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そんな相手でも受け入れは不可能だったのだから、今回の人間でも無理だろう、と老樹は深い溜息を吐く。
「懐かしい話じゃの。しかし、まるで昨日のようでもあり。廻り廻って歴史は繰り返されるのじゃ」
微かに項垂れているようにも見える老樹に、動物達は咆哮を止めた。
「とにかく、人間と仲良くなりたいアニスの為にも、人間を襲うのは止しなさい。まして、あのトカミエルという人間に何かあったら、お前達はどうするつもりだね?」
老樹の言葉に、動物達は一斉に俯くとただ、押し黙るより他なかった。
『あぁ、そうか。人間に何かあったらアニスが悲しむんだ』
その日アニスはいつものように、リス達と木の上から人間達を観察していた。
今日は花が咲き乱れる花畑で、花を摘みながら結上げて指輪やら、腕輪やら、冠やらを作っている。
アニスには到底考え付かない遊びで、指先を器用にくるくると動かしながら作り上げていくのを真剣に見入っている。
感嘆の溜息を漏らしながら、楽しそうに笑っているアニスの傍ら、リスは深い溜息を吐いた。
「トカミエル、トカミエル! 私に冠作ってよ。お姫様の冠ね」
「よし、分かった。オルビスは綺麗だものな、飛び切りの冠を作るよ」
「わぁ。嬉しいっ! じゃあ、それを使ってみんなで後で劇やらない? 私、囚われのお姫様。トカミエルが、お姫様を助けに来る王子様。後は・・・適当で」
「はは・・・。わかったよ」
オルビス、と呼ばれた少女は現在街で一番の金持ちの娘だ。
煌びやかな衣装は、いつも少女達の憧れであり、容姿も悪くない、勝気な瞳が際立つ。
少年達の主格がトカミエルならば、少女達の主格がオルビスだろうか。
苦笑いしながら、他の子供達も集まってきて、冠の完成を待つ。
その間、劇の役柄を皆は決めるのだった。
一人トカミエルは、オルビスに頼まれた通り、黙々と冠を作る。
純白の花と緑の葉が織り成す、色彩の美しさ。
オルビスの栗毛に、その冠は良く映えそうだ。
オルビスがトカミエルに好意を抱いているのは公然の秘密であり、それは当然の事の様にも思えた。
押しの強いオルビス、満更でもないトカミエル、二人は常に共に行動していたので、恋仲のようだ。
「出来たよ、オルビス姫」
「まぁ、嬉しいですわ、トカミエル王子」
冠を頭上に乗せて貰うと、オルビスは上機嫌でスカートの裾を摘み、軽く会釈をする。
既に劇は始まっているのだ。
仲睦まじく暮らす二人に、割って入る敵役の子供達。
「やぁやぁ、近頃評判の美しい姫だなっ、貰っていくぞー、あーはっはっはっは!」
「きゃー! 助けて、トカミエル王子っ」
数人の子供に担がれて、遠くへ連れて行かれるオルビスを、トカミエルと家来役の子供達が追う。
アニスは木の上からそんな在り来たりな劇を、愉快そうに手を叩きながら見ていた。
何もかもが新鮮で、胸が高鳴る。
人間とは、なんて面白い事を考えるのだろう。
暫くして陽は傾き、空が暗くなり始めると、子供達は森から出て行った。
「明日はオレとトリアの誕生日会だから、みんな出席してくれよ」
「もちろん行くわ! この間買って貰った一番の可愛いドレスを着て行くわ」
言いながらオルビスはその頭上の冠を投げ捨てると、トカミエルの腕に抱きついた。
ようやく静まり返り始めた花畑に、人間達が摘み散らかした花や花で作られた物が転がっている。
一時的に心を満たす『玩具』であって、終わってしまえば興味がない代物だ。
