別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。
いい加減整理したい。
※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。
絶対転載・保存等禁止です。
宜しくお願い致します。
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トランシスさん・・・じゃなくて、トダシリアが外伝1をどんどん話すし、アリアも過去を思い出しかけているしで、外伝1を一話分進めようと思いました。
外伝1完結は、本編第四章の後半と時期を合わせたいので、今は更新しておりません。
三ヶ月に一度更新な感じです・・・。
外伝1完結は、本編第四章の後半と時期を合わせたいので、今は更新しておりません。
三ヶ月に一度更新な感じです・・・。
来訪者の声に、怪訝にトダシリアは眉を顰めた。まどろみながらベッドに横たわり、隣で眠っているアリアの寝顔を見ていたところだ。その時間を邪魔されたのだから、機嫌を損ねたことは当然である。来訪者とて、それは判っていた。
だが、一大事だった。意を決して震える手でノックをした、声をかけたのがつい先程である。
アリアを残し、一人部屋を出て行くトダシリアの表情は若干綻んでいる。
向かった先は、トバエが治療を受けている部屋だ。最新の医術と、古来より伝わっている魔術を駆使している。城内三階、陽のあたる一角だ。薬品は地下の年中涼しい場所に保管されているため、一日何度も医者の助手は地下とこの部屋を行き来している。
病気や怪我には、清潔な環境が最もであるという遠方医学からの教えに従い設置された場所である。ただし、薬品は冷暗所に保存する事が適しているので、面倒でも部屋と薬品管理庫は離されていた。
「驚きました、まさか回復するとは」
「弟だ、あの程度では死なない」
トバエの腹部に穴が開いていた、トダシリアに治療を命じられた者達が、一斉に顔を引きつらせた数日前。
化け物でも見るかのような顔つきで、それでもトバエを囲み医師達が治療に専念している。回復力が、異常だった。誰しも、助からないと思っていた。
「会話は出来るのか?」
「先ほど、目が開きましたが言葉は発しておりません」
眠っているトバエを、冷めた瞳で一瞥するトダシリア。純白の寝具に包まれて、体中に包帯を巻きつけて眠っている。弱弱しい筈のトバエの姿だが、トダシリアにはそうは見えない。
「……アリアはどうした?」
突如上がった声に、その場の全員が硬直した。だがトダシリアは素早く順応し、その声の主を見つめる。
唇の端を意地悪く上げて、こちらを見ているトバエに軽く会釈をした。
「ご機嫌は如何かな、弟よ」
「質問にだけ、答えろ。アリアはどうしている」
おどけた様子で身体を揺らしながら、返答しないトダシリアと、鋭利な刃物を連想させる凍てつく瞳で睨んでいるトバエ。周囲に緊張が走った。
「お前を助けてくれと懇願されたのでね、こうしてトバエを救ったわけだ。先ほどまでオレの腕の中にいた、なかなか素直な身体じゃないか、抱き心地は気に入っているよ」
挑発的な台詞に、皆が息を飲む。だが、トバエは動じなかった。心内はともかく、表面には現れていない。
「お前の目的は何なんだ。オレが心底憎いのだろうが」
「目的? 言わなかったか、あの娘が欲しいだけだ」
言葉を被せる様にトダシリアは口を開く、眉一つ動かさず、トバエはそれを見つめていた。愉快そうに含み笑いを漏らしながら、小馬鹿にした様子のトダシリアである。
「まぁ、その娘を手に入れたのだから、お前に屈辱を味あわせることが出来た。一石二鳥とは、こういうことを言うのだろう。さて、アリアの願い通りにトバエをこうして死の淵から救った訳だが。目の前で抱いて見せようか、お前はどんな顔をするんだろう」
悪趣味である、軽く医者達が目を伏せた。けれども、トバエは顔色1つ変えないでいる。何処まで冷静を保てるのか、逆にトダシリアは興味が湧いてきた。そのトバエの態度は、ただトダシリアを刺激するだけでしかない。
「些かトバエの癖がまだ抜けないが、直にオレの好み通りに腰を動かすだろう」
「もう一度訊く、お前の目的はアリアなんだな?」
大きく肩で息を吐き、軽く額を押さえたトダシリアは、無表情の双子の弟から視線を外すとドアへと向かう。
「煩いな、何度も言わせるな。オレはアリアが欲しい」
消えていった双子の兄、その後ろ姿が見えなくなるとトバエは再び瞳を閉じる。動くには、まだ身体が追いつかないことは十分承知だった、こうして言葉を発するたびに身体の内が軋んで痛みを伴っていた。
