別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。
いい加減整理したい。
※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。
絶対転載・保存等禁止です。
宜しくお願い致します。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
次が最後ですね。
ふぅ、頑張った!
ふぅ、頑張った!
追うべきだと、思ったミノル。だが、足が、いや、身体が動かない。身体中の毛穴から厭な汗が吹き出た、唇が震える。しかし、この境遇から抜け出すために必死にミノルは思案した。防御策を練っていたのだ、自分を庇護した。
………大丈夫、君は何も悪くないよ。そもそも、あちらだって君以外の男と始終一緒にいるじゃないか、同じだよ………
『憂美がいるから、いらない。アサギは、いらない。あんな可愛くない態度の女はいらない』
ミノルは、そう結論付けた。そう思うことで、急に楽になった。身体が動いた。
『あの子はだぁれ? 私は?』
俯いて訊いてくれたら、よかったのに。そうしたら抱き締めてキスをして……ミノルは、舌打ちし壁を殴りつける。
あからさまに余所余所しいアサギの態度が、非常に気に食わないミノル。お高く、優等生、お利巧な女。壁を、蹴り上げた。
その苛立ちを収める為に、怒りの形相でミノルは階段を駆け下りて自転車に跨る。憂美に、会いに行くことにしたのだ。力任せに漕ぎ続ける、自転車で三十分もすれば、憂美の家だった。
だが、その途中のコンビニ。憂美を見つける、数人の少女達と一緒だった。何やら喚いている。少女達は爆笑し、声がかけづらいが、自転車を降りて近寄ってみた。異様な雰囲気だった。
「どうよ、あの女、フラれた?」
「ばっかだよねー、実君もさ。ホイホイ騙されちゃって」
「憂美の演技が上手なんだよ、女優になったら?」
血の気が引いたミノル。声がまともに耳に入ってこなくなった、が、”騙されて”という単語を聴いた限りではどうやら憂美はミノルが好きではないようだ。そもそも、あの集団の顔つき、なんと醜いのだろう。他人を見下し、面白おかしく貶める。酷く悪口も言っていた、ミノルは怒りが込み上げるを通り越して情けなかった。
自分が騙されたことに、気付いた。
ミノルは、すでに怒りなど消沈し、家までの帰路につく。アサギに電話をかけるべきだと、思ったが何を切り出して良いのか解らず。
ミノルは茫然自失で部屋の天井を見上げたまま、眠りにつく。写真立てには、アサギと自分。不釣合いな美少女と普通の、男。
何故。
あのような感情を抱いたのか、何故アサギを裏切ったのか。もてたことで、イイ気になった自分を恥じる。アサギという美少女、そして憂美という美少女。二人に告白されて、有頂天になっていた。なんと愚かな。
アサギは、何を知っているのか。どこまで、知っているのか。直接訊けないのならば、トモハル経由で様子を窺う。
「よ、トモハル。あのさ……、アサギの様子、最近どうか知らね?」
「別に? 普通じゃないかな。訊きたい事があるなら、明日訊いとくけど?」
「明日?」
「あぁ、出かけるんだ」
トモハルは二人で、とは言わなかった。
ダイキがアサギの弟をブラックバス釣りに連れて行くので、トモハルとアサギも同行することにしたのだ、それだけだ。しかし過敏になっているミノルは、”二人で”だと、勘違いをした。
皮肉たっぷりに、吐き捨てるように、怒気を含んで叫ぶ。何もかもが気に入らない、アサギを裏切り他の少女に浮気した自分が悪いだけなのだが、他に怒りをぶつけないと発狂しそうだった。トモハルは、何も悪くない。ただの八つ当たりだ。
「あぁー、アサギから俺の事聴いたのか? 何、二人付き合うわけ? へー、やっぱりなぁ、優等生様様だもんなぁ! 案外……」
急に右頬に激痛が走る、言葉が途中で切れて替わりに呻き声が唇から漏れる。トモハルが、ミノルを殴り倒していた。重い、痛み。久し振りに受けた目が覚める痛みだった、唖然と見上げればトモハルが涙目になっている。
「付き合うわけ無いだろ! ……互いに別に恋愛感情なんて持ってない、ただ、大事な仲間で友達だアサギは。
付き合っている筈の男に”彼女じゃない”とか言われて号泣してたんだ。ミノル、お前……何やってんだよ、見損なったぞ! プールに行く約束、お前がしたんだろ!? 炎天下でアサギは待ってたんだぞ!?」
本気の一撃だった、壁に頭部を強打して飾ってあった写真が落下した。息を荒げて、憤慨しているトモハルを呆然とミノルは見つめている。記憶が甦る、アサギの笑顔や泣き顔が走馬灯の様に流れ出す。それでも、唇から間抜けな一言が飛び出した。
「な、なんだよ」
「白を切るなよ! お前の彼女は、アサギなのかあの、憂美って子なのか! どっちなんだっ」
「ど、どうして憂美のこと知ってるんだよ」
「……アサギと見てた。ミノルがその子とキスするとこ」
「あ、あぁ!? ……ど、どうして二人が一緒にいるんだよ! ほらみろ、お前らだって俺に隠れてこそこそと」
「違うっ! 偶然一緒になっただけだっ」
「し、信じられないねっ、あー、あー、そーですかー、やっぱりお前ら」
「いい加減にしろっ!」
トモハルの絶叫が、響き渡る。鬼のごとき形相にさすがのミノルも、息を飲んだ。
