別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。
いい加減整理したい。
※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。
絶対転載・保存等禁止です。
宜しくお願い致します。
×
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もう、寒くて手が動きません。
酒の香りが充満する、小汚い居酒屋で下卑た男達が酒を浴びるように飲んでいた。
促され、一人の情婦が木製のトレイに食事を乗せ歩き出す。酔っているので足がふらついていた、が懸命に喧騒の中を歩き階段を上り、二階の一室へと入っていく。
室内には1人の美少女。決して清潔とは言えない室内に怯え、部屋の隅で蹲っていた。上等な衣服から彼女がそこらの娘ではないことなど、酔っている情婦にとて解る。肩にかけている毛皮など、相当な金額だろう。
入ってきた情婦の様子を窺うように見ていたその美少女は、差し出された食事に一瞬身体を硬直させた。
じぃ、っとそれらを見つめ、情婦を見上げて小首傾げる。
「食べなよ、お嬢様の口には合わないかもしれないけれどさ」
乱れた髪をかき上げ、はだけた胸元を直すと気だるそうに壁にもたれてぶっきらぼうに告げる。
美少女は小さく頷くと立ち上がり、情婦からトレイを受け取る。覗き込めばパンと野菜のスープだった、一礼してから食べ始める。
その様子を見ていた情婦は、物珍しそうに少女を覗き込んだ。
「ふぅん、結構度胸あるんだね。泣いたり叫んだりしないんだねぇ」
「言葉が話せない娘だ、用事が済んだら早急に室内から出ろ」
背後からかけられた声に、飛び上がる勢いで振り向いた情婦は喉の奥で悲鳴を上げる。
下で飲んだくれている男達とは格が違う、主格の男が立っていた。顔を布で覆い隠し、見える瞳は鋭く光を灯していない。この居酒屋に来た際に、金を店主に大量に渡し、小声で囁いた人物である。
それまで居た客全てを追い払い、勝手に貸切にした男。下の男達にはない、気位の高そうな威圧感を醸し出している。ただものではないと、情婦とて思っていた。
そんな男に睨まれたのだ、青褪めるしかない。
慌てて情婦は立ち去った、不思議そうに美少女がその男を見上げる。大きな瞳で瞬きを繰り返し、じぃ、っと見る。
「……到着するまで、悪いようにはしない。金は戴いているんだ。言葉は、解るんだろう? そう聴いている」
淡々と語る男の言葉を、少女は聴いていた。おずおずと頷くと、困惑気味に瞳を伏せる。
緑の瞳が、潤んだ。
「まぁ、アルゴンキン氏の愛娘アロス様には、多少窮屈な馬車だろうが……。堪えてくれ」
名前を呼ばれ、アロスはようやく立ち上がった。丁寧にトレイを床に置き、しずしずと歩き出すと男の前で立ち止まる。
物言いたそうな瞳だが、全く恐怖の色は浮かんでいない。それどころか妙に猛々しくすら感じる。思わず男は舌打ちした。
「成程、ただのお嬢様じゃないのか。世間知らずなのか、馬鹿なのか。……旅の道中、あんたの身は保障しよう」
着いてからは知らないが、と小声で付け加えた男は見つめてくるアロスの視線を逸らしながら、気まずそうに天井を仰ぐ。
アロスは言葉を発する事ができない。騒がれでもしたら面倒だったが、その心配がなかったので気楽な仕事だった。
が、まさか視線だけでここまで他人の心を揺さ振る事が出来るとは思わなかった。
美少女だとは、聴いていた。間違いなく、正統な高貴な血族でありまごうことなき溢れ出る美しい娘だとも思った。
だが、大きな深緑の瞳の奥に秘める、光が気になる。
見ていると、何故か屈服したくなってしまうようなそんな瞳だった。眼力が強いのか、美しさゆえの魔性の瞳なのか。
逃がしてやりたくなってしまう。
皮肉めいて笑うと、男はアロスを見ないまま室内から出て行った。立ち去る際に「後で片付けるからしっかりと食事するように」と付け加えて。
