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別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。 いい加減整理したい。 ※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。 絶対転載・保存等禁止です。 宜しくお願い致します。
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          トビィ来る・最後の晩餐的な 
~  ロシファ死亡
~  戦闘開始
~113  勇者達他到着
~120  第二章へ。

あと、9話。
とても、無理そう(おぃ)。
何このずれっぷり。

・外伝1 ベルーガまで進めてOK
・外伝5 開始
・裏   トレベレス×アリア

らくがきは、2012年の8月下旬に描いたドリランドのウォーレンスとミコト。
っていうか、画像がでかい(激震)。
 

 慌しい外の声に、リュウとて気付いていた。室内で気だるく寝込んでいたリュウは、面倒そうに瞬きする。が、起き上がりはしなかった。

「皇子! 失礼致します」

 部屋に雪崩れ込むようにやってきたエレンに、軽く視線を送るリュウ。息を切らせて、大きく肩で息をしているエレンの顔面は青褪めている。
 が、一瞥するとリュウは小さく言い捨てた。

「エレン、いや、エレ。ここで”皇子”は不味いと何度言ったら。リュウで良いのだぐ~」
「魔王アレクの腹心・スリザが乱心し、アサギ様に斬りかかってきました。今応戦しておりますが、御力添えを」

 リュウを無視し、エレンが切羽詰った声を上げる。怪訝瞳を開いたリュウは、険しい顔つきになると言葉を吐く。
 それは、非常に冷たい声だった。頑なに拒否していることなど、嫌でも判ってしまう声だ。

「関係ないぐ~、アレクの立場が悪くなるだけのことだぐ。……アレクは誰を選ぶのだろうね、何年も共に生きてきた腹心か、先日ふらりと現れた人間の勇者か。勇者を選べば、魔族の間で不信感が膨れ上がるぐー。かといって、腹心を選べばハイとは決別、確実にその場で魔王同士の戦いが始まるぐー。
 そうなったら、私は魔界を出て、堂々と旅に出るぐ」

 語尾はおどけているが、エレンすらゾッとする冷たい声である。目の前のリュウが、自分達の愛すべき皇子ではないような気すら、してしまった。
 思わず言葉に困り、エレンは唇を噛む。リュウが人間を嫌っていることは知っている、自分たちとてそうだった。
 だが、アサギには心を開きかけていたと思って居た。だからこそ、幻獣の皆でそれを阻もうとした。
 人間と関わると、ろくなことがないと思って居たからだ。
 しかし、アサギに心を開こうとしたのはエレンとて同じである。不思議なアサギは、人間であることを一瞬忘れそうになった。いや、人間であると理解しているはずだが、関わりたいと思ってしまった。
 何故かは、解らないが。

「リングルスの、腕が魔王アレクの腹心によって斬り落とされました! 同胞が傷つけられたのです、無関係ではありませんっ! どうか」
「言う順番が間違っているだろう!?」

 言うが早いか、リュウは直様起き上がるとエレンを撥ね退ける勢いで部屋を出た。慌ててエレンも後を追う。やはり、同胞の誰かが傷つけられればリュウは黙っていない。
 走るリュウの背中を、嬉しくも不安そうにエレンは見つめた。仲間は、故郷の同胞のみ……皆で堅い誓いを交わしたが今になってそれが間違いではないかと思えてくる。
 今のリュウは、もし、隣室で殺戮が繰り返されていたとしても、そこに故郷の者が関わって居なければ無視するだろう。ただ、一瞥するだけだろう。
 それは、先程のエレンとて同じだったかもしれない。
 そんなリュウなど、見たくはない。本来のあるべき姿は、なりふり構わず手を差し伸べ助ける優しく危うい竜の皇子である筈だ。そんなリュウを、皆愛していた。
 
 リュウとホーチミンが同時に到着する。腕を必死に接合しているハイは、2人の存在に気付かない。
 思わず、目を丸くするリュウ。現場を見れば、リングルスの治療に専念しているのはハイとアレクで、スリザと対峙しているのはアサギ1人だった。他は武器を構えて傍観しているだけなのである。
 拍子抜けした、人間の勇者に何をさせているのだろう。
 アサギを護ると宣言したハイや、歩み寄りたいと願い出たアレクは、何をしているのだろう。

