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「・・・ないっ!」
トカミエルの悲鳴が早朝響き渡った。
隣の部屋で身支度をしていたトリアは、怪訝に眉を潜めるが、無視して部屋を出る。
と、同じく部屋を飛び出してきたトカミエルに出くわした。
「トリアっ、オレの指輪見なかった!? ないんだよっ」
「知らない」
「一緒に捜せっ」
「嫌だ、オレは忙しい」
「だーっ、もうっ」
そんな双子の息子達に父親が下の階から呼ぶ。
二人の会話で起床したことを知ったようだった。
「二人とも、朝食だぞー。降りてきなさい」
トカミエルは喚きながら父親の元へと駆けつける。
「父さん、指輪見なかった!?」
「見てないが・・・ないのか? きっと出てくるさ。それより、お前達に聞きたいことがあるのだが」
「何?」
苛立ちながらトカミエルは多分ないけれど、目に付く場所を一通り隈なく捜している。
降りてきたトリアを確認すると、父親はベトニーに昨日言われた通り二人に質問した。
「緑の髪と瞳の娘を知らないか? いや、何だ、ベトニー様が捜しているらしくてな」
横目で必死に家具を引っ掻き回しているトカミエルを見ていたトリア、父親の言葉を聴いた瞬間、硬直する。
反射的に口を開く。
「ベトニー? 誰だ?」
「あぁ、トリアは知らなかったな。この間引越ししてきた富豪ブルトーニュ家の若旦那だよ。昨日トカミエルを連れて食事会へ出向いたら、最後にそう聞かれてな」
「・・・何故捜している」
「さぁ、父さんも突っ込んで聞き様子がなくてなー。知ってるか?」
緑の髪と瞳の娘。
一人だけ、トリアには心当たりがあるわけだが。
知らず、右手に力が入る。
言う必要はない、トリアはそう判断した。
しかし、まさかアニスを捜しているという確証はないにしろ、理由が知りたかった。
富豪が、娘を捜している理由は何処にある?
トリアが唇を噛み締め、俯き気味に「知らない」と呟いた刹那。
「トリアの好きな子が緑の髪と瞳だよね」
「トカミエルッ!」
指輪捜しに没頭していたトカミエルが、そう言い放つ。
弾かれた様にトカミエルを睨み付けると、「ホントの事だろ」と、首を傾げていた。
背中に嫌な汗が流れる。
アニスは人間ではない。
アニスの存在を、街の人間に知られたくなかった。
先日の自分の、トカミエルへの失言を今更悔やんでも仕方がないのだが、悔やまずにはいられない。
「なんだ、トリア好きな子がいるのか?」
「らしいよ。すっごく好きみたい」
トリアの代わりにトカミエルが返事をする。
何も知らないトカミエルを恨んでも仕方がないが、喋り過ぎだ。
アニスが人間ならば、トリアとてアニスの事を話すつもりだった。
だが、違う、人間ではない。
「とりあえず、トリア。その子の事をベトニー様に話して・・・」
「断るっ」
噛み付くように叫んだトリアを、父親とトカミエルは唖然と見つめる。
「その男の目的が分からない以上、彼女の事を話すわけにはいかないっ」
「生き別れの妹捜しとか。昔の恋人捜しとか。そういうことじゃないの?」
そうかもしれないが、だとするならばアニスではない。
ならば、言う必要はない。
しかし、もし。
もしベトニーが妖精の存在を知っているとしたら?
その妖精を多額で取引して、金を稼いでいる輩だとしたら?
