別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。
いい加減整理したい。
※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。
絶対転載・保存等禁止です。
宜しくお願い致します。
×
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キィィィ、カトン。
怪訝そうにベシュタは顔を上げた。
細く釣り上がった瞳が鋭い眼光を放つ。
「どうかなさいましたか、ベシュタ様」
傍らで控えていた女が淡々と問う、小さくベシュタは「なんでもない」と返答した。
だが、なんでもない、と言い放った割に彼の表情は曇っていた。
明らかに「動揺」しているといった表情である。
しかし、女は追求しなかった。
詮索は無意味だと、よく心得ているためだ。
彼の名はベシュタ・ジークリンデ、光の精霊の貴族である。
女神エロースも光の精霊の出であるが、女神になる以前、親しくしていた名家がジークリンデ家にあたる。
エロース直属の貴族、といっても過言ではないため、光の精霊の中では3本の指に入るほどの名家だ。
そしてジークリンデ家始まって以来の期待星、と噂されるのが他ならないベシュタである。
冷徹な瞳、猛々しい気迫、堂々たる風格、長けた英知、そして美貌。
近寄りがたい雰囲気があるためか、朴訥さもある。
貴族だというだけで、周りからは畏怖と尊敬、羨望の眼差しを幼い頃からその身に受けていた為か、本人も特に所望しなかった為か、同姓の友人は多くはない。
しかし、異性は吐き捨てるほど寄ってきた。
玉の輿を狙うものが殆どであるが。
不動の地位を生まれながらにして手にしていたベシュタにとって、生活は苦しくなかった。
むしろ呆気なく、物足りなさすら感じる時もあった。
感情を表に出さないことで、「動じない貴族の男」を演じるのが何時からか日課である。
公の場にあまり出たがらないベシュタであるが、それでも今日のこの武術大会は全種族あげての祭りごと、出席しないわけにはいかない。
席は確保されていた、VIP席が。
これといって興味を示していなかったベシュタは、配られる果物を摘みながら虚ろに大会を見やっていたのだが、決勝進出の二人だけは、なんとなく気になり、見ていた。
幼い荒々しさが残る火の精霊トリプトル。
若いながらも何処か通じるものを感じるほどの、冷静さを持ち合わせた水の精霊トロイ。
・・・この両者。
二人が決勝に残ることなど、明白であった。
他の出場者とは、まるで気迫が違う。
だから、思わずこの二人を見やっていたのかもしれない。
決勝進出のアナウンスが熱気を帯びて流れたときも、そう驚きはしなかった、鼻で笑っただけであった。
予想通りか、とばかりに。
しかし、正面から会場を見つめた更にその先で、彼は見つけてしまったのだ。
キィィィ、カトン・・・。
再び音がした、眉を顰めながらベシュタは正面をじっと見る。
二人の精霊が握手を交わす、それよりも遠方。
樹木がそこにあるかと思ったほどの、若葉色の髪。
暈けるはずの風景の中で鮮やかにそこだけ咲き誇る。
「・・・土の精霊か?」
口から小さく漏れたその言葉。
女だということはわかるが表情までは分からない、しかし、彼女から浮かび上がる気配が、すでに尋常ではない。
・・・視線が逸らせない。
キィィィ、カトン。
握手を交しながら、何気なく会場を見やったトリプトルとトロイは、一点で視線を止めていた。
お互い、同じ場所を見ていたのだがそれには気づかないでいる。
視線の先には一人の少女、若葉色の柔らかそうな髪を風に揺らし、頬を薄紅色に染めながら、その少女はこちらを見ていた。
決勝戦が始まるのだから、こちらを見ていて当然ではあるが。
視線が交錯したのは、トリプトルの方であった。
瞬時に、吸い寄せられるように、視線が交わったのだ。
呼吸が停止する、胸が躍る、身体が小刻みに震える。
何かが体内を突き抜けていくように、血液が逆流するかのように、強い圧迫感を覚える。
「あの、子は・・・」
ようやく口から漏れた一声に、トロイが我に返った。
唇を微かに噛締めながら、トロイが先にトリプトルを見据えた。
握手の手をするりと抜き、二歩後退して、深呼吸。
「トリプトル・・・始まるぞ」
その声に遅れて我に返ったトリプトルは、慌てて二歩後退すると硬く瞳を閉じた。
まだ、震えが止まらない、耳の奥で音がしている。
これは何の音か、木材同士が軽くぶつかる音?
