別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。
いい加減整理したい。
※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。
絶対転載・保存等禁止です。
宜しくお願い致します。
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ちまちま、と。
何気なく本編とミノルが言っている事が同じであったりとか。
あっちのサイトを読んで下さっている方で、気付いてくれた人がいたら、嬉しいなー。
なんて思う今日この頃。
ミノルじゃないな、ミノリか。
そして終わらない外伝。
アサギに会えないトビィ。
マビルに会えないトモハル。
出てこれないトランシスとベルーガ。
地球で出番待ちのリョウ。
と、ついでに田上奈留。←これは要らない。
何気なく本編とミノルが言っている事が同じであったりとか。
あっちのサイトを読んで下さっている方で、気付いてくれた人がいたら、嬉しいなー。
なんて思う今日この頃。
ミノルじゃないな、ミノリか。
そして終わらない外伝。
アサギに会えないトビィ。
マビルに会えないトモハル。
出てこれないトランシスとベルーガ。
地球で出番待ちのリョウ。
と、ついでに田上奈留。←これは要らない。
アイラは嬉しそうに手を振ると、軽やかに馬から降り、そのままゆっくりとミノリの方へと歩み寄る。
周囲の人間達が、反射的に後ずさった。
ひそやかな囁きあいが続く中で、視線を気にせずにアイラは進む。
緑の髪。
煤だらけの顔。
深緑の瞳。
汚れていようとも、纏う布は光で煌く上等なもの。
スカートの裾が大胆にも切れているが、卑しさなど微塵もない。
皆が集中し、アイラの行く先を見ている。
誰にだって分かった、騎士のミノリの許だろう。
「みどりの髪の姉は、破壊の子を」
「呪いの子を産む母親は、無論呪いの塊、災いの元」
誰かが、小さく呟けば、ざわざわ、と広がる言葉。
「緑の髪の姉姫は、災厄の姫!」
誰かが、大声で悲鳴を上げるように叫べば、張り詰めていた空気が一気に膨張する。
皆、口々に怒涛の勢いで口々に「呪い」「破滅」を連呼する。
流石にアイラも足を止めて、不思議そうに街の人々を見ていた。
自分の国の、民達だ。
初めて見た、思わずアイラは深く会釈をする。
会釈をして顔を上げるが、異様な雰囲気は変わらずに。
自分に対して畏怖の念を抱き、激怒しているようにとれるのだが、理由が全く解らない。
見慣れない人物だから、恐怖なのかとアイラは再び会釈すると声を発した。
「あの、アイラと申します」
戸惑い気味だが、微笑した。
騒然となる人々、アイラは不安そうにデズデモーナに寄り添うと、首を竦めて自分を指差す人々を見つめる。
「呪いの姫君!」
「災いの姫君!」
「死を呼ぶ姫君!」
「地獄からの使者!」
「姫などでは、ない!」
人間とは、愚かなもので。
人数が多い側につけば、それだけ態度も大きくなる。
小さく縮こまっているアイラを取り囲むように、人々は輪を縮めていった。
口々に、今までの惨劇を怒鳴りながら語る人々。
最後に”お前のせいだ!”、と同じ事を繰り返し。
父を、母を、夫を、妻を、子を、友人を返せ、と。
誰かが、石を拾い上げ投げつけた。
大きな石ではなかったが、右肩に当たったそれに思わずアイラは小さな悲鳴を上げる。
「出てけ!」
「国から出て行け!」
「黒の姫君を返せ!」
「お前が攫われれば良かったのに!」
一つの石が、二つ、三つ。
重さも、速さも増して行く。
止めてください、と必死に懇願したが声など届くわけもなく。
アイラは懸命に両手で庇いながら、その場で耐えていた。
が、馬の高らかな鳴声に、アイラは我に返ったのだ。
デズデモーナに、石が当たって痛がっている。
アイラに投げられる石に、当然後方にいたデズデモーナも被害を受ける。
止めてください! 何度言っても止まらない、石。
アイラはデズデモーナの前に出た、庇うように両手を広げて前に出た。
一向に止まらない石、痛がるデズデモーナ。
アイラは、唇を噛締めると右手を背に伸ばす。
ガン!
一つの石が、アイラの米神に当たった。
右目を瞑りながら、右手で剣を引き抜き、飛んで来た石を剣で地面へと叩き落す。
雲の切れ目から差し込む光が、剣を輝かせる。
血を流しながらも、剣を片手で構えて静かに瞳に強い意思を灯し。
「・・・やめて下さい。この子が、痛がっています」
真っ直ぐに人々を見つめながら、先程までの怯えた様子など微塵もなく言葉を発した。
威圧感に、石を投げる手が止まる。
一廉の人物、とはこういうことを言うのかもしれない。
皆、無心でアイラを見ていた。
その立ち姿が悠然と、そして威厳に満ち溢れていたからだ。
アイラは、剣を構えたまま直向な態度で語り始める。
「住んでいる街が、家が。焼き払われ、破壊され。皆苦しい思いで、生き抜いているのですね。
私は、アイラ。
・・・マローは私が必ず連れ戻しますので、それまで皆で頑張っていただけないでしょうか」
悲痛そうに、軽く瞳を伏せる。
剣を、音を立てずに背に仕舞うと首を動かして全体を見渡した。
人々の顔に、余裕がない、笑顔など全く見られない。
そういう民の姿に、胸を痛めた。
本で読んだのだ、民が心から笑顔の国は、良い国である、と。
今、ラファーガ国はもはや亡国。
それでも、民さえ笑顔なれば国など幾らでも立て直すことが出来る。
・・・しかし、民に必要な、民の心を支える人物・麗しの姫マローが拉致された。
アイラは、悲壮な決意を皆に見せたのだ。
マローを連れてくるから、それまで諦めずに生きていて欲しい、と。
切実な願いを投げかけ、アイラは民が犇めき合う中、それでも波紋すら立てない静寂の中をミノリの許へと再び歩き始める。
ふっ、と急に顔の力を緩め微笑したアイラ。
それが、一部の男には非常に媚態に見えた。
本人に、意図は当然なかったが。
石が飛んでこなくなったので小さく安堵の溜息を漏らし、デズデモーナの背を撫でて落ち着かせるとミノリを探す。
皆が見守る中、静かにミノリへ歩み寄るアイラ。
「よかった、目が覚めたのですねミノリ。急に姿が見えなくなったので、心配していました。トモハラは・・・」
