別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。
いい加減整理したい。
※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。
絶対転載・保存等禁止です。
宜しくお願い致します。
×
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このほうが番号振りやすいのです。
アイラは、ともかくマローへ階段を上りきるように指示。
自分も剣を引き抜くが、マローは唇を抑え壁にもたれたまま動けなかった。
ぎゅ、と自分の唇を押さえる。
トモハラの顔と、唇と、身体の温もりと、声が。
”好きでした”の、声が。
足が、動かない。
何か言いたいのに、マローは声が出ない。
綺麗な瞳だった、優しい声だった。
暖かな手だった、全てが自分を大切にしてくれていた。
こんな時にいつかの女中の会話を思い出していた、それは。
”好きな相手をキスをした、甘美な時間だった”
マローは。
震える身体で、火照る頬を、熱した唇を。
「居たぞ! 相手は若造と姫だけだ!」
兵が、来た。
小窓から灯りが差し込み、敵が見える。
「ベルガー! トレベレス!」
その中に怒りの矛先を見つけ、トモハラは絶叫。
元凶がそこに居た、叫んで剣を振り下ろし、近寄ってきた兵を真横に切り裂いた。
容赦しない、容赦して良い相手ではない。
命を奪うことに躊躇いは感じない、愛する姫を護る為に。
狙いは繁栄の子を産むマローだと手に取るようにトモハラには解った、捕らえられればどんな扱いをされるか分からない。
叫びながらトモハラは剣を振り回す、確実に急所を狙って振りかざす。
「・・・子供だと油断しすぎだ」
鼻で笑い、上の戦況を見ていたトレベレス、自慢の剣を引き抜く。
「あいつの目が、気に入らない」
ぼそ、っと呟きトレベレスは斬られ落下してくる兵を踏みつけながら上へと。
「騎士はもう終わりだ、ご苦労だったな」
「トレベレス!」
跳躍し、上から体重をかけ剣を付き立てたトモハラの剣を、顔を顰めながら楯で防ぐトレベレス。
喉の奥で笑うと、憎悪に燃えるトモハラに意地悪そうにこう囁いたのだ。
「姫の身体は・・・甘美だろうな? 残念だったな」
かっとなって、右手で殴りかかったトモハラだが、そのまま両手で楯を押し返し階段にトモハラを叩き付けたトレベレス。
「グッ!」
「お前の目、気に入らないんだよ!」
いつも、怯えることなく自分を見ていたその視線がどうにも苛立ち。
階段で後頭部を打ち、脳震盪を起していたトモハラを嘲笑うように見下したトレベレスは。
・・・真横にトモハラの瞳を切り裂いたのだ。
絶叫が響き渡った。
「貴様ぁ!」
ミノリが跳躍する、沸騰した脳は収まることを知らず、勢いでトレベレスに斬りつける。
横では激痛に苦しみ、転がりまわるトモハラ。
親友への暴行を見て、沸点に達した。
幼くとも、騎士。
そしてトレベレスは知らなかったがミノリも何度かトライに手ほどきを受けていたのだ、剣技は同年代よりも遥かに上だった。
防御するしかない攻めに、トレベレスは冷や汗をかき、屈辱で顔を赤く染める。
後方にはベルガーだ、年上だからと、大国だからと自分よりも態度の大きなベルガーが見ている。
負けたくは、ない。
手を組んでいるが、互いに気に入らない相手であると知っている。
弱みを握られたくないのだ、劣等感を抱いてしまうゆえに。
「遊ぶな、トレベレス殿」
ベルガーの声に、気付けばミノリの動きが停止した。
見れば、一本の槍がミノリに突き刺さっている。
後方のベルガーが貫いたのだ、口を開いたまま、ミノリは口から血を吹き出し、トモハラの隣に力なく崩れ落ちる。
助けられたのか、手柄を横取りされたのか。
ギリリ、と歯軋りしたトレベレスに気付かない振りをしてベルガーは兵を上へと行かせる。
自分は槍についた血痕を再び丁寧に拭い取りながら、瀕死の若き騎士を見下ろした。
「立派だったよ、なかなかに」
感情の籠もっていない声、もはや姫の護衛は不在、捕らえるだけだ。
だが。
悲鳴と共に上から振ってくる兵に、弾かれたように二人の王子は上を見た。
誰かが、戦っている。
「誰だ!? 誰が残っている!?」
騎士はこの二人で全滅した筈だった、そう、騎士ではない。
ふわり、と髪が揺れた。
小窓から指す光で、揺れたのは緑の髪。
剣を煌かせ、兵を軽やかに撃退していたのは。
「アイラ姫!」
ベルガーとトレベレスは同時に叫ぶ、小柄な姫が、屈強な兵士を何人も蹴落としていた。
「たかが小娘一人、何をしているっ」
トレベレスが階段を勢い任せに上る、と。
気合声と共に俊敏に階段を下りてきたアイラ、瞳が交差し反射的に剣を引き浮いて受け止める。
想像以上の重みだった、非力だったが匹敵する技術。
剣が交差したかと思えばすぐに離れて再び突撃を繰り返すアイラ、そして見ながら思ったのだ。
「トライ・・・!」
剣の容が、トライとほぼ同じである。
アイラに剣の手ほどきをしたのは、トライ皇子だった。
従兄弟のトライ、同じ生年月日のトライ。
知略も武力も一歩上を行く、トライと、ほぼ同じ剣の構え。
何より。
泣きながら剣を振るっていたアイラ、自分を憎悪の瞳で見ていた。
「ちっ」
見た瞬間、一瞬隙が出来たトレベレス、みしぃ、と脇腹にアイラの放った右脚蹴りが容赦なく入り込む。
片膝付き、見上げればアイラの剣。
泣きながら、困惑しつつ、それでも殺意を持っての一振りだった。
殺される。
トレベレスは思ったのだ、完璧なアイラの剣だった。
だが、またしても横から出てきた一本の長い棒、槍。
「っつあぁあっ!」
アイラの身体が吹き飛び、壁に叩きつけられる。
「・・・姫をここまで達人レベルに持ち込んだトライ殿は流石、というべきか」
