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別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。 いい加減整理したい。 ※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。 絶対転載・保存等禁止です。 宜しくお願い致します。
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重かったので、急遽分け分け。

今日中にはどーにかこーにかしたいところです。

完結させて寝ようと思ったのですが。
一時間かけてかけた最後直前で、エラーでデータが消えました。

・・・もー!!!!!!!
もう、あのアイラの台詞はかけない(吐血)。

どーしてくれるんだ、もう寝ます・・・。
調子悪いなぁ・・・・。


ベルガーの声に、弾かれてトレベレスはアイラを見つめた。
ようやく二人の視線が交差した、不思議そうに首を傾げ再び咳き込むアイラを思わずトレベレスは抱き締める。
そうだ、確かに時期的にはアイラも身篭っていてもおかしくはない。
溺愛していた、毎晩、いや、昼の時もあった。
日中夜問わず、愛していたのだから。
アイラを見つめるトレベレスの顔に、徐々に赤みが戻っていった。

「アイラっ・・・」

トレベレスは、ようやくここで久方に微笑んだ。
涙目で、嬉々として、満ち足りた表情で。

「オレとアイラの子、産んでもらえるな? 大事に二人で育てよう、愛し合って育てよう。息子だろうか、娘だろうか」

トレベレスと、アイラの子。
今、アイラの腹に。
抱き上げて宙に掲げ、呆然としているアイラに口づける。
優しく右手をアイラの腹に添えると、温めるように、慈しむように撫でながら震える声で耳元で囁いた。

「解るか? ここに・・・アイラの腹には、オレとアイラの子が存在する」
「・・・そうなの、ですか?」
「気分が悪いのは風邪ではない、悪阻だ。身体を温めないと、大事にしないとな! 栄養もたくさんとり、ゆっくり過ごそう」

子供など、煩わしいだけだと思っていた。
何れは跡取りが必要だが、当面は自分が国を仕切るので不要だと思っていた。
それでも、繁栄の子が産まれるのであればとマロー姫に目をつけた。
しかし何故か今、アイラと自分の子が存在するという事実が自分でも奇怪だが、喜ばしかった。
愛しい愛しい、娘。
その娘を独占出来る喜びなのか、ついに手に入れたという征服感なのか。
薔薇色に輝く未来があるのだと、トレベレスは思った。

キィィ、カトン・・・。

遠くで、何かの音。
狼狽するように、自分の腹を擦っているアイラの髪に何度も口付けながらトレベレスは震える身体を必死で押さえる。
”ようやく、手に入れたんだ”
”真っ先に、手に入れたんだ”
”今度こそ、手に入れたんだ”
連呼。
ひたすらに、連呼。
腕の中にある温もりは、現実だった。
欲して欲して、やまなかったものが手に入った。
子が存在すれば、子を置いてアイラは逃げたりしないだろう。
誰にも邪魔させない、アイラとて逃げ出したりはしない。
至高の歓びを、実感する。
・・・そう、他の問題さえ片付けば。

「トレベレス殿、お子は一人ではないわけだが? そのように話されても鼻白むだけ」

抜本的な解決を目指すには、まずベルガーを黙らせる事。
アイラを優しく抱き締めながら、トレベレスは睨み返す。
二人の間で、緊迫感が漂った。
紛れもない、殺気。
槍を硬く握り直したベルガーに、焦燥感に駆られた兵が小声で何か告げるが弾き飛ばす。
繁栄と破滅の子が、この場所に。
経過観察すればよいのです、と兵は告げた。
ベルガーとて、それが最善だと思っていた。
願ってもない事だった、これで女王の予言が真か否か判明する。

「いや、矛盾するか。火の国フリューゲルはどうなる? 破滅か、繁栄か。先に生まれるのは繁栄の子だ」

そうなのだ、父親は同一人物。
姉の破滅の子が勝るのか。
妹の繁栄の子が勝るのか。
相殺、されてしまうのか。

「国は捨てる! オレはアイラと二人きりで暮らすことに決めた。・・・誓え、アイラ。オレと共に来い」

マントでアイラを包み込み、口付けを。
ベルガーの眉が、ピクリ、と動く。
あぁして口付けを交わしている二人を見ていると、何故か胸が痛いことに気付いたベルガー。
頭痛がしてくる、非常に不愉快な気分になる。
耳障りな音が、何処からか聞こえてくる。
一瞬、眩暈。

大木の木陰で、緑の髪の少女が座っていた。
自分を見つけると、嬉しそうに立ち上がり駆け寄ってくる。
彼女の胸元に、ルビーのネックレスがきらり、と揺れて。
媚びのない笑顔、自分を慕ってくれている彼女の笑顔。
その笑顔、”恋愛感情”は含まれていなかった。
錯覚した、心からの彼女の言葉を自意識過剰だった自分は履き違えた。
あの時、彼女が見ていた先にいた男。
自分ではなく、ルビーのネックレスを贈った男。
炎を司る、まだ青二才の男。

「・・・紫銀の・・・短髪・・・の」

ベルガーの身体が硬直する。
幻影の男が、自分を見て忌々しそうに睨みつけていた。
何処かで見た瞳だ、近いところで見た瞳だ。

「トレベレス・・・?」

今、目の前に居る男の名を呼ぶベルガー。
再度、眩暈。
何処かで、見た光景だった。
紫銀の髪の男が、緑の髪の少女を抱き締めて離さない様。
ドクン、胸が跳ね上がる。
ベルガーは頭を振った、奇怪な幻影から逃れようとした。
そして、自身を何故か誘惑しようとしているような呪いの姫から逃れようとした。
あれは、破壊の姫。
別に目障りなトレベレスが引き取って、己を破滅へと向かわせるだけなのだから支障はない、筈だった。
しかし、それでも何故か。
整理は出来ている、好都合だとも解っている、だが。
ベルガーは苛立ちを押さえられずに、愛用の槍を硬く、いや過剰に握り直した。
恐らく、放っているのは殺気だろう。
どうにもこの目の前の光景が気に入らなくて、唇を噛みながら肩を振るわず。
嫉妬なのか、いや、嫉妬する理由などない筈なのだが。
激情に身を焦がすような、想い。
キリリ、と胸が鷲掴みにされ、引き千切られる様な。
額にじんわりと汗を浮かべながら、ベルガーは胸を押さえつつ乾いた口内を不審に思いながら声を発する。

