングも分からずに、必死に右手を天へと掲げた。
羽を、懇親の力を込め羽ばたかせる。
トカミエルの腕から離れて、動物達を森へ帰そう。そうしたら、また戻れば良い、トカミエルの元へと戻れば良い。
押さえつけていた羽が、動き始めていた事にトカミエルも気づいた。
唇を離し、アニスを見つめる。
暴れるアニス、羽を死に物狂いで動かして、右手を逃れるように天へと掲げ。
涙を零しながら、何か叫び続けているアニスの様子に、トカミエルは急に胸に刃物を突き立てられたかのような激痛を感じた。
一目でこの妖精を『手に入れたい』と思った。
この妖精を『見ていたい』と思った。
この妖精と『一緒に居たい』と思った。
この妖精が『愛しい』と思った。
この妖精に『触れたい』と思った。
この妖精は『自分のモノだ』と思った。
近寄った瞬間に、抱き締めた瞬間に、温もりを感じた瞬間に。
想いは徐々に深く強く独占欲を剥き出しにして、強く暴力的な絶対的な愛しさへと。
妖精を閉じ込めよう、誰の目にも触れないところへ。
・・・自分と同じようにこの妖精を欲しいと思う輩が現れたら、目障りだから。
手に入れた途端、急に失うのが怖くなったトカミエルは、自分とこの妖精とを引き離す全ての要因を、排除しなければならない、と痛感したのだ。
居なくなっては困る、失いたくないから。
傍にいて欲しい、苦しいから。
ようやく見つけた、捜して求め続けていた、最も渇望する『存在』を・・・手放したくない。
笑う顔を、怒る顔を、悲しむ顔を、泣き叫ぶ顔を、全てを、この妖精の全て何もかも。
自分のモノに、自分だけのモノに、自分を壊して狂気の沙汰で、愛し抜く。
手に入れた妖精は、今、何をしている?
羽を動かし空へと舞い戻ろうとしていないか?
「冗談じゃない」
アニスの一連の行動を見て、焦燥感に駆られたトカミエル。
羽で空中へ逃げられたらトカミエルには追うことが出来ない、消えていくのを指を咥えて見ていることしか出来ない。
トカミエルは左腕に力を込め、右手で腰に下げていた愛用の小型のナイフを迷う事無く手にすると、躊躇する事無くピタリ、とアニスの羽の付け根に当てる。
正確に、一寸の狂いもなく、そう、羽を切り落とす為に。
―――飛び立って居なくなる前に、その羽を切り落とす。羽さえなければ、小鳥は腕という名の篭から逃げ出さない
「痛いかもしれないけれど。逃げようとするからいけないんだ」
オレは悪くない、オレから逃げようとするから、君がいけないんだよ。
オレのモノになったのだから、勝手に消えてはいけないんだよ。
絶対に逃がさない、君なしでは生きていけないほどオレは君を愛しているのだから。
だから、君も責任持って、オレの傍でオレだけを見て、愛し続けなければいけない。
オレは、何も、悪くない。
トカミエルは、うっすらと笑みを浮かべる。
右手に力を集中させ、羽に当てていたナイフを、そのまま強引に振り下ろした。
「ふ・・・う、うぁ、あああぁぁぁぁぁぁっ!!」
―――ねぇ、羽って抜けないかな?
