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Dear まぁるちゃんへ。
暫し、呆然と走り去った車を見ていた慧子だが不意に先輩の一人に腕を捕まれ反対方向へと歩き出す。
大人しく、何も言わずに歩く慧子を、不安そうに後ろから見守る友達二人。
九人という大人数で、歩いた先はこの高校生が多々出入りするクレープ屋だった。
先程マビルが食べていたクレープも、この店のものである。
店内には入らず、外の辛うじて空いていたテーブルを陣取り、椅子を寄せ集めて九人は所狭しと座り込んだ。
「奢ってあげる」
数分後、先輩方が慧子達にクレープを突き出す。
覚束無い瞳で先輩達を見上げた慧子の前には、ブルーベリーとチーズクリームのクレープ。
「あんたの好みなんて、知らないけど」
「・・・ありがとうございます」
慧子はぎこちなく微笑むと、大人しくそれを受け取って齧った。
皆、慧子を見ていたが安堵すると各々クレープを齧り始める。
二年ギャルだけが、忙しなくパソコンと格闘中。
先程のデータを早速整理している様子である、デジカメの画像共々。
黙々と食べている中、ふと、慧子が顔を上げた。
「・・・私。ちゃんと告白しますからね。プライドあるので。でも、奢っていただいたこれはお返ししませんから」
先輩方と視線が合うと、先程より弱めの瞳で、それでも無理やり勝気に笑う慧子。
先輩は、ふっ、と唇の端に笑みを浮かべて「上等」とそれだけ。
三年生とて、何人もの下級生、及び同級生を見てきた。
皆、マビルの存在を知った途端に諦めていった。
本能で解るのだ、”関わると惨めになる”。
告白する事に意義がある・・・それはそうだが、玉砕覚悟した上でのこと。
さらに、告白後に待ち受けているものは見たくもない”自分以外の誰かを想って切々と断られる好きな人の姿”だ。
見たものしか解らない、胸のキリリ、とした痛み。
優しいから、と容赦などせずに他の少女を愛しそうに思い浮かべながら断ってくるトモハル。
この場に居る二年、三年、全員同じ思いを体験した集まりなのである。
嫉妬心から告白を止めた訳ではなく、お節介かもしれないし、過去の自分を見ているようで辛かったのもあるだろうし。
成就されないことなど、知っている。
憧れているだけならば、特に問題はない。
だが、負け知らずの無鉄砲な女が勢いで告白に及ぶと。
いや、及ぶ前にマビルとトモハルの姿を見ると。
自身の自信喪失に繋がるのだ。
慧子は、なんとなくこのメンバーに感謝した。
友達と三人だけであれを目撃していたら、経験の少なさから友達は適当なフォローが出来ないだろう。
年の功、ではないが、先輩方が傍にいてくれたのは、それだけで安らいだ。
辛いとき、一人で居るのも良いだろう。
だが、手っ取り早く浮上したいのであれば、再度自分を取り戻したいのであれば。
誰かが居るべきだ、喋ってもらわなくて良い、居てくれるだけで良い。
慧子は、何故か泣きたくなってクレープを齧る。
そして、思った。
この学校に入ってみて、よかったかもしれないな、と。
鰻を満足そうに食べたミノル達を怪訝に見つめながら、トビィは会計を済ませマビルと車に乗り込んだトモハルに一言。
「出世払いでいい、トモハル。本日の会計は18,000円な、消費税は負けといてやる」
「え、何で俺!?」
素っ頓狂な声を出したトモハルに、トビィは微かに喉の奥で笑うと有無を言わさず皆を自宅へ送り届ける。
最初にミノルとトモハル、そしてマビルが下ろされたので見送り、非常に優越感たっぷりでミノルが家へ消えたのを見送ってから、トモハルは手を引いてマビルと家へ戻った。
両親はまだ帰宅していない、ボーリング大会の後はいつも宴会なので深夜まで帰ってこないだろう。
