別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。
いい加減整理したい。
※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。
絶対転載・保存等禁止です。
宜しくお願い致します。
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今回完結できないかもしれない事態(またか)。
今日もアリアは想いを篭めてスープを作り、パンを焼く。トダシリアへの想いなのか、トバエへの想いなのか。
本人には分からなくなっていた。ただ、暴虐なトダシリアがアリアが料理をしている最中は大人しく後方でそれを見守っているという事実は変わらず、思わず口元に笑みが零れる。
出来上がりを食べてくれるだけで良いはずなのだが、何故かトダシリアは仕事の最中でも手を止めて厨房へ足を運ぶのだ。
それを、アリアは知ってしまった。
「お仕事、忙しいのでは?」
「忙しい。が、これとそれとは話が別だ」
出来上がるまで、ワインを呑んでいるトダシリア。フルーティな香りはアリアにも届いた、豊潤な香りが高価なものであることを示している。といっても、野菜を切っている間は良かったが煮込み始めればすぐにワインの香りは消えたが。
アリアの背中を見つめながら、ワインを口元に運ぶトダシリア。広い厨房だ、2人きりではなく周囲にずらりとコックも雑用係も兵士まで付き添っている。
だが、時折トダシリアは錯覚した。自分の為だけに、アリアが料理をしてくれていると。2人きりで暮らしているようだと、アリアは自分の妻であるのだと。
それは、数年前からトバエが置かれていた環境だった。
恐らくトバエは、狭い家でもアリアと2人きりで料理の最中も同じ様に後ろ姿を見つめていたのだろう。
知らず、トダシリアは唇を噛締めていた。
「今日は野菜をたっぷり煮込んだスープです、パンは胡桃を入れて焼きました」
木のトレイにパンと出来上がったばかりのスープを乗せて、運んできたアリアに我に返る。
ピリリとした香辛料の香りが、食欲をそそる。トダシリアは無言で夢中で食べ尽くした。
その間に、トバエへと同じものが運ばれていく。それを、アリアは静かに見送る。
徐にトダシリアは背後に控えていた者に何か囁くと、立ち尽くしているアリアの腕を掴み部屋へと戻る。強引で、強い力にアリアは顔を顰めていた。だが、抵抗することなく共に歩く。
部屋に入り、どっかりとソファに腰掛けたトダシリアから避けるように、窓際の隅にアリアは移動する。
2人の定位置だった。
数分して、ワインのボトルにマスカット、チーズが運ばれてくる。ワイングラスになみなみと注がれたそれは、美しい澄んだ白だ。
「辛口だが呑むか? 爽やかな口当たりに余韻が素晴らしいワインだ」
「い、いえ。ワインは苦手で」
「トバエも好きだろう、ワインは。アイツのほうがオレより詳しかった」
確かに、トバエはワインが好きだ。村中で葡萄が豊作になればワインつくりに精を出したが、子供の頃からワインを呑んでいたのだろうか。アリアは頷きつつも首を傾げる。
王族ならば、水を飲むようにワインを呑んでいたのかもしれないと、納得するアリア。
「……後悔している」
ワインを呑みながら、トダシリアが呟いた。グラスを片手に立ち上がると、部屋の隅にいたアリアへと足先を向ける。
一瞬身体を引き攣らせたアリアだが、トダシリアは近づくことはなかった。窓辺に移動し、外を見つめ風に当たりながら言葉を続ける。
「オレとトバエの立場が逆だったら、よかったのに」
「……え?」
「あの時、城に残ったのがトバエで、旅立ったのがオレだったならば。……今頃オレとアリアは夫婦だった」
絶句した。思わず、笑いが込み上げてアリアは皮肉めいて目を大きく開く。
「そうだろう? 間違いなく、そういうことになっていたはずだ。違うか?」
「で、でも、貴方が国王の座を捨てて旅に出るなんてありえないことですから」
アリアは、上ずった声でそう答えた。それは違うと、直様反論できなかった。言おうとして言葉を詰まらせたので、ありえないと、言い切ってみた。
もし、本当にトダシリアが国王の座をトバエに譲り、アリアの村に来ていたならば。
この瞳で微笑みかけられ、幼い頃に両手を広げられていたらば。或いは、いや、間違いなく。
「ふ、夫婦になんて、なっていません! わ、私はトバエだから愛して夫とし、妻となったのです。あ、貴方を愛するだなんて」
間違いなく、恋に堕ちていた。
