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時折、アリンは街へと出向く事になった。やはり喧騒の中では集中が出来ないので妙に疲れる、けれども、慣れておかねばならないと言い聞かせた。
公園のベンチで休憩し、毎回トロンと何かを食べることが、何よりの楽しみだ。
今日はポテトを素揚げしたものである、ハーブソルトが香りだって美味しそうだ。
そんな2人を、街の少年と少女は眺めている。
トロンの隣に居て羨ましいという少女達の嫉妬やら、動きがぎこちないアリンを見ているのが面白い少年やら。からかってみたい衝動に駆られた。
ある日の事、トロンの用事が終わるまでベンチで待っていたアリンの目の前で子供達が遊び始める。
ただの鬼ごっこだった。最初にじゃんけんで鬼を決め、公園中を逃げ回るのだ。大人達にぶつかりそうになりながら、するりと駆け抜ける。
楽しそうなはしゃぐ声を聞き、アリンは不思議そうに耳を傾けた。歓声が上がっている。
何をしているのかは解らないが、自然と笑みが零れた。瞳が見えたら、何をしているのかがわかるのだろうと思っても、無理な話だ。
ただ、トラリオンの明るい声を聴いているだけで十分だとも思えた。
「なぁ、アリンだっけ。混ざる?」
不意に近くでトラリオンの声がしたので、驚いてアリンは顔を動かすと声を辿る。
「来いよ、一緒に遊ぼう」
急に腕を引っ張られ、慌ててアリンは杖を手にした。強引に引っ張ったトラリオンは、怪訝そうに見ている皆に前にアリンを突き出すと、大きく手を叩いて走り出す。
「アリンが鬼な! 鬼さんこちら、手の鳴るほうへー!」
子供達が、一斉に歓声を上げた。目隠しをした鬼が、友達を捜す遊びは何度かしたことがあるのだが、今回の鬼は本当に盲目である。狼狽しながら、必死に耳を傾けて皆の声を聞き取ろうとした。だが手拍子に加えて口笛を鳴らしたり足を踏み鳴らしたりと、何処から聴こえるのかを子供達は撹乱している。
ふらふらと動き回る様子に、子供達は面白がって爆笑した。
「面白いな!」
「な、動きが鈍いから捕まらないぜ。近寄ってみようか」
近寄り、アリンの服や髪を引っ張ると慌ててアリンが腕を振り上げるが難なく避けて離れる。
「ほらほら鬼さんこちらー、手の鳴るほうへー!」
視点の合わない瞳で、杖を動かしながら歩く姿は滑稽だ。趣味の悪い虐めだと大人達は溜息を吐くが、注意はしなかった。
「でも、つまらないな。飽きた、行こうか」
「え、あれどーすんの」
「放っておこう、面白いから」
自分達がいないのに、それでも気付かず捜す姿を想像したら、笑いが込み上げた。
トラリオンはくすくすと笑って唇に指をあてて静かに公園から去っていく、子供たちも含み笑いで、それに従った。
アリンは当然知る由もなく、ただ、聴こえなくなってしまった聴きなれた声を捜して、ふらふらと公園を歩き回る。
「あぶねぇじゃねぇか、何処見てんだ!」
「あ、すい、すいません」
荷物を運んでいた男性にぶつかってしまい、怒鳴られ半泣きでアリンは何処か身を休められる場所がないか捜そうとするが、全く解らない。杖を震える手で握り締め、不安そうに周囲を見つめる。
「何をやっているんだ、アリン!」
「トロン! ご、ごめんなさい、ベンチの場所が解らなくなってしまって」
「危ないから、立ってはいけないよ。おいで」
安堵し、零れそうだった涙を拭うとアリンは伸びてきた手に捕まった。軽々とアリンを抱き上げ、眉間に皺を寄せるとトロンが溜息を吐く。
「心配させるな、人通りが多いから、危ないんだ」
「は、はい」
アリンは、遊んでいたことを告げなかった。
子供達に帰りの挨拶をしたほうが良いのだろうかと思ったが、トロンは気にせず岐路に着く。どのみち、子供達はもう、公園にはいなかったのだが。
日暮れだった、夕陽で影が伸びていた。
