別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。
いい加減整理したい。
※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。
絶対転載・保存等禁止です。
宜しくお願い致します。
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トビィお兄様無双。
本編も外伝もトビィお兄様無双。
よかったですね。
「……なんだろう、この言い知れぬ悪寒は」
別にモバゲの擬カレに派遣する計画が進行しているとか、そういうことではないですよ。
トビィお兄様無双ですが。
「……(鳥肌)」
本編も外伝もトビィお兄様無双。
よかったですね。
「……なんだろう、この言い知れぬ悪寒は」
別にモバゲの擬カレに派遣する計画が進行しているとか、そういうことではないですよ。
トビィお兄様無双ですが。
「……(鳥肌)」
「乾いた大地に芽生えた命 か弱き芽なれど強かに
芽は光の恩恵を 水の恩愛を 風の恩義を
火の……」
アリアの歌声で、トバエは目を醒ました。良い香りが鼻につく、空腹を覚える。小さく呻いて上半身を起こし、傍らにかけてあった衣服を羽織る。
「ごめんなさい、起こしちゃいました?」
「アリア、敬語だ」
「ぁ。……えっと、訂正っ。”ごめんね、起こしちゃった?”」
朝食の準備をしていたアリアは、振り返ると悪戯っぽく笑った。小さく吹き出すとトバエも笑う、近づいて髪を撫でながら口づける。
出会ってから、八年の月日が流れていた。
村に住み始めたトバエは、すんなりと打ち解けて村中の人々から愛された。元王子だとは、誰も知らない。敬うわけでもなく、普通の子供として皆が接した。そしてトバエとて王子であったことなど無論忘れて、太陽の陽射しが強かろうと、風が冷たく寒かろうと、水が凍って痛かろうと、不平を言うわけもなく懸命に村人と共に働いた。
畑を耕し、水を撒き、肥料を与えて、野菜を収穫することが日課だ。陽が昇らないうちから起きて、凍える手足を必死に温めながら一年中働く。
稀に狩りに出ると、ここぞとばかりに張り切って弓矢で獣を仕留めた。大人顔負けの腕前だった。
やってきた若く有望なトバエに皆が期待し、息子の様に皆が接した。
アリアと同じ年頃の子供らは多かったが、若者がほとんどいないこの村で、トバエの働きぶりは貴重である。腰を痛めた老人の代わりも自ら買って出た。素直に、育っていた。
やはり王子は誰とでも親しくなれる、心根優しい方だったとウィルとカルティアは瞳を潤ませる。
貧相な場所に見えたが、普通定期的に訪れる不作というものとは全く縁がなく、皆の一途な頑張りに大地が応える様に毎年豊作だった。トバエは知らなかったが、これにはウィルが驚いた。
「神のご加護がある村なのかもしれないな。膨れ上がったあの稲穂! 野菜もどれも大きくて甘い、狩りに出れば必ず獲物が手に入る……偶然とはいえ、恵まれた土地に来たものだ」
「村人達の素朴ながらも真っ直ぐな生き方に、神様が恩恵を与えてくださっているのでしょうねぇ」
ウィルとカルティアもこの土地に骨を埋めることを決意し、あたかも、産まれた時からこの村にいたかのような親しみと幸福に包まれた。
そんな2人の楽しみは、トバエとアリアだった。
成長するにつれて、2人の美貌は輝きを増す。泥だらけの手と顔だが、眩いばかりの美しさだった。
何より、仲睦まじく寄り添っている2人は絵になる。ウィル達が今まで見てきたどんな高貴な恋人達よりも、絵画よりも、2人は穏やかな愛情に満ち足りた表情を浮かべている。
神が遣わした、天使ではないかと思えるほどだった。
実際、アリアが崖際に立ち、早朝歌を歌っていた時に純白の羽根を見た、という者もいる。
無論、アリアには人間の両親がいるので別に天の使いなどではない。けれども人並み外れた美しさに加えて、街で歌えば大流行しそうな美声の持ち主でもあった。付け加えて、人一倍他人に気を使う娘だ。
一日中笑顔で、見ているだけで癒される。誰しもが惹かれ、可愛がった。
当然、トバエとアリアは誰の目から見ても恋仲だ。それが必然だった。
アリアが15歳になると同時に2人は婚約し、質素ではあったが村中で祝った。数ヵ月後満足そうに笑みを浮かべてウィルが突如他界し、追う様にカルティアもまたこの世を去った。