無造作に槍を突き出していたベルガー、吹き飛んだアイラの上、マローに視線を送る。
「行くぞ、トレベレス殿」
「あ、あぁ・・・」
強打され、意識を失い呻きながら倒れているアイラの横を通り過ぎる。
マロー、マロー、と何度も呼んでいたアイラ、当のマローは。
震えて怯え、声も出ず。
強引に捕まれた腕に鳥肌、そこで叫んだのだ。
「アイラ姉様ー!!」
夢中で暴れた、これ以上ないというほどに爪で相手を引っかき、脚をばたつかせた。
余りにも大声だったので、口に布を押し込められ、転がるアイラの横を担がれたまま階段を降り。
血まみれのトモハラを見つけ身体を引き攣らせ、大粒の涙を零した。
”必ず御守り致します”
声を、思い出しながらマローは涙の向こうのトモハラを見ている。
「ベルガー殿。姉姫は・・・」
「・・・殺していない。火に包まれ焼け死のうが・・・この姫の運だろう」
「・・・」
気がかりなトレベレス、倒れこんだまま微動だしないアイラを、一瞬心配そうに見上げ。
燃え盛る城を後にしたのだった。
マローを乱暴に馬車に放り投げ、すでに火の手が上がっている街を滑走。
土の国ラファーガは、こうして一夜にして滅亡したのだ。
殺戮と略奪を繰り返し、兵達と共に意気揚々と帰宅する二国の王子達。
手足を縛られ、口を塞がれているマローを見ながら二人は勝利の杯を。
向かう先は、二人の領土が隣接する幽閉の塔。
暴れて恨みの念で二人を睨んでいるマローを見下ろしながら、無言でワインを呑む。
「今此処で。犯しても構わないが」
「・・・後にします」
ベルガーの声に、丁重に断りを入れたトレベレス。
欲しかった姫を手に入れた、すぐにでも繁栄の子を産ませる為に情事をしても構わない。
しかし。
重苦しい。
気分が乗らない。
考えるのは、姉姫。
槍に貫かれた、あの時点では死んでなくとも致命傷だろう。
「・・・姫を殺せば災いが」
ぼそ、と零したトレベレスに怪訝にベルガーは口を開いた、面倒だと言わんばかりに。
「刺していない、逆の柄で腹部を突いただけだ」
「え・・・?」
そういえば、槍の血痕を拭く作業をしていなかった。
意外そうにベルガーを見つめたトレベレス、頬を汗が伝う。
冷酷な男が、姫を助けた。
助けたのは、呪いの為か、それとも。
トレベレスは、慌てて目を逸らすと、ワインを見つめる。
剣を交えたあの瞬間に、なんとも言えぬ高揚感が湧き上がった。
刺すか刺されるかの瀬戸際で、荒い呼吸のアイラに、欲情をしたのは間違いなく。
あの好戦的な瞳を、屈辱感で満たして、地面に這い蹲らせたい。
征服欲、支配欲、独占欲。
「・・・くっ」
ワインを荒々しく置くと、トレベレスは瞳を強引に閉じた。
本当に、欲しいのは。
身体が、心が欲するのは、アイラ姫だと、自覚した。
だが、あれは、呪いの姫だ。
汗ばむ額を拭いながら、転がっているマローを見つめる。
あぁ、姉と妹が。
逆であればよかったのに、と思いながら。
数日かけて到着した土地に、まだ新しい豪邸というよりも低目の塔。
四階建てのその建物の最上階へとマローは運び込まれ、ようやく猿轡を剥がされる。
「ちょっと! なんなのこの扱い! あたし、姫なのよ!? これは一体どういうことなの!?」
食事も適当に、拘束され運ばれた姫君に、ベルガーとトレベレスは冷めた瞳で見下ろすばかり。
「全くご自分のお立場を理解していないようで」
しゃがみ込むと、マローの髪にそっと触れる。
反射的に避けようと身を捩じらせたが、髪を撫でようとも、掴もうともしたのではない。
ただ、耳についていた宝石を、首に下がっていた貴金属をベルガーは引きちぎったのだ。
「な、何すんのっ」
「返して戴きます、貴女には必要のないものだ」
「あたしの! あたしのよ!?」
「亡国の姫君が・・・。金目の物は全て奪い去れ、幽閉する者に宝石など要らぬ」
「ちょ、何すんのっ」
寝所での姿とはいえ、マローはお気に入りの宝石を身につけて眠っていた。
高価なものは全て剥ぎ取られ、抵抗し髪を振り乱しながらマローは床に転がったまま。
「本当に何もご存じないようなので、気の毒ですから話を。
貴女の母上が、死ぬ間際に傍迷惑な遺言をしたのです。姉の姫は破滅の子を産む、妹の姫は繁栄の子を産む、と。
繁栄の子欲しさに、亡国・ラファーガに滞在しましたがそちらの国は不要な姉姫を押付けようとするばかり。
面倒でしたので滅亡させ、貴女を連れ去ったまで。
・・・解りましたか?」
「・・・馬鹿じゃない? そんな遺言」
「馬鹿と言われても貴女の母上は偉大な魔女。無視できない遺言です。さて、欲しい子宮を持つ姫は手に入れたので・・・」
どうしたら子ができるか、など知らぬマローは訝しげに二人を見ていた。
そんなコトよりも気になったのは。
「・・・あたしのこと、可愛いって言ってくれたのに! ちゃんと綺麗なお部屋用意してよ!」
「立場を・・・理解されない、なんとも浅はかな娘だ」
喚くマローの口に再び布を押し込む、苦しさで涙が出たがベルガーは容赦ない。
「トレベレス殿、どうぞ」
「え?」
呆けていたトレベレスに声がかかる、慌てて焦点をベルガーに合わせた。
まさか声をかけられるとは思わなかったのだ、一瞬慌てふためく。
「生娘は好かない、下で酒宴でもしていますので」
「・・・」
マントを翻し、皆去っていった部屋に取り残された、マローとトレベレス。
そっと近寄り、布を外せば。
大きな瞳でマローは囁いた。
普段の、振る舞いを。
焦りながらもマローはいつもの様に小首傾げて、笑う。
「助けて、トレベレス様。あんなに可愛がってくれたじゃない。あたしを帰して」
マローを見ていた、が、床に置き去りにしトレベレスは用意してあったワインを一人、呑む。
天と地の扱いだった、今まで無下にされたことのなかったマローにとって屈辱以外の何者でもない。
「ちょっと! いい加減に」
ダン!
