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別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。 いい加減整理したい。 ※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。 絶対転載・保存等禁止です。 宜しくお願い致します。
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読んだ人にしかわからない話。
ネタバレ。
第4章、後半部より抜粋。


足音立てずに、真っ直ぐ歩く。
唇を噛み締め、額に汗をかきながら、歩いていた。

「あれ、アサギ様、どうかさ」

二人の天空人がアサギに声をかけようとしたが、その台詞は途中で止まった。
虚無の瞳で宙を見つめる二人の天空人に声をかけず、アサギはその脇をすり抜ける。
頑丈な扉に右手をかざして、何かを呟くと、扉が音を立てずにゆっくりと開いた。
微動だしない天空人を微かに見やってから、アサギは小さく「通させてもらうね」と、呟いた。
停止したまま、まるで壊れた人形のように、天空人は動かない。

扉の中には巨大な水晶が浮かんでいる。
この部屋は天空城の一角・過去映しの間。
見たい過去が、映像となって水晶に流れる。
この水晶を見るのは二度目だった。
一度目は城内見学でここを訪れた。
不意に見つめたその先は、トビィが倒れている映像だった。
この水晶では過去へ飛べない、あの時アサギは無我夢中で受け渡されたばかりの絶対無二の呪文で過去へと飛んだ。
トビィ・サング・レジョン、その人を助ける為だけに。

そして、現在二度目。
ひやり、とした水晶に手を当ててみる。
ぼんやりと、おぼろげに映像が流れ出した。
観たくないけれど、観るしかない。
過去の自分の過ちを観なければならない、苦しくても。
流れ出す、過去、見慣れたベッドの上、自分とトランシスが眠っていた。

「離れて」

映像が視界に入ると、アサギは反射的にそう叫んだ。

「その人から離れて! 分かるでしょ、その人、嫌そうな顔してるっ! 離れなさいっ」

過去の自分に叫び、水晶を強打した。
けれど、流れる映像にそんな言葉が伝わるわけも無く、静かに二人は眠り続ける。
トランシスの腕の中、安らかに眠る自分が腹立たしく、唇を噛み締める。

「嫌がってるのっ、その人あなたのこと好きじゃないの、嫌いなの! だから、離れなさいっ!」

―――お前の瞳に、オレが映るのが耐えられない、オレの耳に深いなお前の声が届くから吐き気がする、オレの隣にお前が居るのが、邪魔で面倒で仕方ない―――

ドクン

映像に映っていたトランシスが、憎悪の念を込めて隣で眠っている自分を見ていた。
全く気がつかなかった、そんなトランシスの思いに。
この当時は、想いが通じているものだと思っていた、同じだと思っていた。
違っていたのだ、最初から。
自分で自分の都合の良いように解釈して、トランシスを縛り付けていた。
トランシスはこんなにも、分かりやすく自分を憎んでいたというのに。

「うぁっ」

トランシスを見つめ、アサギは思わず水晶に倒れこんだ。
乱れる鼓動、震えが止まらない身体、あの目が、怖い。

―――お前が勇者にならなければ、死ななかったのに、みんな。―――

弾かれて水晶を見た。
映像が変わる、この、映像は。

―――さようなら、偽者の勇者―――

あの日の、自分。
数ヶ月前の、自分。
校庭で、朝礼中に倒れた、自分。

「あ・・・」

乾いた唇で、震える声を絞り出す。

『浅葱!!』

幼馴染のリョウがそう叫んで、自分を抱きとめている。

「・・・や」

ガクン、と膝を曲げて、アサギはその場に座り込んだ。
あの日。
あの日だ。
あの日の映像だ。

「やめて」

小さく、鋭く、そう零す。

「やめてぇぇぇぇ、勇者になっちゃダメーっ!!!!」

アサギは絶叫すると、苦しそうに胸を押さえてリョウの腕の中に居る自分に向かって呪文を繰り出した。
勇者に、ならなかったとしたら。
渾身の力で両腕から魔法を放つ。
けれども、水晶はゆっくりとその魔力を吸い込むばかりだった。
映像は流れ続ける、残酷に。

「ダメ、やめて、起きちゃ駄目! あなたは、勇者じゃないの、偽者なの! ホントの勇者は別にいるの!」

―――お前が勇者にならなければ、ハイも、アレクも、サイゴンも、マビルも、みんな、みんな、死ななかったのに、なぁ?―――
―――何より、お前が勇者にならなければ、お前に会うこともなかったのに―――

私が、勇者の道を選ばなければ。
トランシスに言われた言葉が甦る。
鋭利で細い、針のような、それでいて猛毒が染み込んでいる凶器の言葉が。
アサギの心に突き刺さった、それは、どう足掻いても抜けない。

「勇者になるなぁぁぁぁっ、私っ!!」

キィン

右手首に填めている4星クレオ、勇者の伝説の武器『セントラヴァーズ』、自分の代物ではないのに、アサギは未だそれを装着していた。
その武器が慣れ親しんだ片手剣へと変貌し、水晶を破壊すべく攻撃を繰り出す。
けれども水晶はそれを弾き、やはり過去の映像を流していた。

「お願い、勇者に、ならない、で」

涙声で、力なく剣を床に落とすと、水晶に倒れこんだ。
私が勇者にならなければ、あんなに優しい人達が死なずに済んだ。
何より、大事な大事なあの人を傷つけることも、苦しめることも、なかった。
・・・あの人に、嫌われることもなかったかもしれないのに。