好きなトカミエルに作らせた冠ですら、オルビスは躊躇なく放り投げた。
取って置いたところで、枯れて醜くなる花冠など、不要である。
アニスは木から身を乗り出し、離れていく人間達に耳を澄ませる。
「誕生日会、って・・・何? 知ってる?」
「さぁ? っていうか、アニス、危ないよっ!! ぎゃーっ」
リスが必死にアニスを引っ張ったのだが、支えは意味を成さず。
枝があると思った場所にそれはなく、宙を掴んだアニスの身体はバランスを崩して豊かな木の葉の間から、ひょっこりと顔を出した。
ガサガサガサ・・・
「え?」
その葉の音に気づいたリュンが、一人その木を見、アニスの姿を捉えた。
木の葉から逆さまに顔を出している見たこともない少女。
木の葉に混ざる見事な新緑の髪、大きな緑の瞳、不思議そうに首を傾げてこちらを見ている、想像を超える美少女。
リュンは思わず顔を赤らめて惚けてアニスを見つめた。
仲間達が去っていくのも構わず、リュンはひたすらアニスを魅入ってしまった。
「・・・何してるんだ、リュン」
肩を叩かれて、小さな悲鳴を一つ、身体を飛び上がらせると、リュンは頭を振り、自分の頬を抓った。
痛いので、夢ではなかったようだ。
現実だと確認すると、リュンは声をかけてきた人物、トリアの腕を引っ張って、アニスの居た木を指した。
「ちょ、トリア、見て見て、あそこ! あの木だよっ! すっごく可愛い女の子が・・・あれ?」
「女の子?」
興奮気味に自分を強い力で引っ張るリュンに苦笑いをしながら、トリアは一応その木を見た。
が、アニスの姿はそこにはない。
リス達が血相抱えて必死にアニスを引っ張り上げたのだ。
「あそこに居たんだってばっ。すっごい可愛い子がっ」
「とりあえず、落ち着け。オレ達の知らない女の子が? 木に?」
「そうっ! あんな可愛い子、見たことないよ! びっくりだよっ」
「でもなぁ、街の面子ならみんな知ってるし・・・知らない女の子だなんて・・・」
「信じてくれないわけ? 本当に居たんだよ、顔を出してたんだ」
「妖精だったりしてな。とりあえず、帰るぞリュン。遅いから見に来てやったんだからな」
「むー・・・。・・・ぜーったい居たんだからね」
「リュンが嘘をつかないことは知ってる。見間違いでもなさそうだ、な」
「トリアも、きっと気に入ると思うよ。すっごい可愛いんだ」
可愛い、と連呼するリュンにトリアは軽く苦笑いする。
このあどけないリュンが異性を『可愛い』と興奮気味に語るのは今までなかったことなので、トリアは強ち見間違いではないと思っていた。
しかし、一体誰なのか?
街の同年代のメンバーは把握しているはずだし、仮に最近引っ越して来た娘だとしても、それだけ可愛いのなら噂になるはずだがなっていない。
該当者がいない。
まさか、本当に妖精? そんな馬鹿な・・・。
だが、リュン同様トリアもその話が気になる様子で、何度も振り返って足を止めては、木を見つめている。
項垂れながら、純白の子ウサギがアニスに身体を摺り寄せ呟く。
愛しそうに何度もアニスの身体に鼻を押し付けた。
「嫌だな。とられたくないな! アニスが居なくなるのは嫌だな!」
子ウサギの発言に、今まで堪え、言葉として吐き出すのを躊躇していた動物達が、連鎖反応で一斉にざわめき出す。
話を聞いていれば分かる、アニスは、すっかりあの人間のトカミエルに心を奪われてしまっていた。
誰も見たことがなかった、頬を赤く染めて語るアニスを見るたび、不安と焦燥感で胸が苦しくなる。
喧騒の中、アニスは月の光りを浴びたまま、ぐっすりと穏やかに笑みを浮かべて眠りに就いている。
