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別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。 いい加減整理したい。 ※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。 絶対転載・保存等禁止です。 宜しくお願い致します。
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 120915_181948.JPGトビィ来る
ピクニック・最期の晩餐的な
 
~  ロシファ死亡
~  戦闘開始
~  勇者達他到着
~130  第二章へ。

目指せ年内完結(という、意気込み)


・外伝1 ベルーガまで進めてOK
・外伝5 開始
・裏   トレベレス×アリア


らくがきは、ドリランドのセーラ。
可愛かった~♪
ゲームでは使ったことがないんですが(おぃ)。

 果物を食べながら、和やかな雰囲気のアサギとアレクだが、ハイは面白くない。完全に蚊帳の外だった。
 こめかみを引くつかせてアレクを睨みつけるが、全く持ってアレクは相手にしていない。無視しているわけではないのだから、彼を責めても仕方がなかった。
 そこへ、騒々しくホーチミンが入ってくる。アレクに歩み寄ると、片膝をつきながら外で話がしたいと促した。

「……スリザの件がある、もはやアサギにも知っておいて貰わねばならない。そうだろう、アサギ? 事情を知りたいのだろう、君に隠し事など出来ない事は私にとて解る」

 ハイが弾かれたようにアレクを睨みつけるが、アサギは神妙に頷いていた。狼狽するホーチミンに、小さく頷くとアレクは話を促した。

「アサギ。数日前、スリザが人間の女に襲われた。黒髪の赤い瞳の整った顔立ちだった、細身の。スリザは何かしらを口に含まされ、アイセルがそこで割って入ったのだが……意識を失った。そして、先程の惨状だ。眠っていたのだが、突然起き上がりアサギを奇襲した。余計な心配をかけたくなくて言わなかったのだが、失策だったな」
「これからは、私にも話をして下さい……。私だって、何かのお役に立てると思うのです」

 アサギが口を尖らせ、押し黙ったので困惑気味ながらもホーチミンが口を開く。ハイだけが未だに反対しており、アレクに掴みかかる勢いだった。過保護すぎるハイの気持ちは、解らないでもないが狙われたのはアサギなのだ。隠し通すことなど出来ないだろう。

「恐れながら、スリザが飲まされたものと同じものを……魔界の飲み水にでも混ぜられたら、と杞憂いたしまして。至急、城内にもその人間の手配書を通知したほうが良いのではないかと」

 流石にハイとて口を噤んで聞き入った。謎の液体が未知数なので、可能性はある。ハイがアサギを襲っては、元も子もない。アレクは静かに頷いていた。

「アイセルの証言をもとに、顔絵を制作させよう。人間の女であるが、狡猾であるから変装しているやもしれないが」

 安堵した様子のホーチミンと、傍らのアサギの髪を撫でるハイ。ゆっくりと、アサギがハイを見上げる。

「そういうわけでハイ様、緊急事態なので私も剣を習いたいです」
「それは駄目だ、危ないから」
「危ないことが起こって、剣を振ったら先程上手く出来ませんでした。剣、習いたいです。剣が無理ながら槍でも弓でも良いです、体術でも構いません」
「んむーぅ」

 大きな瞳は、意志硬く。青褪めるハイを他所に、アサギはハイを見つめ続ける。なるべく、刃物を持たせたくなかったハイだが、アサギは意見を変えないだろう。ハイは、がっくりと項垂れると折れることにした。降参だ、とばかりに片手を上げると声を絞り出す。

「許可しよう……。アレク、何かアサギに手頃な武器を与えてやってはくれないか、あと有能な担当もつけて欲しい」
「解った。スリザかサイゴンが妥当だろうが、スリザがまた、敵の手に堕ちても拙いのでやはりサイゴンか」

 女がよかったが、断腸の思いでハイはサイゴンで良しとする。今は、そんなちっぽけな事で意地を張っている場合ではないのだから。と、ようやくハイも現実を受け入れ始めたようだ。
 そこへ次の来訪者だ、サイゴンである。
 ホーチミンの隣に片膝つくと、スリザの意識が戻った事を報告する。アレクが立ち上がり、ドアへと向かった。
 やはり、幼き頃から共に居た腹心である。身を案じていたのだ、アサギを優先したとはいえ。

「お待ちください、アレク様。その前に1つお話が御座います、出過ぎた真似かとは思いましたが」

 声を張り上げたサイゴンに、足を止めたアレクが振り返る。声を荒立てる事など、自分の前ではしないであろうサイゴンだ、聞かねばならない。

「どうした、そなたの洞察力は姉に似ている。何か?」
「ハイ様は、信用しております。ですが、リュウ様、及びミラボー様につきましては一度故郷の星へ戻って戴く様、アレク様から話が出来ませんでしょうか? それが最善だと思うのです」
「あの人間の女を刺客として放ったのが、双方である可能性が高いと?」
「リュウ様は違うとは思います、彼は人間を嫌っているように思えます」

 言ってから、申し訳なさそうにアサギに視線を送ったサイゴン。アサギは小さく首を横に振った、気にしないで下さい、とでも言うように。

「ですので、主犯がリュウ様であるのならば、わざわざ人間を使うことは致しません」
「まぁ、それに関しては私も思うことがある。リュウは確かに人間を嫌悪している、その件に関しては肯定しよう。ただ、1つ思い出したことが……以前、リュウは不思議な液体を何種類か手にしていた。よもや、とも思うが」
「……そうか、リュウは薬物に秀でているのか?」
「解らんがな、私もあの時初めて色取り取りの小瓶を見たから……」
 
