別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。
いい加減整理したい。
※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。
絶対転載・保存等禁止です。
宜しくお願い致します。
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とりゃあああああああ
新しい風が吹く。他の惑星から持ち込まれたその風は、自分の生き方に疑問を持っていたガーベラの心を揺するには大き過ぎた。
気を抜いたら、風に呷られて後退してしまう。息が出来なくて後ろを向き、蹲る。飛ばされないように地面に這い蹲る。
娼館の前に捨てられ拾われ、自然と娼婦になったガーベラ。もし他の場所に捨てられていたら生きていなかったかもしれない、贅沢な衣装や食事など手の届かぬ生活をしていたかもしれない。
ぼんやりと海を眺め、唇を動かす。疲れ果てて眠ってしまった客の寝息を聞きながら、とぎれとぎれの声を出す。
「何もなき宇宙の果て 何かを思い起こさせる
向こうで何かが叫ぶ 悲しみの旋律を奏でる
夢の中に落ちていく 光る湖畔闇に見つける
緑の杭に繋がれた私 現実を覆い隠したまま
薄闇押し寄せ 霧が心覆い 全て消えた
目覚めの時に 心晴れ渡り 現実を知る
そこに待つのは 生か死か」
窓枠に、そっと指を這わせる。ざらりとした感覚も、愛おしくすら感じた。
自分を生かしてくれたこの場所、娼館マリーゴールド。ここから出て行きたいと過ぎることもあったが、まさか本当にそうなるとは望んでいなかったことかもしれない。
『とても、綺麗な方ですけど。……何処か、死を覚悟されていたみたいで。何か、あったのかと』
アサギは、率直な思いを口にしただけだろう。けれども、ガーベラの胸には鋭く深く突き刺さった。
見せたくなかった心を暴かれた気がして、怖い。それを認めたくなくて決意したのかもしれない。
今まで籠の中の鳥だったガーベラだが、風は彼女の籠を倒した。運よく外れた扉から誘われるように足を踏み出す。
一大決心をし、勇者アサギが羨望する娼婦ガーベラはその日カーツの街を飛び出した。
行く先は、誰にも告げず。
ただ、唄うことが好きな彼女は自分の歌声に賭けた。何処かで歌い手としてやっていけたら、と。
アサギはその後も暇を見つけてはカーツの街へ来たのだが、目的のガーベラがいなくなっていた為酷く落胆した。
その様子を間近で見ていたトビィは、言わずもがなガーベラを捜すことになったのである。哀しむアサギは見たくない、ならばその原因を取り除かねばならない。
生きる道を見出したガーベラを放っておけば良いものを、とトビィは思ったのだがアサギは妙なところで頑固だ。何をそこまで固執しているのかが解らない。
歌姫を夢見て旅に出たガーベラを、不本意ながらもトビィは追った。
「全く……アサギ様の我儘に主が付き合わずとも」
「言うな、クレシダ。アサギが無理強いしているわけではない、アサギが気にしているからオレが叶えたいだけだ」
「さいですか」
付き合わされるクレシダは、普段通りの仏頂面で言葉少なく不平を零す。
そんな異界の娼婦が、惑星クレオに渡り歌姫として上り詰めるまでにそう時間はかからなかった。
護られていた娼館から一歩出てしまったガーベラに待ち受けていた現実は、想像以上に辛いものだった。過去を切り離し、新たな自分として生きていこうと決意したものの、途方に暮れていた。
娼婦ガーベラを知る男達は、これ幸いと身体を求めたのだ。
人気の美人娼婦を知る男達は運悪く各地にいた。在席していたのが港街だった為、各地から仕事でやって来た男達は当然地方に散らばっている。
何処へ行っても、誰かが知っている。まさか自分の知名度がそこまで高いとは思わなかったガーベラは、嬉しいよりも恐れをなした。
歌を褒められて知名度が上がれば、その分過去の自分を曝け出すと脅してくる者も増えた。
この惑星で、娼婦ガーベラではなく歌姫ガーベラとして生きたいという願いは儚く崩れ落ちる。
男と寝るのが好きだったわけではない、今の自分は娼婦ではないと声を張り上げても、聞いてくれない。
『娼婦だった頃のほうが皆に愛されていただろう?』
『歌声なんか二の次だ、お前は足さえ広げて微笑んでいればそれでいい』
歌声を求めてくれる幼き子や老人達もいた、けれども男達はそれを許さない。
『あんた、娼婦だったんだって? 毎晩この酒場で歌うといいよ、その後奥の部屋で乗客の相手をしてくれるならね』
『なんだい、ベッドの上で歌うって意味じゃないのか。ただの歌なんざ必要ないよ』
辛辣な言葉を浴びせられ、手荒く身体を奪われて、娼婦に戻ろうかと何度も思った。
その日も、路地裏に連れ込まれ助けを呼ばぬようにと口に不潔な布を詰め込まれ、強引に手を壁につけさせられた。両手を固定されて、身動ぎしても嘲笑を浴びせられながらスカートをまくられる。
歯を食いしばった、終われば解放される、殺されることはない……じんわりと悔しさから滲んできた涙が心を挫けさせぬ様、気丈に振る舞う。
周囲から自分を切り離して、自己防衛に入る。街を出てから身につけ始めた逃避方法だった。それがよくないことだと解ってはいたが、気が狂いそうだった。
