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別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。 いい加減整理したい。 ※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。 絶対転載・保存等禁止です。 宜しくお願い致します。
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120627_143044.JPG今回で最終回です。
ふぃー。


らくがきは、FE聖戦のアルヴィス様 か(笑) ギルザ。
髪が赤ならアルヴィス様で、紺ならギルザ。
わかりやすい私の好み(爆笑)!!!!
 

「何か欲しい物はないのか、アリア」
「と、言われても流行のものとか知りませんし……」
 村では、機織や農作業の手伝い、掃除に洗濯、料理で一日が終わっていた。化粧もお洒落もしたことがない。
 街へ出て、平凡な衣服は稀に購入したが、村で織っていた布のほうが丈夫で美しかった。
「そうですね……機織りがしたいです」
 自給自足の村だったので、皆の衣服は女達がこさえていた。当然アリアも、トバエの衣服を織っていた。
 アリアがそう言ったので、トダシリアは直様配下に命令し、何台かの機織りを用意させる。
 あまりに上等なそれに、アリアは絶句した。が、好きな様にこれを使えと言われたので思わず笑顔になる。
「衣装くらい、購入してやるのに」
「いえ、子供の頃から私の仕事はこれでしたから。それに、新しい洋服をトバエに織っていたのですよ。トバエは山でよく狩りをしていたので、丈夫なものでないと肌を傷つけます」
 また、トバエか。トダシリアは小声で呟いたが、愛しそうにその機織りに手をあてているアリアの表情は、柔らかく。気に入らないながらも舌打ちして、視線をそらす。
「だが、お前の右腕はまだ完治していない。無理をするな」
「あ、はい」
 小さくアリアは会釈すると、使い方の説明だとずらりと並んでいる店主達から、話を聴くことにした。
 トダシリアは、トバエの部屋へと向かう。
「今日はアリアの食事ではない、食べたくなかったら、喰うな」
「みたいだな、アリアはどうした?」
 運ばれてきた食事を覗き込み、直様トバエは判断したようだった。右腕が痛むので包丁がもてなかったアリアは、レシピをコックに教え、付き添って食事を作って貰ったのだが、トバエにはそれが解ったらしい。
「気味悪いな、アリアの作り方通りなんだぞ? どうして違うと解ったんだ」
「アリアの香りがしないし、想いがない」
「はっ! 随分とまぁ、余裕だな。そこまでしてアリアがお前を想い続けていると、どうして言い切れる? オレの上で腰を振り、すっかりお前の癖などなくなっている女だぞ?」
「そんなことより、アリアはどうした。食事が作れない状況なのか」
 無表情でそう問うトバエに、トダシリアはこめかみをひくつかせる。この男はどうしたら叩き潰せるのだろう、何を言っても、人形の様に感情を露にしない。
「お前に食事を作るのが面倒になったんだとよ」
「ふっ、嘘だな」
 戯言だとばかりに、トバエが鼻で笑ったのでトダシリアの頭に血が上る。確かに、嘘だった。何故、解るのだろう。
 互いを信頼しているから、なのだろうか。忌々しく壁を蹴り上げるトダシリアを、軽く溜息を吐きトバエは見つめる。
「その、気に食わない事があると何かに八つ当たりをする性格……直したほうが良いんじゃないか」
「余計なお世話だ!」
 派手な音を立てて、部屋を後にしたトダシリアに、大きく溜息を吐くトバエ。「あいつと話すと、疲労がくる」と呟く。
 アリアの食事ではなかったが、トバエは完食した。
「1つ訊きたいが、ノアールは何処にいる?」
 空になった食器を片付けていた医師の助手は、驚いて顔を上げた。トバエが、トダシリア以外に話しかけることは今までなかったのだ。最初、独り言かと思った。
「え、ぁ、ノアール?」
 まだ若い助手は混乱気味に、瞳を泳がせ助けを求めて瞳を彷徨わせる。辿り着いた先の医者が、小声でトバエに囁いた。
「ノアール殿は、随分と前に城内地下の牢に幽閉されました。無茶して戦争を頻繁に起こし、領土を拡大したトダシリア様に苦言されたのが原因で。生きているかどうかは……」
「……だろうな、会いに来ないからそんなことだろうと。ノアールが居てくれれば心強いが」
 再び、溜息を吐くトバエ。
 医者達は、交代でトバエの看病をしてきた。現国王の双子の弟である、トバエを見てきた。
 身体つきも良く、気品ある面立ちと物静かながらも冷静に状況を見ているこの男に一種の惧れを感じた。
 それこそ、仕えるべき王の器を所持しているかのように。何故か、誠意を持って助けたくなったのでトダシリアの命令ではなく、途中から親身になって看護にあたって来た。
「国王が、貴方であったなら」
 ぼそ、と助手が零したのでトバエが苦笑する。
