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別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。 いい加減整理したい。 ※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。 絶対転載・保存等禁止です。 宜しくお願い致します。
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よっこらせっ。





 カーテンがないので、太陽の日差しが痛いくらいに眩しい。容赦なく降り注がれた光に、顔を顰めて目を醒ます。
 ……朝など来なければよかったのに。
 アサギが腕の中から離れていく時間だ。小さく欠伸をして、ぐっすり眠っているアサギの頬に口付けたトビィは、再び布団に埋もれた。
 寝坊したと言い訳して、起こさないでおこうかとも思ったが、良心が痛む。
「アサギ。起きなさい、アサギ」
 トビィの声も、普段より掠れていて浅い眠りの中だ。しかし、身体を揺さぶってどうにかアサギを起こした。
 寝ぼけていたアサギだったが、学校を思い出し蒼褪めると一目散に地球へ還る。
「トビィお兄様、またです!」
「いってらっしゃい、無理するな」
 見送ろうと思ったが、アサギに止められたのでベッドの上で手を振る。ドアが閉まると、急に眠気が復活してトビィは布団に倒れ込む。
 すぐに眠ったトビィと、全力で地球へ戻ったアサギ。
 ギリリリリ、と壁が削れる音がする。
 
「あんの小汚い泥棒ゴブリン!」
 
 トビィの部屋を盗み見ていたミシアは、まるで一夜を共にしたかのように堂々と出て来たアサギに、憎悪の光を灯す。
 このままでは館一つ崩壊させてしまいそうなほど、気が乱れていた。耐えきれず、ミシアは館を飛び出して、街を飛び出して、鬼のような形相で森へ飛び込む。言葉にならぬ奇声を発しながら、地面を転げまわった。
 欠伸をしながら授業を受けていたアサギは、教室のカレンダーを盗み見る。次の木曜日が光って見えた。その日は、トランシスに逢える日だ。
 しかし、平日の為学校がある。夕方からしか会えないのが辛い。
 残り数日耐え抜こうと、眠たいのを我慢して頬をつねる。授業に打ち込んだ。
 学校が終われば、例の村へ行く。トビィと連れ立って出向き”アサギの偽物”が現れた事を知った。村人に心配をかけたくなかったので、真実は飲み込む。愛想笑いで話を受け流し、早々に村を後にした。
 周辺の散策を約束し、地球に帰ったアサギは宿題を終えて眠る。
 翌日に届いたアリナの提案に困惑しつつも、断れず同意して木曜日を迎える。
 アリナの提案。それは、トランシスを紹介して欲しい、というものだった。
 時間も少ないので二人で過ごしたかったのだが、こうなっては仕方がない。
 急いでトランシスのもとへ向かったアサギは、事の成り行きを話し、唇を尖らせている目の前の恋人に頭を下げる。
「あーぅ」
「まぁ……人付き合いも大事だからね。いいよ、行こうか」
 トランシスも二人きりで居たかったのだ、頭をかきながら、不貞腐れる。
 気落ちしたアサギに気づき肩を竦めると、顎を掴んで上を向かせて口付けた。
 アサギの頬が、桃色に染まる。
「二人で居られないなら、今のうちに口付けをたくさんしておこう」
 耳元で艶っぽく囁くと、硬直したアサギを抱き締めて何度も軽く口付ける。
「っふ……」
 
 どう顔を傾ければ良いのか、どこで息継ぎすれば苦しくないのか。
 なんとなく慣れて来た気はしたが、頭の芯がぼうっとして意識を手放しそうになる感覚だけはそのままだった。
 
「アサギ……」
 きつく抱き締めて、切なく名を呼ぶ。
 このままこうしているだけで良いのに、ご丁寧に歓迎会があるというので行くしかない。まさか、直前で断るわけにもいかない。
