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別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。 いい加減整理したい。 ※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。 絶対転載・保存等禁止です。 宜しくお願い致します。
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めも。

~109  トビィVSテンザ
       トビィ来る
~110  ロシファ死亡
~111  戦闘開始
~113  勇者達他到着
~120  第二章へ。

あと、11話。

『ある処に、美しい双子の兄弟がいました。王子として産まれたその双子は大変仲が悪く、離別することになってしまいました。
 兄は残り、残虐な暴君として国を支配します。類稀なるおぞましい魔力により、近隣を支配したのでした。
 弟は去り、名もなき小さな村で美しい娘と出会い、恋に落ちました。つつましくも幸せな暮らしを送ったのです。
 やがて数奇な運命に導かれて、双子は再会しました。弟の妻となっていたその美しい娘に心奪われた兄は、街を破壊し弟を瀕死の状態に追い込み、彼女を手に入れてしまいます。
 死するかと思われた弟は、愛しい妻の必死の懇願により寸でのところで一命を取り留めました。
 兄は、あらゆる手段を使ってその娘を手に入れようと奔放しました。国王である彼に、何も手に入らないものはありませんでした。
 けれども、その娘は弟の身を案じて毎日祷りを捧げます。口を開けば、弟の名を呼ぶ彼女に、兄はある種の憎悪を抱き始めていました。
 なんとかして、彼女の心を向かせたい……兄は躍起になりました。それでも、彼女の口から出る名前は弟ばかり。
 ある日、兄は彼女を冷たくあしらいます。酷く蔑み、散々もてあそんだ挙句に弟に突き返しました。
 捨てられた彼女は、弟の元へと戻るにも罪悪感が邪魔して戻ることが出来ません。それでも弟は彼女に手を差し伸べました。弟にとって、彼女の想いが誰に向いていても愛すべき対象です。
 彼女に心奪われ、周囲に目を向けなかった兄である王は、一度起こった民の反乱と地震によりその身を滅ぼす破目になりました。
 天災の前には、未知の能力を所持していた双子も為すすべなく、3人は息絶えたのでした。
 身勝手な国王への天罰だと、遠い土地の民は呟いたそうです。』

 他愛のない、恋愛小説だった。悲恋話だ。
 読み終えると、ホーチミンは顔を顰めて本を睨み付ける。何故、このようなものがあの棚にあったのだろう。
 確かに、小説に出てくる内容では、魔力を駆使している人物が描かれていた。巨大な氷柱を出現させる技量に、地中から火柱を上げ、浮遊しながら火炎を纏っていた力量。氷柱は専門外だが、確かに火炎に関しては相当な使い手である。
 もし、この小説が真実だった場合だが。
 浮遊し、火炎を投げつける程度ならばホーチミンとて出来るのだが、同時に何本もの火柱を上げさせることは不可能だ。魔力が追いつかない。
「まさか、これをアサギちゃんに教えろだなんて言わないわよね、この本」
 それこそ、取得できれば即大幅な攻撃力増加に繋がるだろうが、アサギのイメージではない。
 寧ろ、この小説において気になったのは、アリア、という娘だった。小説に挿絵などついておらず、髪の色も瞳の色もアサギとは違うのだが、妙に気になる。
 そして双子。その双子の弟の容姿を、ホーチミンは何処かで見たような気がした。
「あー、トビィちゃんね。髪の色とか瞳の色とか、同じなんだわ。美形で長身だし、剣にも優れてる。水の魔法を操る事は出来ていないけれど」