村でトバエも骨を埋める予定ではあったのだが、以前この村に立ち寄った吟遊詩人が街の話をアリアに聞かせ、それに興味を示した為に旅に出ることになった。
華やかな都会の生活に憧れたわけではない、アリアの興味を惹いたのは楽器だった。
カルティアが城で学んだ繊細な細工やダンスもアリアは習い、直様習得していたが、吟遊詩人が手にしていた竪琴に興味を示したのである。
村にある楽器と言えば、獣の皮をピンと張って作られた太鼓である。祝い事や祭りのときにそれを叩き鳴らしたが、吟遊詩人の織り成す竪琴と歌声の重奏にアリアは心酔した。
一つ、何か楽器が欲しいと口にしなかったアリアだが、トバエが察して旅に出たのである。
勿論、村に戻る予定だった。居心地よく、自分達を頼りにしている村人達の期待に応えたかった。
トバエの新しい家族であったウィル達は他界したが、村中が一つの家族のようなものだ。
アリアとて、村でたくさんの子供を産みトバエと寄り添って生きていくつもりだった。それ以外、思いつかなかった。
だが、子守唄にあの竪琴があればとアリアは思ったのだ。歌が好きだったアリアに、楽器を与えたかったトバエ。
2人は村を皆に見送られ旅立ち、手を取り合って楽器を探す。
村などに楽器は売っていない、都会に行き楽器屋を覗かねば手に入らないので2人は街を目指していた。
村から出たことがないアリアと、旅をしてきたとはいえ数年前の話だったトバエは地理が解らず、行く先々で出会う人を頼りに街を目指した。
時折美しく若いこの夫婦に目をつけ、襲う輩もいたのだがトバエの剣の前には誰も敵わない。
例え宿泊先の宿が悪徳商会で、アリアを売り飛ばそうと目論み寝込みを襲ったとしてもトバエは全て弾き返した。
2人は、目立つ。
長身で細身ながらも引き締まった筋肉と鋭い瞳のトバエは、隣にアリアを連れ立っていても娘らから黄色い声が飛んだ。無論、トバエは見向きもしないが。
小柄でまだ幼さが残る顔立ちながらも、華奢な手足に整った顔立ちと不思議な空気を纏っている完璧な人形のような顔立ちのアリアは、隣に完璧な夫であるトバエがいても男達から注目された。
何処にいても、目立ってしまった。
行く先々で、美しく傍から見て幸せそうな若い夫婦がいると噂された。
おまけにトバエは下卑た輩をねじ伏せているし、時折アリアが歌い出せば天使の歌声だと皆が聞き惚れ。
目立たないわけが無い、噂は広まってしまった。
明朝の公園でアリアが手を差し伸べれば、餌を与えているわけでもないのに純白の鳥達がそこに舞い降りる。
嫌味の無い、その夫婦の互いを思いやる仕草は恋に多感な少年少女の羨望そのものだ。
ようやく辿り着いたこの街で、ついにアリアは竪琴を作ってもらうことになった。
楽器屋はあったのだが、全て特注品とのこと。その持ち主の手にあったものを作るという頑固ながらも、完璧主義の楽器屋の主人はアリアの手の採寸をし、一から作るのだという。
ここに滞在し完成を待つことにしたので、借家を探し、最低限のものだけで2人は生活を始めていたのだ。
毎晩愛し合っている2人だが、幸か不幸か子供はまだ授かっていなかった。
「早く竪琴出来ないかな、村に帰って歌いたいの。やっぱり、あそこが一番好き! 崖に咲き誇るあの可憐な花たちに聴かせたいの」
「そうだな、オレも少々疲れた。都会は人々が忙しない、あの村は全てが穏やかだった。愛する故郷だ。アリアと出会えた場所だから、始まりも終わりもあそこで迎えたいよ」
「あらトバエ、もうこの世を去る気なの?」
膨れたアリアを宥める様に首を横に振ったトバエは、椅子に腰掛けて肩を竦める。
「去る気は全くない、早く帰りたいだけだ。……ところでアリア、朝食が冷める」
「あ、そうだね!」
ふふふ、と小さく笑うと古ぼけた鍋から、欠けた茶碗にスープを注ぐ。竪琴の費用が思った以上に高額だったので、不要になった食器などを飲食店から無料で戴いたのだ。非常にありがたい事なので、みすぼらしくとも丁重にアリアは扱う。
それでも、食事は非常に美味だった。遠い昔にトバエが城で口にしていた食事の何百倍も美味しかった。
それは大袈裟かもしれないが、アリアは料理の腕前も一級品だったのである。カルティアから習っていたこともあるのだが、素材の持ち味を上手く引き出してしまう。