びくり、とマローの身体が震え、足音立てながらトレベレスは近寄り、何の躊躇いもなく身体を持ち上げるとベッドに投げ捨てた。
「うるさい」
低く冷たい声に、身体を硬直させるマロー。
城内でのトレベレスとは違いすぎるのだ、あまりの豹変に喉が鳴った。
「大人しくしてろ」
「っ!?」
それは。
何も知らない姫君には酷なもので、愛情の欠片も何もない行為だった。
泣き喚いたので途中から再び布が押し込まれ、暴れるので四肢の拘束は解かれることなく。
ただ、痛い。
痛いのは、身体と。
・・・胸。
先日までの、優雅な暮らしはなんだったのか。
何故、このような目に合わなければいけないのか。
悔しさで涙が零れ落ちる、丁寧に扱われていた、あの日々は何処へ行ったのか。
トレベレスが去ってからは、数人の女が湯に入れてくれた、その間にベッドは丁寧にメイクされ、そしてベルガーがやってきた。
わけもわからず、ただ、犯される中で。
あんなに優しく宝石を身につけさせてくれたトレベレスは、舌打ちしていた。
マローには解らなかったが、トレベレスはこう呟いていたのだ。
「双子と言っても・・・姉と全然違う・・・」
聴こえなかったほうがよかっただろう、似て非なる二人。
似ているからと、妹だからとトレベレスはアイラを思い描いた、思い描いて抱いた。
だが。
抱き締めても何も感情が湧きあがってこないのだ。
その場にいる娘より、思い出すのは剣を交えたあの日のアイラ。
そしてからかいついでに肩に手を置き、恥らったあの日のアイラ。
重ねようとすればするほど、マローとアイラの違いが明確になる。
「淑やかな女が好きだ」
「あんたの好みなんて、知らない!」
罵倒し、必死に逃れようとするマローに、ベルガーも散々頭を悩ませている。
頬を叩き、最中は言葉が漏れないように毎回猿轡だ。
「本当に・・・予言と違うならば女王を恨む・・・」
深い落胆の溜息を吐きながらも、自由の利かないマローをいいように扱った。
プライドが、許さないマロー。
窮屈な部屋は窓が一つしかなく、時折見える月が救い。
だが、月は殆んど翳っている。
そんな夜、こっそりと起きて胸元から引っ張り出し、空かしてみたのは唯一奪われなかった宝石だった。
トモハラが購入し、アイラを得てマローに届いた小さな宝石。
「姉様と・・・同じ色なの・・・」
宝石を眺め、嗚咽する。
懐かしい城での生活、姉に騎士達に囲まれて何不自由なく。
そして。
「・・・助けに、来て・・・」
毎晩、呟くのだ。
思い出して、泣き叫ぶのだ。
「助けに来てよぉ、トモハラ、姉様!」
だが、マローとて見ていた。
姉とトモハラは、殺された。
「護るって、言ったじゃないっ!!」
小さな姫君の、絶叫。
質素な”行為するだけ”の部屋に押し込められて、マローは壊れそうな心を、小さな宝石で支えた。
食事も簡素だった、最低限のものしかなく、嫌いな野菜も大量にある。
最初は無視して食べなかったが、空腹には勝てずに必死で食べた。
姉の言葉がこうすると甦る、食べ物は、大事なのだと。
果物ナイフが部屋に落ちていた、命を絶とうと何度も手にした。
けれども。
くすくす笑いながら食事を運ぶ女達を、忌々しく睨み付けた。
しかし。
「ベルガー殿、マロー姫の部屋にナイフを置くのは危険では? 自害されたら・・・」
「落ち着かれよ、トレベレス殿。あの娘に、そんな度胸あるまいよ。苦痛が嫌いな娘だ、自分から痛めつけることなどない」
マローは、自害しなかった。
それは、怖かったわけではないのだ。
月影の晩に、思い出す。
トモハラを、思い出す。
護ると言ってくれた彼を、思い出す。
口付けを、思い出す。
笑顔を、思い出す。
香りを、声を思い出して、そして。
「・・・待ってるの」
そうなのだ、マローは待っているのだ、無理かもしれないが、願っているのだった。
助けを。
一月経過しても、マローに妊娠の兆候は見られることなく。
二月経過しても、同じことで。
「なんて女として役に立たない小娘でしょう!」
「幾ら顔が綺麗でもねぇ・・・」
食事を運ぶ女達の小言も、無視できるようになっていた。
「ベルガー様、ストレスが原因かもしれません。城と同じ様な生活とまでは行かなくとも、食事を豪華に、内装も綺麗にしませんと、出来ないかもしれません」
様子を見に来た医師は控え目にそう告げる、トレベレスとベルガーは呆れ返ってマローを見ていた。
大人しくなることなく、毎回暴れるマローには、ベルガーも手を焼き。
最初のころは毎晩通っていたが、週に一度になり、隔週になり。
「早く宿せ、いい加減・・・飽きた」
抱きながらマローに吐き捨てるベルガー、飽きたなら、抱かねばいいのに、と口答えしようにも口は塞がれている。
何故。
酷い扱いされた上に、愚弄されればならないのか。
三ヶ月経つ頃、ベルガーもトレベレスも通わなくなっていた。
人と会うのは食事の時だけ、湯浴みも二人の王子が来ないので毎日させてもらえない。