その可能性がある以上、アニスの存在を知られる訳にはいかない。
トリアは玄関へと突き進む。
「オレは知らない。何も話すことはないっ」
そう言い捨てて、玄関の扉を開いた。
玄関の前に、白馬に乗った黒髪の男が居た。
トリアを止める為に後を追った父親が、男を見て「ベトニー様」と頭を下げる。
「っ!?」
何故、家の前にいる。
まるで、トリアが緑の髪と瞳の娘を知っている事を分かっていたかのように、その場で馬上からトリアを見ていた。
「・・・お前が双子の片割れか」
「何の用だ」
「緑の髪と瞳の娘を知っているかどうか・・・確認しに来た」
「無駄足だな、オレは知らない」
食い入る様にベトニーを見つめるトリア。
後方で父親が狼狽しているその横を、トカミエルだけが蚊帳の外、というようにすり抜けた。
「指輪、捜してくる」
ベトニーの横を通り過ぎる瞬間、「お前は知らないのだな?」と、馬上から声がしたので、「あぁ、知らないね」と軽く笑った。
躊躇してから、喉の奥で笑うと言葉を続ける。
「トリアは知ってるみたいだけど?」
「トカミエルっ」
双子の弟の怒気を含んだ声に、立ち止まってトカミエルは軽く振り返った。
「嘘は良くないと思うよ」
トリアが、その娘の事をあまり知られたくない様子なのは、トカミエルとて分かっていた。
しかし、昨日からの胸の苛立ちが、消えることなく募って募って、弟を困らせることで発散できそうな気がして。
つい、トリアにとって不利な発言をしてしまう。
トカミエルはトリアを一瞥するとそのまま自宅を出て、友人達がいるはずの中央公園へと駆け出す。
「・・・知っているのか」
「知らない」
ベトニーの問いに、全く頷かないトリア。
父親がトリアの肩を揺さぶって説得しているが、トリアは真っ直ぐにベトニーを睨み付けたままそれ以上何も口を開かなかった。
沈黙が辺りを覆い、緊迫した空気が充満する。
その空間で、ただベトニーとトリアは一歩も引かず、その場に立ち尽くしていた。
雲から一筋の陽の光が、ベトニーに差し込み、トリアの足元の先日の雨で出来た水溜りが風で揺らぐ。
「・・・な、なんか来ちゃ不味かった、かな」
ベトニーの後ろからリュンが顔を出した。
風が、ベトニーとトリアの身体を吹き抜ける。
ベトニーは眩しそうに天から差し込む光を見つめ、次いで水溜りに映るトリアの姿を確認し、風と共に現れたリュンを見て。
口元に笑みを浮かべると、リュンに口を開く。
「お前も知っているだろう、緑の髪と瞳の娘を」
「え?」
「っ!?」
ベトニーの発言にトリアが弾かれたように足を一歩踏み出す。
そうだ、確かにリュンはアニスを知っている。
一番最初に見たのはリュンだ、その後、トリアがアニスに出会った。
驚愕の瞳で自分を見つめるトリアに、確信するベトニー。
「お前達二人が、知っているな。彼女は、何処にいる」
固唾を飲み込み、額から伝わる汗を拭う事無く、トリアは唖然と立ち尽くしたまま・・・。
この男は、何者だ・・・?
キィィィ、カトン・・・。
三人は、何処かで古びた金属が、耳障りな音を立てて動いた音を聞いた。
アニスが川で小鹿たちと遊んでいると、人間の声が聞こえてきた。
慌てて近くの木へと飛び立ち、木の葉に身を潜めて様子を伺った。
耳に届く待ちわびた声、思わず笑みが零れる、トカミエルが来たのだ。
今日は普段より少ない人数で遊びに来たようだ、その中にトリアは居ない。
「でも、ホント綺麗よね、トカミエルの指輪」
オルビスが例の如く、トカミエルの腕に自身の腕を絡ませ歩いている。
指に填められた指輪にオルビスが見惚れていると、他の仲間達に口笛を吹かれた。
首を傾げる二人に、一人の少年がオルビスの背を押し、トカミエルに抱きつかせるように仕向ける。
小さく叫んでよろめきながら、オルビスはトカミエルに正面から抱きつく。
「オルビスに指輪買ってあげたらー? よっ、ご両人っ」
「トカミエルも16歳になったもんなー、もう妻を娶ってもいいんじゃないのー?」
囃し立てる友人達に、もーっ!と手を振り上げて怒る素振りをするオルビスだが、表情は嬉しそうに照れたように笑っていた。
その様子に乾いた笑い声を出すトカミエル。
寄り添ったまま離れないオルビスに悪い気はしないのだが、それでも抱き返す、ということはしなかった。
別に嫌いなわけではないが、好きでもない。
気は合うのだろうが、恋人、となるとどうも違う。
オルビスが自分を好いてくれているのも分かるし、親達が勝手に縁談の話を持ち上げた事も知った。
金持ちの一人娘、容姿だって良い、そして何より自分を好いてくれている。
悪い話ではない、理想的な話ですらある、普通の男なら喜ぶだろう。
しかし、オルビスに抱きつかれると「違う」と思ってしまうのだ。
特にこの森へ足を運んだ時からずっと。
皆が口笛を吹き続ける中、トカミエルはぼんやりと空を見上げた。
・・・違うんだ、この子じゃないんだ。オレの、オレの恋人はこの子じゃないんだ・・・
じゃあ、誰だ?