 初めて知る、リュウの一面である。全く喰えないお人だ、とサイゴンは皮肉めいて笑う。割って入ったのはアサギだった。

「リュウ様は違います、絶対に違います。もし、リュウ様が犯人ならば何度も私を狙う時がありました、だから違います。でも、もし本当にリュウ様が薬物に詳しいのならば、そういったモノの調合が可能なのか訊いてみれば良いと思います。リュウ様ならきっと、手を貸してくれます」
「アサギよ、そなたはリュウを信じているのか? 先程も積極的に協力しなかったが」
「リュウ様は、犯人ではありません。それは、間違いないんです。ただ、リュウ様はやっぱり、どことなく哀しそうで自分の居場所が何処にあるのか混乱しているように思えるんです。きっと、それは私でも、ハイ様でも取り除けないと思います。何かを、抱えてらっしゃるんです。たまに、遠くを見てますし」

 一同、完璧に沈黙である。アサギが、そこまでリュウを分析しているとは思いもよらなかった。ただ、アサギの一言には妙に重みがあり、真実であるような気さえしてくる。
 軽く溜息を吐き、アレクはサイゴンに向き直る。

「確かに、もしそれで解決するならばそれに越した事はない。二人に事情を説明し”早期解決を望みたいので一旦引取りを願いたい”と伝えよう。反発するならば、黒……ということか?」
「ですね。ですが、単身で乗り込むのは危険ですので私達をお連れ下さい」
「……いや、1人で行こう。そなたらが居るのは心強いが、妙に勘繰られても困る。……まぁ実際、疑っているのだからそう取って貰っても構わないのだが。伝えた時の反応を見て、私なりに判断してみよう。先に、城内の通達から進める。そのほうが、彼らとて受け入れやすいだろう」
「御意に。ですが、外には控えさせて頂きます。お話はお2人で」

 アレクは、アサギの室内から出て行った。疲れた顔でホーチミンが立ち上がると、アサギに微笑みかける。

「身体は? 辛いところはない?」
「はい、平気です。もう、全然動けます。私達も、行きましょう」

 ベッドから下りると、アサギはドアへと駆け出した。ドアノブに手をかける瞬間、軽く後ろを振り返りサイゴンに笑う。

「明日から、剣、教えてくださいね。お邪魔にならない程度に」
「え」

 悪戯っぽく笑ったアサギに、動揺してサイゴンはハイに視線を送るがハイはアサギを追って走り去っていた。

「こら、アサギ! 待ちなさい! 1人で行動しないように!」

 サイゴンは、呆気に取られたがそれでもアサギに剣を教えても良いらしい状況に少なからず胸が躍った。

「ねぇ、サイゴン。アイセルが言ってたアサギちゃんの瞳が緑だった、って言うのはアレク様にのみ、伝えるべきよね? 私、間違ってないわよね?」
「あぁ、それで良いと思う。さぁ、俺達も行こう!」

 2人も遅れて部屋を飛び出した。静まり返る部屋と、騒がしい廊下。

 スリザとアイセルは未だに攻防を繰り広げている、攻防と言っても一方的にアイセルが打ちのめされているだけなのだが。すでに顔面など原型を留めていない。晴れ上がり、口から出血している。

「スリザ! 無事か!」

 誰も仲裁出来ず、到着したアレクに道を開ける警備兵。声が聴こえた途端に、スリザは肩を震わせると胸倉を掴んでいたアイセルを放り投げる。慌てて片膝つくと、面目なさそうに項垂れた。

「申し訳御座いません、アレク様。まさか気を失って居たとは。不甲斐無く、自分の愚かさに腸が煮えくり返っております。失態でした」

 アレクが眉を潜める。スリザであるならば、真っ先にアサギへの謝罪が出ると思ったのだが。

「記憶が、抜けているのか」

 溢したアレクに、不思議そうにスリザが顔を上げた。呻きながら辛うじて起き上がったアイセルは、小さく頷くと首を横に振る。『そのようです、知らないほうが身の為です』と言わんばかりに。

「……気分は、どうだ? 何処か痛むのか?」
「い、いえ、そのような事はありません。全く……」

 何かあるとすれば、先程アイセルに唇を嘗められたことくらいか。思い出して、スリザは赤面する。何か暖かな感触に目を醒ませば、アイセルが覆い被さっていた。それだけだ。唇を、噛む。

「大事をとって、数日は休んで欲しい」
「そ、そのようなわけにはっ」
「いや、そなたを襲った人間の女の手配書を書くので、絵師を呼ぶ。それに協力して欲しいのだ。アイセルも対峙しているので、2人で協力して欲しい」
「は、はっ!」

 ”2人で協力して”。アレクの言葉が、妙に脳内に響いていた。故意などないのだが、過剰に反応してしまう。
 絵師がいるのだから、2人きりではない筈なのに、胸の辺りがちりちりと焦げた。意識したくないのに、意識してしまう。
 そこに、何かが突き刺さっている様で、無視出来ない。思い出させるのは屈辱と、歯痒い気持ちだ。

「他の者が標的になる可能性もあります、一刻も早く手配書の作成に入りましょう。スリザちゃん、良いね」
「くっ、貴様に言われなくともっ」

 手当てされていたアイセルが近づいてきた、鳥肌が立ったので思わず横に転がって一定の間を取ってしまうスリザ。
 何故、ここまでアイセルごときに右往左往せねばならないのか。それが、腹立たしい。
 ようやく、アサギ達もやってきた。心配そうなアサギと、緊張した面持ちのホーチミンとサイゴン、そして何故か睨みつけてきているハイ。

「火急頼む」

 踵を返すと、アレクは入れ替わりに足を速めた。擦れ違いざまに、そっと皆に告げる。『スリザの記憶が、抜けている』と。
 正直、サイゴンは安堵した。スリザの性格上、アサギに手を上げたことを憶えていたならば責任を取って自害しそうだったからだ。
 液体を飲まされ、倒れた時からの記憶がないらしい。そうならば、非常に好都合である。
 密かにアイセルとサイゴンは目配せすると、軽く頷きあった。