トモハルの兄は大学の為家を出たので、当然だが現在家にはトモハルとマビルの二人きり。
年頃の二人にしたら、それは非常にオイシイ展開なのだが。
浴槽にお湯を溜めているトモハル、その間にマビルは今でストレッチ。
入浴剤の良い香りが居間に漂うと、着替えを持ってマビルは浴室に移動。
温度を確かめているトモハルと交代する。
マビルの入浴タイムの開始だ、トモハルは自室で制服から部屋着に着替えるとまた居間へ戻ってきた。
テーブルに勉強道具を並べる、自室の机のほうが勉強は捗るが、こちらのほうが”都合がいい”ので、ここで宿題を片付ける。
当然大学へ進学予定のトモハル、本来優秀なのでそこそこの勉強で十分なのだが性格上手は抜かない。
目の前に携帯を置き、アイスコーヒーを冷蔵庫からコップに注いでお供にする。
約、一時間半。
浴室からドライヤーの音が聞こえたら、大きく伸びをしてトモハルは立ち上がる。
移動先は、キッチンだ。
カップに牛乳と蜂蜜を大さじ3、そして父のブランデーを2滴入れてレンジで温める。
出来上がったものを居間へ持ち込んで再び、勉強。
そうするとマビルが歩いて来た。
テーブルに置いてあるホットミルクを見つけると、マビルは早足になる。
ソファに座って、猫手のマビルは熱そうにそれを持つと美味しそうに飲み始めた。
日課。
風呂上りに、トモハルの作ったホットミルクを飲むことがマビルの日課だ。
隣でゆっくりと飲んでいるマビルに、咳をしてトモハルは視線をノートに落として一言。
「前から言ってるだろう、マビル。そんな格好じゃ風邪ひくよ」
「だって暑いもん」
ウサギのようなもこもこふわふわした素材、薄いピンクのタンクトップに短パン。
マビルの寝間着である。
トモハル的には非常に視線のやり場に困る寝間着だった、太腿は当然の事胸の谷間だって覗けば見える。
これを着始めてからもう一年だが、慣れる事など一切ない。
暢気にホットミルクを飲んでいるマビルを横目で見ながら、トモハルは教科書に集中しようと一応の努力はした。
猫手で猫舌のマビルは、ゆっくりとホットミルクを飲み続ける。
不意に目をやれば肌寒くなってきたのか腕を手で擦っていた、軽い溜息と共にトモハルは徐に立ち上がる。
自分の羽織っていたパーカーをマビルに被せ、「ね、寒いだろ?」と一言。
再び直ぐに教科書へと戻ったのは、上からだと谷間が・・・以下略。
マビルは、一瞬むっとして何か言いかけたが大人しくパーカーを羽織ったまま最後のミルクを飲み干した。
コトン、とテーブルにカップを置いてころん、とソファに横になる。
静寂。
トモハルのシャーペンを紙に走らせる音と、時計の秒針だけが、嫌に響いた。
が、不意に二人の視線が交差。
時計を見たトモハル、あぁ、と申し訳なさそうに呟いて立ち上がった。
0時数分前、マビルの就寝時間だ。
ブランデーが入っているせいか、入浴の疲労も手伝ってか、ともかくマビルは眠くなるのが早い。
「上まで行ける?」
「ん。・・・トモハルは?」
トモハルの部屋は二階である、階段を上ったその先だ。
眠そうに瞳を擦りながら呟いたマビルに、トモハルは微笑してソファに屈みこんだ。
「もう少しで終わるから、お風呂入って行くよ」
「うん・・・」
気だるそうに上半身を起こしたマビル、足に力を入れてなんとか立ち上がる。
「上まで行ける?」
トモハルは同じ質問を繰り返した、マビルはこくこく、と上下に首を振っているがこれは。
眠いらしい、相当。
軽々とトモハルはマビルを抱えた、一応本人なりに最も接触の少ないと思われる抱き方だ。
お姫様抱っこ。
マビルも眠いので抵抗することなく、そのまま身を任せて二階へと。