自身に問いかけてみるが、当たり前だ、返事は帰ってこない。
ぼんやりと遠くを見つめるトカミエルを下から覗き込みながら、オルビスは唇を軽く噛み締めた。
仲は良いはずだった。
街の娘の中で一番可愛い自信もある、トカミエルに分かるように意図的に常に身体を触れ合わせても居る。
トカミエルとて、自分の気持ちに気がついているはずだ。
だが、何も行動してきてくれない。
他に誰か気になっている娘がいるのだろうか? いや、そんなはずは無い。
全力で気持ちをぶつけて来たオルビスは、最近どうにもならない嫉妬と焦りを抱いている。
はっきりと振られてはいないが、それが余計に不安を募らせ、振られた時の事を考えるとあまりにも自分が惨めな気がして。
傍にいたからこそ、分かった、分かってしまった。
友人達は「トカミエルもオルビスが好き」と思っているから、余計に性質が悪い。
オルビスとて最初はそうだった、トカミエルも自分を好きだと思っていた。
トカミエルは、自分に関心がないのだ。
周りの雰囲気で、そしてオルビスの押しで、満更でもないように合わせているだけで、見てくれない。
勝ち組で生きてきたオルビスにとって、初めての敗北感。
まだ敗北したわけではないが、こんな惨めな思いを胸にし、日々打ちのめされつつある自分、今後を考えただけで怖くて。
川で水遊びをしながら、トカミエルとオルビスは一言も口を交わさなかった。
木の上からトカミエルを見つめていたアニスは、自分の頭上の花冠を触りつつ、恨めしそうに時折背中の羽根を見る。
この羽が邪魔だった。
羽根を動かしながら、瞳を伏せてトカミエルを見る。
人間たちにはアニスのように羽根がはえていない、他は同じなのに。
そこだけ、決定的に違う。
トリアはこの羽根に気がついているはずだけれど、何も思わないのだろうか? 今度会えたら羽根について聞いてみよう。もしかしたら、自分の思い過ごしで、羽があってもなくても良いのかもしれない。
やがて来た時間も遅い為か、人間達は早々に川遊びをやめて帰宅して行った。
木から流れるように川へと浮遊しながら、アニスは川に降り立った。
再び小鹿達も顔を出した。
足を川に浸して、水の流れる音に耳を澄ませ、風光明媚なその地でアニスはある決意をした。
不意に、陽が落ちる瞬間の輝きが、川の中で更に眩い光を放っている事に気がついた。
近寄って見てみれば、何かがある。
アニスは首を傾げて水の中に手を入れると、それを拾い上げた。
「これ・・・」
銀色に輝く指輪だった。
いつも、見つめていたから分かる、トカミエルの指輪だ。
先程抜け落ちたのだろう、これを気に入っている事はアニスだって知っている事である。
「大変、きっと探してるよね」
会う口実が出来てしまった。
そう、この指輪をトカミエルに返せばいいのだ。
何処かに置いておく? ううん、見つけてもらえないかもしれない。だから。
直接、渡せば良いのだ。
川からゆっくりとアニスは上がると、手の中の指輪をそっと見つめる。
「アニス? どうかしたの?」
小鹿に話しかけられて、アニスは思わず指輪を硬く握りしめ、何でもないよ、と笑う。
後ろめたい気持ちが湧き上がる。
そう、指輪を渡したい、なんて言ったら反対されることが分かっていたから、アニスは嘘をついた。
嘘をつくのは、初めてだった。
こんな罪悪感に駆られるものだなんて知らなかった。
それでも、嘘をついてその罪悪感が胸を埋め尽くしても。
・・・嘘をつく価値はあるはずだった。
トカミエル、会えるから。
「アニスー、老樹様のとこへ行こうよーっ」
夕日の方角から椋鳥が飛んできて、肩に止まる。
早く飛び立つように促す椋鳥に、申し訳なさそうにアニスは首を横に振った。
その掌の中の指輪を、ぎゅっと握り締め、深く息を吸い込んで・・・一言。
「もう私、飛ばないの」
「え? 何で? 羽根が痛いの?」
心配そうに近寄ってくる小鹿達を撫でながら、違うよ、と笑う。
再度息を吸い込むと、勇気を振り絞って話を続ける。
「ねぇ、羽って抜けないかな?」
「・・・えぇ!? 何言ってるのアニス」
「引っ張ってみてくれないかな? これ、取れたりしない?」
「アニス・・・」
静まり返った動物たちに苦笑いして、アニスは自分で羽根を引っ張ってみる。