静まり返った室内で、アロスは何度か瞬きを繰り返していたが、冷めてしまった食事に再び手をつけた。
スープを啜る、パンを齧る。
小さな窓しかないその部屋で、アロスは月を探し、星を探した。
薄汚い商人を装った男達の集団は、のらりくらりと馬車を進ませる。普段、女を拉致した際には猿轡をするのだが、今回盗んできたアロスは声を出す事ができない。非常に楽だと、男達は笑う。
酒を呑みながら、臭い息を撒き散らし一人の男がアロスが監禁されている馬車の荷台を指した。
「なぁ。あそこまで丁重に運ぶ必要があるんかぃ? あの娘に使う金を呑み代に回したいと思うんだよぉい。酒も女も増えるだろぉ? んぃ?」
泥酔しているようで、何を言っているのかが聞き取り辛かった。確かに、と同意する男達に、主格である男が一喝する。酔いの浅い者はそれだけで、身体を震わせた。
「出来ない。彼女を攫い、届けるまでの金を戴いている。無論、その間の世話代もだ。他に使おうものならば契約破棄とみなされるだろう」
「ですけどさぁあぁ」
「殺されたくなかったら、彼女の事を口に出すな」
おどけながら反論を試みた泥酔している男の酔いが、一気に醒める。首に剣先が突きつけられていた。ただの脅しだろうとは周囲の男達も思ったが、皆顔を引き攣らせていた。主格として従っているこの男が、自分達とは違う人種である事くらいは解っていた。それこそ、何人も人を殺し暗殺業でも行っていたであろう雰囲気を醸し出している。
目的の為ならば、人を殺すことなど造作もない。
「す、すまねぇ」
絞り出した声に、ゆっくりと突きつけられていた剣が下ろされた。空気は硬直したまま、馬車は進む。酒を煽っていた男達も、一斉に皆呑む事を止めていた。
男達は、互いの名前を知らない。儲け話があるからと、陽のあたらない場所で生活していた男達にもたらされたその情報に集まってきた男達だ。
多方面から集まってきたので、言葉のなまりがある者もいた。が、内容は同じである。
『イルダーム地方を掌握している貴族アルゴンキンの愛娘・アロスを誘拐せよ。そして運び届けよ』
報酬金額に心底驚いた男達は、半信半疑だった。が、前金としてその3割り程度はもう懐に入ったのだ。
アルゴンキンの屋敷は警備が強固である、それ故、2人で組み何度も偵察をし、ようやく外出先で誘拐する事に成功したのだった。
誰の依頼なのか、などは誰1人として知らない。巨額の金額を捨てるように使い、少女を誘拐させた依頼者になど興味はなかった。ただ、非常に楽な仕事ではあった。
あの日、ラングの屋敷から出てきた馬車に奇襲をかけた男達だが、思いの外配置されていた衛兵が脆弱だった。アルゴンキンの衛兵は確かに有能であったが数で勝った、負傷した男も2人いたが命に別状はない程度である。
皆、命と金が大事である。約束の港町へアロスを運び届ければ、報酬を受け取る事が出来る。
そうすれば、見たこともないような金で酒と女を買い占める事が出来る……。
余計なことには首を突っ込まない、男達は静かに暗黙のルールを作った。
約束の港町を目前に、アロスを乗せた馬車は明日の最終確認をしていた。
街の入り口には検問がある、アロスを見つけられてはいけない。それが最も今回の依頼で厄介な点である。
馬車は全部で3台だ、商人を装ってはいるが見るからにゴロツキの男達である。小川で身なりを整え、安いにしても清潔感のある衣服に着替えねばならなかった。その衣服も無論支給されていたのだ、至れり尽くせりである。
街道に居ては不自然で目立つ為に、森の中に入っていた。
森の中まで馬車は入れられない。街道から逸れた小道に入り、馬車を置く。そこから徒歩で髪や顔を洗うことが出来そうな小川を探した。簡易だが一応互いに容姿を確認し、育ちの良くない成り上がりの商人を演じる。言葉を発しては鍍金が剥がれる事が目に見えていたので、笑顔を振りまき会話は極力しない方向だ。
