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別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。 いい加減整理したい。 ※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。 絶対転載・保存等禁止です。 宜しくお願い致します。
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とぉ。



 屈辱に顔を歪めているトランシスに、トビィは鼻で嗤う。正直、もう少しまともにやり合えるものだと思い込んでいた。だがどうだ、素人同然だ。
 ただ火を操ることが出来るだけらしい、これではアサギを護ることなど出来ない。
 
「よかったな、剣の稽古ではなくて。剣だったらお前数分前に死んでいた」
 余計なお世話だ、と言いたげにトランシスは唇を震わせる。しかし、身体中が圧迫されていて声が出せない。
 
「これなら稽古途中に不慮の事故で死んだ、にしても不思議じゃないな。弱すぎて。力加減を誤った、とでもアサギには言っておこう」
 トビィが足に力を籠める、跳ね返そうと両腕に力を籠めるトランシスだが全く身体が浮かない。大岩でも乗せられたのではないか、と思いたくなるほどに身動きが取れない。
 早くこの状況から抜け出さねば。
 流石に人目につくこの場所で殺されることはないだろう、と甘んじていたがやりかねないと焦り始めた。
 何より、無様なこの姿をアサギに見られたくはない。せめて、対等に戦っている姿を見せたい。
 敗北を認めるのは構わない、そんな姿を見てアサギが落胆することもないと自信もある。
 
「ぅあっ!」
 トランシスの唇からくぐもった悲鳴が漏れた。ミシッと背骨が軋む。トビィが更に力を籠めたようだ、このままでは折れると直感し、嫌な汗が全身を覆う。
 悔しさで涙が滲んできたが、夢ではなく現実だ。そんな自分を最も見られたくない相手はアサギではなくトビィであり、トランシスは歯を食いしばる。
 胸が荒く波打つ、心臓の音が地面を伝って耳に響いてくる。
 激痛に耐えながら、トランシスは右手に集中した。炎なら出せるかもしれない、目くらましにはなるだろうと打算した。
 しかし、気配に気づいたトビィはもう片方の足を軽やかに上げると右手首を踏みつける。その口元が、酷く冷酷に歪む。
 トランシスの指が痙攣し、指先から徐々に青白くなっていく。
 
「ぐっ」
 炎を出そうと懸命にもがくが、集中できない。今までこんな状況下で炎を出したことはない。父親に追いかけられていたあの頃より、恐怖を感じた。
 パキ、と脆い音がした。
 あまりの痛みにトランシスが絶叫し、耳を劈く悲鳴が周囲に響き渡る。
 手首が、折れたのだ。
 眉を顰め「煩い」と忌々しく舌打ちしたトビィは、トランシスの身体から降りた。髪をかき上げて無様に地面に這い蹲る憎悪の対象を睨み付ける。
 喉の奥から叫び続けているトランシスは、トビィが退いたことにも気づいていないようだった。全身を痙攣させ、泡を吹く勢いで白目を剥いている。
 トビィは、興醒めした。
 ここまでつまらない相手だとは思わなかった、役不足にも程がある。これではただの虐めだ。
 と、思う反面、此処で潰しておかねば面倒な事になる気がした。冷めた瞳で一瞥すると、腹と地面の間に足の甲を入れて思い切り蹴り上げる。
 簡単に宙に浮いたトランシスの身体は、ボロ布の様に見えた。
 それを、嗤いもせずに蹴り飛ばす。
 窓から見ていたアリナが、焦って飛び降りた。
 トランシスの身体は、紙切れの様に頼りなく、抵抗することも出来ずに地面に落下する。鈍い音がした。
 
「トビィ! 殺す気か!」
 駆け寄ってきたアリナに、平然とトビィは「あぁ」と肯定した。
「気に食わない相手なのは分かるけど、ここで死人を出すなよっ」
「あぁ、悪かった。そうか、何処かの山中なら良いんだな」
 野次馬で集まって来ていた市民に瞳を投げかけたトビィは、悪びれた様子もなく肩を竦める。
 
「アサギの恋人だろ、死んだらどう言い訳すんだよっ」
「言い訳はしない、稽古の最中に死んだ……本当の事だ」
「トビィなら手加減できるだろ、子供じゃないんだから」
 トランシスについて、アリナは特になんの感情も抱いていない。ただ、アサギの恋人だから仲良くなりたいとは思っていた。
 