 苦笑いし、ホーチミンは本を元の場所に戻した。肩を竦める。
「アサギちゃん本人に選んで貰おうかしら、そのほうが手っ取り早いわよね、やっぱり」
 こぼすと、図書館を立ち去る。人間がこの図書館に立ち入ることが出来るかは、交渉次第だ。ハイにアレクの力添えもあれば、可能になるだろう。
 結局、収穫はサイゴンとキスをしたことだけになった。けれども、それがホーチミンにとって何よりの収穫になったが。今日もアサギは庭で訓練に励んでいることだろう、ホーチミンの足先はそちらに向かう。
 気にはなっていた、不可解な小説が。

 その頃庭ではサイゴンとアサギがトビィについて語っているところだった、まさかの状況に目を白黒させながら。
「……何やってるんだ、アイツ。最近姿を見ないと思ったら」
「まさか、トビィお兄様がドラゴンナイトでサイゴン様達とお友達だったなんて。奇妙な偶然ですね」
「えぇ、全く。でも、元気そうで安心しました。人間界よりも魔界のほうが肌に合うと言う様な奴だったので、帰宅が遅いと皆で心配していたんですよ。アサギ様が居たから、帰ってこなかったわけですね。……とすると、今こちらに向かっていたりするのかな」
「あの、トビィお兄様はドラゴンを連れていなかったのですが、どこかに待機しているものなのですか?」
「……へ? いや、そんな筈は」
 サイゴンは素っ頓狂な声を上げる、アサギの話が嘘としか思えなかったのだ。
「オフィーリアは水がないと活動が出来ないので、何処かで待機していたかもしれませんが。デズデモーナとクレシダは常にトビィの上空にいると思いますよ。トビィに従順です、互いに絆で結ばれているので」
「上空に、ですか? えと、いなかったと思うんです」
 思い返してみても、トビィがドラゴンの姿を隠していたようには思えない。もし近くに居たのならば、トビィが紹介してくれているだろう。
 腑に落ちないアサギだが、それはサイゴンとて同じだ。
 そうこうしていると、ハイとアレクが戻ってきた。一礼してサイゴンはアサギから剣を受け取ると、すぐさま離れる。
 剣の稽古は、終了の合図だった。アサギは多少残念そうに、軽くサイゴンに苦笑いする。
「ただいま、アサギ。何もされなかったかね?」
「おかえりなさい、ハイ様。サイゴン様とお話をしていました」
 さらり、とアサギは返答した。サイゴンは知らず安堵の溜息を吐く。剣を教えたことが”何かしたこと”に値するならば、サイゴンは極刑である。アサギと秘密を共有することも、極刑ものかもしれないが。
 サイゴンは深く一礼をすると、その場から抜ける。最早あの場に、自分の存在意義などない。極秘任務に戻り、スリザ襲撃の犯人を捜さねばならなかった。確かに、アサギの腕を見て居たかった心残りはある。
 先ほどまでアサギが手にしていた自分の剣を、片手で持ち上げ軽く手首を使ってまわす。自分の慣れ親しんだ剣だった、無論、特注品である。それを、アサギはいとも簡単に自分のように扱っていた。
 本来ならば、この剣は手中している人物に対して何らかの反抗的な態度を取る。トビィはサイゴンの弟のようなものだったので、短時間で気を許したようらだが、アサギに到っては何故だろう。
 人間の勇者、というだけでこの剣が従順になるとは思えない。
「なんだ、お前もアサギ様の美しさに囚われたのか?」
 冗談めかして、サイゴンはそう語りかけると喉の奥で笑い、鞘にしまう。
「あ、見つけた! サイゴーン!」
 前方からの声に、思わずサイゴンは尻込みする。ホーチミンだ、数時間前口付けした。
 思わず赤面すると、軽く片手を上げる。意識しているのはサイゴンだけなのか、ホーチミンは平素通りだった。
「よ、よぅ」
 挙動不審なサイゴンに、思い出したのかホーチミンも軽く頬を染めて俯く。2人してもじもじと、身体を左右に揺らした。気まずい沈黙だ、それでいて、甘酸っぱい。