静かに部屋のドアを開けて、パーカーを脱がせてからベッドにそっと寝かせたトモハルは、ベッドのランプを静かに点灯させた。
暗闇だとマビルが怖がるから、だったりする。
「おやすみ、マビル」
「・・・おやす、み・・・」
数分経たないうちに、寝息。
笑いを堪えながらトモハルはランプの灯りでマビルを見下ろす、愛しそうに優しく微笑みながらそっと髪を撫でた。
「おやすみ・・・」
Dear My Princess・・・。
全く疑う事もなく、安心しきって眠っているマビル。
トモハルはそっと、覗き込んで唇を近づけた。
が。
頭を掻きながら静かに離れ、深い溜息を吐くとカーテンを閉めるべく窓を見る。
「!」
声にならない悲鳴を上げたトモハル、向かい側の窓の先はミノルの部屋だ。
ミノルが身を乗り出して見ていた、視線が交差した。
カッと赤面した二人、慌ててミノルは窓を閉めようとするがトモハルは窓を強引に開くとそのまま隣接するミノルの窓枠目掛けて飛ぶ。
飛ぶ瞬間に、自分の窓もきっちり閉めて。
窓が締め切られる前に腕を差し入れると、そのまま悲鳴を上げかねないミノルの部屋へ突入。
窓を勢いよく閉めると、左手の人差し指を一本自分の口元へ添えたトモハル。
静かにしろ、ということらしい。
静かにしろも何も、ミノルは恐怖で声が出なかった。
トモハルの顔が。
酷く冷徹に見えたからだ。
「ミノル・・・」
「な、なんだよ・・・」
「いつから見てた・・・?」
「いや・・・。お姫様抱っこして入ってきたから、ついつい・・・興味本位で」
あははー、と笑ったミノルだが、笑い声は乾いている。
今日、この二人以外家にいないことはミノルとて知っていた。
覗いていたわけではない、たまたまトモハルの部屋を見たら、偶然にも二人が入ってきたのだ。
沈黙のトモハル。
「姫抱きして来るくらいだから、何か始まるのかなー、なんて」
ガラではないがミノルとて姫抱きして、彼女をベッドに運んだ事くらいある。
そう、ベッドに運ぶ為に姫抱きするのだ。
二人が同じ部屋の同じベッドで眠っている事は以前から知っていたが、実際、何処までの関係なのかは知らないミノル。
好奇心というか、無謀というか。
「ありえないけど、もし、その・・・」
「あぁ、トモハルがマビルを犯してたら?」
スパーン!
トモハラの平手打ちがミノルに容赦なく叩き込まれた、本気の一撃だったので壁まで吹っ飛ぶミノル。
「そ、その言い方はやめろっ!」
「いってぇ! えーっと、手篭めにしてたら? 押し倒してたら?」
スパパーン!
往復ビンタ。
赤面し憤慨しているトモハルと、頬が赤く腫れて来たミノル。
「あ、愛し合い始めたら? め、めいくらぶ? 軋むベッドの上で優しさ持ちあい きつく身体抱き締めあえば?」
歌を歌っている場合ではない。
おまけに、ミノルは音痴だ。
二人は顔を見合わせると、赤面して俯いて、沈黙。
「・・・しないよ。無防備すぎて、手が出せない」
「無防備なのはお前だからだろ? 案外待ってないか、マビル。押した・・・じゃなかった、えーっと、されるのを」
「違うよ・・・」
頬をさすっているミノルに、軽く頭を下げるとトモハルは床に腰を下ろす。
「マビルの着替えとか覗いてないよな? いくらミノルでもぶっ殺す」
「死にたくないから、それはないないないないない!」
全力で返答したミノル、トモハルの声色が最後だけ本気だったからだ。
「マビルでよからぬこととか考えてないよな?」
「それも死にたくないから、ないないないないない! どうせ考えるならマビルじゃなくて、ア・・・」
言いかけてミノル、途端に口を噤む。
顔を赤らめて膝を抱き抱えた、二人して大きな溜息。
「トモハルは・・・いいよな」
「何が」
「・・・。うるせー、もーいいよ」