その、穏やかな笑みを動物達は護りたいと、そう思った。
人間と妖精、決して相容れぬ存在だろう。
上手くいくとは到底思えない。
・・・この、笑顔を。・・・近くで見て居たいんだ。それだけ、なんだ。
「我らが団結して、人間の街を襲えば良い。街を捨てて逃げ去るだろう」
暗闇の中から、気高き狼達が総出でやってきた。
鋭い眼光を煌かせながら、街の方角を見つめ、咆哮する。
動物達の生態系で、頂点に立つとも思われる狼達、しかし、この老樹の下だけは、どんな種族の動物達も決して争わない。
平素ならば逃げ惑うだけのウサギが、今はこうして狼達を頼もしく見上げていた。
「わしらも、協力しよう」
熊達がのっそりと、しかし、地面を雄雄しく踏みつけながらやってくる。
猪達が低く唸りながら、土煙を上げながら、遠方から突進してくる。
小動物たちも、体勢を低くして小さく唸りながら、街の方角を見やった、足元に噛み付くことくらい出来るだろう。
「・・・黙りなさい」
いきり立ち、それぞれ雄叫びを動物達が上げる中で、老樹が静かに怒気を含んだ口調で冷たい一喝を入れた。
その声は初めて聞く声で、瞬時に皆の先程迄の威勢を消失させる。
辺りは静寂に包まれ、動物達は尻尾を丸めて項垂れたまま、次の声を待った。
「そんな事をしてみてごらん。アニスはどう思う? 人間達と関わりたい、そう願っているアニスはどう思う? 闇雲に破壊だけでは、何も変わらんよ」
「でも、じゃあ、他に何が出来るのですか!? 教えてください老樹様。その膨大な知識で何か別の方法が思いつくのならっ」
鹿が吼えるように老樹に叫んだ。
仲間達が軽く制するも、その返答は皆聞きたいようで静まり返ったままのその場所。
方法か・・・。
小さく呟いた老樹は葉をざわつかせながら、月を仰いだ。
光り輝く星々を何度も目で追いながら、自嘲気味に笑う。
遠い遠い昔、老樹の兄弟達は、とある宇宙の片隅の爆発によって惑星ごと消失した。
「わしは、あの時の生き残り。遠い遠いこの惑星で芽を出し、育ってきた真実をしるどんぐりの生き残り」
そう呟いた老樹に、動物達は不安げに首を傾げる。
意味が分からない。
だが、酷く哀しそうで、今にも崩れ落ちそうな老樹を見ていると、それ以上何も言えなかった。
健やかな寝息を立てて眠り込んでいるアニスを見下ろし、暫し懐かしそうに見入っていたが、不意に人間の街に視線を移動した。
「歴史は繰り返すか。それとも、ここで断ち切るか」
謎めいた発言に動物達は眉を寄せたが、それでも言葉は発しない。
大人しく聞き入る。
独り言なのか、皆に言い聞かせているのか、自身に語っているのか。
「まぁ、共存しかないじゃろうな。ただ、人間達と隔たりなく接することが出来るかが問題だ。わしらは良くとも、人間達がそれを拒否すれば無理じゃの。一方通行の思いではどうにもならん。可能性は低いの」
「無理ですよ、そんなの! 無理だからこうして他に方法がないのかを話し合っているのですよ!?」
動物達が一斉に口々に言葉を吐き出す。
深夜の森林に、動物達の咆哮が木霊した。
「非常に難しいが、出来ないと決め付けるのは早い」
老樹は再び空を仰ぐ。
昔。
人間達よりももっと高度な神や精霊神に、一人の少女を守る為に、強いては宇宙を守る為に和解を求めたが、高慢な彼らは聴く耳持たずして、滅んでいった。
そんな相手でも受け入れは不可能だったのだから、今回の人間でも無理だろう、と老樹は深い溜息を吐く。
「懐かしい話じゃの。しかし、まるで昨日のようでもあり。廻り廻って歴史は繰り返されるのじゃ」
