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木登り、花摘み、昆虫採集、かくれんぼに鬼ごっこ、川遊び・・・。
人間の子供達の楽しそうな笑い声に、数日は身を潜めて隠れていたのだが、幼いリスの兄弟と興味本位で見に行く事にした。
木の上からアニスとリス達は下で駆け回る人間達を、愉快そうに見つめる。
「でも、アニス。言いつけは言いつけだから見てるだけだよ」
「そうだよ、ちゃんと息を潜めて気配を消して、見ているだけだよ」
そっと下の様子を伺うアニスに、内心冷や汗ものでリス達は話しかけた。
リス達も気になるのだろうが、親に怒られるのが怖いらしい。
周りの木々達は、困惑気味に葉をざわつかせて、森の奥へ帰るように促した。
「でも、見て? あの人達が怖い人に見える? 凄く楽しそうだよ。何をやってるのかな、一緒に遊んでみたいのだけど」
「えぇ!? 無理だよ、アニス、帰ろうよっ」
人間観察に夢中のアニスに、リス達は気が気でなくて辺りを見回しながら、木の枝を走り回った。
うっとりと瞳を細めながら、アニスは夢中で人間を眼で追う。
一緒になって笑いながら、木の上で楽しそうに身体を揺らした。
「さて、そろそろ陽も落ちてきた。帰ろうか」
「はーい、明日はかくれんぼしたいな、また。いいでしょ、トカミエル」
鳩を弓矢で射たトカミエルが、多くの少女達に手を引かれながら、森から出て行った。
少女達はうっとりと腕にじゃれ合って、帰っていく。
その動きをアニスはじっと見つめた。
自分では気がついていないのだが、トカミエルの姿だけを追っていた。
アニスの瞳に、常に中心人物であるトカミエルの姿は印象的で、眩しい存在となって映る。
森に人間達が遊びにくる度に、アニスは皆が止めるのも聞かずに見に行った。
来る日も来る日も、飽きもせずに人間を見つめる。
雨の日は来なかったので、拗ねてアニスも木の根に隠れて一日中眠りに就いた。
人間達の遊び方は、アニスの知らないものが多く、心を躍らせてそれを見ていた。
そして何よりトカミエル。
笑顔で夢中で駆け回る姿を見ているのがアニスは大好きだった。
何処にいても、必ず見つけられる。
豪快な笑い声と、仲間を思う優しい心、河や森を突き進む勇敢さ。
ずっと、ずっと、目で追い続ける。
人間を見ているのではなくて、トカミエルを、見ている。
綺麗な紫銀の髪が風に揺れて、思わず手を伸ばしたくなる。
紫の瞳が眩しく光り、優しそうに笑みを零すのを見ると、目の前に飛び出したくなる。
動物も、植物も、森の命全てが、この事態に息を呑んだ。
人間は危険なイキモノだから、と説明を何度しても、「違う、違う」と哀しそうに首を振るばかりのアニス。
瞳を潤ませて精一杯人間を庇うのだ。
しまいには、人間達が衣服を身に纏っていることに気がつき、自分も欲しい、と言い出す始末。
困ったように顔を見合わせ、それでも大事なアニスの為に何かしてあげたいと、動物達は必死に考えた。
人間の街へと行けば、衣服は有り触れている、問題はどう運ぶか、だ。
それでも一羽の鷹が何度か偵察に街へと飛び立ち、人間は晴れた日に服を水で洗ってから、干して乾かして服を着る・・・という習慣に気がついた。
街外れの一目につかない場所を見つけ出し、ある日ついにロープに引っ掛けてあった衣服を巧みに嘴で咥えて森へと戻ってきた。
アニスにその衣服を差し出すと、鷹は手ごろな木の枝に止まり、アニスを見つめる。
恐る恐るアニスはそれを手に取ると、人間の見よう見真似で衣服を着てみた。
羽根の部分は必死にアライグマがその鋭い爪で引き裂いてみる。
しわだらけになった衣服だが、アニスは嬉しそうにそれを着た。
サイズは多少合わず、大きめであったが、すっぽり頭から被ってみて、河に姿を写してみる。
初めて着た衣服に感動し、アニスはくるくると回りながら鷹に何度もお礼を言った。
森中を駆け回り、衣服を嬉しそうに皆に見せる。
アニスの笑顔を見ていると、これはこれでよかったのだ、と皆そう思った。
衣服を着たまま、アニスは木の上から人間達を見守り続ける。
「今日はね、また『かくれんぼ』をみんなでしていたの。凄いんだよ、人間って。色んなトコに隠れるの。それでね、最後まで残ったのはやっぱりトカミエルなの。なんていうの? 誰からも信頼されている存在で。凄いの!」
人間達を見ると、その日の感想を話し出すアニス。
眉を潜めて不安げに動物達は毎回話を聞いていた。
楽しそうに話すアニスに、人間は危険だから、と言える者も多くはおらず。
知らず皆溜息を吐き出してしまう。
「アニスや。そのトカミエル、という人間はよく話に出てくるね」
どんぐりの木が、沈黙する皆の代表で優しくそう囁いた。
固唾を飲んでアニスの言葉を待つ。
「そうだね、そういえば。だって、目立つんだもん」
「目立つ・・・目立つからアニスはいつも見てしまうのかい?」
「・・・分からないけど・・・違うような気がする。目立つからじゃない気がする・・・」
小さくそう呟いたアニス、自分自身でその言葉に困惑の表情を浮かべてしまう。
アニスは誰にでも平等だ。
好き、の気持ちも平等だ。
そのはずだった。
が、明らかにトカミエルのことばかり話してしまう自分に、首を傾げる。
森の皆は気がついていた。
アニスの中でトカミエルの存在が日に日に大きくなっていくことに。
トカミエルへの「好き」が、皆と同じ「好き」ではないことに。
アニスが、トカミエルに恋してしまった、ということに。
けれども、アニスは「恋」という単語を知らない。
誰かに一人にのみ発生するその気持ちを、恋と呼ぶことを、知らない。
それでもなんとなく気がついていた。
トカミエルのことしか、考えていない自分。
人間たちが帰った後も、トカミエルを思い出してしまう自分。
トカミエルを見ると、幸せな気分になれる自分。
「この気持ち、なんて呼ぶの・・・?」
アニスは胸を軽く抑えた。
とくん、とくん、と波打つ音。
トカミエル。
小さく名前を呼ぶだけで、何故か心が暖かくなる。
トカミエル。
もう一度呼ぶとなんだかくすぐったくて、思わず笑ってしまう。
深夜、老樹の下で眠りに就くアニス。
夜空に満点の星が輝く頃、月は見事なまでに神々しい光りを森林へと降り注いだ。
一筋の光りが、アニスを照らす。
見つめながら寄り添ってきた動物達は哀しそうに鼻を鳴らした。
「ねぇ、老樹様。アニスはこのまま人間達のトコロへと行ってしまうの?」
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