……と、耳元で誰かが囁いたので、夢中で言葉を消そうと反論する。脳裏には、描かれていたのだ。手を取り合い、村を歩く自分とトダシリアの姿が。
震える声のアリアを瞳の片隅に入れる、グラスのワインを一気に飲み干すと、早足で近づきあっという間にアリアを壁に押付け唇を奪う。
「強がるな、間違いなくオレを愛していた。他にお前を愛し、愛する男などその村にいたのか? いないだろう。自然にオレ達は愛し合った筈だ。……つまり、アリア。お前は自分と同じ年頃の男なら誰でも良いんだ、たまたまトバエがその場にいただけで」
「ち、違いますっ」
荒い呼吸のアリアは、必死の形相でトダシリアを睨みつけた。だが、涙を浮かべていては全く威圧感がない。
「違わない。認めたくない必死の抵抗だろ?」
想像してみろ、と耳元で囁く。吹きかかる息に思わずアリアは声を上げそうになり、必死に唇を噛締めた。
そう囁かれてもすでに、想像はしていた。想像したから抵抗している、間違いなく、トダシリアが隣に居ることが安易に想像出来てしまったのだから。
トバエと同じ瞳と髪の色が、アリアを混乱に陥れた。容易く、想像できてしまった。
不意に、2人の視線が交差する。思わず顔を背けるアリアだが、顎に伸びてきたトダシリアの手がそれを阻み無理やりに口付けされた。深く深く、絡まる舌。
乱暴に口内を犯されることにも、慣れた。慣れるどころか、アリア自身絡めてしまうことにも気付いていた。
この人は、私の気持ちが揺れ動いているのを知っている……?
後頭部を撫でられ、腰を抱き締められながら壁に押付けられ口付けされる。震える両足の間に割って入ってきたトダシリアの右脚は、いとも容易くアリアの足を開かせた。
唇が離れ、首筋を噛むように口付けされ始めたアリアは、身体を震わせた。トダシリアの背に腕を回し、必死に衣服を掴んで声を堪える。
……恐らく、私を屈服させたいの。私を陥れて、トバエに屈辱を与えたいのだわ! でなければ、執着する意味が分からない。
淫靡な音が室内に響く。何時の間にかはだけた胸元には、新しく赤い痕が幾つもつけられていた。それでも、必死に声を我慢する。思い通りになるものかと、堪える。けれども、掴んでいる衣服からは暖かな体温と、最近間近に感じるトダシリアの香りがする。眩暈を起こしそうだった。
「愛するとは、なんと軽薄なんだろうな。出会えたことが運命なのか? もし、オレ達のどちらもアリアに会わなかったらお前は誰の妻になっていたんだろう」
「そんなの、わからないです。そ、それに、トバエだから私のいる村に辿り着いたわけで、貴方だったらきっと辿りつけていないわ」
「成程、辿り着けない、か。あくまでトバエの妻であると言い張るか」
急に髪を摑まれ、顔を上げさせられる。驚いて悲鳴を上げたアリアの瞳に、真面目なトダシリアの顔が飛び込んできた。
「辿り着いたトバエを、運命の恋人とするか? ……前世で、お前達は恋人ではなかったのに」
「ぜ、前世?」
突拍子もないことを言い出したトダシリアに、痛みを堪えつつアリアは問う。前世、などアリアは信じていなかった。死んだ魂は、誰しも空に浮かび上がり、空の国でまた新しい生命として暮らすのだと聞かされて来た。
生まれ変わるなど、ありえない。
「ま、まさか貴方が私の前世の恋人だと?」
微かに笑い、アリアは告げる。それこそ、茶番だ。
だが、トダシリアは到って真面目なまま。静かに首を横に振る。
思わず、アリアの唇から溜息が漏れた。威張り散らして『あぁ、そうだとも』と言われると思っていたので、拍子抜けした。
運命の恋人は自分だから、トバエを裏切っても髪は赦すだろう。甘くて優しく危険な手を差し伸べてくるのだと、そう身構えていたのだが、違った。
唖然と、トダシリアを見返すアリア。
「違う、オレじゃ……ない」
「そ、そうですか」
では、誰だというのだろうか。アリアは他に思いつく男などいなかった。
沈黙が流れる。想像しなかった事態に、アリアは狼狽した。警戒していたはずなのだが、恋人ではないと言い切られたら、嘘でも何故か哀しかった。胸が、痛んだ。
前世の事など、誰しも分かるはずがないので作り話だと言い聞かせる反面で、どうしても、泣きそうな自分がいる。
アリアはそれに動揺した。言って欲しかったのだろうか、『オレが恋人だった』と。
「じゃ、じゃあ! 誰が」
「逢いたいか?」
挑むような目つきで、見つめているトダシリアに口篭る。遅れて首を横に振ると、鋭く見返す。
「いいえ、私にはトバエだけですから」
逢いたい、と言い出したらどうしようかと思っていたトダシリアだが、安堵した。髪を掴むのを止めて、再び唇を塞ぐと太腿をまさぐる。びくりと仰け反るアリアを抱きとめる腕に力が籠もった。
