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けれども自身が放ったその魔法にハイは打ち震える、胸が熱くなった、涙が込み上げた。
「ハイ様、もう一度行きます!」
「承知したアサギ、同時に」
ハイは慌ててアサギに駆け寄ると、隣に立ち詠唱を始める。
口笛を吹いてトビィはハイに視線を送った、口元に笑みが零れる。勝機はこちらにあると判断し、クレシダの背に乗ると光の魔法を受けて視界が奪われていたミラボーの背に、剣を突き立てた。
周囲に悲鳴が轟く、空気が震える。耳障りなその音にトビィは顔を顰めて一旦距離をとった。
そこへアサギ達の放った魔法だ、ミラボーの苦悶は続く。見苦しい太く短い四肢を振り回し、口から火炎を吐き出した。焦点が合っていないので、攻撃はあたることはないのだが大地に多大な被害をもたらしている。
森は火炎により、焼けていく。振り回す四肢からは得体の知れない体液がほとばしり、地面を溶解した。
空中で旋回し、状況を見ていたトビィは舌打ちすると再びミラボーに向かう。と、飛び出してきた見知った顔達に驚きを隠せず一旦、動きを止める。
駆けて来た仲間達だ、アーサーを筆頭にミラボーの周囲を取り囲むと防御壁を張り巡らせている。
「巨大ですね、なんともまぁ醜い魔王で」
「こ、こんなのどうやって攻撃するんだよ!?」
冷静にミラボーを見上げているアーサーと、その大きさにあんぐりと口を開けて喚くココ。それでも仲間達は取り囲んで、各々の武器を構える。防御壁の詠唱が可能な者は、アーサーに続いた。
「ユキ! みんな! よかった、無事だったのですね」
現れた大事な友達にアサギが思わず叫ぶ、声に気がつき一斉にそちらを見た仲間達は、大きな歓声を上げた。隣にいる魔王ハイが気になったが、今はアサギの無事を喜びたい。
トモハルは直様、預かっていたアサギの武器を慌てて腰の袋から取り出した。武器らしい腕輪を手に取り、小さく頷くとアサギに向かって放り投げる。
「アサギ、受け取れ! 武器だ! 使い方が解らないけれど」
一瞬煌いたその武器らしい腕輪は、宙で弧を描き、手を伸ばしたアサギの掌にころん、と転がった。
淡く光ったその腕輪を、躊躇せずに手首に填めたアサギは唇を開く。
「おいで、セントラヴァーズ」
宝石から、光が伸びた。それは徐々に形を成して、弓矢となる。アサギは慣れた手付きで弓を構えると、右手を軽く一振りし、黄色く輝く弓矢を取り出した。真正面のミラボーの腹目掛けて、放つ。連続して、アサギは弓を放ち続ける。
何本も突き刺さった弓矢を、口から泡を吹き引き抜こうとするミラボーだが、弓矢に触れることが出来なかった。光の属性の為、触れた瞬間に掌が焼け焦げてしまうのだ。忌々しくアサギを睨み、吼える。
「おいで、セントラヴァーズ」
ミラボーの咆哮でアサギの髪が揺らめいた、突風が巻き起こり皆が悲鳴を上げて一歩後退する中で、アサギは静かに見据えたまま言葉を紡ぐ。弓の代わりに、手にしていたのは杖だ。アサギの身長程もありそうな杖は、銀色に光り輝きながら、水音を周囲に響かせていた。
「古の、光を。
遠き遠き、懐かしき場所から。
今、この場所へ。
暖かな、光を分け与えたまえ。
回帰せよ、命。
柔らかで暖かな光は、ココに。
全身全霊をかけて、召喚するは膨大な光の破片」
唖然とアサギを皆が見た、杖を掲げ詠唱し終えると、ミラボーに刺さっていた弓矢が眩く輝き出し、弾け飛ぶ。爆発音が響き渡る、しかし仲間達には心地良い音にしか聴こえない。
「すっげ……流石アサギ。あの武器、何?」
