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翌日は、自分の売り込みを止めた。体調不良だと、宿の主人にも無理を言って寝込んでいた。
心配した主人は、暖かなスープを作ってきてくれたのだが、それが余計に申し訳なかった。
確かに気分は優れない、身体も重い。だが動こうと思えば動く事が出来る、風邪ではない。
病は気から、とはよく言ったものだ。
丸一日、ベッドの上で眠っていたガーベラは、翌日は宿の手伝いを開始した。
外に出たくはなかったが、部屋に居ても主人に心配されてしまう。下衆な男には出会わないよう、人が多い大通りを歩く事にした。
やがて、公園に辿り着いたのでベンチに座ってみる。潮風が香る、深い溜息を知らず吐いていた。
自分は何がしたかったのだろう。
歌が上手いと言われ、その気になってしまった。簡単に歌うことを仕事に出来るわけなど、なかったのに。勢いで飛び出してきたが、帰りたくなっていた。
あの娼館は、居心地が良かった。今になって、後悔の波が押し寄せる。
「私は、弱かった……」
ぼそりと呟き、瞳を伏せる。今更、戻れない。まだ、旅立ってから一ヶ月も経過していない。
呆れ返って苦笑されても、あの場所へ戻ったほうが自分の為だろうか。
いや、もしかしてもう、自分の部屋すらなくなっているのではないか。
考えていたら気分が悪くなってしまった、頭痛がする。もう、帰ろうと立ち上がった。
今日も売り込みはやめにして、眠ろう。
夕陽が沈みかけていた、ガーベラは静かに公園から立ち去る。
「春の息吹を待ち侘びる、暖かな日差しのその季節
奏でる音は、天上の調べ
眩いばかりの光が、恋人達に降り注ぐ
愛しい愛しい、君よ
どうか君の歩く路が、光溢れるものでありますように
全ての影を跳ね返し、暖かな路を進めるように
ここから願い続けよう」
「あら、綺麗な声ね」
思わず歌いながら歩いていたが、我に返った。周囲に子供連れの女性が数人、集まっている。
妊婦やら、幼子を抱いた母やらが、ガーベラの歌を聴いていた。
井戸端会議をしていた主婦達だったが、ガーベラは気まずくなり小さく会釈した。
「ねぇ、子守唄は歌えるのかしら? よかったら歌ってくれない?」
「え……」
まさか、そんな事を言われるとは思わなかった。呆然と突っ立っていたが、控え目に会釈をすると姿勢を正す。大きく息を吸い込み、ゆっくりと息を吐き出した。
「綺麗な声ね。助かるわー、この子がぐずって、なかなか眠ってくれないから」
「本当ね、綺麗な声だわ」
主婦達のそんな感想を聴きながら、思わず頬を染めて声を張り上げる。
金など貰えないが、満足した。自分の歌を聴きたいと、そう言ってくれた人がいたからだ。
そして、歌うことが出来たから。
手を振って去っていく主婦と幼子達に、ガーベラは深く頭を下げる。
思わず、鼻がつん、として気がつけば涙が溢れていた。
あぁ、歌ってよかった。歌が、やっぱり好きだ。
歯を食い縛る、泣き笑いで瞬きをすれば、地面に涙が零れ落ちた。
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