「さぁ、これにて一件落着といきますか。どうです、今から皆で茶でも飲みませんか?」

 サイゴンが大袈裟に声を張り上げれば、怪訝にスリザが見つめる。名案だとばかりに皆が頷いたので、渋々と背を押されてスリザも輪に加わった。歩き出す中、ハイに手を握られたままのアサギが近寄る。

「スリザ様、よかったです。気付かれて」
「申し訳御座いません、アサギ様。私が倒れていたらアレク様や貴女様を御守り出来ぬというのに」
「ふふ、大丈夫ですよ! それに私、明日からサイゴン様に剣を習うことが決まったんです」
「まぁ、そうでしたか」

 他愛のない会話を、する。緊張した面持ちで、後方でアイセルがスリザを見つめていた。しかし、特に異変は起きないようだ。呪縛からは、解き放たれたのだろうか。
 その後、茶を飲みながら口の上手いホーチミンが中心となり、先程の一件に触れることなく皆で会話を愉しむ。
 自分の居場所に違和感を感じながらも、スリザは軽く微笑んでいた。
 翌日、スリザとアイセルは数人の絵師が滞在する一室で、思い出せる限りのあの人間の女の特徴を伝えていく。途中からアレクも在室した。出来上がった絵の中から、最も似ている物を2人で選ぶのだ。
 同時に、2人が同じ絵を選択したのでアレクもそれを瞳を細めて見つめる。

「成程、確かに整った顔立ちをしているな。これを、城内に!」

 同じものを、何枚も用意せねばならない。コピー機など無論ないので、手作業で絵の写しが始まった。
 2人に労いの言葉をかけると、アレクは部屋を出る。スリザには数日、休みを無理やり取らせたので連れて歩かなくても良い。
 暇を持て余したことなど、ないスリザ。僅かな休日は、眠っているか鍛錬に励む。今日もそうしようかと立ち上がればアイセルが1つ、咳をする。
 気付かない振りして、スリザが大股で部屋を出ればアイセルも追ってきた。

「ちょいとそこ行くお嬢さん」

 無視して、歩き続けるスリザ。

「黒髪が美しい、筋肉美のお嬢さん」

 筋肉美は余計だとばかりに、大袈裟に舌打ちするとそれでもスリザは歩き続ける。

「黒髪が美しい、筋肉美で口付けた時の顔が可愛いお嬢さん」
「黙れ!」

 ようやく、スリザが振り返る。赤面し、肩を震わせながら。しかし、アイセルはけろりとしている。

「暇でしょ、スリザちゃん。デートしよう。休みなんだよね、今日。丁度いいじゃん」
「阿呆か貴様は。どうして私がデートなど」
「記念すべき2人の初デートだよ! さぁ、何処へ行く? 街へ買い物? 湖水浴? あ、一泊二日で海辺に行ってみる? 羽根を伸ばして、人間界に小旅行とか。さぁ、どれが良い?」

 一気に捲くし立て、アイセルは強引にスリザの腕を掴んだ。悲鳴を上げるスリザを、軽々と肩に乗せて運ぶ。

「お、降ろせ! 止めろっ」
「行き先を言ってくれたら、降ろしてあげるよ」

 通り過ぎる魔族が、担がれているスリザを見て、笑った。酷い侮辱だと恥ずかしさで涙が込み上げる。本当は、微笑ましいことだと和やかに皆笑ったのだが、スリザにはそうは思えなかった。不甲斐無い隊長だと、皆が噂しているのだとしか思えなかった。

「わ、私の部屋に」
「わぁお、スリザちゃんのお部屋でデート! いいの、いいの~? 昼間だけど俺、襲っちゃうよ~。部屋に入れて貰えるなら期待しちゃうよ~?」
「ま、待て待て待て! じゃ、じゃあ食堂で……」
「えー、色気ないなぁ、食堂じゃあつまんないよ。昨夜も居たじゃん。よし、空腹なら街のあそこだね」

 常に鋭い一斉を放つスリザの声が、今日は震えている。そんなところも可愛らしいと、アイセルは始終ご機嫌だ。
 だが、スリザは屈辱に打ちのめされていた。これならば、公開処刑で首を切り落とされたほうがましだと思うばかりに。
 それでも、振り払えない。何故だかわからないが、この馬鹿馬鹿しい男に一時でも付き合ってみようかとも、思った。
 担がれて、街へ。スリザを見て皆が口を開けるか、見て見ぬフリをするか。
 厳格なスリザのこの状況を誰が予想出来ただろう、客観的に見ても非常に不様だと思わずスリザは自嘲気味に笑った。だが、どうでも良くなってきた。父が見たら卒倒するだろうが、疲れていたのかもしれない。
 アイセルが行きつけの店だというやたらと可愛らしいその場所は、女子で溢れ返っている。ようやく肩から下ろされ、歩いて店内に入った。
 店内もレースやリボン、桃一色で甘ったるい香りが漂う。

「お前……こんな趣味だったのか」
「いや、ここの菓子を好きな奴がいるから」

 マビルのことである、が、そっけなく伝えるとアイセルは窓際の席にスリザを誘導し、座らせる。小高い丘に立つその店は、湖のきらめきが美しく見える特等席だ。
 テーブルクロスは純白で、可愛らしい小瓶に可憐な花が生けてある。
 適当にアイセルは頼むと、窓から入り込む心地良い風に髪を靡かせた。肩肘ついて、湖を見つめる。
 横顔は、結構良い感じだと、スリザは思った。が、慌てて首を振ると店内を見渡す。
 女子ばかりかと思えば、恋人同士もいるようだ。流石に男同士は居なかった。
 運ばれてきた、蜂蜜漬けのトマトを食べながら、ワインを呑んだ。華やかな香りのある辛口な白ワインだ、運ばれてきた別の料理にスリザは目を通す。
 白身魚のベーコン巻きと、色様々なベーグルである。全ての料理から、甘い果物の香りがする。
 成程、女子好みな店だとスリザは思った。それこそ、アサギやホーチミンが好きそうで、似合いそうな。
 自分には不釣合いだと思いながらも、口にすると非常に美味しい。甘いものはそこまで好きではないが、ワインの辛口と程好く合って、幾らでも食べられた。