アイラがゆっくりと手を差し伸べる、ミノリは、アイラを微視的に見続けていた。
流れ出る深紅の血は量が多かろうと少なかろうと全身にあるが、痛かろうに笑顔を絶やさずに。
ミノリは、見ていた。
皆が罵声を浴びせ、石を投げ続けている時もアイラを見ていた。
ほんの数日前までならば、ミノリは真っ先にアイラの前に立ちはだかり、民に向かって剣を抜いただろう。
アイラ付きの、騎士なのだから。
そうでなくとも、大事な女の子であった筈なのだから。
だが、ミノリは動かなかった。
動けなかったのかもしれない、見ている光景が幻のようで。
”次元の違う世界の出来事であるように思えて”、微動だしなかった。
今もそうだ。
目の前に、アイラ。
数年前から、焦がれ、傍に居て。
”貴女に、守護を。穢されない麗しき花で居られるように、守護を”
差し伸べられた手を、見つめる。
数日前なら。
数日前のミノリならば、恭しくマントで自分の手を包んで手を取っただろう。
いや、取る前に跪いただろう。
無事な姿を確認でき、涙を零す勢いで赤面しながら俯いただろう。
けれども。
ミノリは差し伸べられた手を、反射的に叩き落したのである。
パシィ、と乾いた音が静寂に響き渡った。
唖然、とミノリを見つめたアイラ。
視線が交差した瞬間に、思わず顔を引き攣らせたアイラは、無意識に一歩後退する。
憎々しげに、自分を見ているミノリがそこに座っていた。
「・・・どうして無事なんだよ!? トモハラは起きないのに、アンタはどうしてそんなに元気なんだ!?」
掴みかかる勢いで立ち上がったミノリ、アイラには触れる事がなかったが、寸でのところまで詰め寄り全身から殺気を放つ。
「今まで何処に居たんだよ! 城内は全滅、運よく俺とトモハラはこうしてみんなに助けられたけど、アンタはそれまで何処に居たんだ!? マロー様は連れ去られたのに、アンタは何をやってたんだ!?」
ミノリと、トモハラを助けたのは他でもない、アイラ。
マローが連れ去られた時、アイラはベルガーの放った槍で突かれ、壁に激突しミノリ達の傍で意識を失っていた。
けれども、ミノリは知らない。
自分を助けたのが、アイラであることを。
自分が倒れた後、果敢にも一人でトレベレスに立ち向かっていたアイラを。
ミノリは知る由もなく。
そして、普通姫ならばこのような状況下で何も出来ずに右往左往するだろうという先入観。
必死に看病していたアイラを、微塵も思い描かなかった。
・・・ほんの数日前のミノリならば、解ったろうに。
本を読み、目で見たことはなくとも知識は有り。
薬草や怪我の手当ての仕方、草木に詳しく長けている事・・・。
傍に居たミノリならば、知っていた筈だ。
アイラは、豹変したミノリに驚き声を出せずに居る。
助けたのは自分で、今も森に食料を探しに出掛けていたのだと、説明したくとも、ミノリの視線が怖くて声が出なかった。
何も言えないアイラに、ミノリは引き攣った笑い声で、大声でひとしきり笑った。
「・・・何処かに隠れてたんだな!? アンタ、城内の隠し通路や部屋にも詳しいもんな? だから無事だったんだろ、えぇ!?」
一歩、アイラに詰め寄る。
一歩、アイラが後退する。
青褪め震えているアイラを見て、”肯定”と判断した、ミノリ。
押さえ込まれていた何かが、爆発した。
身体はまだ苦痛を伴う、意識があれば周囲は自分に期待の視線と言葉を投げかける、懇願する。
『マロー姫様を救出して来て』
たった一人の騎士で、どうしろというのだろうか、この他力本願な民達は。
騎士団長でもなく、一階の騎士であり。
手柄も特にないのに、大国二国に単独で挑めというほうが間違っている。
名が大陸中に知れ渡っている”勇者”や英雄ならば可能なのかもしれないが、今の自分ではどう足掻いても無理だ。
しかし、人は救いを求める。
救いを求め、願う、期待をする。
そうしないと、生きてゆくのが辛いから。
目覚めて数時間、普段期待など背負わなかったミノリは、重くのしかかるプレッシャーに潰されそうだった。
何かにぶつけないと、ミノリ自身が壊れてしまいそうだった。
そう、下手したら。
目覚めたくなかったのかもしれない、この状況下では。
「で、どうして俺に会いに来た? まさかアンタもマロー様を救出してくれ、なんて言い出さないよな?」
沈黙。
アイラも民も、皆一斉に口を噤み息を殺した。
嘲り笑うように、ミノリは足元の石を地面に埋め込むように思い切り力任せに踏み潰すと、低く笑い出す。
「お高くて、優等生ぶって、自分が正しいと思って。もうたくさんだ、俺らはほっといてくれ! 家族は死んだし、トモハラは目覚めないし、騎士になんてならずに他国へ移住すればよかったんだ! アンタ方のお守りなんてしなければ、こんなことにはーっ!」
絶叫。
涙を流しながら、空に向かって吼えるように叫び声を上げたミノリ。
荒い呼吸でまだ、狂ったように笑っている。
「ご・・・ごめんなさい・・・」
小さい声だった。
しかし、ミノリ以外の無音の空間で、そのか細い声は異様に大きく聴こえた。
ようやく、アイラが声を発したのだ。
両手を胸で握り締め、足から震えながらアイラは立っていた。
唇は紫、潤んだ大きな瞳からは、今にも涙が零れそうだ。
擦れた声で笑いながら、ミノリは空からようやく視線をアイラに移す。
「謝ってすむ問題じゃないだろう!? 見てるだろ!? 自分の目にこの惨状が映ってるんだろ!? どうやってアンタ、マロー姫を連れ戻すんだ? 色仕掛けも通用しない相手に、どうやって取り込んで返して貰うってんだ!? 居ても、何の役にも立たないだろ、アンタ!」
「ご、ごめんなさい!!」
喉が嗄れる程の、アイラの謝罪。
瞬間、ミノリが我に返った。
悲鳴に近い声を聞いて、ようやく焦点のあったミノリ。
言いたい放題愚弄して、気が晴れたのか。
思わず口を押さえて、自分が今何を言ったのか思い出し、冷汗を流す。
アイラに視線を合わせようとしたが、アイラは自分を見ていなかった。
いや、正確には瞳を見ていない。
ミノリの腹部を見ているようだった。
アイラは、考えていた。
ミノリに言われてたことを考えていた。
自分が、最初に目覚めた。
近くに居る二人を、なんとか助けたいと思った。
だから必死で看病した。
・・・何の為に?