―――羽がなければ、私も人間と同じなのに
アニスの絶叫が、動物達の耳に木霊した。
けれども、それはトカミエルには聞こえない。
全てを切り裂く刃となり、動物達はアニスの痛々しい悲鳴に耳を塞ぎ、尚アニスの名を呼ぶ。
ぽたり、と花畑にアニスの血液が滴り落ちた。
トカミエルの左腕にも血液が流れ落ちていく。
暖かな、血。
人間と同じで真紅の血だった。
ただ。
トカミエルは切り落とした羽を満足そうに見下ろし、安堵の溜息を漏らすと、鼻を引くつかせる。
甘い、香り。
何処からか甘い香りが鼻に絡みつく。
禁断の果実、触れてはけない、快楽への入り口である麻薬のように、甘い甘い誘惑の香り。
アニスの身体から、正確には噴出した血液から香る、その甘い香り。
耐え難い激痛で、痙攣するアニスを支えながら、ナイフで切り裂いた傷口に引き寄せられるかのようにトカミエルは舌を這わせた。
口の中に広がる、甘美な花の蜜のような。
一度口にすれば、やめられない、止まらない。
トカミエルは、瀕死のアニスを気にも留めず、ひたすらその不可思議な血を、嘗め、飲み続ける。
少年達はこの世のものとは思えない、悪魔と対峙したような恐怖に駆られた。
中には胃の中の物を吐き出す者もおり、鮮血に染まり続けるトカミエルに、顔面蒼白で倒れ込む。
「キサマアァァァァァ!! アニスに何をしているっ!」
狼がようやく花畑に到着し、微動だしないアニスと、その身体を貪り続ける人間を見、憤慨したままトカミエルに突進する。
眩く、全てを噛み砕く歯が、トカミエルへと向かった。
面倒くさそうに顔を上げると、慌てもせず、怯えもせず、ただ、邪魔をされた事だけに腹を立て、トカミエルは右手の中のナイフを握り締めた。
狼の口が大きく開き、頂点に達した怒りが、トカミエルに襲い掛かる。
狼の咆哮が響き渡り、少年達は死を覚悟した。
「うるさい」
その場に居た人間が、動物が。
最強に位置するといっても過言ではない狼の眉間に、風の様に一瞬で突き立てられたナイフを見て、言葉を失った。
トカミエルの投げつけたナイフは、綺麗過ぎる程に完璧にあの速度で駆け抜けてきた狼の眉間に深く刺さっていた。
傍らにアニスを抱き、その身を鮮血で染め上げ、笑い転げるトカミエル。
動物達には見えた、トカミエルの背後から立ち上る、漆黒に近い業火が。
「何? この妖精を助けに来たの? 悪いけど、オレからこの子を奪うつもりなら・・・」
死んで。
無邪気に笑い、そう叫ぶトカミエル。
アニスは瞳に朧気に映った狼を見て、懇親の力で手を伸ばした。
「み、んな、わたし、は、だいじょ、ぶ、だから、ここか、ら、もり、へもどっ、て」
アニスの声は、か細くとも動物達に届いたのだが、あの状態で何が大丈夫なのか。
言葉を無視して、猪達がトカミエル目掛けて突進する。
「・・・忠告はしてやったよ、一応」
軽いおどけた溜息を吐き、トカミエルは右手をアニスの首元へとそっと伸ばし、猪達へ見えるようにアニスの身体を起こした。
「分かるだろ? 近づくならこの首、折るよ」
猪達は、必死で地面に爪を突き立て、止まる。
悔しそうに鼻を鳴らしながら、それでも、動かずにトカミエルを睨み付けた。
笑い転げるトカミエルは、それでもアニスの首元から手を離さない。
「知らなかった、動物って人間の言葉が解かるんだ。利口で助かったよ」
邪魔をするものは、誰であれ、何であれ、叩き潰す。
どんな手を使ってでも、この妖精を渡しはしない。
全ては、この妖精だけを手に入れるために。
死に逝く動物を涙を流し続け、見つめるアニス。
誰かが止めなければ、・・・誰が止められる?