「何を馬鹿なことを。それでも一国を任される王子の言葉か」
「国は要らない、欲しいものはここにある」

二人の間に発露する、殺意。
ベルガーが槍を突き出す、トレベレスが剣を引き抜き周囲が騒然となった。

「そこまで溺れたか! 魔性に魅入られたか!」
「貴様には関係のないことだ!」

本気だ、と周囲は確信し悲鳴が大きくなった。
混乱が生じ、皆逃げ惑うばかり。
ベルガーの構えは、久方ぶりに見る殺陣。
口元に冷ややかな笑みを平素浮かべているベルガーからは、想像できない取り乱しようだった。
まさか、冷徹な王子を揺さ振るのが呪いの姫君だとは。
最も沈着冷静であると思っていたゆえに、動揺を隠せない家臣達。
必死で宥めようと背後から声を駆け続ける、こんなところで、価値のない姫に事を荒立てるのは無意味だ。
それはトレベレス側にも同様で、突拍子のない発言を撤回させるべく説得を開始する。

「気を確かに、トレベレス様! それは呪いの姫ですぞ!?」
「冷静に、ベルガー様! あれは呪いの姫ですぞ、このまま行かせましょう」

破竹の勢いで騒ぎは塔全体に広まった、全くの予期せぬ出来事に右往左往せざるを得ない。

「ベルガー殿には関係ないだろう! オレはアイラが居れば構わない」
「何をおっしゃるか、低脳な動物の様に発情しているだけにしか見えないから、こうして止めているというのに」
「発情!? ・・・いい加減貴様の言い方には腹が据えかねるっ」

周囲に目に見えない何かが、発生し皮膚を傷つけるような。
乾燥した中で、文字通り”火花を散らす”ような。
最早、誰も二人を止められない。
家臣達は恐れおののくばかりで、声すらかけることを躊躇い始めた。
声をかけたところで、二人は全く耳を貸さない。
ただ、互いの隙を見極める為に沈黙が流れ始めた。

「あのトレベレス様? マローに会わせて」
「後だ、アイラ! 大人しくしてろ」
「で、でも、マローが」

不利なのは、どう見てもトレベレス。
アイラを離さずに剣を右手で構えるが、ベルガーは両手でいつもの様に槍を構えていた。
無論、リーチの違いもある、繰り出される突きを、剣でどう弾くかが問題になる。
悲鳴すら上げられず、竦んでいる女官達の中、マローは見ていた。
この状況が何なのか、見ていた。
捕らわれていた、姫君。
繁栄の子を産む貴重な姫だと、教えて貰った。
姉であるアイラは、破滅の子を産む姫だと教えて貰った。
姉は、確かに助けに来てくれた、だが。
これは一体どういうことなのか。
何故、姉を取り合うようにして、自分を攫った二人が対峙しているのだろう。
本来、丁重に扱われるべきなのは、自分ではないのか。
城に居た時感じていた、姉との格差。
自分でも気付いていた、姉が何故か虐げられている事に。
けれども、姉は強かで無欲で、特には気にしていなかったから。
自分が身に纏う華やかなドレスや宝石に反して、みすぼらしい衣服を着ていた姉。
それでも。
それでも、姉は綺麗だった。
あの一目を引く緑の髪と、瞳のせいだろう。
そして、一際色彩を放つのは、不思議な空気だった。
城内の者はほとんど気付いていなかった、マローは知っていた。
姉から湧き上がるような不思議な空気は、安堵が出来、そして何故か目が逸らせなくなる。
あの二人も、自分と同じ様に姉の不可思議な魅力に気付いたのだろう。
しかし、釈然としない。
あの、トレベレスの微笑みは何か。
まるで、城内で自分が可愛がられていた時の様に・・・いや、それ以上。
偽りではない、言葉と仕草。
二人の真剣なやりとり、中心人物は、姉。
ギリリ。
知らず、マローは歯軋りした。
胸の中に、何か漆黒のドロドロとした汚物が湧き上がって吹き出す様で。
ドレスの裾を、握り締める。
男を翻弄し、戦わせているのは、姉。
緑の髪の、双子の姉。
艶やかな緑の髪は今でも大樹の葉のようで、大きな憂いを帯びた瞳は涙で光り輝き。
濡れる唇は熟す手前の果実の様にほんのり赤く、気品のある佇まい、可憐な花の様な双子の姉。
数ヶ月前までは、あの場所は自分のものだった筈だ。
だが、今は。
マローは隣にあった鏡を見つめる、見つめて反射的に顔を背けた。
自慢の黒髪は栄養不足で水分が足りない、肌も同じ。
生気をなくして、瞳には輝きすらなく。
ようやく入浴できたが、以前の様に花の香りは身体から沸き上がらない。

ピシ・・・

鏡が、突如として罅割れた。
冷たい冷たい、絶対零度の。
氷の微笑でマローは静かに唇の端を上げると、未だに争っている男達を見た。
唇を噛締めれば、知らず血が吹き出し。
マローは自身の血を嘗めあげ、唇に押付ける。
深紅の唇、瞳には冷淡な輝き。
燃えるような口元と反対に、全てを凍て付かせる様な眩いばかりの瞳。

「ねぇ、何がどーしてどーなってんの?」

マローは、ゆっくりと歩み出す。

ピシ・・・

マローが歩けば、周囲のガラスに罅が入り。
急激に温度が低下した室内の異常さに皆が気付いた頃、マローはゆっくりと笑みを浮かべていた。
纏う空気は、漆黒。
瞬時にして皆の注目を集め、満足そうに無邪気に笑うマロー。
瞳には、光が戻っていた。
奥底に、残忍なきらめきを宿して歩み出していた。


トモハラの瞳を気遣いながら、塔を目指し進んでいたトライ王子、リュイ皇子は、ある日一頭の馬を保護した。

「デズ!? デズデモーナ」

トライの声に瀕死で地中に蹲っていた黒馬が、力を振り絞り立ち上がるとゆっくりと歩み寄ってくる。
トレベレスに殺されかけ、懸命に逃げ走っていたデズデモーナはトライ達に遭遇できたのだ。

「アイラは? アイラは何処に居る」

医師にデズデモーナを見せつつ、トライは背を撫でながら逸る気持ちでデズデモーナに投げかけた。
答えようとしているのか、首を持ち上げて何かを訴える。
クレシダがトライに近寄り、身体を摺り寄せてから皆が見ている中歩き出した。

「その方角に、アイラがいるのか? クレシダ、デズデモーナ」

二頭の馬は、呼応するように鋭く鳴く。
デズデモーナを数人の人間に任せ、トライ達はそのまま険しい顔つきで駆け出した。
近いのだろう、妙な胸騒ぎまで止まらず。
塔の全貌が見えてきたところで、周囲を包囲するように兵達を広げると、トライとリュイは堂々と塔へと進んだ。
警備はいないようだ、静まり返っているのでもぬけの殻かと思ったのだが。

ガシャン!