アイラは、そっと、ミノリの腹部へと恐る恐る両手を差し出す。
無言で何かを念じているようにミノリは見えたが、微動だするどころか、声を出せずにアイラを見下ろしたまま。
「・・・確かに・・・そうなんです」
アイラの声を、聴いていた。
腹部に暖かい何かが、じんわりと流れ込んでくる感覚にミノリは安堵し強張っていた身体を解く。
ほっとして俯いたら、アイラと視線が交差した。
赤面し視線を逸らしたミノリに、アイラは寂しそうに笑うと両手を下げる。
「大丈夫、です。私、一人で出来ますから。
・・・トモハラが目覚めたら、マローは連れ帰るので待っていてくださいと、伝言お願いできますか?」
言うなり、アイラはミノリの傍を離れ眠っているトモハラの許へ歩き出した。
寝息を立てているトモハラを確認し、アイラは優しく微笑するとミノリにしたのと同じ様にトモハラの両の瞳へ両手を掲げる。
乾ききった唇を、舌で湿らす。
震える手で、皆に気付かれないように言葉を発した。
ぽたり。
トモハラの頬に、涙。
アイラの瞳から、涙。
震えながら、泣きながら、懸命に何かを呟いている。
「いにしえの、ひかりを。
とおきとおき、なつかしきばしょから。
いま、このばしょへ。
あたたかな、ひかりをわけあたえたまえ。
かいきせよ、イノチ。
やわらかであたたかなひかりは、ココに。
全身全霊をかけて、召喚するは膨大な光の破片」
カッ!
閃光が走った。
悲鳴を上げた民達だが、やがてそれは安らかな気持ちに満ちたりて、皆力を抜くと地面に座り込む。
柔らかな春の日差しを、軽やかな小鳥の囀りを聞きながら親しい者達と談笑しつつ、転寝している時のような。
そんな、安らかな空気と光。
アイラはそっと涙を腕で拭い、鼻をすすると慌てるように立ち上がった。
トモハルを見下ろす、静かに寝息を立てたままだ。
満足そうに微笑みそのまま小走りでミノリの脇を通り抜け、一瞬、立ち止まって躊躇してから振り返る。
大きく唾を飲み込んだ、ミノリが見ても判る程、身体が痙攣するように震えていた。
初めて見る表情だった、心痛そうな、心底怯えたようなそんな表情にキリリ、と胸が痛むミノリ。
そうなのだ、こんな表情のアイラにしたのは、他でもない自分なのだとミノリは気付いた。
「迷惑かけて・・・ごめんなさい・・・! 大丈夫です、私、一人で出来ますから! ・・・今まで・・・ありがとうございました」
アイラは、笑った。
泣いていた、瞳から涙を零しながら、それでも笑っていた。
弾かれたようにミノリはようやく腕を伸ばしたが、直様アイラは踵を返すとデズデモーナに颯爽と跨る。
トサトサ、とデズデモーナから何かを下ろし、近くに居た者に何か告げるとそのまま振り返ることなく駆け出した。
デズデモーナはアイラを乗せて、躊躇することなく走り去っていった。
「あ、アイラ姫っ」
ようやく名を呼んだミノリだが、声はアイラに届くことなく。
呆然とその場に立ち尽くすミノリ。
眩暈と混乱、そして羞恥心でミノリは額に手を置きながら、ふらふらと足元をよろつかせる。
アイラが落としていった物を観に行く為に、人々の視線を無視して進む。
そこには、林檎に茸、水の入った瓢箪。
そして薬草と思われる多数の草や、自然薯が。
「皆で、食べてください・・・って・・・言ってました」
アイラの言葉を受け取った女が、虚ろにそう呟く。
薬草を視線に入れる。
弾かれたようにミノリは思わず自分の腹部に手を置き、傷を確認した。
「ないっ」
思い出したのだ、自分の傷を。
確かに、衣服は槍で貫かれて破れていた。
だが、傷口が全くない。
痛みすら、今はない。
震えながら力が抜け、地面に倒れこむように膝をつくミノリ。
トモハラが、両目を剣で斬られた。
自分は、槍で腹部を貫かれた。
その後、記憶が全くない。
当たり前か、死んだと思って居た。
が、こうして生きている。
何故、どうやって?