気が遠くなる、周囲がどうでも良くなってきた頃。
マローは一日のほとんどを当然眠って過ごすのだった。
「ホットミルク・・・のみたいの・・・」
枕を涙で濡らし、故郷を懐かしむ。
思い出すのは、トモハラだった。
「たすけ、て・・・」
姉と、同じ歳の騎士を。
懐かしんで、焦がれて、夢を観る。
3人で居る、夢を観る。
城内の庭で、小さな猫達と遊びながら、3人で紅茶を飲みながら。
ただただ、笑いながら、楽しく楽しく暮らす夢を。
寒くなれば騎士が毛布を羽織らせてくれる、眠る前にホットミルクを届けてくれる。
安堵して眠りにつけば、姉が手を握り歌を歌いながら朝まで同じ床に。
一人きりの部屋で、まどろんでいる時が至福だった。
ある朝、マローは急な吐き気に運ばれてきた食事に嘔吐した。
一人顔を顰めて布で口を拭ったが、周囲は慌しく。
狼狽している女達を、何事かと遠目に見ていたマロー。
「い、急いでベルガー様とトレベレス様にご連絡を!」
「ご懐妊で御座います!」
「・・・?」
教育を受けていないので、そういったことに疎いマロー。
身体の不調が、よもや子が原因であるとは知らずに。
何人もやってきた医師の診察を受け、駆けつけてきたベルガー及びトレベレスの前で、医師たちは皆片膝をついたのだ。
「お子が無事、宿っております」
歓声が上がった、が、青褪めた表情のトレベレスと無表情のベルガー、そして関心を示さないマロー。
どちらの、子か。
色めきたつ周囲と、突如として丁寧に身体を扱われ始めるマロー。
立ち尽くしているトレベレスに、ベルガーはぼそり、と告げる。
「トレベレス殿の子だ、酒宴でも開きますかな?」
「!? ・・・そうでしょうか」
「えぇ。ラファーガ国陥落から、早三ヶ月程度。私はこの姫に飽き、一月半前には通うのを止めているので」
「な!?」
「時期王子の誕生、心待ちですな」
無感情な声で肩を叩くと、ベルガーは手を叩き、酒宴の準備をさせ始めた。
マローの部屋も四階から三階へと移され、豪商の屋敷並の装飾に数人のメイドが付き添う。
身体を震わしながらトレベレスは俯き、そして唖然とベルガーを見た。
「アイツ・・・! オレを試したな!?」
予言を信じていない、と言ったベルガー。
戯れにマローを抱いたが、興味を示さず通うのを止め。
もし、予言通り産まれた子に何らかの魔力があるのがわかれば、その時点でマローを手元に置き、今度こそ子を宿すべく監禁するつもりなのではないだろうか。
もしくは、疑惑のまま、妹姫こそ破滅だとの可能性を捨てずにトレベレスで試したのではないか。
しかし、何よりも。
「オレと・・・マローの子・・・だと・・・?」
冷や汗が背筋を伝う、眩暈で壁に寄りかかりながら、トレベレスは青褪めた表情でずるり、と床に片膝をついた。
心配して駆け寄ってきた臣下に混ざり、ベルガーも戻る。
明らかに体調の優れない、喜ばしくないトレベレスに冷ややかな視線を送ると、容赦ない言葉を降り注いだのだった。
「そういえば、おかしな事を耳にしております。トレベレス殿、城にも戻らず別荘にて緑の髪の娘を一人、寵愛していると、か。
噂で聞きましたが・・・どうなのでしょう」
トレベレスの身体が、大きく震えた。
ベルガーの言葉に周囲もどよめき始め、皆の視線がトレベレスに集中する。
「噂ですが・・・亡国の姉姫に瓜二つとか? 溺愛して離さないと聞き及んでいますが、実際のところ、話を伺いたいものです」
緑の髪。
その単語にマローも急に意識を明確にし、顔を上げた。
否定せず、物言わず、トレベレスは唇を噛締めているだけで沈黙が流れる。
そして。
「・・・マロー!」
「ねぇ・・・さ・・・ま? 姉様!?」
「トレベレス様、一体どういうことなのですか!? 何故マローはあのように髪も梳かれず、やつれた状態でいるのですか!? 」
「・・・アイラ・・・どうして此処に来た!?」
被っていた灰色のフードを捨て、息を切らせて頬を上気させたアイラ姫が。
静まり返った部屋の中央に立ち尽くしている。
慌てふためきトレベレスは立ち上がるとアイラを抱き締めるようにマローから視線をそらし、そして耳を塞ぎながら震える手で目を見つめる。
「後で、後で説明する。何故ついて来た!」
「マローのところへ行くと、聞いたので! 馬車の陰に潜んでついてきたのです。どういうことですか、子って、何のことですか? マローは鉱山で宝石を吟味しているのではなかったのですか!?」
「話を聞いてくれ、アイラ! 頼むから・・・」
姉の姿を見つけ、立ち上がったマロー。
だが。
違和感。
何故、あの時死んだはずの姉が生きていて。
いや、それは嬉しいのだが、あの姿。
髪に、耳に、首元に手首に煌びやかな宝石。
着ているドレスは目立たない色合いだが上等そうな布、以前の姫であった頃のマローとなんら変わりのない、麗しの姫君。
姉は。
破滅の子を産む呪いの姫君ではなかったのか?