「頼むよ……ミノルが誰と付き合おうと勝手だけど。アサギは……お前と付き合ってるってあの瞬間まで思ってたんだ。残酷にも程があるだろ? お前との約束、すっぽかされて帰路の途中で違う女の子と愉しそうに遊んでいるお前を見てさ。あの時お前、なんて言ってたか憶えてるか? 全部アサギ、聞いてたんだ……なんとか視界は遮ったけど、声は多分聴こえてた」
項垂れて、泣いている為震える声でトモハルは床に滑り落ちる。
「謝って来いよ、しっかり、お前の彼女の事説明して、アサギを」
「え、お俺は、俺」
「きっと、アサギなら赦してくれるよ。お前が誰と付き合ってても、今まで通りに接してくれるさ」
「え、いや、その」
「でもさ、ミノル。あの、憂美って子。つい最近まで彼氏が居たんだ、ほら、お前も知ってる隣の学校の六年。アサギにソイツが一目惚れして、憂美を振ったんだってさ。……解るか? あの子の腹癒せに使われたんだよ、ミノル。どうしてもあの子の態度が気になって、俺、調べたんだ」
「……っ、クッソっ」
ミノルは、部屋を飛び出した。飛び出して自転車に跨った、アサギの家までの途中のコンビニの駐車場を横切れば。
「あれ、ミノル君だぁ」
甘ったるい声がした、止まることなく、視線だけ投げかけミノルは簡易れず怒鳴る。今は顔も見たくない、この声は憂美だ。
「うっせぇ、どブスっ! 二度と面見せんなっ」
後方で、ぎゃーぎゃーと喚き散らす数人の少女達の声が聴こえたが、無視する。アサギの家の前に到着した、家の前では、丁度リョウが出てきたところだった。
互いに軽く会釈をする、アサギの幼馴染だとは解っているものの、トモハルの次はコイツかと、僅かに苛立ちを感じながらミノルは家のチャイムを鳴らす。キスをした、しないはともかくアサギの周囲には男が多過ぎる。おまけにアサギはともかく男立ちは皆アサギに惚れている、今のリョウとてそうだった。それくらい、見ていてミノルも解った。
数分して家から出てきたアサギは、ぎこちないながらも笑顔。頭部に大きなリボン、ネイビーのサマーニットにチェックが可愛らしいひらミニ。何処かの雑誌から飛び出てきたような美少女だが、笑顔が引き攣っている。
「おはよう……ミノル。あ、おはよう、じゃないね。もうお昼だね」
「お、おぅ。あ、あのさ」
「い、今ね、みーちゃんにね、この間ミノルとしてたゲームを借りたトコなの。み、みんなで遊ぶとき、私も強くなっておこうと思って。み、みんな、上手そうだもんね」
「あ、いや、それでさ」
「あ、そうだ。明日ね、ダイキが弟達をブラックバス釣りに連れてってくれるの。以前から興味があったみたいで、私もトモハルも連れて行って貰うんだよ。よかったら、ミノルも一緒に……。あ、い、忙しいよね、ごめんね」
「あ、いや、明日は別に」
アサギの言葉が止まらない、声の震えも止まらない。話を切り出したくとも、ミノルは遮れなかった。必死に話し続けるアサギが、痛々しい。哀しそうに困惑気味に、時折目を伏せる。
「あ、今からユキとお出かけなんだよ。ケンイチも一緒なんだけど。支度、しなきゃ」
「俺、俺も行こうか? 三人だと色々と」
「だ、大丈夫! その、別に、うん、へっき。ま、またね!」
「あ、ちょっと、おい!」
「さよなら」
バタン。
ドアが閉められた。唖然とミノルは佇んでいる、隣を誰かが通過。
リョウだ。ちらり、とミノルを一瞥したが何を言うでもなく勝手にドアを開けて入っていく。
「な、なんだよ」
あからさまな避け具合に、ミノルは舌打ちした。胸が予想以上に痛んだ、あれでは、彼氏はおろか友達とは呼べない。
来た事すら、迷惑極まりないような。耳を澄ませば家の中から、走り回る音がしている。
「出かけるんじゃねーのかよ」
ミノルは、暫し、玄関で待っていた。けれども、一向にアサギは出てこない。嘘を吐かれたらしい、歯軋りしてミノルは再び自転車に跨った。
不意に、ドアが再び開く音がする。リョウだろうと思って何気なく視線を送れば、アサギだった。
「っ!」
引き攣ったアサギの顔、その表情にミノルは少なからずショックだった。まるで、物の怪でも見る様な、怪異な瞳で。怯えた光、気まずそうに瞳を伏せたアサギ。
「よぉ」
「こ、こんにちは。ジュース、買いに行こうと思って。ま、またね!」
「ケンイチとユキは? 出かけるんだよな?」
「ユキが、熱が……えっと、二人で行きたいって連絡があって、それで、そしたら、みーちゃんが来てくれて」
「ゲームしてんの? 俺も混ぜろよ」
「え、で、でも、そんな、それは」
「何、俺が居ちゃ拙いわけ? お前ら、付き合ってんの?」
「えぇ、違うけど、その」
しどろもどろ。瞳を合わせずに口から出任せを言っているようなアサギに、ミノルは苛立った。
「み、ミノルは、その、あの、可愛い子と一緒に居たほうが……良いと思って、その……」
「憂美は今関係ねぇだろ! 俺はお前に会いに来たんだよ」
「あ、その、私は大丈夫だか、ら。気にかけてもらわなくても、へっきで」
「いい加減人の話聴けよ! こっち向けって」
逃げようとしたアサギの腕を掴んだ、小さな悲鳴を上げたアサギが。
……憎らしかった。
頬を染めて、好きだと言ってくれたアサギが。自分を真っ直ぐに見つめて手を握ってくれていた、アサギが。
いない。
数年前のアサギとミノル、敬遠しているアサギがそこに居て、無性に歯痒くてもどかしくてイラだって。
「謝ってんだろ! 話聞けよ!」
謝ってはいない、謝りに来ただけだ。
「あ、謝る!? ミノルは、何も悪いことしてないから、謝るって……何をかな?」