慌ててミノリは立ち上がると、トモハラへと駆け寄って両目を確認する。
確かに、傷はうっすらとそこにあるが・・・。
「起きろ! 起きてくれ、トモハラ! 俺達、どうして生きてるんだ!?」
焦燥感でトモハラを揺さ振るが、慌てて誰かに止められた。
荒い呼吸で我武者羅に暴れ、再び林檎の許へと。
頭を、押さえる。
自分達が倒れた後、どうなったのか。
ミノリは、自分達を誰が助けたのかを問うようにその場で絶叫した。
「城の・・・付近に二人とも寝かされていて・・・。近くには人工的なスプーンやらがあったから、てっきり二人でどうにか生き延びていたのだと・・・」
二人を見つけてここまで運んでくれた人が、ようやく名乗り出てくれた。
ミノリは震える手で、必死に林檎を掴むと齧る。
食べた記憶がある。
自分達が倒れている間、誰かが何かを食べさせてくれていた気がする、護っていてくれた気がする。
アイラでしか、有り得ない。
・・・のだろうが。
ミノリは、乾いた声で笑った。
林檎を齧りながら、情けなくて笑った。
知っていただろうに、自分がどれだけアイラに付き添い、姫でありながら皆に優しくしていたかを。
一人きりでも臆せずに、皆を連れて必死に逃げようとしていたアイラを。
怪我を気遣い、傷の手当に薬湯を用意してくれたことを。
何より、自分が囮になるからと前に進み出てくれたことを。
それを制して自分が出たのに、何故。
「はは・・・どうして俺、あんな事言ったんだっけ・・・」
貴女に守護を。
穢されない様に、守護を。
ミノリは、狂ったように泣き叫んだ。
誰も近寄れずに、遠巻きに皆が見ている中で一人、大声で泣き喚いた。
「俺か・・・。俺が穢すんだ。俺から、アイラ姫を護らないといけなかったんだ・・・」
大きな緑の瞳が、大粒の涙を零しそうになりながら。
可憐な桃色だったはずの小さな唇は、恐怖で青褪めそれでも必死で謝罪の言葉を紡ぎ。
その相手が、まさか自分だとは。
もし、自分がアイラ姫の様に皆を先導出来たら堂々としていられただろうか。
このように、皆が絶望の縁に立たされている中で自分が動いていたら、自信を持ってアイラ姫の許に戻り護れただろうか。
「俺が・・・強ければよかったのに・・・。勇者みたく・・自信を持っていられたら・・・」
何をするにも機敏なアイラ、自分の憧れ。
隣に立つには、誇る自分がなければ。
羨望の眼差しで見る反面、抱くのは己劣等感。
ミノリは、何度も何度も先程のアイラ姫の表情を思い出していた。
忘れたくとも、忘れられるわけがない。
地面の土をひっかきながら、ミノリは不甲斐無さに泣き叫ぶ。
「追えない・・・。また追って、会って、俺が・・・俺がアイラ姫をっ」
馬はまだ居る。
今なら追えば、間に合う。
しかし、ミノリには追えなかった。
自信がない。
お供する勇気がない。
足手纏いになりそうで、また傷つけそうで。
何より。
「会わせる顔が・・・ないんだ・・・」
ミノリは、皆に抱き起こされてトモハラの隣に再び寝かされた。
もう、起きられなくても良い。
このまま、死を迎えても構わない。
自分の役目は、あの日、あの城で終わったのだ。
ミノリは、そのまま数日起き上がることはなかった。
民達は密かにアイラを噂した。
マローを連れ戻すと、言ったアイラだが城から出た事もないのにどうやって連れ戻すのか、と。
まして、一人きりで生きていけるわけがないと。
以前となんら変わらない、必死に焼け焦げた街を修復しようと、民は動く。
だが、やる気が出ない。
先導者が、いない。
やり方が、解らない、上手く行かない。
希望が、ない。
それでも、一人、二人と。
アイラ姫を待つ者達が増えてきたのだった。
姫だから、ではなく。
『それまで頑張ってください』
と、そう投げかけた言葉が気になった、信じたくなった。
何かを信じて、頑張ろうと徐々に皆にやる気が起き始めた頃。
崩壊した街に、二つの旗が現れる。
トライ王子のブリューゲル国の旗。
リュイ皇子のラスカサス国の旗。
共に軍隊を率いて、街にやって来た。
惨状を見て、直様救援物資が配布され、怪我人の手当てに数名の医師が動き出す。
「予感が的中した、やはり滞在しておくべきだった」
トライは地面に突き刺さっていた剣を、思い切り愛用の剣で切り下ろす。
鈍い音がして、見事に突き刺さっていた剣は真っ二つになった。
静かなる怒気を含みつつ、後方から来たリュイに声をかける。
「リュイ殿はどうして?」
「遣いに出した者達から連絡が途絶えました、信頼している私兵です。有り得ないので発ちましたら」
滞在していた筈のベルガー及びトレベレス国の者達は居ない、死体すらない。
ならば誰がどういった理由でこんな惨劇を起こしたのかは、誰にでも分かる。
「アイラ姫の安否確認を急げ! 姫を見たものは居ないのか!?」
トライとリュイは、無論それが目的だった。
大事な姫を探して兵達を動き回らせるが、見つかるわけもない。
ようやくトライは呆けているミノリと、未だに起きないトモハラ、二人に出遭う。
簡易なテントに入り、ミノリを見つけた瞬間にトライは眉を潜めた。
騎士であろうミノリ、民と共に動く事もなく横になったままだった。
「おい」
トライの声に、ようやくミノリは目の焦点を合わせ、そして怯えた悲鳴を上げる。
「どうしてお前達が無事で、アイラ姫が不在なんだ!? アイラは何処へ行った!? お前たちは何をしている!?」
乱暴にミノリの胸倉を掴んだトライ、慌ててリュイがそれを止める。
地面に落下したミノリは、苦しそうに咳き込んだまま何も語らない。
「お前に任せただろう!? 姫を護れと告げただろう!? 何をしていた!?」
沈黙のミノリ、不愉快そうにトライは踵を返しテントから出た。
勢いで布を上げたので、簡易なテントは木が揺らぎ、崩れ落ちる。
ミノリは必死にトモハラを抱えて久し振りにテントから出て、外の陽射しを眩しそうに浴びた。
外の木に新緑の葉が生い茂っている。
「アイラ・・・姫・・・」
思い出し、ミノリは涙を知らず零した。
トライの私兵が慌てて戻り何かを告げているのを遠目に見ていたミノリ、険しくなったトライを見るとアイラが一人旅立った事を知ったのだろうと判断。
項垂れて、ミノリは親友のトモハラを情けなく見下ろしていた。
人々が、トライとリュイを頼り集まってきていたその時。
城から一つの影が、ゆっくりと歩いてきていた。
「アイラ・・・アイラ姫様は何処に・・・」
クーリヤだ。
クーリヤを知る者は、ミノリと起きないトモハラ。
だが、トライとてリュイとて城内で姿は見かけたことがあった。
兵に向かわせ救出させると連れてこさせる、衰弱しているが、自分で歩けるのならば無事であると判断。
うわごとの様にアイラの名を呼ぶクーリヤに、皆怪訝に思う。
城内で最も権威を誇っていたとさせる、元女王の側近・クーリヤ。
妹のマローではなく、姉のアイラを捜し求める理由は?