今朝はキャベツとベーコンのスープとライ麦のパンだ、食べ物に感謝しながら二人は朝食にする。
2人は同じ飲食店で働いていた、常に一緒だった。二人の美しさを一目見ようと客が殺到したので、思わぬ誤算に支配人は嬉しい悲鳴を上げている。
飲食店を選択したのは、食器が貰える事もあったのだが安く食材が買えた事が一番の要因だ。
店に卸しに来ている業者から、アリアもその値段で買うことが出来たのである。やりくり上手である。
借家なので畑はないが、、窓辺でバジルとローズマリーはアリアが育て始めていた。
少しでも節約し、帰宅する際に村の皆に土産を買い込むつもりだったのである。
洒落た装飾品ではなく、寒い冬に皆が少しでも楽になるよう暖かな衣料を買い込もうとしていた。
都会には、村には無かった様々なものがある。生活に役立つものだけを、アリアは休みの日にトバエと歩きながら吟味している。
安っぽい衣服を身に纏いながら注目を浴びているアリアに、街の上流階級の娘らは鼻で笑ったがそれでも美しいのだから勝てるわけが無い。負け惜しみだった。
今日は仕事が休みの日なので、2人は朝食後街を散策する。買い物などはしないのだが、公園にいると歌を頼まれる。子供が多いのだが聴き終わると喜んで何曲もせがまれるため、アリアは足を運んでいた。
楽器屋に立ち寄り、様子を聞くと仕事に没頭しているので邪険に扱われたが、その顔は小難しいながらも口角が上がっている。楽器屋とてアリアの歌声の評判は知っていた。早く自分の作った竪琴とその歌声を合わせてみたいのだろう。寝る間を惜しんで作業している。
公園に着くと案の定待ち侘びていた子供達が、一斉にアリアに駆け寄ってきた。中には妊婦もおり、腹を擦りながら頭を下げる。
「あなたの歌声を聴くと、おなかの赤ちゃんも喜ぶのよ」
「わぁ! 嬉しいです」
アリアは、両手を広げて唇をそっと動かした。
「古の 光を
遠き遠き 懐かしき場所から
今 この場所へ
暖かな光を 分け与えたまえ
回帰せよ 命
柔らかで暖かな光は ここに
全身全霊をかけて、召喚するは膨大な光の破片
全ての人の子らに 全ての命あるものたちに
どうか恵みの光を 分け与えたまえ」
いつしか公園には人だかりが出来ている、麗しの歌姫だと風の噂は周辺に飛び交い、一目見ようと聞こうと集結してしまった。膨大な拍手が巻き起こる。
楽器など、不要みたいだな……トバエは軽く溜息を吐くと、小さく拍手しながら傍らで子供らに囲まれているアリアをまぶしそうに見つめていた。
「いやぁ、よかったよかった! 聴けてよかったよ、あれが噂の歌姫か。美しい娘じゃないか」
「すでに人妻だけどな、あの旦那さんなら誰しも納得だよなぁ。ま、俺らには高嶺の花だ」
押し合いになっているその公園を見下ろすことが出来る、高級な宿のバルコニーに男が立っている。
昼間から高級な酒を仰ぎながら、傍らでアリアについて語っている商人2人をちらりと見て、視線はアリアに。
鈍く光る漆黒のマントを深々と被っているその男、昼間にしては場違いだ。商人二人は見て見ぬ振りをしていた、苦労して上り詰めたなり上がりの商人2人はこの漆黒の男から滲み出ている異様な雰囲気に直感で脅えていた。
関わらないほうが身の為だと、警告を鳴らしているのは自分自身。
商人の目は、確かにその上等過ぎる漆黒の布地に興味の光を見せたのだがそれよりも命が大事だった。
この宿に宿泊している時点で、そこらの一般市民ではないことくらい誰にでも解る、だがこの男はただの金持ちではない。
「気になりますか」
商人の肩が揺れる、漆黒の男の隣に数人の男達が集まっている。いよいよ嫌な予感が押し迫ってきたので、どちらが言うでもなく2人はそそくさとバルコニーから逃げ出すように酒を手にしたまま引っ込んだ。
隣を通った瞬間、2人の身体中の毛穴から汗が吹き出る。本能が、告げたのだろう。
「……懐かしいな」
去った商人を横目で見ることなく、漆黒の男は小さく呟いた。嬉しそうに、悔しそうに、哀しそうに、愛おしそうに。
公園で歌い続けているアリアを、一心不乱に見つめていた。微動出せず、ただ、アリアだけを。
時折隣のトバエに視線が動く、その度に口元が揺れた。その度に、空気が震えた。
やがて、何曲も歌ったアリアは深々と一礼をするとトバエに手を引かれてその場を去る。