騒音に皆、塔を見上げた。
煌くものが、上空から降ってきたので皆慌ててマントで顔を隠しつつ後退する。
破片は、硝子。
続いて、絶叫やら悲鳴やら。
そして、塔から人々が疎らながらに怯えた顔つきで逃亡してくる。

「何事だ!」

興奮する馬達を抑えながら懸命に叫ぶトライだが、痺れを切らしそのままクレシダから飛び降りると剣を抜き走り出す。
リュイとて同様、愛用の剣を構えるとトライに続く。
ミノリに手を引かれ、トモハラも我武者羅に後を追った。
塔へと入ろうとしても、出てくる人数が多く流れに逆らうので上手く進めず。

ドン!

地面が揺らぐ爆音、耳鳴りに皆悲鳴を上げてその場に伏せれば。
塔の一部が、崩壊して上から落下していた。
巻き添えで地面にはもはや息のない人間達、上階で何が起こっているのか。
トライは人々が伏せているこの機に、一気に階段を駆け上る。
激しく嫌な予感がした、耳鳴りが止まらない。
逸る気持ちを必死に押し殺し、後方のリュイに目配せする。
深く頷き、やや緊張した面持ちで自分についてくるリュイに、トライは何故か安堵した。
過ごした時間など、長くはない。
だが、全面的に二人は信頼し合っていた。
互いに口には出さないが、気の知れた昔からの仲間のようで。
言わずとも行動とて同じ、非常にやり易い相手である。
駆け上り、三階。
トライとリュイの瞳に飛び込んできたもの、それは。

「どうして、あたし一人がこんな目に合わなきゃいけないの」

両腕を真横に広げ、邪悪な笑みを浮かべながら宙に浮いていたマローの姿。
呆気にとられたが状況判断、脳より先に身体が動く。
懸命にアイラを庇っているトレベレスとベルガーに、思わず簡易れず二人も合流した。

「大丈夫か、アイラ!」
「トライ様!?」

トレベレスを押し退けて、アイラの頬に触れるトライ。
トライとリュイの出現に何故か安堵したトレベレスとベルガー、肌でマローの威圧感を察知していたからかもしれない。
今は援護できる人物が欲しかった、絶対的に信頼出来る人物が。
そして、何故かこの二人が自分達が待ち望んでいた人物達だと直感。
そう思ってしまったことに同時に二人は舌打ちしたが、唇を噛締めるとトライとリュイを軽く見つめる。

キィィィ、カトン・・・。

何かの音が、何処かで聴こえる。
しかし、音など気にしていられない状況だった。
まさか、魔力を秘めたマロー姫にここまでの力があろうとは誰も予期していなかった。

「アイラ姫、ご無事で何よりです」
「リュイ様! 私は無傷なのですが、マローが」

全く無傷のアイラの姿に胸を撫で下ろし、愛しそうに微笑んだリュイ。

「アイラ姫、下がれ」

ベルガーが、一歩前に進み出ると槍を構える。

「アイラ、オレから離れるな」

トライからアイラを引き離し、背に隠すようにして剣を構えたトレベレス。
眉を潜め反論しようとしたが、トライとリュイも剣を構えマローへと、向き直った。
四人の男と、一人の女。
秀麗にして冷徹、光の国のベルガー王子。
冷静さを際立たせる美貌、水の国のトライ皇子。
温和だが鋭利、風の国のリュイ王子。
欲望に最も忠実、火の国のトレベレス皇子。
そして、才色兼備な万能な、土の国のアイラ姫。
護られ、慈しまれて一人佇む、一人の女。
何から護るかと言えば、双子の妹からだ。

「また、おねーちゃんの味方? 繁栄の姫をほったらかしにして、破滅の姫を庇うなんて。みんな馬鹿ばっかり」

げんなりとして、マローは片手を前に突き出す。

「アイラ、アイラ、アイラ、アイラ。・・・おねーちゃんばっかり!! 
本来ならそこにいるのはあたしな筈でしょぉ!?」

マローの絶叫、憎々しげに見つめているのは自分を犯した男達へか、それとも嫉妬の念での姉へか。
来るぞ! ベルガーの声に四人が構えた。
衝撃波。
凍て付く冬の女王の吐息のような、静かでかつ確実に息の根を止めるような空気の波動。
気を許せば体内へと侵入し、肺を凍らせるだろう。
きゃははは! 愉快そうに笑うマロー姫の声を聴きながら武器を構え懸命に自分達の魔力を注ぎ込むように。
実際、このような戦い方など知らない。
現実、こんな攻撃法が出来る人物など知らない。
だが、少なくとも四人は戦い方を知っていた。
身体が動く、自分達ならば回避が可能だと、防御が可能だと”知っていた”。

「これは一体どういうことだ!」

隣のトレベレスにトライが怒鳴れば。

「マロー姫が暴走した! とても繁栄の子を宿している女の魔力とは思えない」

アイラを懸命に隠しながら返答するトレベレス、”子”の単語にトライが目を見開く。

「誰の子だ!」
「オレの子・・・らしい!」

明らかに魔力の種類は、破壊。
殲滅する勢いの禍々しい空気の波動が、嫌でも感じられる。
舌打ちし、トライは叫んだ。
嫌な予感が的中した、この世のものとは思えない破壊の魔力を所持できるのは予言通りマローだと。
トライと、リュイだけがこの場で知っている。
実際、トライとて予言は軽んじていた。
幾ら子が、破滅の魔力を所持していたとしても”発動する切っ掛け”がなければ、なんら他の子と変わりがないのではないか、と。
産まれて来た新しき命に、愛を注ぎ時には叱咤し、大事に育てさえすれば国を滅ぼす理由など子にはなく。
だが、攫われ、押し込められ、無理やり犯された母から生まれ出た子ならば。
いや、命を宿しているのならば母親からの憎悪を糧に暴走するのは・・・必然。

「逆だ! 繁栄の子を産むのはアイラ。破滅の子を産むのがマロー。
女王は一人の人物に事実を教えただけだ。今存在する子は、破滅の覇王だぞ!」
「フッ・・・やはりそういうことか。謀ったな大地の国の女王」

トライの声に、納得したとばかり笑うベルガーだが、瞳は到底笑えず。
冷汗が背筋を伝った、露出した肌が切り裂かれ痛みを感じ始める。
確かに、女王の予言は本物だった。
目の前のマローの恐怖を促す風貌に、流石のベルガーとて焦燥感に駆られる。
思わず、苦笑。
唖然とトライを見たトレベレスは、次いでアイラを見つめ。