「……ハイ? アサギを助けなくて良いぐーか?」

 リングルスの治療にあたっていてくれるのは、リュウ的には嬉しい誤算だった。魔王2人が治療にあたっているのならば、腕は元に戻るだろう。
 だが、釈然としない。これでは、あまりに勇者が気の毒ではないか……そう思い、リュウはこめかみをひくつかせた。

「仕方がないだろう! アサギの願いを断れなかったのだ! こちらに専念しないと、嫌いになると言われたのだから」
「は?」

 瞳を細めてハイを見れば、焦燥感に駆られてか腕が震えている。アサギが、気になるのだ。アサギが、心配なのだ。だが、救助に行く事も、助太刀する事も出来なかった。
 アサギからの願いが、リングルスの治療最優先であったからだ。

「アサギの放つ光の魔法で、スリザとの距離を保っている。その間にこの者を回復させ、今後の作戦を思案して欲しいとのことだ。情けない話だが、今はアサギのこの言葉通りに専念するしかない。
 リュウよ、そなた何か解らぬか。私の腹心スリザだが、正気ではないのだ」
「解るわけがないぐ、今来たばかりだぐ。……ともかく、リグの治療には感謝する」

 跪き、リングルスの顔を覗き込めば、微笑していた。

「申し訳ございません、リュウ様。侮りました」
「素早さにおいては、右に出るものなどいなかったお前の腕を斬るとは。……魔王アレクの腹心は恐ろしいな」
「自分の力量に恥じ、治り次第鍛錬に励みます」

 瞳を閉じたリングルスに安堵し、リュウはゆっくりと立ち上がるとアサギを見つめる。これだけ大勢の魔族がいながら、誰もあの勇者に加勢しないこの現状に、皮肉めいて笑った。
 だが、それはアサギが望んだことだと言うのだ。そこまで魔力も高くなく、自らの力を解放していないように見える非力な人間が、よくもまぁ、魔族達を護る為に立ちはだかったものだ。

「……で、あの女剣士はアサギを標的にと命令をかけられているぐーか。周囲にこれだけの魔族がいるのに、アサギだけに向かってくるのなら、十中八苦そうだぐーね」
「異変に気付き、私達がアサギ様の前に立ったのです。それでリグは腕を斬られました。私も対峙致しましたが、アサギ様が間に入られてからは、こちらを見向きも致しませんので」
「うん、アサギのみに絞られているのだぐーね」

 誰がアサギを狙っているのかは別問題として、リュウは鼻で笑うとゆっくりと近寄っていく。

「大事な同胞を傷つけた恨み、返させてもらうぐ」

 アサギは、限界だろう。何度魔法を放ったのか知らないが、無茶も良いところだ。
 何故、ハイもアレクも助けに入らないのか。リュウには解せない。

「リュウ様、下がってください」

 気配に気づいたのか、アサギが小さな声で話しかけてきた。声が掠れている、声量が小さいのは疲労の為だ。

「アサギは限界だぐー、ここは私が一撃食らわせるぐーよ」
「それでは、駄目なんです。リュウ様ならスリザ様と戦えるかもしれませんが、それだとどちらかが怪我をします。ので、駄目です」
「仕方がないぐーよ、正気に戻す方法なんて知らないぐー。それに、実はあれが本性かもしれないぐー」

 瞳の光を見ても、狂気の沙汰であることに違いはないのだが自分の参戦を拒否したアサギに抵抗してみた。

「違います、スリザ様は操られています。怪我をさせずに、なんとか戻します」
「そんなこと、出来るぐー? 方法があるぐー? 誰に、どうやって操られているのかアサギには解るぐーか? 
 ……解らないのに、いい加減なことをその場限りで言うものではないよ」