その昔、神と魔族とエルフが創造し人間に託した対の神器の片割れ・セントラヴァーズ。伝説の神器、勇者の武器。非常に特殊な素材で出来ており普段は何の変哲もない腕飾り。付属の石を”反応させる事が出来た者のみが”その稀な効果を発揮させられる、変化の剣。所持者の思い通りの武器形態に変化させられる、攻めの武器。ありとあらゆる状況に合わせ変化させた武器を使いこなす事が出来るのならば、武器の申し子。セントガーディアンとは真逆の”攻”の武器。
ピョートルの女王が読み上げてくれた文を、ミノルとトモハルは思い出していた。つまり、持ち主の思い通りに変化する勝手の良い武器なのだろう。アサギが自然に扱っていることは不思議だったが、最早驚く事でもなかった。
アサギは、勇者の要だから。選ばれた者だから。……それで皆が納得してしまった。
ミラボーが地面に落下する、巨体の下敷きにならないように慌てて離れると砂埃が一面を覆いつくした。視界が奪われ焦る中で、ハイとアサギが詠唱をする。
風の魔法で、砂埃を一掃するのだ。気がついたアーサーはナスカに頷くと、同じ様に参戦した。
多くの優秀な仲間達に支えられ、アサギが無事だった事も手伝い、勇者達も士気を上げる。果敢に挑むアサギに涙が込み上げたが、各々武器を硬く握り締めた。
「これが終われば、帰ることが出来る! 魔王を倒せば、全てが終わるんだ!」
トモハルが叫んだ、駆けつけたダイキが剣を構え、ケンイチが剣を掲げると火の鳥がミラボーへと向かう。
アサギは、自身が所持していた剣を持って走り出した。ハイもそれを追う。アサギが手にしている剣は、1星ネロの剣・エリシオン。ハイが所持している剣は、2星ハンニバルのカラドボルグ。正統な持ち主に譲渡しなければならない。
「ミノル、この剣を!」
息を切らせて走ってきたアサギに、思わずミノルは駆け寄った。そっと差し出された剣を握ると、身体が震え出す。全身に鳥肌が立った、息を飲み込んで、ゆっくりと剣を抜き放つ。
「多分、それは。……ミノルかユキの剣だから。ユキには似合わないから、ミノルかな、って」
「……貰っとく」
他にも言いたいことはあったのだが、ミノルは素っ気無く視線を逸らした。無事でよかった、とか、ありがとう、とか。言いたいことは多々あるのだが、涙が込み上げてきたのだ。無事だとは思っていたが、実際に再会してみると喜びは計り知れない。潤んでいる瞳を見られたくなくて、唇を噛み締める。
アサギは小さく笑うと、そっとその場を離れた。
追って来たハイは、そんなアサギに剣を差し出した。ゆっくりとそれを眺めたアサギは、撫でる様に触れる。
「カラドボルグ……2星の剣、ですね」
「そうなのか? 城内の瓦礫で見つけたので、ここのものかと」
「ハイ様が知らないのに、4星クレオにあったならば。テンザ様が持っていたのかもしれませんね」
一振りすると、剣が啼いた。共鳴するように、勇者達が所持している武器が金属音を出す。
アサギはケンイチに駆け寄った、差し出して微笑む。自分の剣だと直様理解したケンイチは、深く頷くと剣を掴んだ。二本の剣を構える、交差させてダイキとトモハルに頷く。近づいてきたミノルとユキも、武器を構えた。
勇者6人が、ようやく集結した。異界からやって来た、小さな勇者達。怖くはなかった、全員が無事だったからだ。
もう誰も、傷つくことなく全てを終わらせる。
アサギの右手に輝く片手剣、そっと腕を伸ばす。トモハルも、ダイキも、剣を水平に保つと腕を伸ばした。
剣が光り輝く、金属同士がぶつかり合うような音と共に、トモハルの所持するセントガーディアンが光の輝きを増した。連鎖反応で、ダイキのレーヴァティンも発光する。
「行くよ、セントガーディアン」