「ということは、アイラの腹の子が・・・繁栄の子」

漏らした。

「アイラが・・・そうか。・・・自分を信じるべきだった」

最初、一目見た時に直感を疑わなければ。
言葉に支配されなければ、最初から自分が行動していれば。
手を煩わせることなく、アイラが手に入ったのだと気付くトレベレス。
解っていた筈だった、気になっているのがどの姫なのかと。
眉を潜め、そのトライの言葉を聞いていたマローはす、っと地面に降り立つ。
自分の腹を擦りながら、右手を横に薙ぎ払えば。
凄まじい轟音と立ち昇る煙、下界では地面がえぐられ、広範囲で木々が薙ぎ倒されている。
あんなもの、受けたら一溜まりもない。

「もしかして、おねーちゃん。知ってたの? 自分が繁栄だって、知ってたの? 」

にっこりと、微笑んだマロー。
震える足で、アイラが一歩踏み出し口を開こうとすれば。

「あぁー、そっかー、知ってたんだー。だから、あんな不当な扱いでも何も言わなかったのかなー? 真女王は自分だと知ってたから。 あたしのこと、哀れんで観てたのかなー? いいよねぇ、みんなに護られて。あたしなんか、数ヶ月前からこんなトコに押し込められてさ。ただ、子を産む為だけに生かされてたのに」

両手が、五人に向けられる。
固唾を飲み込み四人が武器を構えれば、愉快そうに狂気の瞳でマローは漆黒の業火を両腕から沸きあがらせた。
それは、禍々しくも美しい光景だった。
地獄からの使者がいるのであれば、それらの頂点に君臨しているような威圧感と絶対の魔力と美貌を兼ね備えた悪魔を髣髴とさせるような。
はためく裾から覗く、魅惑的な太腿、開いた胸元から零れるような乳房。
小柄で可憐ながらにして、絶対的な力を誇示している姫君。
怯えた瞳は殺意を含み光り輝く瞳へと、宝石を目の前にしたいつかのマロー姫そのもの。
空気の振動と共に、漆黒の炎が五人へと突き進む。
歯を食いしばり耐えようとした中で、突如としての、逆風。
風は炎を巻き込み部屋を暴れながらしばし暴走していたが、破壊された塔の一部から飛び出して上空へと昇った。
唖然とマローも、皆もそれを見つめれば。

「・・・待っていて、私が必ずそこから出してあげる。マロー、怯えなくてもいいのです。待ってて」

息も絶え絶えに、アイラがよろめきながら苦痛に顔を歪めつつ声を発する。
声は小さかったが、凛とした響き渡る声で。
四人の後ろから前に躍り出るように、両手を掲げたままマローに微笑んだ。
思わず視線の強さと、柔らかな笑みに、マローが尻込みする。
相殺。
マローの魔力はアイラが完全に、相殺できるのだ。
わなわなと震え出すマローに、アイラが徐々に進んでいく。
いとも簡単に掻き消された自分の攻撃、やはり姉の前では無力なのだろうか。
マローは大声で叫びながら次々と魔力を放出する、幾度も重なり空気の波動が皆を襲うが無傷。
咄嗟に張り巡らせたアイラの防御壁が、それらを無に還していた。
怒り狂ったマローだが、ふと、気付いた。
マローには、護るものがない。
アイラには、自分以外に大勢護る者が存在する。
口元の端に、緩やかに笑みを浮かべたマローは、急に矛先を変えた。
トレベレスを狙う、自分に靡いていたくせに、自分を無下に扱いあまつさえ姉を愛した男を狙う。
腹の子の父親、だが嬉しむことも、認めようとすらしない身勝手な男を狙う。
アイラが幾らマローの魔力を相殺出来ても、広範囲に及べば負担とて大きいだろう。
マローは空へと右手を掲げると、一気に振り下ろした。
塔の天井を割り、落雷がトレベレスを襲う。
弾かれたようにトレベレスへと飛び込んで、下から落雷を受け取るべく両手を掲げたアイラだが、落とすことは簡単でも受けるのは厳しく。
ピピッ、とアイラの両腕に電流が走り歯を食いしばってそれを堪え。
アイラの表情で、どれだけ負担かを判別するマローは、離れているベルガーへ向かって再度雷を突き落とした。
アイラは皆を庇うだろう、それは体力の、魔力の消耗を意味する。
徐々に削っていけば、相殺出来なくなるだろうとマローの憶測。

「ご無事ですか、ベルガー様」
「あ、あぁ・・・。すまない・・・」

微笑し、両腕の痺れを留めるべくアイラは腕を擦る。
そっとその手に反射的にベルガーが触れ、優しく重ねるように撫でた。
驚いてアイラが見上げれば、顔を背けベルガーが聞き取れないようなくぐもった声で呟いていた。

「勘違いするな。・・・自分に非があると思っただけだ」

だが、ベルガーの手は心地良く、やんわりと痛みを拭い去るようで。
アイラは微かに、くすぐったそうに笑う。
妹を悲惨な目に合わせ、そして自分が放った槍に身体を突かれていても、アイラ姫は護ってくれた。
どこまでのお人よしなのだ、と呆れて溜息をつくベルガーだが。
だからこそ。

「マロー姫の属性が読み取れない。雷に黒炎に冷気・・・、よくもまぁ反する元素を使いこなすことが出来るな」
「・・・多分、本質は雷なのです。暗き空、地上に降り注ぐ眩い光の矢。激しく速く、けれども麗しく。・・・それがマローの本質なのです。
炎と冷はあの子の心の表れ。動揺し全てを憎むことしか出来ず、荒れ狂う心が炎となり。寂しくて怖くて、辛くて堪らない心が冷気として。止めないと・・・、マローは別に破壊の姫君などではありませんから。暗示がかけられてしまっただけなのです」

立ち上がり、唇を湿らせてアイラはマローを見つめた。
悲痛そうに、見つめていた。
ベルガーは黙って立ち上がると、何故か触れたくなり髪に口づける。

「え?」
「・・・お前に、協力しよう。興味が湧いた」

ふわり、と揺れた空気にアイラが振り向けば。
今まで見たことのないような優しげな微笑でベルガーが、アイラを見下ろしている。
深い深い、深緑の細く鋭い瞳は、アイラを映す。
清流の川底を髣髴とさせる、ベルガーのその吸い込まれそうな瞳。
真剣な眼差しに思わずアイラが戸惑い気味に頷けば、身体を強引に引き寄せられた。
後方から。

「アイラは、オレのものなので。勝手に触らないで戴きたく」

血相変えて鬼のような形相でトレベレスが腕の中にアイラを隠している、不服そうにベルガーは笑いもせずに言い放つ。

「子が出来ただけだ、そなたのものとは決まっておらぬが」
「・・・くだらない争いは、今は避けろ」

一発触発、再び。
睨みを利かせる間に、トライが割って入ると剣を構え直す。
トライの言う通りだ、今、こうして色恋沙汰で争っている場合ではない。
おまけにそのベルガーの態度は、アイラに対して劣等感を羨望、そして狂うほどの嫉妬を感じているマローにとっては火に油。