「まぁ、逢いたいと言ったところで、逢えないがな。殺してきてしまった、あの街で」
「こ、殺した」
平然と殺したと言い切り、アリアは青褪めた。やはりこの男は住む世界が違うのだと恐怖を抱く、呆然とその言葉をアリアは繰り返した。
「殺した。気の毒だったかな、奴も愛しいお前を一目見たかっただろうに。記憶を取り戻して息絶えたからな、思い出さなければよかったものを」
くくく、と低く笑う。手際よく、衣服を脱がせ始めながら、狂気の笑みでアリアを覗き込んだ。
が、不意にその表情が強張った。
「待てよ? まさか、お前。トバエの目を掻い潜って奴とも寝てたりしないよな」
「ば、馬鹿にしないで下さい!」
かっとなって、思い切り腕を振り上げるがいとも容易く、受け止められた。悔しそうに歯軋りするアリアを、愉快そうにトダシリアは見つめてから開いた胸元に顔を埋める。
「思い出していないフリでもしているのか、アリア? オレもトバエも、奴らも思い出したというのに。……どうにも、思い出さないんだな」
「な、なんのことですか」
アリアの唇から上ずった声が漏れる、自分の身体は、すでにトダシリアに慣らされた。良いように扱われていた。
壁に手をつかされ、そのまま強引に突き入れられると流石に声が我慢できなかった。嬌声を上げるアリアを見下ろしながら、冷めた瞳で唾を吐き捨てる。
「オレのこと、どう想っている? 嫌ではないだろ、今だってほとんど抵抗していない。オレでも良くなってきたんだろ、違うのか? ん?」
「……トバエだけ、です。トバエに逢う為に、こうしてっ」
と、反論したアリアだが、実際分からない。
もし、数年前村に来ていたのがトダシリアだったならば。
普通に、2人で暮らしていたような気がしてならない。それこそ、甘いひと時を。妙にそれが、リアルに思えて仕方がなかった。そうなると、トバエはどうなるのだろう。トバエならば、立派に国王を務めて誰からも愛されるのではないか。余程、この凶王が治めるよりも、皆幸福になれるのではないか。
そのほうが、良い気がしてきた。
言い訳を作る。皆が幸せになれると言いながら、実際、トダシリアが村に来て欲しかったと願い始めた。
「トバエ! トバエ!」
アリアは、何度も男の名を呼んだ。自分を後ろから犯している男ではなく、違う男の名を呼んだ。
呼んでいないと、気が狂いそうだった。どこかに逃げ道を作らないと、トダシリアの手中にはまってしまいそうだった。
相手は、国王だ。何故、自分に執着しているのかが理解出来ない。トバエを苦しめるだけだというのならば、そこには愛などないだろう。
「オレの名を呼ばないか、アリア!」
連呼するのは、弟の名。苛立ち、アリアの髪を無造作に掴むと壁に強打する。鈍い音と、痛みからよる悲鳴が上がる。
「オレは、トダシリアだ! トバエではないっ」
「トバエ、トバエ!」
「っ、こ、のっ!」
再び、壁に顔面を強打されアリアは悲鳴を上げた。しかし、トダシリアの名前は呼ばない。
舌打ちし、萎えてしまったのかアリアを床に突き飛ばすとトダシリアは壁にかけてあった剣を引き抜く。
床に蹲り、嗚咽しているアリアの腕を、その剣先でつーっとなぞれば薄っすらと血が滲んだ。
「オレの名を呼べ。抱いている最中に他の男の名を呼ばれるなぞ、胸糞悪い」
「い、いやです」
ずるずると、床を這って隅に移動したアリアは、赤くなった顔を隠すように必死に逃げ道を探す。
「強情な奴! まぁいい、何処まで我慢できるか試してみるか」
近づき、剣を振り下ろした。
「っ!? ぁ、ああーっ」
まさか、本当に容赦なく斬られるとは思いもしなかった。宙にアリアの鮮血が舞う。
右腕から滴る血痕が、床に敷かれた上等な刺繍の絨毯に染み込んで行く。
「痛いか? だがな、トバエの名を呼ぶお前を抱いていたオレの心はもっと痛かった」
「そ、そんなのっ」
嘘だ。……と、言おうとして再び悲鳴を上げる。右手首をつかまれ、身体を持ち上げられた。切り口を噛むように押さえつけ、舌で傷口を広げるように動かす。
「い、いたっ、痛いっ、いたっ」
狂っている、とアリアは思った。間違っても愛する人にする態度ではない、やはりただ、戯れに言わせたいだけなのだと思いつつも、激痛で思考が止まる。
唾液が、肉に染みる。歯が、さらに追い討ちをかける。
「や、やめ、やだぁっ!」
「アリア、お前の血は甘美だな。美味いよ、マスカットよりも」
口元を鮮血で滴らせながら、微笑したトダシリアに再度アリアは悲鳴を上げる。もう、恐怖しか湧きあがってこない。
「痛いだろうが、少し我慢しろ。思った以上に……美味い」
「たす、たすけ、助けてぇっ! トバエ、トバエ!」