小さく呟いたトモハルに、剣が応じた。無数の光の筋が、言葉と共にミラボーへと突き進んだ。驚いたトモハルだが、静かにアサギは頷いた。光属性の剣だ、これが本来の姿なのだろう。
眩いばかりの光を放ち続ける勇者達、剣も魔法も使用できなかった勇者達が、目の前で猛々しく魔王に向かう。
皆、勝利を確信した。何もさえぎるものはないと、思った。
魔界の森、捕らわれていたマビルは空中へと浮遊する。兄のアイセルが死に、魔王アレクが死に、マビルを縛り付けていた結界が薄れたのだ。森から解き放たれた。
状況を確認すべく、周囲を見つめたマビルは小首傾げた。眩すぎて瞳を細めるしかないその場所に、茶色の髪の男が居た。手を伸ばしかけて、すぐに引っ込める。
苦戦している魔王ミラボーを鼻で笑うと、面白くなさそうに髪を弄り始めた。
森から出られたものの、何をしたら良いのか分からない。マビルは暫しそのまま宙に浮き、様子を見ていた。魔王ミラボーも、今の自分ならば勝てそうだった。アサギも殺せるだろう。
どうすべきか、マビルは余裕たっぷりの笑みで、魔界の中心を見つめる。
アサギの隣に立つハイを見て、ムーンが激怒し近づいてきた。宿敵だ、瞳に焼き付けると杖を向ける。気付いたハイは、俯きがちにムーンを見ると深く頭を下げる。思わず面食らい、馬鹿にされたのかと唇が切れるほど噛み締めたムーンは絶叫した。詠唱を始めるが、ハイは頭を下げたままだった。
中間に躍り出て、ハイを庇うように腕を広げたのはアサギだ。アサギの名を吼え、詠唱を完成させたムーンの風の魔法が襲い掛かる。悲鳴を上げたユキだが、アサギは静かに、唇を動かした。両腕を交差させて振り払うと、その魔法が掻き消える。再び詠唱しようとしたムーンにサマルトが飛びかかった、もがき続けるその姿に項垂れたハイは、静かに瞳を落とす。
ムーンが恋心を抱いていたロシアは、ハイのせいで命を落とした。金きり声で絶叫するハイの悲鳴が、痛々しく皆の心に突き刺さる。気持ちはわからないでもない。しかし、目の前に居るハイが、そのような傍若無人な態度で世界を破滅に追いやったとは、ほとんどの者が思えなかった。
「話は後です。ハイ様もきっと、全てを話してくれます。ミラボーを、倒しましょう」
アサギはそう告げた。目を大きく開き、普段からは想像も出来ない様子で叫び狂うムーンだったが、徐々に大人しくなった。忌々しくハイを睨みつける、身体が怒りで爆発しそうだったが、懸命に抑えた。杖を強く握り締め、何度も地面に打ちつける。大きく息を吐きながら、やり場のない怒りをどうしたら良いのか分からずに魔法を連発した。
狙いは、ミラボーだ。
泣きながら魔法を連打するムーンを、気の毒に思った。だがアサギの言う通りまずは目先の問題を解決しなければならない、ミラボーを倒すのだ。
空中から様子を見ていたトビィは、マビルにも気がついたが、ただの魔族だと思い気にしなかった。今はミラボーに神経を集中させなければならない、攻撃は喰らっているのだが不気味に感じた。
「どう思う、クレシダ、デズ」
信頼している竜達に声をかける、クレシダは沈黙したままだったがデズが口を開いた。
「弱っている様に思えないのですが。魔王というのはこういうものだろうか」
「同意。気を抜くな、何れ攻撃が来る。来る前に叩いておいたほうが賢明か」
言うなり、クレシダが下降する。デズデモーナも落下する様にして、続いた。ひっくり返っているミラボーの腹目掛けて飛び降りたトビィは、そのまま剣を突きたてると走る。腹を切り裂きながら、何歩か走ったところで旋回してきたクレシダの脚に捕まった。デズデモーナも爪で切り裂き、2体の竜は再び宙へと舞う。