「勇者になるなぁぁぁぁっ、田上浅葱っ!!」

過去の自分に、絶叫する。
映像の中の自分は反して、凛々しく、勇ましく、現われた魔物を倒していた。
そして、思い出したのだ。
倒れた時に声を聴いた。
何処かで聴いた声だった、でも、思い出せなかった。
今、甦る。
悲痛で、涙声で、怒気を含んでいた、あの声は。

「私の、声だ・・・」

虚ろに呟き、自嘲気味に大声で笑った。
未来からの、伝言。
そう、未来の自分も、アサギに向かってメッセージを残していたのだ。

『勇者になるな』

その一言を訴えていた。
けれども、それに気がつかずに勇者になった。
だから今もこうして過去の自分は当然、勇者になる。
過去は、変わらない。
絶対無二の呪文を使って、過去へ赴き自身を殺せば、変えられる。
けれども、それにはリスクが生じる、簡単には出来ないことだった。
それに何より、自分を殺しては意味が無い、『また生れ変わってしまう』から。
転生を止める必要がある、その為には自分のこの仮初のイノチを根源へと還さなければ。

「やらなくちゃ、早く、思い出さなくちゃ」

ゆらり、とアサギは立ち上がると、何も無い床に躓いて転びながら、扉を目指した。
思い出せ、転生を終わらせる為に。
本来の居場所へと向かう道を、思い出さなければ。
扉を出て、アサギは天空城を後にした。
二人の天空人が、先程と同じように見張りを続けている。
過去映しの間を、護り続ける。

部屋の中で、水晶が微かに淡く光った。

※というわけで、聴いた声はトビィの声でもトランシスの声でもなくて、アサギの声でしたー。
という、ネタバレ(笑)。





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Image266.jpg描いたのは小説を書いたときと同じ2002年10月9日。
わぁ、すごい前。
この頃は種村有菜先生の絵に憧れて、ずっと真似してました。
途中で諦めましたが(笑)。・・・だって難しいもん・・・。
大好きな絵柄ですね、今でも。
話も大好きです。

で、トランシス(トリプトル)をかっこよく描けば誰か一人くらい

「私も好きですよー」

って言ってくれるだろうと思って一生懸命描いたのですが。
誰も言ってくれなかった(照)。
五人揃ってイラスト描くのが結構好きなので、また見つけたら載せたいのですけど。
一番気に入ってる絵が行方不明なのですねー・・・。
つい最近掃除してたら何処かでみかけたのですが・・・。

さて。
私追い込まれないとやらない人種なので。
いい加減折角トビィ君や哀ちゃんが本編の続きを読みたがってくれているみたいなので。
そろそろ本編を。
・・・やってやろうじゃないかぁぁ!

昨日たまたま読んだ「小説&まんが投稿屋」の恋愛小説が、結構なかなかきわどい表現がしてあったので、私のもいけると確信したのです。→http://works.bookstudio.com/author/10864/10078/contents.htm
好きな話なんですけど・・・。
・・・これ、男の子同士??(それは苦手らしい)
読み手に任せる、とあったので、女の子でもいいのでしょうけど・・・。
内容、文章、共に安心してさくさく読めますので、よければどうぞ。(勝手にCM)
試しにアダルト小説も読んできました。

こ、これはエロイー!!(笑)

確かにこれだと立派な18禁。
大丈夫大丈夫、私のDESTINYは18禁じゃないわっ。

というわけで、ちまちまと「小説&まんが投稿屋」にて、連載開始。
どうか、アサギがギルザに出会うまでの道のりを書き切れますように。
・・・無理っぽい(照)
ちなみに、第一章はアサギが勇者に選ばれて(実際は違うんですけど、これ・・・)魔王を倒すために地球から異世界に召喚される、というありきたりなところから始まります。
途中から話がオカシナ方向へ行くのですが、お時間があるときに思い出したら、右のリンクから飛んでいってみてくださいです。
と、ここまで書いておけば精神的に追い詰められて、頑張って書くに違いない(笑)。

この間必死で外伝を完結させたのは、会議室でまぁるちゃんと、シュネちゃんと、月姫様が読んでくださっていて、楽しみにしてくださっていたので、彼女達のために書いたのです。
とても、嬉しいので、そういうのがあると頑張れるのです♪