トライもリュイも、薄々気付いていた。
二人は、最初から解っていたのかもしれないが。
トライは跪くと、クーリヤに告げる。
「アイラはマローを探して一人旅立ったそうだ。オレは直様後を追う」
立ち上がったトライのマントを、クーリヤが掴んだ。
消え入りそうな声で、支えられた身体で老女は呟いたのである。
「あの子が・・・正統なるラファーガの姫。繁栄の子を産む、次期女王。あの子さえ、無事ならばラファーガ国はすぐに豊かな国へと戻れます・・・。どうかどうか、水の王子よ。アイラ姫を救い出してください・・・」
ミノリが、息を飲んだ。
トライが、呆れて溜息を吐いた。
リュイが、哀しそうに瞳を伏せた。
民達が、驚愕の眼でクーリヤを見た。
そして。
「・・・マロー姫様は・・・?」
震えるミノリの隣で、ようやくトモハラが目を覚ました。
目を覚まし、覚束無い足で立ち上がると、マローを探して名を呼んで、クーリヤに詰め寄った。
キィィィ、カトン。
何処かで、何かの音がした。
周囲の人間達が、反射的に後ずさった。
ひそやかな囁きあいが続く中で、視線を気にせずにアイラは進む。
緑の髪。
煤だらけの顔。
深緑の瞳。
汚れていようとも、纏う布は光で煌く上等なもの。
スカートの裾が大胆にも切れているが、卑しさなど微塵もない。
皆が集中し、アイラの行く先を見ている。
誰にだって分かった、騎士のミノリの許だろう。
「みどりの髪の姉は、破壊の子を」
「呪いの子を産む母親は、無論呪いの塊、災いの元」
誰かが、小さく呟けば、ざわざわ、と広がる言葉。
「緑の髪の姉姫は、災厄の姫!」
誰かが、大声で悲鳴を上げるように叫べば、張り詰めていた空気が一気に膨張する。
皆、口々に怒涛の勢いで口々に「呪い」「破滅」を連呼する。
流石にアイラも足を止めて、不思議そうに街の人々を見ていた。
自分の国の、民達だ。
初めて見た、思わずアイラは深く会釈をする。
会釈をして顔を上げるが、異様な雰囲気は変わらずに。
自分に対して畏怖の念を抱き、激怒しているようにとれるのだが、理由が全く解らない。
見慣れない人物だから、恐怖なのかとアイラは再び会釈すると声を発した。
「あの、アイラと申します」
戸惑い気味だが、微笑した。
騒然となる人々、アイラは不安そうにデズデモーナに寄り添うと、首を竦めて自分を指差す人々を見つめる。
「呪いの姫君!」
「災いの姫君!」
「死を呼ぶ姫君!」
「地獄からの使者!」
「姫などでは、ない!」
人間とは、愚かなもので。
人数が多い側につけば、それだけ態度も大きくなる。
小さく縮こまっているアイラを取り囲むように、人々は輪を縮めていった。
口々に、今までの惨劇を怒鳴りながら語る人々。
最後に”お前のせいだ!”、と同じ事を繰り返し。
父を、母を、夫を、妻を、子を、友人を返せ、と。
誰かが、石を拾い上げ投げつけた。
大きな石ではなかったが、右肩に当たったそれに思わずアイラは小さな悲鳴を上げる。
「出てけ!」
「国から出て行け!」
「黒の姫君を返せ!」
「お前が攫われれば良かったのに!」
一つの石が、二つ、三つ。
重さも、速さも増して行く。
止めてください、と必死に懇願したが声など届くわけもなく。
アイラは懸命に両手で庇いながら、その場で耐えていた。
が、馬の高らかな鳴声に、アイラは我に返ったのだ。
デズデモーナに、石が当たって痛がっている。
アイラに投げられる石に、当然後方にいたデズデモーナも被害を受ける。
止めてください! 何度言っても止まらない、石。
アイラはデズデモーナの前に出た、庇うように両手を広げて前に出た。
一向に止まらない石、痛がるデズデモーナ。
アイラは、唇を噛締めると右手を背に伸ばす。
ガン!
一つの石が、アイラの米神に当たった。
右目を瞑りながら、右手で剣を引き抜き、飛んで来た石を剣で地面へと叩き落す。
雲の切れ目から差し込む光が、剣を輝かせる。
血を流しながらも、剣を片手で構えて静かに瞳に強い意思を灯し。
「・・・やめて下さい。この子が、痛がっています」
真っ直ぐに人々を見つめながら、先程までの怯えた様子など微塵もなく言葉を発した。
威圧感に、石を投げる手が止まる。
一廉の人物、とはこういうことを言うのかもしれない。
皆、無心でアイラを見ていた。
その立ち姿が悠然と、そして威厳に満ち溢れていたからだ。
アイラは、剣を構えたまま直向な態度で語り始める。
「住んでいる街が、家が。焼き払われ、破壊され。皆苦しい思いで、生き抜いているのですね。
私は、アイラ。
・・・マローは私が必ず連れ戻しますので、それまで皆で頑張っていただけないでしょうか」
悲痛そうに、軽く瞳を伏せる。
剣を、音を立てずに背に仕舞うと首を動かして全体を見渡した。
人々の顔に、余裕がない、笑顔など全く見られない。
そういう民の姿に、胸を痛めた。
本で読んだのだ、民が心から笑顔の国は、良い国である、と。
今、ラファーガ国はもはや亡国。
それでも、民さえ笑顔なれば国など幾らでも立て直すことが出来る。
・・・しかし、民に必要な、民の心を支える人物・麗しの姫マローが拉致された。
アイラは、悲壮な決意を皆に見せたのだ。
マローを連れてくるから、それまで諦めずに生きていて欲しい、と。
切実な願いを投げかけ、アイラは民が犇めき合う中、それでも波紋すら立てない静寂の中をミノリの許へと再び歩き始める。
ふっ、と急に顔の力を緩め微笑したアイラ。
それが、一部の男には非常に媚態に見えた。
本人に、意図は当然なかったが。
石が飛んでこなくなったので小さく安堵の溜息を漏らし、デズデモーナの背を撫でて落ち着かせるとミノリを探す。
皆が見守る中、静かにミノリへ歩み寄るアイラ。
「よかった、目が覚めたのですねミノリ。急に姿が見えなくなったので、心配していました。トモハラは・・・」
アイラがゆっくりと手を差し伸べる、ミノリは、アイラを微視的に見続けていた。
流れ出る深紅の血は量が多かろうと少なかろうと全身にあるが、痛かろうに笑顔を絶やさずに。
ミノリは、見ていた。