トバエの名が、アリアの唇から零れるたびに。トダシリアはアリアの肉に噛み付き、血をすする。
アリアの気が、遠くなってきた。こんな猟奇的な人物は、知らない。
人の血液を嘗めているトダシリアが、正真正銘の悪魔にしか見えない。
「たすけ、てぇ……」
力なく、身体をトダシリアに預けるアリア。顔面蒼白で今にも気を失いそうだった。
「トダシリア、と呼べ。抱いてください、トダシリアと請え。先程の続きをお願いしますと、懇願しろ」
「たす、け」
それでも、名を呼ばなかった。少しでも、この男に気を許した自分が愚かだったと思いながら、アリアの思考は途切れる。
「……おい、おい!? チッ、気を失ったか」
動かなくなったアリアを抱き抱えると、ベッドに運ぶ。頬を軽く叩くが、アリアは動かない。
見れば、右腕は真っ赤に染まっている。傷口に何度もトダシリアが噛み付いたおかげで血液が凝固しないのだ。
「気を失っていれば、トバエの名は呼ばないか」
不意にそう呟いたトダシリアは、アリアの上に圧し掛かるとそのまま抱き始める。
アリアの悲鳴を聞きながら、血を堪能し異常な興奮状態になっていた。昂ぶる自分を、解放しなければいけない。
「アリア。お前、どうしたら、オレの名を呼んでくれるんだ。トバエじゃないんだ、オレ、トダシリアなんだ」
と、呟いても。
アリアには、聴こえない。切なそうに口付けて、愛していると呟こうとも。
アリアには、届かなかった。
翌朝、アリアが目を醒ますと右腕は薬を塗られ包帯を巻かれていた。あの後治療を施してくれたのだ。
「痛むか? 悪かったな、流石にやりすぎた」
声に慄き、小さく悲鳴を上げ逃げようとするアリアにトダシリアが覆い被さる。
再び、狂気めいたことでも始めるのかと思えば、トダシリアは優しく、アリアを抱き締めた。
「っ!」
「怖かったか? ……アリアが小意地になるから、悪いんだ。まだ、痛むか? 傷に良い薬草で粥を作らせた、食べろ」
「ぅ」
声が、優しく。瞳が、迷子の子犬のようで。腕の温もりが、安堵できて。
思わずアリアは頷いてしまう。
粥を、食べさせてくれて一口分が喉を通れば、トダシリアが微笑する。
その、表情から逃れようと、アリアは顔を背けた。
昨日、あのような恐ろしい目に合わされたというのに、どうしてこうもこの男が気になるのか。
「美味いか」
「は、はい」
「そうか、よかった。だが、オレはアリアのスープのほうが好きだな」
言って笑うトダシリアに、思わず息を飲む。
「早く右腕を、治せ。また、料理してくれ。今は、痛むだろうから控えろよ」
「は、はい」
自然に頷いたアリアに、嬉しそうにトダシリアは口付けた。
粥の入っていた器を放り出し、右腕に触れないように重心をかける。
「……参ったな、そんな顔するから」
「ど、どんな顔してしました?」
唇を塞ぎ、優しく肌に触れる。上ずった声でアリアが問えば。
「薄っすらと頬を赤く染めて、穏やかに微笑んだ。オレが好きで好きで仕方ないみたいに」
「う、うそっ」
「痛めつけられたのに、それでも構わないみたく。構って欲しくて、嬉しいんだか? 口ではトバエでも、アリア、お前オレを気にしてるな? 名を連呼するのは、想いに歯止めをかけるためか?」
喉の奥で笑い、アリアの顔を覗きこむトダシリアが息を飲む。反抗してくるとばかり思っていたアリアが、赤面し言葉を失っていたからだ。
意表をつく反応に、トダシリアも困惑する。
「え」
「あ、ち、ちが、違うんです、違いますからね!? き、気にしてなんていませんから、からっ」
今更、否定しても。
トダシリアは、夢中でアリアの唇を奪う。力を篭めないようにと思いつつも、動けばアリアの右腕に激痛が走った。
「アリア」
名を呼びながら、無我夢中で抱いてくるトダシリアに、アリアは。
思わず、名を呼んだのだ。「トダシリア様」と。
本人には分からなくなっていた。ただ、暴虐なトダシリアがアリアが料理をしている最中は大人しく後方でそれを見守っているという事実は変わらず、思わず口元に笑みが零れる。
出来上がりを食べてくれるだけで良いはずなのだが、何故かトダシリアは仕事の最中でも手を止めて厨房へ足を運ぶのだ。
それを、アリアは知ってしまった。
「お仕事、忙しいのでは?」
「忙しい。が、これとそれとは話が別だ」
出来上がるまで、ワインを呑んでいるトダシリア。フルーティな香りはアリアにも届いた、豊潤な香りが高価なものであることを示している。といっても、野菜を切っている間は良かったが煮込み始めればすぐにワインの香りは消えたが。
アリアの背中を見つめながら、ワインを口元に運ぶトダシリア。広い厨房だ、2人きりではなく周囲にずらりとコックも雑用係も兵士まで付き添っている。