そして何より、何故、トレベレスは。
あのように切なそうにアイラを見つめているのだろう、声とて優しく、まるで、あれでは・・・。
ざわめく一室。
回転する、部屋。
・・・時刻は。
今から三ヶ月前に戻る。
ラファーガ国滅亡後、城内へと、戻る。
廻れ、運命の歯車。
自分も剣を引き抜くが、マローは唇を抑え壁にもたれたまま動けなかった。
ぎゅ、と自分の唇を押さえる。
トモハラの顔と、唇と、身体の温もりと、声が。
”好きでした”の、声が。
足が、動かない。
何か言いたいのに、マローは声が出ない。
綺麗な瞳だった、優しい声だった。
暖かな手だった、全てが自分を大切にしてくれていた。
こんな時にいつかの女中の会話を思い出していた、それは。
”好きな相手をキスをした、甘美な時間だった”
マローは。
震える身体で、火照る頬を、熱した唇を。
「居たぞ! 相手は若造と姫だけだ!」
兵が、来た。
小窓から灯りが差し込み、敵が見える。
「ベルガー! トレベレス!」
その中に怒りの矛先を見つけ、トモハラは絶叫。
元凶がそこに居た、叫んで剣を振り下ろし、近寄ってきた兵を真横に切り裂いた。
容赦しない、容赦して良い相手ではない。
命を奪うことに躊躇いは感じない、愛する姫を護る為に。
狙いは繁栄の子を産むマローだと手に取るようにトモハラには解った、捕らえられればどんな扱いをされるか分からない。
叫びながらトモハラは剣を振り回す、確実に急所を狙って振りかざす。
「・・・子供だと油断しすぎだ」
鼻で笑い、上の戦況を見ていたトレベレス、自慢の剣を引き抜く。
「あいつの目が、気に入らない」
ぼそ、っと呟きトレベレスは斬られ落下してくる兵を踏みつけながら上へと。
「騎士はもう終わりだ、ご苦労だったな」
「トレベレス!」
跳躍し、上から体重をかけ剣を付き立てたトモハラの剣を、顔を顰めながら楯で防ぐトレベレス。
喉の奥で笑うと、憎悪に燃えるトモハラに意地悪そうにこう囁いたのだ。
「姫の身体は・・・甘美だろうな? 残念だったな」
かっとなって、右手で殴りかかったトモハラだが、そのまま両手で楯を押し返し階段にトモハラを叩き付けたトレベレス。
「グッ!」
「お前の目、気に入らないんだよ!」
いつも、怯えることなく自分を見ていたその視線がどうにも苛立ち。
階段で後頭部を打ち、脳震盪を起していたトモハラを嘲笑うように見下したトレベレスは。
・・・真横にトモハラの瞳を切り裂いたのだ。
絶叫が響き渡った。
「貴様ぁ!」
ミノリが跳躍する、沸騰した脳は収まることを知らず、勢いでトレベレスに斬りつける。
横では激痛に苦しみ、転がりまわるトモハラ。
親友への暴行を見て、沸点に達した。
幼くとも、騎士。
そしてトレベレスは知らなかったがミノリも何度かトライに手ほどきを受けていたのだ、剣技は同年代よりも遥かに上だった。
防御するしかない攻めに、トレベレスは冷や汗をかき、屈辱で顔を赤く染める。
後方にはベルガーだ、年上だからと、大国だからと自分よりも態度の大きなベルガーが見ている。
負けたくは、ない。
手を組んでいるが、互いに気に入らない相手であると知っている。
弱みを握られたくないのだ、劣等感を抱いてしまうゆえに。
「遊ぶな、トレベレス殿」
ベルガーの声に、気付けばミノリの動きが停止した。
見れば、一本の槍がミノリに突き刺さっている。
後方のベルガーが貫いたのだ、口を開いたまま、ミノリは口から血を吹き出し、トモハラの隣に力なく崩れ落ちる。
助けられたのか、手柄を横取りされたのか。
ギリリ、と歯軋りしたトレベレスに気付かない振りをしてベルガーは兵を上へと行かせる。
自分は槍についた血痕を再び丁寧に拭い取りながら、瀕死の若き騎士を見下ろした。
「立派だったよ、なかなかに」
感情の籠もっていない声、もはや姫の護衛は不在、捕らえるだけだ。
だが。
悲鳴と共に上から振ってくる兵に、弾かれたように二人の王子は上を見た。
誰かが、戦っている。
「誰だ!? 誰が残っている!?」
騎士はこの二人で全滅した筈だった、そう、騎士ではない。
ふわり、と髪が揺れた。
小窓から指す光で、揺れたのは緑の髪。
剣を煌かせ、兵を軽やかに撃退していたのは。
「アイラ姫!」
ベルガーとトレベレスは同時に叫ぶ、小柄な姫が、屈強な兵士を何人も蹴落としていた。
「たかが小娘一人、何をしているっ」
トレベレスが階段を勢い任せに上る、と。
気合声と共に俊敏に階段を下りてきたアイラ、瞳が交差し反射的に剣を引き浮いて受け止める。
想像以上の重みだった、非力だったが匹敵する技術。
剣が交差したかと思えばすぐに離れて再び突撃を繰り返すアイラ、そして見ながら思ったのだ。
「トライ・・・!」
剣の容が、トライとほぼ同じである。
アイラに剣の手ほどきをしたのは、トライ皇子だった。
従兄弟のトライ、同じ生年月日のトライ。
知略も武力も一歩上を行く、トライと、ほぼ同じ剣の構え。
何より。
泣きながら剣を振るっていたアイラ、自分を憎悪の瞳で見ていた。
「ちっ」
見た瞬間、一瞬隙が出来たトレベレス、みしぃ、と脇腹にアイラの放った右脚蹴りが容赦なく入り込む。
片膝付き、見上げればアイラの剣。
泣きながら、困惑しつつ、それでも殺意を持っての一振りだった。
殺される。
トレベレスは思ったのだ、完璧なアイラの剣だった。
だが、またしても横から出てきた一本の長い棒、槍。
「っつあぁあっ!」
アイラの身体が吹き飛び、壁に叩きつけられる。
「・・・姫をここまで達人レベルに持ち込んだトライ殿は流石、というべきか」
無造作に槍を突き出していたベルガー、吹き飛んだアイラの上、マローに視線を送る。
「行くぞ、トレベレス殿」
「あ、あぁ・・・」