まってて、トビィ君、哀ちゃんっ。
必ず、先の物語を読ませてあげるわっ!!(気合)
キィィィ、カトン。

怪訝そうにベシュタは顔を上げた。
細く釣り上がった瞳が鋭い眼光を放つ。

「どうかなさいましたか、ベシュタ様」

傍らで控えていた女が淡々と問う、小さくベシュタは「なんでもない」と返答した。
だが、なんでもない、と言い放った割に彼の表情は曇っていた。
明らかに「動揺」しているといった表情である。
しかし、女は追求しなかった。
詮索は無意味だと、よく心得ているためだ。
彼の名はベシュタ・ジークリンデ、光の精霊の貴族である。
女神エロースも光の精霊の出であるが、女神になる以前、親しくしていた名家がジークリンデ家にあたる。
エロース直属の貴族、といっても過言ではないため、光の精霊の中では3本の指に入るほどの名家だ。
そしてジークリンデ家始まって以来の期待星、と噂されるのが他ならないベシュタである。
冷徹な瞳、猛々しい気迫、堂々たる風格、長けた英知、そして美貌。
近寄りがたい雰囲気があるためか、朴訥さもある。
貴族だというだけで、周りからは畏怖と尊敬、羨望の眼差しを幼い頃からその身に受けていた為か、本人も特に所望しなかった為か、同姓の友人は多くはない。
しかし、異性は吐き捨てるほど寄ってきた。
玉の輿を狙うものが殆どであるが。
不動の地位を生まれながらにして手にしていたベシュタにとって、生活は苦しくなかった。
むしろ呆気なく、物足りなさすら感じる時もあった。
感情を表に出さないことで、「動じない貴族の男」を演じるのが何時からか日課である。
公の場にあまり出たがらないベシュタであるが、それでも今日のこの武術大会は全種族あげての祭りごと、出席しないわけにはいかない。
席は確保されていた、VIP席が。
これといって興味を示していなかったベシュタは、配られる果物を摘みながら虚ろに大会を見やっていたのだが、決勝進出の二人だけは、なんとなく気になり、見ていた。
幼い荒々しさが残る火の精霊トリプトル。
若いながらも何処か通じるものを感じるほどの、冷静さを持ち合わせた水の精霊トロイ。
・・・この両者。
二人が決勝に残ることなど、明白であった。
他の出場者とは、まるで気迫が違う。
だから、思わずこの二人を見やっていたのかもしれない。
決勝進出のアナウンスが熱気を帯びて流れたときも、そう驚きはしなかった、鼻で笑っただけであった。
予想通りか、とばかりに。
しかし、正面から会場を見つめた更にその先で、彼は見つけてしまったのだ。

キィィィ、カトン・・・。

再び音がした、眉を顰めながらベシュタは正面をじっと見る。
二人の精霊が握手を交わす、それよりも遠方。
樹木がそこにあるかと思ったほどの、若葉色の髪。
暈けるはずの風景の中で鮮やかにそこだけ咲き誇る。

「・・・土の精霊か?」

口から小さく漏れたその言葉。
女だということはわかるが表情までは分からない、しかし、彼女から浮かび上がる気配が、すでに尋常ではない。
・・・視線が逸らせない。

キィィィ、カトン。
握手を交しながら、何気なく会場を見やったトリプトルとトロイは、一点で視線を止めていた。
お互い、同じ場所を見ていたのだがそれには気づかないでいる。
視線の先には一人の少女、若葉色の柔らかそうな髪を風に揺らし、頬を薄紅色に染めながら、その少女はこちらを見ていた。
決勝戦が始まるのだから、こちらを見ていて当然ではあるが。
視線が交錯したのは、トリプトルの方であった。
瞬時に、吸い寄せられるように、視線が交わったのだ。
呼吸が停止する、胸が躍る、身体が小刻みに震える。
何かが体内を突き抜けていくように、血液が逆流するかのように、強い圧迫感を覚える。

「あの、子は・・・」

ようやく口から漏れた一声に、トロイが我に返った。
唇を微かに噛締めながら、トロイが先にトリプトルを見据えた。
握手の手をするりと抜き、二歩後退して、深呼吸。

「トリプトル・・・始まるぞ」

その声に遅れて我に返ったトリプトルは、慌てて二歩後退すると硬く瞳を閉じた。
まだ、震えが止まらない、耳の奥で音がしている。
これは何の音か、木材同士が軽くぶつかる音?
彷彿とトロイを眼に映しながら、考えていることはあの少女のことばかり。
今から大事な決勝戦だというのに・・・。
軽く頭を振りながら大げさに瞬きをすると
「よっしゃあ」
と張り詰めた声で叫ぶ。
気合を、入れ直す。
それが合図かのように、アナウンスが響き渡った、開幕である。

「試合、開始!」

うわぁぁぁぁぁぁ!
星が揺れた、会場が沸いた、熱気が膨れ上がる。
その大歓声の期待を裏切らず、二人は瞬時に腰に下げていた剣を抜き放つと、キィン、と小気味良い音を立て、ぶつかり合った。
更に会場は盛り上がる。

「すっげぇ! いけぇ、がんばれぇ!」

リュウが無我夢中で手を振り上げるのを、瞳の隅に入れながら。
アースは手を組み、熱い眼差しでトリプトルを見つめた、自分でも知らぬ間に。

「がんばってください・・・」

小さく呟くその声は、周りの歓声に塗れて、誰の耳にも届かない。
硬く握る手の平に、じんわりと汗が広がる。
他人を真剣に思うなど、初めての経験であった。
・・・あの火の精霊に、見惚れてしまった。
凛々しい瞳、流れる髪、形の良い唇、「綺麗だ」とアースは率直思った。
今まで見てきたどんなものよりも美しいと、そう思ったのだ。
幼さの残るその表情も、暖かそうなその胸も、とにかく全てがアースの瞳に映る。

「・・・・・・」

とくん、とくん。
心臓が早鐘を鳴らす、体温が上がる。
視線を逸らす事などできない、催眠にかけられたように虚ろな瞳で追いつづける。
ずっと、見ていたい、それだけで。
ぶるっと震え、アースは力強く自身の両肩を手で掴んだ。
そうでもしていないと身体の震えに耐えられない。
まわりの歓声など耳に入らない。
熱狂するその会場で、放心状態のアースは眩暈に襲われながらも、それでもトリプトルを見続けた。
彼がトロイに蹴られ吹き飛び、危うく大木から落ちそうになりながらも、懸命に体勢を直し、向かう姿はとても勇敢だ。
剣先をトロイに向けて一直線に走り、横に振る、だがトロイのほうが一枚上手で、軽々とそれを飛び抜けると、反撃を再開。
両手で大剣を硬く握り締めると、素早い動きでトリプトルに切りかかる。
ガキィ、金属が削れる鈍い音。 
会場から悲痛な声が漏れた、トリプトルの剣が欠けたのだ。
さすがはトロイ、毎年の優勝者である、動きに無駄が全くない。
着実にトリプトルを追い詰めた。
長期戦に持ち込めば、技術力の高いトロイが勝つに違いない。
焦りが出始めている自分に、短期戦でいかねば、と暗示をかけるトリプトル。
一旦距離を置くと、呼吸を整えるため深呼吸。
何かを感じ、トロイは心持、低く腰を構えると、目を細めて親友を見やる。
空気が、一瞬停止する。
次の瞬間、ゴォ、という突風と共に、凄まじい瞬発力でトリプトルが突撃した。
右手で剣を構えながら、左手の拳をトロイに突き出す。