「忘れるなよ、今の言葉を忘れるなよ」
そう、寝言の様に呟いたトバエは再び深い眠りにつく。周囲で医者達が不可解だとばかりに顔を顰めていた。
愛する妻を寝取られようとしているというのに、この男は何が言いたいのだろうと。
部屋に戻ると、アリアは起きていた。警戒心丸出しで、部屋の隅で立ち尽くしている。色取り取りのドレスを揃えたが、身に纏っているのはドレスではなく湯上り用のバスローブだ。それでもシルクの上等品ではあるが。
トダシリアの姿を見て、縮こまったアリアだが、悠々とソファに腰掛ぶっきらぼうに投げかけた言葉にアリアは反応する。
「トバエが目を醒ました、よかったなアリア」
「……ほ、本当に!? 会わせて、会わせて下さいっ」
慌てて駆けて来たアリアは、そっぽを向いているトダシリアの前に立つと深く腰を折る。震えている身体に深い溜息を吐き、トダシリアは舌打ちした。
「まだ本調子ではない、もとより、助ける約束はしたが会わせるとは言っていない。アリア、お前はオレの妻となった。諦めろ」
「助けていただいたことは、感謝します。ですが、私の夫はトバエであって、貴方ではありません。どうか、会わせて下さいっ」
「と、言っても、数日アリアはオレの上で腰を振っていたじゃないか」
言うなり、アリアの顔が青褪める。口元を押さえて悔しそうに身体を震わす様子に、トダシリアは性的興奮を覚えた。
喉の奥で笑うと、続ける。
「何なら、トバエの目の前で抱いてみようか? どんな反応をするだろうな」
鋭く悲鳴を上げたアリアは、頭を掻き毟りながら再び部屋の隅へと駆けて戻る。しゃがみ込んで、カタカタと歯を鳴らした。その瞳には、罪悪感と羞恥心が浮かび涙が溢れていた。
それは、事実だ。紛れもない事実だった。だから、苦しい。
夫であるトバエに、会いたい。だが、どのような顔をして会えば良いのか解らなくなってしまったのだ。
トバエは、この事実を知っているのだろうか? トダシリアに問うべきか迷ったが口を噤む。怖くて、訊くことができなかった。
そんな一喜一憂したアリアを、つまらなそうにトダシリアは軽く一瞥する。前髪をかき上げながら、テーブルに用意されていたマスカットに手を伸ばしていた。
「……食べないか、美味いぞ」
ぼそっと呟いたが、アリアは聴こえているのかいないのか、勿論近寄る事はない。
艶やかな黄緑色のマスカットは、アリアの髪が陽に当たると似たような色合いになる。宝石の様に瑞々しく光るそのマスカットを、一粒摘み上げてトダシリアは懐かしそうに眺めていた。
「あぁ、これは美味しいな」
独り言を、呟いた。
数日が経過した。勝手気ままにアリアを抱き、徐々に心を閉ざし始め口数少なくなったアリアを不服そうに見つめるトダシリア。やはり、トバエが生きている以上こちらに心は向かないのかと苛立つ。
女など、高価な金銀細工を与えれば、簡単に懐くものだと思っていた。だが、アリアはそれらに見向きもしない。
もともと、平凡な農家の出だ。煌びやかな宝石など、扱い方が分からないのだ。
だが、それ以外にトダシリアは女を向かせる手段を知らなかった。今まではこの権力と美貌で、全ての手中に収めてきた。考えた事すらない。
女は、優しくすれば歓ぶなどと、今のトダシリアには全く理解出来ない。
再びトバエが目を醒ましたとの知らせを受け、ベッドでいつものように静かに泣いているアリアを残してトダシリアはそちらへ向かった。
昨晩から、無理やりにアリアを抱いていた。処女ではなかったが余程トバエに丁重に扱われていたのだろう、朝まで抱かれ続けることには慣れておらず、すぐに悲鳴を上げる。トバエが如何に自分よりもアリアの快楽を優先し、抱いていたかが見てとれた。トダシリアは、自分の欲望の赴くままにアリアに突き入れるだけである。涙を零しながら時折苦しそうな悲鳴を上げるアリアも、それはそれで嗜虐心を煽られるので良いものだった。
その為、アリアは行為後はベッドに身を任せて眠っていた。うつ伏せになり顔を意図的に見られないようにしている、泣いていることもトダシリアは知っている。
何が、気に入らないのか。村に居た時のように農作業などしなくても良い、暖かな寝床と豪華な食事が用意されていてもアリアは哀しそうに瞳を伏せるだけである。快楽とて与えている、何が不満なのかトダシリアには理解出来ない。何故、こうもトバエに執着しているのか。
「食事を摂ろうとしません、このままでは」
「どいつもこいつも、小意地になりやがって」