「思っていてもそんなこと、口にしてはいけないな。アイツの事だ、直様死刑にでもするんじゃないのか」
 トバエが普通に会話し始めたので、医者達も思わず声を漏らす。それは、国王トダシリアへの不平だった。
 聴きながら、トバエも頭を抱える。とても身内とは思えない程、恥ずかしい失態ばかりだった。
「私の娘など、一晩寝所に招かれたかと思えば、翌朝庭で死んで! 窓から落ちたと説明されましたが、とてもそうとは」
「昔から、緑の髪の少女を連れてくるのが好きでした。高額で買われたので貧しい者達は喜んで娘らを差し出したと聞きますが、どうなったのか」
「文句を言おうものならば、皆即斬首ですよ」
「……ここでそんな話、しても良いのか?」
 苦笑し、トバエは口を噤んだ医者達に哀れみの瞳を向ける。恐怖で支配してきたトダシリアも、皆の不満には気付いているだろう。だが、自分は誰にも平伏す事などないと自信があるのだろう。
 実際、あの悪魔のような魔力に対抗出来る人間などいない筈だ。他国から軍隊が責めてきても、一人で倒せるのではないかと、トバエは思っている。
 強いて言うなれば、対抗出来るのは自分だけだとも、痛感していた。
 もう、何週間もベッドの上に寝ていた。
 傷は、完治したが今起き上がろうとも足がバランスを崩すことなど明白だった。衰えた体力を取り戻さねばならないので、食事は多めに摂る。
「そろそろ、運動でもしましょうか」
 トバエの思いを見抜いてか、医者の1人がそう呟いた。無言で他の医者も呟いた。
 トダシリアには、命令されていないことだった。だが、この王の弟が何かしてくれそうだったので、手助けしたくなっていた。
 有難う、と微笑んだトバエに、医者達は感無量だとばかりその場に平伏した。仕えるべき国王を、見つけたとばかりに。
 その日から、トダシリアの目を盗んでトバエは室内で運動に励む。どのみち、トダシリアが部屋に訪れる頻度など以前から少ない。時間には余裕があった。
 万が一に備えて昼間は眠り、深夜にトバエは活動する。食事も、更に体力をつけられるようにと医者達が極秘にコックに追加注文していた。また、助手に走らせ栄養価の高い果物や肉を秘密裏にトバエに運んだ。
 新しき国王に、期待したのだ。王家の血も、正統である。何の問題もなかった、問題があるとすればトダシリアの存在だけである。

 部屋の一室を借りて織物に没頭するアリアを、トダシリアは時間があれば眺めていた。
 舞でもしているかのように優美で、穏やかな気分になれたのだ。
「器用だな」
「そうですか、ありがとうございます。トバエにも良く誉めて貰っていたんですよ、ふふ、歓んでくれるかな」
「あのな、何を織っているか知らないがそれをトバエに渡す約束などしていないからな」
「……渡してくださらないのですか」
 欲しい物は何でも買い与えると言ったが、他の男への贈り物を作るためのものしか要求しないアリア。
 美しい布地に丁寧に刺繍をしている様を間近で見ると、自分の為のようで、違う。
 心癒される半面で、その布が誰のものなのかと考えると怒りが込み上げてくる。
「来いアリア、暇だから抱いてやる」
「私は暇ではないです」
 無視してアリアは熱心に織り続けようとした、が、足を踏み鳴らして近づいてきたトダシリアに腕を捕まれる。
「口答えするな、最近調子に乗っていないかアリア」
「暇だから、抱くだなんて。トバエはそんなことしませんでした」
「オレとアイツは違う、そんなこと知るか」
 抵抗しても、無駄だ。
 アリアはその場で何度も、抱かれた。その部屋にはベッドなどないので、いつも床か立ったまま。
 行為が終われば、満足そうにトダシリアは去っていく。
 優しいかと思えば、突如豹変するかのように乱暴になるトダシリアにアリアは戸惑う。それでも、何故か嫌いになれなかった。
 アリアを哀れんでか、周囲に気遣うアリアに惹かれてか、世話をしてくれる者達はアリアの肩を持つようになっていた。行為が終わったアリアは、直様女官達が身体を洗ってくれる。大丈夫かい、と声をかけてくれる。
 なるべくトダシリアに会わないで済む様に、移動先を事前に教えてくれる女官も現れた。
 有難うございます、と笑顔で応えるアリアに、下々の者達も思い始めたのだ。
 捕らわれているという噂のトダシリアの双子の弟と、この拉致監禁されている女性ならば。安心して暮らす事が出来る国王と王妃になってくれるのではないかと、そんな期待を始めていた。
 アリアは、そっと機織りを再会すると、小さく溜息を零す。一心不乱に、作業を続ける。

 薄暗い室内に、アリアの嬌声が響く。毎晩毎晩、飽きもせずにトダシリアはアリアを抱いた。
 一度、アリアはトダシリアの名前を呼んだが、一度きりで。それが聴きたくて抱いているが、それ以後名前を呼ばなかった。代わりに、トバエの名も呼ばなくなったが。
「あ、あの。欲しい物があるのですが」
「なんだ、寝所で強請るとはアリアも男の扱いが解ってきたな」
「……新しい糸が欲しいのです、足りなくて。その、それがないと機織りが」