 足取り重く進んだ二人を、アリナ達が出迎えてくれる。ほぼ全員が揃っていたので、アサギは面食らった。勇者達も勢ぞろいしているし、リュウまでいる。
 宴会会場に変貌していた広間では、二人が来る前にすでに酒が入っていた。
「いらっしゃーい、アサギの恋人トランシスゥ! ようこそー」
 ワインボトルを二本振り回してアリナがやって来る。
 トランシスは、度胆を抜かれた。
 畏まった席は面倒だが、砕けすぎていても居辛い。
 愛想笑いを浮かべて、案内されるがままに席につく。思いっきり上座だ、目立つ。
 好奇の目を向けられ、視線が痛かったトランシスは自然と俯いた。
 大勢の前に曝されるのは、好きではない。
 はらはらとアサギはトランシスを見守り、なるべく接触を避けようとしたが主役なので無理だ。なんとか食事を勧めて、体調が思わしくないと言いくるめて早々に席を外れようと試みる。
 勇者が持ってきた地球の機器で、映画の上映が始まる。どうにか間が保てそうだったので、それを何気なく見つめる。
 確かに、トランシスの顔色がよくない。
 皆は、最後に自己紹介をした。
「アリナでーす、よろしく!」
「マダーニよ、よろしくね」
「リュウだぐー、スタインでもいいぐー」
「み、みの、みの、みの、みの、みの。みの、み」
「あー、こいつはミノル。俺はトモハル。アサギの友達だよ、よろしく」
 一度に名前を言われても、覚えられない。目が回りそうなトランシスは、いよいよ気分が悪くなった。アサギに支えられて、部屋に向かう。
 胃がきりきりと痛む。
 慣れない場に緊張したこともあったし、無理に食べ物を詰め込んだせいでもあった。けれども、身体中に突き刺さる視線の中に、気に食わないものがあったことが、余計拍車をかけていた。
 甲斐甲斐しく世話をするアサギは、水を差し出す。静かな部屋で、二人はようやく一息ついた。
 アサギの部屋は、まだベッドしかない。味気ないが、今はそれで十分だった。
「いやー……すごい人数だね。覚えられない」
「ご、ごめんね。まさかほぼ全員揃うだなんて思わなくて」
 下の階からは、まだ騒ぎ声が聞こえてくる。主役がいなくなっても、酒が入っているので当分終わらないのだろう。
 この隙に、アサギはトランシスに入浴を促した。
 皆の居る広間を通らないと浴室には行けないが、目立たないように壁を伝って逃げるように浴室へ行き、知らないトランシスに軽く説明をする。
 出たら部屋で待つように告げて、二人はそこで別れた。
 一足先に浴室から出たトランシスは、言われた通りに先程の部屋へ向かう。
 これだけの喧騒だ、気づかれないと思ったのだが甘かった。
「あーら、ご機嫌いかが?」
 マダーニに背後から抱きつかれて悲鳴を上げる。
「うわっ」
 酒臭い息が顔にかかり、トランシスは眉を寄せた。
「お話していきましょーよ、キミのコト、知りたいわ」
「そうだそうだー、あのアサギを射止めた人物がどんなんか、ひじょーに興味あるね!」
 アリナが仁王立ちで立ち塞がる。こめかみを引くつかせて、トランシスは乾いた笑い声を出した。
「見れば分かるだろうけど、アサギは可愛い。そりゃぁもう、可愛い。みんな大好き! だから忠告、アサギを泣かせるとこの場の全員が敵になる」
 ワインボトルを豪快に呑み干し、甲高い声で笑いながらアリナは高らかに告げた。芝居なのか、本気なのか。
 本気だ、とトランシスは解釈した。
「こら、アリナ。怖がらせちゃ駄目よ。さぁさ、トランシスちゃん。一杯いかが?」
 自分のグラスを差し出したマダーニは、艶めいて微笑む。ぎこちなく断ったところで、無理やり押し付けられた。仕方なく受け取ろうとした瞬間、グラスが消える。
「あら、トビィちゃん」
 トビィが、グラスを取り上げていた。一気に飲み干し空にすると、唖然としているトランシスに顎で「行け」と指図する。
 態度は気に食わなかったが、助けてくれたのかと、形程度の礼をしてトランシスは部屋へ逃げ帰った。