これが終われば、金が貰える。まずは港町で美味いものをたらふく詰め込んで、居酒屋をはしごし、娼婦館で豪遊する……。
男達の顔は、始終緩んでいた。苦労など、何もなかった。依頼者に、感謝した。
「さあ、行くぞ。最後にこれで口を漱げ、口臭は良くない」
主格の男から、それぞれ1つの小瓶が手渡された。掌に収まる陶器で出来た代物である。口臭、と言われて皆笑った。確かに、衣服だけ新調しても隠し切れないものである。
「それを言うなら、体臭もですよ」
一人の男がおどけてそう言う、どっと大勢が笑いながらもその小瓶を口につける。鼻に、良い香りが届いた。甘ったるい香りだった、無縁なものに男達は再度笑う。
小瓶の中身を口に含み、口内を洗浄する為に舌を動かし頬を動かす。果実から取り出した甘味なのだろうか、不自然なくらいに、甘い。
1人の男が、その甘さに顔を顰めた。甘さの中に、口内を刺激する痛みが走り始める。
男達が口内の異変に気付き、耐えられないとばかりに地面にそれを一斉に吐き出す。口内には違和感が残る、慌てて小川の水を口に含み、嗽を始める。
ピリピリとする口内は、徐々に強まった。息をすることすら、苦しいくらいに激痛が走り始める。取り除こうと、水を飲んだ、だが消えない。声も当然、出す事が出来ない。焼けるような痛みが襲い掛かる、血走った瞳で男達は次々に地面に倒れこむと口内に手を突っ込んで転げまわった。
たった1人、冷静に男達を見つめている主格の男。わけもわからず、泡を吹きながら小川に顔を埋める男が1人溺死した。転げまわって岩で頭を強打し、痙攣して絶命した男が1人。苦しさのあまりに首を掻き毟って、窒息した男が1人……。男達は、数分のうちに全員動かなくなっていた。皆、死んでいた。
血走った瞳と、腫れ上がった顔、奇怪な形相で死に絶える。
主格の男は、死んでいる男達の数を数え、転がっている陶器の容器を回収した。同じ数ある、間違いはない。
そして、死んだ男達の死体を馬車へと運び始めた。無造作に荷台に放り投げる。男が如何に屈強であるとはいえ、自分よりも体格の良い男もいるが、無表情で運び続けた。
全員を馬車に押し込めると、男は1台の馬車に飛び乗った。そのまま、走る。街道に戻り、また道を外れて無理に狭い森林を押し通った。嫌がる馬を鞭で叩き、ようやく進むと直様馬が嘶く。
切り立った、崖に出た。馬が足踏みし踏みとどまると、男は馬と馬車を切り離す。一頭の馬に手綱をかけて手頃な木に結ぶと他の馬達は、何度か地面を蹴っていたが何処かへと走り去った。
馬車から木の棒を1本取り出した男は、車輪にその木をあてがい、梃子の原理で車輪を動かし始める。何度か繰り返すと、車輪はゆっくりと動き始めた。勢いをつけて、そのまま馬車を崖から突き落とす。絶壁の下は、木々が生い茂っていた。メキメキと枝を折る音を響かせながら、落下した馬車は見るも無残な姿だろう。が、上からはよく見えない。
男は表情1つ変えず、残しておいた馬に華麗に飛び乗る。残っていた2台の馬車に戻ると、同じ様にもう1台の馬車も崖から突き落とした。最後に陶器の小瓶を投げ捨てる。
終わった、男は小さく呟いた。「任務、完了だ」
残った馬車には、アロスが乗っている。戻った男は逃げられないように鍵をかけておいたが、念のため中を覗き込んだ。ここでアロスがいなくなっていたら全ての苦労が、水の泡だ。
しかし大人しく、そこに座っていた。その姿を一瞥すると、男は衣服を脱ぎ捨て、小川で顔を洗い髭を剃る。
頬に大きな傷があるものの、身体逞しく端正な顔立ちをしている男が水面に映っている。
茶色の髪をかき上げ、前髪を上げて帽子を被ると上等な衣服に身を包む。紺のマントを羽織り、そのまま馬車に飛び乗った。
静かに走らせる。何事もなかったかのように、馬車は港町を目指した。
街の入り口で検問があったが丁重な言葉遣いで語る男は、許可書を見せた。直様門を通される。正統な許可書であった、印鑑も間違いないと判断されたのだ。