強打され、意識を失い呻きながら倒れているアイラの横を通り過ぎる。
マロー、マロー、と何度も呼んでいたアイラ、当のマローは。
震えて怯え、声も出ず。
強引に捕まれた腕に鳥肌、そこで叫んだのだ。
「アイラ姉様ー!!」
夢中で暴れた、これ以上ないというほどに爪で相手を引っかき、脚をばたつかせた。
余りにも大声だったので、口に布を押し込められ、転がるアイラの横を担がれたまま階段を降り。
血まみれのトモハラを見つけ身体を引き攣らせ、大粒の涙を零した。
”必ず御守り致します”
声を、思い出しながらマローは涙の向こうのトモハラを見ている。
「ベルガー殿。姉姫は・・・」
「・・・殺していない。火に包まれ焼け死のうが・・・この姫の運だろう」
「・・・」
気がかりなトレベレス、倒れこんだまま微動だしないアイラを、一瞬心配そうに見上げ。
燃え盛る城を後にしたのだった。
マローを乱暴に馬車に放り投げ、すでに火の手が上がっている街を滑走。
土の国ラファーガは、こうして一夜にして滅亡したのだ。
殺戮と略奪を繰り返し、兵達と共に意気揚々と帰宅する二国の王子達。
手足を縛られ、口を塞がれているマローを見ながら二人は勝利の杯を。
向かう先は、二人の領土が隣接する幽閉の塔。
暴れて恨みの念で二人を睨んでいるマローを見下ろしながら、無言でワインを呑む。
「今此処で。犯しても構わないが」
「・・・後にします」
ベルガーの声に、丁重に断りを入れたトレベレス。
欲しかった姫を手に入れた、すぐにでも繁栄の子を産ませる為に情事をしても構わない。
しかし。
重苦しい。
気分が乗らない。
考えるのは、姉姫。
槍に貫かれた、あの時点では死んでなくとも致命傷だろう。
「・・・姫を殺せば災いが」
ぼそ、と零したトレベレスに怪訝にベルガーは口を開いた、面倒だと言わんばかりに。
「刺していない、逆の柄で腹部を突いただけだ」
「え・・・?」
そういえば、槍の血痕を拭く作業をしていなかった。
意外そうにベルガーを見つめたトレベレス、頬を汗が伝う。
冷酷な男が、姫を助けた。
助けたのは、呪いの為か、それとも。
トレベレスは、慌てて目を逸らすと、ワインを見つめる。
剣を交えたあの瞬間に、なんとも言えぬ高揚感が湧き上がった。
刺すか刺されるかの瀬戸際で、荒い呼吸のアイラに、欲情をしたのは間違いなく。
あの好戦的な瞳を、屈辱感で満たして、地面に這い蹲らせたい。
征服欲、支配欲、独占欲。
「・・・くっ」
ワインを荒々しく置くと、トレベレスは瞳を強引に閉じた。
本当に、欲しいのは。
身体が、心が欲するのは、アイラ姫だと、自覚した。
だが、あれは、呪いの姫だ。
汗ばむ額を拭いながら、転がっているマローを見つめる。
あぁ、姉と妹が。
逆であればよかったのに、と思いながら。
数日かけて到着した土地に、まだ新しい豪邸というよりも低目の塔。
四階建てのその建物の最上階へとマローは運び込まれ、ようやく猿轡を剥がされる。
「ちょっと! なんなのこの扱い! あたし、姫なのよ!? これは一体どういうことなの!?」
食事も適当に、拘束され運ばれた姫君に、ベルガーとトレベレスは冷めた瞳で見下ろすばかり。
「全くご自分のお立場を理解していないようで」
しゃがみ込むと、マローの髪にそっと触れる。
反射的に避けようと身を捩じらせたが、髪を撫でようとも、掴もうともしたのではない。
ただ、耳についていた宝石を、首に下がっていた貴金属をベルガーは引きちぎったのだ。
「な、何すんのっ」
「返して戴きます、貴女には必要のないものだ」
「あたしの! あたしのよ!?」
「亡国の姫君が・・・。金目の物は全て奪い去れ、幽閉する者に宝石など要らぬ」
「ちょ、何すんのっ」
寝所での姿とはいえ、マローはお気に入りの宝石を身につけて眠っていた。
高価なものは全て剥ぎ取られ、抵抗し髪を振り乱しながらマローは床に転がったまま。
「本当に何もご存じないようなので、気の毒ですから話を。
貴女の母上が、死ぬ間際に傍迷惑な遺言をしたのです。姉の姫は破滅の子を産む、妹の姫は繁栄の子を産む、と。
繁栄の子欲しさに、亡国・ラファーガに滞在しましたがそちらの国は不要な姉姫を押付けようとするばかり。
面倒でしたので滅亡させ、貴女を連れ去ったまで。
・・・解りましたか?」
「・・・馬鹿じゃない? そんな遺言」
「馬鹿と言われても貴女の母上は偉大な魔女。無視できない遺言です。さて、欲しい子宮を持つ姫は手に入れたので・・・」
どうしたら子ができるか、など知らぬマローは訝しげに二人を見ていた。
そんなコトよりも気になったのは。
「・・・あたしのこと、可愛いって言ってくれたのに! ちゃんと綺麗なお部屋用意してよ!」
「立場を・・・理解されない、なんとも浅はかな娘だ」
喚くマローの口に再び布を押し込む、苦しさで涙が出たがベルガーは容赦ない。
「トレベレス殿、どうぞ」
「え?」
呆けていたトレベレスに声がかかる、慌てて焦点をベルガーに合わせた。
まさか声をかけられるとは思わなかったのだ、一瞬慌てふためく。
「生娘は好かない、下で酒宴でもしていますので」
「・・・」
マントを翻し、皆去っていった部屋に取り残された、マローとトレベレス。
そっと近寄り、布を外せば。
大きな瞳でマローは囁いた。
普段の、振る舞いを。
焦りながらもマローはいつもの様に小首傾げて、笑う。
「助けて、トレベレス様。あんなに可愛がってくれたじゃない。あたしを帰して」
マローを見ていた、が、床に置き去りにしトレベレスは用意してあったワインを一人、呑む。
天と地の扱いだった、今まで無下にされたことのなかったマローにとって屈辱以外の何者でもない。
「ちょっと! いい加減に」
ダン!