「死んだらアサギが泣くだろーがっ」
 その一言には、流石にトビィも言葉を詰まらせた。アサギの泣き顔を見たくないのは確かで、痛いところを突かれたと分が悪そうに視線を逸らす。
 トランシスの頭部は、地面に埋もれていた石によって強打され、血が溢れている。パックリと傷が開いており、意識も失っていた。
「トビィ、誰か呼んで来いよ」
「嫌だ」
「あーもー! こんな相手に何を躍起になってるんだかっ。大人げないぞ」
 今までのトビィではない気がして、アリナは苛立ちを見せると走り出す。確かにトビィはアサギ以外に冷たいが、今回は異常だ。口では文句を言いながらも、結構気配りを見せていたはずだ。
 アサギの恋人だから、という言葉では済まない気がしていた。何故ならばミノルの時はここまで執拗な嫌がらせをしていない。
 しかし、トビィがトランシスに執着する理由がアリナには思いつかなかった。
 今、秘密基地内で回復魔法のエキスパートといえばアサギとクラフトだ。命に係わると判断したアリナは必死の形相で扉に手を伸ばす。
 しかしその目の前で先に扉が開かれ、引き攣った顔つきのクラフトが飛び出して来た。事態を把握しているらしい、頷いたアリナは踵を返す。
 この際、アサギを呼ばないほうが良い気がした。血まみれの恋人を見せたくない、アサギが倒れそうだった。
 駆け付けて来たクラフトを、トビィは腕を組んで見つめている。謝罪する気は全くない。
 
「トビィさん。以前も言ったような気がしますが嫉妬で人に斬りかかっては駄目ですよ」
「斬りかかっていない、蹴り落とした場所に”運悪く”石が埋まっていただけだ」
「いや、お前狙ってただろ……」
 不慮の事故に見せかけて。
 アリナの指摘にも、トビィは動揺することなく平然と口元を和らげただけだった。
 トランシスの治療をクラフトに任せ、アリナは頬を膨らませるとトビィの胸板を小突く。
 
「弱い者虐めすんなよ、トビィらしくもない」
「そいつは災厄だ。アサギにとっても、オレにとっても、アリナにとっても、クラフトにとっても……全員にとって、な」
 ただの言訳だと思ったアリナだが、トビィの瞳を見た瞬間に固唾を飲んだ。冗談ではない気がした、酷く真面目なその表情にアリナの背筋が凍る。
 トビィは、お道化た様に肩を竦めると片手を上げて館へと戻っていく。
 
「アサギの様子を見てくる」
「稽古を突っ込まれるぞ?」
「休憩中だ」
 つまり、その間に傷を治せということだろう。アリナは悠々と立ち去るトビィに、舌を突き出した。
 
「性格が悪くなってる!」
「気持ちは解らないでもないですが、今回ばかりはやり過ぎですよ。こんな素人相手に。本当にトビィさんらしくないですねぇ」
「だよなー。なんでかな、髪とか瞳の色が同じなのに選ばれたのがこっちだったからかな」
「それは関係ないのでは……それにしても、トランシスさんがアサギちゃんを射止めたのはどんな理由なのでしょうね。馴れ初めは聞きましたか?」
「……知らない。アサギに限って一目惚れはなさそうだよな、こっちはそれっぽいけど。強引に押し迫ってやむなく……とかかな」
 治療にあたっているクラフトは、災難に見舞われて瀕死のトランシスに気の毒そうに目を伏せる。
 暫くしてようやく目を醒ましたトランシスは、何が起こったのかすら記憶になく、狼狽の色を瞳に浮かべていた。
 憐れむ様に覗き込んでいるアリナとクラフトに言葉を投げかけようとするが、名前と顔がまだ一致していない。
 
「ご愁傷様でした。傷は治しておきましたが、暫し安静にされたほうが良ろしいかと」
「稽古なら他に頼めば? ボクが相手でもいいよ?」
 引き攣った笑みをぎこちなく浮かべて、トランシスは首を横に振る。ズキン、と痛みが脳に走って大きく顔を歪めると膝を抱えて蹲る。
 
「トビィ足止めしてくる、ついでに水貰ってくるよ。待ってな」
 憐れみ、アリナとクラフトは急いで館へと向かった。
 足音が去り、人気が消えるとトランシスは深呼吸をする。わけもなく、怯えていた。同時に怒りが込み上げて来た。
「強く、ならないと。アイツに、勝たないと。獲られる、盗られる、奪われる。強く、強く、強く、強くならないと。逃げられる」
 顔を上げた。
 虚無の瞳と、抑揚のない呟き。「盗られる、逃げられる」を連呼していたトランシスは、背後から近づく人影に気づくのが遅れた。
 間近に迫ったところで、反射的に振り返り、獰猛な獣のようなギラついた瞳で腕を薙ぎ払う。
 