「はぁ!? お前、何しらばっくれてんだ!?」
「え、だって、その、あの、ミノルは別に悪くなくて、その、よく考えたら私が勝手に勘違いして」
「何をどう勘違いしたんだよっ」
力任せに腕を掴んでいた、アサギの顔が痛みで歪んだ。だが、離さなかった。一体アサギは何を言っているのか。
プールをすっぽかした上に、二股していたことを謝りに来たのだ、それくらいアサギとて解るはずだった。
「ち、違うの、その、ミノルは悪くないから、だから謝らないで」
「お前なぁ!? ごめんって言ってるだろ!? ドコヘだって一緒に行ってやるって言ってるだろ!?」
そんなことは言っていない、思っているだけで言っていない。
アサギの足が震えていた、精一杯の強がりだった。けれども、ミノルは気付かない。ただ、何もなかったことの様にされることが、自分の存在も消されているようで。真っ向から否定されているようで。
アサギにしてみれば、思い出したくなかったのだ。辛くて辛くて、忘れられない時間を呼び戻されたくなかった。そして、自分の身勝手な行動を恥じて罪悪感に責められていたのは、ミノルの気持ちを無視して突き進んでいた”事実”に気付いてしまったから。
憂美というミノルの本当の彼女に、一緒に居たら悪い気がして早く立ち去りたかった。
必死に、必死に。せめて良い友達で居たいと、願ったのだ。ミノルの負担にならないように、笑顔で接して全てを悟って。
「あの、あのね、ミノル、私はっ。気にしてないし、その、傷ついてないし、全然へっきだから、あの、こうして慰めに来てもらわなくても大丈夫で、その」
ぶちん。ミノルの中で、何かが切れた。アサギの腕を強く振りほどいて、小さな悲鳴を上げたアサギを見下ろす。
胸が、黒く染まっていく。傷ついていないらしい、気にもしていないらしい、所詮はその程度だったということか、と。
今の言われ方は非常に腹立たしい、慰めに来たわけじゃない、寄りを戻したかっただけだった。素直に謝りに来ただけだった。
………聴いたかい、君。これが真実。君に振られても彼女は特に哀しまない、君以外に男がたくさんいるからね、一人が駄目でも代わりは大勢いるんだよ。所詮君はその程度。君は何も悪くない……
キィィィ、カトン。
耳元で、自分を擁護する声が聴こえる。悪くない、悪くない、悪いのはアサギだと耳鳴りがする。
………異質、なわけじゃない、根本的に君とは違うんだ。君も見ていただろう、気付いていただろう? 一人だけ異世界から召喚された小学生の勇者の中で、最初から慣れた様子だった彼女を。大丈夫、君が正常だ、何を言っても間違いではないよ。目の前の相手が、異物なのだから………
「お前、人間じゃないから、人に何言われても何されても平気なんだよな? ちったぁ俺が謝ってんだから、泣くとか喜ぶとかさ、作り笑い浮かべてないで何か言えよ。ほんっと、可愛げないな、お前」
硬直した、アサギ。ミノルは、耳元で聴こえる声を味方に鼻で笑うと言葉を吐き捨てる。
………大丈夫、君は何も悪くない。思っていることを吐き出せばいいんだよ………
「お前さ、その勝手に解釈する都合のいい頭、どーにかしたら? ほんっと、むかつくなお前っ」
アサギは口を開くことも忘れた。弾かれたように、ようやく真っ向からミノルを見つめる。
「優秀なー勇者様ー、人間じゃないからー、魔法も完璧剣も扱えますー。魔王と仲良くなってー、倒しましたー。いっつも、誰にでも、へっらへっらへっらへっら! 作り笑いの可愛げないお人形ー、ムカツクムカツク、死ねばいいのに! 人の気もしらねぇでっ」
近づいて、肩を押す。ぺたん、とアサギが地面に倒れ込んだ。腹からこみ上げる醜い黒いものをすべて吐き出す。
「いつまでも、見てんじゃねぇよ、このブスっ! お前なんか、昔から、だいっ嫌いだ。そもそもなぁ、誰のせいで勇者ごっこする破目になったと思う!? お前だよ、お前のせいだよ! 最初からお前だけで十分だったのに、巻き込みやがってっ」
びくり、とアサギが引き攣った。
「お利口だ、優秀だと持て囃されてー、あー、そうだよ、お前は立派だよ! でも、俺はそんなお前がだいっきらい……」
やめて。
と、アサギが呟いた気がして、ミノルはようやく我に返る。涙が、大粒の涙がアサギの瞳から零れていた。
「あ……」
また、やってしまった。慌てて口を押さえる、こんなこと、言いにきたのではないのに。謝りに来たのに、何故、こんなことを。急に喉が渇き、震える手でアサギに手を差し伸べる。
「わ、わりぃ、言い過ぎた……その、ごめん」
「い、いえ、へっきです」
ぐ、っとアサギは言葉を飲み込んで、俯いて腕で涙を拭いている。
「ご、ごめん……違うんだ、お、俺はさ、アサギ」
おろおろと、ミノルは周囲を窺う。道路に座り込んでいる、美少女。明らかに自分が苛めている図だ、いや、そうなのだが。
そして、下卑た自分を擁護する声はもう聴こえない。
「その、よ、よかったら、今度一緒に、ぷ、プールに」
肩を震わしながら、必死に息を飲み込んでいるアサギは、泣き喚くのを堪えているようで。
「アサギ、悪かった、違うんだ、その」
好きなんだ、本当は。仲直りしたくて、来たんだ。一言、もう一言が出てこない。ただ、反応にイラついてショックを受けて、八つ当たりをしただけで、思っていないんだあんなこと。
数分が、数十分にも思えた。ゆらり、とアサギは立ち上がる。
と。
笑顔、笑顔でアサギはミノルに応え。大きな瞳に涙を浮かべ、長い睫に涙の滴。綺麗すぎてミノルは息を飲む。