この間思い切り名前を間違えたので。
メモがてら。
アース・ブリュンヒルデ ←ぽいんと
↓
アリア・ブラウン
↓
アニス
↓
アイラ・シュベルト
↓
アリン・アリハンブラ
↓
アロス
↓
アミィ・グンター
↓
アンリ・グラーネ
↓
アサギ・タガミ(田上 浅葱)
トリプトル・ノートゥング
↓
トダシリア・カミュ
↓
トカミエル・バルトラウテ
↓
トレベレス・ウィーン
↓
トラリオン・シュナー
↓
トシェリー・シェスタ
↓
忘れた(ぇぇぇ)
↓
トリュフェ・バーべ
↓
トランシス・ライフ・ディアシュ
トロイ・ベルズング
↓
トバエ・カミュ
↓
トリア・バルトラウテ
↓
トライ・ウィーン
↓
トバン・シュナー
↓
トリフ・ネバダ
↓
忘れた(わぁ)
↓
トロワ・バーべ
↓
トビィ・サング・レジョン
リュウ・フリッカ
↓
リオン・
↓
リュン・アルジェ
↓
リュイ・ガレン
↓
リュカ・ティマー
↓
リシン・
↓
忘れた(ぁぁ)
↓
リアン・フリート
↓
リョウ・ミカワ(三河 亮)
ベシュタ・ジークリンデ
↓
ベリアル
↓
ベトニー・ブルゴーニュ
↓
ベルガー・オルトリンデ
↓
ベルギー・ハドソン
↓
ベイリフ・ループ
↓
忘れた(・・・)
↓
ベルギー・フローバル
↓
ベルーガ・フォン・アルフレッド
疲れたー(ばたり)。
だから、トビィ君の装備品の剣の名前が「ブリュンヒルデ」なんですよー。
という、余談。
さてー。
木登り、花摘み、昆虫採集、かくれんぼに鬼ごっこ、川遊び・・・。
人間の子供達の楽しそうな笑い声に、数日は身を潜めて隠れていたのだが、幼いリスの兄弟と興味本位で見に行く事にした。
木の上からアニスとリス達は下で駆け回る人間達を、愉快そうに見つめる。
「でも、アニス。言いつけは言いつけだから見てるだけだよ」
「そうだよ、ちゃんと息を潜めて気配を消して、見ているだけだよ」
そっと下の様子を伺うアニスに、内心冷や汗ものでリス達は話しかけた。
リス達も気になるのだろうが、親に怒られるのが怖いらしい。
周りの木々達は、困惑気味に葉をざわつかせて、森の奥へ帰るように促した。
「でも、見て? あの人達が怖い人に見える? 凄く楽しそうだよ。何をやってるのかな、一緒に遊んでみたいのだけど」
「えぇ!? 無理だよ、アニス、帰ろうよっ」
人間観察に夢中のアニスに、リス達は気が気でなくて辺りを見回しながら、木の枝を走り回った。
うっとりと瞳を細めながら、アニスは夢中で人間を眼で追う。
一緒になって笑いながら、木の上で楽しそうに身体を揺らした。
「さて、そろそろ陽も落ちてきた。帰ろうか」
「はーい、明日はかくれんぼしたいな、また。いいでしょ、トカミエル」
鳩を弓矢で射たトカミエルが、多くの少女達に手を引かれながら、森から出て行った。
少女達はうっとりと腕にじゃれ合って、帰っていく。
その動きをアニスはじっと見つめた。
自分では気がついていないのだが、トカミエルの姿だけを追っていた。
アニスの瞳に、常に中心人物であるトカミエルの姿は印象的で、眩しい存在となって映る。
森に人間達が遊びにくる度に、アニスは皆が止めるのも聞かずに見に行った。
来る日も来る日も、飽きもせずに人間を見つめる。
雨の日は来なかったので、拗ねてアニスも木の根に隠れて一日中眠りに就いた。
人間達の遊び方は、アニスの知らないものが多く、心を躍らせてそれを見ていた。
そして何よりトカミエル。
笑顔で夢中で駆け回る姿を見ているのがアニスは大好きだった。
何処にいても、必ず見つけられる。