「マロー姫! アイラはお前を探して一人旅に出ていた、自分が生き残ったおかげで街の者達には罵倒され。石を投げられ罵られ、それでもお前を救う為に必死になってここまで来たのだ。アイラがお前を裏切ることなど、ありはしない。落ち着け」

トライが告げる、マローは聞く耳持たず、とばかり再び宙に浮き一瞥している。
マローの、説得。
冷静になりさえすれば、マローとて解ってくれるだろう。
ベルガーとトレベレスに与えられた身体と心の傷は、すぐには癒えないだろうが、アイラが傍に居さえすれば。
永久凍土のような心ですら、太陽が降り注げば少しずつ溶けていく筈だ。

「うっさい」

冷ややかな視線でトライを睨みつけると、再び落雷を放つ。
舌打ちし地面を転がりながらそれを避け、間合いを取りながら話し合いを続行すべくトライは態勢を整える。
トレベレスに支えられながら、アイラは懸命に腕を伸ばした。

「マロー、聴いて。私たちのどちらが繁栄か、破滅か。そんなことは関係ありません。全ては私たちの感情によって左右されてしまうの、マローはね、破壊の子などではないのですよ。今もラファーガの民は貴女の帰りを待っています。貴女しか、あの国を支えられる姫はいないのです。マローには、天性の可愛らしさがあるでしょう? 見ている人を思わず笑顔にしてしまえる、口元を綻ばせられる愛くるしさがあるのです。
私の言葉を信じなくても良い、マロー、貴女自身の今までを振り返って。
みんなに愛されていたのは、どちらだった? 私じゃなくて、マローでしょう? そして、マローは自分が好きな筈。私は、大好き。
大事な大事な、私のマロー。 信じて、自分を。”マローは、素直な良い子。可愛い子。”そんな子が、全てを破壊できるわけがない。
・・・おいで、マロー」

アイラが腕を伸ばす、マローに向かって腕を伸ばした。
一瞬、マローの身体が引き攣り、反射的に腹を擦る。
アイラの視線が、マローを捕らえ。
小刻みに震えながらマローはそっと地面に降り立った、額を押さえ始まった頭痛の痛みを和らげようと。
つきん、つきん。
マローは、腕を伸ばした。
頭が、痛い。
頭痛の時は城では皆が挙って薬草を届けてくれたが、一番効いたのはアイラの手だ。
眠っている自分の額にアイラが優しく手を乗せれば、それだけで痛みが和らいだ。

「ねぇ・・・さ・・・ま・・・、いたい、よぉ・・・」

痛みは激しさを増す。
マローが腕を伸ばせば伸ばすほど、何故か痛みが強くなる。
アイラの声が、脳内にこだましていた。
そうだ、必死にアイラはマローを護ってきたではないか。
いつだって、傍に居てくれたではないか。
こうして、助けに来てくれたではないか。
可愛い可愛い、と何度も言ってくれた。
姉だけは、自分の味方。
解る、解っている。
マローは、そっと周囲を見渡す。
何と酷い有様か、自分がしたことだ。
塔だったらしいその建物は、半壊。
観れば地上とて大打撃を受けている、今にも塔とて崩壊しそうな。
ゾワリ、と背筋が凍りつく。
自分に、こんな魔力が宿っているなんて知らなかった。
子の影響なのかもしれないが、恐ろしくなった。
怖い、助けて。
目の前の姉を再度見つめる、そうだ、姉ならば助けてくれるだろう。
きっと、助けてくれるだろう。
何を躊躇う、早く姉の許へ行かなければ。
腕を伸ばし、アイラも懸命にこちらへ歩いて来ていた。
ほら、迎えに来てくれる。
いつだって自分を迎えに来てくれる、優しい大好きな、姉。
自慢の、姉だ。
マローは、そっと涙を瞳に浮かべた。
身体に秘める、自身の破壊衝動は心が引き起こしたもの。
精神安定剤は姉のアイラ、安らかに居られれば暴走しない。
と、不意に何か物音を聞いた。

「危ない、アイラ!」

先程からマローが落雷を叩き落としていた為、天井は半壊していたが、支えが弱まり一部が崩れ落ちてきたのだ。
トライの叫び声、最も近くに居たリュイがアイラを引っ張り地面へ倒れこめば間一髪、落下してきた天井を避ける。
リュイのマントが瓦礫の下敷きになったが剣でそれを切り裂けば、何事もなく。
安堵し、マローは震えながら思わず足が竦んだ。
アイラとマローの間に天井からの瓦礫が、立ちはだかる様に。
おまけにその衝撃で塔全体が軋み始めている、床が少しの振動で抜けてしまいそうだった。
アイラを抱き留め、安堵の溜息を吐怯えさせない様に微笑むリュイ。
一呼吸置いて、決意したようにアイラに告げた。

「大事な友達なんだよね・・・一人で行動しないで欲しい」

友達。
アイラを観ていて、解ってしまった。
アイラは、トレベレスに惚れている。
求婚はしたが、他の男に惚れているアイラを娶る事など、リュイには出来なかった。
だからせめて、アイラの傍に居られるように、繋がりを持っていられるように。
元気付ける為に、励ます為に、虐げられてきたアイラを包み込めるように。
リュイは、唇を噛締め”好き”の言葉を使わずに”友達”と、表現。
案の定不思議そうにアイラは首を傾げている、頬に、髪に触れたかったがそれでは友達の域を超えてしまいそうだった。
ゆえに、リュイは頭を撫でる。

「友達。ラファーガ国と友好関係にありたい。いつでも互いの国を行き来し、良いところは学び成長し合おう。僕はアイラ姫と友達になりたいんだ」
「ともだち」

友達などという単語、初めて言われたアイラ。
思わず嬉しそうに顔をほころばせると、肩の力を抜いてリュイに抱きつく。
小さく叫んだリュイ、赤面し・・・これは友達の抱擁だ、抱擁だ・・・と言い聞かせ感動している様子のアイラを困ったように見つめる。
こちらの気も知らないで、この姫は。

「さぁ、皆脱出しよう。早くマロー姫を救出するんだ。ここは危ない」
「はい、リュイ様!」

二人で立ち上がり、マローを見つめた。
トライが近寄り、近寄ろうとするアイラを右手で制す。
行くな、とでも言いたそうなトライに思わず口を開きかけたアイラだが。

「大丈夫、必ずオレが共に居よう。全ての災いから護り抜く。だからここはオレに任せろ、今皆で動く事は危険だ。マロー姫をこちら側へ連れてくるからここで待て」
「・・・はい」