「気に入った? 美味しいでしょ?」
「で、軟派男の色情魔はこの店で女を落とすのか?」
「はっはー、残念、違うなぁ。俺自身がこの店の味、好きなんだよねー」

 黙々と食べ続ける2人だが、スリザが視線を横にずらせば、顔を染めている女子が目に入った。自分のファンかと思った、城内では常にそうだ。取り巻きも居る事である。
 だが、この場では違う。アイセルが軽く手を振ると、女子らが一斉に甲高い声を上げて手を振り返したのだ。
 唖然、とアイセルを見つめる。なんら気にせず、口元へ料理を運ぶ姿に何故か唇を噛締めた。
 もう一度、女子達に視線を移せば。流行の衣服を身に纏い、皆髪に装飾品を舞わせている今時の女子達だ。
 普段から男物を身に纏い、衣服の清潔さは心がけているが純白のシルクのシャツに、漆黒のタイトなパンツのスリザ。胸元には何もない、無論、首にも髪にも何もない。

「何だ、お前。意外と異性の気を惹けるんだな。意外だ」
「あー、うん。気を惹くっていうか……。相談相手? 頻繁にここに来てたらさ、恋愛相談されるようになったんだよね」

 返答に、スリザは口を開ける。ちゃらんぽらんなこの男に恋愛相談など、正気の沙汰か!? と思う半面、嘘ではないかとも疑う。だが、何故かほっと溜息を吐いた自分も居る。
 忙しい自分の反応に戸惑いながら、パンを齧ったスリザ。不意に1人の女子が駆け寄ってきた。

「アイセル、少し大丈夫?」
「今日、大事なデートなんだけど……。それが解らないわけでもないだろうし、何、どしたの?」

 緊張気味に俯いたスリザを瞳の端に入れて、アイセルは女子に向き直った。ストレートのセミロングは美しい水色、手入れされているのだろう、毛先まで艶やかだ。その髪に合う深紅の大きなリボンがゆらりと揺れる。大きな瞳は睫毛が長く、口元は薄っすらと紅く色づき、艶かしい。純白の長いワンピースがふわりと舞って、甘い香りがした。
 美少女だ、正統派の。

「ごめんね、上手くいったの! 今度、一緒にお泊り旅行なのよ。その、報告。ありがとうね!」
「おー! おめでとー! やったじゃん」
「とにかく、ありがとね、アイセル! またね。邪魔してごめん」
「あーい、お疲れ様」

 お泊り、に軽く赤面するスリザは小さく咽た。水を一気に飲み、火照った顔を冷やす。
 気付いているのかいないのか、アイセルは淡々と軽く説明をし始めた。

「好きな男がいてね、さっきの子。外見は可愛いけど、相手の男が無骨な奴でさぁ。押しても引いても駄目だったんだよねー」
「しかし、その、直様宿泊など……。破廉恥な」
「うーん、どうかなぁ。あの男からして、多分彼女に見せたい夜景があるから、とかそんだけの理由だと思うよ。夜景か朝陽か。……スリザちゃんが想像したようなことではないと思うなぁ」

 しれっと、告げたアイセルの足を、テーブルの下で踏みつける。大きく店内に響き、スリザは慌てて俯いたがアイセルは笑いを噛み殺していた。肩が、小刻みに震えている。再び、赤面するスリザ。

「食べたら、出ようか。部屋が取ってあるよ」
「ばっ」

 言葉を詰まらせたスリザに、アイセルが余裕めいて意地悪く微笑む。「嘘だよ、そんな時間なかったよ」
 調子を、狂わされた。
 忌々しく舌打ちして、それでも出された食事を全て平らげるスリザに、アイセルは始終微笑む。

「優雅だよね、スリザちゃんの食べ方」
「ふん、可愛らしい女子はこのように綺麗に食べないだろう? 残すものだろう。生憎だが私の食事量は同年代の男と変わらないからな、物足りないくらいだが?」
「たくさん食べる女の子のほうが、好きだよ俺。食べ物を大事にしてるよね、それに美味しそうに食べる子が好きだ。ついでに言っとくけど、アサギ様も結構食べるよ。ちまっこいのに、一口一口美味しそうに食べてる。自分が食べられる分をちゃんと解ってるし、食べ終わった後に食事に丁寧に頭下げるんだよねー」

 アサギについて、妙に詳しい。スリザは眉を顰めたが、黙々と食事に手をつけた。

「美味しい? スリザちゃん?」
「貴様が居なければ、もっと美味だろうに」
「なら、今度は1人で来てごらん。ゆっくりと、羽根を伸ばして1人で美味しいものを食べてごらん。こうして窓際で、風に当たって。日常を忘れてさ」

 こんな可愛らしい店に、1人でなど到底足を運べない。嫌味かとアイセルを睨みつければ、瞳を細めて微笑んでいる。

「高嶺の花、だね。きっと美しすぎて声をかけられないだろうなぁ。絵になるなー」

 鼻で笑うとスリザはワインを口にする。誉められているのか、貶されているのか。どちらにしろ、良い気分ではなかった。

「でも、きっとスリザちゃんは1人では来ないね。結構臆病で寂しがり屋だから。だから、また俺と来ようね」

 立ち上がったアイセルのその台詞に、顔が強張る。思わず、呼吸が止まった。無理やり立ち上がらされ、腕を掴んだまま歩き出したアイセルの後ろをついて歩くスリザ。
 耳には、入らなかった。臆病で、寂しがり屋だと自覚はあったが他人から言われる事に酷く脅えていた。放心状態だったので、聴こえなかった。