動物も、トカミエルも、アニスにとっては大事な存在だった。
次々と動物の息の根を止めていくトカミエルですら、アニスには、未だ大事な存在だった。
何か誤解が生じたのだ、でなければ明るく太陽のように無邪気に笑えるトカミエルが、こんなことをするはずがない。
そう、思っている、願っている、トカミエルは、酷い人間ではない、と。
誰か、誰か。
視界に首からぶら下がっていたネックレスと、腕に巻かれた布が目に入った。
トリア。
アニスが鮮明にトリアの姿を思い出した。
トカミエルの双子の弟、馬のクレシダから信頼をおかれ、リス達にも気に入られ、鷹からも一目置かれている人間。
彼ならば、彼だけが。
そうだ、トリアが居てくれたのなら。
「助けて、トリア」
アニスは、明確に戻った意識の中で、激痛に耐えながら必死で名を呼ぶ。
「助けて、トリア! トリア!」
「何を言っているのかわからないって・・・ん?」
唇を再度動かし始めたアニスに困ったように笑うが、トカミエルはやがて唇の動きから一つの単語を導き出した。
「タ・ス・ケ・テ・ト・リ・ア」
アニスと同じように唇を動かし、言葉を発する。
助けて、トリア。
双子の弟の名前。
トリアの姿が脳裏に映った瞬間に、先日の会話が甦る。
『・・・好きな子が、出来た』
『新緑の髪に、深い緑の瞳、凄く可愛らしい子で』
『あの子の傍に、居たいんだ。護ってあげたいんだ。居ると分かるだけでココロが安らぐんだ』
「緑の、髪と瞳・・・」
虚ろに呟くトカミエル。
幸福で満ち足りたトリアの様子が、トカミエルの胸に衝撃となって襲い掛かった。
緑の髪と瞳。
『緑の髪と瞳の娘を知っているかどうか・・・確認しに来た』
次いで思い出すのは、昨日対面した男の言葉と姿だった。
ようやく、全ての疑問が当て嵌まっていく。
「二人が求めていたのは・・・この子?」
キィィ、カトン・・・。
耳障りな金属音、トカミエルは頭を激しく振ると、苦しそうに胸を鷲掴みにする。
あの二人は、この妖精を知っている。
オレが一番最初に見つけて手に入れたはずなのに、すでにあの二人は知っていた、オレよりも先に知っていた!
・・・嫌だ。
耐えられない。
オレの大事なこの子を好きだというトリアが、気に食わない。
オレの大事なこの子を捜しているベトニーが、気に食わない。
あの二人が、自分の前に立ちはだかるのが、堪らなく嫌で苦しくて焦りを抱かずにはいられなくて。
そして、トリアの名を呼び、助けを求めているアニスが・・・気に食わない。
「どうしてオレの名を呼ばないっ!」
トカミエルは、唇を「トリア」と動かし続けるアニスを見ていると、胸に剣を何度も刺し貫かれているような激痛を感じ、その痛みから逃れる為に。
アニスの首元に当てていた右手に、懇親の力を込めた。
「オレの名を呼べよ!」
・・・オレだけにしろよ! 嫌なんだ、苦しいんだっ! その唇から他の男の名が紡ぎだされる事が耐えられないんだよっ!
トカミエルの絶叫が、花畑に響き渡る。
血塗られて汚された花畑に、悲痛で激動の嫉妬の業火の叫び声が。
トリアは、誰かの声を聞いた。
懐かしい、聞き覚えのある声だった。
それは苦し紛れに、自分の名を呼び助けを求める少女の声だった。
『助けて、トリア』そう確かに聞こえたのだ。
「クレシダーっ!!!!」
聞いた途端、相棒の馬の名を叫ぶ。
間違いない、あの妖精の声だ、行かなければ、あの子の元へ急がなければ!