落下した天井、罅割れつつある床。
バランスを保っているからこそ、この状態だがいつ何時崩れるか解らない。
トライは、そっと足を踏み出した。

「マロー姫、じっとしていろ! 今迎えに行く、動くなよ」

マローは顔を青褪めさせ立ちすくんでいる、動く事はなさそうだが、冷静になり状況に怯えたのだろう。
剣を収め、徐々に静かに、ゆっくりと進むトライを祈る気持ちで見つめるアイラ。
と、再びトライの目前に天井が落下してきた、悲鳴を上げるアイラ、簡易れずトライは後方に下がり直撃を免れる。
反動で床が割れ、そこだけが沈んだ。
斜めになった床に、喉の奥で悲鳴を上げたマローと、懸命に皆に捕まり堪えるアイラ。
心底怯え、泣いているマローを放っておけずにアイラは思わず皆の手を振り切ってトライに駆け寄る。

「アイラ、来るな!」
「まて、アイラ!」
「駄目だよ、アイラ姫!」
「こちらに戻れ、アイラ姫」

トライが、トレベレスが、リュイが、ベルガーが。
叫んだその時、駆け寄ろうとしてくれたアイラの姿を涙で濡れた瞳で捉えたマロー。
乾いた唇で自分も叫ぼうとしたが、喉も渇き声が出ない。
だが、その奥。
アイラの向こう側に見知った顔を見つける、思わず目を見開いた。
ミノリに支えられ、階段を上ってきたトモハラだった。
マローの床が上がっていた為、丁度トモハラと視線が交差する位置。
二人の視線は、交差した。
思わず涙を拭い、急に胸の奥が燃えるように熱くなったマロー。
来てくれた、もう一人。

”・・・必ず、命に代えても御守致しますから。マロー様だけは護り抜きますから”

そう言ってくれた騎士が、助けに来た。
もう、大丈夫だとマローは思った。
姉もいるし、騎士も居る。
夢見た通り、二人が助けにこうして来てくれた。
もう少しの辛抱だ、必死に震える足を奮い立たせ軋みを上げている床に立つ。
トモハラを庇いながら、一人懸命に上ってきたミノリはアイラの姿を見つけるや否や、大声で叫んでいた。

「アイラ姫!」

無事で居てくれた、と。
崩壊する塔の中、逃げ惑う人の中。
外では何かからの攻撃で、地獄の様で。
それでも二人の騎士はそれぞれの姫を探して、求めて懸命に這い上がってきていた。
感極まって思わず名を叫んだ、隣でトモハラは弾かれたように懸命に瞳を細める。

「ミノリ! トモハラ!」

四人の王子達に護られながら、眩いばかりの緑の髪をふわりと揺らし、アイラが驚愕の瞳で名を呼ぶ。
二人が無事なのは嬉しかったが、今来てはいけない、危険だ。
そんなアイラの気も知らず、嬉しくて喜ばしくて、必死にトモハラを引き摺るようにしてミノリは進む。
床が垂直ではないが、アイラを目指して進んだ。
早く、謝りたい。
数ヶ月前の自分の愚行を、詫びたい。
願わくば、再び騎士として仕えたい。
その想いが、ミノリを突き動かしていた。
トモハラの手を掴んでいた力も、強まっていく。
微かに見える視界の中で、トモハラもようやくアイラを姿を捉えた。
アイラの声が聴こえた、その方角に向かってトモハラは、名を呼んだ。

「アイラ姫、ご無事で何よりです!」

カシャン・・・

マローの足元に、何かが滑り落ちた。
胸元を飾っていた、小さな宝石のネックレス。
トモハラが購入し、アイラを経由してマローへと渡ったネックレス。
鎖が切れて、落下した。
だが、落ちたことには気付かずにマローは見ていた。
目の前で、ミノリとトモハラが懸命にアイラを目指している姿を見ていた。
その光景を、マローはぼんやりと眺めていた。
隔たれた、世界。
落下してきた天井は、姉と妹を隔てた。
自分は、一人きり。
傾いている塔の中で、麗しい姫君は二人居た。
だが。
姉には、四人の王子に騎士が二人。
目の前に立っている、双子の姉は。
自分が欲しいものを、持っている。
綺麗な宝石、秀逸なデザインの洋服、そして美男子達、いや、”人の温もり”を。
何を思うでもなくマローは、トモハラを見ていた。
確かに先程、視線が交差した。
間違いなく、自分の姿をトモハラは見た筈だった。
だが、呼んだ名は。
トモハラが口にした名は。

カタカタカタカタカタカタ・・・

小刻みな振動に、トライが我に返る。
二人がこの階にこれば、当然としてバランスが崩れる。
落下の要因だ、二人の再会したい気持ちは解らないでもないが今は邪魔なだけ。

「塔が崩れる! ミノリ、今は来るな、トモハラを連れて戻れ! オレはマロー姫を救出する」
「マロー姫? 俺もマロー姫様を・・・」

そう言い放ちトモハラから視線を逸らしてトライが、マローを振り返った瞬間だった。
爆音。
反射的にアイラが防御壁を張り巡らせた為、全員は無傷だ。
だが、塔の四階は吹き飛び、三階の天井も壁も全て根こそぎ何処かへと吹き飛ばされて筒抜けに。
軽くなった分、塔は安定したかもしれない・・・が。
アイラは、動揺を隠せずに見つめている。
双子の妹を、見つめている。
トライが、息を飲んで後方へと下がり剣を抜いた。
トレベレスがアイラの前に立ちはだかり、同じく剣を構えた。
リュイが剣を地面と垂直に構えて、小さく言葉を呟き始める。
ベルガーが槍を両手で構え、矛先をマローへと。
ミノリは唖然と事の成り行きについていけず、ただ、トモハラを支え。
トモハラは。

「・・・マロー姫・・・?」

擦れた声を出し、瞳を細め視界を鮮明に。
瞳に映った光景は、宙に浮かび。
狂気の笑みでこちら側を見ている、愛するマロー姫の姿だった。
口元の笑みは、見ている者全てを震撼させた。
瞳に光を宿さずに、ただただ、閉じられた空間の中で。
ゆっくりと、マローは空中へと上がっていく。
虫けらを見るような冷ややかな視線、大きな瞳で皆を見下ろしながら、上へ、上へと。
空は暗雲立ち込め、黒煙をバックに佇んでいるマロー。
それは、一枚の絵画の様だった。
夕暮れから夜の帳へと移動する空に、浮かぶ細い三日月は。
雲に覆われるも微かに、月光をマローへと降り注ぐ。