一礼し、再び馬車に乗った男はそのまま指定の場所へと急いだ。大きな倉庫である、港から出航する船に乗せる荷物が一時的にそこに集められるのだ。
「成程、仕事の速さには定評がある男だったな。歓迎しよう」
やってきた馬車の右側の後輪、そこに目を凝らさないと解らない印がついている。それを発見した2人の男が近づいてきた、一礼した男に大きく頷くと馬車を停止させる場所へと誘う。
倉庫から、離れた場所に小ぶりの倉庫が用意されていた。その中に馬車ごと入るとようやく、男にずっしりと重たい袋が手渡される。相当な額の金だった。
「抜かりはないな」
「勿論だ」
「ならば、今後も隠密に仕事を手配しよう。ご苦労だったな」
男は、ちらりとアロスの乗っている馬車を見つめたが、そのまま無言で倉庫から出て行く。
「オルトール、でよかったか」
「……ああ、その名で通っている」
「一緒に海を渡るか? 仕事もあるが」
「いや……まだ、必要ない」
「まぁ、金は入ったからな。おつかれさん」
偽名だったが、オルトール、と名乗ったその男は今一度、馬車を見つめた。
手の中にある、重すぎる報酬は邪魔でしかない。持ち歩くには、多すぎた。
数ヶ月前、オルトールに持ちかけられた話があった。
とある貴族が、1人の娘を欲していると。ただ誘拐をすれば良いだけの話だが、極力関係者は少ないほうが良いからと関係者は最終的に殺すように言われた。
誘拐には仲間が必要だ、1人では到底成し得ない。その仲間達を信用させ、なれくれ者達を団結させられる頭脳と手腕が必要だった。まさにオルトールはうってつけの人物だったのだろう。
最初から計画を知らされていたのは、オルトールだけだったのだ。
怪力自慢の寄せ集めの男達は、毒薬など知りもしなかった。仕事に乗った時点で、すでに殺害される運命だったのだ。最初に支払われた金と、道中で良い夢を見ただろう、と依頼者はほくそ笑んでいる。
オルトールとて、依頼人が誰かは知らなかった。ただ、この後アロスがどうなるのかは知っていた。
海を渡った先の港町から少し離れた商業の街の、高級宿の一室では年に2回闇市が開催される。
そこで、競売にかけられるのだ。
促され、一人の情婦が木製のトレイに食事を乗せ歩き出す。酔っているので足がふらついていた、が懸命に喧騒の中を歩き階段を上り、二階の一室へと入っていく。
室内には1人の美少女。決して清潔とは言えない室内に怯え、部屋の隅で蹲っていた。上等な衣服から彼女がそこらの娘ではないことなど、酔っている情婦にとて解る。肩にかけている毛皮など、相当な金額だろう。
入ってきた情婦の様子を窺うように見ていたその美少女は、差し出された食事に一瞬身体を硬直させた。
じぃ、っとそれらを見つめ、情婦を見上げて小首傾げる。
「食べなよ、お嬢様の口には合わないかもしれないけれどさ」
乱れた髪をかき上げ、はだけた胸元を直すと気だるそうに壁にもたれてぶっきらぼうに告げる。
美少女は小さく頷くと立ち上がり、情婦からトレイを受け取る。覗き込めばパンと野菜のスープだった、一礼してから食べ始める。
その様子を見ていた情婦は、物珍しそうに少女を覗き込んだ。
「ふぅん、結構度胸あるんだね。泣いたり叫んだりしないんだねぇ」
「言葉が話せない娘だ、用事が済んだら早急に室内から出ろ」
背後からかけられた声に、飛び上がる勢いで振り向いた情婦は喉の奥で悲鳴を上げる。
下で飲んだくれている男達とは格が違う、主格の男が立っていた。顔を布で覆い隠し、見える瞳は鋭く光を灯していない。この居酒屋に来た際に、金を店主に大量に渡し、小声で囁いた人物である。
それまで居た客全てを追い払い、勝手に貸切にした男。下の男達にはない、気位の高そうな威圧感を醸し出している。ただものではないと、情婦とて思っていた。
そんな男に睨まれたのだ、青褪めるしかない。