家の裏庭で水を悠々と飲んでいたクレシダは、その声が聞こえたや否や柵を飛び越し、全速力で忠実なる主の元へと疾走する。
ベトニーが、空から舞い降りる不可思議な淡い発光体に気がついた。
その上を、一羽の鷹が舞っている。
駆けつけてきたクレシダに、トリアは飛び乗ると怒涛の勢いでベトニーの横をすり抜け、リュンへと手を差し伸べた。
「来い! 話は後だっ」
「う、うん!」
リュンを拾い上げ、そのまま駆け抜けた。
父親が何か喚いていたが、今はそれどころではない。
気がつけば隣に同じように馬に乗って駆けているベトニーがいた。
「・・・見えるか、あの発光体。そして鷹。私達を誘っている」
リュンが促されて眩しそうに空を見上げ、二つを確認するとトリアに何か囁いた。
「場所は分かる、黙って着いて来いっ」
リュンからの言葉を聞き終え、怒鳴ったトリアに、ベトニーは微かに頷いた。
言われなくとも大人しくついていく様子らしい、意見する様子もなく馬を走らせた。
鷹と発光体は、トリアの思い描く場所へと降りていく、間違いなく花畑だ。
三人を重苦しい空気が包み込み、手綱を握る手に汗が吹き出てくる。
森を疾走し、今はあの場所へと。
導かれるように、三人揃ってあの場所へ。
ベトニーに聞きたいことが幾つかあったトリアであったが、今はもうどうでもよかった。
あの少女の悲鳴に近い声に、成すべき事が解ったのである。
一刻を争う時だと、三人がそう思った。
間に合って欲しいと、三人は願った。
発光体が静かに三人を誘う、急かす様に。
雲間が晴れて、ようやく太陽の光が花畑を曝け出した。
時折降り注いでいた雨が、雫となって木の葉から、草花から滴り落ちた。
風が緩やかにその場を吹き抜け・・・。
「トカミエル!?」
無数の惨殺された動物達の死骸の中、地面に腰を抜かして倒れこむ見知った少年達と、様々な森の動物達という異様な光景の中心で。
双子の兄が全身血塗れで、何かを見下ろしていた。
「トリア」
弟の名を乾いた声で呼び、駆けつけた三人を、呆然と見つめる。
喉の奥でリュンが叫び、トリアと、ベトニーが言葉を失った。
捥ぎ取られた綺麗な薄い虹色の羽、緑の髪の少女がその傍らで仰向けになり倒れている。
どういう、ことだ?
トリアが呟き、狼狽し始めたトカミエルの胸座に掴みかかって、正面から再度問う。
「これは一体どういうことだ! 彼女に何をしたっ」
「こ、これは、その」
二人を他所に、ベトニーが素早くアニスを抱き起こすと、その胸に手を当て口元に耳を宛がう。
まだ、息がある。
首元に濃くついた絞めた痕にベトニーは唇を軽く噛み締めるが、額に汗を浮かばせ右手をアニスの頬に当てると、瞳を硬く閉じる。
「巡るは宵闇、淡く輝りし月光の、その静かなる力を我の元へと。願うは再生、生命に宿りし根源の魂に祝福を。・・・聖光」
息を呑んで皆が見守る中、ベトニーの放つ治癒の魔法は、静かに淡い光でアニスを包み込んだ。
懸命に力を注ぎ込むが一向に瞳を開かない、動かない。
「トカミエル、答えろ、彼女に何をしたっ!」
鬼の様な形相で怒りに身体を震わせながら尋問するトリアに、ようやくトカミエルは咳き込みながら我に返った。
口から漏れた言葉は。
「お前らがいるからそうなったんだよ」
「何だと?」
「お前らがオレから奪い去っていくからっ、だからそうなったんだよっ! オレは何もしていない、オレは何も悪くない」
兄弟で言い争いが始まったのを、苛立ちながら聞いていたベトニーは制裁するかのように叫んだ。
「こちらが先だ! 力を貸せっ」
弾かれたようにリュンがベトニーの掌に自身の掌を重ね、瞳を閉じて懸命に祈る。
ベトニーの言うことが最もだった、舌打ちしてトカミエルを突き飛ばすと、トリアも同じように掌を重ねた。
項垂れながらトカミエルも近寄ろうとしたのだが。