「あの人が、アイセルの片想いの……綺麗な人ね」
「育ちが良さそうね、でも、肩に力が入りすぎ。アイセルが言う通りの人ね」
「背が高くて細身だから、スタイル良いよね~。どんな服でも着こなせそうね」
「きっと、アイセルが彼女の素材を引き出していくのね。羨ましい女性!」

 アイセルに連れて行かれる、硬直したスリザに女子達は顰めきあう。羨望の眼差しを向けて。

「私もあの女性みたいに、なりたいわ」

 スリザが羨む、可憐で可愛らしい女子達が、皆そう思ってスリザを見つめていた。そんな声など、スリザには届かず。

「さぁ、次は何をしようか。何処か行きたいところは?」
「別に……」
「そっかぁ、何か気になる場所があったら気兼ねなく言ってね。俺、自分の行きたいトコへ行っちゃうからさ」

 すでに、アイセルに手を握られることも感覚が麻痺して慣れた。アイセルは、スリザに話し掛けながら街を徘徊する。やたらと声も大きく、スリザは恥ずかしくて俯いたままだ。が、アイセルにしてみれば興奮して当然だ。ようやく、意中の女性と2人きりで手を繋ぎ街へ出られたのだから。自然と声も大きくなる。
 露店を見る。アイセルは気に入ったものを見つけたらしく、腕輪を購入した。銀細工で、斬新なデザインだ。

「俺こういうの好きだなぁ~、何、お兄さんが作ってんの?」
「ありがとうございます、なかなか理解して貰えなくて売れ行きが悪くて」

 短剣をデザインしたものやら、弓矢をアレンジしたものやら。女性にはウケが悪いかもしれないなと、確かにアイセルも思った。だが、力強い感じがするし、銀が嫌味なく上品だ。
 右腕に填めて、満足そうに支払いを済ませるアイセル。スリザも何気なく見ていたが、装飾品など買ったことがない。

「疲れたね、あそこに座って何か飲む?」

 スリザを座らせて、アイセルは露店でワインを2カップ購入してきた。そこまで混雑していないが、こうして街を出歩かないスリザは新鮮な風景に瞳を細める。
 ワインを手渡し、アイセルは呑みながら先程購入した腕輪を掲げて見つめている。余程気に入ったようだ。

「平和でしょ、スリザちゃん。それもこれも、アレク様やスリザちゃんが日頃身を削って頑張っているから、みんな幸せで居られるんだよ」

 言いながら、何かを差し出す。紙袋だった、怪訝にそれを受け取ったスリザは、細長い指で封を開ける。重量は、見た目よりある。カシャン、と音がして中から何かが出てきた。
 皮ひもの首飾りだ、先程の店で購入したのだろう。デザインがアイセルの腕輪に似ている。

「あげるよ、お揃い」
「どうして私が貴様と揃いの装飾品を見につけねばならないのだ」

 実は、嬉しかった。異性からこうして何かを貰う事は、初めてだ。だが、先程の店は男物の様に思える。確かに男装しているように見えなくもないが、似合わないだろうが、可愛らしい贈り物がよかったと、不貞腐れたくなった。
 混乱気味に、スリザは頭を掻き毟る。顔色が赤くなったり、青くなったり。
 そんなスリザに、穏やかにアイセルは微笑んだ。考えていることなど、お見通しだった。
 優しく、首飾りを手に取ると、そのチャーム部分を指差す。

「可愛いだろう? この薄紅の石。ほら、ここも百合っていう花をモチーフにしてあるんだって」

 銀細工自体は、ごついのだが、よく見れば女性向けなのだろうか。花に小さな石が埋め込まれており、光っているようだ。スリザは思わず喉を鳴らす。

「わ、私にこのような色」
「似合うよね、スリザちゃんは、桃色が似合う。タイトなドレスを着るなら、絶対桃色だなぁ。深紅も似合うだろうケド」

 文句を言いそうになったスリザから、首飾りをするり、と抜き取り首にかける。純白のシャツに、とても映えた。

「うん、その白いシャツにも、薄桃が映えていいねぇ!」
「あ……」

 胸元を見れば、確かに可憐でもなく、厳ついわけでもなく、しっくりと似合っている。このデザインならば、勤務中に身につけていても不自然ではないだろう。
 礼を言おうと思ったが、上手く言葉が出てこず沈黙したままワインを呑む。照れ隠しに。
 それでも、アイセルは満足そうに大人しくワインを呑むスリザを見ていた。

「ねぇ、スリザちゃん。時折でいいんだ、こうしてまた出掛けない?」

 口に出せない、スリザの想い。極端に可愛らしい女性に憧れるスリザの、その無意味な思考を取り除きたかった。
 人に羨まれるほど、素晴らしい女性であることを自覚させたかった。
 スリザから、返答はないが否定もない。アイセルは軽く笑う。

「真面目なスリザちゃんはさ、自分で自分を縛り付けて身動きできないんだ。厳格な父上に期待を篭めて育てられた、親思いの真っ直ぐな女性だからね。歴代の魔王の側近隊長が男だったからといって、そのように振舞わなくてもいいのに」

 何を知った口を、とスリザは鼻で笑った。哀れみなのだろうか、だからこうして今日連れまわしてくれたのだろうか。腹が、妙にもどかしく悪態ついてスリザが口を開く。

「ふん。まぁ、どう取ろうが関係ないが。実際女では、なめられる。父上が幼き頃、母に何度も溢していた事実を私は知っている。聞いていた。女というのはな、不利な生き物なんだよ」
「スリザちゃんの実力は、十分皆承知だよ。サイゴンだって、心酔してる。誰もスリザちゃんの立場に異論を唱える魔族なんていないよ」
「実際、貴様とて私を見下しているだろうが」
「見下してないよ、寧ろ尊敬するね。自分を押し殺してまで俺は生活出来ないから。ただ、スリザちゃんが好きなだけだよ」