 傍から見たら、微笑ましい様な。
「あ、あのね。あの後図書館に戻ったのだけど」
「あ、あぁそうか、あの後に戻ったのか」
「そ、そう、あの後に」
 あの後とは、もちろん口付けのことである。2人はさらに赤面して俯いた。
「あ、それでね」
「そ、それで? あの後に何か?」
「う、うんあの後に」
 会話が進まない。通り過ぎる魔族が、首を傾げて2人の隣を通過していく。
 サイゴンがホーチミンの顔を戸惑いがちに見ると、唇がどうしても目に入る。そして、赤面。
 ホーチミンとてそれは同じだった、直視できない。
「……ら、埒があかない! サイゴン、図書館へ来て!」
「お、おぅ」
 ホーチミンは強引にサイゴンの腕を取ると、再び来た道を戻った。アサギの様子を見たかったが仕方がない、先ほどの小説がどうにも腑に落ちないのだ。
「アサギちゃんは?」
「さっきまで剣の稽古をしていた、今はアレク様とハイ様と一緒だ。俺はそこで離れた。そうそう、聞いて驚くなよ? アサギ様、トビィと知り合いだったんだ。魔界へ来るまでトビィと行動していたらしい。奇怪な偶然だよな、おかげで安否の確認が出来たけど」
「……知り合い、なの?」
 ホーチミンの足が、止まる。顔が強張っているが、サイゴンからはその表情を見ることが出来ない。
「驚きだろ? ”トビィお兄様”って呼んでた。いいなぁ、お兄様って響き。俺もあんな可愛い子にそう呼ばれてみたいなぁ」
 瞳を細めて天井を見つめ、笑みを浮かべるサイゴン。だがホーチミンは鋭い悲鳴を上げて再び、駆け出す。
 急に強い力で引き摺られ、サイゴンは転倒しそうになった。
「な、なんだよ」
「いいから、来て! 見せたいものがあるのよっ!」
「図書館に? 俺は魔法の事なんて解らないぞ?」
「魔法じゃないのよ、小説なのよっ!」
 ホーチミンの顔に焦りが浮かぶ。先程の小説が脳裏に甦っていた。
『落ち着いて、アリア。昔の様にオレの名を呼んでごらん、大丈夫だ、オレは何処にも行かないから』
『……トバエお兄様』
 偶然にしては出来すぎていないだろうか、アサギを彷彿とさせる少女は、トビィに似ている男を”お兄様”と呼んでいた。アサギがトビィと知り合いでお兄様と呼ぶなどと、そんな偶然あるのだろうか。
 怒涛の勢いで図書館に入り込んだホーチミン、怪訝な顔をしている管理人を突き飛ばし、先程の棚へと急ぐ。
「魔法を探していたんじゃないのか? なんだよ、小説って」
「小説なんてあるわけない棚に、タイトルがない小説があったのよ! そこに書かれている人物がアサギちゃんとトビィちゃんにそっくりなの! ・・・そのアサギちゃんに似た女の子も、”お兄様”って呼んでた。違う箇所があるとすれば、その子の髪と瞳の色だけね。緑だったわ、アサギちゃんは漆黒だけど」
「緑?」
 突き進んだホーチミンは、先程まで佇んでいた棚に手を伸ばした。だが、唖然とその手を止める。
「な、い」
 掠れた声が、周囲に響いた。自分が棚に戻したはずの、あの不気味な小説がないのだ。
 奇妙な事に、棚はきちんと書物が仕舞われており、隙間すらない。
「ない!? そんな馬鹿な、私はちゃんとここにっ」
 追いかけてきた図書の管理人の胸倉を振り向きざまに掴んだホーチミンは、怒鳴りたてる。嫌な汗が、全身から吹き出した。
「ちょっと、あの小説何処に片付けたのよっ」
「落ち着いてください、貴方の後にこの棚を訪れた者は1人もおりません。本当です、貴方で最後なので本が移動している筈は」
 ホーチミンの動きが止まった。混乱気味のサイゴンは狼狽し、ただ見守るしかない。
「じゃ、じゃあ、ここにないとなると……私が見たあの本はなんだったの、よ……」
 小さく、零す。
 夢でも見たのでしょう、と管理人は囁くと脱力感で呆然と突っ立っているホーチミンの肩を叩いた。