「お前は要らない。来るな」
ベトニーに一喝され、身体を竦めるとトカミエルは情けなく涙を零す。
三人が、それぞれ必死に大事な存在を救うべく、手を差し伸べているのに、自分は、何も出来ない。
というか、自分が、その原因を作った。
トカミエルが血に塗れた自身の両腕を唖然と見つめ、激しく湧き上がる吐き気と頭痛に襲われ、倒れ込む。
首を絞めた。
羽を切り落として空へ逃げられないようにした後に、首を絞めた。
左腕で大事に抱き留めながら、右手に力を込めて絞めた。
―――小鳥は羽を切られて、そのまま暫くして、腕の中で息絶えた
「違う、殺したかったわけじゃないんだ。見るのが嫌だったんだよ、トリアの名を呼ぶ姿を見るのが辛くて苦しくて、それで、止めようと思ったんだ。オレの名前を呼んで欲しかったんだよ。それだけなんだ、なのに」
気がついたら、妖精は動かなくなっていた。
一瞬だけ、妖精が涙を零しながら何かを訴えようとしたけれど、首を絞められていてそれが出来なかったのだ。
何か、言おうとしていたけれど、解らなかった。
「早く彼女を助けろよ! お前らなら出来るんだろ!? オレにその子を返せよ!」
トカミエルが地面に手を打ちつけながら絶叫するのを尻目に、三人は死に物狂いで願い続ける。
トリアもリュンも、魔法など唱えられなかったが、ベトニーに誘導され自身の生命力をアニスへと送り込む。
いつしか傍に来ていた発光体が、そのままゆっくりとアニスへと近寄った。
発光体の中に、原型を留めていない元花冠がある。
発光体はアニスを僅かに包み込むと、暫くして・・・消えた。
「なっ!?」
息を呑む三人、森の奥から衝撃波がその場に居た全てを襲う。
悲鳴を上げて倒れ込む動物、少年達、その中で四人だけが何かに追い立てられるように衝撃波の来た方向へと、進んで行く。
・・・老樹の根元。
老樹の意思である発光体は、アニスを包み込みこの場所へと導いたのだ。
薄らと瞳を開くアニスに、咳き込みながら老樹は安堵の声を漏らす。
アニスに老樹の身体から舞い落ちる葉が降り積もる、切れ掛かる寸前の命の糸。
舞い落ちる葉を見つめながら、アニスは傍らにあった無残な元花冠に手を伸ばすと、抱き寄せた。
「・・・私の身勝手な行動のせいで、みんなが死んじゃった」
嗚咽を零し、号泣する。
「トカミエルを傍で見れたんだよ。すごくかっこよかったの、抱き締めて貰えたの。でもね、途中からね、怖くなった」
老樹に自嘲気味に笑いかけ、アニスは続けた。
「声がね、届かなかった。人間と違うところは、羽だけじゃなくて、声が届かないっていう問題があったの。知らなくて。それでね、それで」
アニスの身体を葉が埋め尽くす、身体が透けていく。
「本当はとても優しくて、楽しくて、頼れる人なんだよ。私知ってるの。笑顔が素敵で勇気をくれるの。とても、とても魂が熱い人なんだ」
とても、大好きなの。
「・・・もうお休み、アニス」
「葉っぱのお布団だね。えへへ、ありがとう。・・・ねぇ、老樹様。私いつかまたトカミエルに会えるかな?」
「会えるとも。だから今はおやすみ、アニス」
「本当? 嬉しいな。目が覚めたら、トカミエルにまた会える?」
「あぁ、大丈夫だよ」
「今度は少し。今度は少し、嫌われてでもいいからあなたと話がしてみたいな。声が届くといいな」
アニスは満足そうに頷くと、そっと瞳を閉じた。
願い事を、最期に。
強き想いは、希望となって魂共に。
奇跡を信じる、巡り巡って捜して求め続ける。
再会できる日を願って、想いのカケラを胸に秘め。
・・・夢を見た。
「アニスー!」
少女達の呼ぶ声に、アニスは振り返る。
オルビス達が笑顔で駆けつけ、アニスを抱き締めた。
「さぁ、一緒にお菓子を食べに行きましょう、その後は服を見に行こうね」
「い、一緒に行ってもいいの・・・?」
「当たり前でしょ!」