・・・取れないし、痛い。
「あのさ、アニス・・・」
「私、もう羽使わないの。人間は羽がないから飛べないでしょ? だから、私も飛ばないの。決めたの」
先程決意した事は、そういう事だ。
それを聞いた途端、椋鳥は産まれて初めて、大声でアニスに罵声を浴びせる。
「酷いや! 僕達よりもアニスは人間のほうが好きなんだ。なんだよ! もういいよ!! 知らないっ」
感情を剥き出しにしてそのまま飛び去る。
今までずっと一緒に過ごしてきたのに、他のところへ行きたいだって? 冗談じゃないっ。
自分達のアニスへの思いが全く伝わっていない事に腹を立て、悔しくて情けなくて・・・寂しくて。
椋鳥は大声で啼き喚きながら、夕日の空を一陣の風の様に舞う。
小鹿達も何も言わずにそのまま森の中へと消えていった。
一人、その場に取り残されるアニス。
こうなる予感はしていた。
それでも、言いたかった。
「ごめん、ね。みんなも大好きだよ。でもね、私・・・」
トカミエルに、会いたいの。
陽は落ちて、急に辺りは暗くなる。
アニスはあの花畑へと一人森を歩いた。
急に現われた雲によって空は覆いつくされて、月が姿を現さない。
暗い暗い森の中を進む。
今日に限って、森の動物達には誰にも会わなかった。
椋鳥がみんなに今の事を話して周っているのだろうか?
みんな、怒っているのだろうか?
花畑まで辿り着くと、またトリアが来ていたのだろう、花が置いてある。
アニスはその花を大事そうに胸に抱え込むと、木の下で縮こまって眠りに就いた。
明日、なんて言おう。
「これ、トカミエルのだよね。落ちてましたよ」
「川で見つけたんだよ。大事な物だよね」
「綺麗だよね、とても似合うよ」
「・・・一緒に遊んで貰えませんか?」
一人、眠りに就く瞬間まで会話の練習をする。
何度も何度も練習をする。
森の動物達とは、もう話すことが出来ないのかもしれない。
それは自分が選択した道でありそれを受け入れる覚悟をしたつもりだった。
そうしてでも、トカミエルに会いたかった。
どうしても、どうしてもトカミエルに・・・。
「トカミエルに、会いたいの」
一番最初に、トカミエルを見て、トカミエルだけを見続けたいの。
・・・名前を、呼んで下さい。
一緒に、遊んでください。
隣に居させてください。
どうか、人間ではない私を嫌わないで下さい。
「私、トカミエルの事が、とても」
好きです。
アニスは唇をそう動かすと、静かな寝息を立てて眠りへと誘われていった。
月が出ない暗闇の中、一人で指輪を握り締め、花冠を頭上に、眠り続ける。
人間が作ったものとは思いも付かなかったので、森にはない植物だと思ったようだ。
その甘さに感動して騒ぎ立てるリス達に、空から鳥達と、先程様子を伺っていた鷹も傍に寄ってきた。
皆で突いて焼き菓子を口にし、個々に歓喜の声を上げる。
その騒ぎの中、リスの一匹がアニスの口に焼き菓子を放り込んだ。
口の中でほろり、と崩れて、甘味が広がる。
「おいしー・・・」
ようやく目が覚めたのか、アニスは目を輝かせて残り少なくなった焼き菓子を見た。
食べたいけど、周りの動物達も食べたい。
さぁどうやって残りを分けようか。
「・・・危害を加えるつもりなら、攻撃しようと思ったのだが、そういった気配はしなかったので、つい接近を許してしまった」
腕を組んで少し離れた木の枝から鷹が申し訳なさそうに語りかける。
が、別に謝ることは何も無いのだ、美味しいお菓子を貰えて皆喜んでいるのだから。
アニスは笑って大丈夫だよ、と手を伸ばした。
「トリアはね、優しい人間だから大丈夫だよ。人間って怖いものじゃないよ? こっちへ来て一緒に食べよ」
「アニス、アニス、これまた食べたい!」
「もっと欲しい、もっと欲しい!」
「トリア良い人間だね! だね!」
細かく砕いて、みんなで食べる。
これが人間の食べ物なんだ、小さくアニスは呟くとじっと焼き菓子を見つめた。
トカミエルと一緒に食べたい、そう思ってしまう。
食べていると、みんなが笑顔になれる素敵な食べ物。
何処に行けばこれは手に入るのか。
人間のことが知りたい、もっと知りたい。
そしたらトカミエルに近づける? トカミエルのこと、知ることが出来る?