「キャッ」
「ぁ……」
 金の髪が、揺れる。端正な顔立ちが、驚いて歪む。煌びやかな衣服が、風に靡いた。
 左腕を押さえて小刻みに震えているガーベラに、トランシスはようやく我に返った。
 
「ご、ごめん! びっくりして反射的に」
 トランシスの爪が、ガーベラの皮膚を引っ掻いた。傷は浅いが、予期せぬ痛みに驚きを隠せない。
 近くの教会で開かれた孤児達の為の食事会に、無償で出向いて歌っていたガーベラが戻ってきた。一人で蹲っていたトランシスを無視して通り過ぎる事も出来ず、声をかけようとしたのである。
 白く細い腕を押さえている姿に焦燥したトランシスは、立ち上がった。
 
「ごめん、怪我を」
「気にしないで、驚かせてしまった私がいけないのだから」
「そう言われても気にするよ……ええっと」
「ガーベラ、よ」
 接客業だったガーベラは、人を憶えるのが得意だ。反対にトランシスは閉鎖された場所にいたので、不得手である。
 務めて柔らかく微笑んだガーベラは、困惑しているトランシスに再度名乗った。アサギの恋人のトランシスを忘れるわけがない。
 
「そうそう、ガーベラさん。君も仲間なの? 強そうに見えないけど」
「ガーベラ、で良いわ。同じ歳らしいし。私は仲間というか縁があってここに置いてもらっているだけ。アサギのようには戦えない。……見た目だけならアサギも強そうではないけれど」
 ふふふ、と屈託のない笑顔を見せたガーベラに、トランシスは安堵の溜息を漏らした。
 アサギの仲間に怪我させたら大変だ。
 
「ガーベラ。改めてよろしく、そしてごめん」
「気にしないでよ」
「でも、綺麗な腕に傷つけただなんて」
 口では言ってもまだ痛むのだろう。強張った表情を一瞬だけ浮かべたガーベラの腕を強引に掴んだトランシスは、薄い皮膚から押し上げて出て来る血液に舌打ちする。
 
「うわ、ホントごめん。傷残ったら……」
「本当に大丈夫よ、ここには不思議な魔法を使える方々が大勢いるでしょう? 治してくれるわ」
 困ったように眉を寄せるガーベラの目の前で、トランシスは唇を尖らせるとその腕を口元に運ぶ。
 ぬっとり。
 ガーベラの身体が、震えた。傷口にゆるりと触れる熱い舌先に、身体の奥が疼いた。瞬時に頬が赤らみ、憂いを含んだ吐息が零れそうになる。
 トランシスは、ガーベラの傷を舐めた。
 多くの男と身体を重ねてきたガーベラだが、まさかこんなことで火照るとは思わなかった。
 目の前で、まるで味でも確かめるように舌先を這わせているトランシスの表情が妙に媚態的だ。その視線が挑発的に思えて、思わず息を飲む。
 凍り付いたように立ち尽くし、熱に浮かされた顔のガーベラと、逆にトランシスは眉間に皺を寄せて、不服そうに呟く。「やっぱ血が美味しいってわけじゃないんだな、アサギの血が美味いんだ」
 その行為は、トランシスにとっては血を確かめる為に。もしくは傷口は舐めて治せと教えられた通りに。
 ガーベラにとっては、刺激的で新鮮で揺さぶられた誘惑で。
 その様子を、窓から心配そうに眺めていたのはマダーニだった。
 
「意図しないタラシなのかしら、トランシスちゃん。女はね、意外なトコロで恋に堕ちたりするものなのよ」
 ガーベラがやって来た時は高飛車な女だと抵抗感があったマダーニだが、外見が美しいだけで損をしてきた普通の女性だとすぐに解り、最近は親しくなってきた。といっても、アリナとマダーニが一方的に話すだけなのだが、ガーベラは嫌な顔見せず話を聞いている。
 時間さえ合えば三人でお茶をしたり、酒を飲み歩いたりもしている。アリナにとっては好みの美女であった為「アサギの次に愛してる」とまで豪語していた。
 売春婦だった、とガーベラから話も聞いている。男をあしらうことには慣れていたが、恋の罠にかかってしまうことは避けられなかったようだ。
 厄介な事になったかもしれない……マダーニは言い知れぬ不安に、唇を噛み、二人を見つめていた。
 
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