合流したエーアにセーラ、メアリに歓声を上げた皆は、更に士気を上げた。
魔法が扱えるものは、アーサーの指示の元で連携するように詠唱をする。接近戦しか出来ない者達は、3、4人で固まってミラボーへと向かう。
反撃すらしてこないミラボーを、一方的に皆で攻撃する。肉が切り裂かれ、血飛沫が地面を夥しい色に染めていった。
あまりの手応えのなさに、歓声を上げながら攻撃をする者も出てきた。一方的に攻撃できるというのが、ここまで気持ちが良いものだったとは。すでに勝利を確信していたので、笑いながら攻撃を繰り返す。
それは、傍から見たら狂気と錯乱に陥った嫌悪すべき姿にしか見えない。
が、すぐに数人は気付いた。
何か、おかしい。こうも簡単に終わってしまってよいものだろうか。アーサーとナスカが顔を顰め、ブジャタとクラフトが怪訝に顔を見合わせる。
目の前にある巨体がすでにただの肉片で、本体は別にある気がした。
ゾクリ、と背筋に悪寒が走る。舌打ちしてトビィが叫んだ時には、数名が吹き飛ばされていた。
吹き荒れる風は、ミラボーではない。銀髪を靡かせて、無表情で立っている魔王リュウが放ったものだ。
地面に不様に潰れているミラボーを一瞥し、ゆっくりとリュウは周囲を見渡す。アサギとハイを見つけ、小さく微笑む。子供の様に笑いながら、腰に手をあて、おどけた。
「流石だぐ、勇者アサギ。お見事だぐーな、仲間とも合流、魔王の一人も手懐けたぐ」
「リュウ様、私、ちゃんとあそこから脱出しました」
「見れば解るぐ。……選ばれた勇者というのは、まさに地上全ての幸運を所持しているのだろうね。他の者から吸い取っていないかい?」
言い方が勘に触ったハイが声を張り上げたが、アサギがそれを必死に制した。目の前のリュウは、不気味だ。言葉一つで、味方にも敵にもなりそうな気がしていた。大きく唾液を飲み込む、アサギはそれでもリュウに進んでいく。
余裕の笑みで、リュウはそれを待っていた。近づくのを、待っていた。
「リュウ様は、味方ですか。敵ですか。味方であって欲しいです、違っても戦う事が出来ないのでリグ様達と何処か離れた場所に居て欲しいです」
「ミラボーとは戦えるのに? 勇者アサギ、敵の基準を教えて欲しいぐー。私もミラボーも同じ魔王だぐ、どのみち、私からも攻撃を受けたら君は……私に剣を向けるのだろう? 試しにやってみようか、アサギではなく、仲間の皆さんに攻撃してみるぐ」
言うなり、リュウは甲高く笑いながら勇者達に向けて魔法を放った。次いで背から弓を取り出し、華麗に何本を射撃する。悲鳴を上げる勇者達に、慌てて仲間らが防御壁を張り巡らせた。
剣を握り締め、弓矢を叩き落すアサギは、その弓矢の速さと重さに腕が痺れる。何本も受けられない、瞳とて集中力がなくなれば、弓矢を捕らえられなかった。
「残念だったぐ、勇者アサギ。魔王リュウは、実は剣も弓も得意なんだぐ。ついでに空に浮いている竜のように、変化することも可能だぐー。簡単に踏み潰してしまおうか」
「こんなことをして、何か得な事でもありますか!? 何もないでしょうっ」
「……それは、アサギには関係がないことだぐ」
魔王リュウが参戦してきたことにより、ミラボーへの攻撃が手薄になった。この期を待っていたかのように、下卑た声で笑いながらミラボーの巨体が浮かび上がる。切り刻まれて、地面に転がっていた肉片は意志を持って動き出し、仲間達に襲い掛かる。零れた体液を吸った土も、意志を持ったかのように動き出し、人型となって襲い掛かってきた。
小さく呻き、直様アーサーが防御の態勢をとるように声を張り上げた。