黙り込みを開始した親友を置いて、トモハルは再び窓から窓へとジャンプ。
カーテンの閉まる音を聴いて、ようやくミノルは顔を上げる。
「お前はいいよな、って言ったんだ」
赤面しながら、少し羨ましそうにカーテンで閉め切られた部屋を見つめる。
「一緒に居られていいよな、って思ったんだ」
ミノルが一緒に居たかった相手は、いない。
二人が仲良く暮らしているのを見るのは、ミノルにとっても安らぎだったが、反面、寂しい気もしていた。
似ていて似ていないが、マビルを見ていると焦がれていたマビルの双子の姉を思い出すからだ。
「でも、寝るときも一緒ってーのは、健康に良くなさそうだよな」
ぼそっ、っとミノルは呟いた。
何か間違いでもあればいいのだが、あの男に限ってそれは全くなさそうだった。
欠伸一つ、ミノルも布団に入り込む。
瞳を閉じれば、・・・。
「あー、ちくしょーっ! 目が冴えちまったっ」
部屋に戻ったトモハル、マビルが起きていないか確認しすぐに居間に戻る。
宿題を片付けて、さっと入浴。
静かに、細心の注意を払ってマビルと同じベッドに入る。
「おやすみ・・・」
マビルの手を握る。
先程、ミノルとの会話を思い出してまともにマビルが見られずにトモハルは背を向けた。
上手く寝付けない。
ベッドの中でもぞもぞと何度も寝返りを打つトモハル、不意にマビルの柔らかな何かに左手が触れた。
「・・・っ!」
弾かれたように飛び起き、ベッドから這い出ようとしたのだが出られない。
右手をマビルが両手でがっちりと握っているからだ、その為出られない。
「情けない・・・」
項垂れ、トモハルは自制心を居り戻すべく必死に瞳を閉じる。
手を握られている手が、妙に熱い。
困ったように見下ろせば、薄っすらと微笑みながらマビルが眠っていた。
「頼むよ・・・一応俺、男なんだ・・・」
警戒心が全くないマビル、それはそれで困ったものだった。
結局トモハルはこの晩、ほとんど眠ることなく朝を迎えたのである。
本当に健康に良くないわけで。
おまけにマビルは寝相が良くないので、蹴られたり殴られたりすることにはトモハルも慣れたのだが。
朝っぱらからトモハルは悲鳴を上げそうになった、まだ眠っているマビルだがタンクトップが胸まで上がっている。
「何のギャルゲーだ、これはっ!」
思い切り布団を被せ、トモハルは慌てて制服に着替えると一目散に部屋を飛び出す。
だから、あの寝間着は困るのだ。
着心地が良いらしく、一年前にトモハルが買ってあげてからマビルはほとんどそれしか着ない。
まだ五月、寒いだろうに。
次に出掛けたときに普通のパジャマを買ってあげよう、と心に誓うトモハル。
・・・懸命な、というか多々他の作品を読んで下さっている方なら、御分かりいただけたろうか。
何故、マビルはそれしか着ないのか。
トモハルが最初に買ってくれた寝間着だからというのもあるのだが。
もう一つ。
トモハルが登校してから数時間後にマビルは起床する、大きく伸びをすれば人肌もなく少し寒い。
当然ベッドから出れば、もっと寒い。
そうすると、ベッドの脇にある何かを見つけてゆっくりと羽織る。
トモハルの、パーカーである。
袖を通せば勿論大きいので、だぼだぼだ。
マビルは、くすくす、と愉快そうに笑った。
そうなのだ。
この寝間着で居ると、昨晩の様に寒い時トモハルのこのパーカーをかけてくれるから。
だから、この寝間着でいるのである。
トモハルのパーカーは、当然の事ながら。
マビルは、すんすん、とパーカーを被って香りを確認。
トモハルの、匂いがする。
軽く頬を赤らめて、マビルはその場でくるり、と回る。
嬉しそうに、マビルはベッドに腰掛けると横になって再び目を閉じた。
ベッドからも、トモハルの香りがした。
マビルは、それが好きだった。