 トバエの名は出なくなったが、欲しがるものはやはりトバエに関するものばかりだ。機嫌よく話を聴こうとしていたトダシリアだが、傍らにあった上等なワインを殴り倒し身体を硬直させたアリアの首に手を伸ばす。
 力を篭めるかと思い、ぎゅっと瞳を閉じたアリアだが、首は苦しくない。うっすらと瞳を開ければトダシリアが俯いたまま、微かに身体を震わせていた。
「欲しい物は、買ってやる約束だったな。いいだろう、買ってやる」
 首から、手が離れる。ほっと一息ついたアリアだが、俯いたままのトダシリアが気にかかった。
 が、どうしてよいのか解らず、そのまま無言で2人はベッドの上にいた。
 翌日、直様アリアに商人達がこぞった。国王に買ってもらおうと、色取り取りの糸をアリアに見せ、我先にと商品紹介を開始する。
 トダシリアは目を細めてその状況を見つめると、面白くなさそうに立ち去った。
 その後も何度か、アリアは糸を強請った。その度に、多数の商人が押しかけ、普段の値段の五倍以上で糸を売った。
「あ、あの。また糸が欲しいのですが」
「またか。一体何を作っているんだ」
 と、言いつつも約束をしてしまったので翌日もトダシリアは商人を招き入れる。その日は手が空いていたのでアリアが糸を選び始めるとワインをテラスで飲む為に立ち去ったが、直ぐに戻ってきた。
「いやー。相変わらずアリア様はお目が高い! それに、この美しい指先で糸も触ってもらえるのならば、本望でしょう」
「えぇ、本当にアリア様はお美しくいらっしゃる。聴けば歌声も素晴らしいとか、よければ一度お聞かせいただけませんか。今度皆で宴会でも開いて」
 商人たちが、アリアに集っていた。まるで、甘い菓子に群がる蟻の如く。見れば、アリアの腰に手を回している商人もいる。困惑気味に微笑んでいるアリアだが、嫌悪感は微塵も感じられなかった。
 唖然と、トダシリアはその光景を見つめた。何かが、音を立てた。
 アリアは、トダシリアの妃ではない。ただの、一般の女性である。トダシリアがいないこともあって、美しいアリアを商人たちは口説いていたのだ。
 部屋に入ってきたトダシリアの姿に、ある者が悲鳴を上げた。何事かと振り向いたアリアの瞳に飛び込んできたのは、剣を引き抜き、火炎を宙に漂わせたトダシリアの姿である。
「……人の不在時に、何をしているっ!」
 ぽーん、と、何かが数個宙に浮かびごとん、と床に落ちる。床に転がっていたものと、視線が合った。
 遅れて、一斉に悲鳴。
 商人数人の首が、撥ねられたのだ。逃げ惑う商人たちに、容赦なく火炎が襲い掛かる。
 慌ててやめるようにとアリアがトダシリアに必死にしがみ付いたが、逆上しているトダシリアには全く効果がなかった。
「お、おやめください! な、何故、何故こんなっ」
 聴く耳持たず、トダシリアは扉から逃亡しようとしていた商人の背に剣を投げつけた。室内が燃え始め、外が騒がしくなる。消火活動が始まるのだろうが、買ったばかりの糸は無論、商人達は皆殺しにされた。
 足が震えるアリアの顎を掴むとトダシリアは吼える、恐怖で涙を流すアリアの頬を何度か平手打ちした。
「糸が欲しいのではなく、この商人の誰かに色目を使っていたのか!? 逢瀬でも楽しんでいたのか!? 数人若い奴がいただろう、新しい男なのか!?」
「ち、ちが、ちがいま」
「オレには微笑まない癖に、こんな下卑た男共に囲まれて……」
 消火活動に来た者たちに混じり、アリアの世話をしてくれていた女官達も悲鳴を上げてやってくる。トダシリアに摑まり、何度も平手打ちをされている姿を見て、耐え切れず女官がトダシリアに縋りついた。
「おやめ下さい、トダシリア様! アリアさんは」
「やかましいっ」
 女官を足蹴にし、炎を放つ。悲鳴を上げて、女官は燃える身体で地面を転がった。肉が焦げるにおいが漂う。
 娘が、アリアと同じ年頃だといったその女官は、アリアにとって母のようだった。田舎の出だというので、会話も弾んでいた。
 燃える部屋を後にし、アリアを床に引き摺りながらトダシリアは歩く。
「な、なんてこと、なんてことを、トダシリア様! あ、あんなに人を殺してっ」
「それがどうした、オレくらいの位になれば当然だろうが! おまけに、今のはオレではなく、お前が悪いんだアリア。お前が糸を買わなければこんな状況にならなかったろう!? オレとて、部屋の一室を失った、どうしてくれる」
「部屋よりも、人の命が大事でしょう!? トバエだったらこんなことしません!」
 部屋のベッドに放り投げられたアリアに、トダシリアが圧し掛かる。無理やりアリアの衣服を破り、いつものように強引にアリアを犯す。
「止めてください、トダシリア様! 人が、人が亡くなったのに、こんなことっ」
「煩いっ!」
 外では女官達が右往左往していた、アリアの泣き声が聴こえるがどうにも出来ず。
 数時間後、気を失ったアリアの隣で頭を抱えるトダシリアは、抑えきれない憎悪と嫉妬で胸が焼けそうだった。
 いつまでもアリアはトバエを見たまま、自分に気を許したかと錯覚したが、一度きりだ。