「単独で戦ってはなりません、数人で攻防に専念しましょう。近くに居る仲間達と、合流してください」
トビィは舌打ちすると、一人最先端で戦っていたアリナを救出に行った。多く肉片を作り出した為、囲まれていたのだ。クレシダから飛び降り、剣を振るう。助けに来たトビィに軽く不貞腐れたアリナは、唇を尖らせながら回し蹴りを放つ。
「ちぇー、このくらいのほうが面白いのに」
「お前が傷つくと、アサギが哀しむ。オレはアサギが哀しまない為に存在しているんでね、悪いな」
駆けつけてきたブジャタとクラフトが参戦し、トビィは小さく頷くと再び迂回してきたクレシダに飛び乗った。3人が揃った時点で、ここはもう、大丈夫だと判断したのだ。
ムーンとサマルトが孤立していたが、近くに居たハイがそれを救っていた。睨みつけてきたムーンに、思わずハイは哀しく笑うとそれでも攻撃の手を緩めずにいる。
頭では理解している、今のハイには邪悪な心など微塵もないことを。放たれる魔法には迷いがない、死霊を操っていた魔王ハイではなく、紡がれるのは風と光の魔法だった。それでも、故郷の惑星を、自国を、最愛の人を奪ったハイを簡単に許すことなど出来なかった。サマルトは、軽くムーンの背を撫でた。震えているムーンの背を、しきりに撫でた。
それしか、出来なかったのだ。サマルトとて、ハイが憎いのは確かである。けれども目の前の元魔王を非難する事が出来なかった。最高位の神官にしか思えないのだ、何よりアサギがその身を挺して庇ったのだから。複雑な思いで、ミラボーと戦う。
焦っていたのはエーアも同じだった、ミラボーの手の内は把握していると思っていたがこのような能力は知らない。メアリを護りながら、最前に立って魔法を放ち続けるしかない。
動き回る肉片に悲鳴を上げて杖を振り回すユキを護るケンイチは、顔を引き攣らせる。キリがないのだ。
何か方法はないものだろうか、と思案している場合ではない。
「魔王リュウよ、魔王リュウよ。そなたの望みは故郷に還ること、閉ざされた美しい惑星に還ること。協力しておくれ、魔王リュウよ。私が全ての叡智を手に入れた先に、そなたの望みを叶える術があるのじゃよ、ぎひぃっ」
リュウが喉の奥で笑い、起き上がり不気味に笑ったミラボーへと視線を移した。2人の魔王が、互いに視線を送り合う。これ以上面倒なことは避けたかった、トビィはリュウへと斬りかかる。
「おぉ、来た来た、アサギの守護神だぐー。流石動きが速いぐーな」
「魔王リュウよ、力を貸しておくれ。そなたは裏切らないでおくれ、見るがよい、我腹心のエーアなどあのように寝返っておる。嘆かわしいものよ、人間は」
その台詞に激怒したのはメアリだった、人の姉を勝手に攫って洗脳し、片棒を担がせた挙句非難するとはどういうことだと。だがエーアは真っ直ぐにミラボーを見据えて魔法を詠唱する。
自分の意識があった頃、最後にミラボーに放った火炎の魔法を詠唱する。あの日の再開だ。
止まっていた時間が動き出した、恋人を殺され、それでも尚ミラボーから目を離さなかったあの日の自分が甦る。
「私に優しくしてくださったミラボー様、本当は人間とも上手くやっていけるのでしょう?」
語りかけて、火柱を解き放った。ミラボーは答えることなくそれを弾き返す、最早肉に埋もれた瞳と口で笑う。
「欲しいのは、美しいもの。宝石が、人間の女が、美しければ手中にするのじゃ、げひひ。そぉして宇宙に浮かぶ美しき宝石達……惑星も欲しくなるのは道理じゃろ。漆黒の闇にぽっかりと浮かび漂う、無数の惑星。全てを掌握する欲望を抑えることなど出来んのじゃ」
リュウは、静かにその話を訊いていた。おそらくミラボーはすでに狂喜に捕らわれたのだろう、惑星を手中にするという自らの欲望のみでしか、存在意義が生み出せないのだろう。