「いけない! マローが戻らなくなるっ。殻に閉じこもって、出てこなくなるっ」

アイラの叫びに、マローが口元を歪めた。

「みんな、みんな大嫌いだっ! 死んでしまえ、消えてしまえっ!」

大声に皆が唇を噛締めた、見上げたマローから放射線状に吹き荒れるように放たれる雷。
何本も、何本も容赦なく降り注がれた。
咄嗟にミノリとトモハラを引き寄せたリュイ、皆で固まりアイラを援護すべく詠唱を。
混乱気味のミノリの隣、トモハラが軽く眩暈を起こしつつもトライへと問う。
内心、冷静でなどいられるわけもなく。
間違いなく、浮かんでいたのはマローだった。
人間が宙に浮くことが出来るとは、知らなかった。
それも、呪いの姫君ゆえの”力”なのか。
トモハラは、歯軋りして頭を大きく振る。
・・・違う、と思った。
あの子は、呪いの姫君などではない、と。
トモハラの瞳に、鮮明に映ったマローの姿は、何故あぁも酷く儚げで寂しそうだったのか。

「何事ですか!? マロー姫様は!?」
「落ち着け、トモハラ! あぁなると、手がつけれらない」

腕を伸ばして必死に張った結界から飛び出ようとするトモハラを、リュイとトライが懸命に押し留める。
マロー姫のこととなると、感情が先走るトモハラだ、それくらい二人には解っていた。
暴走したマローを止められるとするならば、それはアイラか・・・トモハラか。
トライは、右手で剣を構えながら左手でトモハラを押さえつけつつ、マローを見上げる。
背筋に、悪寒が走った。
非常に良くない事が起こりそうだった、思わず、笑みが零れてしまう。
・・・考えたくはないが、以前もこのような目に合わなかったか、と。
迸る魔力は、マローの感情。
想いが強ければ強いほど、比例して魔力も強力に。
湧き上がる魔力は、止まらない感情の暴走。
雷は激しさを増す、邪悪な炎を帯びながら。
周囲の空気は氷点下に達するほど、急激に冷え込み。
我武者羅に、ただ、感情の趣くままに。
自分が何をしているかなど、マローには解っていない。
ただ、この場を消し去りたかっただけだった。

―――・・・好きでした、ずっと―――
―――あなたの笑顔が、好きです。・・・どうか、ご無事で―――

心底憎々しげに、トモハラを見つめるマロー。
護ると言ったではないか、自分の騎士だった筈なのだから。
好きだと、言ってくれたではないか、あの時に。
だが、結局は。
「アンタも、結局。・・・ねえさまが好きなの? 男なんて、口だけの馬鹿ばっか! ・・・大っきらい!! みんな、みんな、だいっ嫌いだっ」

もう、泣かない。
涙など、出てこない。
泣いたら、惨めだから泣かない。
今は無性に、目に映る全てのモノを破壊したい、それだけ。
自分になら、出来るはずだ。
破壊の子を産む姫君なのだから。
護るべきものは、自分。
相殺出来る唯一無二の双子の姉は、あぁして男を六人、守らねばならないから。
有利なのは、確実に自分だった。
そう、姉と違い自分は。

「ひとりぼっち」

湧き出る感情は、嫉妬なのか憎悪なのか沈痛なのか孤独なのか。
身が引き裂かれるほど、焼き焦げるほど、痛い感情は。
何だというのだろう。
募る苛立ちに唇を噛締め、拳を爪を立てて握り締めると呆然と自分を見上げているトモハラに向かって衝撃波を繰り出す。
要らない。
不要な騎士だ。
あんな役立たず、要らない。
非常に目障りだ、邪魔な存在だ。
心を、掻き乱された。
激しく、不愉快な気分になった。
人目を惹く美形でもなければ、何処かの王子でもない、ただの貧相な市民の分際で。

―――君に、相応しい男になるから。待ってて!―――

幼い頃、庭で告げてくれたトモハラが追想。
想い出した自分、腸が煮えくり返るほど身震いして腕に爪を立てる。
何が相応しい男か、何処が相応しい男なのか。
こんなに、こんなにも。
何故か、睨みつけているトモハラの顔が、ぼやけた。
それが、自身の涙ゆえとは、マローは知らなかった。

「痛い・・・痛いっ!!」

胸が、痛い。
張り裂けそうに、痛い。
ギリリ、と唇を強く噛締めれば血の味が、じんわりと口内に広がる。
いつか観た、滑稽な夢が何故か思い出された。
ホットミルクをトモハラが作ってくれて、飲んでいる自分の隣で観ていてくれる、という夢だ。
毎晩毎晩、ホットミルクを眠る前に届けてくれて。
飲んでいる自分を優しく見つめてくれている、トモハラ。

急に腹部が痛み始める、吐き気がする。
頭痛に襲われた、嘲笑うように耳元で耳障りで不愉快な音が聞こえた。

「痛いのは・・・嫌なの!!」

絶叫し、根本を叩き潰すべく、いや、消滅する為に。
マロー姫は泣き叫んだ、痛くて痛くて、苦しくて苦しくて、呼吸もままならず泣き喚く。
怪我などしていない、痛いのは、胸。
トモハラが、アイラの名を呼んだ。
マローではなく、アイラ、と最初に呼んだ。
目が合ったはずなのに、自分を観た筈なのに、呼んだ名は。
”アイラ”。

「あたしの名前、マローっていうの」

・・・アイラっていうのは、双子の姉様の名前なの・・・。
唇を、軽く動かす。
声には出てこない、口内は、乾き切っていた。
それだけだった、それだけで何かがマローの中で音を立てて崩れ去ったのだ。
自分の名ではなく、双子の姉を呼んだ、本当にそれだけ。
それが、トモハラだったというだけ。
懐いていたトレベレスも、強請れば欲しいものを誂えてくれたベルガーも。
特に、どうでも良い。
トモハラが。
一般市民でありながら、自分の為に、自分を追いかけ騎士になり護ると告げ、好きだといい口付けしてくれた
トモハラまでもが。
”アイラ”、と呼んだ。
瞬間、胸が破裂して砕けて、なくなった。
ぽっかりと大きな穴が空いて、風がヒューヒュー通り過ぎた。
風が通れば、染みて徐々に抉られ削られ行くようで、痛い。
視線が交差したのに、自分を観ていた筈なのに。
名を、呼んでくれなかった。