 悔しそうに、アサギは俯くと思った。もしくは、哀しそうに泣くのだと思った。だが、違った。微かに口元に笑みを浮かべると、こう言ったのだ。

「それを、するんです。方法は、きっとあります。何も解りませんが、それでも傷をつけて戻せないよりも、抗って何かを見出すほうが良いと思います。完全なものなんて、この世にないと思うんです。だから、元に戻せます」
「……はぁ。なんというわからずやの勇者だろう」
「なんとか、します。だから、スリザ様を攻撃しないで下さい」

 体力も精神力も、限界の筈だった。だが、アサギの最後の声は、明確に聞き取れる強い意思が篭められた声だった。
 思わず、リュウの言葉が止まる。表情を強張らせ、何故かしら震えた右腕を掴んでいた。
 有無を言わせぬ、強い意思。小さな人間から溢れ出る威圧感に、思わずリュウは硬直してしまう。
 あぁ、これにハイとアレクも大人しく引き下がったのか……リュウは、小さく呟いた。
 確かに、君は”本物の”勇者かもしれないね……そう言葉を続けるが、唇を動かしただけで音にはしなかった。
 強い意思は、認めざるを得ない。だが、それだけで世の中渡って行けると思っているならば、大間違いだ。
 しかし、そうまで言うのならばとリュウは身を引いた。数歩下がり、今にも倒れそうなアサギを見つめる。何処まで、強がることが出来るのかと見る為だ。

「勇者とは、何だろう。彼とて強い意思で護ろうとしてくれた。君と彼と、何が違うんだろう。勇者と非勇者の違いとは何処から来るんだろう」

 瞳を細める、魔王アレクの腹心と真っ向から対峙すればアサギなど数秒もかからず殺されるだろう。
 魔族に対して有効らしい、アサギの放つ光の魔法が途切れた時が死の訪れだ。
 その瞬間にリュウが助けに入るかどうかは、自身でも解らなかった。救いたい気持ちもあれば、傍観を決め込みたい思いもあるのが正直なところである。

「人間からも、魔族からも、誰からも愛される勇者。……虐げられた非勇者は、誰の救助もないまま、死んでいったんだ。”友達”を、待っていただろうに、友にすら裏切られて、ね」

 後方に、駆け寄ってくる気配を感じ軽くリュウは首を動かす。アレクとハイだった、リングルスの治療に成功したらしく直様向かってきたのだ。瞳の端に、腕が完治したリングルスが映るとリュウは小さな感嘆の溜息を漏らす。
 残る問題は目の前の1つだけだ、正気に戻らないスリザをどうするか、である。
 サイゴンが剣を携え、アイセルが拳を構え、ホーチミンが杖を振り翳し、ハイが腕を向ける。
 アレクが、腰に差していた剣を重く引き抜いた。緊張が走る、アレクが剣を抜く様など、サイゴンですら見たことがなかったのだ。魔王が手にする武器の重みは、この場の誰よりも重いだろう。相手は、腹心なのだから。

「ホーチミン、スリザの状態は把握出来ないのか? アサギの安全を最優先とする、最悪の場合仕方がないがスリザは」

 言い放ったアレクに、驚愕の瞳を向けたのはリュウだ。あっさりと、腹心を捨てて、勇者を助けると言ったアレクすら、狂気の沙汰であるとしか思えない。だが、他の一同は同意の様で、躊躇すら見せなかった。
 違和感を感じる、勇者という存在がそれほどまでとは思わなかった。いや、思えなかった。