豪快な笑い声と、仲間を思う優しい心、河や森を突き進む勇敢さ。
ずっと、ずっと、目で追い続ける。
人間を見ているのではなくて、トカミエルを、見ている。
綺麗な紫銀の髪が風に揺れて、思わず手を伸ばしたくなる。
紫の瞳が眩しく光り、優しそうに笑みを零すのを見ると、目の前に飛び出したくなる。
動物も、植物も、森の命全てが、この事態に息を呑んだ。
人間は危険なイキモノだから、と説明を何度しても、「違う、違う」と哀しそうに首を振るばかりのアニス。
瞳を潤ませて精一杯人間を庇うのだ。
しまいには、人間達が衣服を身に纏っていることに気がつき、自分も欲しい、と言い出す始末。
困ったように顔を見合わせ、それでも大事なアニスの為に何かしてあげたいと、動物達は必死に考えた。
人間の街へと行けば、衣服は有り触れている、問題はどう運ぶか、だ。
それでも一羽の鷹が何度か偵察に街へと飛び立ち、人間は晴れた日に服を水で洗ってから、干して乾かして服を着る・・・という習慣に気がついた。
街外れの一目につかない場所を見つけ出し、ある日ついにロープに引っ掛けてあった衣服を巧みに嘴で咥えて森へと戻ってきた。
アニスにその衣服を差し出すと、鷹は手ごろな木の枝に止まり、アニスを見つめる。
恐る恐るアニスはそれを手に取ると、人間の見よう見真似で衣服を着てみた。
羽根の部分は必死にアライグマがその鋭い爪で引き裂いてみる。
しわだらけになった衣服だが、アニスは嬉しそうにそれを着た。
サイズは多少合わず、大きめであったが、すっぽり頭から被ってみて、河に姿を写してみる。
初めて着た衣服に感動し、アニスはくるくると回りながら鷹に何度もお礼を言った。
森中を駆け回り、衣服を嬉しそうに皆に見せる。
アニスの笑顔を見ていると、これはこれでよかったのだ、と皆そう思った。
衣服を着たまま、アニスは木の上から人間達を見守り続ける。
「今日はね、また『かくれんぼ』をみんなでしていたの。凄いんだよ、人間って。色んなトコに隠れるの。それでね、最後まで残ったのはやっぱりトカミエルなの。なんていうの? 誰からも信頼されている存在で。凄いの!」
人間達を見ると、その日の感想を話し出すアニス。
眉を潜めて不安げに動物達は毎回話を聞いていた。
楽しそうに話すアニスに、人間は危険だから、と言える者も多くはおらず。
知らず皆溜息を吐き出してしまう。
「アニスや。そのトカミエル、という人間はよく話に出てくるね」
どんぐりの木が、沈黙する皆の代表で優しくそう囁いた。
固唾を飲んでアニスの言葉を待つ。
「そうだね、そういえば。だって、目立つんだもん」
「目立つ・・・目立つからアニスはいつも見てしまうのかい?」
「・・・分からないけど・・・違うような気がする。目立つからじゃない気がする・・・」
小さくそう呟いたアニス、自分自身でその言葉に困惑の表情を浮かべてしまう。
アニスは誰にでも平等だ。
好き、の気持ちも平等だ。
そのはずだった。
が、明らかにトカミエルのことばかり話してしまう自分に、首を傾げる。
森の皆は気がついていた。
アニスの中でトカミエルの存在が日に日に大きくなっていくことに。
トカミエルへの「好き」が、皆と同じ「好き」ではないことに。
アニスが、トカミエルに恋してしまった、ということに。
けれども、アニスは「恋」という単語を知らない。
誰かに一人にのみ発生するその気持ちを、恋と呼ぶことを、知らない。
それでもなんとなく気がついていた。
トカミエルのことしか、考えていない自分。
人間たちが帰った後も、トカミエルを思い出してしまう自分。