だが、時折トダシリアは錯覚した。自分の為だけに、アリアが料理をしてくれていると。2人きりで暮らしているようだと、アリアは自分の妻であるのだと。
それは、数年前からトバエが置かれていた環境だった。
恐らくトバエは、狭い家でもアリアと2人きりで料理の最中も同じ様に後ろ姿を見つめていたのだろう。
知らず、トダシリアは唇を噛締めていた。
「今日は野菜をたっぷり煮込んだスープです、パンは胡桃を入れて焼きました」
木のトレイにパンと出来上がったばかりのスープを乗せて、運んできたアリアに我に返る。
ピリリとした香辛料の香りが、食欲をそそる。トダシリアは無言で夢中で食べ尽くした。
その間に、トバエへと同じものが運ばれていく。それを、アリアは静かに見送る。
徐にトダシリアは背後に控えていた者に何か囁くと、立ち尽くしているアリアの腕を掴み部屋へと戻る。強引で、強い力にアリアは顔を顰めていた。だが、抵抗することなく共に歩く。
部屋に入り、どっかりとソファに腰掛けたトダシリアから避けるように、窓際の隅にアリアは移動する。
2人の定位置だった。
数分して、ワインのボトルにマスカット、チーズが運ばれてくる。ワイングラスになみなみと注がれたそれは、美しい澄んだ白だ。
「辛口だが呑むか? 爽やかな口当たりに余韻が素晴らしいワインだ」
「い、いえ。ワインは苦手で」
「トバエも好きだろう、ワインは。アイツのほうがオレより詳しかった」
確かに、トバエはワインが好きだ。村中で葡萄が豊作になればワインつくりに精を出したが、子供の頃からワインを呑んでいたのだろうか。アリアは頷きつつも首を傾げる。
王族ならば、水を飲むようにワインを呑んでいたのかもしれないと、納得するアリア。
「……後悔している」
ワインを呑みながら、トダシリアが呟いた。グラスを片手に立ち上がると、部屋の隅にいたアリアへと足先を向ける。
一瞬身体を引き攣らせたアリアだが、トダシリアは近づくことはなかった。窓辺に移動し、外を見つめ風に当たりながら言葉を続ける。
「オレとトバエの立場が逆だったら、よかったのに」
「……え?」
「あの時、城に残ったのがトバエで、旅立ったのがオレだったならば。……今頃オレとアリアは夫婦だった」
絶句した。思わず、笑いが込み上げてアリアは皮肉めいて目を大きく開く。
「そうだろう? 間違いなく、そういうことになっていたはずだ。違うか?」
「で、でも、貴方が国王の座を捨てて旅に出るなんてありえないことですから」
アリアは、上ずった声でそう答えた。それは違うと、直様反論できなかった。言おうとして言葉を詰まらせたので、ありえないと、言い切ってみた。
もし、本当にトダシリアが国王の座をトバエに譲り、アリアの村に来ていたならば。
この瞳で微笑みかけられ、幼い頃に両手を広げられていたらば。或いは、いや、間違いなく。
「ふ、夫婦になんて、なっていません! わ、私はトバエだから愛して夫とし、妻となったのです。あ、貴方を愛するだなんて」
間違いなく、恋に堕ちていた。
……と、耳元で誰かが囁いたので、夢中で言葉を消そうと反論する。脳裏には、描かれていたのだ。手を取り合い、村を歩く自分とトダシリアの姿が。
震える声のアリアを瞳の片隅に入れる、グラスのワインを一気に飲み干すと、早足で近づきあっという間にアリアを壁に押付け唇を奪う。
「強がるな、間違いなくオレを愛していた。他にお前を愛し、愛する男などその村にいたのか? いないだろう。自然にオレ達は愛し合った筈だ。……つまり、アリア。お前は自分と同じ年頃の男なら誰でも良いんだ、たまたまトバエがその場にいただけで」
「ち、違いますっ」
荒い呼吸のアリアは、必死の形相でトダシリアを睨みつけた。だが、涙を浮かべていては全く威圧感がない。
「違わない。認めたくない必死の抵抗だろ?」
想像してみろ、と耳元で囁く。吹きかかる息に思わずアリアは声を上げそうになり、必死に唇を噛締めた。
そう囁かれてもすでに、想像はしていた。想像したから抵抗している、間違いなく、トダシリアが隣に居ることが安易に想像出来てしまったのだから。
トバエと同じ瞳と髪の色が、アリアを混乱に陥れた。容易く、想像できてしまった。
不意に、2人の視線が交差する。思わず顔を背けるアリアだが、顎に伸びてきたトダシリアの手がそれを阻み無理やりに口付けされた。深く深く、絡まる舌。
乱暴に口内を犯されることにも、慣れた。慣れるどころか、アリア自身絡めてしまうことにも気付いていた。
この人は、私の気持ちが揺れ動いているのを知っている……?