 ありがた迷惑だとばかりに、大袈裟に溜息を吐くと「そもそも、小説などこの棚にあるわけがありません」と言い放つ。管理人は、絶対の自信を持っていた。
 けれども、確かにホーチミンは先程この場所で小説を読んだのだ。あの、不可解な小説を。
 サイゴンに引き摺られて、うなだれたままホーチミンは図書館を後にする。
 放心状態のホーチミンをとりあえず食堂に連れて行き、ドリンクを飲ませることにした。
 白昼堂々と、幻覚を見たのか。震え、青褪めているホーチミンを見ているとサイゴンとて胸騒ぎがする。
 食堂で紅茶を口にした2人だが、訴えるような瞳でホーチミンが鋭く見つめてきたので直様飲み干し場所を移動した。すでに、ホーチミンには正気の光が戻ってきている。
 切り替えが、早かった。いや、早く戻られねば取り返しのつかないことになる気がした。
 まるで人目を避けるように2人は黙々と歩き、選んだ場所はアサギの部屋の前である。
 ノックをするが、返答はない。まだ庭にいるのだろう。
 ホーチミンは壁にもたれかかると、ぽつり、と話し始めた。
 あるわけもない場所に存在した、奇妙な小説の話を。
 アサギとトビィに似た2人がその小説に登場したこと、名前とて、似ていたこと。
 違った点は、アサギの髪と瞳の色であること。
 静かに聴いていたサイゴンは、瞳を伏せた。サイゴンとて、胸騒ぎがしていた点があるからだ。
 その小説では、アサギに似た少女の髪と瞳の色が”緑”であった点である。
 次に魔界を統治するという予言の娘は、”緑”だ。一致する。
「アサギ様の髪と瞳の色が緑であったならば……全ては」
 爪を噛みながら、思案しているホーチミンを横目で見るとサイゴンは口を噤んだ。
 スリザの件も含め、やはりホーチミンに全てを話すしかなさそうだった。幼馴染の、友人。女性のような容姿の、男。
「私、怖いわ。何か、途轍もなく強大な何かに引き摺られているみたい……」
「落ち着こう、ホーチミン。大丈夫だ、皆で、解き明かそう」
 腕に爪を立て、震えを止めようとしていたホーチミンの身体を、そっとサイゴンは抱き締めていた。
 驚愕し、瞳を丸くしてサイゴンを見上げるホーチミンだが、そこには照れも何もない真っ直ぐな瞳があった。
「大丈夫だ、大丈夫だよ」
 大きな胸だった、以前こうして抱き締められたのは随分と昔だった。まだ、幼い頃だった。
 あの頃、幼馴染の友達として育っていた少年の2人は、恋愛感情など持ち合わせることなく、親友としてこうして包容を交わしたものだ。
 それが、ホーチミンが恋心を抱いた事により、消えてしまう。
 女になりたいと願った幼馴染に、素直に順応できるほど、サイゴンは柔軟な脳をしていなかった。
 久し振りの、懐かしい香りと温かみを間近に触れたホーチミンは、安堵で瞳を閉じる。
「ミン、大事な話がある。覚悟を、決めてくれ」
 魔界に忍び寄っている渦中に、ホーチミンを巻き込みたくなかったサイゴン。幼馴染の親友であったならば、直様強力を申し出ていただろう。だが、サイゴンの中でホーチミンは幼馴染の親友ではなかった。
 腕の中で、小さくホーチミンは頷いていた。 
「トビィは、恐らくこちらに向かっている。あいつが戻れば何より心強い、アサギ様とて安心するだろう」

 勿論、サイゴンの言う通りトビィは魔界へと向かっている。相棒である3体のドラゴンと共に、全速力で。
 トビィは、ようやくこれまでの経緯を相棒たちに話していた。
 自分の忘れたい敗北と、その後の出来事を。
「まさか、主があのような下卑た輩にやられるとは」
「言うな、オレもまだ未熟だということだ。マドリードの髪で一気に頭に血が上った、冷静な判断が出来なかった」
 不貞腐れたようなトビィの声に、微かにデズデモーナは苦笑する。