慌てて情婦は立ち去った、不思議そうに美少女がその男を見上げる。大きな瞳で瞬きを繰り返し、じぃ、っと見る。
「……到着するまで、悪いようにはしない。金は戴いているんだ。言葉は、解るんだろう? そう聴いている」
淡々と語る男の言葉を、少女は聴いていた。おずおずと頷くと、困惑気味に瞳を伏せる。
緑の瞳が、潤んだ。
「まぁ、アルゴンキン氏の愛娘アロス様には、多少窮屈な馬車だろうが……。堪えてくれ」
名前を呼ばれ、アロスはようやく立ち上がった。丁寧にトレイを床に置き、しずしずと歩き出すと男の前で立ち止まる。
物言いたそうな瞳だが、全く恐怖の色は浮かんでいない。それどころか妙に猛々しくすら感じる。思わず男は舌打ちした。
「成程、ただのお嬢様じゃないのか。世間知らずなのか、馬鹿なのか。……旅の道中、あんたの身は保障しよう」
着いてからは知らないが、と小声で付け加えた男は見つめてくるアロスの視線を逸らしながら、気まずそうに天井を仰ぐ。
アロスは言葉を発する事ができない。騒がれでもしたら面倒だったが、その心配がなかったので気楽な仕事だった。
が、まさか視線だけでここまで他人の心を揺さ振る事が出来るとは思わなかった。
美少女だとは、聴いていた。間違いなく、正統な高貴な血族でありまごうことなき溢れ出る美しい娘だとも思った。
だが、大きな深緑の瞳の奥に秘める、光が気になる。
見ていると、何故か屈服したくなってしまうようなそんな瞳だった。眼力が強いのか、美しさゆえの魔性の瞳なのか。
逃がしてやりたくなってしまう。
皮肉めいて笑うと、男はアロスを見ないまま室内から出て行った。立ち去る際に「後で片付けるからしっかりと食事するように」と付け加えて。
静まり返った室内で、アロスは何度か瞬きを繰り返していたが、冷めてしまった食事に再び手をつけた。
スープを啜る、パンを齧る。
小さな窓しかないその部屋で、アロスは月を探し、星を探した。
薄汚い商人を装った男達の集団は、のらりくらりと馬車を進ませる。普段、女を拉致した際には猿轡をするのだが、今回盗んできたアロスは声を出す事ができない。非常に楽だと、男達は笑う。
酒を呑みながら、臭い息を撒き散らし一人の男がアロスが監禁されている馬車の荷台を指した。
「なぁ。あそこまで丁重に運ぶ必要があるんかぃ? あの娘に使う金を呑み代に回したいと思うんだよぉい。酒も女も増えるだろぉ? んぃ?」
泥酔しているようで、何を言っているのかが聞き取り辛かった。確かに、と同意する男達に、主格である男が一喝する。酔いの浅い者はそれだけで、身体を震わせた。
「出来ない。彼女を攫い、届けるまでの金を戴いている。無論、その間の世話代もだ。他に使おうものならば契約破棄とみなされるだろう」
「ですけどさぁあぁ」
「殺されたくなかったら、彼女の事を口に出すな」
おどけながら反論を試みた泥酔している男の酔いが、一気に醒める。首に剣先が突きつけられていた。ただの脅しだろうとは周囲の男達も思ったが、皆顔を引き攣らせていた。主格として従っているこの男が、自分達とは違う人種である事くらいは解っていた。それこそ、何人も人を殺し暗殺業でも行っていたであろう雰囲気を醸し出している。
目的の為ならば、人を殺すことなど造作もない。
「す、すまねぇ」
絞り出した声に、ゆっくりと突きつけられていた剣が下ろされた。空気は硬直したまま、馬車は進む。酒を煽っていた男達も、一斉に皆呑む事を止めていた。
男達は、互いの名前を知らない。儲け話があるからと、陽のあたらない場所で生活していた男達にもたらされたその情報に集まってきた男達だ。
多方面から集まってきたので、言葉のなまりがある者もいた。が、内容は同じである。
『イルダーム地方を掌握している貴族アルゴンキンの愛娘・アロスを誘拐せよ。そして運び届けよ』
報酬金額に心底驚いた男達は、半信半疑だった。が、前金としてその3割り程度はもう懐に入ったのだ。