 おまけに他の男達から言い寄られても、悪い気がしていないように微笑むアリア。
 何もかも全てが憎らしい。
 隣で涙を流し、眠りについていたアリアの首に、そっと手をかけた。
「ト、ト」
 何か、寝言が聴こえる。
 どうせ、トバエだとうとトダシリアは思った。
「ト……私は、貴方を、好きな」
「夢の中でもトバエか、お気楽なもんだな」
 トダシリアの顔が、歪む。馬鹿らしい、とばかりに首からそっと手を離したトダシリアは、衣服を纏い部屋を後にした。
 静まり返った室内。蝋燭の火すら灯らず、月の灯りすらない。
「トダシリア、様」
 残されたアリアの唇から、トバエではない名前が零れる。
 闇の中で、何かがゆぅらり、と揺れて消えた。

 消火活動は終わっていた、部屋は使えなくなっていた。もともと、そこは来賓用だったのでトダシリアが頻繁に足を運ぶ事はなかった場所だ。だが、焼けたおかげで外観が見苦しくなった。
「忌々しい! 新しい場所にもっと巨大な館を作ろう。税を上げろ、ここは捨てる」
「お、おそれながらトダシリア様。そろそろ城に戻りませんと。この館に滞在を始めて、数ヶ月です。いつまでも不在では」
「餓鬼じゃないんだ、オレがいなくとも城くらい護れるだろう!? ……まぁ、確かにそろそろ戻ってもいいが」
「そ、それから税ですが市民から反発の声が上がっておりまして」
「黙らせろ、皆殺しだ」
「そ、そうしますと、税を払える人間が少なくなりましてですね、悪循環を」
「そうか、ならば良い案を考えておけ」
 早足で、トダシリアは一室を目指した。トバエのもとだった。
 一方、騒乱に見舞われたその館の一室で、トバエも医者と様子を窺っていた。火災が発生し、沈下作業中だとはすぐ把握できたが、まさかそれがトダシリアによるものだと知ったのはつい先程である。みな、消火活動に必死で、状況を聞こうとうろついていた医者の助手に聴く耳持たなかった。
「何をしているんだ、アイツは」
 頭を抱えて項垂れるトバエを、気の毒そうに医者達が見つめる。と、そこへ大慌てて助手が入ってきた。
「国王がこちらに向かっています!」
 深夜だったので、トバエは先程まで素振りをしていた。医者達も、夜間にしては滞在人数が多いので不自然である。
 トダシリアに見つからぬよう、2人の医者を残して他の医者達は隣室へと逃げ込んだ。隙を見てそこから逃亡する気だった。
 仮眠しているふりをする1人の医者と、トバエが逃げ出さないように見張る医者。そして、眠っているフリのトバエ。
 怒鳴りながら入室してきたトダシリアに、怪訝そうにトバエは瞳を開き、医者達は竦み上がる。
「夜更けに何用だ」
「朗報だ、トバエ。お前にあの女を返すことにした、よかったな」
「どういう風の吹き回しだ、アリアが欲しいんじゃなかったのか?」
「気が変わった、直ぐにでも会わせてやる」
「気が変わった?」
 流石にトバエにも予測不能な事態である、怒りに任せて口から言っているようにもとれたし、何かの罠かもしれないとも思った。
「立てるのか? 這ってでも来い、会わせてやる」
 顎で指図し、トダシリアは直様退室する。
 隣で話を聴いていた医者達も何事かと暗闇で顔を見合わせるばかりだ。
「お気をつけ下さい、トバエ”様”」
 不安そうにトバエを見送る医者達に、軽く手を上げて、体力がすっかり回復しているトバエはトダシリアの後を追う。
 武器など、なかった。だが、極秘に隠し持っていたフォークは、毎晩研いで先端は鋭い。医者から貰った劇薬も、懐に入っている。
 医者は思った、皆で祈った。あの、凶王を失脚させ、新たな王が今日産まれるのだと。

 眠っていたアリアは、女官達に揺すられて目を醒ます。身体中に纏わりつく体液に顔を赤らめながらも、身体を拭いてもらった。だが、そこへ怒鳴りながら入ってきたトダシリア。
 悲鳴を上げた女官達を、アリアは庇うように両手を広げる。
「アリアの身体を拭いていたのか? そんな指示オレは出していない」
「皆さんが好意で拭いて下さったのです、見逃してください」
「成程、オレの体液が自分の肌にあるのは気に食わないか、アリア? だったらトバエならいいのか?」
「そういう意味ではありません、この女官さん達は何も悪くありません、見逃してください」
 震えている女官達を励ますように、必死に庇う。
 数分、トダシリアとアリアのにらみ合いは続いたが、やがて興味なさそうにトダシリアは身体の位置をドアから外した。その隙に、とアリアが促し女官達は一目散に部屋から出て行く。
 静まり返る、一室。
 ようやく、ドアからトバエが入ってくる。
 あまりのことに、アリアは何か解らなかった。幻である気がした。
 言葉が出てこない、数ヶ月ぶりに会えた、夫である。
 トバエは、アリアの姿を見て、ゆっくりと微笑した。
「会いたかっただろう、アリア。トバエを連れてきた、嬉しいだろう」
 と、トダシリアに言われたが、脳内が混乱している。
「もうお前は用済みだ、トバエと共に何処へなりとも消えるが良い」
「え?」