リュウの愛する故郷幻獣星とて、ミラボーの欲望の中に含まれている。そうなれば、阻止するしかない。
だが、惑星間を簡単に移動できる方法などあるのだろうか。そもそも、リュウは他に惑星があることなど、知らなかった。アサギが来て、初めて知ったのだ。自分が居た惑星以外に無数のものが存在する事を。
自信満々でミラボーが連呼する理由が、リュウには掴む事ができない。全ての叡智とは、何を指すのだろうか。膨大な時間のことなのだろうか。
目の前のアサギを見つめる、魔王に踊らされている気の毒な勇者を見つめる。
「サンテ、君は怒るだろうか。こんな小さな女の子に牙を向く私を、怒るだろうか。君を護る事が出来なかったのに、他の勇者は救う私を軽蔑するだろうか。君は、本当に転生するのだろうか。転生したとしても私はサンテ、合わせる顔がないんだ。あんな、あんな惨たらしい死に方。私が、助けに行っていたらば、未来は」
サンテの穴だらけの遺体が、脳裏に焼きついたまま離れないのだ。夢にも出てくる、じっとその姿で見つめているサンテがいるのだ。リュウは、首を横に振った。
幻覚に怯え、自身を責め続ける姿など、友達であったサンテは望んでいないのに。
アサギは、唇を噛み締めた。リュウを救い出さねばならなかった。だが、方法が見つけられない。
サンテ、という勇者がこの場にいたら簡単だが亡くなっている。アサギの言葉では届かない、深い底に沈んでいるリュウを引き上げることは不可能だった。
『……どなたか! どなたか! 王子と同等の、いやそれ以上の魔力を持ちえるお方よ! どうか、私の声をお聞きください! 私の名はバジル=セルバ。私を召喚してください、封印を打ち破り、貴方様のもとへと召喚してください!』
焦燥感に駆られ、握る拳から汗が零れ落ちる。その時に再び、あの不思議な声を聴いた。
訊き間違いではない、これで二度目だった。アサギは、周囲を窺う。が、声の主など何処にもいない。
「しょう、かん……?」
唇を動かす、リュウの耳が、大きく反応した。目を開き、アサギを見つめる。戦いの最中だというのに、何処か違う場所を見つめ、何かを探していた。
「アサギ、余裕だぐーね! 余所見をしている暇などないぐ!」
『……どなたか! どなたか! 王子と同等の、いやそれ以上の魔力を持ちえるお方よ! どうか、私の声をお聞きください! 私の名はバジル=セルバ。私を召喚してください、封印を打ち破り、貴方様のもとへと召喚してください!』
三度聴こえたその声に、思わずアサギは返事を返したのだ。
「あの、声は聴こえますけど何処にいるのかが解りません!」
突然叫んだアサギに、リュウは瞳を丸くした。何度も瞬きする。気まずい空気が流れるが、アサギが急に姿勢を正す。一体何をやっているのだろうか、怪訝に睨みつけるとアサギの唇が動いていることに気がついた。
『おぉ、どなたか存じませんが助かります。連呼してください、いいですか。
”彼の地より、我が名に応えよ。我は召喚せり、遠き異界の友人を 我の名に応え、姿を現せ 呼ぶ君は、火炎の化身 。応じるは、高貴なる竜族の末裔。我の命に応じる君の名は、バジル=セルヴァ。我の名は”……ここで貴女のお名前です』
「え、えーっと。
彼の地より、我が名に応えよ。我は召喚せり、遠き異界の友人を。我の名に応え、姿を現せ。呼ぶ君は、火炎の化身。 応じるは、高貴なる竜族の末裔。我の命に応じる君の名は、バジル=セルヴァ。我の名はここで貴女のお名前です?」
『……違います、最後は貴女の名前を入れてください』