「あれ? アニスの首に何かついてるよー?」
お腹を適度に満腹にしたリスが身体をよじ登って、銀の鎖を噛んで引っ張る。
キラキラ光るネックレス、鷹が口を開いた。
「それもあの人間が置いていったよ」
石を摘んでアニスはじっとそれを見つめた。
綺麗な色の石は、何処となくトリアを連想させる代物である。
だが、アニスには何故トリアが自分に焼き菓子を、この石を、そして身につけていた布を渡したのかがさっぱり分からない。
それでも、嬉しかった。
「私もみんなに木の実を拾って届けたりするものね。・・・大事な友達には、何かあげるよね。トリア、私のこと友達だと思ってくれたのか、な・・・?」
「そうだといいね、そうだといいね!」
「トリアなら大歓迎だよ!」
友達。
念願の人間の友達。
アニスはそれが嬉しくて、大事そうに首にぶら下がっている石を太陽の光に透かして見つめた。
相手はトリアだ。
トカミエルの双子の弟だ。
もしかしたら、もうすぐトカミエルに会える・・・?
アニスはそんな気がして仕方が無かった。
そう思うだけで胸が締め付けられて苦しいが、それだけではない。
宙に足がついていなくて、ふわふわと舞う綿毛のように軽やかで。
笑みが零れて仕方が無くて、じっとしていられない。
トカミエルに、会いたい。
あの強い眼差しで見つめて欲しい。
あの綺麗な声で名前を呼んで欲しい。
そして一緒に遊んで欲しい。
川で水遊びして、原っぱでおっかけっこして、木に登って・・・花畑で冠を作って欲しい。
アニスの頭上にある、トカミエルが作った花冠は、数日前の物だった。
しかし、何故かしら作りたての生き生きとした冠である。
花畑に捨てられた他の腕輪は萎れて枯れているのに、アニスの頭上のものだけは何ら変化も無く。
そのままの美しさと瑞々しさを保っていた。
それから数日間、あの木の下にはトリアが毎日アニスに、と何かを運んできている。
たまたまアニスがその時間帯に不在の為会うことは出来なかったが、トリアは街でアニスに似合いそうな物を見つけてはクレシダと共に届けに来ていた。
二日目は鉢植えの花を。
三日目にも花を。
四日目はオカリナを。
五日目には再び花を、六日目にも花を。
街で買った花もあれば、トリアが来る途中で摘み取った花もあった。
オカリナが何か検討も付かなかったが、試行錯誤の末、唇をつけて吹くと音が鳴ることが判明した。
あまりにも綺麗な音なので、夢中でアニスは吹き鳴らす。
当然楽譜も何も知らないが、音を聞いてると心が安らいだ。
貰った花達はアニスの傍らで、枯れることなく咲き続ける。
「トリアって・・・アニスのことがきっと好きなんだよね」
オカリナを練習するアニスに隠れて、そう会話するアライグマとウサギ。
悪い人間ではなさそうだが、トリアがアニスを連れて行ってしまう気がして、正直怖い。
このまま仲良くなってしまえば、二人が巡り合ってしまったら。
アニスは着いていってしまうだろう。
それがアニスの幸せなのか、分からない。
月を仰いで、動物達は悲しそうに小さくか細く、消え入りそうな声で鳴いた。
「トリア、お前さ最近何処にいるわけ?」
今日もアニスの元へと行こうとしていたトリアは、自室から出たところでトカミエルに呼び止められた。
怪訝そうに振り返ると、一言。
「別に。関係ないだろ」
「関係なくないんだよ。お前がいないと、ミーアが煩いんだ。何処にいるー、何処にいるーて」
心底嫌そうにトカミエルは肩を竦める。
ミーア、と聞いてトリアも不機嫌そうに唇を噛んだ。
「オレ、ミーア苦手なんだよな。トリア、来て相手しろよ」
「断る。オレもあの女苦手だ」
褐色の肌に、薄紫の長い髪、ミーアという少女はトリアを一目見るなり気に入って、やたらと執拗に付回している。
容姿は美しい、の部類に入るのだろうが何しろ性格が陰湿だ。
トリアが他の少女と話していただけで、後日その少女が怪我をする、等あからさまな嫌がらせをしている。
深い溜息を大げさに吐いて、トカミエルは壁にもたれ掛った。