到着した部屋で、ベッドに横たわっている双子の弟を覗き込み、息を飲む。痩せ衰えたトバエの姿を見て、哀れみすら覚えた。なんと、弱々しい生命だろう。今ならば誰でも剣の一振りで殺すことが出来るだろう。
「お前らしくないな、九死に一生を得たんだ、オレに復讐するつもりで死に物狂いで回復に徹すると思ったのに」
「……オレが生きている限り、アリアはオレの身を案じ、お前に身体を差し出すだろう。オレの命が尽きれば恐らくアリアは自害する」
「なるほど、それが狙いなのか? 恐ろしい男だな、折角助かった命を投げ打って妻を道連れにするつもりか」
確かに、トバエが死んだとなればアリアも命を絶ちそうだった。今ですら生きていることに疑問を感じているような様子である、存在理由はトバエであることなどトダシリアにも解っていた。
目の前には豪華な食事が用意されている、空腹ではあるだろうが、それを堪えて手をつけないトバエの精神は大したものだ。間違いなくこのままでは餓死するだろう。
舌打ちするとトダシリアは、再び部屋へと戻った。
自分に歯向かってくるトバエを痛めつけることは愉快だが、あぁも大人しく小さくなっていく姿は見ていて気分が悪い。
嫌いなはずだが、衰弱して欲しくなかった。
「アリア。トバエが食事を摂らない、普段は何を食べていた?」
泣いていたのか、大きな瞳を真っ赤にしていたアリアは、そう問われるなり慌てて涙を拭う。
「わ、私に食事を作らせて下さい! それくらいなら、いいでしょう!?」
相変わらず、トバエのことになると声に張りが出るアリア。瞳とて、光が灯る。普段は暗い闇色を浮かべているのに。
気に入らなかった、だが、トバエに絶食させるわけにはいかない。アリアの食事ならば間違いなく、口にするだろうと踏んだトダシリアは人を呼ぶと耳元で囁く。
数人の女官がやってきて、アリアを風呂に入れた。自分で出来るからと断ったが、仕事だからと無理やり身体を洗われる。そうしないと、部屋の外に出してもらえないのだと教えられ、大人しく渋々従う。
料理するので、窮屈なドレスではなく普通のワンピースに純白のエプロンに着替えさせてもらったアリアは、小走りに案内された調理場へと向かった。
肩を竦めながら、トダシリアも後を追う。調理場ではコック達が右往左往である、まさか国王がこのような場所に脚を踏み入れるとは思いも寄らなかった。皆、緊張した面持ちで作業している。
アリアに与えられたのは、調理場の一角だがそれで十分だった。
広大な調理場に面食らった、食材の豊富さにも溜息を吐いた。だが、自分らしく今まで通りに食材を選ぶ。
控え目に欲しいものを告げると、直様それらは用意された。
手際よく、野菜を切る。国王が奪ってきたという娘を一目見ようと、その場に居る者達はアリアに集中した。
美しい髪と、整った顔立ち、つつましくも手馴れた様子で料理する姿に、ほぅ、と溜息が出る。
出来上がったのは、焦がしネギのスープだ、ニンニクと牛乳で作られた栄養あるものである。よく、風邪の時にはアリアが作っていた。これならば、間違いなくトバエが解ってくれるだろうと想いを籠めて作ったのだった。
自分で運びたい、というアリアの願いは当然却下される。
鍋ごと運ばれ、哀しそうにそれを見送ったアリアは、促されて部屋へと戻った。手を胸の前で組み、トバエの無事を祈りながら歩く。
「トバエ、アリアからの贈り物だ」
暖かなスープをコックが丁重に注ぐ、ニンニクの香りが鼻につき、トバエは瞳を開いた。
腕を組み壁にもたれているトダシリアと、コックから差し出された一杯のスープ。
「……アリアのスープか」
苦笑し、飲まないわけにはいかないなと、進んでトバエは皿を手にした。口に入れると懐かしい味が広がる。
アリアの得意料理だ、何で作ってもスープは温かく胸に染み渡り、身体に活力と安堵を与える。
無言で鍋のスープを全て飲み干したトバエは、微かに口元に笑みを浮かべていた。
「絶食するんじゃなかったのか?」
「アリアがオレを想って作ってくれたものだ、食べなければ罪になる」
トバエが言うなり、唾を床に勢い良く吐き捨てると、トダシリアは険しい顔をしてその場を後にした。
久方ぶりの食事だ、それでも、胃はすんなりと受け付ける。小さく溜息を吐くトバエは、唇を噛締めた。
計画通りだった、ここまでは。
”トダシリアがアリアに死なれては困る”ならば、必ずこうなるだろうと。そうして、恐らくアリアは食事をこれからも作り続けるだろう。それを食べ続ける事によって、自分も体力回復に繋がる。
「アリア……」
愛する妻の名を、切なそうに呟いたトバエは、堅く瞳を閉じる。