びくり、とマローの身体が震え、足音立てながらトレベレスは近寄り、何の躊躇いもなく身体を持ち上げるとベッドに投げ捨てた。
「うるさい」
低く冷たい声に、身体を硬直させるマロー。
城内でのトレベレスとは違いすぎるのだ、あまりの豹変に喉が鳴った。
「大人しくしてろ」
「っ!?」
それは。
何も知らない姫君には酷なもので、愛情の欠片も何もない行為だった。
泣き喚いたので途中から再び布が押し込まれ、暴れるので四肢の拘束は解かれることなく。
ただ、痛い。
痛いのは、身体と。
・・・胸。
先日までの、優雅な暮らしはなんだったのか。
何故、このような目に合わなければいけないのか。
悔しさで涙が零れ落ちる、丁寧に扱われていた、あの日々は何処へ行ったのか。
トレベレスが去ってからは、数人の女が湯に入れてくれた、その間にベッドは丁寧にメイクされ、そしてベルガーがやってきた。
わけもわからず、ただ、犯される中で。
あんなに優しく宝石を身につけさせてくれたトレベレスは、舌打ちしていた。
マローには解らなかったが、トレベレスはこう呟いていたのだ。
「双子と言っても・・・姉と全然違う・・・」
聴こえなかったほうがよかっただろう、似て非なる二人。
似ているからと、妹だからとトレベレスはアイラを思い描いた、思い描いて抱いた。
だが。
抱き締めても何も感情が湧きあがってこないのだ。
その場にいる娘より、思い出すのは剣を交えたあの日のアイラ。
そしてからかいついでに肩に手を置き、恥らったあの日のアイラ。
重ねようとすればするほど、マローとアイラの違いが明確になる。
「淑やかな女が好きだ」
「あんたの好みなんて、知らない!」
罵倒し、必死に逃れようとするマローに、ベルガーも散々頭を悩ませている。
頬を叩き、最中は言葉が漏れないように毎回猿轡だ。
「本当に・・・予言と違うならば女王を恨む・・・」
深い落胆の溜息を吐きながらも、自由の利かないマローをいいように扱った。
プライドが、許さないマロー。
窮屈な部屋は窓が一つしかなく、時折見える月が救い。
だが、月は殆んど翳っている。
そんな夜、こっそりと起きて胸元から引っ張り出し、空かしてみたのは唯一奪われなかった宝石だった。
トモハラが購入し、アイラを得てマローに届いた小さな宝石。
「姉様と・・・同じ色なの・・・」
宝石を眺め、嗚咽する。
懐かしい城での生活、姉に騎士達に囲まれて何不自由なく。
そして。
「・・・助けに、来て・・・」
毎晩、呟くのだ。
思い出して、泣き叫ぶのだ。
「助けに来てよぉ、トモハラ、姉様!」
だが、マローとて見ていた。
姉とトモハラは、殺された。
「護るって、言ったじゃないっ!!」
小さな姫君の、絶叫。
質素な”行為するだけ”の部屋に押し込められて、マローは壊れそうな心を、小さな宝石で支えた。
食事も簡素だった、最低限のものしかなく、嫌いな野菜も大量にある。
最初は無視して食べなかったが、空腹には勝てずに必死で食べた。
姉の言葉がこうすると甦る、食べ物は、大事なのだと。
果物ナイフが部屋に落ちていた、命を絶とうと何度も手にした。
けれども。
くすくす笑いながら食事を運ぶ女達を、忌々しく睨み付けた。
しかし。
「ベルガー殿、マロー姫の部屋にナイフを置くのは危険では? 自害されたら・・・」
「落ち着かれよ、トレベレス殿。あの娘に、そんな度胸あるまいよ。苦痛が嫌いな娘だ、自分から痛めつけることなどない」
マローは、自害しなかった。
それは、怖かったわけではないのだ。
月影の晩に、思い出す。
トモハラを、思い出す。
護ると言ってくれた彼を、思い出す。
口付けを、思い出す。
笑顔を、思い出す。
香りを、声を思い出して、そして。
「・・・待ってるの」
そうなのだ、マローは待っているのだ、無理かもしれないが、願っているのだった。
助けを。
一月経過しても、マローに妊娠の兆候は見られることなく。
二月経過しても、同じことで。
「なんて女として役に立たない小娘でしょう!」
「幾ら顔が綺麗でもねぇ・・・」
食事を運ぶ女達の小言も、無視できるようになっていた。
「ベルガー様、ストレスが原因かもしれません。城と同じ様な生活とまでは行かなくとも、食事を豪華に、内装も綺麗にしませんと、出来ないかもしれません」
様子を見に来た医師は控え目にそう告げる、トレベレスとベルガーは呆れ返ってマローを見ていた。
大人しくなることなく、毎回暴れるマローには、ベルガーも手を焼き。
最初のころは毎晩通っていたが、週に一度になり、隔週になり。
「早く宿せ、いい加減・・・飽きた」
抱きながらマローに吐き捨てるベルガー、飽きたなら、抱かねばいいのに、と口答えしようにも口は塞がれている。
何故。
酷い扱いされた上に、愚弄されればならないのか。
三ヶ月経つ頃、ベルガーもトレベレスも通わなくなっていた。
人と会うのは食事の時だけ、湯浴みも二人の王子が来ないので毎日させてもらえない。
気が遠くなる、周囲がどうでも良くなってきた頃。
マローは一日のほとんどを当然眠って過ごすのだった。
「ホットミルク・・・のみたいの・・・」
枕を涙で濡らし、故郷を懐かしむ。