「で。何してるわけ? 街中でトリアが買い物してる姿が目撃されてるんだけど」
「・・・好きな子が、出来た」
双子の弟が、軽く俯いて微笑みながらそう言ったのを聞いた瞬間、大きく目を見開いてトカミエルは小さくえ、と声を漏らした。
常に一緒に居た弟が初めて見せた、見ているこちらまで心が温かくなるような、笑顔。
感情をあまり表に出さなかったトリアなだけに、トカミエルは動揺を隠し切れない。
「新緑の髪に、深い緑の瞳、凄く可愛らしい子で」
「・・・」
「あの子の傍に、居たいんだ。護ってあげたいんだ。居ると分かるだけでココロが安らぐんだ」
「・・・」
愛しそうに、目の前にその少女がいるかのように、宙を優しく抱きしめるトリア。
笑い飛ばそうと思った。
何一人で盛り上がってんの? ロマンチストだったんだ、意外と。
そう言って、からかってやろうとした。
でも、声が出なかった。
本当に大事そうに一言一言を少女を思い出して愛でる様に言うものだから、真剣すぎて、言えなかった。
余程好きなんだな、それだけは分かった。
分かった瞬間に・・・何故か苛立った。
「緑の髪に瞳? そんな子居たっけ?」
トカミエルが不意に口にした素朴な疑問に答えるわけもなく、トリアはそのまま家を出ていく。
窓からクレシダに乗って出かける様子を見つめ、トカミエルは何故か唇を噛み締める。
おかしい。
行かせたく無い。
無性に腹が立つ。
何故腹が立つ? 弟が幸せそうだから?
わけも分からず、それが更に苛立って唇を血がうっすら滲むほど噛み締める。
何故、何故。
・・・緑の髪と瞳の少女。
トリアの口からその言葉が漏れた瞬間に、湧き上がったこの感情。
気持ち悪い、苛々する。
トカミエルは、気分転換に街へと出かけることにし、マントを羽織る。
「あぁ、トカミエル。トリアは何処だ?」
「出かけたよ、父さん」
「またか・・・仕方ない、トカミエルだけで構わないから付き合いなさい」
出かけようとした瞬間に、玄関から入ってきた父親に行く手を阻まれる。
あまり気分の良くないトカミエルは、不機嫌そうに眉にしわを寄せた。
「そんな顔をするな。美味い物が食べられるぞ。この間富豪が引っ越してきただろう。そこの若旦那さんが、食事会を開いてくれるのだよ」
「うっわー、窮屈そう」
「我慢しなさい。さ、行くぞ」
「えーっ」
無理やりトカミエルを引き摺りながら、父親は豪快に笑った。
有無を言わさず、連行する父親。
畜生、トリア逃げやがって。
ぶつぶつと小声で不満をぶちまけていたトカミエルに失笑し、富豪・ブルトーニュの自宅へと向かう。
用意された広大な土地に時間をかけて建てられた屋敷は、門を潜り抜けて手入れされた庭を通らないと辿り着けない。
庭ではすでに立食パーティが始まっており、トカミエルの友人達の姿も中にあった。
立食なら、予想していたよりも気楽に出来る為、トカミエルは安堵の溜息を漏らす。
不満を漏らしていたトカミエルであったが、料理を腹一杯まで食べると、次第に苛立ちが消えていく。
あぁ、お腹が空いていたから無性にイラついていたんだ。
トカミエルは勝手にそう納得した。
そうだ、でなければあんなに苛立つ気持ちになるのか分からない。
「終わったら森へ遊びに行こうよ」
子供達はこっそりと計画を立てながら、ひたすら口に物を運ぶ。
不意にトカミエルは視線を感じ、手を休める。
あまり良い感じではないその視線に、注意深く、伺いながら相手を探す。
武器屋の息子である為幼い頃から、武術も嗜んで来た。
それゆえ武術も得意な部類に入るので、そ知らぬ素振りでゆっくりと庭を歩く。
・・・見つけた。
黒髪、短髪、自分より一回りほど年上の男が、こちらを見ている。
立ち止まり、睨み付ける様に男を見上げた。
男は屋敷に近いバルコニーから、手すりに持たれて庭を見つめている。
ということは、屋敷の者だろう。
トカミエルの視線の先に気がついたのか、近くに居た父親がそっと小声で男の名を呼んだ。
「あの方が富豪ブルトーニュ家のベトニー様だ。お若いのにかなりのやり手でな」