アルゴンキンの屋敷は警備が強固である、それ故、2人で組み何度も偵察をし、ようやく外出先で誘拐する事に成功したのだった。
誰の依頼なのか、などは誰1人として知らない。巨額の金額を捨てるように使い、少女を誘拐させた依頼者になど興味はなかった。ただ、非常に楽な仕事ではあった。
あの日、ラングの屋敷から出てきた馬車に奇襲をかけた男達だが、思いの外配置されていた衛兵が脆弱だった。アルゴンキンの衛兵は確かに有能であったが数で勝った、負傷した男も2人いたが命に別状はない程度である。
皆、命と金が大事である。約束の港町へアロスを運び届ければ、報酬を受け取る事が出来る。
そうすれば、見たこともないような金で酒と女を買い占める事が出来る……。
余計なことには首を突っ込まない、男達は静かに暗黙のルールを作った。
約束の港町を目前に、アロスを乗せた馬車は明日の最終確認をしていた。
街の入り口には検問がある、アロスを見つけられてはいけない。それが最も今回の依頼で厄介な点である。
馬車は全部で3台だ、商人を装ってはいるが見るからにゴロツキの男達である。小川で身なりを整え、安いにしても清潔感のある衣服に着替えねばならなかった。その衣服も無論支給されていたのだ、至れり尽くせりである。
街道に居ては不自然で目立つ為に、森の中に入っていた。
森の中まで馬車は入れられない。街道から逸れた小道に入り、馬車を置く。そこから徒歩で髪や顔を洗うことが出来そうな小川を探した。簡易だが一応互いに容姿を確認し、育ちの良くない成り上がりの商人を演じる。言葉を発しては鍍金が剥がれる事が目に見えていたので、笑顔を振りまき会話は極力しない方向だ。
これが終われば、金が貰える。まずは港町で美味いものをたらふく詰め込んで、居酒屋をはしごし、娼婦館で豪遊する……。
男達の顔は、始終緩んでいた。苦労など、何もなかった。依頼者に、感謝した。
「さあ、行くぞ。最後にこれで口を漱げ、口臭は良くない」
主格の男から、それぞれ1つの小瓶が手渡された。掌に収まる陶器で出来た代物である。口臭、と言われて皆笑った。確かに、衣服だけ新調しても隠し切れないものである。
「それを言うなら、体臭もですよ」
一人の男がおどけてそう言う、どっと大勢が笑いながらもその小瓶を口につける。鼻に、良い香りが届いた。甘ったるい香りだった、無縁なものに男達は再度笑う。
小瓶の中身を口に含み、口内を洗浄する為に舌を動かし頬を動かす。果実から取り出した甘味なのだろうか、不自然なくらいに、甘い。
1人の男が、その甘さに顔を顰めた。甘さの中に、口内を刺激する痛みが走り始める。
男達が口内の異変に気付き、耐えられないとばかりに地面にそれを一斉に吐き出す。口内には違和感が残る、慌てて小川の水を口に含み、嗽を始める。
ピリピリとする口内は、徐々に強まった。息をすることすら、苦しいくらいに激痛が走り始める。取り除こうと、水を飲んだ、だが消えない。声も当然、出す事が出来ない。焼けるような痛みが襲い掛かる、血走った瞳で男達は次々に地面に倒れこむと口内に手を突っ込んで転げまわった。
たった1人、冷静に男達を見つめている主格の男。わけもわからず、泡を吹きながら小川に顔を埋める男が1人溺死した。転げまわって岩で頭を強打し、痙攣して絶命した男が1人。苦しさのあまりに首を掻き毟って、窒息した男が1人……。男達は、数分のうちに全員動かなくなっていた。皆、死んでいた。
血走った瞳と、腫れ上がった顔、奇怪な形相で死に絶える。
主格の男は、死んでいる男達の数を数え、転がっている陶器の容器を回収した。同じ数ある、間違いはない。
そして、死んだ男達の死体を馬車へと運び始めた。無造作に荷台に放り投げる。男が如何に屈強であるとはいえ、自分よりも体格の良い男もいるが、無表情で運び続けた。
全員を馬車に押し込めると、男は1台の馬車に飛び乗った。そのまま、走る。街道に戻り、また道を外れて無理に狭い森林を押し通った。嫌がる馬を鞭で叩き、ようやく進むと直様馬が嘶く。