「それにしても、そこで救出してくれた”アサギ”という少女。不思議なものだと」
 そのアサギを魔界に救出に行くとトビィが言い出したときは、ドラゴン達は呆気に取られた。
 魔王に攫われた勇者アサギを救出するということは、魔王と一戦を交えるという事である。
 恐怖に駆られたわけではないのだが、そこまでそのアサギに入れ込んでいるトビィに驚いたのだ。
 確かに命を救ってもらった恩はあるのだろうが、それだけではない感情のほうが大きい。
 アサギを語るトビィの声色が、優しく丸く、ドラゴン達はそこに注目した。
 どんな、少女なのだろうか、と。ドラゴン達は、人間の少女など知らない。見た事すらなかった。興味を持った。
「オフィは、仲間達に会いに行くと良い。まだあの近海にいるだろうか。アサギを救出したら、合流しよう」
「そうだね、僕は陸地に上がって一緒に戦えないしね。久し振りにみんなに会いたい」
 水竜であるオフィーリアは、多少残念そうに、それでも嬉しそうにそう答える。幼いので、まだまだ仲間達が恋しい事はトビィとて感じていた。
「デズとクレシダは強行突破だ、相手は腐っても魔王だ。油断するな」
「まさか、魔王と一戦を交える破目になるとは思いも寄りませんでしたゆえ」
 クレシダが淡々と呟く、感情が全く読み取れない声色だ。デズデモーナは苦笑し、何も言わなかった。
 魔王が怖いわけではない、魔王など、ドラゴン達には関係のない輩に過ぎなかった。
 昼と夜を何度も迎え、たまの休憩を繰り返し進むトビィ達。魔界イヴァンまであと少しとなった時だった。
 前方から異質な存在がやって来ていることを、察知したトビィ。無論、クレシダもデズデモーナも顔を上げて瞳を細める。オフィーリアだけが、若干その存在を掴み取ることに遅れを取った。
「何か、来ますね」
「無視だ、時間が惜しい」
「無視出来る相手であれば良いですが。御意」
 水中に潜っていたオフィーリアが浮上してきた、ようやく気配を察知したのだ。顔を覗かせているが、戦闘態勢に入っていないトビィ達を見ると、微かに潜って再び全力で泳ぎ出す。
 トビィの正面から来ていたのは、テンザだ。テンザもまさかのドラゴンとそこに跨っている男に、気付く。
 人間である、テンザの嫌悪する人間が目の前にいた。
 テンザとて、無視しようと思った。人間は目障りだが、今はあの勇者の仲間達を血祭りにあげた方が鬱憤が晴れそうだったからだ。無駄な時間は惜しいと思った、しかし。
 テンザとトビィ、2人が空中で擦れ違う。互いに、目を合わせることはなかった。興味の対象外だった。
 擦れ違い、10メートル程離れたところでテンザが突如反転すると背後から漆黒の炎を口から吐き出した。
「無視しようにも、出来ませんでしたな」
「面倒だ」
 心底迷惑そうにトビィは呟くと、背の剣を抜く。
 海から上がった水柱は、オフィーリアが吐き出したものだった。その漆黒の火炎からトビィを護る為である。
 デズデモーナは旋回すると、吼えて威嚇する。トビィを乗せているクレシダは、トビィの指示を待っていた。
「時間が惜しい、潰す」
「御意に」
 直様クレシダが宙返りをし、テンザに突進した。漆黒の炎は、すでに消えている。だが、次いで魔法の詠唱に入っていた。印を結び、トビィに放った魔法は衝撃波だ。
 空気が揺れ、耳の鼓膜が震える。が、寸でのところでクレシダがそれを下降して避けた。速度ならばクレシダは非常に優れている。オフィーリアが何度も水柱を上げた、デズデモーナがそれを掻い潜って噛み付こうとテンザへ突進する。
 無視すればよかったのだが、やはり人間と擦れ違った瞬間に、身の毛がよだった。早く人間の血を見ないことには、気が治まらなかった。虫唾が走ったので、気がついたら身体が勝手に動いていたのだ。
 しかし、喧嘩を売る相手を間違えた。