「すっげぇ悪人面」
「これ、トカミエル!」
「父さんごめん、オレあいつと多分馬が合わない」
白いロングコートをはためかせながら、無機質に細く鋭い視線でこちらを見ているその男。
一体オレが何をしたって言うんだ。
先程消えたはずの苛立ちが蘇って来る。
トカミエルは忌々しそうにベトニーを見上げると、精一杯睨み付け、踵を返した。
この美味しかった料理も、ベトニーが用意したと分かったら、不味くなった。
ほいほい父親についてきた先程までの自分に、嫌気が差す。
「今日は変な日だなぁ」
水のグラスを強引に給仕から奪い取ると、一気に喉を潤す。
トリアといい、ベトニーといい。
別に何もしてきていないのだが、どうにも二人に腹が立つ。
右手の親指の爪を噛みながら、トカミエルは友人達とその場を立ち去り、森へと向かった。
「あれが、自慢のご子息か」
近寄ってきたトカミエルの父親を一瞥し、ベトニーは声をかける。
息子の失態を詫びに来たのだろう、二人が親子だということが簡単に分かった。
軽く憎悪の混じった視線で睨み付けてきた若い男・トカミエルに、別に興味は持っていない。
捜し者をしているので今回このような場を設けたわけだが。
「ろくに挨拶も出来ず、申し訳有りません。もう一人双子の弟がおりますが、今日は何処かへ出かけておりまして・・・」
「別に男に興味は無い。が・・・二人に聞いておいて貰いたいのだが」
「はぁ、何をでしょうか?」
「緑の髪と瞳の娘を知らないか、と」
「はぁ・・・」
「風の噂では貴殿のご子息達がこの町の若者の中心、と。彼らなら同じ年頃の娘をほぼ全員知っているのではないか?」
「それは確かに。最初からこの街におりましたし」
「早いうちに返答を頂きたい」
「分かりました、今夜にでも聞いておきましょう。あの・・・その娘は何を?」
問いを投げかけてから、口を滑らせた、と後悔した。
それ以上ベトニーは何も言葉を発することなく、屋敷の中へと消えていく。
聞かれたくなかった質問だったようだ。
若き富豪も、結局女が欲しい、ただの男か。
※彼氏の仕事が終わらなくて待ちぼうけ中(ほろり)。早く温泉温泉ー!!
回復
「巡るは宵闇、淡く輝りし月光の、その静かなる力を我の元へと。願うは再生、生命に宿りし根源の魂に祝福を。・・・聖光の御手」
光の魔法
「闇に打ち勝つ光よ来たれ、慈愛の光を天より降り注ぎ浄化せよ。聖光っ」
落雷
①「天より来たれ我の手中に、その裁きの雷で我の敵を貫きたまえ」
②「天より来たれ我の手中に、その裁きの雷で我の敵を貫きたまえ。眩き光と帯びる炎、互いに呼応し進化を遂げよっ!」
③「天より来たれ我の手中に、その裁きの雷で我の敵を貫きたまえ。眩き光と帯びる炎、互いに呼応し進化を遂げよっ! 我の前に汝は消え行く定めなり、その身を持って我が魔力の贄となれっ」
氷
「煌く粒子破片となりて、絶対零度の冷気を纏い彼の者へと」
火
①「巡る鼓動、照らす紅き火、闇夜を切り裂き、灼熱の炎を絶える事無く」
②
③「巡る鼓動、照らす紅き火、闇夜を切り裂き、灼熱の炎を絶える事無く。我の敵は目の前に、奈落の業火を呼び起こせ!全てを灰に、跡形もなく燃え尽くせっ! 爆熱大火撃っ」」
風
①「生命を運ぶ風よ、死を運ぶ風と変貌し、我の敵を刃となりて切り裂き給え! 真撃っ!」
爆発
①呼びかけに応じるは無数の光、宙に漂う小さな破片よ、我の元へと集まり増幅せよっ。砕撃っ」
人形(マビル)
「契約に従い、我の名を呼べ。汝は我の僕なり、何時如何なるときも、常に共にし付き従え。契約が果てるその時まで、汝は我の人形なり」
トモハル固定
ハイ固定
・・・闇より来たれ、我の守護者・・・我に応えよ、その力を示せ、存分に喰らい尽くせ・・・我の名において許す! 来たれ死霊、叫び狂え恐怖の風を巻き起こせ。混沌と絶望の場をここにっ」
土
①「震える大地は命の嘆き、眩き生命の息吹に畏怖せよ」
②「震える大地は命の嘆き、眩き生命の息吹に畏怖せよ。人は大地に還る運命、そして永劫草木を育む贄となれ」
アサギ固定