 アリアが、トダシリアを見つめる。どっかりといつものソファに座りながら、足を組みワインを呑んでいるトダシリア。
「聴こえなかったか? 消えろと言っているんだ」
「あ、あの」
 トバエのもとへと駆け出すのだと、思っていたアリアは微動出せずにトダシリアを見つめる。
 微かに青褪める顔面に、トダシリアは唾を吐き捨てた。
「なんだ、嬉しくないのか? 本命があの商人に代わっていたからか? それとも、豪華な生活に慣れたから、ここを出るのが惜しくなったのか? それとも……あぁ、毎晩オレに抱かれて明日から不安になったか? トバエとは抱き方が違うからな、寂しいのか」
「え、あ、あの」
「アリア、気にしなくて良い。オレと一緒に帰ろう」
 狼狽しているアリアに、トバエが近寄った。ゆっくりと歩み寄って、優しく身体を抱き締めるとアリアは微かに硬直する。白々しいとばかり、トダシリアは嘲笑う。
「トバエ、双子の兄として忠告しておこう。本音を言うと、オレはお前が嫌いだが、そんな阿婆擦れ女と共に生涯を終わらせるお前が気の毒で仕方がない。その女を捨てれば、城に戻って良いよ」
 トダシリアの言葉に、トバエは耳を傾けなかった。だが、アリアは聴いていた。
「男なら、誰でもいいんだよ、その女。おしどり夫婦だといわれていたようだが、わかったもんじゃない。トバエ、お前騙されてる。夫が瀕死の状態の時に、他の男に抱かれて嬉しそうに泣くような女だぞ? いいのか、それで」
 アリアは聴いていた。
「まぁ、確かに顔立ちは良いよな。身体もなかなかだ、だが、それだけだ。愛していると連呼する割には、簡単に気を他の男に許す。実際、オレにも傾き始めていたぞ? 夫であるお前を刺したのに! どんだけ馬鹿な女だよ」
 アリアは、聴いていた。
 爆笑し始めたトダシリアを、見ていた。何を言えばいいのか、何を考えればいいのか、解らなくなった。
「聞き流せ、アリア。さぁ、あの村に帰ろう」
 トバエが頭を撫でながら、アリアにそう囁く。それでもアリアは微動だしない。
 ただ、涙が。頬を涙が伝った。
「こうして、2人が会えた。辛かったな、アリア。もう、大丈夫だ」
 トバエが抱き締めても、アリアは動かない。ただ、泣く。
「女は簡単に心を許す、確かめてみて正解だったな。トバエ、お前にはそんな女より他に相応しい女がいるよ。兄さんが探してやるから、その女は放り出せ。甘い言葉ですぐに、懐く。……オレだったら、そんな女いらないな」
「確かめて?」
 ようやく、アリアが呟いた言葉。瞳を細めてトバエが天井を見上げた、唇を噛締めた。
「さぁ、”愛し合う2人”よ。オレの前で愛し合って見せろよ。
 オレに抱かれて恍惚の笑みを浮かべていたアリア、お前は夫の元にその身体で戻れるのか? 戻るんだろうな、いけしゃあしゃあと。
 オレに妻を寝取られたトバエ、お前はそのアリアをまた愛する事が出来るのか?」
 何も言わないトバエとアリアに、満足そうにトダシリアは頷いた。愉快になってきた。この状況に、興奮する。
「悦んでオレのを”咥えて”いた女だぞ、トバエ?」
 ドン!
 アリアが、トバエを突き飛ばし、耳を塞いで部屋を駆け出した。顔を真っ赤にして、泣きながら部屋を飛び出した。
「アリア!」
 叫んで後を追うトバエは、失笑しているトダシリアに侮蔑の瞳を投げかける。
「……お前、オレの質問にこう答えたよな。”オレはアリアが欲しい”。違ったのか? 何故彼女を貶めた」
「忘れた」
 無造作に髪をかき上げたトダシリアに、トバエは哀れみの笑みを浮かべる。
「トダシリア、お前は。もし、”2人揃ってアリアに出会っていたら”とは考えなかったのか?」
「は?」
 怪訝にトバエを見たトダシリアだが、そのトバエはすでに部屋から立ち去っていた。アリアを追って。
「熱くなっちゃって。いいのかねぇ、他の男に身体を許した女で」
 呟いたトダシリアは、急に気だるくなりずるり、とソファに埋もれる。
「誰にでも、寄り添う女なんて、要らない」
 1人きり、部屋で呟いて笑い出す。何が愉しいのか、解らない。
 欲しかった、だが、トバエを思う一方で、自分にも気を許し始めたアリアが嬉しくて憎らしかった。
 アリアを手に入れても、また別の男が現れたら、同じ様にアリアはそちらにいくのだろうと思ったら、急に冷めた。
 なら、最初から手に入れるのは無理だった。トバエが手にしていた時点で、どうにもならないことだ。
 自分を見て欲しい、だけれど、心変わりする様を見たくない。
 我に返れば、近くに誰かが立っている。
「火精? 呼んでないぞ」
 幼い頃から、自分に寄り添っていた影だった。トバエは”水精”が傍らに居たらしいが、トダシリアには火だ。人型の、恐らく男。この守護があるからこそ、魔力が扱えるのだとトダシリアは思っている。
 何か言いたそうに、火精は間近で突っ立っていた。
―――違う、違うんだ―――
「は?」
 ようやく聞き取れた言葉に、怪訝にトダシリアは睨みつける。
―――間に合わない。彼女が絶望したから、均衡が崩れた―――
「はぁ?」
 息を飲んだ、目の前の火精の姿は、はっきりと人間の形をしていたからだ。