彷彿とトロイを眼に映しながら、考えていることはあの少女のことばかり。
今から大事な決勝戦だというのに・・・。
軽く頭を振りながら大げさに瞬きをすると
「よっしゃあ」
と張り詰めた声で叫ぶ。
気合を、入れ直す。
それが合図かのように、アナウンスが響き渡った、開幕である。
「試合、開始!」
うわぁぁぁぁぁぁ!
星が揺れた、会場が沸いた、熱気が膨れ上がる。
その大歓声の期待を裏切らず、二人は瞬時に腰に下げていた剣を抜き放つと、キィン、と小気味良い音を立て、ぶつかり合った。
更に会場は盛り上がる。
「すっげぇ! いけぇ、がんばれぇ!」
リュウが無我夢中で手を振り上げるのを、瞳の隅に入れながら。
アースは手を組み、熱い眼差しでトリプトルを見つめた、自分でも知らぬ間に。
「がんばってください・・・」
小さく呟くその声は、周りの歓声に塗れて、誰の耳にも届かない。
硬く握る手の平に、じんわりと汗が広がる。
他人を真剣に思うなど、初めての経験であった。
・・・あの火の精霊に、見惚れてしまった。
凛々しい瞳、流れる髪、形の良い唇、「綺麗だ」とアースは率直思った。
今まで見てきたどんなものよりも美しいと、そう思ったのだ。
幼さの残るその表情も、暖かそうなその胸も、とにかく全てがアースの瞳に映る。
「・・・・・・」
とくん、とくん。
心臓が早鐘を鳴らす、体温が上がる。
視線を逸らす事などできない、催眠にかけられたように虚ろな瞳で追いつづける。
ずっと、見ていたい、それだけで。
ぶるっと震え、アースは力強く自身の両肩を手で掴んだ。
そうでもしていないと身体の震えに耐えられない。
まわりの歓声など耳に入らない。
熱狂するその会場で、放心状態のアースは眩暈に襲われながらも、それでもトリプトルを見続けた。
彼がトロイに蹴られ吹き飛び、危うく大木から落ちそうになりながらも、懸命に体勢を直し、向かう姿はとても勇敢だ。
剣先をトロイに向けて一直線に走り、横に振る、だがトロイのほうが一枚上手で、軽々とそれを飛び抜けると、反撃を再開。
両手で大剣を硬く握り締めると、素早い動きでトリプトルに切りかかる。
ガキィ、金属が削れる鈍い音。
会場から悲痛な声が漏れた、トリプトルの剣が欠けたのだ。
さすがはトロイ、毎年の優勝者である、動きに無駄が全くない。
着実にトリプトルを追い詰めた。
長期戦に持ち込めば、技術力の高いトロイが勝つに違いない。
焦りが出始めている自分に、短期戦でいかねば、と暗示をかけるトリプトル。
一旦距離を置くと、呼吸を整えるため深呼吸。
何かを感じ、トロイは心持、低く腰を構えると、目を細めて親友を見やる。
空気が、一瞬停止する。
次の瞬間、ゴォ、という突風と共に、凄まじい瞬発力でトリプトルが突撃した。
右手で剣を構えながら、左手の拳をトロイに突き出す。
「ちょっと早くないか?」
舌打ちしながら攻撃に備えるトロイは、剣先を自分の周りで回転させる。
次の瞬間、爆音が響いた。
うぉぉぉぉぉぉぉ!