「ごめんなさい」
それだけ。
それだけ言うと、必死に自分の腕に爪を立て、何かに耐えるように唇を噛締め。逃げ隠れるように家には戻らず、走り出したアサギ。
「あ、アサギ!」
声をかけるが、当然振り向かない。ミノルは、自転車に飛び乗った。
「ち、ちが! 違う、違う!」
自転車と脚なら、直ぐに追いつけるだろう。……けれど。
「アサギ!? アサギっ」
角を曲がったアサギの姿が、忽然と消えていた。思わず自転車を降りて、ミノルは名を呼ぶ。
「アサギ! 悪かった! 言い過ぎたんだ! 違うから、戻って来いよっ、戻って来てくれ、違うんだ! 今のは、違う!」
おそらく。アサギは、本当に消えたのだろう。瞬間移動か、宙に浮いて逃亡したのか。元魔王を召喚し、地球に呼び寄せた勇者ならば可能に思えた。
「アサギ!」
腹の底から叫んだミノルは、急に眩暈がしてその場に座り込んでしまった。吐き気がする、熱中症のような症状だがそうではない、胸を押さえて咳込んだ。
……以前、遠い昔。あの表情を見た気がした、脳への強い衝撃に襲われ悲鳴を上げる。
汚れた姫君、佇んで。蔑まれ石を投げつけられ、流血しながら佇んで。自分を助け、頼って来てくれた姫君を。
『迷惑かけてごめんなさい! 大丈夫です、私、一人で出来ますから! 今まで、ありがとうございました』
儚げに、微笑んだ姫君は。先程と同じ、笑顔で振り返ることなく立ち去った。
あの時、何を自分は告げただろう。額が割れて何か異形が飛び出てきそうだった、嘔吐しミノルは道路に拳を叩きつける。
「アサギっ!」
叫んでも、叫んでも、ミノルの声はアサギには届かない。その場にはいない、もう、いない。ミノルの絶叫に、人が集まってきたが誰も声をかけなかった。ただ、密やかに眉を顰めて様子を窺っているだけだった。
「あ、あぁ、ぅわあああああぁっ! ち、違う違う違う違う! こんなことがしたかったわけじゃ、違うんだーっ! 次に会えたら、次に会えたら」
キィィィィィ、カトン……。
「遅くなっちゃったね、みーちゃんジュース」
ペットボトルを四本、アサギは抱えて戻ってきた。ゲームをしていたリョウと弟達に配ると、自分も蓋を開けて飲み出す。溜息を吐いたリョウはコントローラを弟に投げ、アサギに近づいた。
ぽふ、っとクッションをアサギの頭部に押し付ける。無理するなよ、と小声で聴こえるように囁けば。
アサギは。ずるずると蹲る。隣に居た、リョウの膝に蹲って声を押し殺して泣いていた。
「……私……嫌われてた……知ってたけど」
「気にすんな、僕は……嫌わない。世界は広いんだ、全員に好かれる人間なんていないさ。アイドルだってアンチが絶対いるじゃん?」
「う、うぅっ、どぉしよぉ、私、取り返しのつかないこと、してったっ」
「したことは、仕方ない。過去には戻れない、過去に捕らわれちゃ駄目だ。二度と過ちを起こさないように頑張るしかない」
「どぉしよぉ、酷いこと、いっぱいしてた、のっ。わた、私が浮かれていた、だけ、でっ」
ぼふぼふ、とクッションの上からリョウはアサギを励ますように撫でた。
「……大丈夫だよ、どんなに」
どんなにアサギが嫌われても僕は必ず傍にいるから、だって友達だろ?
声には出さなかったが、そう、リョウは呟いた。心配そうに泣いている姉を見ている弟達、リョウは苦笑しゲームを続けるように促す。自分は必死にアサギの頭を撫でる、唇を噛み締めながら撫でていた。
「トモハル、明日釣り俺も行くから」
「あ、そ」
「何時に何処に集合だ!?」
「六時に、アサギの家」
翌朝。ミノルもトモハルの後を追い釣りに参加した、だが。アサギに謝罪する為にだ。
アサギは。
真っ赤な瞳を帽子で隠すようにして、弟達の水筒を用意して。黄色のスキニーに、ぴたりとした白いTシャツ。
「みんな、おはよう!」
「おはよ、アサギ。すらっとしてるから余計に脚が長く見えるなぁ」
「えへへ、ありがとう。今日はたくさん釣ろうね」
何事もなかったかのように、現れた。ミノルには、軽い会釈をする。ぎこちなく頷いたミノルは、そっと近寄った。
気がつけばリョウもやってきた、ミノルとアサギに割って入るように。アサギからぴたりと離れず、ゲームの会話を楽しんでいる。
「あ、おい……」
アサギに話しかけても、それをリョウが故意に遮る。
目は、合わない。アサギが避けていた。
そりゃ、そうだよなぁ。
自嘲気味に笑って、ミノルは輪から外れた。木陰で持ってきたジュースを飲めば、楽しそうに釣りをしている仲間達を見つめ。
疎外感だ。あの輪の中に入っていけない、笑顔で弟達と釣りを楽しんでいるアサギの邪魔をしてはいけない気がした。
「なんで、だろうな。あの時、誓ったのに。”貴女に守護を。穢されない様に、守護を。”……汚したのは中途半端な騎士の俺、勇者になっても同じだった。中途半端の騎士は勇者になっても結局」
うとうとと、ミノルは眠りにつく。うわ言なのか寝言なのか、自分でも何を口走っているのか解らないが、謝るしかなかった。
起床が普段より早朝だった為、心地良い気温と極度の緊張で睡魔に襲われた。耳元で木の葉が揺れている気がした。
不意に、眠りから覚めて。懐かしい香りに隣を見上げれば、アサギが立っていた。
「あ……」
思いもよらぬ事態に言葉も出ず、ミノルはアサギを凝視する。
「本当に、ごめんなさい。あの、出来れば……その、少しでいいので、普通に接してくれると……嬉しいです。私、その、もう、その、必要以上に、近づきませんから。その、本当に、無理を言っていると」