皆が罵声を浴びせ、石を投げ続けている時もアイラを見ていた。
ほんの数日前までならば、ミノリは真っ先にアイラの前に立ちはだかり、民に向かって剣を抜いただろう。
アイラ付きの、騎士なのだから。
そうでなくとも、大事な女の子であった筈なのだから。
だが、ミノリは動かなかった。
動けなかったのかもしれない、見ている光景が幻のようで。
”次元の違う世界の出来事であるように思えて”、微動だしなかった。
今もそうだ。
目の前に、アイラ。
数年前から、焦がれ、傍に居て。
”貴女に、守護を。穢されない麗しき花で居られるように、守護を”
差し伸べられた手を、見つめる。
数日前なら。
数日前のミノリならば、恭しくマントで自分の手を包んで手を取っただろう。
いや、取る前に跪いただろう。
無事な姿を確認でき、涙を零す勢いで赤面しながら俯いただろう。
けれども。
ミノリは差し伸べられた手を、反射的に叩き落したのである。
パシィ、と乾いた音が静寂に響き渡った。
唖然、とミノリを見つめたアイラ。
視線が交差した瞬間に、思わず顔を引き攣らせたアイラは、無意識に一歩後退する。
憎々しげに、自分を見ているミノリがそこに座っていた。
「・・・どうして無事なんだよ!? トモハラは起きないのに、アンタはどうしてそんなに元気なんだ!?」
掴みかかる勢いで立ち上がったミノリ、アイラには触れる事がなかったが、寸でのところまで詰め寄り全身から殺気を放つ。
「今まで何処に居たんだよ! 城内は全滅、運よく俺とトモハラはこうしてみんなに助けられたけど、アンタはそれまで何処に居たんだ!? マロー様は連れ去られたのに、アンタは何をやってたんだ!?」
ミノリと、トモハラを助けたのは他でもない、アイラ。
マローが連れ去られた時、アイラはベルガーの放った槍で突かれ、壁に激突しミノリ達の傍で意識を失っていた。
けれども、ミノリは知らない。
自分を助けたのが、アイラであることを。
自分が倒れた後、果敢にも一人でトレベレスに立ち向かっていたアイラを。
ミノリは知る由もなく。
そして、普通姫ならばこのような状況下で何も出来ずに右往左往するだろうという先入観。
必死に看病していたアイラを、微塵も思い描かなかった。
・・・ほんの数日前のミノリならば、解ったろうに。
本を読み、目で見たことはなくとも知識は有り。
薬草や怪我の手当ての仕方、草木に詳しく長けている事・・・。
傍に居たミノリならば、知っていた筈だ。
アイラは、豹変したミノリに驚き声を出せずに居る。
助けたのは自分で、今も森に食料を探しに出掛けていたのだと、説明したくとも、ミノリの視線が怖くて声が出なかった。
何も言えないアイラに、ミノリは引き攣った笑い声で、大声でひとしきり笑った。
「・・・何処かに隠れてたんだな!? アンタ、城内の隠し通路や部屋にも詳しいもんな? だから無事だったんだろ、えぇ!?」
一歩、アイラに詰め寄る。
一歩、アイラが後退する。
青褪め震えているアイラを見て、”肯定”と判断した、ミノリ。
押さえ込まれていた何かが、爆発した。
身体はまだ苦痛を伴う、意識があれば周囲は自分に期待の視線と言葉を投げかける、懇願する。
『マロー姫様を救出して来て』
たった一人の騎士で、どうしろというのだろうか、この他力本願な民達は。
騎士団長でもなく、一階の騎士であり。
手柄も特にないのに、大国二国に単独で挑めというほうが間違っている。
名が大陸中に知れ渡っている”勇者”や英雄ならば可能なのかもしれないが、今の自分ではどう足掻いても無理だ。
しかし、人は救いを求める。
救いを求め、願う、期待をする。
そうしないと、生きてゆくのが辛いから。
目覚めて数時間、普段期待など背負わなかったミノリは、重くのしかかるプレッシャーに潰されそうだった。
何かにぶつけないと、ミノリ自身が壊れてしまいそうだった。
そう、下手したら。
目覚めたくなかったのかもしれない、この状況下では。
「で、どうして俺に会いに来た? まさかアンタもマロー様を救出してくれ、なんて言い出さないよな?」
沈黙。
アイラも民も、皆一斉に口を噤み息を殺した。
嘲り笑うように、ミノリは足元の石を地面に埋め込むように思い切り力任せに踏み潰すと、低く笑い出す。
「お高くて、優等生ぶって、自分が正しいと思って。もうたくさんだ、俺らはほっといてくれ! 家族は死んだし、トモハラは目覚めないし、騎士になんてならずに他国へ移住すればよかったんだ! アンタ方のお守りなんてしなければ、こんなことにはーっ!」
絶叫。
涙を流しながら、空に向かって吼えるように叫び声を上げたミノリ。
荒い呼吸でまだ、狂ったように笑っている。
「ご・・・ごめんなさい・・・」
小さい声だった。
しかし、ミノリ以外の無音の空間で、そのか細い声は異様に大きく聴こえた。
ようやく、アイラが声を発したのだ。
両手を胸で握り締め、足から震えながらアイラは立っていた。
唇は紫、潤んだ大きな瞳からは、今にも涙が零れそうだ。
擦れた声で笑いながら、ミノリは空からようやく視線をアイラに移す。
「謝ってすむ問題じゃないだろう!? 見てるだろ!? 自分の目にこの惨状が映ってるんだろ!? どうやってアンタ、マロー姫を連れ戻すんだ? 色仕掛けも通用しない相手に、どうやって取り込んで返して貰うってんだ!? 居ても、何の役にも立たないだろ、アンタ!」
「ご、ごめんなさい!!」
喉が嗄れる程の、アイラの謝罪。
瞬間、ミノリが我に返った。
悲鳴に近い声を聞いて、ようやく焦点のあったミノリ。
言いたい放題愚弄して、気が晴れたのか。
思わず口を押さえて、自分が今何を言ったのか思い出し、冷汗を流す。
アイラに視線を合わせようとしたが、アイラは自分を見ていなかった。
いや、正確には瞳を見ていない。
ミノリの腹部を見ているようだった。
アイラは、考えていた。
ミノリに言われてたことを考えていた。
自分が、最初に目覚めた。
近くに居る二人を、なんとか助けたいと思った。
だから必死で看病した。
・・・何の為に?