 不平を言うマダーニとアリナに、トビィは舌打ちして睨みを利かせる。酔っていても、鳥肌が立つほど冷たい視線だった。
「酔われるとな、面倒になる」
 どうにか部屋に戻ったトランシスは、大きく息をするとベッドに倒れ込んだ。
 非常に疲れた。目を閉じて、重苦しい溜息を吐く。
 ……アサギと二人がいい。二人きりがいい。他の誰もいらない。干渉されたくない。
 
 うとうとしていると、部屋のドアが静かに開いてアサギが戻ってきた。
 半開きの瞳に映るアサギに、一気に目が覚めた。
 目の前で、無邪気に微笑んでいる。
 おっそろしく、それが凶悪なものに見えた。
「疲れちゃったよね、おやすみなさい」
「あ、うん、お、おや、すみ?」
 淡いオレンジ色に、水色のドットのネグリジェを着ているアサギは、そう告げると小さく欠伸をしてベッドに上がる。踝まであるそれは、少し大きそうに見える。肩から多少ずれ落ちている衣服に、トランシスは喉を鳴らした。覗く鎖骨が扇情的だ、痕をつけたい衝動に駆られる。
 慌ててベッドから起き上がったトランシスは、直立してアサギを見下ろす。
 
「窓際が好きですか?」
「えー、いや、別に……」
「なら、私こっちにします」
「あぁ、うん、そうだ、ね?」
 ころん、とアサギは窓際に転がった。シングルベッドだが、小柄な彼女が寝転んでいるとひどく大きく見えてしまう。
 トランシスは、面食らってその場に立っていた。身動きなど、出来る訳が無い。
 脳内を整理してみる、家に連れてきてもらって皆で食事をした。皆、というのはアサギの仲間である。人数が多く憶えるのが一苦労で、数人しか名前と顔が一致していない。
 テレビ、というものを皆で観賞した。内容は以前流行した恋愛ものの映画だった、アサギは涙しながら見ていたが、トランシスは微かに感動しつつも別に泣きはしない。
 やがて、浴室へ案内された。
 皆で共同に使えるという、広い浴室だ。浴室というよりも、ほぼ銭湯である。銭湯自体を知らないトランシスにとっては非常に興味深い場所だったのだが、手渡された寝間着を着込んでアサギの部屋に戻ればこの様である。
 根でも生えたかのようにつっ立っているトランシスに、アサギは首を傾げる。
「あ。喉、渇きましたか? お水、あります」
 ベッドから這い出して、とん、と床に足をつくとテーブルから持ち上げたコップを差し出した。
 コップの水は、半分ほど減っている。アサギが飲んだのだろう。
「あ、それとも、パジャマ……寒いですか?」
「い、いや、寒くはないけれど」
 用意されていた寝間着は、ゆったりとしている長袖で、一般的な男性用だ。地球の日本の標準Mサイズである。合わないわけはない。
 差し出された水を飲み干すが、喉の渇きが倍増した気がする。
「もっと、飲みますか?」
 小首傾げて見上げたアサギの大きな瞳に、思わず顔を赤らめるとトランシスは無言で頷く。
「持ってきますね!」
 微笑んでコップを受け取ったアサギは、軽やかな足取りでドアから出て行った。
 沈黙。
 トランシスは一人、その場で低く唸るしかない。
「ちょっと……待て」
 頭を抱える。この状況だと、この部屋のこのシングルベッドで眠りにつかねばならないようだ。
 確かに付き合い始めたのは間違いないが、最速、このような状況に陥ってしまって良いものだろうか。
 自然なことなのだが、あまりにも上手く行き過ぎていないだろうか。
 アサギは五つ、年下である。
 
「え、オレ誘われてるの?」
 我慢してきたが、無意味だったのだろうか。男を寝所へ引っ張り込むなど、どうかしている。
 痺れを切らしたアサギの周到な計画なのだろうか、とトランシスは口元を緩ませる。
 ならば、美味しくいただいてしまっても良いだろう。
 トランシスは、歓喜の悲鳴を上げるべきなのか苦悩の溜息を吐くべきなのか、心底悩んだ。重大な事だった。
 ……まだ早すぎる!