「ち、違うんだ、話を」
手を伸ばしたミノル、アサギの姿はそこにはなく。ただ、風で木の葉だけが揺れている。
歓声に首を曲げれば、アサギが魚を釣り上げたところだった。アサギはあそこに居た、夢を見ていたのだろうか。自分に都合の良い夢を、見てしまっただけなのだろうか。
はにかんだ笑みで魚を見つめるアサギを、ダイキが優しく見つめ、トモハルが口笛を鳴らし、リョウが拍手をしている。
自分がいなくとも、優しく男らしい誰かがアサギのことを護るだろう。
「俺よりも、その中の誰かのほうが似合ってるよ」
ミノルは、草むらに寝転がると再び瞳を閉じた。冷たいものが、頬を伝った。
キィィィ、カトン。
………大丈夫、君は何も悪くないよ。そもそも、あちらだって君以外の男と始終一緒にいるじゃないか、同じだよ………
『憂美がいるから、いらない。アサギは、いらない。あんな可愛くない態度の女はいらない』
ミノルは、そう結論付けた。そう思うことで、急に楽になった。身体が動いた。
『あの子はだぁれ? 私は?』
俯いて訊いてくれたら、よかったのに。そうしたら抱き締めてキスをして……ミノルは、舌打ちし壁を殴りつける。
あからさまに余所余所しいアサギの態度が、非常に気に食わないミノル。お高く、優等生、お利巧な女。壁を、蹴り上げた。
その苛立ちを収める為に、怒りの形相でミノルは階段を駆け下りて自転車に跨る。憂美に、会いに行くことにしたのだ。力任せに漕ぎ続ける、自転車で三十分もすれば、憂美の家だった。
だが、その途中のコンビニ。憂美を見つける、数人の少女達と一緒だった。何やら喚いている。少女達は爆笑し、声がかけづらいが、自転車を降りて近寄ってみた。異様な雰囲気だった。
「どうよ、あの女、フラれた?」
「ばっかだよねー、実君もさ。ホイホイ騙されちゃって」
「憂美の演技が上手なんだよ、女優になったら?」
血の気が引いたミノル。声がまともに耳に入ってこなくなった、が、”騙されて”という単語を聴いた限りではどうやら憂美はミノルが好きではないようだ。そもそも、あの集団の顔つき、なんと醜いのだろう。他人を見下し、面白おかしく貶める。酷く悪口も言っていた、ミノルは怒りが込み上げるを通り越して情けなかった。
自分が騙されたことに、気付いた。
ミノルは、すでに怒りなど消沈し、家までの帰路につく。アサギに電話をかけるべきだと、思ったが何を切り出して良いのか解らず。
ミノルは茫然自失で部屋の天井を見上げたまま、眠りにつく。写真立てには、アサギと自分。不釣合いな美少女と普通の、男。
何故。
あのような感情を抱いたのか、何故アサギを裏切ったのか。もてたことで、イイ気になった自分を恥じる。アサギという美少女、そして憂美という美少女。二人に告白されて、有頂天になっていた。なんと愚かな。
アサギは、何を知っているのか。どこまで、知っているのか。直接訊けないのならば、トモハル経由で様子を窺う。
「よ、トモハル。あのさ……、アサギの様子、最近どうか知らね?」
「別に? 普通じゃないかな。訊きたい事があるなら、明日訊いとくけど?」
「明日?」
「あぁ、出かけるんだ」
トモハルは二人で、とは言わなかった。
ダイキがアサギの弟をブラックバス釣りに連れて行くので、トモハルとアサギも同行することにしたのだ、それだけだ。しかし過敏になっているミノルは、”二人で”だと、勘違いをした。
皮肉たっぷりに、吐き捨てるように、怒気を含んで叫ぶ。何もかもが気に入らない、アサギを裏切り他の少女に浮気した自分が悪いだけなのだが、他に怒りをぶつけないと発狂しそうだった。トモハルは、何も悪くない。ただの八つ当たりだ。
「あぁー、アサギから俺の事聴いたのか? 何、二人付き合うわけ? へー、やっぱりなぁ、優等生様様だもんなぁ! 案外……」
急に右頬に激痛が走る、言葉が途中で切れて替わりに呻き声が唇から漏れる。トモハルが、ミノルを殴り倒していた。重い、痛み。久し振りに受けた目が覚める痛みだった、唖然と見上げればトモハルが涙目になっている。
「付き合うわけ無いだろ! ……互いに別に恋愛感情なんて持ってない、ただ、大事な仲間で友達だアサギは。
付き合っている筈の男に”彼女じゃない”とか言われて号泣してたんだ。ミノル、お前……何やってんだよ、見損なったぞ! プールに行く約束、お前がしたんだろ!? 炎天下でアサギは待ってたんだぞ!?」
本気の一撃だった、壁に頭部を強打して飾ってあった写真が落下した。息を荒げて、憤慨しているトモハルを呆然とミノルは見つめている。記憶が甦る、アサギの笑顔や泣き顔が走馬灯の様に流れ出す。それでも、唇から間抜けな一言が飛び出した。
「な、なんだよ」
「白を切るなよ! お前の彼女は、アサギなのかあの、憂美って子なのか! どっちなんだっ」
「ど、どうして憂美のこと知ってるんだよ」
「……アサギと見てた。ミノルがその子とキスするとこ」
「あ、あぁ!? ……ど、どうして二人が一緒にいるんだよ! ほらみろ、お前らだって俺に隠れてこそこそと」
「違うっ! 偶然一緒になっただけだっ」
「し、信じられないねっ、あー、あー、そーですかー、やっぱりお前ら」
「いい加減にしろっ!」
トモハルの絶叫が、響き渡る。鬼のごとき形相にさすがのミノルも、息を飲んだ。