①「奈落の底へと誘われ、見る夢など奪われて。永劫その場から出る事なく、この瞬間を忘れることなく。身体は無残に弾け飛ぶ、破片も消え行き存在を・・・抹消」
「廻る宵闇、覆い隠すは冷たき霧。視界は永久に消え行く定め、光の入る隙もなく。幻影残虚」
森林を連想させる深い緑の瞳に、若葉のような淡い緑の髪が印象的だ。
際立って彼女には人を惹きつける、美しい容貌があった。
完璧に近いほどの整った顔立ちをしている。
彼女・・・アースという名の精霊は、再度深い溜息を吐くと膝を抱えて顔を伏せた。
時間を少し前に戻そう。
正式に土の精霊と認められる歳になった少年少女は、皆一斉に一族の掟に従い儀式を受ける。
今はまさに、その儀式の最中であった。
生を受けてから百年、土の一族は『星』を宇宙に出現させる。
正確には生まれたその瞬間に、宇宙空間に『星』の基盤になる核を出現させるのだが、それが『星』になるまでに、約百年の時間を要する。
それは土の精霊の成長と共に星も成長し。
最終的に『星』の完成体は、『生物が住める状態』であることなのだが。
土の精霊は生まれて百年後に、ようやく自分の星に移動できる。
もちろんそこは未発達な星なので、精霊しか住むことが出来ない。
植物・動物が住めるようになる、完成体の星になる為にはまだ十分な時間が必要だ。
今回の儀式後、ようやく若い土の精霊達は自分の星の育成に取り掛かることが出来る。
儀式を行い、緊張感と責任感を芽生えさせることが目的だった。
内容は極めて単純で、ただ、これからの生活に対しての忠告を長から聞き、その後名前を呼ばれて返事をしていくだけなのだが。
アースの家は特に名門ではない。
土の一族の中にも貴族や平民などの身分制度はあり、もちろん名前は身分の高いものから呼ばれていく。
しかし、例外があった。
今年は総勢六十名ほどが儀式に参列していた。
その中で最も巨大で、かつ現時点で一番成長している星を所有する「優等生」が身分に関係なく最初に名前を呼ばれる。
それがアースである。
地位は下の位だが、最初に名前を呼ばれたことによって、嫉妬と憎悪を一人で受ける羽目になった。
・・・同年代の一族から、そしてその親から。
誰もアースと口を交わすものはなく、密やかに内緒話をしてみせ、くすくすと陰で笑う。
歩く度に避けられ、もしくは突き飛ばされる。
アースの両親は、自分の子供の優秀な出来に、ここぞとばかり自慢話に花を咲かせていた。
が、それが余計に虐げられる原因になる。
恨めしくアースは両親を見つめた。
・・・私は好きでこんな能力を持ったわけじゃないのに・・・
それゆえ、こうしてテーブルの下で蹲っているのだ。
欠席が許されないだけに、人目につかない場所で息を潜める。
誰にも、会いたくない。
幼い頃から部屋に閉じ込められて本を何冊も読まされた。
両親との会話なんて覚えていない。
三度の質素な食事、薄汚れた衣服、本以外何も置かれていない狭い部屋。
窓から見える鳥が羨ましくて、いつも見つめていた。
自分の持つ星がそんな巨大な星だと知らされたのはつい昨夜、名誉なことだと両親達は手を取り合って喜んでいたが、アースはそれを唇を噛み締めて見つめる。
こんな能力を持って産まれなかったら、あなた達はもっと私を構ってくれた?
両親以外の精霊に会うのは初めてだったので、緊張と物珍しさでアースはこの儀式に参加したのだが、それでこの有様である。
すっかり「生意気な成り上がり娘」というレッテルを貼られたらしい。
気がつけば周りは仲の良いもの同士で輪が出来ており、とても今からアースが入れる場所は無かった。
おまけに、誰も声をかけてきてくれない。
一人で壁際に佇んでいたのだが、居た堪れなくなってひっそりと一目につかないようにテーブルの下に潜り込んで、一人で・・・泣いていた。
※ここまでしかアップしてませんでした(爆死)。
流石私、思い切り中途半端っ
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