身体に力を入れて待機するが、男は侵入してこない。
我に返ったガーベラの耳に、言い争う声と蛙が潰れたような悲鳴、そして骨が砕ける様な音が届く。
「……何をやっているんだか」
自由になった手で、口の布を引っ張り出すと見知った男の名を呼んだ。忘れる筈も、見間違える筈もない。見事な紫銀の髪が揺れている。
助けに来たのは、トビィだった。
窮地の危機から救ってくれた、美形の王子。しかし、そんな夢物語など見る歳でも性格でもないことは重々承知している。
二人は、居酒屋へ移動し飲み交わした。
トビィは『アサギの為』と本音を吐露し、ガーベラ自身には全く興味がない事を釘差す様に告げる。
そう言われたところで、ガーベラの傷つくことはない。
遠慮なしに互いの言葉を投げかけ、受けて、遅くまでその場所にいた。
「何処か、私の過去を知らない場所へ行きたい。そこでやり直してみたい」
ぽつり、と口にしたガーベラに、トビィは薄く口角を上げる。皮肉めいた言い合いが続いたが、トビィの考えは最初から決まっていた。
アサギの為ならばガーベラを捜す、だが知らない場所を徘徊されても困るので、目の届く場所に置いておく。
つまり、惑星クレオへ連れていくことが目的だった。無理強いは出来ないが、ガーベラもその気ならば話は早い。
こうして、娼婦ガーベラは惑星クレオへと移住したのである。
有り得ない事だった、勇者でも、その仲間でもないのに惑星間を移動する……前代未聞である。
天界城ではトビィの提案が波紋を呼んだ、しかし”勇者アサギの為”の一言で渋々だが了承を得たのである。
神クレロは困惑の色を瞳に浮かべて、何かしらに怯えていた。しかし”たかが娼婦”に何が出来るのかと皆はクレロに侮蔑の視線を送る。
半ば無理やりだが惑星クレオへと足を踏み出したガーベラは、未知なる土地に歓声を上げた。
「ここならば、娼婦であったことを誰も知らない。ここで歌姫として成功させたならば、認めてやる。」
鼻で笑う小馬鹿にした態度のトビィに反発しつつ、ガーベラは自分の声を信じて高らかに歌い続けた。
金などなくてもいい、ただ、この歌で誰かが微笑んでくれるならば。
ガーベラの努力と熱意は実を結び、美貌の歌姫の名は静かに広まっていく。
トビィから話を聞いたアサギも、暇を見つけては歌を聴きに訪れていた。
その声は、心を震わす。爪先から鳥肌が立つような、天にも昇る高音と抑揚のある歌声はアサギを魅了した。
何処に居ても凛とした佇まいで、堂々と胸を張り高トーンで入る歌い方は第一声で人を虜にするのだ。道行く人々も、多くが足を止めてしまう。
「ユキが降る、降って積もって凍えてしまった
ハルの息吹を待ち侘びる、暖かな日差しのその季節
健やかに全てが育つ、生命の息吹を感じて
大樹となりし、もとはか弱きただの芽は
実を幾つも幾つも、恩恵を受けてならせたもう
浅葱色した、綺麗な花が咲き誇る
焦がれて欲する私の楽園
そこで咲きましょう、永遠に咲き誇りましょう
勇気を下さい、そこで咲き誇れる勇気を下さい
者は極き、臆病の者
弱くて、強く、反した者達の楽園を」
テレビやネットで上手い歌を聴いてきたが、ガーベラが一番だとアサギは興奮した。まるで、御伽話に出て来る姫君の様な容姿と天使の歌声。
その魅力に最も虜になったのは、アサギである。
熱狂的なファンになってくれたアサギに戸惑いつつも、ガーベラは差し伸べられた手を阻まなかった。
娼婦としてではなく、歌い手として勇者の手を取った。
アサギは点々と移動し歌を披露していたガーベラを、アリナの館……通称秘密基地にガーベラを招待したのである。
部屋が、余っていたので。
アリナの街で、その歌を披露しながら自分にも教えて欲しいと懇願したアサギにガーベラは頷いていた。
――駒は揃った、好機を逃してはならない。大丈夫だ、上手くいく。
――間違えてはいけない、間違えてはいけない、間違えてはいけない。
戸惑いながらも勇者の仲間達に紹介されたガーベラは、再び居心地の良い家を手に入れてしまっては自分の為にならないのではないか、と痛感した。けれども、その場所も条件も大変魅力的なのだ。
歌の仕事がない時は、館の掃除や調理を任されたので金には困らない。市長の娘であるアリナが気を利かせて歌を売り込んでくれたので、賃金は発生しない時もあったが歌う場所は設けられた。
充実した日々だった、仲間達も親しみやすい者達ばかりで、基本人に好かれるガーベラはすんなりと受け入れられたのだ。
戦うことは出来ないので、時折作戦会議には顔を出せないが、破れた衣服を直す仕事も好きだったので率先した。非常に重宝された。
少しずつ、皆の事を知っていく。
そうして暫くして、ガーベラは新たな人物をアサギから紹介されたのだ。
「トランシス! 紹介するね、ガーベラです。とっても歌が上手なの!」
また新しい人かと、疲れた顔を向けたトランシス。
幼いアサギに、自分と同じくらいの恋人がいたことに驚きを隠せなかったガーベラ。
腕を組み、複雑な心境でそれを見ていたトビィ。
にこやかに微笑んで、とっておきの宝物でも披露するようなアサギ。
「初めまして、トランシスです」
「初めまして、ガーベラと申します」
キィィィ、カトン。
ガーベラの金髪が、揺れた。
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