トバエの予想通り、アリアは毎食、食事を作り続けた。もともと、日課である。暇さえあればトダシリアに抱かれていたのだが、食事を作っている間は当然解放されていた。トバエを想って料理できる時間が、アリアの心に潤いを与えてくれる。その時だけが、安らげた。
「おい、オレにも飲ませろよ」
「高貴なお方の口には合うと思えません」
アリアが料理する時は、欠かさずトダシリアも調理場に来ておりその様子を始終眺めている。
本日のスープは人参を柔らかく煮込んで裏ごしし、牛乳と混ぜ合わせた甘味のあるスープだった。
しれっと言ったアリアに、軽く顔を引き攣らせるトダシリアに、周囲は息を飲む。機嫌を損ねると、こちらに被害が及びそうだと周囲の者は数歩、下がる。
「オレもお前のスープが好きだったんだよ、いや、オレが最初に美味いって言ったんだ」
ぼそっと呟いたトダシリアの声など、アリアの耳には届かなかった。
丁寧に作られたそのスープの鍋が、アリアの手からコックへと手渡される。その際、コックの顔が恐怖に引き攣り、瞳が何かを訴えていることに気がついた。
気まずそうに、アリアが振り返るとトダシリアが不機嫌そうに足を踏み鳴らしている。
トダシリアの暴虐は、アリアとて知っている。スープを飲ませたくなどないのだが、飲ませないと自分だけではなくこの調理場の人々に迷惑がかかるのだろう。見れば、皆が祈るような目つきでアリアに懇願していた。
どうか、スープを飲ませてくれ、と。
ぐっと口を噤むと、アリアは静かに鍋をテーブルに置き、小さな器にそれを注ぐ。ゆっくりと歩み寄りながら、そっと器を両手でトダシリアに差し出した。
「不味いと思います」
『不味いと思いますっ、お口に合わなかったら、す、すぐに吐き出してくださいっ』
視線を合わせずに、狼狽しながら器を渡してきたあの”娘”が甦った。
「っ!」
弾かれたようにトダシリアはアリアの腕を掴むと、器を強引に奪い取り一気に飲み干した。口元から零れて、高級な衣装に垂れたが気にもせず。
甘い人参と、滑らかな舌触り、絶妙な塩加減。
「う、美味い……! もっと寄越せ!」
器から現れたトダシリアの顔が、無邪気に笑っていた。その笑顔にアリアだけでなく周囲も呆気にとられてしまう。
鍋から急いで器に盛る、自らそんなことをするなど、有り得ない事だった。上手く注げず、手に床に零れるが、豪快に再び飲み干した。
狂ったように美味い美味いと連呼しながら飲み続ける姿に、アリアは躊躇いがちに近寄ると鍋を覗き込む。
「トバエの分が、なくなってしまいます! そんなに飲まないでくださいっ」
「また作ればいいだろう! オレは飲むぞ」
「え、えぇ!?」
鍋は、数分と経たずに空になった。放心状態でそれを見ていたアリアだが、子供の様に口元を汚して無我夢中で飲み干したトダシリアを可愛いと思ってしまった。トバエの為に作ったスープである、怒りが込み上げて当然だ。
確かに、憎らしかった。だが、偽りないとしか思えない笑顔で美味いと言い、ここまで飲んでくれた姿に心が揺れる。
「アリアは、やはり料理が上手な。……トバエは以前からこれを食べてきたわけか、羨ましいもんだ」
急にしおらしく、伏し目がちにつぶやいたトダシリアに思わずアリアは声をかける。
「あ、あの、また作りますから。トバエの分は飲まないで下さい、美味しいと思ってくれたのなら、作りますから」
「そうか! じゃあ、早速何か作ってくれ。腹が減った」
『じゃあ、早速何か作れよ。オレ、腹が減ってるんだ』
眩しいくらいの、笑顔だった。笑顔と同時に何かが脳裏を掠める。
思わずアリアは足元から崩れそうになった、それをトダシリアが支える。
「大丈夫か?」
『大丈夫か? 気をつけろよ、辛い時は言えばいいんだ』
「は、はい。大丈夫です」
『は、はい。ありがとうございます』
声が、重なる。トダシリアに支えられ、その胸に抱きとめられていたアリアは困惑した。
胸の鼓動が速くなった、暖かな体温に身体の力が抜ける。唇を噛締める、瞳をきつく瞑り、掌を堅く握り締める。
それからというもの、トダシリアの食事もアリアが担当することになった。
トバエのようだった、調理中ずっと傍に居て見つめているトダシリアに戸惑いを感じながらも不愉快ではなかった。
そして、美味しいと言いながら食べてくれる姿に心が動かされている自分に気がついた。
気がつきながらも否定した、心が動いていることは以前から気付いていたが押し殺してきた。
夫のトバエを瀕死の状態に陥れ、罪もない街の人々を無残にも殺害し、自分の身体を奪った悪魔のような男。
けれども、時折見せる憂いを帯びた瞳や、無邪気な笑顔、安堵しきった様な微笑に、切なそうに自分の名を呼ぶ姿にアリアは胸が締め付けられる。