「ちょっと早くないか?」

舌打ちしながら攻撃に備えるトロイは、剣先を自分の周りで回転させる。
次の瞬間、爆音が響いた。
うぉぉぉぉぉぉぉ!
会場が絶頂を迎える、お互い魔力を使用しての戦いとなったのだ。
熱風が吹き荒れる中、氷の壁でそれを防ぐトロイと、執拗に剣を振り上げるトリプトル。

「いっけぇ!」

炎を繰り出すトリプトルに流石にトロイも唇を噛締めた。
しかし、負けてはいない、背後に強大な氷の刃を作り出すと、トリプトル目掛けて放つ。

「負けるかぁっ」

瞬時に反応したトリプトルは、気合で大声で叫びながら必死に抗う。
炎と氷、相殺する。
正反対のその物質、火の精霊と水の精霊。
やはり、持久力はトロイが上手だった。
先に大掛かりな攻撃を仕掛けたトリプトルは、防衛を優先していたトロイよりも力の消耗が激しく、荒い呼吸を繰り返している。

「・・・力の配分を考えないと、そうなるんだ」

一気に間合いを詰め、トロイの剣先は見事に、トリプトルの喉元で止まる。
しん・・・会場は静寂に包まれるが、それは一瞬のこと。
ドォォォォン、と爆音、星は再び歓声に包まれる。

「勝者! 水の精霊トロイ・ベルズング! しかし、トリプトルも紙一重でした! 次回の彼の報復が楽しみです」

歓声に包まれながら、倒れこんだトリプトルは唇を尖らせながら、瞳を硬く閉じた。

「まぁまあだった」

軽く笑いつつ手を差し伸べるトロイに渋々捕まると、空を仰ぎ呟く。

「・・・あの子の前で、負けたくなかった」
「あの子・・・?」

瞳を軽く見開くトロイに返答せず、剣を鞘に戻すと、トリプトルは会場を見やる。
・・・少女の存在するその部分だけ、鮮明に映る。
やはりこちらを見ていた少女は、視線が重なると、弾かれたように身体を硬直させる。
それでもおずおずと微笑んだ。
小さな拍手をしながら。
その少女の笑顔に、言葉を失ったトリプトル、そしてトロイ。
その拍手と笑顔が、勝者である自分に向けられていると錯覚したトロイは、小さく会釈をした。
トリプトルの前方に立っていた彼だ、間違えても無理はない。
一方トリプトルは動じることができなかった。
硬直してしまった身体は、どうにもならない。
笑顔一つ向けてあげられれば良かったのに、と後悔しても遅い。
何も出来ないまま、少女を見つめる。

「かっこよかったな、二人とも! 僕もああいう風に戦いたい・・・なんてね」

大きく伸びをしながらそう叫び笑うリュウの隣で、相変わらずアースは惚けていた。

「アース?」

覗き込まれて、ようやく我に返るったアースは、小さく頷く。

「なんていうか・・・緊張したね」
「そうだね、興奮して堪らないよ! 次回も見に来ような!」
「うん、もちろんだよ」
 
名残惜しそうに、アースは会場を見た。
そこにトリプトルの姿はなく、精霊たちが閉会式の用意を始めている。
解除はその場に留まる者、我先にと踵を返すもの、様様だ。
この大会の出場資格は「学校に在籍するもの」。
ということは、同じ場所に彼らは存在することになる。
尤も学校は広大な敷地のため、すれ違う可能性すら少ない。
会いたい、とアースは思った。
火の精霊に会いたい、と思った。

数日後、大会の熱が冷めてきた最中、男神クリフ、女神エロースに学校幹部らが報告にきていた。

「土の精霊アース・ブリュンヒルデの協力者に、下記の者を要請します。
風の精霊リュウ・フリッカ。
水の精霊トロイ・ベルズング。
火の精霊トリプトル・ノートゥング」
「彼女はこれまでになき有能な精霊で御座います。彼女には力を惜しんでいてはいけません。風の精霊からは彼女の傍らで支え続けるリュウ・フリッカを。そして交流のない水・火の精霊からは、実力も定評もある先の武術大会決勝者両名。トロイ・ベルズング、トリプトル・ノートゥングを」
「これ以外に編成は考慮されません。決定を、お願い致します」

男神クリフは、深く頷くとちらりと女神を見やる。
この4人は最高の組み合わせであることは、ある程度事情を知っている者ならばいとも簡単に想像がつく。
女神とて、それは理解しているはずであるが、頷かない。
その態度にクリフは忌々しそうに唇を噛締めた。
彼は知っていた。
エロースがあの二人、特にトリプトルを以前から眼にかけ、宮殿に招き入れようとしていたことを。
・・・エロースは美しい異性に目がない女神だ。
金の流れる髪に深い紺碧の瞳、豊満な肉体、妖しい女神・エロース。
我侭で他人に厳しく自分に甘い女神。
女神という立場を利用し、これまで犠牲になった精霊は数知れず。
そんな女がアースを放っておかないわけがない。
アースの類稀なる美貌と才能は、エロースの嫉妬を燃え上がらせるのに十分だ。
そこに更に協力者の選出。