 何が好きなのか、さっぱり解らない。空になったワインカップを捻り潰しスリザは足を踏み鳴らす。

「全ての女が男からの好きで心揺らすと思ったら大間違いだ、不愉快だ。もう、帰る」
「全ての男が女に軽々しく好きと言えると思ったら大間違いだよ、不愉快だね。連れて行く」
「はぁ!?」

 立ち上がったスリザの腕を強引に掴んで引き寄せると、朝の様に肩に担いだ。

「な!? 大馬鹿者、放せっ」

 蹴りを入れようとした、背中に拳を叩き入れようとした。だが、アイセルの手がやんわりと尻を撫でてきたものだから思わず悲鳴を上げる。

「きゃあぁっ」
「わぁお、可愛い声。はいはい、大人しくしててね」

 自分の口から、妙に女のような甲高い声が出たので、驚いて思わず口を塞いだスリザ。小声でくぐもった声を出す。

「ど、何処へ行こうというのだ」
「宿。まだ取ってないから、これから取るよ」
「ま、待て、落ち着けっ」
「暴れると、またお尻触るよ。引き締まったスリザちゃんのお尻は大変魅力的だよ、なんか良い匂いもする」

 すんすん、と大袈裟にアイセルがスリザの衣服を嗅いだ。青冷めて、スリザが悲鳴を上げる。

「へ、変態だ!」
「だから、大人しくしてなよ。公衆の面前で俺を変態にさせないでよ」

 もう十分変態だ! と叫びたいのを堪えて、スリザは顔を隠すように頭を腕で覆う。降ろされたら、蹴りを食らわして逃亡しようと、それまでは大人しくしていようと心に決めて。
 数分揺られて、建物内部に入る。階段脇に飾ってある花が美しく、床の絨毯もなかなか綺麗な刺繍が施されていた。
 アイセルと店主の話が聴こえる、肩に女を担いでいるような不審な男を泊める宿などあるのだろうか。
 あるのだろう、すんなり部屋に案内されたらしい。向こうも商売だ、来るもの拒まずなのか。
 ドアが開く音がする。ドアが閉まった音がする。

「はい、スリザちゃん。お疲れ様」

 床に地面が着いた瞬間、右脚で蹴り入れて……と体勢を整えようとしていたスリザだが、床に足は着かなかった。

「何か飲む? 喉渇いてない?」

 アイセルに顔を覗きこまれていた。
 唖然と、状況を把握すべく自分の体制を視界に入れたスリザは、悲鳴を上げた。
 肩から降ろされたのだが、今度はアイセルの両腕に全身を支えられ姫抱きになっていた。背中を支えられ、膝をささえられ、覗き込まれている。

「あわ、わわわわわ」
「可愛いなぁ、スリザちゃんは」

 狼狽するスリザを他所に、アイセルは微笑むと部屋のソファに深く腰掛ける。キシッとソファが揺れて、思わずスリザは息を飲むしかない。
 心音が、アイセルに聞こえそうだった。硬直して、身体が動かないスリザは息を飲む自分のその音と心音だけが大きく聴こえてしまう。

「ねぇ、スリザちゃん」
「な、なんだ」

 上ずった声を出すスリザに、アイセルは多少耳を赤くして天井を仰いだ。照れている顔を見られたくなかっただけだった。

「いや、その。俺とお付き合いする気はない? 今はなくてもいいんだけどさ、前向きに検討して貰えると助かるんだけど」
「断る。拉致した男となど」
「好きです、検討してください」
「断る」
「好きです、検討してください」
「断る」
「好きです、検討してください」
「断る」

 というやり取りを、何度繰り返しただろう。最早10分以上繰り返している気がするが、どちらも一歩も引かなかった。

「好きです、検討してください」
「断る! というか、何度断れば気が済むんだっ」
「断る以外の言葉でお願いします」
「じゃあ、死ね!」

 子供の言い争いのようだと、スリザは徐々に呆れてきた。流石に言い続けたので疲れた。喉も渇いた、深い溜息を吐く。言葉など、幾らでも偽れる。口にすること自体が腹立たしいが、辛抱して言うしかない。

「……解った、検討しよう。だから放せ」
「本当に!? やったね!」

 落胆気味にそう告げて、眉を潜めてアイセルを睨んだスリザだが、息を飲んだ。
 心底嬉しそうに、アイセルが笑ったからだ。あまりにも、無邪気に。それこそ、子供の様に。偽りなき笑顔だと、判別出来るほどに。
 本当かどうかも解らぬ、そんな一言なのに。
 アイセルは、すんなりとスリザを解放した。罪悪感を多少感じながらも、スリザはゆっくりと腕から離れる。
 右腕で顔を隠し、天井を仰いでいるアイセルから、そろそろと、ゆっくり距離をとる。

「嬉しいんだ。本当に、嬉しいんだ。俺、頑張るわー」
「あぁ、そうか。よかったな、一応検討はしてやるが、検討するだけだからな」
「それで、いいよ」

 一瞥してアイセルを見ていたスリザだが、急にアイセルが真正面を向いた為視線が交差する。真っ直ぐに、曇りない瞳で見つめてきたので、再び罪悪感が湧き上がった。

「スリザちゃんが、俺を男として見てくれればそれで、良いんだ」

 唇を尖らせ、スリザは大股で室内を歩く。「喉、渇いた」と、一言。
 アイセルは腕に力を篭めて、ソファを押し返し立ち上がるとテーブルにあった水差しから、コップに水を移し変えた。
 足が、ふわつくのは嬉しいからだ。不自然な歩きに、スリザは微かに顔を顰める。
 コップを持つ手も、震えている。