次、街へ行くとまた声をかけられた。不安そうに見上げるアリンに、トラリオンたちが含み笑いを漏らす。今日もまた、からかうつもりなのだ。
「今日は花いちもんめなー」
簡単に説明を受けたアリンは、首を傾げながらも頷いた。歌を歌いながら手を繋ぎ、進んだり下がったりするのだそうだ。
アリンの手を、トラリオンが握った。温かさに思わず顔を赤らめたアリンは俯くが、今にも吹き出す勢いでトラリオンは皆に目配せしている。
「勝てるといいね」
「は、はい!」
声をかけてもらえて嬉しかったので、アリンは大声で思わず返事をしていた。少し引き気味に苦笑したトラリオンだが、1つ咳をすると軽く頷く。
「勝ーって嬉しい花いちもんめ!」
「負けーって悔しい花いちもんめ!」
「あの子が欲しい!」
「あの子じゃわからん!」
「その子が欲しい!」
「その子じゃわからん!」
「相談しましょ」
「そうしましょ」
アリンは直様歌は覚えた、動きもつられて動いたので、遅れ気味だがどうにかなった。
だが、状況は解らなかった。
じゃんけんで勝とうが負けようが、どうでもよかったのだ。
アリンがいる組は、気がついたらトラリオンとアリンだけになっていた。
くすくす、と含み笑いが聴こえ始める。
ついに、トラリオンの名が呼ばれ、アリンの手からするり、と離れていった。
じゃんけんをする振りをして、全くしていない。
アリン一人になったので、爆笑しながら子供達は公園から出て行った。最初から、そのつもりだったのだ。一人きりにさせるのを見る為に、遊んでいただけだった。
子供達は、蔑んだ瞳で嘲り笑う。
また、一人取り残されてしまったアリンは、両手で杖を握ろうとしたが先程までトラリオンが握っていてくれた手が、何故か心地良くて、他のものを触りたくなくて、片手で杖をついて移動する。
「またお前か! あぶねぇだろう!」
「ご、ごめんなさい……」
同じ様に人にぶつかり怒鳴られ、半泣きでアリンは必死にベンチを捜した。
ようやく戻ってきたトロンは、いよいよ心配になり、抱き上げると背中を撫でる。
「危ないからな、アリン。もう、一人で公園には置いていかないようにするよ。一緒に歩こう」
「は、い……」
それならばもう、取り残されて寂しがることもないのだが、トラリオン達と遊べなくなる。複雑な思いでアリンは抱き上げてくれたトロンの背にしがみ付いた。
アリンの姿を、数週間公園で見かけなくなったので流石にトラリオンは焦った。虐めすぎただろうか、嫌になっただろうか。
それもそうだろう、心細いのに何も解らないのに一人きりにされて、あの後どうしていたのだろう。
泣いていたのだろうか、蹲って小さく名前を呼んでいたのだろうか。
罪悪感が押し寄せ、爪を噛みながらふと、視線を横に移すと。
歩道にアリンとトロンがいた。手を繋いで、店を回っていたのでトラリオンは舌打ちし、忌々しそうに2人を見つめる。
どうせ、怖いから一人にしないで、とでも言ったのだろう……。無性に腹が立ったトラリオンは、反対側の歩道まで全速力で駆け寄ると、アリンの被っていた帽子を奪い、投げ捨てる。
「お前、何だ!」
直様トロンが怒鳴り、凄まじい剣幕で睨みを利かせるがトラリオンは一瞥するとそのまま走り去った。舌打ちし、追いかけようとはしたがアリンが不安そうにしているので慌てて帽子を地面から拾うと、埃を落としてアリンに深く被せる。
遠くへ消えていったトラリオンの姿を、忘れまいとトロンはただ、歯軋りする。
半年ほど経過すると、アリンも地形を覚え始めた。もともと、賢い子なので歩幅の感覚で簡単な道ならば曲がれるようになっていた。
許可も貰ったので、公園で店を広げる事もあった。自分で育てたハーブを乾燥させた、簡易な薬などを売っていた。
効果があると評判で、店を出すとすぐに売り切れた。安めであったし料金が均一なので、住民は安心出来たのだ。
売れると安堵し、アリンはまた頑張ろうと言い聞かせる。
「よぉ。儲かってるんだな」