「変なこと言わないでください、アレク様! 最悪の場合だなんて、スリザ様が知ったら悲しまれます。そんな、そんな酷いこと嘘でも言わないでくださいっ!」

 怒鳴ったのは、アサギだ。長く共に過ごしてきた者達ではなく、まだ出逢って日も浅いアサギが反発した。

「それだけ、アサギ……そなたの価値が大きいのだよ。もし、スリザではなく私があのように意志を奪われでくの棒の様になっていたとしても、スリザは同じ判断をしただろう」

 いや、流石にそれは躊躇するだろうとサイゴンとホーチミンは引き攣った。主君魔王か、未来に光をもたらす勇者かを選べと言われても簡単に選択出来ない。
 アイセルは、唇を噛締めた。アレクの言う事は解っている、次期魔王であるアサギを選べと言うのだ。未来に見える光を消してはならない、当然のことだろう。
 だが、スリザが正気に戻り今のアレクの発言を聞いて、動揺しないとでもアレクは思うのだろうか。スリザは感情を押し込める、こと、恋愛に関しては。当然だと受け入れるだろうが、尽くしてきた自分の思いを、立場を簡単に消されて嘆かないものなどいるだろうか。想い人に言われて、心に傷を受けないわけがない。
 立場が逆にしても、スリザがアレクを攻撃できるとは、アイセルは思えない。万が一、攻撃したとしても直様自らの手で命を絶つだろう。負の連鎖でしかない。
 やはり、アサギの言うように正気に戻さねばならない。正気に戻ったスリザが、今の状況を覚えていたのならば、自己嫌悪でやはり自らの手で命を絶ちそうではあるが。
 アイセルにしても、未来の女王を選ぶことが使命であるが愛するスリザを手にかけるなど、出来なかった。
 スリザの内面は、弱い。強固なイメージを創り上げているからこそ、脆い。

「スリザちゃん!」

 堪らず、アイセルは飛び出していた。スリザが、泣いているような気がして堪らなかった。
 何かを飲まされ、意識を失い倒れたスリザ。何故、突如として起き上がりアサギを襲ったのか。
 簡単なことだ、発動のきっかけはアサギである。アサギを襲撃するように、暗示をかけられたに違いない。飲み込んだ液体など、何か解らない。少しは吐き出させたが、完全ではなかったのだろう。だから、こうなった。
 問題は、常に神経を張り巡らせているスリザが、どうして得体の知れない人物に言われるがままに口に含んだのか、だ。何かを吹き込まれたのか、最近、スリザはアレクの件で心に痛手を負っている。
 愛しい、焦がれた美しい魔王の君。彼には相思相愛の華やかな姫がいる。
 そんなことは、何十年も前から知り得ていることだ。それ以外に、何かがスリザにはあったのか。もしくは、積もりに積もった痛みがついに心を切り裂いたのか。
 アサギの放つ光の魔法で地面に倒れこんでいたスリザに、アイセルが飛び掛る。無論、傷をつける気など微塵もなかった。ゆっくりと起き上がり、スリザの視界にアイセルが映る。
 小さく悲鳴を上げると、アサギは思わず、後方に居たアレクに手を伸ばしていた。
 有無を言わさず、手にしていた剣を奪い取ったアサギはそのまま走り出す。長いが、軽い剣だった。地面につかないようにしなければならないので、腕を下ろして走ることは出来なかったが。
 魔王が手にしていた剣を、勇者が取る。
 スリザを押さえ込もうとしたアイセルだが、起き上がり様に両腕で跳ね上がるとそのまま蹴りを繰り出され体勢を崩す。スリザの両手には、確実に剣が握られていた。
 舌打ちし、アイセルは避けられない一撃に備えて手甲で受けるべく構える。素早い一撃は、アイセルとて知っていた。そして何より今のスリザは手加減などしてこないだろう、本気の一撃がどれほどの威力かは計り知れない。

「スリザちゃん、俺だよ!」

 思わず叫ぶが、スリザに動揺など見られなかった。誰が、正気に戻せるのだろう。方法があるのなれば、教えて欲しい。
 間一髪で、ホーチミンがアイセルに防御壁の魔法を放った。確実に跳ね返すことは無理だ、だが、軽減は出来るだろう。スリザの間合いに、アイセルは入ってしまっている。
 走り出したアサギを追って、ハイとアレクが走る。ハイはすでに魔法の詠唱を始めていた、アサギの身に危険が及ぶのであれば、スリザに風の魔法を放つのだ。
 スリザが剣を振り下ろした、リングルスの腕を斬り落とした鋭利な風の刃がアイセルを直撃する。手甲が、無残にも飛び散り鮮血が舞った。が、辛うじて切断は免れたようだ。