「・・・・よいでしょう、その土の精霊にとっても望外な幸せでしょうね。この選出は」

それだけ口にし、あとは芳醇なワインを飲み始める。
確認が取れたため、幹部らは恭しく礼をすると、そのまま立ち去る。

「エロース、真面目にやらないか。我らは神だ。全ての精霊の頂点に立つ者だ。関係ないわけではないのだから、ワインなど飲まずに・・・」
「ほほほ、何を。何の取柄もないおまえが神だなんて。そして私に説教とは。可笑しいこと」

軽く流しながら、エロースは優雅に立ち上がる。
しかし、恨みを込めた瞳で一瞬睨みつけ、その場を去った。
小さく溜息一つ、クリフは長い深紺の長髪を無造作に掻きあげながら、天井を見上げる。

「悪の萌芽は、早めに摘み取らねば。・・・あの精霊が絶望に飲まれないために」

アース・ブリュンヒルデ。
その名を愛しく呼ぶクリフ。
敬うように彼は彼女の名を呼んだ。

バキィ、手にしていた杖が真っ二つに折れる。
怒りをそれにぶつけ、追ったのはエロース。
忌々しそうにその残骸を床に投げつけると、大声で従者を怒鳴りつけた。

「ミリア! ユイ! 来なさいっ」

ヒステリックに叫ぶ主人に、嫌な顔一つ見せず、二人の少女はどこからともなく現れた。
恭しく床にひれ伏す。

「お呼びでございますか、エロース様」

褐色の肌に豊満な身体、流れる髪はまるでアメジスト、瞳は切れ長、整った顔立ちの巫女、ミリア。

「なんなりと、お申し付けくださいませ」

まだ幼い顔立ち、身体、声、意志の強そうな瞳が印象的な巫女、ユイ。
二人の登場で漸く落ち着いたのか、エロースは乱れた髪を直しながら、軽く微笑む。
どっかりとソファに腰掛け、足を組み、見下しながらこう告げた。

「方策を巡らしなさい。土の精霊に気に食わないのがいるの。失脚させることができたら、おまえたちの望みを叶えてあげましょう」
街で、一組の恋人に出会った。
腕を組んで仲良さそうに買い物中である。
聞くつもりはなかったのだが、はしゃぐ声が大きくて、ガーベラの耳にも届いた。
 
「お揃いの食器も買いに行かなきゃね。あと、ウエディングドレスも見に行かなきゃ」
「はいはい、焦らずに欲しいものを取りこぼさないように買おうな」
 
結婚を控えている恋人同士らしい。
ガーベラはうっすらと口元に笑みを浮かべ、その微笑ましい光景を後にした。
数日後、ガーベラの娼館に数人の男性客がやってきた。
高級の部類に入る場所なので、年配が多い娼館だったが、来たのは若い男達。
興味ありげにこぞって娼婦達が顔を覗かせる。
そんな中で特にガーベラは興味を持たず、ぼんやりと紅茶を飲んでいた。
 
「ガーベラ、指名よ」
 
カップに残っていた紅茶を飲み干すと、気だるそうにガーベラは立ち上がり、部屋へと赴く。
数分後、入ってきた男を見てガーベラは軽く目を開いた。
何処かで見た気がすると思えば、先日街で婚約者と買い物をしていた男だ。
唖然と口を開いて相手を見つめるが、赤面しながら突っ立っている男に、せめて椅子に座るように声をかける。
硬直していた身体が、バランスを崩して床に倒れこんだ。
 
「す、すいませんっ、こ、こういった場所に来ることがはじ、初めてでっ」
 
しどろもどろに語りだす男。
ガーベラは近寄って手を差し伸べた。
 
「今日はどうして?」
 
婚約者はどうしたの? と続けようかとも思ったが、客のプライベートに関わることはこちらから聞いてはいけない。
出掛かった言葉を飲み込む。
気を悪くしないでください、と前置きしてから、男は差し伸べられた手につかまると、身体を起こす。
 
「結婚する前に、お前も一度体験しておいたほうがいいって友人達が言ったので。酒を飲んでいて売り言葉に買い言葉でここまで来てしまったんです。折角だから、とここで一番人気のあるあなたを、友人達が指名して・・・」
「筋書きはわかったわ」
 
ガーベラは呆れ返って、深い溜息を吐く。
婚約者と喧嘩して、というわけではないらしい。
舞踏会以降、急速に仲良くなったアースとリュウ。
校内でも常に共に行動する仲になった。
土の精霊はアースの隣にいる風の精霊を怪訝そうに、もしくは忌々しそうに見やる。
しかし、そんな周りの視線などリュウには全く関係のないことであった。
風の精霊の中にも、リュウとアースの交流を良く思わない者もいた。

「土の精霊の厄介者と一緒にいる」

という肩書きをもってしまったリュウを心配する、彼の友人達である。
もともとリュウはさほど有能な風の精霊ではない。
ただ、自由気ままに誰とでも隔てなく接する、気立てのいい精霊だ。
だから、友人も少なくはなかった。
学校でも勉強よりも遊びに励む。
テストの点にしても、赤点クラスのときもあれば、10位以内に入るときもある。
全て生活「風」任せ。
言うなれば、もっとも風の精霊らしい性格なのかもしれない。
そんな彼だからこそ、友人にアースとの仲をどんなに否定されようとも、リュウは特にその言葉を飲もうとしない。
リュウにとって、今までの友人も、そしてアースも大事な存在なのだ。
しかし、今はまだ、彼はアースに「恋心」を抱いていることなど知る由もなかった。