憎むべき相手である、それは十分承知だった。だが、心の片隅で何かが動く音がする。
そしてそんな自分に嫌気が差した。
だから、泣いていた。どうしてよいのか解らなくて、口を閉ざし塞ぎがちになっていた。
トバエの為に、料理をする。食べてくれていると報告を受け嬉しい半面で。
トダシリアの笑顔がみたくて、料理をしている自分もいることに気がついていた。
自分は、なんて愚かな女なのだろう。アリアは、そう思いつつも、「美味しい」と言ってくれるトダシリアに、癒され始めた。
だが、一大事だった。意を決して震える手でノックをした、声をかけたのがつい先程である。
アリアを残し、一人部屋を出て行くトダシリアの表情は若干綻んでいる。
向かった先は、トバエが治療を受けている部屋だ。最新の医術と、古来より伝わっている魔術を駆使している。城内三階、陽のあたる一角だ。薬品は地下の年中涼しい場所に保管されているため、一日何度も医者の助手は地下とこの部屋を行き来している。
病気や怪我には、清潔な環境が最もであるという遠方医学からの教えに従い設置された場所である。ただし、薬品は冷暗所に保存する事が適しているので、面倒でも部屋と薬品管理庫は離されていた。
「驚きました、まさか回復するとは」
「弟だ、あの程度では死なない」
トバエの腹部に穴が開いていた、トダシリアに治療を命じられた者達が、一斉に顔を引きつらせた数日前。
化け物でも見るかのような顔つきで、それでもトバエを囲み医師達が治療に専念している。回復力が、異常だった。誰しも、助からないと思っていた。
「会話は出来るのか?」
「先ほど、目が開きましたが言葉は発しておりません」
眠っているトバエを、冷めた瞳で一瞥するトダシリア。純白の寝具に包まれて、体中に包帯を巻きつけて眠っている。弱弱しい筈のトバエの姿だが、トダシリアにはそうは見えない。
「……アリアはどうした?」
突如上がった声に、その場の全員が硬直した。だがトダシリアは素早く順応し、その声の主を見つめる。
唇の端を意地悪く上げて、こちらを見ているトバエに軽く会釈をした。
「ご機嫌は如何かな、弟よ」
「質問にだけ、答えろ。アリアはどうしている」
おどけた様子で身体を揺らしながら、返答しないトダシリアと、鋭利な刃物を連想させる凍てつく瞳で睨んでいるトバエ。周囲に緊張が走った。
「お前を助けてくれと懇願されたのでね、こうしてトバエを救ったわけだ。先ほどまでオレの腕の中にいた、なかなか素直な身体じゃないか、抱き心地は気に入っているよ」
挑発的な台詞に、皆が息を飲む。だが、トバエは動じなかった。心内はともかく、表面には現れていない。
「お前の目的は何なんだ。オレが心底憎いのだろうが」
「目的? 言わなかったか、あの娘が欲しいだけだ」
言葉を被せる様にトダシリアは口を開く、眉一つ動かさず、トバエはそれを見つめていた。愉快そうに含み笑いを漏らしながら、小馬鹿にした様子のトダシリアである。
「まぁ、その娘を手に入れたのだから、お前に屈辱を味あわせることが出来た。一石二鳥とは、こういうことを言うのだろう。さて、アリアの願い通りにトバエをこうして死の淵から救った訳だが。目の前で抱いて見せようか、お前はどんな顔をするんだろう」
悪趣味である、軽く医者達が目を伏せた。けれども、トバエは顔色1つ変えないでいる。何処まで冷静を保てるのか、逆にトダシリアは興味が湧いてきた。そのトバエの態度は、ただトダシリアを刺激するだけでしかない。
「些かトバエの癖がまだ抜けないが、直にオレの好み通りに腰を動かすだろう」
「もう一度訊く、お前の目的はアリアなんだな?」
大きく肩で息を吐き、軽く額を押さえたトダシリアは、無表情の双子の弟から視線を外すとドアへと向かう。
「煩いな、何度も言わせるな。オレはアリアが欲しい」
消えていった双子の兄、その後ろ姿が見えなくなるとトバエは再び瞳を閉じる。動くには、まだ身体が追いつかないことは十分承知だった、こうして言葉を発するたびに身体の内が軋んで痛みを伴っていた。
「忘れるなよ、今の言葉を忘れるなよ」
そう、寝言の様に呟いたトバエは再び深い眠りにつく。周囲で医者達が不可解だとばかりに顔を顰めていた。
愛する妻を寝取られようとしているというのに、この男は何が言いたいのだろうと。
部屋に戻ると、アリアは起きていた。警戒心丸出しで、部屋の隅で立ち尽くしている。色取り取りのドレスを揃えたが、身に纏っているのはドレスではなく湯上り用のバスローブだ。それでもシルクの上等品ではあるが。
トダシリアの姿を見て、縮こまったアリアだが、悠々とソファに腰掛ぶっきらぼうに投げかけた言葉にアリアは反応する。