後頭部を撫でられ、腰を抱き締められながら壁に押付けられ口付けされる。震える両足の間に割って入ってきたトダシリアの右脚は、いとも容易くアリアの足を開かせた。
唇が離れ、首筋を噛むように口付けされ始めたアリアは、身体を震わせた。トダシリアの背に腕を回し、必死に衣服を掴んで声を堪える。
……恐らく、私を屈服させたいの。私を陥れて、トバエに屈辱を与えたいのだわ! でなければ、執着する意味が分からない。
淫靡な音が室内に響く。何時の間にかはだけた胸元には、新しく赤い痕が幾つもつけられていた。それでも、必死に声を我慢する。思い通りになるものかと、堪える。けれども、掴んでいる衣服からは暖かな体温と、最近間近に感じるトダシリアの香りがする。眩暈を起こしそうだった。
「愛するとは、なんと軽薄なんだろうな。出会えたことが運命なのか? もし、オレ達のどちらもアリアに会わなかったらお前は誰の妻になっていたんだろう」
「そんなの、わからないです。そ、それに、トバエだから私のいる村に辿り着いたわけで、貴方だったらきっと辿りつけていないわ」
「成程、辿り着けない、か。あくまでトバエの妻であると言い張るか」
急に髪を摑まれ、顔を上げさせられる。驚いて悲鳴を上げたアリアの瞳に、真面目なトダシリアの顔が飛び込んできた。
「辿り着いたトバエを、運命の恋人とするか? ……前世で、お前達は恋人ではなかったのに」
「ぜ、前世?」
突拍子もないことを言い出したトダシリアに、痛みを堪えつつアリアは問う。前世、などアリアは信じていなかった。死んだ魂は、誰しも空に浮かび上がり、空の国でまた新しい生命として暮らすのだと聞かされて来た。
生まれ変わるなど、ありえない。
「ま、まさか貴方が私の前世の恋人だと?」
微かに笑い、アリアは告げる。それこそ、茶番だ。
だが、トダシリアは到って真面目なまま。静かに首を横に振る。
思わず、アリアの唇から溜息が漏れた。威張り散らして『あぁ、そうだとも』と言われると思っていたので、拍子抜けした。
運命の恋人は自分だから、トバエを裏切っても髪は赦すだろう。甘くて優しく危険な手を差し伸べてくるのだと、そう身構えていたのだが、違った。
唖然と、トダシリアを見返すアリア。
「違う、オレじゃ……ない」
「そ、そうですか」
では、誰だというのだろうか。アリアは他に思いつく男などいなかった。
沈黙が流れる。想像しなかった事態に、アリアは狼狽した。警戒していたはずなのだが、恋人ではないと言い切られたら、嘘でも何故か哀しかった。胸が、痛んだ。
前世の事など、誰しも分かるはずがないので作り話だと言い聞かせる反面で、どうしても、泣きそうな自分がいる。
アリアはそれに動揺した。言って欲しかったのだろうか、『オレが恋人だった』と。
「じゃ、じゃあ! 誰が」
「逢いたいか?」
挑むような目つきで、見つめているトダシリアに口篭る。遅れて首を横に振ると、鋭く見返す。
「いいえ、私にはトバエだけですから」
逢いたい、と言い出したらどうしようかと思っていたトダシリアだが、安堵した。髪を掴むのを止めて、再び唇を塞ぐと太腿をまさぐる。びくりと仰け反るアリアを抱きとめる腕に力が籠もった。
「まぁ、逢いたいと言ったところで、逢えないがな。殺してきてしまった、あの街で」
「こ、殺した」
平然と殺したと言い切り、アリアは青褪めた。やはりこの男は住む世界が違うのだと恐怖を抱く、呆然とその言葉をアリアは繰り返した。
「殺した。気の毒だったかな、奴も愛しいお前を一目見たかっただろうに。記憶を取り戻して息絶えたからな、思い出さなければよかったものを」
くくく、と低く笑う。手際よく、衣服を脱がせ始めながら、狂気の笑みでアリアを覗き込んだ。
が、不意にその表情が強張った。
「待てよ? まさか、お前。トバエの目を掻い潜って奴とも寝てたりしないよな」
「ば、馬鹿にしないで下さい!」