 ……いや、彼女は淫乱だから。
 ……いやいや、しっかり心を縫い留めておかないと失敗する。
 ……でも向こうが望んでる。
 ……過去の失敗を思い出せ、ダメだ、まだ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。
 脳内で、大勢の自分が討論を開始した。アサギと身体を重ねるべきか、否か。
 そこへ、ノックの音が聞こえてきた。随分と叩いていたのだろうか、叩くというよりも殴っている気がする。
 ドアが壊れそうだ。
 気づくのに時間がかかったトランシスは、驚いて大きく身体を震わし、そっとドアを開く。
「…………」
「あ、えーっと」
 ドアの前に立っていた相手に、顔が引き攣る。最も忌むべき、なるべく顔を会わせたくない相手だ。
 仏頂面の相手に、乾いた笑い声を出した。 
「トビィ、さん。アサギなら水を取りに……」
 名前と顔は言うまでもなく一致している。
 今日紹介されたわけではない、以前不本意だが一緒に出掛けた。始終睨みつけてくるので、視線が痛い。対抗する様にトランシスも睨み返していた、周囲も諦めたような愛想笑いを浮かべていた。
 そういう人物なのだろう、アサギに好意を寄せる相手には容赦ないようだ。
 ……自分の彼女でもないくせに! 恋人はオレだっつーの!
 ドラゴンナイトとかいう仰々しい肩書きを持つ、凄腕の人物で兄のようなものだとアサギには教えられたのだが。
 言葉を発することなく、冷ややかな視線で見下ろしてくるトビィ。
 互いに威嚇し合うと、トビィが口角を上げてトランシスが下げた。
 身長は若干トビィのほうが上だ。
 見下ろす形になったトビィは優越感に包まれ、トランシスは言わずもがなその逆である。
 前回は罵り合いが先走って、こうして観察する機会はなかった。
 同姓のトランシスから見て、気に食わないがやたらと整った顔立ちをしているトビィに屈辱を覚える。女性的というわけではなく、絵に描いたような美丈夫だ。トビィは黒のタンクトップを着ていた為、腕の筋肉が露わになっている。引き締まっているそれから、自分よりも確実に強いだろうということは容易に想像出来た。
 アサギが絶対的に信頼している人物だ。容姿がお世辞でも褒められないものだったらここまで嫉妬しなくてもよかったかもしれない。
 自分も仲良くせねば、とは思うが生憎無理な話である。
「おい、お前」
 ようやく、トビィが口を開いた。
「あ、はい」
 その声が、地獄の底から発する亡者の声にすら聞こえてトランシスは瞬時に身を硬くする。不機嫌というレベルではない、明らかな殺意が篭められている。
「アサギに手を出したら殺すから」
「はぃ?」
 そう告げたトビィに、素っ頓狂な声を漏らしたトランシス。妙な沈黙が漂う。トビィは、真面目だ。本気で言っていた。
 そこへタイミングが良いのか悪いのか、アサギが戻ってくる。
「トビィお兄様! おやすみなさい」
「あぁ、おやすみアサギ。良い夢を。何か”怖いこと”があったらオレを呼べよ? 隣の部屋にいるから」