会場が絶頂を迎える、お互い魔力を使用しての戦いとなったのだ。
熱風が吹き荒れる中、氷の壁でそれを防ぐトロイと、執拗に剣を振り上げるトリプトル。
「いっけぇ!」
炎を繰り出すトリプトルに流石にトロイも唇を噛締めた。
しかし、負けてはいない、背後に強大な氷の刃を作り出すと、トリプトル目掛けて放つ。
「負けるかぁっ」
瞬時に反応したトリプトルは、気合で大声で叫びながら必死に抗う。
炎と氷、相殺する。
正反対のその物質、火の精霊と水の精霊。
やはり、持久力はトロイが上手だった。
先に大掛かりな攻撃を仕掛けたトリプトルは、防衛を優先していたトロイよりも力の消耗が激しく、荒い呼吸を繰り返している。
「・・・力の配分を考えないと、そうなるんだ」
一気に間合いを詰め、トロイの剣先は見事に、トリプトルの喉元で止まる。
しん・・・会場は静寂に包まれるが、それは一瞬のこと。
ドォォォォン、と爆音、星は再び歓声に包まれる。
「勝者! 水の精霊トロイ・ベルズング! しかし、トリプトルも紙一重でした! 次回の彼の報復が楽しみです」
歓声に包まれながら、倒れこんだトリプトルは唇を尖らせながら、瞳を硬く閉じた。
「まぁまあだった」
軽く笑いつつ手を差し伸べるトロイに渋々捕まると、空を仰ぎ呟く。
「・・・あの子の前で、負けたくなかった」
「あの子・・・?」
瞳を軽く見開くトロイに返答せず、剣を鞘に戻すと、トリプトルは会場を見やる。
・・・少女の存在するその部分だけ、鮮明に映る。
やはりこちらを見ていた少女は、視線が重なると、弾かれたように身体を硬直させる。
それでもおずおずと微笑んだ。
小さな拍手をしながら。
その少女の笑顔に、言葉を失ったトリプトル、そしてトロイ。
その拍手と笑顔が、勝者である自分に向けられていると錯覚したトロイは、小さく会釈をした。
トリプトルの前方に立っていた彼だ、間違えても無理はない。
一方トリプトルは動じることができなかった。
硬直してしまった身体は、どうにもならない。
笑顔一つ向けてあげられれば良かったのに、と後悔しても遅い。
何も出来ないまま、少女を見つめる。
「かっこよかったな、二人とも! 僕もああいう風に戦いたい・・・なんてね」
大きく伸びをしながらそう叫び笑うリュウの隣で、相変わらずアースは惚けていた。
「アース?」
覗き込まれて、ようやく我に返るったアースは、小さく頷く。
「なんていうか・・・緊張したね」
「そうだね、興奮して堪らないよ! 次回も見に来ような!」
「うん、もちろんだよ」
名残惜しそうに、アースは会場を見た。
そこにトリプトルの姿はなく、精霊たちが閉会式の用意を始めている。
解除はその場に留まる者、我先にと踵を返すもの、様様だ。
この大会の出場資格は「学校に在籍するもの」。
ということは、同じ場所に彼らは存在することになる。
尤も学校は広大な敷地のため、すれ違う可能性すら少ない。
会いたい、とアースは思った。
火の精霊に会いたい、と思った。
数日後、大会の熱が冷めてきた最中、男神クリフ、女神エロースに学校幹部らが報告にきていた。
「土の精霊アース・ブリュンヒルデの協力者に、下記の者を要請します。
風の精霊リュウ・フリッカ。
水の精霊トロイ・ベルズング。
火の精霊トリプトル・ノートゥング」
「彼女はこれまでになき有能な精霊で御座います。彼女には力を惜しんでいてはいけません。風の精霊からは彼女の傍らで支え続けるリュウ・フリッカを。そして交流のない水・火の精霊からは、実力も定評もある先の武術大会決勝者両名。トロイ・ベルズング、トリプトル・ノートゥングを」
「これ以外に編成は考慮されません。決定を、お願い致します」
男神クリフは、深く頷くとちらりと女神を見やる。
この4人は最高の組み合わせであることは、ある程度事情を知っている者ならばいとも簡単に想像がつく。
女神とて、それは理解しているはずであるが、頷かない。
その態度にクリフは忌々しそうに唇を噛締めた。