かっとなって、思い切り腕を振り上げるがいとも容易く、受け止められた。悔しそうに歯軋りするアリアを、愉快そうにトダシリアは見つめてから開いた胸元に顔を埋める。
「思い出していないフリでもしているのか、アリア? オレもトバエも、奴らも思い出したというのに。……どうにも、思い出さないんだな」
「な、なんのことですか」
アリアの唇から上ずった声が漏れる、自分の身体は、すでにトダシリアに慣らされた。良いように扱われていた。
壁に手をつかされ、そのまま強引に突き入れられると流石に声が我慢できなかった。嬌声を上げるアリアを見下ろしながら、冷めた瞳で唾を吐き捨てる。
「オレのこと、どう想っている? 嫌ではないだろ、今だってほとんど抵抗していない。オレでも良くなってきたんだろ、違うのか? ん?」
「……トバエだけ、です。トバエに逢う為に、こうしてっ」
と、反論したアリアだが、実際分からない。
もし、数年前村に来ていたのがトダシリアだったならば。
普通に、2人で暮らしていたような気がしてならない。それこそ、甘いひと時を。妙にそれが、リアルに思えて仕方がなかった。そうなると、トバエはどうなるのだろう。トバエならば、立派に国王を務めて誰からも愛されるのではないか。余程、この凶王が治めるよりも、皆幸福になれるのではないか。
そのほうが、良い気がしてきた。
言い訳を作る。皆が幸せになれると言いながら、実際、トダシリアが村に来て欲しかったと願い始めた。
「トバエ! トバエ!」
アリアは、何度も男の名を呼んだ。自分を後ろから犯している男ではなく、違う男の名を呼んだ。
呼んでいないと、気が狂いそうだった。どこかに逃げ道を作らないと、トダシリアの手中にはまってしまいそうだった。
相手は、国王だ。何故、自分に執着しているのかが理解出来ない。トバエを苦しめるだけだというのならば、そこには愛などないだろう。
「オレの名を呼ばないか、アリア!」
連呼するのは、弟の名。苛立ち、アリアの髪を無造作に掴むと壁に強打する。鈍い音と、痛みからよる悲鳴が上がる。
「オレは、トダシリアだ! トバエではないっ」
「トバエ、トバエ!」
「っ、こ、のっ!」
再び、壁に顔面を強打されアリアは悲鳴を上げた。しかし、トダシリアの名前は呼ばない。
舌打ちし、萎えてしまったのかアリアを床に突き飛ばすとトダシリアは壁にかけてあった剣を引き抜く。
床に蹲り、嗚咽しているアリアの腕を、その剣先でつーっとなぞれば薄っすらと血が滲んだ。
「オレの名を呼べ。抱いている最中に他の男の名を呼ばれるなぞ、胸糞悪い」
「い、いやです」
ずるずると、床を這って隅に移動したアリアは、赤くなった顔を隠すように必死に逃げ道を探す。
「強情な奴! まぁいい、何処まで我慢できるか試してみるか」
近づき、剣を振り下ろした。
「っ!? ぁ、ああーっ」
まさか、本当に容赦なく斬られるとは思いもしなかった。宙にアリアの鮮血が舞う。
右腕から滴る血痕が、床に敷かれた上等な刺繍の絨毯に染み込んで行く。
「痛いか? だがな、トバエの名を呼ぶお前を抱いていたオレの心はもっと痛かった」
「そ、そんなのっ」
嘘だ。……と、言おうとして再び悲鳴を上げる。右手首をつかまれ、身体を持ち上げられた。切り口を噛むように押さえつけ、舌で傷口を広げるように動かす。
「い、いたっ、痛いっ、いたっ」
狂っている、とアリアは思った。間違っても愛する人にする態度ではない、やはりただ、戯れに言わせたいだけなのだと思いつつも、激痛で思考が止まる。
唾液が、肉に染みる。歯が、さらに追い討ちをかける。
「や、やめ、やだぁっ!」
「アリア、お前の血は甘美だな。美味いよ、マスカットよりも」
口元を鮮血で滴らせながら、微笑したトダシリアに再度アリアは悲鳴を上げる。もう、恐怖しか湧きあがってこない。
「痛いだろうが、少し我慢しろ。思った以上に……美味い」
「たす、たすけ、助けてぇっ! トバエ、トバエ!」