「……こんにちは」
トラリオンの声だった、緊張気味にアリンが返答すると、子供達は稼いだ金を見て口笛を吹く。
数枚奪っても解らないだろうと思った、アリンの肩から提げている鞄に、無造作に硬化が入っているので手を伸ばせば盗む事が出来る。
だが、それはトラリオンがさせなかった。不服そうな声を漏らす少年らを睨みつける。
トラリオンはアリンに近づき顔を寄せる。空気の振動で近いことが解ったのか、一歩足を引いたアリンの腰を捕まえて引き寄せると薄く笑った。
動揺しもがいているアリンの身体は柔らかく、思ったよりも胸もある。喉の奥で笑うと、耳元で囁きながら、子供達に目配せをした。
「なぁ、また一緒に遊ぼう。仕事は終わったんだろ? まだ時間もあるだろ? 川へ行かないか?」
「か、川ですか? で、でも私はトロンを待っていないと」
「大丈夫、彼が戻ってくるまでにはここに送り届けるよ」
「……そ、それなら」
素直に頷いたアリンに、周囲が笑いを堪えている。また騙されたと、指を指して罵った。
トロンがするようにアリンの手を引いて、公園から川へと向かう。
また手を繋いで貰えたので嬉しくてアリンは頬を染めるが、これから何が起こるかなど、知らない。
その川は、確かに街人の憩いの場でもあった。公園からすぐだと手を加えてあるので、熱い夏は水浴びが出来るように邪魔で動かせる石は退かしてある。
だが、その上下は自然な川のままで今でも深い場所やら切り立った岩やらがあった。
足元とて、危うい。
今日はそこへ行くのだ。目が見えるのならばスリルがあって楽しいのだが、見えないのでは危険極まりない。しかし、アリンは知らなかった。
川が流れる音が聴こえる、森に囲まれているそこでは、鳥の鳴き声も聴こえた。
「さぁついた。皆! 魚獲ろうぜ」
一斉に川へと入ってく、慣れている少年達は、持ってきていた釣竿を垂らしたり豪快に川に入って魚を追いかけては手づかみする。
楽しそうに声が聴こえるが、アリンは動けなかった。地面はすでに岩しかなく、段差が違うので杖があっても転びやすい。
「来いよ、アリン!」
呼ばれても、どうしたら良いのか解らなかった。ただ、立ち尽くす。
行きたくても、怖くて進めない。ゆっくりと足を踏み出すが、すぐに躓いて転倒しそうになる。
「泉行く? あっちのほうが魚多いしさ」
「いいけど、あれどーすんだよ、送り届けるんじゃなかったのかよ」
トラリオンの提案に、一人の少年が面倒そうにアリンを指した。笑って背を叩くトラリオンは意地悪く顔を歪める、吐き捨てるように言うと、川から離れた場所にある泉へと向かった。
「さぁ、どうにか引き返すだろ」
「お前、悪い奴~!」
子供達は、川から去っていった。川を越えればよいのだが、盲目のアリンが一人で行くのは無理だ。
声が遠ざかっていくので、アリンはまた取り残されたのだと絶望した。まさか故意に置いていかれたとは思わなかった、自分が遅いので、仕方がないのだと思った。
意を決して、アリンは唇を噛むと引き返すことなく足を前に踏み出す。川の音と杖を頼りに、岩を進む。そっと、目の前にあるであろう川に足を踏み入れた。冷たい水に思わず足を引っ込めるが間違ってなかったと安堵すると、そのまま両足を入れる。歩いてみると、水嵩も低く、普通に歩けた。
嬉しそうに笑い、無我夢中で進むのだがその先は急に深くなっている。知らず、アリンは足を踏み入れる、と、急に底がつかず身体が沈んだ。慌てて戻ろうとするが水流の為引き込まれる。
ドボン……。
アリンの身体は。深緑の川に全身沈んでしまった、必死に杖で浮上しようとするが、泳いだ事がないアリンは感覚が解らない。
息が出来なかった、もがいてももがいても、水中から抜け出せなかった。
何かが足を掴んでいるようだった、息が、限界だった。
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