「スリザちゃん! 俺だよ! 戻っておいで」

 思わず、もう一度叫んでいた。虚ろな瞳のスリザは、何の反応も示さず振り下ろした剣をそのまま振り上げる。再び放たれる、凶器の風は、音速だ。避けることが俊敏なアイセルでも厳しかった。間合いが近すぎた。
 再びホーチミンが渾身の一撃で防御壁を張るが、無理だろう。
 溜息1つ、舌打ちしてリュウが加勢していなければアイセルの胴体は切断されていた。
 鮮血は舞うが、辛うじて保っているアイセルにスリザが追い討ちをかける。間合いを詰めて剣で攻撃する気なのだろう。が、背後に聴こえた声にスリザは反応した。
 アサギが掛け声と共に、剣を真横に振ったのだ。遅い上に、非常に緩やかな一撃である。
 掠りもしない、鍛えられたスリザにとって、避けられないわけがない。
 ハイが、風の魔法を放とうとした時だった。アサギを視界に入れたスリザは、確実に牙を向けるだろう。矛先をアイセルからアサギに代えるだろう。アレクも、指先を器用に動かし詠唱に入った。
 しかし。スリザの動きが、止まった。
 何故、止まったのかを考える前にアイセルが飛びかかり羽交い絞めにする。ようやく暴れ出したスリザの前には、ゆっくりと後方に倒れるアサギの姿。
 アサギ! と皆が口々に叫ぶ中で、アイセルはもがくスリザに囁いていた。

「愛してるよ、スリザ。アサギ様を護ることが使命だとしても、俺は君を傷つけることが出来ない」

 それでも、変わらず暴れるスリザに、情けなく笑うアイセルはふと、顔を上げた。皆に囲まれて助け起こされたアサギの瞳が大きく開き、勢い良く立ち上がると再びこちらに駆け出した瞬間を見る。
 その、瞳の色が。

「みど、り?」

 皆は、見えなかっただろう。真正面に居たアイセルだけが、そのアサギの瞳の色を見た。深緑の美しい森を連想させる、不思議な色合い。
 アサギは躊躇なくスリザの腹目掛けて手を、いや、拳を突き出していた。若干、その拳が光って見えたのはアイセルの錯覚か。
 
「ごふぉあぁ、ガッ!」

 苦しそうな呻き声と共に、スリザの身体が折れ曲がる。口から、胃液を吐き出していた。当然アサギに降りかかったが、腕で拭うとスリザの頬に両手を添えて瞳を閉じる。治癒の魔法の詠唱だろうと思った、暖かな光がアイセルにも感じられたからだ。
 小刻みに揺れるスリザを、慌てて仰向けにする。真っ青というよりも、真っ白な顔は全く血の気がない。が、口元に手をあてれば呼吸はしている。確認すると、アイセルは安堵し溜息を吐いた。
 目の前のアサギは、ゆっくりと後方へ倒れていく。すかさず、ハイとアレクが支えた。精神的にも体力的にも限界だったのだろう、アサギは眠っているようだ。ハイの身体から、どっと汗が吹き出た。唇を噛締め、アサギを抱き締める。アレクも大きく息を吐き、アサギが落とした自身の剣を拾い上げると鞘に収める。
 静まり返る、一同。
 アサギの容態を見てから駆け寄ってきたサイゴンとホーチミンは、アイセルの腕の中にいるスリザを不安そうに見つめる。念の為、スリザの愛剣はサイゴンが手にし本人から離した。万が一、を考えての事だ。
 だが、スリザの体調はともかくとして先程の不気味な雰囲気は微塵もない。恐らく正気に戻ったであろう。
 アサギの表情は、安らかである。脱力し、ハイがアサギを抱えたまま蹲る。その肩を、アレクが軽く叩いた。もう、大丈夫だとばかりに。
 リュウは面白くなさそうに一瞥すると、唇を尖らせ踵を返す。輪から離れたところに、大事なリングルス達がいた。そちらへ向かうのだ。

「身体は?」
「御蔭様で、大丈夫です。いやはや、腕が戻るとは思いも寄りませんでした」
「……勝手に怪我をしないでくれ、妙な事に首を突っ込むな」
「ですが、アサギ様が」