切り立った、崖に出た。馬が足踏みし踏みとどまると、男は馬と馬車を切り離す。一頭の馬に手綱をかけて手頃な木に結ぶと他の馬達は、何度か地面を蹴っていたが何処かへと走り去った。
馬車から木の棒を1本取り出した男は、車輪にその木をあてがい、梃子の原理で車輪を動かし始める。何度か繰り返すと、車輪はゆっくりと動き始めた。勢いをつけて、そのまま馬車を崖から突き落とす。絶壁の下は、木々が生い茂っていた。メキメキと枝を折る音を響かせながら、落下した馬車は見るも無残な姿だろう。が、上からはよく見えない。
男は表情1つ変えず、残しておいた馬に華麗に飛び乗る。残っていた2台の馬車に戻ると、同じ様にもう1台の馬車も崖から突き落とした。最後に陶器の小瓶を投げ捨てる。
終わった、男は小さく呟いた。「任務、完了だ」
残った馬車には、アロスが乗っている。戻った男は逃げられないように鍵をかけておいたが、念のため中を覗き込んだ。ここでアロスがいなくなっていたら全ての苦労が、水の泡だ。
しかし大人しく、そこに座っていた。その姿を一瞥すると、男は衣服を脱ぎ捨て、小川で顔を洗い髭を剃る。
頬に大きな傷があるものの、身体逞しく端正な顔立ちをしている男が水面に映っている。
茶色の髪をかき上げ、前髪を上げて帽子を被ると上等な衣服に身を包む。紺のマントを羽織り、そのまま馬車に飛び乗った。
静かに走らせる。何事もなかったかのように、馬車は港町を目指した。
街の入り口で検問があったが丁重な言葉遣いで語る男は、許可書を見せた。直様門を通される。正統な許可書であった、印鑑も間違いないと判断されたのだ。
一礼し、再び馬車に乗った男はそのまま指定の場所へと急いだ。大きな倉庫である、港から出航する船に乗せる荷物が一時的にそこに集められるのだ。
「成程、仕事の速さには定評がある男だったな。歓迎しよう」
やってきた馬車の右側の後輪、そこに目を凝らさないと解らない印がついている。それを発見した2人の男が近づいてきた、一礼した男に大きく頷くと馬車を停止させる場所へと誘う。
倉庫から、離れた場所に小ぶりの倉庫が用意されていた。その中に馬車ごと入るとようやく、男にずっしりと重たい袋が手渡される。相当な額の金だった。
「抜かりはないな」
「勿論だ」
「ならば、今後も隠密に仕事を手配しよう。ご苦労だったな」
男は、ちらりとアロスの乗っている馬車を見つめたが、そのまま無言で倉庫から出て行く。
「オルトール、でよかったか」
「……ああ、その名で通っている」
「一緒に海を渡るか? 仕事もあるが」
「いや……まだ、必要ない」
「まぁ、金は入ったからな。おつかれさん」
偽名だったが、オルトール、と名乗ったその男は今一度、馬車を見つめた。
手の中にある、重すぎる報酬は邪魔でしかない。持ち歩くには、多すぎた。
数ヶ月前、オルトールに持ちかけられた話があった。
とある貴族が、1人の娘を欲していると。ただ誘拐をすれば良いだけの話だが、極力関係者は少ないほうが良いからと関係者は最終的に殺すように言われた。
誘拐には仲間が必要だ、1人では到底成し得ない。その仲間達を信用させ、なれくれ者達を団結させられる頭脳と手腕が必要だった。まさにオルトールはうってつけの人物だったのだろう。
最初から計画を知らされていたのは、オルトールだけだったのだ。
怪力自慢の寄せ集めの男達は、毒薬など知りもしなかった。仕事に乗った時点で、すでに殺害される運命だったのだ。最初に支払われた金と、道中で良い夢を見ただろう、と依頼者はほくそ笑んでいる。
オルトールとて、依頼人が誰かは知らなかった。ただ、この後アロスがどうなるのかは知っていた。
海を渡った先の港町から少し離れた商業の街の、高級宿の一室では年に2回闇市が開催される。
そこで、競売にかけられるのだ。
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