 アサギが来た途端、甘く艶やかな声に豹変したトビィは、表情とて温和だ。駆け寄ってきたアサギの髪をそっと撫で、見せ付けているのか優しく抱き締める。これみよがしに、隣りの部屋のドアに視線を流した。
 思わず、トランシスが奥歯を噛む。
 その台詞は『トランシスに何かされそうになったら助けを呼べ』ということだろう。目の前で自分の恋人を容易く抱き締め、必要以上に身体を密着させているトビィに、腹の奥で何かが蠢く。ギリリ、と奥歯が砕けそうなほど鳴った。
「トランシスがいるから、怖いことなんてないですよ」
 アサギの無邪気な返答に、思わず言葉を詰まらせたトビィと、反面ガッツポーズを取りたくなったトランシス。
 勢いづいて鼻で笑い、無理やりトビィを剥がしてアサギを奪い返したトランシスはようやくその身体を抱き締めた。トビィの移り香を消す様に、必要以上に密着する。
「はい、ご安心ください。アサギの”義兄の”トビィさん。言われなくてもオレがばっちり護ります。オレ、アサギの”恋人”なんで」
 トビィの表情が強張る、一瞬にして立場が逆転した。
 きょとん、としているアサギの上で、火花を散らす二人の男。
 恋人と、義兄。
「うっわー。楽しそうなことになってきたわねっ」
「ボクも混ざりた~いっ! アサギの取り合い、ぅおーぅおー!」
 興味本位で階段を上がってきたマダーニとアリナが、愉快そうに成り行きを見守っている。
 トビィが瞳を細めて威嚇する、トランシスも鼻を膨らまして対抗する。
 それは終わらない時間に思えたが、状況を理解していないアサギが「では、おやすみなさいトビィお兄様」と告げるだけで終了だ。
 勝ち誇ったトランシスの笑みを残し、二人はドアの奥へと消えて行く。
 トビィの脳裏には、舌を出して嘲り笑う胸糞悪い男の表情が浮かんだままだ。
「ちょぉっとぉ、大丈夫なの。トビィちゃん?」
 そろそろと忍び足で近づきつつも、含み笑いをしているマダーニを軽く睨みつけると、トビィはバキバキと指を鳴らす。
 流石にマダーニも緊張を走らせた、殺気がこちらに向けられたかと思ったのだ。
 しかし、腸が煮えくり返っていても仲間に暴力は振るわない。掠れた声でトビィは忌々しそうに呟く。
 
「まぁ。……アサギのハンパない色香にほだされて良かれと手を出すか、或いは」
 マダーニがアリナと顔を見合わせる。
「手を出して嫌われでもしたら、と葛藤に悩まされ一睡も出来ずに朝を迎えるか。……後者と見た。あのヘタレにそこまでの度胸はないだろう。万が一、何かあればオレが斬る。事後などという文字はない」
 本当にトビィは斬り捨てるだろう。それは、二人も承知している。
 例え室内が血の海に沈もうとも。
 外でそんな物騒な話をしていたが、二人の世界なので気にも留めず。
 アサギは水をピッチャーで持ってきた。が、何倍飲んでもトランシスの渇きは満たされない。先程トビィに見せた威勢は何処へやら、すっかり萎縮している。
 狼狽し、右往左往しているトランシス。
 ……誘ってるんだよな、美味しく頂いてイイってことだよな?