「はい」

 差し出されたコップの中の水が、ゆぅらりと、揺れていた。
 無言で受取り、一気に飲み干すスリザを満足そうに見てからアイセルは床に転がる。気にせず、スリザは部屋の片隅に移動すると壁にもたれて腕を組んで瞳を閉じる。
 暫く、2人は無言だった。
 日が暮れて、夕陽が差し込む。それでも、無言だった。気まずい空気では、なかったが。
 ドアのノックする音に、2人が反応してようやく室内の空気が動く。食事の時間らしく、慌ててアイセルは立ち上がると上ずった声で直ぐに行くと伝える。

「行こうか、スリザちゃん」
 
 別に、共に食事を摂る理由はないのだが、スリザは先に部屋を出た。食堂に案内され、向かい合って席に着くと無言で食事をする。満室ではないが、まばらに客がおり、皆が愉しそうに会話している中でそれでも2人は無言だった。
 直様食べ終えて、部屋に戻ると再びスリザは部屋の隅へ移動する。アイセルは、暗くなっていた部屋のランプに灯りをともし、遠慮がちにスリザを見つめる。

「あの、さ。スリザちゃん」
「何だ」
「そのさ、えーっと、なんていうか。俺は確かにアレク様みたいに高貴でもないし、美形でもないし」
「あのお方と比べるなっ、不愉快だ!」

 突然声を荒げたスリザに、一瞬アイセルは怯んだが尻込みしなかった。

「そだね、比較しても仕方がないよね、あっちは生まれ乍らに王様だもんね」

 不意にアイセルの瞳が、光る。スリザが異変を感じて腕組を下ろした時には既に、目の前に迫ってきていた。

「ただ、速さには自信があるし、体力も上だと思うんだ。……それは、スリザちゃんに対してもだけど」
「手を出したら、検討するのは取りやめだからな」

 余裕めいて、鼻で笑ったスリザはそうぶっきらぼうに吐き捨てたが唇を塞がれた。
 またかっ! と心の中で叫んだが、案の定抵抗の仕方がわからないので、なすがままだ。隅に居たので、逃げられない。口内で蠢く舌には、まだ、慣れなかった。息継ぎの仕方も、解っていないので苦しそうに顔を歪める。

「舌は出したけど、手は出してないよ。ほら……触ってない」
「屁理屈をっ」

 拘束するように壁に手はつけているが、確かにスリザには触れていなかった。身体は密着し、アイセルの荒い吐息が身体にかかると、身震いしてしまう。

「色っぽいよね、スリザちゃん。灯りが揺れてるから余計にさ、すっごい綺麗。っていうか、扇情的」
「っ、どうして貴様はそう変態的な台詞が湧き出てくるんだっ」
「本心だから仕方ないでしょ。別に変態的じゃないと思うし」

 耳元に、息を吹きかけられ小さくスリザは叫んだ。鳥肌が立つ、ぞくぞくと、背筋を何かが這う。

「かわいいなぁ」
「だからっ、馬鹿にするのもいい加減にっ」

 ちぅ、と音。どうやら、首筋を吸われたらしく全身が痺れる。わざと音を出しているのだろう、聴こえるように吸っているのだろう。何度も、音がする。

「や、やめっ、やめ」

 熱を帯びている唇なのに、唾液がついた箇所に風があたると、妙に冷たく。つーっ、と舌が動いてアイセルの顔が胸へと移動していく。

「きゃあっ」

 鎖骨を嘗めた途端に、上がった悲鳴は紛れもなく女の声だ。赤面して唇を噛んだスリザと、動きが止まったアイセル。わなわなと震えるアイセルの背中を半泣きで見ていたスリザは、悲鳴を上げた。
 がばぁ、っと抱きつかれたからだ。

「もー、スリザちゃん、可愛すぎる可愛すぎる、可愛すぎる可愛すぎるっ。生殺しもいいとこだよーっ」
「へ、変態っ! やめろっ、抱きつくなっ」

 思いっきり、力を篭めて抱き締められた。悲鳴を上げるスリザと、叫ぶアイセル。

「あー、このまま押し倒してあーしてこーしてあれをあぁして、これをこうしてスリザちゃーんっ」
「ひいいいいい、変態、なんだ貴様はっ」

 すりすりと頬を寄せるアイセルに、身の毛がよだつ。何をする気なのかと、脳裏を過ぎって青褪めるしかないスリザ。

「でも、しないけど。我慢するからちょっとこのままで居させて」
「い、意味がわからんっ! 放せっ」

 ぎゅう、と締め付けるアイセルは、スリザの肩に顎を乗せて項垂れる。互いの身体は密着し、スリザは目が回りそうだった。やはり、アイセルの体格は良かった。堅い筋肉だが、妙に色気を感じる。そそられる、というのだろうか。
 スリザはなんとか離れようと身を捩る、身体に惹かれるなど、破廉恥極まりない。失態である。

「ちょ、ちょっとスリザちゃんあんまり動かないで。こすれるからっ」
「はっ……?」
「い、いやだから、その、動くとこすれて大き」

 一瞬の、沈黙。次の瞬間。

「いやあああああああ、へんたーいっ」

 スリザが絶叫した。意味を理解し、憤慨する。渾身の力で、身体を捻るが。

「あ、あぁぁあっ、 まずい、まずいよスリザちゃんっ、動かないでっ、出ちゃうからっ」

 一瞬の、沈黙。再び、恐怖に脅えた顔で絶叫するスリザ。

「……ひ、ひぃぃぃっ、汚らわしいっ。こ、こすれるなら離れればいいだろうがっ」
「離れたら、暴走してそのまま押し倒しに戻って犯しちゃいそうなんだよっ」
「け、けだものっ」
「あ、あぁっ、駄目だってぇ、スリザちゃん」
「や、やめろっ、熱っぽい声で耳元でなんか囁くなっ」
「や、だからっ、動かれると辛うじて保っている理性が、あぁっ」
「そ、そんな声出すなっ。わ、私が貴様を犯しているみたいだろうがっ」
「あぁ、駄目、動かないで、スリザちゃん! そんなに動かれたら、俺っ」
「や、やめろ、誤解を招くような台詞は止めてくれっ」