「アース! 今日はどの学科を受けるんだ?」

毎朝、アースの姿を校舎の中で見つけては、そう声をかける。
笑顔でアースも返答する。

「今日はね、植物について。この間受けたときに興味深かったから・・・。リュウは?」
「じゃあ、それにしようかな」

微笑み会う2人。 
リュウと出会ってから、アースの表情は温和になった。
もともと整った顔立ちであったが、笑顔を見せず、伏目がちだった為、どちらかというと近寄りがたい雰囲気であったのだが、今ではよく笑う健康的で明朗な少女になっていた。
ようやくここへ来て緊張が解れたのだろう、一人の友達という存在が大きくアースの考え方を変えた。
もう、学校も怖くない。
陰口を言われても、気にしないで前を向いて歩く。
最初は、リュウに遠慮がちに言ったのだ「私、みんなに嫌われてるんだよ。なんで仲良くしてくれるの?」。
そういうと一瞬驚いた顔をしてから、不機嫌そうにリュウは怒気を隠さずにアースに告げた。

「知らないよ、そんなの。僕にとってアースが仲良くしたい相手だからそうしてるだけで、みんなが嫌ってようがいまいが、アースはアースだろ? 人の目なんてイチイチ気にしてられないよ」

言ってから軽く額を指で撥ねる。

「くだらないこと言ってないでさ、この間の復習しようよ。僕次テストの点悪いと補修なんだよね」

額を押さえて恨めしそうに観ているアースに、リュウは笑った。

「アースは、アース。僕は僕。仲の良い友達。それ以外何者でもないよ」

リュウがそう言ったので、アースは思わず大粒の涙を零した。
泣くとは思わなかったリュウは慌てふためいたが、アースは泣きながら笑っていた。
産まれて初めて、心があたたかく感じられた。
大事な大事な友達。
思ったのだ、もし、倒れそうな程心が傷ついた時は、真っ先に彼に相談しようと。
彼ならば、笑い飛ばしてくれそうだったから。

精霊が住まう星は球体ではなく、半球体である。
中心部に神の住まう宮殿が聳えており、それを多い囲むようにして6種族の精霊たちが住んでいる。
南から時計回りに闇・土・風・光・水・火の精霊たちがそれぞれ部落を作って生活をしている。
多種族と結婚するか、もしくは宮殿で神の元で働く巫女や神官にならない限り、自分の部落を出ることはない。
そしてその精霊たちの土地の下にすぐ人間たちが住まう場所がある。
地下ではない、この星は二階建てのような構造になっており、上が精霊たち、下が人間たちの住まう星なのだ。
これが主星アイブライト。
人間たちから見れば、文字通り神や精霊は雲の上に住んでいるのである。
精霊界から人間界に流れ落ちる滝もあるし、鳥などは人間界から飛んでくることもある。
ただ、人間だけはこちらの世界へは侵入できないようになっている。
そういったシールドのようなものが張り巡らされているのだ。
これは、人間たちが自分たちにとって代わるような行動を起こさせないために、あえてしていることである。
「あの方々は自分とは違う」といった意識を常に人間たちには、植え付けておかねばいけない。
しかし、かといって交流がないわけでもなく、人間界の一番高い場所と、精霊界の一番低い場所は、手こそ触れ合えないが、普通に会話できるほどに密接している。
一番高い場所と一番低い場所、それはどちらの世界でも学生たちが勤勉に励む「学校」の裏庭にあった。 
 
アースとリュウは裏庭に位置する、噴水で一休みをしていた。
石灰石でできた、巨大な鳥の嘴から水が流れ出る仕組みになっているものだ。
その噴水の周りには木でできたベンチが五つほど置かれており、花壇には年中咲き誇る花が植えられている。
その噴水の周りに一角だけ、土地がくぼんだ場所がある。
真っ白に塗られた柵で覆われているのだが、そこを除くと、人間界が見えるのだ。
アースは人間を見るのが好きで良くこの裏庭を訪れた。
今日もリュウと片手に、ぶどうを持ってここから人間たちを覗いている。

「あ、アース様!」

人間の声と足音、走ってくるのは少年と少女が二人づつである。

「アース様、リュウ様こんにちは!」

勢いよく会釈をして、そばかすだらけの少女は微笑む。

「こんにちは! シャロン、エミュー、ルイス、ウェイト。またここにきちゃった」

アースは手を振り、舌を出して悪戯っぽく微笑んだ。
よほど必死になって走ったのだろう、火照った体を冷すように人間の少年・ルイスは噴水の中に入って、水浴びをする。
それを見たウェイトも真似して、続いて噴水に入っていった。

「もう! あんた達、アース様とリュウ様の前で変なことしないでよっ。品位が悪いと、アース様の星に移住できないじゃない」

膨れっ面で二人の少年を睨みつけるシャロン、見下ろしながらアースは首を振る。

「品位なんて関係ないよ。それに、私の星が完成するのにもまだ時間がかかるの。いつ頃完成するのかわからないし・・・もしかしたら、みんながおじいちゃん・おばあちゃんになった頃位かもしれないよ?」

笑うアースを、隣で眩しそうに見つめるリュウ。
変わったな、と率直な感想。
・・・最近、アースはとても活発だった。
他人と仲良くなりすぎて、嫉妬の念を抱いた時期もあったが、彼女に友達が増えることは良いことである。
リュウはそんなアースの変化を見るのが、つつましい事ながら幸せであった。