 テンザとて、非力な悪魔ではない。2星にいた頃には、人間などものの数分で消し去ってきた。だが、ドラゴン3体を相手にした経験などない。そのドラゴン達とて、有能である。
 トビィの手にしている剣は長剣ではあるが、やはり空中戦であるとリーチが無謀だ。クレシダとデズデモーナの右胴体に、空中戦用の槍が装備されている。唯一無二の剣・ブリュンヒルデには当然劣る代物だ。魔界で市販されているありふれた槍である。確かに、一般の魔族では手に出来ないような高価な代物ではあるのだが。
 右手で、剣を。左手で槍を構えながら、手綱を操る。
 小声でクレシダに囁いたトビィ、小さく吼えたクレシダはそれに応じた。
 デズデモーナとオフィーリアからの攻撃を避けながら、トビィを狙っていたテンザだが上昇してきたクレシダの速度に瞳が追いつかなかった。
 舌打ちし、衝撃波を再び打つべく見上げた瞬間、目に入ったものはクレシダの巨体が急降下し、直様水平に飛行する姿だ。追いかけるようにして衝撃波を放ったテンザだが、トビィはその背に乗っていない。
 トビィを乗せていないクレシダは、優雅に見えるほど、楽にその衝撃波から逃れる。トビィは、テンザの頭上でクレシダから飛び降りていたのだ。
 背にトビィの姿がないことに気がついたテンザが、焦燥感に駆られて周囲を見渡した時には、直滑降で槍をトビィが突き出していた。
 紙一重でそれを避けるテンザ、勝機が見えた。人間は空中に浮遊できない、落下するのみである。
「たわけめっ」
 笑い声を上げたテンザの身体が、急激に落下した。右脚に重力がかかっていた。
 見れば、脚に絡みつく鎖。トビィが放ち、ぶら下がっていたのだ。
 片脚で、トビィ1人分を支える。高度を保とうとそちらに意識をやれば、魔法の発動に遅れが出る。旋回してきたクレシダとデズデモーナが、テンザを襲う。そちらに気を取られれば、当然トビィへの攻撃など出来ない。
 トビィは、振り子の様に身体を揺らし、左腕一本で自分の身体を支えていた。槍には、鎖が仕込んである代物なのだ。大きく揺らしながら、機会を待つ。
 相棒達を、信頼していた。
 振り子の様に揺れるトビィと、上手く身動きが取れないテンザ。空中で、トビィは鎖から手を離した。真正面に、テンザの背中である。上から突き刺すように、剣を振り下ろした。
 軽くなった自分の脚と、直後背に襲った鋭い痛みにテンザは絶叫する。深々と、トビィの剣が右肩に突き刺さり、そのまま落下するトビィと共に剣は沈む。文字通り、身体を引き裂くように。
 テンザの身体も、激痛で魔力が保てずに共に落下した。が、痛みで暴れ剣を抜こうともがく。
「別に恨みはないが、時間が惜しいんだ」
 無感情でそう呟いたトビィの瞳と、視線が交差した。冷たい海の底を連想させるような、トビィの瞳。とても、人間とは思えなかった。自分が今まで見てきた人間とは、質が違うと直感した。
 強引に剣を抜いたトビィ、テンザの血液が宙に舞う。
 デズデモーナが、トビィの真横に来ていた。身体を垂直にすれば、浮いた手綱が浮く。剣を背の鞘に仕舞ったトビィが両手で手綱を掴むと、デズデモーナの身体は垂直になり、何事もなかったかのように飛行する。
 寄り添うようにクレシダも舞い、オフィーリアは終了した戦闘に再び水中に潜っていく。
 痛みを堪えながら、まさかの屈辱に、未だに脚に絡み付いていたトビィの槍を夢中ではがすテンザ。
 だが、肩からの切り口は深く抉られている。放心状態で、テンザは水面に落下した。
 人間に、敗北したテンザは自尊心が八つ裂きにされた。
 自分の失態に、怒りが込み上げる。同時に、人間への憎悪も肥大する。
 けれども、海に沈んだ。
 金髪が、海中に漂う。放っておけば、息絶えるだろう。
 その身体が、引き上げられなければ、それまでだった。