彼は知っていた。
エロースがあの二人、特にトリプトルを以前から眼にかけ、宮殿に招き入れようとしていたことを。
・・・エロースは美しい異性に目がない女神だ。
金の流れる髪に深い紺碧の瞳、豊満な肉体、妖しい女神・エロース。
我侭で他人に厳しく自分に甘い女神。
女神という立場を利用し、これまで犠牲になった精霊は数知れず。
そんな女がアースを放っておかないわけがない。
アースの類稀なる美貌と才能は、エロースの嫉妬を燃え上がらせるのに十分だ。
そこに更に協力者の選出。
「・・・・よいでしょう、その土の精霊にとっても望外な幸せでしょうね。この選出は」
それだけ口にし、あとは芳醇なワインを飲み始める。
確認が取れたため、幹部らは恭しく礼をすると、そのまま立ち去る。
「エロース、真面目にやらないか。我らは神だ。全ての精霊の頂点に立つ者だ。関係ないわけではないのだから、ワインなど飲まずに・・・」
「ほほほ、何を。何の取柄もないおまえが神だなんて。そして私に説教とは。可笑しいこと」
軽く流しながら、エロースは優雅に立ち上がる。
しかし、恨みを込めた瞳で一瞬睨みつけ、その場を去った。
小さく溜息一つ、クリフは長い深紺の長髪を無造作に掻きあげながら、天井を見上げる。
「悪の萌芽は、早めに摘み取らねば。・・・あの精霊が絶望に飲まれないために」
アース・ブリュンヒルデ。
その名を愛しく呼ぶクリフ。
敬うように彼は彼女の名を呼んだ。
バキィ、手にしていた杖が真っ二つに折れる。
怒りをそれにぶつけ、追ったのはエロース。
忌々しそうにその残骸を床に投げつけると、大声で従者を怒鳴りつけた。
「ミリア! ユイ! 来なさいっ」
ヒステリックに叫ぶ主人に、嫌な顔一つ見せず、二人の少女はどこからともなく現れた。
恭しく床にひれ伏す。
「お呼びでございますか、エロース様」
褐色の肌に豊満な身体、流れる髪はまるでアメジスト、瞳は切れ長、整った顔立ちの巫女、ミリア。
「なんなりと、お申し付けくださいませ」
まだ幼い顔立ち、身体、声、意志の強そうな瞳が印象的な巫女、ユイ。
二人の登場で漸く落ち着いたのか、エロースは乱れた髪を直しながら、軽く微笑む。
どっかりとソファに腰掛け、足を組み、見下しながらこう告げた。
「方策を巡らしなさい。土の精霊に気に食わないのがいるの。失脚させることができたら、おまえたちの望みを叶えてあげましょう」
怪訝そうにベシュタは顔を上げた。
細く釣り上がった瞳が鋭い眼光を放つ。
「どうかなさいましたか、ベシュタ様」
傍らで控えていた女が淡々と問う、小さくベシュタは「なんでもない」と返答した。
だが、なんでもない、と言い放った割に彼の表情は曇っていた。
明らかに「動揺」しているといった表情である。
しかし、女は追求しなかった。
詮索は無意味だと、よく心得ているためだ。
彼の名はベシュタ・ジークリンデ、光の精霊の貴族である。
女神エロースも光の精霊の出であるが、女神になる以前、親しくしていた名家がジークリンデ家にあたる。
エロース直属の貴族、といっても過言ではないため、光の精霊の中では3本の指に入るほどの名家だ。
そしてジークリンデ家始まって以来の期待星、と噂されるのが他ならないベシュタである。
冷徹な瞳、猛々しい気迫、堂々たる風格、長けた英知、そして美貌。
近寄りがたい雰囲気があるためか、朴訥さもある。
貴族だというだけで、周りからは畏怖と尊敬、羨望の眼差しを幼い頃からその身に受けていた為か、本人も特に所望しなかった為か、同姓の友人は多くはない。
しかし、異性は吐き捨てるほど寄ってきた。
玉の輿を狙うものが殆どであるが。
不動の地位を生まれながらにして手にしていたベシュタにとって、生活は苦しくなかった。
むしろ呆気なく、物足りなさすら感じる時もあった。
感情を表に出さないことで、「動じない貴族の男」を演じるのが何時からか日課である。
公の場にあまり出たがらないベシュタであるが、それでも今日のこの武術大会は全種族あげての祭りごと、出席しないわけにはいかない。