「す、すいません。間違えました、えーっと、えーっと。
彼の地より、我が名に応えよ。我は召喚せり、遠き異界の友人を。我の名に応え、姿を現せ。呼ぶ君は、火炎の化身。 応じるは、高貴なる竜族の末裔。我の命に応じる君の名は、バジル=セルヴァ。我の名はアサギ」
瞬間、リュウの顔が大きく歪んだ。時空も歪んだ、アサギの目前で空間が切り開かれる。腕が一本、伸びてきた。ついで、深紅の髪を煌かせながら長身の男がゆっくりと現れる。光の粒子を身に纏い、静かに瞳を開いた男は、首を鳴らした。瞳を瞬きし、首を傾げているアサギを見下ろすと薄く微笑む。
「よくぞ召喚してくださいました、バジルと申します。契約は見事に結ばれました、以後、貴女様の指示に従いましょう。……ところで、もう一人呼んで戴きたいのですが、よろしいでしょうか?」
頷くしかないアサギに、バジルはゆっくりと言葉を伝えた。たどたどしくそれを連呼しているアサギと、バジルを驚愕の瞳で見つめているリュウ。その視線に気がつき、バジルが引き攣った笑みを見せた。思わず仰け反るリュウ。
「彼の地より、我が名に応えよ。我は召喚せり、遠き異界の友人を。我の名に応え、姿を現せ。呼ぶ君は、火炎の化身。応じるは、烈火の魔神。我の命に応える君の名は、ヘリオトロープ=セルフヒール!」
再び空間が歪む、一本の腕がすらりと伸びてくる。金の短髪を揺らして現れた青年は大きく伸びをすると、呆気にとられているアサギを見て興奮気味に手を取った。
「おやまぁ、可愛子ちゃん! よろしくよろしく、ありがとうありがとう」
屈託のない笑顔でそう言われて真正面から抱き締められたアサギは、悲鳴を上げた。途端トビィとハイ、ミノルにアーサーその他が殺意の念を送った。
顔面蒼白のリュウを見つめ、指と首を鳴らしつつバジルは咳を1つする。
「さて、主であるアサギ様。ご命令をば。如何なる命令でも御聞き致します」
真顔でバジルはリュウを見つめながら告げる、足首を回し、手首を回し、首を回した。目は据わったままだ。
控え目に、アサギは告げた。なんとなくだが、この2人がリュウの関係者であると察した。
「あの、リュウ様を抑えておいていただけると助かるのですが。説得でも構いません」
「リュウ? ……王子はそんな名前を名乗っているのですか? リュウとは目の前に居る銀髪の間抜け面した一族のことですよね? ご安心を、容易い事です」
ボキィ、とバジルの指が鳴る。思わず身体を硬直させたアサギの背後から、声がかかった。
「アサギ様、契約を! 私の本来の名はリングルス。リングルス=エースと申します」
「私はエレではありません、エレン=ルシフォードと申します!」
駆け寄ってきたのは、幻獣達だった。眠っていたのだが、目が覚めた。姿が見えないリュウを捜してここまで辿り着いたのだが、アサギと敵対しているリュウを止める為にはこれしか方法がないのだ。
自分達の王子には、何があっても反することなど出来ない。しかし、召喚士である主が命令したならばそれは可能となる。リングルス達は、主にアサギを選んだのだ。まさかバジルやヘリオトロープまで来てしまうとは、思いもしなかったが。
アサギは緊張気味に喉に手をあてて、言葉を紡ぐ。契約は結ばれる、アサギという名の勇者の元で幻獣達は穏やかに微笑んだ。名を呼ばれた瞬間に、身体の何処かが熱くなる。契約の証だった、成功したのだ。見えない鎖で結ばれた。
「ご命令を、アサギ様」
喉の奥で笑い、バジルはリュウを見据える。再び指を鳴らしながら、狼狽しているリュウに睨みを利かせた。
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