バラバラと人々も散り、公園は閑散とした。
漆黒の男は、ようやくゆっくりと踵を返しバルコニーから立ち去る。控えていた者が、深紅のワインと豪華な果物の盛り合わせを差し出してきたので、優雅にグラスを受け取る。
飲む為に邪魔だったのか、何気なくフードを外した漆黒の男。
途端その場にいた宿泊客の豪商の娘らが黄色い悲鳴を上げる、気付いて男は艶やかな視線を送った。再び、悲鳴が上がる。
珍しい紫銀の髪に、濃紫の瞳が現れた。星屑でも纏っているかのような髪は短髪で、前髪をかき上げ憂いを帯びて流し目を娘らに送れば腰が抜けたのか、その場で官能な溜息を吐く。
口角を持ち上げるが、その瞳は全く笑っていないその男。ワインを呑みながら、マスカットを一粒手にし口に放り込む。
頬を染めて座り込んでいる娘は、3人いた。どれも流行の衣装に化粧を施している、大差ない。
大幅で近寄り一粒のマスカットを、何事かと惚けて見上げた娘の口に押し込む。
「んっ……」
驚いて顔を歪める娘に、喉の奥で男は笑った。瞳は、冷たい光を放ったままだ。
瞳が吊り上がり気味だが、端正な顔立ちのその男は、何をしても様になる。
「よければ、部屋へ?」
男が三人を順に見て、そう漏らした。娘らは、思わず頷いた。
「トダシリア様、ご夕食に召し上がりたい食材はありますか?」
娘らに手を伸ばし、立ち上がらせている男の耳元で、控えていた者がそう囁いた。
やんわりと首を振って顎で娘らを指すと、男……トダシリアは唇を動かす。
「前菜はこの娘らにする」
「承知致しました」
男の名はトダシリア、絶大な権力と武力を持ち近年何度も隣接する国に戦争を起こしては勝利していた王だった。
ひたひたと歩くトダシリアに、全ての者が跪いていた。娘らだけが、浮きだった足取りで後に続く。部屋に入れば、自ら身に纏っていた流行のドレスを脱ぎ捨てた。
巨大なベッドに無造作に寝ているトダシリアに、蟻が菓子にたかるように一斉に群がる娘ら。
「……3人、か。先程非常に醜い男を見た、気が立ってるんだよね。精々頑張れよ、売女ら? 満足させられなかったら、仕置きだよ」
言いながら娘の乳房を荒々しく揉むトダシリアは、こんな状況でも興味なさそうに窓から外を見た。
「満足させられるわけが無いだろ、お前達ごときに。……満たしてくれそうな女、見つけたから、さ。まさかトバエが隣に居るとはなんともまぁ、数奇な運命だろうか。おぉ、神よ!」
トダシリアはアリアを思い浮かべる、何処か懐かしく、激情に駆られるあの笑顔。やたらと偽善ぶって見えた、あのアリアの皆に振りまく笑顔を思い出すと、娘の肌に爪を立てる。痛みで娘が悲鳴を上げたが止めることなく、突き刺すように爪を立てる。出血した、だが止めない。血の香りが部屋に漂い始めると、痛みと恐怖で脅え始めていた娘にそっと微笑みかけた。引き寄せて出血した箇所を、ゆるりと舌先で嘗め上げる。
それだけで娘は、恐怖から一転し快楽に堕ちた。
「……あの笑顔は、オレに向けられるべきものであって、あんな場所で振りまいて良いわけが無い。……以前に、どうしてトバエに手を引かれて歩いているのか、共に行動しているのか。
夫婦だと、冗談じゃないっ!」
吼えるように叫んだトダシリアは、一人の娘の首を絞める。身体を仰け反らせる娘だが誰も悲鳴を上げない、一人の娘は夢中でトダシリアの身体に舌を這わせているし、一人はトダシリアのもう片方の手で愛撫されて恍惚の表情を浮かべていた。
「夫婦、ねぇ……”お前らが”夫婦、ねぇ?」
翌日、街の河で死体が上がった。
全裸の女達が三人で、無残に腹を引き裂かれたり歯で食いちぎられたり、首を圧迫されたのか眼球が飛び出ていたりと悲惨な状態だった。
行方不明になっている豪商の娘らが3人、捜索願いが出されており父親が駆けつけ泣き崩れる。
あの宿で、トダシリアに誘われて部屋に入った娘らを、見ていた者達がいた。
だが、宿の関係者は豪商に首を横に振るばかりだった。
不審な者など、宿には入る事が出来ません、こちらの警備は強固です。
豪商が仕事で酒宴に出ている際に、娘らに何があったのか。
知らないのは、豪商のみ。あの時間に滞在していた宿泊客のほとんどが、真相を知っていた。
けれども、誰も真実を豪商に告げるわけが無い。
何故ならば狂気の殺人鬼は、あの無慈悲なラファシ国の王トダシリアなのだから。誰しも自分の身が可愛いものである。