「・・・みんな・・・ねえさまが・・・いいんだよね・・・」

途切れ途切れに、呟く。
マローは、知らない。
トモハラの視力が、格段に落ちていたことを。
トモハラの瞳に、マローは確かに映っていた、だが認識出来ていなかった。
ぼんやりと、おぼろげにしか世界を捉えられなかったトモハラ。
まして、マローは声を発していなかった。
アイラの声と皆が『アイラ』と呼ぶ声が聴こえ、近くに居たアイラだけをトモハラの瞳は捉えたのだ。
そう、辛うじて”見えた”のがアイラだった。
だから、名を呼んだ。
もし、トモハラの瞳が正常ならば。
トレベレスに目を斬られてさえいなければ、当然。
真っ先にマローの名を呼び、臆することなく不安で立ちすくんでいるマローへ駆け寄っただろう。
そして見事に抱き抱えて、戻ってきただろう。
それが、トモハラの願いだった。
マロー姫を、救出する。
大好きな笑顔を護る為に自分が出来る事を、する。
だが。
トモハラの今の視力では、無理だった。
マローは、そのようなことを知らない。
そして当然知る筈もないことがもう一つ、どれだけトモハラが自分を探していたか、ということだ。
どれほど、求めていたかを、案じていたかを。
自分の未熟さゆえに攫われた為、己を責め立てることしか出来なかったトモハラを。
呪いの姫君と解っても、感情を微塵も損なわずにマローを愛していると言い放ったトモハラを。
ただただ、騎士は愛する姫の為だけに。

・・・マローは、知らない。
考えようともしなかった。

降り注がれるのは、マローの心の叫び。
アイラには痛々しくそれが突き刺さる、双子の姉ゆえに、よく解った。


「・・・私は・・・みんなにこうして助けてもらっているのに・・・」

項垂れて、呟く。
アイラが言わんとしていた事は、トライとて解った。
このままではこの状況下を作ったのが、自分であると責め続けるであろうアイラが手に取るように理解出来たのでトライは制すべく手を伸ばす。
だが、アイラは首を哀しそうに横に振り口を開いた。

「マローは、極端な寂しがり屋なんです。強がっているのは、威圧感を与えて離れていかないようにする為。それでも離れたら、所詮その程度だと。・・・最初から寄り添って離れられるよりも、受ける痛みが少なくて済むから。大勢の人が居てくれればそれで良い、いつも明るい場所に居たい。
でも、本当は離れていかないで欲しい。・・・酷く怖がりなんです、一人が、嫌な子なんです。
大丈夫、なのに。あの子は、私よりも格段に綺麗で、賢く、愛らしい子なのに・・・」

助けなきゃ、あそこから、出さなければ。

決意したように小さく、呟いたアイラ。
懸命にリュイと手を繋ぎ防御壁に専念していたが、それだけではマローは救えない。
軽く唇を噛締め、止める皆を振り払い先頭に躍り出たアイラを不思議そうにマローは見下ろす。
城内に居た時のように、無邪気に小首を傾げて大きな瞳を何度も瞬きし足を組んだまま小馬鹿にした様子で。

「どうするの、ねえさま? あたしの攻撃を防ぎながら、あたしのトコまで来られる? 無理よね。誰かを犠牲にすれば、ここまで来られるよ? 
・・・あたしを護ると言うなれば、その下衆な男達を見殺しにしてよ」

きゃははは! 愉快そうに笑い転げた。
髪先を指でつまみ、くるくると回しつつ暇を持て余すように軽く言い捨て。
冷えた瞳で、アイラを見下ろす。
姉とて、男達と同類だろう。
アイラは、どうやらトレベレスを好いているようだった、それくらいマローにも解った。
双子の姉なのだ、思い返せば最初からトレベレスを好いていたような気もする。
だが、姉の事だから自分が先に気になると言い出したので引いたに違いない。
誰を、選ぶのだろう。
常に寄り添っていたトライ王子か。
最初に求婚したリュイ皇子か。
何故かアイラに微笑み出したベルガー王子か。
騎士とて付き添っていたミノリか。
子の父親であるトレベレス皇子か。
・・・マローの騎士であった筈のトモハラか。
一人ずつ視線を移していったマローは、トモハラの箇所で一旦何故か躊躇するように唇を噛締める。
アイラの後方に居たトモハラ、何故か二人が寄り添っているように見え、酷く胸が苦しい。
慌てて視線を逸らし、一瞬、物悲しそうに瞳を伏せる。

「マロー姫が、泣いてる・・・」

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ぐはっ
気落ちせず、頑張ってくれ

さりげなく外伝1がッ
トビィの後ろ 2009/11/02(Mon)16:24:40 編集
アイラがマローに何を告げたのか
思い出せないでござりゅん(吐血)。
というか、今リズリサに関して書いたブログのヒット数が700近くて激震しました。←福袋のやつ

いつの間にあんなに玉とか戴いていたんだろう(滝汗)。

おそるべし、リズリサ福袋。

ちなみに、そのパーカーは実は一度も着ていないんだぜ!(威張)
今年着忘れたんだぜ!
もう冬なんだぜ!(号泣)
ついでに、そのワンピはがばがばだったから、欲しい人居たら千円で売りますぜ!
一回しか着てないぜ!
三浦春馬の舞台の時に着ただけなんだよねっ(号泣!

体調不良で痩せたせいでね、ぶかぶかもいいとこだったんだよー・・・。
あーちのトコ行くと写真が見えます。

次に狙う福袋はリズリサかワンウェイかシェイクシェイク。

悪かったな、109ブランドばっかで(開直)。

と、愚痴を書いても仕方ないので、寒いですが頑張って完結させたいです。

外伝1を入れつつ、ついでに2も何処かで入れたいです。
4だから、半分だしっ。
まこ 2009/11/03(Tue)21:53:20 編集
あー
あの古い記事の
何事かと思ったが、リズリサ人気は留まらないからなー、みんな気になるんだろうな
4千円ならば中高生でも買える範囲だし

オレはどれもこれも無理だが(つーか、リズリサは若くても無理だが)似合うから問題はないかと

トビィの後ろ 2009/11/04(Wed)17:59:01 編集
コメントが消えている(微震)
夜中だと
こっちも重い
こまったな

※本日の俳句

来年のw-inds.ツアー(及びファンイベ)は、一緒に行ってくれる人が豊富で良いですね♪

あーち
綾鷹たん
かおちゃん
さとちゃん
彼氏

ほーら、五回も行けちゃうよ(てへへ)。

という感じで、来年のファンイベにリズリサ着ていこう(気早)かとっ。

そうだねぇ、そういえば四千円なら中学生にも買えるもんね・・・。
あれは、本当に当たりだったなぁ。
去年の記事なのに、凄いなぁ(笑)。
今年はバックとサンダルはそういえば貰ったけど、服が・・・。
買ってないよ!?
溜め込んだスタンプの有効期限が不安なので、土曜日に行ってこよう・・・。
(即決)

土曜日は、美容院とアロママッサージ♪
昨日美容院に居たような気がしますが、気のせいです。
ヘッドスパやりたいんだぜぃ。

一緒にシェイク着ようぜぃ。

さて。

そんなコトを書いている場合ではないので、いい加減完結させて寝ます。
あと一時間半。
頑張れ、私。
まこ 2009/11/08(Sun)22:32:34 編集
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