席は確保されていた、VIP席が。
これといって興味を示していなかったベシュタは、配られる果物を摘みながら虚ろに大会を見やっていたのだが、決勝進出の二人だけは、なんとなく気になり、見ていた。
幼い荒々しさが残る火の精霊トリプトル。
若いながらも何処か通じるものを感じるほどの、冷静さを持ち合わせた水の精霊トロイ。
・・・この両者。
二人が決勝に残ることなど、明白であった。
他の出場者とは、まるで気迫が違う。
だから、思わずこの二人を見やっていたのかもしれない。
決勝進出のアナウンスが熱気を帯びて流れたときも、そう驚きはしなかった、鼻で笑っただけであった。
予想通りか、とばかりに。
しかし、正面から会場を見つめた更にその先で、彼は見つけてしまったのだ。
キィィィ、カトン・・・。
再び音がした、眉を顰めながらベシュタは正面をじっと見る。
二人の精霊が握手を交わす、それよりも遠方。
樹木がそこにあるかと思ったほどの、若葉色の髪。
暈けるはずの風景の中で鮮やかにそこだけ咲き誇る。
「・・・土の精霊か?」
口から小さく漏れたその言葉。
女だということはわかるが表情までは分からない、しかし、彼女から浮かび上がる気配が、すでに尋常ではない。
・・・視線が逸らせない。
キィィィ、カトン。
握手を交しながら、何気なく会場を見やったトリプトルとトロイは、一点で視線を止めていた。
お互い、同じ場所を見ていたのだがそれには気づかないでいる。
視線の先には一人の少女、若葉色の柔らかそうな髪を風に揺らし、頬を薄紅色に染めながら、その少女はこちらを見ていた。
決勝戦が始まるのだから、こちらを見ていて当然ではあるが。
視線が交錯したのは、トリプトルの方であった。
瞬時に、吸い寄せられるように、視線が交わったのだ。
呼吸が停止する、胸が躍る、身体が小刻みに震える。
何かが体内を突き抜けていくように、血液が逆流するかのように、強い圧迫感を覚える。
「あの、子は・・・」
ようやく口から漏れた一声に、トロイが我に返った。
唇を微かに噛締めながら、トロイが先にトリプトルを見据えた。
握手の手をするりと抜き、二歩後退して、深呼吸。
「トリプトル・・・始まるぞ」
その声に遅れて我に返ったトリプトルは、慌てて二歩後退すると硬く瞳を閉じた。
まだ、震えが止まらない、耳の奥で音がしている。
これは何の音か、木材同士が軽くぶつかる音?
彷彿とトロイを眼に映しながら、考えていることはあの少女のことばかり。
今から大事な決勝戦だというのに・・・。
軽く頭を振りながら大げさに瞬きをすると
「よっしゃあ」
と張り詰めた声で叫ぶ。
気合を、入れ直す。
それが合図かのように、アナウンスが響き渡った、開幕である。
「試合、開始!」
うわぁぁぁぁぁぁ!
星が揺れた、会場が沸いた、熱気が膨れ上がる。
その大歓声の期待を裏切らず、二人は瞬時に腰に下げていた剣を抜き放つと、キィン、と小気味良い音を立て、ぶつかり合った。
更に会場は盛り上がる。
「すっげぇ! いけぇ、がんばれぇ!」
リュウが無我夢中で手を振り上げるのを、瞳の隅に入れながら。
アースは手を組み、熱い眼差しでトリプトルを見つめた、自分でも知らぬ間に。
「がんばってください・・・」
小さく呟くその声は、周りの歓声に塗れて、誰の耳にも届かない。
硬く握る手の平に、じんわりと汗が広がる。
他人を真剣に思うなど、初めての経験であった。
・・・あの火の精霊に、見惚れてしまった。
凛々しい瞳、流れる髪、形の良い唇、「綺麗だ」とアースは率直思った。
今まで見てきたどんなものよりも美しいと、そう思ったのだ。
幼さの残るその表情も、暖かそうなその胸も、とにかく全てがアースの瞳に映る。
「・・・・・・」
とくん、とくん。
心臓が早鐘を鳴らす、体温が上がる。
視線を逸らす事などできない、催眠にかけられたように虚ろな瞳で追いつづける。
ずっと、見ていたい、それだけで。