「トバエが目を醒ました、よかったなアリア」
「……ほ、本当に!? 会わせて、会わせて下さいっ」
慌てて駆けて来たアリアは、そっぽを向いているトダシリアの前に立つと深く腰を折る。震えている身体に深い溜息を吐き、トダシリアは舌打ちした。
「まだ本調子ではない、もとより、助ける約束はしたが会わせるとは言っていない。アリア、お前はオレの妻となった。諦めろ」
「助けていただいたことは、感謝します。ですが、私の夫はトバエであって、貴方ではありません。どうか、会わせて下さいっ」
「と、言っても、数日アリアはオレの上で腰を振っていたじゃないか」
言うなり、アリアの顔が青褪める。口元を押さえて悔しそうに身体を震わす様子に、トダシリアは性的興奮を覚えた。
喉の奥で笑うと、続ける。
「何なら、トバエの目の前で抱いてみようか? どんな反応をするだろうな」
鋭く悲鳴を上げたアリアは、頭を掻き毟りながら再び部屋の隅へと駆けて戻る。しゃがみ込んで、カタカタと歯を鳴らした。その瞳には、罪悪感と羞恥心が浮かび涙が溢れていた。
それは、事実だ。紛れもない事実だった。だから、苦しい。
夫であるトバエに、会いたい。だが、どのような顔をして会えば良いのか解らなくなってしまったのだ。
トバエは、この事実を知っているのだろうか? トダシリアに問うべきか迷ったが口を噤む。怖くて、訊くことができなかった。
そんな一喜一憂したアリアを、つまらなそうにトダシリアは軽く一瞥する。前髪をかき上げながら、テーブルに用意されていたマスカットに手を伸ばしていた。
「……食べないか、美味いぞ」
ぼそっと呟いたが、アリアは聴こえているのかいないのか、勿論近寄る事はない。
艶やかな黄緑色のマスカットは、アリアの髪が陽に当たると似たような色合いになる。宝石の様に瑞々しく光るそのマスカットを、一粒摘み上げてトダシリアは懐かしそうに眺めていた。
「あぁ、これは美味しいな」
独り言を、呟いた。
数日が経過した。勝手気ままにアリアを抱き、徐々に心を閉ざし始め口数少なくなったアリアを不服そうに見つめるトダシリア。やはり、トバエが生きている以上こちらに心は向かないのかと苛立つ。
女など、高価な金銀細工を与えれば、簡単に懐くものだと思っていた。だが、アリアはそれらに見向きもしない。
もともと、平凡な農家の出だ。煌びやかな宝石など、扱い方が分からないのだ。
だが、それ以外にトダシリアは女を向かせる手段を知らなかった。今まではこの権力と美貌で、全ての手中に収めてきた。考えた事すらない。
女は、優しくすれば歓ぶなどと、今のトダシリアには全く理解出来ない。
再びトバエが目を醒ましたとの知らせを受け、ベッドでいつものように静かに泣いているアリアを残してトダシリアはそちらへ向かった。
昨晩から、無理やりにアリアを抱いていた。処女ではなかったが余程トバエに丁重に扱われていたのだろう、朝まで抱かれ続けることには慣れておらず、すぐに悲鳴を上げる。トバエが如何に自分よりもアリアの快楽を優先し、抱いていたかが見てとれた。トダシリアは、自分の欲望の赴くままにアリアに突き入れるだけである。涙を零しながら時折苦しそうな悲鳴を上げるアリアも、それはそれで嗜虐心を煽られるので良いものだった。
その為、アリアは行為後はベッドに身を任せて眠っていた。うつ伏せになり顔を意図的に見られないようにしている、泣いていることもトダシリアは知っている。
何が、気に入らないのか。村に居た時のように農作業などしなくても良い、暖かな寝床と豪華な食事が用意されていてもアリアは哀しそうに瞳を伏せるだけである。快楽とて与えている、何が不満なのかトダシリアには理解出来ない。何故、こうもトバエに執着しているのか。
「食事を摂ろうとしません、このままでは」
「どいつもこいつも、小意地になりやがって」
到着した部屋で、ベッドに横たわっている双子の弟を覗き込み、息を飲む。痩せ衰えたトバエの姿を見て、哀れみすら覚えた。なんと、弱々しい生命だろう。今ならば誰でも剣の一振りで殺すことが出来るだろう。
「お前らしくないな、九死に一生を得たんだ、オレに復讐するつもりで死に物狂いで回復に徹すると思ったのに」
「……オレが生きている限り、アリアはオレの身を案じ、お前に身体を差し出すだろう。オレの命が尽きれば恐らくアリアは自害する」
「なるほど、それが狙いなのか? 恐ろしい男だな、折角助かった命を投げ打って妻を道連れにするつもりか」
確かに、トバエが死んだとなればアリアも命を絶ちそうだった。今ですら生きていることに疑問を感じているような様子である、存在理由はトバエであることなどトダシリアにも解っていた。