「頼むよ……ミノルが誰と付き合おうと勝手だけど。アサギは……お前と付き合ってるってあの瞬間まで思ってたんだ。残酷にも程があるだろ? お前との約束、すっぽかされて帰路の途中で違う女の子と愉しそうに遊んでいるお前を見てさ。あの時お前、なんて言ってたか憶えてるか? 全部アサギ、聞いてたんだ……なんとか視界は遮ったけど、声は多分聴こえてた」
項垂れて、泣いている為震える声でトモハルは床に滑り落ちる。
「謝って来いよ、しっかり、お前の彼女の事説明して、アサギを」
「え、お俺は、俺」
「きっと、アサギなら赦してくれるよ。お前が誰と付き合ってても、今まで通りに接してくれるさ」
「え、いや、その」
「でもさ、ミノル。あの、憂美って子。つい最近まで彼氏が居たんだ、ほら、お前も知ってる隣の学校の六年。アサギにソイツが一目惚れして、憂美を振ったんだってさ。……解るか? あの子の腹癒せに使われたんだよ、ミノル。どうしてもあの子の態度が気になって、俺、調べたんだ」
「……っ、クッソっ」
ミノルは、部屋を飛び出した。飛び出して自転車に跨った、アサギの家までの途中のコンビニの駐車場を横切れば。
「あれ、ミノル君だぁ」
甘ったるい声がした、止まることなく、視線だけ投げかけミノルは簡易れず怒鳴る。今は顔も見たくない、この声は憂美だ。
「うっせぇ、どブスっ! 二度と面見せんなっ」
後方で、ぎゃーぎゃーと喚き散らす数人の少女達の声が聴こえたが、無視する。アサギの家の前に到着した、家の前では、丁度リョウが出てきたところだった。
互いに軽く会釈をする、アサギの幼馴染だとは解っているものの、トモハルの次はコイツかと、僅かに苛立ちを感じながらミノルは家のチャイムを鳴らす。キスをした、しないはともかくアサギの周囲には男が多過ぎる。おまけにアサギはともかく男立ちは皆アサギに惚れている、今のリョウとてそうだった。それくらい、見ていてミノルも解った。
数分して家から出てきたアサギは、ぎこちないながらも笑顔。頭部に大きなリボン、ネイビーのサマーニットにチェックが可愛らしいひらミニ。何処かの雑誌から飛び出てきたような美少女だが、笑顔が引き攣っている。
「おはよう……ミノル。あ、おはよう、じゃないね。もうお昼だね」
「お、おぅ。あ、あのさ」
「い、今ね、みーちゃんにね、この間ミノルとしてたゲームを借りたトコなの。み、みんなで遊ぶとき、私も強くなっておこうと思って。み、みんな、上手そうだもんね」
「あ、いや、それでさ」
「あ、そうだ。明日ね、ダイキが弟達をブラックバス釣りに連れてってくれるの。以前から興味があったみたいで、私もトモハルも連れて行って貰うんだよ。よかったら、ミノルも一緒に……。あ、い、忙しいよね、ごめんね」
「あ、いや、明日は別に」
アサギの言葉が止まらない、声の震えも止まらない。話を切り出したくとも、ミノルは遮れなかった。必死に話し続けるアサギが、痛々しい。哀しそうに困惑気味に、時折目を伏せる。
「あ、今からユキとお出かけなんだよ。ケンイチも一緒なんだけど。支度、しなきゃ」
「俺、俺も行こうか? 三人だと色々と」
「だ、大丈夫! その、別に、うん、へっき。ま、またね!」
「あ、ちょっと、おい!」
「さよなら」
バタン。
ドアが閉められた。唖然とミノルは佇んでいる、隣を誰かが通過。
リョウだ。ちらり、とミノルを一瞥したが何を言うでもなく勝手にドアを開けて入っていく。
「な、なんだよ」
あからさまな避け具合に、ミノルは舌打ちした。胸が予想以上に痛んだ、あれでは、彼氏はおろか友達とは呼べない。
来た事すら、迷惑極まりないような。耳を澄ませば家の中から、走り回る音がしている。
「出かけるんじゃねーのかよ」
ミノルは、暫し、玄関で待っていた。けれども、一向にアサギは出てこない。嘘を吐かれたらしい、歯軋りしてミノルは再び自転車に跨った。
不意に、ドアが再び開く音がする。リョウだろうと思って何気なく視線を送れば、アサギだった。
「っ!」
引き攣ったアサギの顔、その表情にミノルは少なからずショックだった。まるで、物の怪でも見る様な、怪異な瞳で。怯えた光、気まずそうに瞳を伏せたアサギ。
「よぉ」
「こ、こんにちは。ジュース、買いに行こうと思って。ま、またね!」
「ケンイチとユキは? 出かけるんだよな?」
「ユキが、熱が……えっと、二人で行きたいって連絡があって、それで、そしたら、みーちゃんが来てくれて」
「ゲームしてんの? 俺も混ぜろよ」
「え、で、でも、そんな、それは」
「何、俺が居ちゃ拙いわけ? お前ら、付き合ってんの?」
「えぇ、違うけど、その」
しどろもどろ。瞳を合わせずに口から出任せを言っているようなアサギに、ミノルは苛立った。
「み、ミノルは、その、あの、可愛い子と一緒に居たほうが……良いと思って、その……」
「憂美は今関係ねぇだろ! 俺はお前に会いに来たんだよ」
「あ、その、私は大丈夫だか、ら。気にかけてもらわなくても、へっきで」
「いい加減人の話聴けよ! こっち向けって」
逃げようとしたアサギの腕を掴んだ、小さな悲鳴を上げたアサギが。
……憎らしかった。
頬を染めて、好きだと言ってくれたアサギが。自分を真っ直ぐに見つめて手を握ってくれていた、アサギが。
いない。
数年前のアサギとミノル、敬遠しているアサギがそこに居て、無性に歯痒くてもどかしくてイラだって。
「謝ってんだろ! 話聞けよ!」
謝ってはいない、謝りに来ただけだ。
「あ、謝る!? ミノルは、何も悪いことしてないから、謝るって……何をかな?」
「はぁ!? お前、何しらばっくれてんだ!?」
