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アサギ ⇒ うらら救出中
マビル ⇒ 奔放中
電柱も高いビルもない、昔の日本が見える。いや、正確には日本ではない。似ているだけだ、似て非なる世界が目の前に広がっている。
アサギは大きな瞳を細めると、その情景に手を伸ばした。
『戦乙女様が消えた、だと!?』
『馬鹿な、守り神である戦乙女様がいなくなってしまっては、どう生きて良いのか分からない!』
『我らを棄てて消えてしまうなど、そんなこと有り得ぬ! えぇい、何処じゃ、何処の部族が戦乙女様を隠したのじゃ!』
『皆の宝を独占しようなど、身勝手極まりない! 殺してしまえ!』
”戦乙女”聞いた瞬間、耳の奥で何かが鳴り響く。
「あ、あぁあああ……!」
目の前で、大規模な戦争が開始されていた。人間ではない、別の種族達が武器を手に敵対する者を罵倒しながら殺戮を繰り返している。
誰かの投げた斧が敵の頭を直撃し、割れた頭部から血液と脳が飛散する。アサギの頬にも降りかかったが、硬直して動けずにその様子を直視していた。
『戦乙女様は何処!』
『何処におられるのですか、戦乙女様! 我らをお導きになってください、戦乙女様!』
東西南北に、それぞれの部族があった。その中央に位置していた宮殿には、美しい貝で細工された大きな鏡が設置されていた。煌びやかな薄布が何枚もそこで、主を待っていた。
しかし、主は不在である。
『美しき天上の声をお聞かせください、戦乙女様!』
『……ねぇ、皆で一丸となり和平を保たねば戦乙女様は戻られないのでは? こんな荒地を嘆かれるのではないかしら?』
『いいや、いいや! 我らに不手際があったからこそ、戦乙女様は姿をお隠しになられたのだ!』
『いやいやいや、北の部族が怪しいぞ。恩恵を独占しているに違いない!』
四つあった村のうち、北と南の村は壊滅させられてしまった。夥しい死体で地面は埋め尽くされ、血痕が大地に染み渡り、川を赤く染めた。
顔面蒼白のアサギは、歯を小刻みに鳴らす。
「ま、待って! 待って下さい、違います、違います!」
叫ぶが、声は届かない。届く筈がなかった、今見ている映像は、過去のものである。それは重々承知の上だが、堪らず叫んでいた。
叫ぶことしか出来なかった。
『戦乙女様ー!』
『おのれぇ、よもや戦乙女様に歯向かい、恩を忘れ弑するとは!』
『濡れ衣だ、そちらが戦乙女様を!』
『戦え、戦えー! 戦乙女様を救出しろー!』
弓矢が飛び交う、剣がぶつかり合う。激しい戦闘に武器が追いつかず、死体から武器をかき集め、刃を磨いで再び利用していた。
戦いだけに専念し、弱き者に手間隙かけている余裕すらなく“殺らねば殺られる”と無意味に戦い続けていた。
いつしか西と東の二つに分かれてしまった種族達は、強き戦士を産み育てる事に専念し、屈強な戦士の為には武器を惜しまず、食料を惜しまず与え振舞った。手先の器用なものは武器防具造りに没頭し、動きは鈍くとも力自慢の者達は畑を耕し農作物を育てていた。皆ある程度、戦える者達ばかりだった。敵に武器食料を奪われまいと、自警せねばならなかったのだ。
故に、足手纏いな者は棄てられた。
飢えに苦しみ、病気の者は当然だが産まれたばかりの赤子も、能力がないと見なされると放置された。
地面で動いていたへその緒が切れたばかりの赤子を抱こうと、手を伸ばす。が、アサギは触れることが出来ない。これは、過去の映像を見ているだけだ。トビィを救った時のように”過去にいるわけではない”。
この大地の記憶を自分が読み取っているだけなのだと、解釈した。
唇を噛み締め、泣きながら叫び続ける。息絶えそうな赤子に何もできず、回復の魔法を詠唱するが届かない。目の前で震えていた赤子は、すぐに動かなくなった。
アサギの唇から悲鳴が漏れる、空気を切り裂く甲高い絶叫が周囲に響き渡るがそれすら、誰の耳にも届かないのだ。
ただ虚しく、声だけが周囲に木霊する。
「ち、違います……違うでしょう、あなた方は! 舞いの部族と、唄の部族と、琴の部族と、太鼓の部族だった筈です! 皆で中央に集まって、音を合わせて笑い合っていたではありませんか!」
――そう、それは貴女を悦ばせる為に。
アサギは小さく悲鳴を上げると、頭を抱え込み蹲った。頭上を何本も弓矢が飛んでいく。
『桜鼠を仕留めるよ! 褒美は莫大だ、金銀が待っているよ! 皆、いけぇ!』
何人かの女戦士達がアサギの横を通り過ぎて行った。皆、屈強な身体つきで、各々殺気を身に纏い歩いていく。
『女こそが、勝利の鍵。戦乙女様から癒しの力を戴きし我らこそが、正義』
『男など軟弱、種の保存として生き長らえさせるしかない無能なものよ』
『全くどうして男など必要なのか、何も出来ない無能な癖に、種の繁栄には必須など……誰がこのような理をつくったのか』
……違う!