手を引かれて、人間の街を走り回る。
焼き菓子を食べているとリスたちがテーブルに乗ってきて、一緒に食べて笑った。
「おいで、アニス」
トリアが、リュンが、ベトニーが、それぞれ馬に乗ってそこへ現れた。
クレシダが優しく擦り寄り、トリアに引き上げられ、馬上へと。
向かうは森、森の中の花畑。
花畑の中で一人座り込んでトカミエルが何かしていた。
四人が来たことに気がつくと、森の動物達とトカミエルが笑顔で駆け寄り、アニスを囲む。
トリアに髪を撫でられ、リュンに背中を押され、ベトニーに微笑まれ。
アニスは一歩踏み出した。
トカミエルが手にしていたそれをアニスの頭上に、そっと掲げた。
花冠。
トカミエルがアニスの為に造った花冠である。
「どうぞ、アニス姫」
「ありがとう、トカミエル王子様」
盛大な拍手が巻き起こった、森中が、駆けつけた人間達が、二人を祝福した。
頭上に花冠を、大事な花冠を。
「あのね、トカミエル」
「ん?」
「だーいすきっ」
無邪気に、照れながらそうアニスは叫んだ。
オレもだよ、だから、大丈夫だよ。
トカミエルがアニスを抱き締め、そう囁いたので、二人で、顔を見合わせて笑った。
・・・そんな、幸せな夢を見た。
四人が衝撃波の発生地、老樹の元へと駆けつけた時、すでにそこにアニスの姿はなく。
変わりに枯れ果てた元花冠が葉に埋もれていた。
「・・・君に巡り合えるのを、ずっと、ずっと、待ってたんだ」
息を切らせ駆けつけた四人、酸欠でその場に倒れ込む。
『失敗しましたな、火の加護を受けし者』
降り注ぐ声に、四人は顔を上げる。
声の先にはトカミエルが居るのだが、それに気づかないようだ。
『お久しぶりですなぁ、アニス様がここへ現れた時に、あなた方にもお会いできるとは感じておりましたがのぅ』
目の前の枯れる直前の老樹は、情けなく笑った。
「何者だ、お前」
ベトニーが号泣するトカミエルを一瞥し、先頭に立って口を開く。
『わしは、団栗ですよ。思い出しませんかの? 前世でアース様からあなたが貰った団栗があったじゃろう。それの兄弟ですじゃ』
「・・・そういう、ことか」
思い出した、前世で緑の髪と瞳の愛しい娘から団栗の実を貰った。
ベトニーは身体を小刻みに震わせ、乾いた笑い声を上げる。
途切れ途切れの過去の記憶が今、ようやく繋がれた。
『過去で成し得なかった各々の想いを、未来へと。巡り巡ってあなた方は再会出来るでしょう。いつ、終焉を迎えるのか。その時満ち足りた幸福感を感じているのは誰なのか。・・・わしには分かりませんのう。ただ・・・』
四人を徐々に見下ろし、最期の言葉を投げかける。
『水は如何なる時も土の傍を離れなさるな。一刻も早く見つけて護り抜きなされ。風は楽しみを苦しみを共に分かち合いなされ、水と共に護り抜くのじゃ。光は内に秘めた優しき想いを伝えるように考えなされ、土は精一杯光を純粋に欲して浴びるじゃろう。で。火は・・・』
「火は?」
静かに三人は老樹に問う、『火』を指すであろうトカミエルを見ながら、そう問う。
トカミエルだけが号泣しながら地面を転げまわって話を聞いていない。
『火は。・・・自分の心と、あの方の心を・・・信じるしか』
最後の方が口篭っており聊か聞き取れない。
『あの子は、火の名を呼んでおったのじゃよ。ずっと、火を見ておったのじゃ。ほれ、そこにあるシロツメクサに見覚えがあるじゃろうて。火が造ったものだからこそ、あの子はそれを』
言うべきか言わないべきか躊躇していたのだが、老樹はトカミエルに優しく投げかける。
あまりにも惨めで哀れで自業自得のその男、それでも、最期までアニスはその男を想い描いていた。
ならば、せめて老樹は未来で、未来で失敗しないように、と。
這って老樹の根元へ移動し、手にしたのはシロツメクサの花冠であったモノ。