目の前には豪華な食事が用意されている、空腹ではあるだろうが、それを堪えて手をつけないトバエの精神は大したものだ。間違いなくこのままでは餓死するだろう。
舌打ちするとトダシリアは、再び部屋へと戻った。
自分に歯向かってくるトバエを痛めつけることは愉快だが、あぁも大人しく小さくなっていく姿は見ていて気分が悪い。
嫌いなはずだが、衰弱して欲しくなかった。
「アリア。トバエが食事を摂らない、普段は何を食べていた?」
泣いていたのか、大きな瞳を真っ赤にしていたアリアは、そう問われるなり慌てて涙を拭う。
「わ、私に食事を作らせて下さい! それくらいなら、いいでしょう!?」
相変わらず、トバエのことになると声に張りが出るアリア。瞳とて、光が灯る。普段は暗い闇色を浮かべているのに。
気に入らなかった、だが、トバエに絶食させるわけにはいかない。アリアの食事ならば間違いなく、口にするだろうと踏んだトダシリアは人を呼ぶと耳元で囁く。
数人の女官がやってきて、アリアを風呂に入れた。自分で出来るからと断ったが、仕事だからと無理やり身体を洗われる。そうしないと、部屋の外に出してもらえないのだと教えられ、大人しく渋々従う。
料理するので、窮屈なドレスではなく普通のワンピースに純白のエプロンに着替えさせてもらったアリアは、小走りに案内された調理場へと向かった。
肩を竦めながら、トダシリアも後を追う。調理場ではコック達が右往左往である、まさか国王がこのような場所に脚を踏み入れるとは思いも寄らなかった。皆、緊張した面持ちで作業している。
アリアに与えられたのは、調理場の一角だがそれで十分だった。
広大な調理場に面食らった、食材の豊富さにも溜息を吐いた。だが、自分らしく今まで通りに食材を選ぶ。
控え目に欲しいものを告げると、直様それらは用意された。
手際よく、野菜を切る。国王が奪ってきたという娘を一目見ようと、その場に居る者達はアリアに集中した。
美しい髪と、整った顔立ち、つつましくも手馴れた様子で料理する姿に、ほぅ、と溜息が出る。
出来上がったのは、焦がしネギのスープだ、ニンニクと牛乳で作られた栄養あるものである。よく、風邪の時にはアリアが作っていた。これならば、間違いなくトバエが解ってくれるだろうと想いを籠めて作ったのだった。
自分で運びたい、というアリアの願いは当然却下される。
鍋ごと運ばれ、哀しそうにそれを見送ったアリアは、促されて部屋へと戻った。手を胸の前で組み、トバエの無事を祈りながら歩く。
「トバエ、アリアからの贈り物だ」
暖かなスープをコックが丁重に注ぐ、ニンニクの香りが鼻につき、トバエは瞳を開いた。
腕を組み壁にもたれているトダシリアと、コックから差し出された一杯のスープ。
「……アリアのスープか」
苦笑し、飲まないわけにはいかないなと、進んでトバエは皿を手にした。口に入れると懐かしい味が広がる。
アリアの得意料理だ、何で作ってもスープは温かく胸に染み渡り、身体に活力と安堵を与える。
無言で鍋のスープを全て飲み干したトバエは、微かに口元に笑みを浮かべていた。
「絶食するんじゃなかったのか?」
「アリアがオレを想って作ってくれたものだ、食べなければ罪になる」
トバエが言うなり、唾を床に勢い良く吐き捨てると、トダシリアは険しい顔をしてその場を後にした。
久方ぶりの食事だ、それでも、胃はすんなりと受け付ける。小さく溜息を吐くトバエは、唇を噛締めた。
計画通りだった、ここまでは。
”トダシリアがアリアに死なれては困る”ならば、必ずこうなるだろうと。そうして、恐らくアリアは食事をこれからも作り続けるだろう。それを食べ続ける事によって、自分も体力回復に繋がる。
「アリア……」
愛する妻の名を、切なそうに呟いたトバエは、堅く瞳を閉じる。
トバエの予想通り、アリアは毎食、食事を作り続けた。もともと、日課である。暇さえあればトダシリアに抱かれていたのだが、食事を作っている間は当然解放されていた。トバエを想って料理できる時間が、アリアの心に潤いを与えてくれる。その時だけが、安らげた。
「おい、オレにも飲ませろよ」
「高貴なお方の口には合うと思えません」
アリアが料理する時は、欠かさずトダシリアも調理場に来ておりその様子を始終眺めている。
本日のスープは人参を柔らかく煮込んで裏ごしし、牛乳と混ぜ合わせた甘味のあるスープだった。
しれっと言ったアリアに、軽く顔を引き攣らせるトダシリアに、周囲は息を飲む。機嫌を損ねると、こちらに被害が及びそうだと周囲の者は数歩、下がる。