トカミエルを見ると、幸せな気分になれる自分。
「この気持ち、なんて呼ぶの・・・?」
アニスは胸を軽く抑えた。
とくん、とくん、と波打つ音。
トカミエル。
小さく名前を呼ぶだけで、何故か心が暖かくなる。
トカミエル。
もう一度呼ぶとなんだかくすぐったくて、思わず笑ってしまう。
深夜、老樹の下で眠りに就くアニス。
夜空に満点の星が輝く頃、月は見事なまでに神々しい光りを森林へと降り注いだ。
一筋の光りが、アニスを照らす。
見つめながら寄り添ってきた動物達は哀しそうに鼻を鳴らした。
「ねぇ、老樹様。アニスはこのまま人間達のトコロへと行ってしまうの?」
数羽の鳥に聞こえたその少年達の声。
初めて遭遇した『弓矢』というものに一羽の鳩が胴体を射抜かれ、そのまま抗う術もなく地面へと落下した。
大声で鳴きながら、山鳩達は騒然とし宙を羽音を立てて舞ったが、犠牲者を出さない為に一羽一羽と、森林へと戻っていく。
射抜かれた鳩を一瞬見つめるも、鳩達は戻った。
森林へ戻り『人間』の野蛮さを住人へと知らせる為に。
「やったぁ! 命中だよトカミエル、すっげーっ!!」
地に落下した鳩を、矢ごと拾い上げながら少年達は弓を持ったトカミエル、という少年を見た。
「ふん、思ったよりトロい生き物だったから。大したことないよ」
自慢げにそうさらり、と言ったトカミエルは鳩には見向きもしないで大人達の列に加わる。
紫銀の髪にアメジストのように光を放つ紫の瞳の少年は、風に髪を靡かせると軽く笑った。
少女達がトカミエルに歓声を上げて寄り添ってきた、確かに容姿はなかなかのものだろう。
だが容姿よりもその弓矢の腕前と、無邪気に笑う表情が、異性を虜にしているようだった。
「ちょっとトカミエル! なんてことするんだよ! 可哀想じゃないか、食べもしないのに射るなんて! 無暗に動物達を殺しちゃいけないんだよ」
少女達に囲まれ、少年達に尊敬の眼差しで見つめられていたトカミエルの元へと、二人の少年が駆け寄ってきた。
弓矢をトカミエルが構えた時点で止めるべきだった・・・と後悔の念で表情が曇っている。
悲痛そうに射抜かれた鳩を見やった。
一人はトカミエルと同じ髪と瞳の持ち主で、何処となく雰囲気も似ていた。
長髪で後ろで一つに束ねてあり、幼さの残るトカミエルとは反対に大人びた印象だ。
容姿はトカミエルよりも美しく、その切れ長の瞳に微笑まれたならば、心を軽く鷲掴みにされてしまうだろう。
もう一人のトカミエルに注意した少年は、黒髪のまだ幼さの残る少年で、左の目下の黒子が可愛らしい。
「大丈夫だよ、リュン。鳥ってのはたくさん存在するから、一羽くらいどうってことないんだよ」
髪を掻き揚げながら苦笑いしてトカミエルは、リュンを荒々しく撫でた。
その子ども扱いする手を跳ね除け、不服そうに叫ぶ。
「でもっ! 可哀想だよ、痛いんだよ!? 死んでしまったんだよ」
「・・・トカミエル、はしゃぎ過ぎだ。子供っぽい。煩い。弓の腕を見せびらかしたいのなら、もっと役に立つことをしろ。リュン、行くぞ」
リュンの腕を軽く掴んで、一瞥トカミエルに目をくれると、そのまま振り返ることなく歩き出す。
「なっ・・・! 待てよ、トリア! 今の言い方ムカつくっ」
・・・。
椋鳥からその話を聞きながら、アニスは瞳を伏せたままだった。
森林の中で死が訪れないわけではない。
生きる為に、捕食しなければいけないのだから、死というものをアニスとて知っていた。
けれども、人間とは生きる為ではなく、同じ生きているものを殺してしまうのか。