「オレが、造った、花冠、を? ずっと持ってた?」
リュンがトリアが、息を呑みアニスを思い浮かべた。
確かに、その頭上には常に花冠が飾られていた。
トカミエルも思い出した、少女達に捥ぎ取られたが、最初は花冠をしていた。
『土』は、再び『火』に恋焦がれていたのだと、同時に四人は悟る。
花冠を胸に抱き締め絶叫するトカミエルと、後方で項垂れるトリア、リュン、ベトニー。
涙を拭った時、彼女は嬉しそうに微笑んで、そうだ、唇を動かしていた「トカミエル」と。
トリアではなくて、自分の名も確かに呼んでくれていたのに、気がつかなかった。
気づいてあげられなかった。
『・・・もう行きなされ。この森は直に崩壊する。守護者であるアニスを失い、後は朽ちるだけじゃ。はよう街からも遠く離れないと巻き込まれますぞ』
やがて、老樹の言葉通り街を災害が襲った。
河の増水による洪水災害、落雷による森林火災、土砂崩れ、そして混乱した動物達の暴走。
自然の前には全くの無力である人間は、創り上げた街が忽ちに崩壊する様を目の当たりにする。
「クレシダ、今ならまだ間に合う。お前だけでも街から離れ、逃げろ」
豪雨の中、トリアは嫌がるクレシダの鞍と手綱を放り捨て、駆けるように促すが、微動だしない。
「傍に居たいんだろ、居させてやるが良い。珍しい忠実な馬だ」
困惑気味にトリアは頷き、街の小高い丘の上から濁流に飲み込まれていく様を見下ろした。
宛ら嬉しそうに呟くベトニー。
「この街は全滅だ、まぁ、当然の報いか。人間の手で森の守護者を・・・殺したのだから」
「オレ達にとって、彼女と離れて生きる時間が最大の苦痛、もうこの世に居ないと分かれば、来世へと望みを託し、この世は捨てる」
「また、みんなで同じ時代に生まれたいね」
ベトニーとトリア、リュンは深く頷くと手を差し出す。
誓いを、ここに。
願いを叶え切るまで終わらない未来への旅路。
幾度と受け継がれる魂の記憶、渇望する各々の願いを。
忘れないように未来へと、三人が覚えていれば、思い出せば、未来を変えることが出来る予感がして。
誰一人欠ける事無く、各々の願いを叶える為だけに、『彼女』の守護を。
―――土から産まれる、か弱き芽に光と水と風を。
「トカミエルは?」
リュンがそう口にしてから、物悲しそうに森を見る。
落雷で燃え盛る森、「あぁ、あそこか」と。
三人は静かにその世での終末を受け入れ、只管に燃え盛る森を見ていた。
リュンの言う通り、トカミエルは死に物狂いで森林を駆け抜け、一心不乱にある一点を目指す。
老樹の元、アニスが最期居た場所。
どうせ死ぬなら、同じ場所が良い。
未来で一番最初に巡り合う為に、一番最初に抱き締める為に、今度こそ、その笑顔を護り抜く為に。
「必ず、君を捜し出すよ。君を護り抜くよ。だから、待っていて。オレは必ず君の元へ」
灼熱の炎の中でそう叫び続けるトカミエル、緑の森が焼け落ちていった。
暫くして、その近辺は生命の欠片すら存在しない、死の荒野となった。
・・・ある森に、とても可愛らしい妖精が住んでいました。
妖精は動物や草花、自然界の全てと仲が良く、常に一緒に過ごしていました。
その森の近くに、ニンゲンが現れました。
ニンゲンとも仲良くなろうと歩み寄る妖精を、動物達が止めます。
やげて、妖精は一人のニンゲンに恋をしました。
なんとか近づこうと努力してみました。
けれども、生じた誤解を溶かす術を知りませんでした。
妖精は火の様な熱き心を持つニンゲンに恋焦がれ。
そのニンゲンも安らぎを与える妖精に恋焦がれ。
互いに惹かれ合っていたにも関わらず、生じた誤解は大きく複雑に絡まり。
互いの想いを正確に伝えることが出来ないまま。
・・・そのまま互いに息絶えました。
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