ＴＨＥ・ＢＩＲＴＨ ~DESTINY外伝1~ 34.次期男神

ねもい。

「エロース様。次期男神には誰を推薦するおつおりでしょうか？　ベシュタですか？」

　ミリアの問いに、エロースは薔薇の花びらを浮かべた湯に浸かりながら、何も答えず微笑むばかりだった。小ぶりの浴槽から、両腕を出し、召使に揉ませている。芳醇な香りが水蒸気に溶け込み、噎せ返るような室内。
　薔薇から抽出したオイルで丁寧に腕を解していく召使だが、一人が青ざめる。同時に、右腕に痛みが走ったエロースは左腕を思い切り振り上げ右腕を揉んでいた召使の頬を殴った。

「申し訳御座いません！」

　悲鳴を上げる召使だが、エロースは懇願している召使の顔に唾を吐き捨てる。力の強弱を間違えたのだ、少し気を緩ませてしまった。
　それは、死を意味する。気分良く入浴しているエロースの機嫌を損ねては、当然だ。

「私に痛みを与えた腕は斬り落とせ、与えられた仕事もこなせぬような愚鈍な者の目は、針で潰せ」

　絶叫した召使を、ユイが髪を掴み引き摺ろうとする。懸命に床に爪を立てて、そこから動くまいとしている召使にミリアが歩み寄った。背にある大剣を引き抜くと、そのまま腕目掛けて振り下ろす。

「ごめんなさいね、私非力なのよ」

　喉の奥で哂ったミリアの目の前で血飛沫が上がった、悪びれた様子もなく「だから手元が狂うのよね」と告げる。床に突き刺さった剣は召使の左腕を切断していた、手首あたりで綺麗に分かれている。声にならない悲鳴が、室内に響き渡った。

「綺麗に斬りたいの、大人しくなさい」

　ユイが背中に馬乗りになる、ミリアが足で腕を踏みつける。
　床から軽々と剣を引き抜くと、肩の付け根に剣先を添えて、そのまま一気に突き刺した。右腕を落とし、左腕も綺麗に斬り落とす。
　身体を切断されたショックで、瞳孔が開き、脳が正常に働かなくなった。脱糞したのか、異臭が漂い始める。
　顔を顰め、エロースが薔薇の花びらを齧ると、それを合図にミリアが頭を踏みつけた。更に機嫌を損ねてしまったようだ。

「醜い役立たずはね、ここに必要ないのよ」

　首に剣先をあてがうと、腕と同じように容赦なく突き立てた。首の骨が砕く音が聴こえる、首と胴体が斬り離される。
　もう一人の召使は、視覚を、聴覚を停止させ必死にこの場をやり過ごした。今、粗相をしてしまっては同じ末路を辿ることなど、誰にでも判る。
　平常心を装い、優美に微笑んで腕を浴槽から出してきたエロースに、再びオイルを垂らす。
　薔薇の香りが、漂い始めた。だが、血液と便の異臭は消えなかった。
　何事もなかったかのように、召使の死体は浴室から放り出される。主星アイブライトの女神の宮殿、廃棄穴へと放り捨てられた。
　落下した無残な遺体は、宇宙の何処かへ流れていく。

「ベシュタは……さてどうしたものか。アレが裏切ることはないと思っていたが」

　どうにも怪しい、と唇を尖らせるエロース。ミリアがすかさず耳打ちをする。

「ガーリャ様が、不満を漏らしておりました。”夫が愛してくれない”と」
「たかが一人の男の愛すら手中に出来ぬとは、遅鈍な姪よ。しかし、あの娘の美貌は私似の筈、それで揺るがぬとは身体の具合でも悪いのか」

　と、口にしてみるが知っていた。
　ユイが差し出してきた琥珀色のワインをあおりながら、忌々しそうに何度も舌打ちをする。

「出来損ないの姪だが、我が一族を辱めるに至ったアース。早く始末せねば」

　ベシュタの様子が以前と違うことなど、エロースは見抜いていた。以前、の境はアースの惑星スクルドへ出向いた時だ。

「……次期男神には、トリプトルを推薦する」

　ミリアとユイは深く頭を下げ、砂糖菓子を差し出した。何も聞いていないと、耳の聞こえぬ振りをして召使は懸命にエロースの腕を揉みほぐしている。