「あぁ。あんな前菜じゃ駄目だ、全然足らない。欲している身体は、直ぐ傍に。……さぁ、どうやって調理しよう」
夥しい血が身体中に付着していた、用意された薔薇の花弁を浮かべた湯船で半裸の女たちに身体を洗われながらトダシリアは天井を見つめる。
「アリア、というみたいだね。なるほど、アリア、か。……思い出したよ、オレは。アリア、アリア。”アース”と間違えて呼ばないようにしないと、な?」
芽は光の恩恵を 水の恩愛を 風の恩義を
火の……」
アリアの歌声で、トバエは目を醒ました。良い香りが鼻につく、空腹を覚える。小さく呻いて上半身を起こし、傍らにかけてあった衣服を羽織る。
「ごめんなさい、起こしちゃいました?」
「アリア、敬語だ」
「ぁ。……えっと、訂正っ。”ごめんね、起こしちゃった?”」
朝食の準備をしていたアリアは、振り返ると悪戯っぽく笑った。小さく吹き出すとトバエも笑う、近づいて髪を撫でながら口づける。
出会ってから、八年の月日が流れていた。
村に住み始めたトバエは、すんなりと打ち解けて村中の人々から愛された。元王子だとは、誰も知らない。敬うわけでもなく、普通の子供として皆が接した。そしてトバエとて王子であったことなど無論忘れて、太陽の陽射しが強かろうと、風が冷たく寒かろうと、水が凍って痛かろうと、不平を言うわけもなく懸命に村人と共に働いた。
畑を耕し、水を撒き、肥料を与えて、野菜を収穫することが日課だ。陽が昇らないうちから起きて、凍える手足を必死に温めながら一年中働く。
稀に狩りに出ると、ここぞとばかりに張り切って弓矢で獣を仕留めた。大人顔負けの腕前だった。
やってきた若く有望なトバエに皆が期待し、息子の様に皆が接した。
アリアと同じ年頃の子供らは多かったが、若者がほとんどいないこの村で、トバエの働きぶりは貴重である。腰を痛めた老人の代わりも自ら買って出た。素直に、育っていた。
やはり王子は誰とでも親しくなれる、心根優しい方だったとウィルとカルティアは瞳を潤ませる。
貧相な場所に見えたが、普通定期的に訪れる不作というものとは全く縁がなく、皆の一途な頑張りに大地が応える様に毎年豊作だった。トバエは知らなかったが、これにはウィルが驚いた。
「神のご加護がある村なのかもしれないな。膨れ上がったあの稲穂! 野菜もどれも大きくて甘い、狩りに出れば必ず獲物が手に入る……偶然とはいえ、恵まれた土地に来たものだ」
「村人達の素朴ながらも真っ直ぐな生き方に、神様が恩恵を与えてくださっているのでしょうねぇ」
ウィルとカルティアもこの土地に骨を埋めることを決意し、あたかも、産まれた時からこの村にいたかのような親しみと幸福に包まれた。
そんな2人の楽しみは、トバエとアリアだった。
成長するにつれて、2人の美貌は輝きを増す。泥だらけの手と顔だが、眩いばかりの美しさだった。
何より、仲睦まじく寄り添っている2人は絵になる。ウィル達が今まで見てきたどんな高貴な恋人達よりも、絵画よりも、2人は穏やかな愛情に満ち足りた表情を浮かべている。
神が遣わした、天使ではないかと思えるほどだった。
実際、アリアが崖際に立ち、早朝歌を歌っていた時に純白の羽根を見た、という者もいる。
無論、アリアには人間の両親がいるので別に天の使いなどではない。けれども人並み外れた美しさに加えて、街で歌えば大流行しそうな美声の持ち主でもあった。付け加えて、人一倍他人に気を使う娘だ。
一日中笑顔で、見ているだけで癒される。誰しもが惹かれ、可愛がった。
当然、トバエとアリアは誰の目から見ても恋仲だ。それが必然だった。
アリアが15歳になると同時に2人は婚約し、質素ではあったが村中で祝った。数ヵ月後満足そうに笑みを浮かべてウィルが突如他界し、追う様にカルティアもまたこの世を去った。
村でトバエも骨を埋める予定ではあったのだが、以前この村に立ち寄った吟遊詩人が街の話をアリアに聞かせ、それに興味を示した為に旅に出ることになった。
華やかな都会の生活に憧れたわけではない、アリアの興味を惹いたのは楽器だった。
カルティアが城で学んだ繊細な細工やダンスもアリアは習い、直様習得していたが、吟遊詩人が手にしていた竪琴に興味を示したのである。
村にある楽器と言えば、獣の皮をピンと張って作られた太鼓である。祝い事や祭りのときにそれを叩き鳴らしたが、吟遊詩人の織り成す竪琴と歌声の重奏にアリアは心酔した。