「オレもお前のスープが好きだったんだよ、いや、オレが最初に美味いって言ったんだ」
ぼそっと呟いたトダシリアの声など、アリアの耳には届かなかった。
丁寧に作られたそのスープの鍋が、アリアの手からコックへと手渡される。その際、コックの顔が恐怖に引き攣り、瞳が何かを訴えていることに気がついた。
気まずそうに、アリアが振り返るとトダシリアが不機嫌そうに足を踏み鳴らしている。
トダシリアの暴虐は、アリアとて知っている。スープを飲ませたくなどないのだが、飲ませないと自分だけではなくこの調理場の人々に迷惑がかかるのだろう。見れば、皆が祈るような目つきでアリアに懇願していた。
どうか、スープを飲ませてくれ、と。
ぐっと口を噤むと、アリアは静かに鍋をテーブルに置き、小さな器にそれを注ぐ。ゆっくりと歩み寄りながら、そっと器を両手でトダシリアに差し出した。
「不味いと思います」
『不味いと思いますっ、お口に合わなかったら、す、すぐに吐き出してくださいっ』
視線を合わせずに、狼狽しながら器を渡してきたあの”娘”が甦った。
「っ!」
弾かれたようにトダシリアはアリアの腕を掴むと、器を強引に奪い取り一気に飲み干した。口元から零れて、高級な衣装に垂れたが気にもせず。
甘い人参と、滑らかな舌触り、絶妙な塩加減。
「う、美味い……! もっと寄越せ!」
器から現れたトダシリアの顔が、無邪気に笑っていた。その笑顔にアリアだけでなく周囲も呆気にとられてしまう。
鍋から急いで器に盛る、自らそんなことをするなど、有り得ない事だった。上手く注げず、手に床に零れるが、豪快に再び飲み干した。
狂ったように美味い美味いと連呼しながら飲み続ける姿に、アリアは躊躇いがちに近寄ると鍋を覗き込む。
「トバエの分が、なくなってしまいます! そんなに飲まないでくださいっ」
「また作ればいいだろう! オレは飲むぞ」
「え、えぇ!?」
鍋は、数分と経たずに空になった。放心状態でそれを見ていたアリアだが、子供の様に口元を汚して無我夢中で飲み干したトダシリアを可愛いと思ってしまった。トバエの為に作ったスープである、怒りが込み上げて当然だ。
確かに、憎らしかった。だが、偽りないとしか思えない笑顔で美味いと言い、ここまで飲んでくれた姿に心が揺れる。
「アリアは、やはり料理が上手な。……トバエは以前からこれを食べてきたわけか、羨ましいもんだ」
急にしおらしく、伏し目がちにつぶやいたトダシリアに思わずアリアは声をかける。
「あ、あの、また作りますから。トバエの分は飲まないで下さい、美味しいと思ってくれたのなら、作りますから」
「そうか! じゃあ、早速何か作ってくれ。腹が減った」
『じゃあ、早速何か作れよ。オレ、腹が減ってるんだ』
眩しいくらいの、笑顔だった。笑顔と同時に何かが脳裏を掠める。
思わずアリアは足元から崩れそうになった、それをトダシリアが支える。
「大丈夫か?」
『大丈夫か? 気をつけろよ、辛い時は言えばいいんだ』
「は、はい。大丈夫です」
『は、はい。ありがとうございます』
声が、重なる。トダシリアに支えられ、その胸に抱きとめられていたアリアは困惑した。
胸の鼓動が速くなった、暖かな体温に身体の力が抜ける。唇を噛締める、瞳をきつく瞑り、掌を堅く握り締める。
それからというもの、トダシリアの食事もアリアが担当することになった。
トバエのようだった、調理中ずっと傍に居て見つめているトダシリアに戸惑いを感じながらも不愉快ではなかった。
そして、美味しいと言いながら食べてくれる姿に心が動かされている自分に気がついた。
気がつきながらも否定した、心が動いていることは以前から気付いていたが押し殺してきた。
夫のトバエを瀕死の状態に陥れ、罪もない街の人々を無残にも殺害し、自分の身体を奪った悪魔のような男。
けれども、時折見せる憂いを帯びた瞳や、無邪気な笑顔、安堵しきった様な微笑に、切なそうに自分の名を呼ぶ姿にアリアは胸が締め付けられる。
憎むべき相手である、それは十分承知だった。だが、心の片隅で何かが動く音がする。
そしてそんな自分に嫌気が差した。
だから、泣いていた。どうしてよいのか解らなくて、口を閉ざし塞ぎがちになっていた。
トバエの為に、料理をする。食べてくれていると報告を受け嬉しい半面で。
トダシリアの笑顔がみたくて、料理をしている自分もいることに気がついていた。
自分は、なんて愚かな女なのだろう。アリアは、そう思いつつも、「美味しい」と言ってくれるトダシリアに、癒され始めた。
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