「早く頑張って星を創って下さいよ?」

水滴を煌かせながらルイスはガッツポーズをアースに向ける。
他の三人も大きくそれに頷いた。

「私たち、アース様の星に移住するのが夢なんです」
「これだけは、ゆずれねぇぜ! だから、俺は、がんばって勉強してるんです。いい成績で学校を過ごしていれば、きっと優先的にあなたの星に行ける筈なんだ」
「選ばれし者、という名目でね」
「アース様、星の名前はなんてつけるんですか?」

その質問に、アースは一呼吸してから口を開いた。
リュウは知っている、アースとの会話でよく出てくる単語がその星の名前。

「スクルド・・・土の精霊の言葉で『運命』という意味なんだよ」

人間の少年と少女達は心にその名前を刻み込んだ。

「スクルド。どうか、その星へ俺達が移住できますように」
「あ、そうだアース様。今度新しい友達連れてきてもいい? 新しく転校して来た子がいるの」
「もちろん! なんて名前なの? どんな子?」
「『カナ』って言う、神秘的な女の子」
「アース様の事を話してたら、会いたがってたんだよね。なんか『未来でまた逢えますけれど』とかなんとか言ってたけど」
 
アースの星・スクルドは殆ど完成していた。
創造主であるアース自身の力量も同期の土の精霊の中では、確実に差をつけて頂点に立っている。
地質学・生物学共に完璧な成績を収め、学校側も彼女に対してついに最終段階への指令を出そうというときであった。
星の育成についての最終確認、自然の四大元素である火・水・風・土の精霊たちが協力して初めて星は成長する。
その協力者を揃えなければいけない。
協力者は学校側から選出されるが、その土の精霊とある程度親しいものから順に選ばれる。
風の精霊は確実にリュウが選出されるだろうが、生憎火と水の精霊はこれといってアースに知り合いはいなかったので、学校側に全てを任せてあった。
協力者選出の日取りを数日後に控え、アースとリュウは夜道を歩いていた。
時折仄かに見える光は蛍である。
学校の周りには夜、年中通して蛍が浮遊する。
幻想的な光景だった。

「・・・私の星にも蛍さんがいるといいな」

近くに寄ってきた蛍の光を手の平で優しく受け止める。

「素晴らしい星にしような! 僕は精一杯頑張るよ。ただ・・・他の二人の精霊も仲良くやれそうな奴だといいんだけど」

軽く溜息を吐き、リュウは苦笑いをする。
彼にとって心配なのは、アースの敵になりそうな精霊が協力者に選ばれた場合のことだ。
そうなってはとても育成どころではない、学校側もその点は抜かりがないはずだが、気は抜けない。
リュウの募る慕情、自身でもそれはなんとなくわかっていた。
リュウの願いはただ一つ、アースが笑顔でいること、ただそれだけだった。
芽生えてしまった、確信した『アースへの恋心』。
それはどうにも出来ないものである。
友達の枠から、リュウだけが外れてしまった。
無気力な、大人しかった危なっかしい友達は、いつしか自分が与えた風を纏って穏やかな癒しの笑みを浮かべるようになった。
可愛いな、と思った。
一緒に居ると楽しい、から安らげる、に変わった。
笑顔を守り抜きたい、と思った。
彼女が笑うのが好きだ、だから傍にいて笑わせようと誓った。

「そういえば・・・。明後日なんだけど、武術大会があるんだ。見に行ってみるか? 気晴らしに」
「武術大会って何?」

首を傾げるアース。

「十年に一度開かれる、誰が一番強いかを決める大会さ。資格があるのは学校に通っている生徒、武器は特に限定されていないから、みんな自信のある武器で戦うんだ。今日明日が予選で明後日が本戦、一度くらい観てみるのもいいかなと思って」
「へぇ、そんなのあったんだー・・・。そうだね、行ってみたいな」
「話によると今回の勝ち抜き者は火の精霊と水の精霊だろうって。数年前から勃興してるらしいんだけど」
「うん、じゃあ明後日行ってみようね」

蛍を空中に送り出すと、アースはリュウに微笑んだ。
二人で他愛のない話をできることは、もう最後だろうからと、リュウはアースを瞳に焼き付ける。
もしかしたら、アースの協力者に選ばれないかもしれない、そんな不安を隠しつつ、リュウは心中を誰にも明かさなかった。
そうしたら当分お別れだ。
傍に居られない。
それがこんなにも苦しい、まだ確定していないけれど、苦しい。
どうか、僕が選定されますように。

本戦当日、アースはいつものように麻のワンピースを着て出かけようとしていた。
特に着飾ることもない、アースはそう思ったのだが。
母親が公の場に出るのだからと、いつのまに買い揃えたのか豪華な生地のワンピースが用意されていた。
落ち着いたダークブラウンのワンピースはロングで、足元にフリルが何段もついている。
ショールは透ける素材の淡いピンクで、鈴蘭のコサージュがついていた。
渋々とアースはそれに着替えると、目立ちはしないかと冷や冷やしながら、リュウとの待ち合わせ場所に向かった。