ぶるっと震え、アースは力強く自身の両肩を手で掴んだ。
そうでもしていないと身体の震えに耐えられない。
まわりの歓声など耳に入らない。
熱狂するその会場で、放心状態のアースは眩暈に襲われながらも、それでもトリプトルを見続けた。
彼がトロイに蹴られ吹き飛び、危うく大木から落ちそうになりながらも、懸命に体勢を直し、向かう姿はとても勇敢だ。
剣先をトロイに向けて一直線に走り、横に振る、だがトロイのほうが一枚上手で、軽々とそれを飛び抜けると、反撃を再開。
両手で大剣を硬く握り締めると、素早い動きでトリプトルに切りかかる。
ガキィ、金属が削れる鈍い音。
会場から悲痛な声が漏れた、トリプトルの剣が欠けたのだ。
さすがはトロイ、毎年の優勝者である、動きに無駄が全くない。
着実にトリプトルを追い詰めた。
長期戦に持ち込めば、技術力の高いトロイが勝つに違いない。
焦りが出始めている自分に、短期戦でいかねば、と暗示をかけるトリプトル。
一旦距離を置くと、呼吸を整えるため深呼吸。
何かを感じ、トロイは心持、低く腰を構えると、目を細めて親友を見やる。
空気が、一瞬停止する。
次の瞬間、ゴォ、という突風と共に、凄まじい瞬発力でトリプトルが突撃した。
右手で剣を構えながら、左手の拳をトロイに突き出す。
「ちょっと早くないか?」
舌打ちしながら攻撃に備えるトロイは、剣先を自分の周りで回転させる。
次の瞬間、爆音が響いた。
うぉぉぉぉぉぉぉ!
会場が絶頂を迎える、お互い魔力を使用しての戦いとなったのだ。
熱風が吹き荒れる中、氷の壁でそれを防ぐトロイと、執拗に剣を振り上げるトリプトル。
「いっけぇ!」
炎を繰り出すトリプトルに流石にトロイも唇を噛締めた。
しかし、負けてはいない、背後に強大な氷の刃を作り出すと、トリプトル目掛けて放つ。
「負けるかぁっ」
瞬時に反応したトリプトルは、気合で大声で叫びながら必死に抗う。
炎と氷、相殺する。
正反対のその物質、火の精霊と水の精霊。
やはり、持久力はトロイが上手だった。
先に大掛かりな攻撃を仕掛けたトリプトルは、防衛を優先していたトロイよりも力の消耗が激しく、荒い呼吸を繰り返している。
「・・・力の配分を考えないと、そうなるんだ」
一気に間合いを詰め、トロイの剣先は見事に、トリプトルの喉元で止まる。
しん・・・会場は静寂に包まれるが、それは一瞬のこと。
ドォォォォン、と爆音、星は再び歓声に包まれる。
「勝者! 水の精霊トロイ・ベルズング! しかし、トリプトルも紙一重でした! 次回の彼の報復が楽しみです」
歓声に包まれながら、倒れこんだトリプトルは唇を尖らせながら、瞳を硬く閉じた。
「まぁまあだった」
軽く笑いつつ手を差し伸べるトロイに渋々捕まると、空を仰ぎ呟く。
「・・・あの子の前で、負けたくなかった」
「あの子・・・?」
瞳を軽く見開くトロイに返答せず、剣を鞘に戻すと、トリプトルは会場を見やる。
・・・少女の存在するその部分だけ、鮮明に映る。
やはりこちらを見ていた少女は、視線が重なると、弾かれたように身体を硬直させる。
それでもおずおずと微笑んだ。
小さな拍手をしながら。
その少女の笑顔に、言葉を失ったトリプトル、そしてトロイ。
その拍手と笑顔が、勝者である自分に向けられていると錯覚したトロイは、小さく会釈をした。
トリプトルの前方に立っていた彼だ、間違えても無理はない。
一方トリプトルは動じることができなかった。
硬直してしまった身体は、どうにもならない。
笑顔一つ向けてあげられれば良かったのに、と後悔しても遅い。
何も出来ないまま、少女を見つめる。
「かっこよかったな、二人とも! 僕もああいう風に戦いたい・・・なんてね」
大きく伸びをしながらそう叫び笑うリュウの隣で、相変わらずアースは惚けていた。
「アース?」
覗き込まれて、ようやく我に返るったアースは、小さく頷く。
「なんていうか・・・緊張したね」
「そうだね、興奮して堪らないよ! 次回も見に来ような!」