 言いかけて、リングルスは口を噤んだ。リュウが人間嫌いであることは、知っている。過去に人間に裏切られてから、拍車をかけて嫌いになったことは知っている。だが、アサギには好意的だった筈だ。

「今後、我ら同胞以外の危機でない限り、関わらないように。他の皆にも伝えてくれ」
「……お言葉ですが、リュウ様。アサギ様は」
「アサギ、アサギと! 勇者に誑かされたのか」

 吐き捨てるように鋭く一括すると、リュウは極まり悪そうに舌打ちし大股で立ち去る。リングルス達が、唖然とリュウを見た。

「……どうしたのかしら、リュウ様。近頃変だわ」
「アサギ様と、以前友人であったあの勇者とを重ね始めてしまったのかもしれないな」

 憶測は、誰にでも出来る。リングルスの体調を気遣い、3人はリュウの態度に不信感を抱きつつ部屋に戻る事にした。アサギに礼を言いたかったのだが、気を失っているままだった為ハイに礼をする。
 仏頂面のハイは、こちらを見ようとしなかった。その場にいながら、まともにアサギを護れなかった自分に苛立ってもいるのだろうし、何より身を挺してまでアサギが庇った事が気に入らなかったことも気に入らないのだろう。
 子供のようだと、リングルスは思ったがとても口には出せない。
  
「ハイ様、アレク様。手厚い処置を有難う御座いました」
「気にするな、そなたはアサギを守護したのだろう。こちらこそ、礼を言わねばな」

 ハイは口を開かないが、アレクが微笑し応じてくれた。回復したら改めて礼に伺うと伝え、深く頭を垂れて3人の幻獣はその場を去る。
 残された者達も、いつまでもここにいるわけにはいかない。スリザをアイセルが抱き抱えたまま、再びあの部屋へと戻る。アサギはハイに抱かれて、アサギの部屋へと運ばれる事になった。

「私は、アサギにつく。スリザを頼む」
「御意に」

 立ち去ったアレクに、サイゴンとホーチミンが頭を垂れて見送った。
 その後姿を、アイセルがぼんやりと眺める。
 当然かもしれないが、スリザが知ったらやはり哀しむだろう。スリザの容態を、アレクは見に来てはいない。

「ちょっとさ、女心に配慮ってものが欲しいよなぁ。スリザちゃんが、可哀想だよ」

 小さく呟くアイセルに、ホーチミンが呆れたように大袈裟な溜息を吐く。

「スリザのことを、アレク様は人一倍信頼しているのよ。大丈夫だと、信じているわ。それよりも、今後の重要人物であるアサギ様が大事でしょう。彼女に何かあれば、今後スリザも……いえ、私達の未来も閉ざされるのよ」
「だからってさぁ」
「それに、アレク様には恋人がいるじゃない。中途半端な優しさは、スリザを余計傷つけるだけ。早く、スリザをモノにしてしまえばいいのに」

 アイセルの脚を思い切り踏みつけると、ホーチミンは先頭きって歩き出す。宥める様に、サイゴンがアイセルの肩を軽く叩いてからホーチミンを追った。
 顔を引き攣らせ、アイセルも歩き出す。腕の中のスリザは目を醒まさない。

「って、言ってもさ……。アレク様には何もかも勝てない、唯一勝るのはスリザちゃんへの想いだけ。その、想いすらも凌駕するのは、アサギ様のお力。俺にどーしろって言うの!」

 自分のスリザへの想いが、彼女を正気に戻せたらと思ったが夢のまた夢だった。
 結局スリザを救ったのはアサギである、何をしたのだろうか。

「ちぇー、勝てないよな、ぁ」

 自嘲気味に微笑んだアイセルの腕の中で、スリザが軽く瞬きをした。が、アイセルは気付かなかった。

 アサギを部屋に運んだハイとアレクは、直様冷えた水やアサギが起きた時用にと瑞々しい果物を部屋に運ばせる。
 寝息を立てている姿を見ると、特に心配しなくても良さそうだった。寝顔とて、安らかだ。