一つ、何か楽器が欲しいと口にしなかったアリアだが、トバエが察して旅に出たのである。
勿論、村に戻る予定だった。居心地よく、自分達を頼りにしている村人達の期待に応えたかった。
トバエの新しい家族であったウィル達は他界したが、村中が一つの家族のようなものだ。
アリアとて、村でたくさんの子供を産みトバエと寄り添って生きていくつもりだった。それ以外、思いつかなかった。
だが、子守唄にあの竪琴があればとアリアは思ったのだ。歌が好きだったアリアに、楽器を与えたかったトバエ。
2人は村を皆に見送られ旅立ち、手を取り合って楽器を探す。
村などに楽器は売っていない、都会に行き楽器屋を覗かねば手に入らないので2人は街を目指していた。
村から出たことがないアリアと、旅をしてきたとはいえ数年前の話だったトバエは地理が解らず、行く先々で出会う人を頼りに街を目指した。
時折美しく若いこの夫婦に目をつけ、襲う輩もいたのだがトバエの剣の前には誰も敵わない。
例え宿泊先の宿が悪徳商会で、アリアを売り飛ばそうと目論み寝込みを襲ったとしてもトバエは全て弾き返した。
2人は、目立つ。
長身で細身ながらも引き締まった筋肉と鋭い瞳のトバエは、隣にアリアを連れ立っていても娘らから黄色い声が飛んだ。無論、トバエは見向きもしないが。
小柄でまだ幼さが残る顔立ちながらも、華奢な手足に整った顔立ちと不思議な空気を纏っている完璧な人形のような顔立ちのアリアは、隣に完璧な夫であるトバエがいても男達から注目された。
何処にいても、目立ってしまった。
行く先々で、美しく傍から見て幸せそうな若い夫婦がいると噂された。
おまけにトバエは下卑た輩をねじ伏せているし、時折アリアが歌い出せば天使の歌声だと皆が聞き惚れ。
目立たないわけが無い、噂は広まってしまった。
明朝の公園でアリアが手を差し伸べれば、餌を与えているわけでもないのに純白の鳥達がそこに舞い降りる。
嫌味の無い、その夫婦の互いを思いやる仕草は恋に多感な少年少女の羨望そのものだ。
ようやく辿り着いたこの街で、ついにアリアは竪琴を作ってもらうことになった。
楽器屋はあったのだが、全て特注品とのこと。その持ち主の手にあったものを作るという頑固ながらも、完璧主義の楽器屋の主人はアリアの手の採寸をし、一から作るのだという。
ここに滞在し完成を待つことにしたので、借家を探し、最低限のものだけで2人は生活を始めていたのだ。
毎晩愛し合っている2人だが、幸か不幸か子供はまだ授かっていなかった。
「早く竪琴出来ないかな、村に帰って歌いたいの。やっぱり、あそこが一番好き! 崖に咲き誇るあの可憐な花たちに聴かせたいの」
「そうだな、オレも少々疲れた。都会は人々が忙しない、あの村は全てが穏やかだった。愛する故郷だ。アリアと出会えた場所だから、始まりも終わりもあそこで迎えたいよ」
「あらトバエ、もうこの世を去る気なの?」
膨れたアリアを宥める様に首を横に振ったトバエは、椅子に腰掛けて肩を竦める。
「去る気は全くない、早く帰りたいだけだ。……ところでアリア、朝食が冷める」
「あ、そうだね!」
ふふふ、と小さく笑うと古ぼけた鍋から、欠けた茶碗にスープを注ぐ。竪琴の費用が思った以上に高額だったので、不要になった食器などを飲食店から無料で戴いたのだ。非常にありがたい事なので、みすぼらしくとも丁重にアリアは扱う。
それでも、食事は非常に美味だった。遠い昔にトバエが城で口にしていた食事の何百倍も美味しかった。
それは大袈裟かもしれないが、アリアは料理の腕前も一級品だったのである。カルティアから習っていたこともあるのだが、素材の持ち味を上手く引き出してしまう。
今朝はキャベツとベーコンのスープとライ麦のパンだ、食べ物に感謝しながら二人は朝食にする。
2人は同じ飲食店で働いていた、常に一緒だった。二人の美しさを一目見ようと客が殺到したので、思わぬ誤算に支配人は嬉しい悲鳴を上げている。
飲食店を選択したのは、食器が貰える事もあったのだが安く食材が買えた事が一番の要因だ。
店に卸しに来ている業者から、アリアもその値段で買うことが出来たのである。やりくり上手である。
借家なので畑はないが、、窓辺でバジルとローズマリーはアリアが育て始めていた。