居てくれるのが当たり前の存在、恋愛感情とか関係なく、”居なければならない存在”。
マビルは知らなかった。
トモハルに対して恋心を抱いていたのだが、本人が認めなかった。
認めなくても、必ず傍に居てくれると思って居たからだ。
「あのさ、マビル。明日さ、サッカーの試合なんだ。よかったら観に来て欲しいな、なんて思ったりするんだけど・・・」
「えーメンドイ。・・・けど、勝利の女神のマビルちゃんが行ってあげるよ、折角だから」
「ありがとう! 明日は紫外線が強いって天気予報で言ってたから気をつけるんだよ? トビィ達も来てくれるから、車でおいで」
そういうわけで、試合である。
選手のトモハルは当然早朝家を出た、隣のミノルと落ち合う。
マビルはゆっくり起きて、(それでも普段よりは早く)一生懸命身支度した。
サッカーというのはボールを蹴るスポーツだ、と、マビル的認識。
よくトモハルの試合を観たり、テレビで観たりしているが、何が楽しいのか解らない。
だが、サッカーをしているトモハルを観るのは好きだった。
シャンパンゴールドのワンピース、長袖だが肘辺りからの袖は透けている大きなフリル。
胸はVカットで谷間を強調、ハイウェストに切り替えのフリルつきで、大きなネックレスにピンクの水玉のスカーフを髪に巻いた。
焼けない様に黒の薄手のストッキング、ラメが入っている。
鏡で確認、大丈夫だ、とても似合っている。
マビルは迎えに来たトビィの車に、乗り込んだ。
ダイキにデズデモーナも一緒である。
デズデモーナに日傘を持たせて、ダイキに自分専用のシートをベンチに敷かせて、トビィに飲み物を用意してもらうとマビルはしゃなり、と座り込んだ。
非常に不機嫌そうな三人を尻目に、試合を見つめる。
トモハルとミノルは互いに呼吸もぴったりで、容赦なく敵を攻撃していた。
慧子達も当然来ていたが、姫扱いのマビルに唖然とした。
「ま、また新たなイケメンが!?」
傘を持っているデズデモーナの事だ、角が頭部に生えているので本日はハットを被っている。
何処の令嬢だろう、とマビルを見た人々はそう噂するが。
「・・・マビル。もう少し普通の服装で来い、目立つ」
トビィも十分目立っているが、カジュアルなトビィに比べてマビルは確かに試合観戦的な衣装ではない。
が、そっぽを向いてマビルは優雅にジュースを飲んでいる。
というか、目立っているのはマビルもともかく日傘持ちのデズデモーナと、横に何故か控えているダイキ、と、憮然としたトビィの四人が揃っているからだったりする。
「そう思うならトビィの見立てで買ってきてよ、お洋服」
「どうしてオレがお前に服を贈らねばならんのだ。Tシャツにジーパンでもお前なら似合うだろ」
更に、目立つ要員追加。
「主ーっ!」
「こっちだ、オフィ」
水竜オフィーリア、彼も頭部に角があるので普段は地球に居ないのだが帽子を被って今日は共に行動である。
ゴールを決める度に、マビルに手を振るトモハル。
マビルが手を振ることはなかったが、それでも試合は懸命に観ていた。
「茶番だな。勇者が三人に、神候補が一人。あれで負けたら大馬鹿野郎だ」
鼻で笑ってトビィは試合を見ている、当然、敵の点など入っていない。
トモハル、ミノル、ケンイチ、リョウ。
四人揃っているのだから、敵に勝てというほうが無理である。
案の定、試合はトモハル達の圧勝だった。
慧子は、例の九人で来ていた。
気合の入った衣装で、何度も皆で打ち合わせをしたメイク。
雑誌のスナップに掲載されてもおかしくはない、容姿である。
勝利に沸いている選手達に、足を進めた。
告白するのだ、告白すると決めたのだから。
タオルで汗を拭きながら、トモハルはミノルと歩いている。
今しかない、行くんだ!