 身体が海面から上がるまでには時間を要したが、テンザとて高貴な悪魔だ。生命力は、強い。
 テンザを救出した1隻の船は、海面に漂う。ガーゴイルが数匹で、その小船を引いた。
 死ぬか、生きるか。自分の無力に敗北し、そのまま息絶えるのか。それとも、それを糧にして甦るのか。
 悪魔は、憎悪を糧とする。
 小船は、近場の島に辿り着いた。簡易な治療を施したのは、エーアである。人間に助けられたとなれば、最大の屈辱だろう。だからエーアは治療をそこそこに、その場を後にした。
 あとはテンザの気力次第だ、死ねば、駒にすら値しない者である。ここで助ける価値はない。
 テンザの姿を捕らえ、瀕死の状態であるとミラボーはエーアに告げていた。救出に向かうように指示を出したのだ。
 人間のエーアでは、そこまで行き着くのに時間がかかる。先にガーゴイル達に救出させ、遅れてエーアがやってきたのだった。
 近場の島は、無人島だ。島と言っても、狭い。生活など出来ない、岩が転がっているだけの島だった。
 だが、エーアはそこに手を加えた。簡易な祭壇を造った、原始的な。それこそ、邪教を崇拝するように拾ってきた動物の頭蓋骨に蝋燭、大麻に火をつけ霊石で魔方陣を描く。
 やがて、目が覚めたテンザは自分の置かれた”造られた”状況をこう受け取るだろう。 
 『悪魔崇拝している誰かが、助けてくれたのだろう』と。
 そうして、小船で華奢な女がこの島へやってくる。漆黒の衣服に鴉の羽を纏い、小動物の骨で作った装飾品、杖の先端には幼児の頭蓋骨。
「おぉ、おぉ! 私の祷りが通じましたのね、偉大なる悪魔様!」
 そうして、息を吹き返したテンザとエーアは出会った。
 歓喜に打ち震え、泣きながら足元に平伏す人間のエーアを見て、テンザは。
 彼女を殺すことはなかった、寧ろ、トビィよって傷つけられた自尊心を回復してもらえたのである。
 自分は、まだ、高貴なままだと。
 全ての破滅を望むという、その女の髪が、ハイと同じ漆黒だったことも手伝いテンザはエーアに気を許した。
 自分を敬い、崇めてくれるこの目の前の人間に、心地良い気分を抱く。
 その人間の女は、艶かしく美しい妖艶だった。
 自らの身体を捧げ、悪魔の好むような欲望に貪欲な女である。堕ちた女は好物だった。
 2人はそこで、何度も繋がった。美しい悪魔と繋がった歓びと快楽に溺れる女を見て、テンザは薄く微笑む。
 もとは神官だったという話を聴き、更にハイと重ねたテンザは。
 エーアに何の疑問も抱かなかった。エーアの演技にまんまと騙されたのだ。
 ミラボーによって意識が捕らえられているエーアにとって、容易い事だった。テンザに心酔している振りなど、朝飯前である。身体を差し出すことも、なんの抵抗はない。
「私の、悪魔様……。愛しい愛しい悪魔様」
 豊満な身体を駆使し、淫乱なエーアにすっかりテンザは夢中になった。妙な動きを見せれば、直様首を刎ねるつもりだったが、エーアはそんな素振りすら見せない。
 消えたハイの面影を重ねる、エーアに重ねる。
 全ては、ミラボーの策略である。悪魔テンザは、ミラボーに屈したのだ。
「ふぇふぇふぇっ! 流石はエーア、見込んだ通りの女よ。やはり、人間も無下にはできぬ、人間なりの使い方があるというもの。拾っておいて、よかったわぃ。さぁて、愉しい駒が手に入ったのぉ。誰に刺客として送りつけようかのぉ! 選り取り見取りで愉しいのぉっ」
 水晶球で、エーアとテンザの様子をミラボーが愉快そうに窺っていた。
 魔界の片隅、ミラボーに与えられた室内でひしゃがれた声が響き渡る。呼応するかのように、テンザの足先に口付けながら、エーアも微笑していた。


 



 
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