思い出すのは、トモハラだった。
「たすけ、て・・・」
姉と、同じ歳の騎士を。
懐かしんで、焦がれて、夢を観る。
3人で居る、夢を観る。
城内の庭で、小さな猫達と遊びながら、3人で紅茶を飲みながら。
ただただ、笑いながら、楽しく楽しく暮らす夢を。
寒くなれば騎士が毛布を羽織らせてくれる、眠る前にホットミルクを届けてくれる。
安堵して眠りにつけば、姉が手を握り歌を歌いながら朝まで同じ床に。
一人きりの部屋で、まどろんでいる時が至福だった。
ある朝、マローは急な吐き気に運ばれてきた食事に嘔吐した。
一人顔を顰めて布で口を拭ったが、周囲は慌しく。
狼狽している女達を、何事かと遠目に見ていたマロー。
「い、急いでベルガー様とトレベレス様にご連絡を!」
「ご懐妊で御座います!」
「・・・?」
教育を受けていないので、そういったことに疎いマロー。
身体の不調が、よもや子が原因であるとは知らずに。
何人もやってきた医師の診察を受け、駆けつけてきたベルガー及びトレベレスの前で、医師たちは皆片膝をついたのだ。
「お子が無事、宿っております」
歓声が上がった、が、青褪めた表情のトレベレスと無表情のベルガー、そして関心を示さないマロー。
どちらの、子か。
色めきたつ周囲と、突如として丁寧に身体を扱われ始めるマロー。
立ち尽くしているトレベレスに、ベルガーはぼそり、と告げる。
「トレベレス殿の子だ、酒宴でも開きますかな?」
「!? ・・・そうでしょうか」
「えぇ。ラファーガ国陥落から、早三ヶ月程度。私はこの姫に飽き、一月半前には通うのを止めているので」
「な!?」
「時期王子の誕生、心待ちですな」
無感情な声で肩を叩くと、ベルガーは手を叩き、酒宴の準備をさせ始めた。
マローの部屋も四階から三階へと移され、豪商の屋敷並の装飾に数人のメイドが付き添う。
身体を震わしながらトレベレスは俯き、そして唖然とベルガーを見た。
「アイツ・・・! オレを試したな!?」
予言を信じていない、と言ったベルガー。
戯れにマローを抱いたが、興味を示さず通うのを止め。
もし、予言通り産まれた子に何らかの魔力があるのがわかれば、その時点でマローを手元に置き、今度こそ子を宿すべく監禁するつもりなのではないだろうか。
もしくは、疑惑のまま、妹姫こそ破滅だとの可能性を捨てずにトレベレスで試したのではないか。
しかし、何よりも。
「オレと・・・マローの子・・・だと・・・?」
冷や汗が背筋を伝う、眩暈で壁に寄りかかりながら、トレベレスは青褪めた表情でずるり、と床に片膝をついた。
心配して駆け寄ってきた臣下に混ざり、ベルガーも戻る。
明らかに体調の優れない、喜ばしくないトレベレスに冷ややかな視線を送ると、容赦ない言葉を降り注いだのだった。
「そういえば、おかしな事を耳にしております。トレベレス殿、城にも戻らず別荘にて緑の髪の娘を一人、寵愛していると、か。
噂で聞きましたが・・・どうなのでしょう」
トレベレスの身体が、大きく震えた。
ベルガーの言葉に周囲もどよめき始め、皆の視線がトレベレスに集中する。
「噂ですが・・・亡国の姉姫に瓜二つとか? 溺愛して離さないと聞き及んでいますが、実際のところ、話を伺いたいものです」
緑の髪。
その単語にマローも急に意識を明確にし、顔を上げた。
否定せず、物言わず、トレベレスは唇を噛締めているだけで沈黙が流れる。
そして。
「・・・マロー!」
「ねぇ・・・さ・・・ま? 姉様!?」
「トレベレス様、一体どういうことなのですか!? 何故マローはあのように髪も梳かれず、やつれた状態でいるのですか!? 」
「・・・アイラ・・・どうして此処に来た!?」
被っていた灰色のフードを捨て、息を切らせて頬を上気させたアイラ姫が。
静まり返った部屋の中央に立ち尽くしている。
慌てふためきトレベレスは立ち上がるとアイラを抱き締めるようにマローから視線をそらし、そして耳を塞ぎながら震える手で目を見つめる。
「後で、後で説明する。何故ついて来た!」
「マローのところへ行くと、聞いたので! 馬車の陰に潜んでついてきたのです。どういうことですか、子って、何のことですか? マローは鉱山で宝石を吟味しているのではなかったのですか!?」
「話を聞いてくれ、アイラ! 頼むから・・・」
姉の姿を見つけ、立ち上がったマロー。
だが。
違和感。
何故、あの時死んだはずの姉が生きていて。
いや、それは嬉しいのだが、あの姿。
髪に、耳に、首元に手首に煌びやかな宝石。
着ているドレスは目立たない色合いだが上等そうな布、以前の姫であった頃のマローとなんら変わりのない、麗しの姫君。
姉は。
破滅の子を産む呪いの姫君ではなかったのか?
そして何より、何故、トレベレスは。
あのように切なそうにアイラを見つめているのだろう、声とて優しく、まるで、あれでは・・・。
ざわめく一室。
回転する、部屋。
・・・時刻は。
今から三ヶ月前に戻る。
ラファーガ国滅亡後、城内へと、戻る。
廻れ、運命の歯車。
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