「アサギは、何をしたのだろう」

 アレクが窓に立ち、独り言の様に呟く。ハイはアサギの手を握りながら、忌々しそうにアレクを睨みつけた。

「私が傍に居ながらの不祥事ですまないなっ! もう、今後何もかも全ての事からアサギから離れられなくなった。
 アレク、取り急ぎこの室内に便所と風呂を設置してくれ」
「……いや、ハイ」
「目を放した隙に、この有様だ! あの時、ついて行くべきだった! 二度とこのようなことが起こらないように対策を練らねば! 共に風呂に入り、共に便所に行き、四六時中アサギの傍らに」
「……いや、ハイ、あの」

 額を押さえて遠くを見つめるアレクと、真剣なハイである。先程のアレクの問いは、ハイにとってどうでもよかったらしい。スリザがどうなろうとも、ハイには関係ないのだから当然か。
 全ては、アサギが無事かどうか。

「あ、あの、ハイ様。お、お風呂とかは一緒では困ります……」

 いつ目を醒ましたのだろう、アサギが顔を赤らめてというか、若干泣きそうな表情でハイを見上げてそう告げた。

「いじょ、じょじょじょ、冗談だっ、ははは! アサギ、無事か! ほ、ほら、果物がたくさんあるから食べなさい」

 大慌てでそう否定したものの、本気だったハイは若干肩を落とした。気まずい空気が流れる。
 直様窓から駆け寄ってきたアレクは、ゆっくりと上半身を起き上がらせたアサギに、無理しないようにと囁き背に腕を回す。頭を、撫でると「辛かったろうが、よくやった。なんと気高く立派な勇者だろう」と微笑む。
 嬉しそうにアサギは小さく笑うと、頷いた。
 呆気にとられ、ハイがアレクの腕を振り払い同じ様にアサギの背を支えながら傍らの果物を差し出す。

「う、うむ! 素晴らしい活躍だったな。と、ともかく、ゆっくりしなさいアサギ」

 気の利いた言葉は、全てアレクに言われてしまった。これでは、ハイの面目丸潰れである。ぎくしゃく、とアサギは差し出された果物を受け取った。見つめて、軽く首を傾げる。

「あ、の。ハイ様? これ、なんですか?」
「むっ……何だろうな」

 見たことがない果物だった、直径10cmはありそうな、葡萄の様に見える。感触は葡萄の様に柔らかい。ただ、色合いが桃色である。桃とも、違う。
 ハイも初めて目にしたので、何か解らなかった。故郷の星では見たことがないし、最近になってようやくここ4星クレオの食事を真面目に摂り始めたので、知識はそうない。

「あぁ、それはオリヴェイラだ。アサギは初めてか? なんでも女性の間では大人気の果物らしいが。ホーチミンが詳しい筈だ、以前熱弁していたのを聞いたことがある。甘いので、薄皮を剥いて食べると良い」
「あ、はい! おっきな葡萄と桃の中間だと思って食べてみます」

 再び、アレクに持っていかれた。仕方がないのだが、妙に悔しい。アカラサマにアレクを睨みつけるが、当の本人は全く気にせずアサギに笑みを投げかけている。
 ゆっくりと剥いて、齧ったアサギは笑みを溢した。とても甘く、爽やかな味である。マスカットに味は近い。

「わぁ、美味しいです! ホーチミン様がお好きなら、きっと美容に良いのでしょうね」
「だろうな」

 会話が弾む2人を、恨めしそうにハイは見ていた。むしゃくしゃして、傍らの果物を手に取ると、思い切り齧る。
 悲鳴を上げそうになったが、辛うじて堪えて飲み込んだハイを、アサギが唖然と見ていた。
 手にしているのは、レモンである。レモンをそのまま齧ったのだ。ハイの瞳に、微かに涙。そして口が酸っぱそうに窄んでいる。
 
 そんな頃、スリザの部屋ではアイセルが先程の件をサイゴン達に話していた。
 アサギの瞳が、緑に変化したように見えた、ということを。

「まっさかぁ。……と、言いたいところだけど。無事にスリザが戻ってきたら、信じちゃうかも。まだ、洗脳から解けたと決まってないけど、解けてるじゃない? 多分。どうやったのかしらね、私もハイ様もそんな魔法知らないから、教えてないし」
「勇者としての潜在能力なのか、秘めたる力なのか……。どちらにしろ、2人の回復を待って話はそれからだろう」