 念の為言っておくが、2人はただ、真正面から抱き合っているだけだ。抱き合っている、というかアイセルが両腕で抱き締めているだけだ。スリザにいたっては拘束されているのでただ、身を左右に捩っているだけである。

「……なーんて。いつか、そんなコトになったら嬉しいなぁ」

 弾かれてスリザがアイセルの顔を見つめれば、悪戯っぽく笑っていた。なんという性質の悪い冗談だろうか。恥ずかしさで怒りと涙が込み上げてくる。

「いや、大きくなってるのはホントだけども。だから、今ちょっと動けない」
「ひぃ!」

 スリザは、硬直した。はっきりと、自覚したからだ。その、大きくなっていて堅いものとやらを、確認してしまったからだ。自分の臍辺りで。

「いいなぁ、スリザちゃんが上に乗って動いてくれると幸せだなぁ」
「た、頼むからっ、妄想は脳内でやってくれっ! 声に出さないでくれっ」
「え、脳内でいいの? 妄想していいの? ……じゃ、遠慮なく」

 アイセルの顔が、だらしなく緩む。鼻の下が、伸びる。ひっひっひ、と妙な笑い声を出す。

「ま、待て待て待て、何を想像してるんだ!?」
「え、言ってもいいの? スリザちゃんがさぁ、純白なんだけど紐みたいな下着を着ててさぁ、ベッドで足を大きく広げて」
「ぎゃああああああっ」
 
 悲鳴を上げるスリザを、アイセルは笑いを噛み殺して見ていた。随分と、表情が多彩になった。少しは張り詰めていた気も緩んだだろう、叫べば抑圧されていた精神も解放される。
 普段叫ばないスリザは、荒い呼吸で青褪めて咳込んだ。流石にやりすぎたかなと、アイセルは軽く項垂れる。

「ごめんね、スリザちゃん。でも、叫ぶと楽にならない?」
「は?」

 きょとんと、無防備に見上げてきたスリザが、愛おしくて。

「あぁ、やっぱり世界で最高に可愛いなぁ」

 口付けた。すんなりと唇を割って舌が入り、絡める。スリザの身体が引き攣って、救いを求めるようにアイセルの衣服にしがみ付く。思わず、アイセルの腕に力が籠もった。
 可愛い可愛いと、何度も呟きながら深く口付けられるとスリザの脳も、思考が停止寸前だ。何故か、ぼう、っとして蕩ける様な。気持ちが良いのか解らないが、不快ではない。

「私を可愛いという者など、貴様くらいだぞ」
「そうかなぁ、結構居ると思うけどね。でも、俺だけでいいよ。競争率高くなってもらっては困るんだよね」

 髪を撫でられる事にも慣れて来た、太い指だが、優しく頭皮を包むのが安心できる。口付けも、慣れて来たように思えた。不思議なことに。

「ねぇ、スリザちゃん。結婚したらでいいんだ、抱かせてね。それまで、我慢する。そしたらさ、俺の想い。……信用してくれる?」
「もう、手を出してるじゃないか」

 苦笑して呆れた声を出すスリザに、アイセルは不服そうに首を横に振る。

「だから……舌しか出してないって」

 2人の笑い声が、室内に小さく響いた。月の光が、部屋に差し込んでいた。

 スリザの胸元の首飾りに、いち早く気付いたのはホーチミンだった。取り巻きの少女達も気がついていた。

「スリザ様、どうしたんですか、それ? かっこいいですね」

 黒の皮ひもに、重量ある銀細工。一見、男物の渋い装飾品である。

「とってもお似合いです~」

 と、スリザを取り囲む少女達を見ていたホーチミンは軽く首を傾げていた。じぃ、っとスリザを見つめると、何か表情が普段と違う。妙に柔らかくなっている。「あらあら~、何かあったのかなぁ、んふふふっ」ホーチミンは愉快そうに口元に手を添えて、ころころと笑った。

「スリザちゃーん! お疲れ様でーすっ」
「きゃっ、淫乱変態不潔なアイセルですわっ! スリザ様、隠れてっ」

 アイセルが、突っ込んでくる。少女達は嫌悪感丸出しでスリザからアイセルを護るように鉄壁の防衛を張り、構えるのだが。

「……あぁ、良いのだ。アイセル、挨拶は良いから仕事をしろ」
「うん、頑張ってるけど、スリザちゃん見たらもっと頑張れるから」
「ふっ…・・・そうか。ならば落胆させるなよ?」

 少女達をやんわりと退けて、アイセルに真正面から向き合ったスリザは、手を振って離れていくアイセルに軽く手を上げる。皆、息を飲んだ。
 冷たく、無表情に近い整った顔立ちのうわべだけの笑顔ではない、スリザの微笑。なんと、女性らしく丸みがある柔らかな笑みだったろうか。

「綺麗……」

 思わず、誰かが零した。その場に居た者がスリザに一斉に注目する。隠していた魅力が、解き放たれた瞬間だった。

「あらあら。アイセルとお揃いなんだぁ。やっだぁ、いちゃついちゃって」

 アイセルの腕輪と揃いだと気付いたホーチミンは、羨ましそうに肩を竦める。全てお見通しだとばかりに、軽く小首傾げて唇を尖らせた。

「うっらやっましー! いいな、いいなぁ! 後でじーっくり、話を聞きましょーっ!」

 それでも、小さく「おめでとう」と呟くとホーチミンもまた、嬉しそうに顔をくしゃっとして微笑んだ。

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