 ちらり、と横目でアサギを見ると、にこやかに微笑んでいる。純真無垢な笑顔にしか見えなくて、困惑する。
「たくさん、喉が渇いていたんですね」
「ん」
 乾いていた、というか現状が乾かずにはいられない。
 アサギが小さく欠伸をする、眠いのは解っていたので、慌てたトランシスは残っていた水を飲み干した。
「ね、眠いよね。ごめんね」
 頭を優しく撫でれば、アサギは小さく頷く。こてん、とトランシスに寄りかかる。
 驚いて身体を大きく跳ね上がらせたトランシスだが、本当に冗談抜きでアサギは眠いのだ。
 トランシスは知らないのだが、アサギがこうして異性と眠ることには不快感も緊張もない。
 魔界に居た頃は魔王ハイや魔王リュウと三人でベッドに転がっていた、トビィとも何度か眠りについている。安心できる人物ならば、性別など関係がないのだ。
 それはつまり、異性に思われていないだけなのだろうが。
 トランシスはぎこちなくアサギを寝かせると、緊張しながら大きく深呼吸をしつつ、隣に潜り込む。アサギの体温で、心臓が跳ね上がる。
「おやすみ、なさ、い」
 きゅ。
 思わず、トランシスの唇から裏返った声が出そうになった。
 アサギが腕に絡みついてきたからだ、狭いシングルベッドでは身体も密着するだろう。
 ふにゃん。
 腕にしがみ付いてきたアサギは、無論下着などつけておらず、柔らかな胸が腕にあたる。
「ちょ、ちょっと水飲みすぎたからっ」
 即座にトランシスはベッドを飛び出し、ドアを勢い良く開いてトイレへと向かう。
 唖然とアサギはそれを見ていたが、慌てて薬を用意し始める。勘違いしている。アレだけ水を飲み干せば、くだって当然だろうと思った。実際は水当たりではない。
 トイレからぐったりとした様子で出てきたトランシスは、手を洗いつつ深い溜息を吐く。非常に疲労感があるが、妙に肌は艶やかだ。
 そこへ。
「まぁ、精々朝まで頑張れよ。それが辛いならここで斬り捨てるが、どちらを選ぶ?」
 トビィが腕を組んで愉快そうに微笑んでいた。瞳は、全く笑みを浮かべていないが。
「義兄の嫉妬は見苦しいですよ、トビィ”お兄様”」
 力なく、相手するのも面倒だとばかりに反抗したトランシスに、舌打ちしたトビィは腕を組むことを止めた。
 冷めた瞳でトランシスを睨みつける。
 この視線を知っている、明らかに自分に憎悪を抱き、警戒している。相容れない二人の間に亀裂が走る。
「アサギは。トビィさんがどう想われても、オレの恋人なんで」
「オレは貴様なぞ認めていない」
「だからー、トビィさんが認めていなくても、アサギが決めたことなんで」
「……直に、泣き言を言うさ。居れば居るだけ、自身の無力を恥じて嘆く。惨めだぞ? 貴様では無理だ、アサギの隣に立つ為の技量が足りない」
「トビィさんならあるとでも? 相変わらず酷く自信家ですね」
「誰が見ても貴様よりは遥かに上だろ、容姿も力量も。……アサギは勇者の要だ、今のお前の実力では足元にも及ばない。今後もアサギは戦火に巻き込まれるだろう、その時貴様は役に立てるのか? 足を引っ張るだけにしか思えないがな。普通の男ならばそこで尻込みする、彼女より弱く護って貰う立場に自己嫌悪する。オレなら耐えられないが、な」
 言うだけ言うと、トビィはそのまま踵を返した。唖然、とそれを見つめるが、負け犬の遠吠えだとトランシスは微かに喉の奥で笑うと部屋に戻る。
 今はトビィなど構っていられない、アサギだ。
 部屋では案の定アサギが薬を手にして待っていた。腹がくだっているわけではないのだが、貰っておくしかない。
「大丈夫ですか?」
「うん、平気だよ。それはともかくとして……まだたまに敬語になるねぇ。そんなものはいらない」
 トビィに対して、アサギは敬語で話している。同じ立ち位置にいたくない。
 トランシスはアサギを抱き締めると、耳元でそう優しく告げた。
 途端、アサギは驚いて赤面すると小さく身動ぎする。唇を噛締め、何かに耐えるように。
 トランシスは再び耳元で告げた。熱っぽく、息を吹きかけて。
「敬語は、なし。頑張って」
「は、い」