他人が生きる為に尊い命を犠牲にするのではなく、ただ、気分でその山鳩は殺されたというのか。
哀しそうに瞳を伏せ、軽く胸を押さえたアニス達を気まずそうに椋鳥たちは見た。
出来るなら話をしたくなかった、しかし、アニスに人間の恐怖を覚えさせておかなければいけなかった。
確実にこの恵み豊かな森林へと人間達はやってくるだろう。
そして街を創るのだろう。
そうなった時、好奇心旺盛なアニスのことだから、人間達を観に行くだろう。
アニスを人間達に見られたら、その物珍しさに捕らえられるのは目に見えていた。
捕らえられれば見世物小屋に閉じ込められるだろう、妖精というだけで、人は集まる。
また、人間の目から見れば稀な美少女の風貌だ、買い手も出てきて高額で売り捌かれるかもしれない。
「だからお願い、人間には近づかないと約束して、アニス」
「・・・うん、でもね」
頷いた、軽く。
それだけで椋鳥たちは喜んで、宙を華麗に舞うと可愛らしく鳴く。
けれども、打ち消された自分の言葉を言い直そうかアニスは迷っていた。
「ホントに、悪いものなのかな・・・? 話し合えば分かって貰えるんじゃないかな・・・」
困惑気味にアニスは水鏡に映る自分を見つめる。
やがて、人間達は予想通り森林近くに街を建設し始めた。
肥沃な大地に、人間達は次々とテントを張ると河で水浴びをし、今までの汚れを流し落とした。
水浴びしながら魚を生け捕り、夕飯の支度を。
森林でウサギやシカを狩り、木の実に茸、山菜を採る。
初日は土地の確保に盛大な宴を開いて、今までを労う。
自分達の街が出来るのだ、嬉しいことないだろう。
「見たか? あの河大層な大物が住んでいるぞ!」
「栄養が豊富なんだろうな。森林の茸も立派だった。まだ把握できていないけれどこの分だと薬になる植物も多そうだ」
火を焚き、深夜まで大騒ぎする人間たちを遠目に見ながら、動物達は言い知れぬ不安に身を寄せ合った。
炎の煙が空へと舞う。
宝石箱を引っくり返したような星空に、煙が吸い込まれていった。
翌朝から人間達は張り切って森林の木々を伐採した。
木造の建物、粘土で固めた家、土地の配分を決め、旅の最中で意見を言い合って決めたように、街の配置通りに事を運んでいく。
皆、自分達の住処を作ることに没頭し、子供達も親の手伝いをしている。
まだ森林の奥地へは人間達は足を踏み入れなかった。
もともと手付かずの森林だ、入り口だけでも立派な食材が手に入る。
約一年が経過した。
テンプレーターと名付けられたその街は、旅人や商人が続々と集まってくる画期的な都市へと移り変わっていく。
手を伸ばせば隣に河も森林もある。
皆が裕福な暮らしを始め、一から自分達で作った街なのだから余計に愛着も沸いていた。
移住者も増え、人口は増加を辿り、次々に街が拡大されていく。
個人経営の店が質のよい品物を店先に並べ、それぞれが売り上げを伸ばしていた。
街には学校も建てられ、子供達はそこに通い始めている。
学費は安く、誰でも通えるように設定し、未来を担う大事な子供達に字を教え、商業の成り立ちを教え、薬草の見分け方を課外授業し、大人達の有りっ丈の知識を子供達へと引き継いで行った。
学問だけでなく、友人と遊ぶことにも力を入れ、授業の一環で街の掃除をしたり、店を手伝ったり、様々なことを教える。
そして動物達の予想通り、人間の子供達は学校が終われば、もしくは授業中の自由課題で森林へと足を伸ばし始めたのである。
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