トバエの名が、アリアの唇から零れるたびに。トダシリアはアリアの肉に噛み付き、血をすする。
アリアの気が、遠くなってきた。こんな猟奇的な人物は、知らない。
人の血液を嘗めているトダシリアが、正真正銘の悪魔にしか見えない。
「たすけ、てぇ……」
力なく、身体をトダシリアに預けるアリア。顔面蒼白で今にも気を失いそうだった。
「トダシリア、と呼べ。抱いてください、トダシリアと請え。先程の続きをお願いしますと、懇願しろ」
「たす、け」
それでも、名を呼ばなかった。少しでも、この男に気を許した自分が愚かだったと思いながら、アリアの思考は途切れる。
「……おい、おい!? チッ、気を失ったか」
動かなくなったアリアを抱き抱えると、ベッドに運ぶ。頬を軽く叩くが、アリアは動かない。
見れば、右腕は真っ赤に染まっている。傷口に何度もトダシリアが噛み付いたおかげで血液が凝固しないのだ。
「気を失っていれば、トバエの名は呼ばないか」
不意にそう呟いたトダシリアは、アリアの上に圧し掛かるとそのまま抱き始める。
アリアの悲鳴を聞きながら、血を堪能し異常な興奮状態になっていた。昂ぶる自分を、解放しなければいけない。
「アリア。お前、どうしたら、オレの名を呼んでくれるんだ。トバエじゃないんだ、オレ、トダシリアなんだ」
と、呟いても。
アリアには、聴こえない。切なそうに口付けて、愛していると呟こうとも。
アリアには、届かなかった。
翌朝、アリアが目を醒ますと右腕は薬を塗られ包帯を巻かれていた。あの後治療を施してくれたのだ。
「痛むか? 悪かったな、流石にやりすぎた」
声に慄き、小さく悲鳴を上げ逃げようとするアリアにトダシリアが覆い被さる。
再び、狂気めいたことでも始めるのかと思えば、トダシリアは優しく、アリアを抱き締めた。
「っ!」
「怖かったか? ……アリアが小意地になるから、悪いんだ。まだ、痛むか? 傷に良い薬草で粥を作らせた、食べろ」
「ぅ」
声が、優しく。瞳が、迷子の子犬のようで。腕の温もりが、安堵できて。
思わずアリアは頷いてしまう。
粥を、食べさせてくれて一口分が喉を通れば、トダシリアが微笑する。
その、表情から逃れようと、アリアは顔を背けた。
昨日、あのような恐ろしい目に合わされたというのに、どうしてこうもこの男が気になるのか。
「美味いか」
「は、はい」
「そうか、よかった。だが、オレはアリアのスープのほうが好きだな」
言って笑うトダシリアに、思わず息を飲む。
「早く右腕を、治せ。また、料理してくれ。今は、痛むだろうから控えろよ」
「は、はい」
自然に頷いたアリアに、嬉しそうにトダシリアは口付けた。
粥の入っていた器を放り出し、右腕に触れないように重心をかける。
「……参ったな、そんな顔するから」
「ど、どんな顔してしました?」
唇を塞ぎ、優しく肌に触れる。上ずった声でアリアが問えば。
「薄っすらと頬を赤く染めて、穏やかに微笑んだ。オレが好きで好きで仕方ないみたいに」
「う、うそっ」
「痛めつけられたのに、それでも構わないみたく。構って欲しくて、嬉しいんだか? 口ではトバエでも、アリア、お前オレを気にしてるな? 名を連呼するのは、想いに歯止めをかけるためか?」
喉の奥で笑い、アリアの顔を覗きこむトダシリアが息を飲む。反抗してくるとばかり思っていたアリアが、赤面し言葉を失っていたからだ。
意表をつく反応に、トダシリアも困惑する。
「え」
「あ、ち、ちが、違うんです、違いますからね!? き、気にしてなんていませんから、からっ」
今更、否定しても。
トダシリアは、夢中でアリアの唇を奪う。力を篭めないようにと思いつつも、動けばアリアの右腕に激痛が走った。
「アリア」
名を呼びながら、無我夢中で抱いてくるトダシリアに、アリアは。
思わず、名を呼んだのだ。「トダシリア様」と。
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