悔しそうに顔を歪めると、身体中を掻き毟る。自分の不甲斐なさに腹が立ち、吐き気すら覚えた。目の前で起こっているこの悲惨で愚かな戦いを引き起こしたのは自分が原因であると悟った。
責任を取らねばならない、しかし、声が届かない。涙を拭い、喉が渇れるまで叫び続ける。
「違う、違う、違う! 私はここです、貴女方が捜す戦乙女はここに!」
止めようと戦士達の間に割って入ったのだが、アサギの身体を擦り抜けて斧がぶつかり合っていた、後方から飛んで来た牛刃のようなモノに貫かれて、一人が倒れた。
悲鳴を上げて倒れた彼女を抱き起こし、必死に回復の魔法を詠唱するが、効く筈がない。それは自分でも分かっていた、先程から何をしても効果がない。
「ど、どう、どうし、よ……」
項垂れ、歯を鳴らしながら、震えて動けないでいるアサギの耳に声が届く。小刻みに身体が揺れる、心臓が圧迫されて息が出来ない。
――御覧なさい、これが貴女様の罪です。いい加減お解かりになったら戻られて……
「何を躊躇うの! みんなで手を繋いで笑うことがどれだけ素晴らしい事か想像したことがある!? 一人、二人、三人と互いの手を取っていけば大きな輪になるでしょう!?」
幾重にも聴こえた声が、急に明確に一人の女性の声になっていた。その凛とした、怒気を含んだ声にアサギが顔を上げる。
腕で涙を強引に拭うと、数回瞬きをし、その声の主を捜した。視界は虚ろだが、耳には鮮明に声が聞こえてくる。声を辿る、何かに縋るように見えない糸に触れて歩いた。
「これが人の……ではなくて、妖怪の輪です! みんなで一つの大きな輪を作りました、隣の人の手はどうですか、あったかいですか、柔らかいですか、落ち着きませんか? こうやってみんなで色々なものを作り上げていったら楽しいと思いませんか! 戦いなど忘れられると思いませんか!」
まだ若い女性の声だ、若干幼い。何に対して怒っているのか、喉から声を張り上げているらしく語尾が掠れている。
ようやく視界が鮮明になった、視力が戻り目の前の光景に息を呑む。……輪が見えた、暖かな光に包まれているその大きな輪に安堵し、両腕を伸ばす。暖かい場所だった、自然に囲まれ、親しい人物と語り合っているなんでもないような昼下がりの様な。小さく欠伸をし、大きく身体を伸ばして草むらに横たわると、ふわりと草が香る。澄み切った青空に浮かぶ綿飴のような雲が、ゆったりと横切っていく。
小春かな日差しが、惜しげもなく降り注いでいた。
知らず、涙が止まっていた。替わりに、口元に笑みが浮かぶ。そこへ足を踏み出せば、暗き闇に捕らわれることなく進めると思った。
愛しい空気がそこにあった、焦がれた世界がそこにあった。
――予期せぬ邪魔が入った。
声が聞こえた途端、目の前で光が弾ける。一瞬瞳を閉じたが、恐る恐る開くとどよめきが起こった。四方から射抜くような視線を一斉に浴びたアサギは、浮いていた身体を直様地面に降ろす。常に見られていた、微かに頬を染めながら深く頭を下げる。輪の中央で、圧迫感に押し潰されそうになりながら唇を噛み締めた。
これは、過去の映像ではない。”現在”だ。自分の姿は見えている、声も聞こえるだろう。
「遅くなりました、ごめんなさい!」
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