「オレ……!?」
 目の前に立っていたのは、紛れもなくトダシリア。背格好も全く同じだった、違うとすれば、火精の耳が細長かった事か。唖然と大口を上げているトダシリアに、微かに唇を噛んだ火精は何かを探すように手を伸ばす。
―――アース、アース、君は、何処に―――
「お、おい落ち着けよ、オレ! オレ? オレ?」
 目の前が、発光する。記憶の断片が甦る。
 緑の髪の愛しい娘、絶対に手を出してはいけない、聖域の娘。神の申し子、純潔の娘。
 愛しくて愛しくて、恋焦がれた。
 初めて出来た果物はマスカット、2人で口にして微笑んだ。
 スープを作ってくれれば、あまりの美味しさに褒め称えた。彼女は恥ずかしそうに笑った。
 急に降り出した豪雨に慌てて木に隠れた、寒そうな彼女を抱き締めようとして、そっと触れた。
 傍にいられれば、十分だった。彼女は、笑いかけてくれた。
 けれど、ある日現れた年上の貴族に彼女は直様懐いてしまった。
 それが気に入らなくて暫く距離を置いていたが、風の噂で聴いたのは。
『愛しています』
 頬を染めて、恥ずかしそうにそう告げた愛しい愛しい娘は、純潔ではなかった。
『愛すると言う事を、あの方に教えて戴いたのです』
 記憶の断片が、加速する。
 顔を晴れ上がらせ、強打したので身体中は青あざだらけ。泣きながら詫びる彼女を床に転がし、自分は立ち去った。
「な、なんだよ、あの女が悪いんだろ?」
 火精は、泣いたまま部屋を彷徨った。ベッドに手をやり、そっと触れれば懐かしそうに優しく抱きしめる。
「何してるんだよ、お前!」
―――彼女の、香りがする―――
「はぁ!? お前も、いい加減諦めろよ、あの女、お前に何をしたか!」
―――逢いたい、逢いたい、抱き締めたい、抱き締めたい、最初に会いたかった、最初に会いたかった、誰もいない場所に閉じ込めて2人で2人で2人きりで―――
 目の前の自分が、気味悪い。鳥肌が立った、何故か悪寒が走った。
「あの女は、トバエが好きなんだとよ」
 トダシリアがそう口走れば、火精は微かに笑う。哀しそうに、涙を流したまま嗚咽する。
―――もし、トダシリアとトバエが2人同時に彼女に出会っていたら。彼女はどうしただろう―――
 その時だった。
 地面が急に大きく揺れ、身体が倒れたのは。
 次いで、叫び声が上がる。慌てて立ち上がれば、火精の姿はもうなかった。薄く光りながら、何か最後に言いたそうにしていたが、聴こえない。
「な、なんなんだよ……」
―――記憶の、伝達、に、間違い、が―――
 消えていった過去の自分と思われる存在に、唖然としていたトダシリアだが、周囲が騒がしい。 
 ようやく気持ちを切り替えて窓から外を見れば、眼下に火の手が上がっていた。
 再び、足元が揺れる。地震が来たのだろう、よく見れば遠くの山で噴火している。
 舌打ちしてトダシリアは部屋の外に飛び出した、右往左往している兵士達に怒鳴りながら消火活動を叫ぶが、何故か武器を手にしている兵士達に気付いた。
 1人が、奇声を上げながらトダシリアに突進する。慌てて避けるが、次々に襲ってくる兵士達。
 混乱の隙に、兵士達が一斉蜂起したことをトダシリアは知らなかった。
「トバエ王、万歳!」
 トバエという存在に期待をし、反トダシリアが膨れ上がっていた事実など、全く知らなかった。アリアで手一杯だったのだ。口々にトバエの名を叫びながら攻撃を仕掛けてくる兵士達に、吼えながらトダシリアは火炎を操る。
 だが、何故か直ぐに身体が痺れた。上手く扱えなくなっていた。
 火精が傍から消えたからなのか、荒い呼吸でトダシリアは攻撃を避けながら一時休息しようと隠れ家を探す。
 追っ手をまきながら、1つの部屋に静かに逃げ込んだ。
 アリアが使っていた機織りのある部屋だった、皮肉めいて、トダシリアは笑う。
 数日前はここでアリアの機織りを見るのが好きだった、だが、それはトバエを想ってのこと。
 結局、自分は何がしたかったのかと情けなく笑う。
 疲労し、ずるずると機織りにもたれて喧騒を聴きながらトダシリアはそっと瞳を閉じた。
 
 地震で悲鳴を上げながらも、アリアは逃げ惑う。余震が続いていたが、当てもなく彷徨う。気がつけば屋上だ。
「アリア、止まれ、アリア!」
 後方から追ってくるトバエから、必死に逃げた。合わせる顔など、なかった。
 逢いたかった、だが、逢いたくなかった。
「来ないでトバエ! トダシリア様が言うように、私、私最低なのです!」
「オレは全く気にしない! アリアが傍にいてくれればいいんだ」
 そうはいっても、もう、もとに戻れない事などアリアは解っていた。トバエがいっそのこと捨ててくれれば気が楽だとすら、思った。
 ようやくアリアに追いついたトバエは、力強くアリアを抱き締める。泣き喚くアリアの背を、優しく撫でた。必死に、撫でた。
「気にしなくて良い、アリアも過去のことを忘れて一緒に生きよう。オレは平気だ、何も自分を卑下しなくても良いんだよ。トダシリアのことは、忘れて」