 消え入りそうなアサギの声に、トランシスは確信していた。耳が弱いらしく、どうも敏感になっているのだ。思わず、加虐心が芽生える。
「はいじゃなくて、うん、とかさ……。解った、とか。言ってごらん?」
 再び、耳元で囁く。感度を確かめる為に、唇で微妙に触れてみる。
「ひゃっ、わかっつ、たっ」
 これは拙いなと直感した。半端ない嬌声である、最初の声だけで脳を刺激された。
 追い打ちをかけるように、表情がすでに艶かしい。瞳は涙が浮かび、若干息が乱れているアサギ。
 ゾワゾワと、背中を何かが這い登る。もっと、もっと、耳元で囁こうか。そうしたら、目の前の小さな彼女はどうなるだろう。
 額にじんわりと汗が浮かぶ、トランシスはアサギを力強く抱き締めると、暫しそのまま自分を落ち着かせるように、言い聞かせるように体温を感じていた。
 今は、駄目だ。
 もう少し、待ってからにしよう。
 信用を無くしたくないし、何よりトビィに斬られそうだ。
 地の果てまでも追って来て、人知れず消されてしまう。口だけではなく、トビィに敵わない事を重々トランシスは承知していた。
 ならば、方法はただ一つ。
 アサギが自分から強請れば良いだけ。
 そうなるように、事を運べば良いのである。
 自分は、無実だ。
 アサギから『抱いて』と頼まれたから、抱いた。その事実が欲しい。
 求めたのは、トランシスではなく、アサギ。
 そう思いつくと、小さく笑った。
 抱き締めながら、焦点の合わない瞳で、震えているアサギを力強く抱き締めた。
 ……上手くやらないと。”まだ”このアサギは誰の手にも汚されていないから。自分が、最初の。そして最後の男にならねばならない。
 何処か遠くで、声が聴こえた。
 ……失敗は、許されない。今度こそ、全てを終わらせて君を手にいれる。
 何をしても、自分に従順なアサギに育てよう。非はアサギ自身にあると思わせてしまおう。心も身体も縛って、何処へも行かないようにしよう。
「あぁそうだ、最初が肝心なんだ」
「え?」
 無造作に呟いたトランシスに、アサギは困惑気味に見上げる。
 清々しいまでの笑みを浮かべていたので、若干アサギは警戒した。普段のトランシスとは違う気がした。
「寝ようか、アサギ」
 その、笑顔が。
 妙に造られた笑顔な気がして、アサギは微かに躊躇う。
 けれども綺麗な瞳は、どことなく強引で力強く、真っ直ぐだ。
 惹き付けられて、頷いてしまう。
 有無を言わせぬ、眼力の前には抵抗など無意味。
「おやすみ、なさい」
 頷いたアサギの額にトランシスは口づける。チュ、と音を立てるとアサギは驚いて身体を離そうとしたが、動かない。頑丈に、トランシスに抱きとめられていた。
 赤面し、俯くアサギの頬に口づけを続ける。
 口づけるたびに、ビクリとアサギの身体が引き攣るので面白くなってきた。
「ホントに、全く。アサギは……」
 声を、発するのを耐えているのだろう。全身が敏感なのだ。。
 これは調教のし甲斐があると、愉しそうに舌なめずりする。
 自由に出来るその日まで辛抱すれば良いのだと、トランシスはきつく言い聞かせた。
 ゆっくりとベッドに運び、優しく下ろす。
 両手を組み、不安そうに見上げているアサギに覆い被さろうとしたが、自分に止められた。
 ……我慢だ、我慢だ、まだ、耐えろ。
 先程トイレで自慰をしたにも関わらず、再び下半身が暴走しそうになる。 
「おやすみ……アサギ」
 布団を被ると、アサギを抱き締める。耳元でねっとりと囁けば、やはりアサギの身体が震えた。
 残虐な行為が、脳裏を掠める。
 こんな性格ではなかったはずだが、アサギ自身が、男を本能でそうさせているとしか思えない。
「良い夢を、アサギ」
 君が欲しい、君が欲しい。
 今度こそ手に入れる、今度こそ手に入れる。
 縛り付けて地下の牢屋に入れて、誰の目にも触れないところに。
 何処へも行かないように、自分しか見ないように。
 君が欲しい君が欲しい君が欲しい君が欲しい。
 キィィィ、カトン……。
 一睡も出来ないトランシスの耳に、何かが聴こえた。 
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