「え、だって、その、あの、ミノルは別に悪くなくて、その、よく考えたら私が勝手に勘違いして」
「何をどう勘違いしたんだよっ」
力任せに腕を掴んでいた、アサギの顔が痛みで歪んだ。だが、離さなかった。一体アサギは何を言っているのか。
プールをすっぽかした上に、二股していたことを謝りに来たのだ、それくらいアサギとて解るはずだった。
「ち、違うの、その、ミノルは悪くないから、だから謝らないで」
「お前なぁ!? ごめんって言ってるだろ!? ドコヘだって一緒に行ってやるって言ってるだろ!?」
そんなことは言っていない、思っているだけで言っていない。
アサギの足が震えていた、精一杯の強がりだった。けれども、ミノルは気付かない。ただ、何もなかったことの様にされることが、自分の存在も消されているようで。真っ向から否定されているようで。
アサギにしてみれば、思い出したくなかったのだ。辛くて辛くて、忘れられない時間を呼び戻されたくなかった。そして、自分の身勝手な行動を恥じて罪悪感に責められていたのは、ミノルの気持ちを無視して突き進んでいた”事実”に気付いてしまったから。
憂美というミノルの本当の彼女に、一緒に居たら悪い気がして早く立ち去りたかった。
必死に、必死に。せめて良い友達で居たいと、願ったのだ。ミノルの負担にならないように、笑顔で接して全てを悟って。
「あの、あのね、ミノル、私はっ。気にしてないし、その、傷ついてないし、全然へっきだから、あの、こうして慰めに来てもらわなくても大丈夫で、その」
ぶちん。ミノルの中で、何かが切れた。アサギの腕を強く振りほどいて、小さな悲鳴を上げたアサギを見下ろす。
胸が、黒く染まっていく。傷ついていないらしい、気にもしていないらしい、所詮はその程度だったということか、と。
今の言われ方は非常に腹立たしい、慰めに来たわけじゃない、寄りを戻したかっただけだった。素直に謝りに来ただけだった。
………聴いたかい、君。これが真実。君に振られても彼女は特に哀しまない、君以外に男がたくさんいるからね、一人が駄目でも代わりは大勢いるんだよ。所詮君はその程度。君は何も悪くない……
キィィィ、カトン。
耳元で、自分を擁護する声が聴こえる。悪くない、悪くない、悪いのはアサギだと耳鳴りがする。
………異質、なわけじゃない、根本的に君とは違うんだ。君も見ていただろう、気付いていただろう? 一人だけ異世界から召喚された小学生の勇者の中で、最初から慣れた様子だった彼女を。大丈夫、君が正常だ、何を言っても間違いではないよ。目の前の相手が、異物なのだから………
「お前、人間じゃないから、人に何言われても何されても平気なんだよな? ちったぁ俺が謝ってんだから、泣くとか喜ぶとかさ、作り笑い浮かべてないで何か言えよ。ほんっと、可愛げないな、お前」
硬直した、アサギ。ミノルは、耳元で聴こえる声を味方に鼻で笑うと言葉を吐き捨てる。
………大丈夫、君は何も悪くない。思っていることを吐き出せばいいんだよ………
「お前さ、その勝手に解釈する都合のいい頭、どーにかしたら? ほんっと、むかつくなお前っ」
アサギは口を開くことも忘れた。弾かれたように、ようやく真っ向からミノルを見つめる。
「優秀なー勇者様ー、人間じゃないからー、魔法も完璧剣も扱えますー。魔王と仲良くなってー、倒しましたー。いっつも、誰にでも、へっらへっらへっらへっら! 作り笑いの可愛げないお人形ー、ムカツクムカツク、死ねばいいのに! 人の気もしらねぇでっ」
近づいて、肩を押す。ぺたん、とアサギが地面に倒れ込んだ。腹からこみ上げる醜い黒いものをすべて吐き出す。
「いつまでも、見てんじゃねぇよ、このブスっ! お前なんか、昔から、だいっ嫌いだ。そもそもなぁ、誰のせいで勇者ごっこする破目になったと思う!? お前だよ、お前のせいだよ! 最初からお前だけで十分だったのに、巻き込みやがってっ」
びくり、とアサギが引き攣った。
「お利口だ、優秀だと持て囃されてー、あー、そうだよ、お前は立派だよ! でも、俺はそんなお前がだいっきらい……」
やめて。
と、アサギが呟いた気がして、ミノルはようやく我に返る。涙が、大粒の涙がアサギの瞳から零れていた。
「あ……」
また、やってしまった。慌てて口を押さえる、こんなこと、言いにきたのではないのに。謝りに来たのに、何故、こんなことを。急に喉が渇き、震える手でアサギに手を差し伸べる。
「わ、わりぃ、言い過ぎた……その、ごめん」
「い、いえ、へっきです」
ぐ、っとアサギは言葉を飲み込んで、俯いて腕で涙を拭いている。
「ご、ごめん……違うんだ、お、俺はさ、アサギ」
おろおろと、ミノルは周囲を窺う。道路に座り込んでいる、美少女。明らかに自分が苛めている図だ、いや、そうなのだが。
そして、下卑た自分を擁護する声はもう聴こえない。
「その、よ、よかったら、今度一緒に、ぷ、プールに」
肩を震わしながら、必死に息を飲み込んでいるアサギは、泣き喚くのを堪えているようで。
「アサギ、悪かった、違うんだ、その」
好きなんだ、本当は。仲直りしたくて、来たんだ。一言、もう一言が出てこない。ただ、反応にイラついてショックを受けて、八つ当たりをしただけで、思っていないんだあんなこと。
数分が、数十分にも思えた。ゆらり、とアサギは立ち上がる。
と。
笑顔、笑顔でアサギはミノルに応え。大きな瞳に涙を浮かべ、長い睫に涙の滴。綺麗すぎてミノルは息を飲む。
「ごめんなさい」
それだけ。