 アリアの身体が、小刻みに震える。トバエが苦笑いし、一瞬泣きそうに瞳を閉じた。何かを決意したように、息を飲む。
「落ち着いて、アリア。昔の様にオレの名を呼んでごらん、大丈夫だ、オレは何処にも行かないから」
 昔の様に。その単語に、アリアは我に返ると、衣服を握り締めながら小さく、名を呼ぶ。
「……トバエお兄様」
「そう。オレはアリアの兄だ。……兄は、妹を護るものだ。だから、一緒にいよう。自分を責めなくても良い、オレは最初からアリアの兄。……アリアがトダシリアを愛していても、気にしないよ」
 アリアに言い聞かせたのか、自分に言い聞かせたのか。驚愕の瞳でアリアが見上げるとトバエは微笑んでいた、いつものように微笑んでいた。
「ここは、危ない。一緒に、帰ろう。アリア、おいで。アリアがトダシリアを想っていても……オレは構わない。夫婦でなくても構わない、アリアが望めば、また夫婦に戻ろう。それでも、オレは傍に居たいんだ」
 唇を噛締めて、嗚咽するアリアの髪を、背を。ただ、トバエは撫でていた。
「もし。あの村にオレとトダシリアが2人で訪れていたら。間違いなく、アリアはトダシリアを選んでいたんだ。
 兄の立場を利用して、懐いている君を半ば強引に妻にしたのは、オレだ。アリア、君はオレを信頼し、大事に想い、恋愛感情だと錯覚しても仕方がなかったんだよ」
 と、呟くトバエの声はアリアの嗚咽に掻き消される。
 あの村では、恋愛など限られていた。相手は最初から決まっているようなものだ。
 揺れる館は、危うく。
 アリアを抱き抱えてトバエは避難しようとした、地震などというものになれてはおらず、それでも高いこの建物から逃げなければと思っていた。
 見渡せば、呆然と状況に血の気が引く。噴火だけではなく、近隣の河が氾濫し水が迫っていた。
 海から離れているこの地だが、津波の勢いが河に入り、逆流してきたらしい。
「アリア、逃げるぞ! 流石に拙い」
 トバエが焦燥感に駆られて叫んだ時だった、再び地面が揺れたのは。
 倒れ込んだ2人の足元が崩れていく、建物が崩壊し始めたのだ。気味悪く揺れる視界、思わずアリアは嘔吐する。
 舌打ちし、トバエがアリアに手を伸ばすがアリアは泣きながら、トバエに微笑んだ。
「私、いい加減で、ごめんなさい」
「気にしないと言っただろう! 悪いと思うならオレの傍にいろ! オレはそれで」
「でも、夫婦になったのに、他の人に心変わりするなんて、神様が許してくれないです」
「オレが気にしないからいいんだ、神なんて居やしない!」
「……トバエお兄様ったら、トダシリア様みたいなこと、言うんだね。いつも、護ってくれて、ありがとうございました。大好き」
 やんわりと、アリアは微笑む。そっと、懐から何かを取り出しトバエに投げる。それを思わず受け取ったトバエが次の瞬間見たものは、身投げをしたアリアの姿だった。
「アリア!?」
「トバエお兄様を酷く、傷つけたのに、一緒に居てもいいなんて、そんなこと」
 小さく呟いたアリアの声など、誰にも届かず。視界から、アリアの姿は消える。
 受け取ったものを堅く握り締めながら、慌ててトバエはアリアを追ってそのまま落下した。彼女が生きていないのならば、トバエの存在価値など、なかった。握り締めていたものはアリアが織った額あてだ。汗も吸い取るので村では様々な模様でアリアは織っていた、それをトバエも額に撒いていた。 
 夢を見た。
 名もなき小さな村の小さな黄色い花が咲き乱れている崖で、いつものように遊んでいると人の気配。振り仰いで見てみれば、紫銀の髪と瞳の少年が立っている。
 懐かしくて思わず崖を駆け上ると、アリアは彼に抱きついた。多少たじろぎながらも、彼は優しく抱きとめる。
「私は、アリア! おにーちゃんはなんてお名前?」
「オレはトダシリア。よろしく、アリア」
 ふふふと、笑うと、二人はくるくると回る。初めて出会ったとは思えなかった、以前からの顔馴染みである気がした。
 やがて2人はそのまま成長し、互いに愛を抱いた。小さな村の中で祝福され、婚約した。
 アリアの欲しがった楽器を探す為に旅に出た2人は、行く先々で暖かな人々の心に触れた。
「時の王様が賢王で、皆豊かに平穏に暮らしているよ。曇りない眼と、広い心で治めてくれているよ」
 2人は王に感謝した。あの、小さな村と同じように何処へ行っても人々は穏やかである。それは王の知性ゆえなのだろう。
 誰しもが、辛い事もあれども、大きな争いもなく過ごす事が出来る。素晴らしい世界だった。
 楽器作りの盛んな街に到着した2人が、その仕上がりを待つ為に滞在していると、その王がやってきた。時折王自ら国の隅々の街や村へ出向き、人々に触れ話を聴いているのだという。
「トダシリア!」
 皆が感謝の祈りを捧げている中、懐かしそうに叫んだ王に皆が一斉に注目する。王であるトバエは、トダシリアの双子の弟だった。トダシリアとアリアの姿を見つけると、王であるトバエはそのまま歩み寄る。
「流石オレの弟、何処へ行ってもお前の評判はよかったよ。トバエに王位を譲って良かった」
「そんなことはない、まだ未熟だ。トダシリアはこの街で何を?」