アイラは、そっと、ミノリの腹部へと恐る恐る両手を差し出す。
無言で何かを念じているようにミノリは見えたが、微動だするどころか、声を出せずにアイラを見下ろしたまま。
「・・・確かに・・・そうなんです」
アイラの声を、聴いていた。
腹部に暖かい何かが、じんわりと流れ込んでくる感覚にミノリは安堵し強張っていた身体を解く。
ほっとして俯いたら、アイラと視線が交差した。
赤面し視線を逸らしたミノリに、アイラは寂しそうに笑うと両手を下げる。
「大丈夫、です。私、一人で出来ますから。
・・・トモハラが目覚めたら、マローは連れ帰るので待っていてくださいと、伝言お願いできますか?」
言うなり、アイラはミノリの傍を離れ眠っているトモハラの許へ歩き出した。
寝息を立てているトモハラを確認し、アイラは優しく微笑するとミノリにしたのと同じ様にトモハラの両の瞳へ両手を掲げる。
乾ききった唇を、舌で湿らす。
震える手で、皆に気付かれないように言葉を発した。
ぽたり。
トモハラの頬に、涙。
アイラの瞳から、涙。
震えながら、泣きながら、懸命に何かを呟いている。
「いにしえの、ひかりを。
とおきとおき、なつかしきばしょから。
いま、このばしょへ。
あたたかな、ひかりをわけあたえたまえ。
かいきせよ、イノチ。
やわらかであたたかなひかりは、ココに。
全身全霊をかけて、召喚するは膨大な光の破片」
カッ!
閃光が走った。
悲鳴を上げた民達だが、やがてそれは安らかな気持ちに満ちたりて、皆力を抜くと地面に座り込む。
柔らかな春の日差しを、軽やかな小鳥の囀りを聞きながら親しい者達と談笑しつつ、転寝している時のような。
そんな、安らかな空気と光。
アイラはそっと涙を腕で拭い、鼻をすすると慌てるように立ち上がった。
トモハルを見下ろす、静かに寝息を立てたままだ。
満足そうに微笑みそのまま小走りでミノリの脇を通り抜け、一瞬、立ち止まって躊躇してから振り返る。
大きく唾を飲み込んだ、ミノリが見ても判る程、身体が痙攣するように震えていた。
初めて見る表情だった、心痛そうな、心底怯えたようなそんな表情にキリリ、と胸が痛むミノリ。
そうなのだ、こんな表情のアイラにしたのは、他でもない自分なのだとミノリは気付いた。
「迷惑かけて・・・ごめんなさい・・・! 大丈夫です、私、一人で出来ますから! ・・・今まで・・・ありがとうございました」
アイラは、笑った。
泣いていた、瞳から涙を零しながら、それでも笑っていた。
弾かれたようにミノリはようやく腕を伸ばしたが、直様アイラは踵を返すとデズデモーナに颯爽と跨る。
トサトサ、とデズデモーナから何かを下ろし、近くに居た者に何か告げるとそのまま振り返ることなく駆け出した。
デズデモーナはアイラを乗せて、躊躇することなく走り去っていった。
「あ、アイラ姫っ」
ようやく名を呼んだミノリだが、声はアイラに届くことなく。
呆然とその場に立ち尽くすミノリ。
眩暈と混乱、そして羞恥心でミノリは額に手を置きながら、ふらふらと足元をよろつかせる。
アイラが落としていった物を観に行く為に、人々の視線を無視して進む。
そこには、林檎に茸、水の入った瓢箪。
そして薬草と思われる多数の草や、自然薯が。
「皆で、食べてください・・・って・・・言ってました」
アイラの言葉を受け取った女が、虚ろにそう呟く。
薬草を視線に入れる。
弾かれたようにミノリは思わず自分の腹部に手を置き、傷を確認した。
「ないっ」
思い出したのだ、自分の傷を。
確かに、衣服は槍で貫かれて破れていた。
だが、傷口が全くない。
痛みすら、今はない。
震えながら力が抜け、地面に倒れこむように膝をつくミノリ。
トモハラが、両目を剣で斬られた。
自分は、槍で腹部を貫かれた。
その後、記憶が全くない。
当たり前か、死んだと思って居た。
が、こうして生きている。
何故、どうやって?
慌ててミノリは立ち上がると、トモハラへと駆け寄って両目を確認する。
確かに、傷はうっすらとそこにあるが・・・。
「起きろ! 起きてくれ、トモハラ! 俺達、どうして生きてるんだ!?」
焦燥感でトモハラを揺さ振るが、慌てて誰かに止められた。
荒い呼吸で我武者羅に暴れ、再び林檎の許へと。
頭を、押さえる。
自分達が倒れた後、どうなったのか。
ミノリは、自分達を誰が助けたのかを問うようにその場で絶叫した。
「城の・・・付近に二人とも寝かされていて・・・。近くには人工的なスプーンやらがあったから、てっきり二人でどうにか生き延びていたのだと・・・」
二人を見つけてここまで運んでくれた人が、ようやく名乗り出てくれた。
ミノリは震える手で、必死に林檎を掴むと齧る。
食べた記憶がある。
自分達が倒れている間、誰かが何かを食べさせてくれていた気がする、護っていてくれた気がする。
アイラでしか、有り得ない。
・・・のだろうが。
ミノリは、乾いた声で笑った。
林檎を齧りながら、情けなくて笑った。
知っていただろうに、自分がどれだけアイラに付き添い、姫でありながら皆に優しくしていたかを。
一人きりでも臆せずに、皆を連れて必死に逃げようとしていたアイラを。
怪我を気遣い、傷の手当に薬湯を用意してくれたことを。
何より、自分が囮になるからと前に進み出てくれたことを。
それを制して自分が出たのに、何故。
「はは・・・どうして俺、あんな事言ったんだっけ・・・」
貴女に守護を。
穢されない様に、守護を。
ミノリは、狂ったように泣き叫んだ。
誰も近寄れずに、遠巻きに皆が見ている中で一人、大声で泣き喚いた。
「俺か・・・。俺が穢すんだ。俺から、アイラ姫を護らないといけなかったんだ・・・」
大きな緑の瞳が、大粒の涙を零しそうになりながら。
可憐な桃色だったはずの小さな唇は、恐怖で青褪めそれでも必死で謝罪の言葉を紡ぎ。
その相手が、まさか自分だとは。
もし、自分がアイラ姫の様に皆を先導出来たら堂々としていられただろうか。