少しでも節約し、帰宅する際に村の皆に土産を買い込むつもりだったのである。
洒落た装飾品ではなく、寒い冬に皆が少しでも楽になるよう暖かな衣料を買い込もうとしていた。
都会には、村には無かった様々なものがある。生活に役立つものだけを、アリアは休みの日にトバエと歩きながら吟味している。
安っぽい衣服を身に纏いながら注目を浴びているアリアに、街の上流階級の娘らは鼻で笑ったがそれでも美しいのだから勝てるわけが無い。負け惜しみだった。
今日は仕事が休みの日なので、2人は朝食後街を散策する。買い物などはしないのだが、公園にいると歌を頼まれる。子供が多いのだが聴き終わると喜んで何曲もせがまれるため、アリアは足を運んでいた。
楽器屋に立ち寄り、様子を聞くと仕事に没頭しているので邪険に扱われたが、その顔は小難しいながらも口角が上がっている。楽器屋とてアリアの歌声の評判は知っていた。早く自分の作った竪琴とその歌声を合わせてみたいのだろう。寝る間を惜しんで作業している。
公園に着くと案の定待ち侘びていた子供達が、一斉にアリアに駆け寄ってきた。中には妊婦もおり、腹を擦りながら頭を下げる。
「あなたの歌声を聴くと、おなかの赤ちゃんも喜ぶのよ」
「わぁ! 嬉しいです」
アリアは、両手を広げて唇をそっと動かした。
「古の 光を
遠き遠き 懐かしき場所から
今 この場所へ
暖かな光を 分け与えたまえ
回帰せよ 命
柔らかで暖かな光は ここに
全身全霊をかけて、召喚するは膨大な光の破片
全ての人の子らに 全ての命あるものたちに
どうか恵みの光を 分け与えたまえ」
いつしか公園には人だかりが出来ている、麗しの歌姫だと風の噂は周辺に飛び交い、一目見ようと聞こうと集結してしまった。膨大な拍手が巻き起こる。
楽器など、不要みたいだな……トバエは軽く溜息を吐くと、小さく拍手しながら傍らで子供らに囲まれているアリアをまぶしそうに見つめていた。
「いやぁ、よかったよかった! 聴けてよかったよ、あれが噂の歌姫か。美しい娘じゃないか」
「すでに人妻だけどな、あの旦那さんなら誰しも納得だよなぁ。ま、俺らには高嶺の花だ」
押し合いになっているその公園を見下ろすことが出来る、高級な宿のバルコニーに男が立っている。
昼間から高級な酒を仰ぎながら、傍らでアリアについて語っている商人2人をちらりと見て、視線はアリアに。
鈍く光る漆黒のマントを深々と被っているその男、昼間にしては場違いだ。商人二人は見て見ぬ振りをしていた、苦労して上り詰めたなり上がりの商人2人はこの漆黒の男から滲み出ている異様な雰囲気に直感で脅えていた。
関わらないほうが身の為だと、警告を鳴らしているのは自分自身。
商人の目は、確かにその上等過ぎる漆黒の布地に興味の光を見せたのだがそれよりも命が大事だった。
この宿に宿泊している時点で、そこらの一般市民ではないことくらい誰にでも解る、だがこの男はただの金持ちではない。
「気になりますか」
商人の肩が揺れる、漆黒の男の隣に数人の男達が集まっている。いよいよ嫌な予感が押し迫ってきたので、どちらが言うでもなく2人はそそくさとバルコニーから逃げ出すように酒を手にしたまま引っ込んだ。
隣を通った瞬間、2人の身体中の毛穴から汗が吹き出る。本能が、告げたのだろう。
「……懐かしいな」
去った商人を横目で見ることなく、漆黒の男は小さく呟いた。嬉しそうに、悔しそうに、哀しそうに、愛おしそうに。
公園で歌い続けているアリアを、一心不乱に見つめていた。微動出せず、ただ、アリアだけを。
時折隣のトバエに視線が動く、その度に口元が揺れた。その度に、空気が震えた。
やがて、何曲も歌ったアリアは深々と一礼をするとトバエに手を引かれてその場を去る。
バラバラと人々も散り、公園は閑散とした。
漆黒の男は、ようやくゆっくりと踵を返しバルコニーから立ち去る。控えていた者が、深紅のワインと豪華な果物の盛り合わせを差し出してきたので、優雅にグラスを受け取る。
飲む為に邪魔だったのか、何気なくフードを外した漆黒の男。
途端その場にいた宿泊客の豪商の娘らが黄色い悲鳴を上げる、気付いて男は艶やかな視線を送った。再び、悲鳴が上がる。
珍しい紫銀の髪に、濃紫の瞳が現れた。星屑でも纏っているかのような髪は短髪で、前髪をかき上げ憂いを帯びて流し目を娘らに送れば腰が抜けたのか、その場で官能な溜息を吐く。