 双子の話は積もり、アリアもまた、トダシリアの兄であるトバエに誘われて街の館で数日過ごした。
 トダシリアが王族であったことにアリアは多少驚いた、恐縮したが、トダシリアが王子であろうと放浪の民であろうと愛しいことに変わりはない。
 とても仲の良い双子の兄弟であったが、周囲が双子は不吉だと潜めいていた為、トダシリアが幼き頃自ら王位を放棄したのだという。
 トバエは2人に王都へ来て欲しいと懇願したが、あの懐かしい村へ戻りたいと丁重に断った。だが、年に何度かは必ず会うために王都へ行くと誓った。
 アリアは、村で質素ながらも愛しい夫と2人、つつましく暮らし平穏な人生を送る。手に入れた楽器を奏でながら、畑を耕し、布を織り、家畜の世話をして反復した生活ながらも、幸せだった。
 愛しているよと、毎日飽きもせず囁き合い満ち足りた生涯で幕を閉じた。
 余程離れたくなかったのだろう、先にアリアが静かに息を引き取り、追うようにトダシリアも隣で息を引き取った。
 大勢の子供達に看取られて、同じ墓に入れて貰った。
 命を授かったことに感謝した、トダシリアと出会えたことに感謝した。自分を包む全てのモノに、感謝した。
 ……そんな、夢を見た。
  もし、願いが叶うのであれば。次に、次に逢えたなら。
「邪魔にならないように、貴方を見ていたいです。見ているだけなら、良いですか。誰とも関わらずに居られたら、貴方は」
 アリアは、そう願った。一瞬、トダシリアの姿が見えた気がしたが、気のせいだと微笑する。

 瞳を開き、気だるい身体を起こして偶然窓を見たトダシリアは、落下するアリアの姿を見た。一瞬、瞳が交差した気がしたが、一瞬だ。次いで、トバエの姿が落下する。手に、何かを握り締めて。
 窓から下を覗き込めば、2人は手を繋ぐように寄り添って死んでいた。
 乾いた笑い声が出る、馬鹿な奴らと、うわ言を呟き、もつれる足で機織りに倒れ掛かれば。
 アリアが織っていた何かが目に入った。トバエに織っていたのだろうと、思っていた。
 唖然と、それを見つめる。大きな大きな、布だった。
 糸が、足りなかった。大きすぎて、足りなかった。だから、頻繁に購入した。
 思わず、それを手にするトダシリアの瞳に涙が浮かぶ。織られていたそれは、衣服ではなく掛け軸のようだった。火から連想したのか、赤い刺繍で、国旗が縫われており。模様に混じって紫銀の短髪の男の姿が縫われている。
 トバエならば、長髪だ。短髪ならば、トダシリア。 
 アリアが織っていたもの、それは、トダシリアに贈るものだった。衣服では高貴なトダシリアに相応しくないだろうと、何処かに飾れるものにしたのだ。それくらいしか、アリアには思いつかなかった。
 そうましい音と共に、兵士達が部屋に入ってくる。布を大事そうに抱えたまま、トダシリアは涙を流して微笑んだ。
 剣を突きつけられると、喉の奥で笑い、窓から身を投げる。
 兵士が確認した、まるで、寄り添うように3人の亡骸がそこにあった。
 アリアを護るように、トダシリアとトバエが寄り添って。薄っすらと、微笑んで。

 『ある処に、美しい双子の兄弟がいました。王子として産まれたその双子は大変仲が悪く、離別することになってしまいました。
 兄は残り、残虐な暴君として国を支配します。類稀なるおぞましい魔力により、近隣を支配したのでした。
 弟は去り、名もなき小さな村で美しい娘と出会い、恋に落ちました。つつましくも幸せな暮らしを送ったのです。
 やがて数奇な運命に導かれて、双子は再会しました。弟の妻となっていたその美しい娘に心奪われた兄は、街を破壊し弟を瀕死の状態に追い込み、彼女を手に入れてしまいます。
 死するかと思われた弟は、愛しい妻の必死の懇願により寸でのところで一命を取り留めました。
 兄は、あらゆる手段を使ってその娘を手に入れようと奔放しました。国王である彼に、何も手に入らないものはありませんでした。
 けれども、その娘は弟の身を案じて毎日祷りを捧げます。口を開けば、弟の名を呼ぶ彼女に、兄はある種の憎悪を抱き始めていました。
 なんとかして、彼女の心を向かせたい……兄は躍起になりました。それでも、彼女の口から出る名前は弟ばかり。
 ある日、兄は彼女を冷たくあしらいます。酷く蔑み、散々もてあそんだ挙句に弟に突き返しました。
 捨てられた彼女は、弟の元へと戻るにも罪悪感が邪魔して戻ることが出来ません。それでも弟は彼女に手を差し伸べました。弟にとって、彼女の想いが誰に向いていても愛すべき対象です。
 彼女に心奪われ、周囲に目を向けなかった兄である王は、一度起こった民の反乱と地震によりその身を滅ぼす破目になりました。
 天災の前には、未知の能力を所持していた双子も為すすべなく、3人は息絶えたのでした。
 身勝手な国王への天罰だと、遠い土地の民は呟いたそうです。』

 

 そして、始まる。終焉を迎えるまで、続く。
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