ミノルが慧子に気付いた、その井出達からトモハル狙いであるとすぐに解ったミノルだが。
トモハルは。
「マビル!」
一目散に観客席のマビルへと直行である、笑顔で手を振りながら。
「あ、あの、先輩!」
慧子が慌てて離れていくトモハルを呼び止める、辛うじて足を止めたトモハルは不思議そうに慧子を見る。
「?」
「あ、あの、試合お疲れ様でした! とてもかっこよかったです」
「ありがとう」
必死の慧子に、不思議そうに笑うとトモハルは再び慧子から視線を外す。
向かう先は、マビル。
「あ、あの!」
慧子は、死に物狂いで呼び止めた。
トモハルは、やはり不思議そうに振り返ると、マビルを見上げて。
「ごめんね、大事な子を待たせているんだ」
微笑してトモハルはそのまま走り去っていった、ミノルが慧子の隣に立って一言。
「やめときな、それどころじゃねーから、アイツ」
あっさり。
告白する隙すら与えないトモハルに、唖然とした慧子。
眼中にないのだろう、これが”告白しないほうが良い”と、忠告された結末だ。
告白したくとも、出来ない。
自分では、歩みを止めることなど出来ない。
誰しも、出来ない。
「お前、結構可愛いよ。自信失くすなよ、ただ、あれがちょーっと馬鹿みたいに一途だからさ」
ミノルのフォロー、慧子は笑えなかったが一応頭を下げる。
後ろから、仲間達。
先輩が慧子の方を叩いた、気が抜けたのか倒れこむように泣き出す慧子。
「泣くな泣くな、マスカラ落ちるよ」
「頑張った頑張った、一番度胸あるよ」
好きとは言えなかった、けれど、自分は頑張った。
涙で霞む向こう側、トモハルとマビル。
マビルの日傘を持って、トモハルがマビルの手を取って歩いている。
嬉しそうなトモハル、隣には、マビル。
あれが、現実。
慧子は、笑った。
あそこまで馬鹿みたいに他の女に入れ込んでいる男を、落としても仕方がない。
あそこまで自分に入れ込んでくれる、他の男を捜したほうが早そうだ。
あれが、目標。
あれが、未来の自分の位置。
相手は誰でも構わない、ただ。
あそこまで自分を大事に想ってくれる相手が、欲しい。
慧子は、泣きながらそう思った。
以後。
この九人は急速に結束を固め、年齢は違うが非常に仲が良くなった。
それは、先輩が卒業しても変わらず。
九人は九人で時を過ごす。
だから、九人は思った。
今時、友達などくすぐったいし、大声で言うと恥ずかしいが。
九人には”心友”が居るのだ。
たまに、互いに足の引っ張り合いもするが、喧嘩もあって気楽である。
誰かが泣けば、泣いて笑って。
彼氏が出来れば顰蹙にお祝い、大騒ぎ。
彼氏と別れればおめでとー! の声の反面、頭を撫でて慰めを。
いつか。
九人はそれぞれ家庭を持つ、離れ離れになる。
それでも、時折必ず九人で会うのである。
他から見たらそれはとても、羨ましい強力な友情関係だった。
「試合お疲れ、今日はオレの奢りだ」
トビィの声に歓声を上げた一同、トビィの車に乗り込む皆だが。
「あ、俺達はいいや」
トモハルはマビルと一歩後退した、今から焼肉だというが、車で去っていったトビィ達を見送ってトモハルは自転車にマビルを乗せる。
近くの漫喫でマビルを待たせている間、トモハルはそこでシャワーを浴びる。
持ってきた服に着替えて、着替えをロッカーに押し込むと二人は昼食をとった。
なんのことはない、相変わらずファーストフードである。
トビィの焼肉なら名店で食べさせてもらえただろうが、マビルは文句を言わなかった。
今日は昼から、デート。
試合で疲労感はあるがマビルと過ごしたかったので、自転車で昔訪れた公園へ。
池のボートに乗って、マビルに日傘を差し出しながら静かに、静かに。
「・・・あと、二年」
「?」
不意にトモハルが口にした。
「あと二年で、免許が取れるから。そしたらマビルを好きなところに連れて行ってあげられるよ」
「車? 早くしてよね」
「うん。どんな車がいい?」
「ぺったんこのやつ」
先程、自転車で擦れ違った。
トビィも所有している、滅多に乗らないが。
多分クーペの事を言っているのだと思われる、種類は様々だがそれもマビルをつれて車を買いに行けばいいのであって。
「マビルの欲しいもの、大人になったら全部買ってあげるから」
「ホント?」
「うん」
「じゃあ、お城に住みたい」
「・・・え」
「おっきいお城ね! お姫様みたいなふりふりのベッドもね」