 サイゴンは水を取りに行くと言って、部屋を出て行く。
 ドアが閉まる音を聞き、ホーチミンが青褪めてアイセルの胸倉を掴んでいた。若干沈んでいるアイセルに、容赦なく力任せに首を締め上げるホーチミン。

「ねぇ! スリザが飲まされた液体をさ、食堂の水やら……皆が口にするものに入れられたらどうなるわけ!?」
「なっ!」

 アイセルの顔も歪む。考えた事もなかった、可能なのだろうか。

「ねぇ、やばくないかしら? まさか、液体にそんな効果があるなんて思いも寄らなかったから思案しなかったけど……。私、アレク様に報告してくるっ」

 慌しく部屋を出て行ったホーチミン、青褪めてアイセルは床に座り込んでいた。
 スリザを狙っての犯行ではなく、アサギを狙っての犯行であり。アサギの身近で精神的に付け入る隙のある、武術に長けた人物ということでスリザに白羽の矢が当たったのだろうか。
 確実に、アサギを仕留められる人物を?
 口元を押さえ、アイセルはスリザを覗き込む。早く、回復して欲しかった。話を聞きたいのもある、だが、やはりそれでもアイセルにとっては。

「早く、スリザちゃんの声、聞きたいんだ。怒鳴ってもいい、罵倒してもいいよ、だから声が」

 切なそうに寝顔を覗き込んでいたアイセルは、そっと口づける。冷たい唇、決して柔らなくない唇は少し荒れている。
日頃から口紅などしていないスリザだが、それが良い。
 唇を潤すように、そっと舌で嘗め上げれば。

「き、ききききさまぁっ! 何をしておるのだこの、淫乱発情大馬鹿男がっ!」
「ふっぎゃー!」

 いきなり、頭を摑まれ揺さ振られる。そのまま腹部に衝撃が走ったと思えば身体が宙に浮いていた。そして、落下した。

「ごっはー!」

 先程スリザが割った窓から、アイセルが落下する。地面に叩き付けられ、脳震盪を起こしながらもアイセルは。―――おはよう、スリザちゃん―――。
 嬉しそうに、呟く。上空ではスリザが顔を真っ赤にして、大きく肩で息をしながら罵詈雑言を浴びせている。
 スリザが、正気に戻っていた。

「え、何、この状況」

 水を運んできたサイゴンは、先程まで瀕死だったスリザの回復振りと瀕死のアイセルに意味が解らない。
 運ばれてきた水を一気に飲み干すと、首を左右に振って鳴らす。片腕ずつ、腕を回す。鼻息荒く窓から飛び降り、地面に突っ伏しているアイセルの背中目掛けて拳を突き入れた。
 絶叫が響き渡る、思わず窓から身を乗り出して見ていたサイゴンは、瞳を硬く閉じて小さな悲鳴を上げた。
 痛そうだ、痛そうというレベルではなさそうだ。
 下では、スリザがアイセルを罵倒しながら殴りかかっている。

「まぁ、一件落着、かなー」

 のほほん、とサイゴンは2人を見下ろしていた。止める気がしない、スリザが、意気揚々としていて。
 普段の張り詰めた空気が、全く感じられない。素のスリザなのだろう、アイセルも嬉しそうだった。
 流血沙汰だが、微笑ましい気がして。サイゴンは小さく伸びをすると暫し、平穏の時に酔う。
 が、周囲からしてみればこれは異常事態だ。直様2人の周囲を警備兵が囲んでいた。しかし、スリザとアイセルに割って入る度胸のある者等いないので、説得を試みるのみである。
 サイゴンは、窓から離れると瞳を細め、部屋を出た。スリザはもう、大丈夫だろう。アイセルの存在が負担を減らしてくれるだろうと、確信してホーチミンとの合流へ向かう。
 背後に、アイセルの悲鳴を聞きながら。

 
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