このように、皆が絶望の縁に立たされている中で自分が動いていたら、自信を持ってアイラ姫の許に戻り護れただろうか。
「俺が・・・強ければよかったのに・・・。勇者みたく・・自信を持っていられたら・・・」
何をするにも機敏なアイラ、自分の憧れ。
隣に立つには、誇る自分がなければ。
羨望の眼差しで見る反面、抱くのは己劣等感。
ミノリは、何度も何度も先程のアイラ姫の表情を思い出していた。
忘れたくとも、忘れられるわけがない。
地面の土をひっかきながら、ミノリは不甲斐無さに泣き叫ぶ。
「追えない・・・。また追って、会って、俺が・・・俺がアイラ姫をっ」
馬はまだ居る。
今なら追えば、間に合う。
しかし、ミノリには追えなかった。
自信がない。
お供する勇気がない。
足手纏いになりそうで、また傷つけそうで。
何より。
「会わせる顔が・・・ないんだ・・・」
ミノリは、皆に抱き起こされてトモハラの隣に再び寝かされた。
もう、起きられなくても良い。
このまま、死を迎えても構わない。
自分の役目は、あの日、あの城で終わったのだ。
ミノリは、そのまま数日起き上がることはなかった。
民達は密かにアイラを噂した。
マローを連れ戻すと、言ったアイラだが城から出た事もないのにどうやって連れ戻すのか、と。
まして、一人きりで生きていけるわけがないと。
以前となんら変わらない、必死に焼け焦げた街を修復しようと、民は動く。
だが、やる気が出ない。
先導者が、いない。
やり方が、解らない、上手く行かない。
希望が、ない。
それでも、一人、二人と。
アイラ姫を待つ者達が増えてきたのだった。
姫だから、ではなく。
『それまで頑張ってください』
と、そう投げかけた言葉が気になった、信じたくなった。
何かを信じて、頑張ろうと徐々に皆にやる気が起き始めた頃。
崩壊した街に、二つの旗が現れる。
トライ王子のブリューゲル国の旗。
リュイ皇子のラスカサス国の旗。
共に軍隊を率いて、街にやって来た。
惨状を見て、直様救援物資が配布され、怪我人の手当てに数名の医師が動き出す。
「予感が的中した、やはり滞在しておくべきだった」
トライは地面に突き刺さっていた剣を、思い切り愛用の剣で切り下ろす。
鈍い音がして、見事に突き刺さっていた剣は真っ二つになった。
静かなる怒気を含みつつ、後方から来たリュイに声をかける。
「リュイ殿はどうして?」
「遣いに出した者達から連絡が途絶えました、信頼している私兵です。有り得ないので発ちましたら」
滞在していた筈のベルガー及びトレベレス国の者達は居ない、死体すらない。
ならば誰がどういった理由でこんな惨劇を起こしたのかは、誰にでも分かる。
「アイラ姫の安否確認を急げ! 姫を見たものは居ないのか!?」
トライとリュイは、無論それが目的だった。
大事な姫を探して兵達を動き回らせるが、見つかるわけもない。
ようやくトライは呆けているミノリと、未だに起きないトモハラ、二人に出遭う。
簡易なテントに入り、ミノリを見つけた瞬間にトライは眉を潜めた。
騎士であろうミノリ、民と共に動く事もなく横になったままだった。
「おい」
トライの声に、ようやくミノリは目の焦点を合わせ、そして怯えた悲鳴を上げる。
「どうしてお前達が無事で、アイラ姫が不在なんだ!? アイラは何処へ行った!? お前たちは何をしている!?」
乱暴にミノリの胸倉を掴んだトライ、慌ててリュイがそれを止める。
地面に落下したミノリは、苦しそうに咳き込んだまま何も語らない。
「お前に任せただろう!? 姫を護れと告げただろう!? 何をしていた!?」
沈黙のミノリ、不愉快そうにトライは踵を返しテントから出た。
勢いで布を上げたので、簡易なテントは木が揺らぎ、崩れ落ちる。
ミノリは必死にトモハラを抱えて久し振りにテントから出て、外の陽射しを眩しそうに浴びた。
外の木に新緑の葉が生い茂っている。
「アイラ・・・姫・・・」
思い出し、ミノリは涙を知らず零した。
トライの私兵が慌てて戻り何かを告げているのを遠目に見ていたミノリ、険しくなったトライを見るとアイラが一人旅立った事を知ったのだろうと判断。
項垂れて、ミノリは親友のトモハラを情けなく見下ろしていた。
人々が、トライとリュイを頼り集まってきていたその時。
城から一つの影が、ゆっくりと歩いてきていた。
「アイラ・・・アイラ姫様は何処に・・・」
クーリヤだ。
クーリヤを知る者は、ミノリと起きないトモハラ。
だが、トライとてリュイとて城内で姿は見かけたことがあった。
兵に向かわせ救出させると連れてこさせる、衰弱しているが、自分で歩けるのならば無事であると判断。
うわごとの様にアイラの名を呼ぶクーリヤに、皆怪訝に思う。
城内で最も権威を誇っていたとさせる、元女王の側近・クーリヤ。
妹のマローではなく、姉のアイラを捜し求める理由は?
トライもリュイも、薄々気付いていた。
二人は、最初から解っていたのかもしれないが。
トライは跪くと、クーリヤに告げる。
「アイラはマローを探して一人旅立ったそうだ。オレは直様後を追う」
立ち上がったトライのマントを、クーリヤが掴んだ。
消え入りそうな声で、支えられた身体で老女は呟いたのである。
「あの子が・・・正統なるラファーガの姫。繁栄の子を産む、次期女王。あの子さえ、無事ならばラファーガ国はすぐに豊かな国へと戻れます・・・。どうかどうか、水の王子よ。アイラ姫を救い出してください・・・」
ミノリが、息を飲んだ。
トライが、呆れて溜息を吐いた。
リュイが、哀しそうに瞳を伏せた。
民達が、驚愕の眼でクーリヤを見た。
そして。
「・・・マロー姫様は・・・?」
震えるミノリの隣で、ようやくトモハラが目を覚ました。
目を覚まし、覚束無い足で立ち上がると、マローを探して名を呼んで、クーリヤに詰め寄った。
キィィィ、カトン。
何処かで、何かの音がした。
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