多分天蓋つきベッドのことだろう、ベッドはともかくとして流石に城は無理だと、トモハルは引き攣った笑みを浮かべたがマビルは笑っていた。
「トビィみたいに、車で何処にだって連れて行くよ。美味しい物だって、綺麗な服だって買ってあげる。だから」
トモハルは。
腕時計を見た。
ボートを返す時間だ、日傘をマビルに手渡し、漕ぎ始める。
「だから何?」
「だから・・・」
不思議そうにマビルはトモハルの顔を覗きこんだ、夕日で赤いのか照れているのか。
視線を逸らす様にトモハルは必死にボートを漕ぐ、岸について降りる瞬間に、マビルに呟いた。
「だから・・・待ってて」
だから、ずっと一緒に居て、俺の傍にいなよ。
本当はそう言いたかったのだが、言えなかった。
マビルの手を取り、再び自転車に向かう。
言わなくても、マビルは居た。
なぜならば、居たかったからだ。
マビルがトモハルの傍に居たかったからだ、一緒に居たかったからだ。
行くところがないわけではない、自らそこに居た。
数年後、思いもよらず城が手に入る機会が出来た。
大学への進学を中断し、親の反対を押し切ってトモハルはマビルの為だけに国王となるべく地球を離れる。
願いを叶える。
大好きな女の子の願いを叶える。
車も買った、マビルが可愛いと言った車だ。
城も手に入った、マビルの好きな金だって徐々に入ってくるだろう。
欲しいものは何でも与える、絶対に不自由させない暮らしを。
けれど。
マビルが最も欲しがったもの。
「かっこいい車がいいな、でもね」
「素敵なお城に可愛いベッドがいいな、でもね」
「綺麗なお洋服、流行の宝石、でもね」
「美味しい食事に珍しいお酒、でもね」
一人きり、豪華な部屋で着飾ったマビル。
傍らに猫が二匹、鳴いている。
鏡に映った自分は、確かに望んでいた姿で本来の自分だった。
でも。
足りないのだ。
『マビル』
隣に、トモハルがいない。
「かっこいい車で迎えに来るトモハルがいいな」
「素敵なお城に可愛いベッド、一緒にそこでずっとトモハルと居たいな」
「綺麗なお洋服、流行の宝石、それを選んで可愛いって誉めてくれるトモハルと居たいな」
「美味しい食事に珍しいお酒、一緒に食べてくれるトモハルと居たいの」
小さな部屋でも構わない、豪華な食事なんて要らない。
ただ、欲しかったのは。
『寒いだろ、マビル。ほら、パーカー羽織って。ホットミルク、作ったからね」
常に傍に居てくれる、トモハルがマビルは欲しかった。
昔昔、黒の妹姫を護っていた騎士は。
自分も対等な立場になりたくて、焦がれて焦がれて。
勇者になり、国王になった。
全ては、愛する姫を護る為に。
痛むことを知らずに彼女を護り続けよう、きっときっと大事にしよう。
昔々、黒の妹姫は。
本当に欲しいものが明確に解らず、言葉にも出来ずに。
けれど、離れていって欲しくなかったので。
我儘を言って困らせた、必死に繋ぎとめようとした。
本当に本当に、欲しいもの、欲しいもの。
騎士と姫、勇者とその勇者の対である勇者の双子の妹。
互いに欲したものは、同じ。
互いが欲しかった、一緒に居たい想いは変わらずに。
狂った歯車、直すことが出来る人物は唯一人。
勇者の対、双子の姉。
黒き闇の帳、瞬く星は何れ消え行く。
星空の下、佇む影は冷えた空気に白い息を。
「・・・それでも、オレはお前を信じてる」
水竜オフィーリア、黒竜デズデモーナ、風竜クレシダ。
三体の竜を従える世界最強のドラゴンナイト・トビィ。
勇者達の兄貴分にして、よき相談役。
トビィは信じていた、トモハルならば”誰の助けも借りることなく”狂った歯車を正せる筈だ、と。
ほっとみるくの、約束。
『毎晩、ちゃんとこうしてホットミルクを運ばなきゃ駄目よ。毎日、作って来なきゃ駄目なんだからね。部屋で待っているから、持ってきてね』
待ってるから毎晩来てね、一緒に居てね、眠るまで隣に居てね。眠っても隣に居てね、朝起きても一緒に居てね。
ホントの、意味。
黒き髪の寂しがり屋の我儘仔猫の、ホントの願い。
意地っ張りで素直になれなかった、双子の妹の真の声。
ほっとみるくの、約束。
美味しくて甘いホットミルク、欲しいのは、甘くて優しい君の温もり。
純真な君の、その想い。
君に包まれて、眠りましょう。
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