口角を持ち上げるが、その瞳は全く笑っていないその男。ワインを呑みながら、マスカットを一粒手にし口に放り込む。
頬を染めて座り込んでいる娘は、3人いた。どれも流行の衣装に化粧を施している、大差ない。
大幅で近寄り一粒のマスカットを、何事かと惚けて見上げた娘の口に押し込む。
「んっ……」
驚いて顔を歪める娘に、喉の奥で男は笑った。瞳は、冷たい光を放ったままだ。
瞳が吊り上がり気味だが、端正な顔立ちのその男は、何をしても様になる。
「よければ、部屋へ?」
男が三人を順に見て、そう漏らした。娘らは、思わず頷いた。
「トダシリア様、ご夕食に召し上がりたい食材はありますか?」
娘らに手を伸ばし、立ち上がらせている男の耳元で、控えていた者がそう囁いた。
やんわりと首を振って顎で娘らを指すと、男……トダシリアは唇を動かす。
「前菜はこの娘らにする」
「承知致しました」
男の名はトダシリア、絶大な権力と武力を持ち近年何度も隣接する国に戦争を起こしては勝利していた王だった。
ひたひたと歩くトダシリアに、全ての者が跪いていた。娘らだけが、浮きだった足取りで後に続く。部屋に入れば、自ら身に纏っていた流行のドレスを脱ぎ捨てた。
巨大なベッドに無造作に寝ているトダシリアに、蟻が菓子にたかるように一斉に群がる娘ら。
「……3人、か。先程非常に醜い男を見た、気が立ってるんだよね。精々頑張れよ、売女ら? 満足させられなかったら、仕置きだよ」
言いながら娘の乳房を荒々しく揉むトダシリアは、こんな状況でも興味なさそうに窓から外を見た。
「満足させられるわけが無いだろ、お前達ごときに。……満たしてくれそうな女、見つけたから、さ。まさかトバエが隣に居るとはなんともまぁ、数奇な運命だろうか。おぉ、神よ!」
トダシリアはアリアを思い浮かべる、何処か懐かしく、激情に駆られるあの笑顔。やたらと偽善ぶって見えた、あのアリアの皆に振りまく笑顔を思い出すと、娘の肌に爪を立てる。痛みで娘が悲鳴を上げたが止めることなく、突き刺すように爪を立てる。出血した、だが止めない。血の香りが部屋に漂い始めると、痛みと恐怖で脅え始めていた娘にそっと微笑みかけた。引き寄せて出血した箇所を、ゆるりと舌先で嘗め上げる。
それだけで娘は、恐怖から一転し快楽に堕ちた。
「……あの笑顔は、オレに向けられるべきものであって、あんな場所で振りまいて良いわけが無い。……以前に、どうしてトバエに手を引かれて歩いているのか、共に行動しているのか。
夫婦だと、冗談じゃないっ!」
吼えるように叫んだトダシリアは、一人の娘の首を絞める。身体を仰け反らせる娘だが誰も悲鳴を上げない、一人の娘は夢中でトダシリアの身体に舌を這わせているし、一人はトダシリアのもう片方の手で愛撫されて恍惚の表情を浮かべていた。
「夫婦、ねぇ……”お前らが”夫婦、ねぇ?」
翌日、街の河で死体が上がった。
全裸の女達が三人で、無残に腹を引き裂かれたり歯で食いちぎられたり、首を圧迫されたのか眼球が飛び出ていたりと悲惨な状態だった。
行方不明になっている豪商の娘らが3人、捜索願いが出されており父親が駆けつけ泣き崩れる。
あの宿で、トダシリアに誘われて部屋に入った娘らを、見ていた者達がいた。
だが、宿の関係者は豪商に首を横に振るばかりだった。
不審な者など、宿には入る事が出来ません、こちらの警備は強固です。
豪商が仕事で酒宴に出ている際に、娘らに何があったのか。
知らないのは、豪商のみ。あの時間に滞在していた宿泊客のほとんどが、真相を知っていた。
けれども、誰も真実を豪商に告げるわけが無い。
何故ならば狂気の殺人鬼は、あの無慈悲なラファシ国の王トダシリアなのだから。誰しも自分の身が可愛いものである。
「あぁ。あんな前菜じゃ駄目だ、全然足らない。欲している身体は、直ぐ傍に。……さぁ、どうやって調理しよう」
夥しい血が身体中に付着していた、用意された薔薇の花弁を浮かべた湯船で半裸の女たちに身体を洗われながらトダシリアは天井を見つめる。
「アリア、というみたいだね。なるほど、アリア、か。……思い出したよ、オレは。アリア、アリア。”アース”と間違えて呼ばないようにしないと、な?」
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