「うん、もちろんだよ」
名残惜しそうに、アースは会場を見た。
そこにトリプトルの姿はなく、精霊たちが閉会式の用意を始めている。
解除はその場に留まる者、我先にと踵を返すもの、様様だ。
この大会の出場資格は「学校に在籍するもの」。
ということは、同じ場所に彼らは存在することになる。
尤も学校は広大な敷地のため、すれ違う可能性すら少ない。
会いたい、とアースは思った。
火の精霊に会いたい、と思った。
数日後、大会の熱が冷めてきた最中、男神クリフ、女神エロースに学校幹部らが報告にきていた。
「土の精霊アース・ブリュンヒルデの協力者に、下記の者を要請します。
風の精霊リュウ・フリッカ。
水の精霊トロイ・ベルズング。
火の精霊トリプトル・ノートゥング」
「彼女はこれまでになき有能な精霊で御座います。彼女には力を惜しんでいてはいけません。風の精霊からは彼女の傍らで支え続けるリュウ・フリッカを。そして交流のない水・火の精霊からは、実力も定評もある先の武術大会決勝者両名。トロイ・ベルズング、トリプトル・ノートゥングを」
「これ以外に編成は考慮されません。決定を、お願い致します」
男神クリフは、深く頷くとちらりと女神を見やる。
この4人は最高の組み合わせであることは、ある程度事情を知っている者ならばいとも簡単に想像がつく。
女神とて、それは理解しているはずであるが、頷かない。
その態度にクリフは忌々しそうに唇を噛締めた。
彼は知っていた。
エロースがあの二人、特にトリプトルを以前から眼にかけ、宮殿に招き入れようとしていたことを。
・・・エロースは美しい異性に目がない女神だ。
金の流れる髪に深い紺碧の瞳、豊満な肉体、妖しい女神・エロース。
我侭で他人に厳しく自分に甘い女神。
女神という立場を利用し、これまで犠牲になった精霊は数知れず。
そんな女がアースを放っておかないわけがない。
アースの類稀なる美貌と才能は、エロースの嫉妬を燃え上がらせるのに十分だ。
そこに更に協力者の選出。
「・・・・よいでしょう、その土の精霊にとっても望外な幸せでしょうね。この選出は」
それだけ口にし、あとは芳醇なワインを飲み始める。
確認が取れたため、幹部らは恭しく礼をすると、そのまま立ち去る。
「エロース、真面目にやらないか。我らは神だ。全ての精霊の頂点に立つ者だ。関係ないわけではないのだから、ワインなど飲まずに・・・」
「ほほほ、何を。何の取柄もないおまえが神だなんて。そして私に説教とは。可笑しいこと」
軽く流しながら、エロースは優雅に立ち上がる。
しかし、恨みを込めた瞳で一瞬睨みつけ、その場を去った。
小さく溜息一つ、クリフは長い深紺の長髪を無造作に掻きあげながら、天井を見上げる。
「悪の萌芽は、早めに摘み取らねば。・・・あの精霊が絶望に飲まれないために」
アース・ブリュンヒルデ。
その名を愛しく呼ぶクリフ。
敬うように彼は彼女の名を呼んだ。
バキィ、手にしていた杖が真っ二つに折れる。
怒りをそれにぶつけ、追ったのはエロース。
忌々しそうにその残骸を床に投げつけると、大声で従者を怒鳴りつけた。
「ミリア! ユイ! 来なさいっ」
ヒステリックに叫ぶ主人に、嫌な顔一つ見せず、二人の少女はどこからともなく現れた。
恭しく床にひれ伏す。
「お呼びでございますか、エロース様」
褐色の肌に豊満な身体、流れる髪はまるでアメジスト、瞳は切れ長、整った顔立ちの巫女、ミリア。
「なんなりと、お申し付けくださいませ」
まだ幼い顔立ち、身体、声、意志の強そうな瞳が印象的な巫女、ユイ。
二人の登場で漸く落ち着いたのか、エロースは乱れた髪を直しながら、軽く微笑む。
どっかりとソファに腰掛け、足を組み、見下しながらこう告げた。
「方策を巡らしなさい。土の精霊に気に食わないのがいるの。失脚させることができたら、おまえたちの望みを叶えてあげましょう」
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