「・・・今日は妙に気合が入っているじゃないか」

呆れたように呟くリュウに、そっぽを向いてアースは小声で答えた。

「お母さんがこれを着ていけって」

アースが自ら着飾ることはないので、理由はわかっていたことなのだが。
不貞腐れるアースを笑い飛ばしながら、二人は手をつないで会場へと向かう。
ごった返した人ごみの中を、なんとか前へと進もうとするのだが、なかなか思うように体が動かない。
ひたすら広大な草原を進んでいくと、決戦となる会場が見えてくる。
会場は巨大な大木を切り落とし、それを寝かせた丸太の上で戦う。
足元が不安定で非常に戦いづらい。
初めてこのような実戦ではないとはいえ『戦闘』の場所を居訪れたアースは、物珍しそうに辺りをきょときょとと見回しながら、リュウに引っ張られつつ進む。
武術大会は全種族が一斉に参加する大会のため、風や土の精霊以外にも、もちろん火に水、光に闇の精霊も多く観覧にきていた。
特に光と闇の精霊はあまり他種族と交流しない為、アースは近くで見るのは初めてだ。
といっても、外見に差はないのだが。
身に纏う『オーラ』が種族によって変わるのだ。
会場の様子が遠くでは見えないので、一応草原にはいたるところに魔法で作られた鏡のようなものが設置されており、それに映像を写すためどこからでも見えるようには配慮されている。
しかし、折角だからとリュウは会場のすぐ近くまで行く気であった。
心が躍り、口元が思わず綻びるリュウ。
こういった祭りごとは彼は大好きなのだ。
学校での文化祭なども彼は先頭に立って奮闘していた。
人ごみは好きではないが、こういった「祭りごと」の人ごみは快感らしい。
堅苦しくなく、騒げることは大好きだ。

「アース、大丈夫か?」

我に返るリュウは、ふとアースに声をかける。
申し訳なさそうな声に、アースは吹き出した。

「全然平気! わくわくしてくるね」
「そか。じゃあ、もうちょっと前まで行こう」
 
朗らかな笑顔で、ぎゅっと手を握り締めると、再びリュウは会場目指して突き進んだ。
そんな彼を見ながら、いつも以上のはしゃぎぶりに、可笑しくてアースは小さく笑みをもらすのである。
不意に、その場に集まっている精霊たちが、一斉に歓声を上げた。
どうやら準決勝が終了したようだ。

「勝者! 火の精霊、トリプトル・ノートゥング! 決勝進出! 決勝戦は彼と、水の精霊、トロイ・ベルズングの両者に決定!」

わあああぁぁぁぁぁぁぁ・・・。
大歓声が巻き起こる。

「まずい! 決勝戦だ」
「立て続けに戦うの? 疲れていないの?」
「一応休憩があるけれど・・・」
「じゃあ、始まる前に、がんばって前に少しでも近づこう?」

相変わらず包容力のある言葉と声だ、とリュウは惚けた。
いつでも、アースは自分が失敗したり焦ったりしたときには隣で励ましてくれる。
なんともいえない安心感に包まれた。

「・・・そうだな、行こう!」

気を取り直して進む二人。
不意に、リュウの隣でアースは小さく胸を抑えた。
とくんとくん・・・、これが興奮というもの? 呼吸が乱れて顔が上気している。
味わったことない感覚。
周りの雰囲気に乗せられてこうなっているのか、それとも、それとも。

「火の精霊、トリプトル・ノートゥング」

小さくアースは呟いた、リュウにも聞き取れないほど小さく。
気になってしまったその名。

「トリプトル・ノートゥング。トリプトル・ノートゥング」

呪文のように小さく、繰り返し呟く。
その言葉に熱がこもっていることなど、全く知らずに。
虚ろな瞳でただ、呟き続ける。
・・・遠くで、アナウンスが流れる。

「決勝戦開始、五分前! 両者、入場!」

星が揺れる大歓声、その声と歓声が混ざり合う。
会場である丸太の上に二つの影が、踊り出た。

「南! 火の精霊、トリプトル・ノートゥング! ついに決勝戦進出です! 幾多の大会で惜しくも決勝戦には出ることなく敗退、しかし、今回ついにその因縁を断ち切りました! ライバルであり、しかして親友でもある相手との対決です!」

うおおぉぉぉぉぉ・・・

「北! 水の精霊、トロイ・ベルズング! 過去の大会において優秀な成績を収め、優勝回数なんと四回!今回勝利を収めれば最多記録の五回になります! そして対戦相手であり、親友でもあるトリプトル選手がここまで来るのを待ち侘びていた人物は、彼以外他に存在しません! 壮絶な、しかして爽やかな決闘が繰り広げられることでしょう!」

わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・

「二人は、親友なんだな・・・。知らなかった」

アナウンスを聞き、呟くリュウの傍ら、アースは眩しそうに大木の上の二人を見つめた。
二人が歩み寄って、中央で固い握手を交わす。
正々堂々戦闘することを誓ったのだ。
と。
ふと丸太の上にて握手を交わした二人は同時にゆっくりと、ある一点を見つめた。
盛大な拍手と歓声の渦の中でただ一箇所、暈される風景の中で一転だけ清明になる場所。

「・・・」
「・・・」

二人、その一点を見つめて言葉を失う。
そしてまた、その一点である者・・・アースもまた、二人を見つめて・・・いや正確には『火の精霊、トリプトル・ノートゥング』を見つめていた。
これが、二人の出会い。
永久かと思われた幾度の転生を繰り返し、絶望に打ちひしがれて、ついに想いが届かなかった二人の、始まりの瞬間である。
この場の優先席で何気に彼らを見やった光の精霊ベシュタも、リュウも、トロイも含め、彼らはどこかで歯車が回転する音を聞いた。
キィィィ・・・・カトン。
かすかに軋みながら、今はまだ穏やかに歯車は動き出す。
運命の歯車、始まりの音が聞える。
終焉を迎えるその日まで、休むことなく、回り続ける。
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