それだけ言うと、必死に自分の腕に爪を立て、何かに耐えるように唇を噛締め。逃げ隠れるように家には戻らず、走り出したアサギ。
「あ、アサギ!」
声をかけるが、当然振り向かない。ミノルは、自転車に飛び乗った。
「ち、ちが! 違う、違う!」
自転車と脚なら、直ぐに追いつけるだろう。……けれど。
「アサギ!? アサギっ」
角を曲がったアサギの姿が、忽然と消えていた。思わず自転車を降りて、ミノルは名を呼ぶ。
「アサギ! 悪かった! 言い過ぎたんだ! 違うから、戻って来いよっ、戻って来てくれ、違うんだ! 今のは、違う!」
おそらく。アサギは、本当に消えたのだろう。瞬間移動か、宙に浮いて逃亡したのか。元魔王を召喚し、地球に呼び寄せた勇者ならば可能に思えた。
「アサギ!」
腹の底から叫んだミノルは、急に眩暈がしてその場に座り込んでしまった。吐き気がする、熱中症のような症状だがそうではない、胸を押さえて咳込んだ。
……以前、遠い昔。あの表情を見た気がした、脳への強い衝撃に襲われ悲鳴を上げる。
汚れた姫君、佇んで。蔑まれ石を投げつけられ、流血しながら佇んで。自分を助け、頼って来てくれた姫君を。
『迷惑かけてごめんなさい! 大丈夫です、私、一人で出来ますから! 今まで、ありがとうございました』
儚げに、微笑んだ姫君は。先程と同じ、笑顔で振り返ることなく立ち去った。
あの時、何を自分は告げただろう。額が割れて何か異形が飛び出てきそうだった、嘔吐しミノルは道路に拳を叩きつける。
「アサギっ!」
叫んでも、叫んでも、ミノルの声はアサギには届かない。その場にはいない、もう、いない。ミノルの絶叫に、人が集まってきたが誰も声をかけなかった。ただ、密やかに眉を顰めて様子を窺っているだけだった。
「あ、あぁ、ぅわあああああぁっ! ち、違う違う違う違う! こんなことがしたかったわけじゃ、違うんだーっ! 次に会えたら、次に会えたら」
キィィィィィ、カトン……。
「遅くなっちゃったね、みーちゃんジュース」
ペットボトルを四本、アサギは抱えて戻ってきた。ゲームをしていたリョウと弟達に配ると、自分も蓋を開けて飲み出す。溜息を吐いたリョウはコントローラを弟に投げ、アサギに近づいた。
ぽふ、っとクッションをアサギの頭部に押し付ける。無理するなよ、と小声で聴こえるように囁けば。
アサギは。ずるずると蹲る。隣に居た、リョウの膝に蹲って声を押し殺して泣いていた。
「……私……嫌われてた……知ってたけど」
「気にすんな、僕は……嫌わない。世界は広いんだ、全員に好かれる人間なんていないさ。アイドルだってアンチが絶対いるじゃん?」
「う、うぅっ、どぉしよぉ、私、取り返しのつかないこと、してったっ」
「したことは、仕方ない。過去には戻れない、過去に捕らわれちゃ駄目だ。二度と過ちを起こさないように頑張るしかない」
「どぉしよぉ、酷いこと、いっぱいしてた、のっ。わた、私が浮かれていた、だけ、でっ」
ぼふぼふ、とクッションの上からリョウはアサギを励ますように撫でた。
「……大丈夫だよ、どんなに」
どんなにアサギが嫌われても僕は必ず傍にいるから、だって友達だろ?
声には出さなかったが、そう、リョウは呟いた。心配そうに泣いている姉を見ている弟達、リョウは苦笑しゲームを続けるように促す。自分は必死にアサギの頭を撫でる、唇を噛み締めながら撫でていた。
「トモハル、明日釣り俺も行くから」
「あ、そ」
「何時に何処に集合だ!?」
「六時に、アサギの家」
翌朝。ミノルもトモハルの後を追い釣りに参加した、だが。アサギに謝罪する為にだ。
アサギは。
真っ赤な瞳を帽子で隠すようにして、弟達の水筒を用意して。黄色のスキニーに、ぴたりとした白いTシャツ。
「みんな、おはよう!」
「おはよ、アサギ。すらっとしてるから余計に脚が長く見えるなぁ」
「えへへ、ありがとう。今日はたくさん釣ろうね」
何事もなかったかのように、現れた。ミノルには、軽い会釈をする。ぎこちなく頷いたミノルは、そっと近寄った。
気がつけばリョウもやってきた、ミノルとアサギに割って入るように。アサギからぴたりと離れず、ゲームの会話を楽しんでいる。
「あ、おい……」
アサギに話しかけても、それをリョウが故意に遮る。
目は、合わない。アサギが避けていた。
そりゃ、そうだよなぁ。
自嘲気味に笑って、ミノルは輪から外れた。木陰で持ってきたジュースを飲めば、楽しそうに釣りをしている仲間達を見つめ。
疎外感だ。あの輪の中に入っていけない、笑顔で弟達と釣りを楽しんでいるアサギの邪魔をしてはいけない気がした。
「なんで、だろうな。あの時、誓ったのに。”貴女に守護を。穢されない様に、守護を。”……汚したのは中途半端な騎士の俺、勇者になっても同じだった。中途半端の騎士は勇者になっても結局」
うとうとと、ミノルは眠りにつく。うわ言なのか寝言なのか、自分でも何を口走っているのか解らないが、謝るしかなかった。
起床が普段より早朝だった為、心地良い気温と極度の緊張で睡魔に襲われた。耳元で木の葉が揺れている気がした。
不意に、眠りから覚めて。懐かしい香りに隣を見上げれば、アサギが立っていた。
「あ……」
思いもよらぬ事態に言葉も出ず、ミノルはアサギを凝視する。
「本当に、ごめんなさい。あの、出来れば……その、少しでいいので、普通に接してくれると……嬉しいです。私、その、もう、その、必要以上に、近づきませんから。その、本当に、無理を言っていると」
「ち、違うんだ、話を」
手を伸ばしたミノル、アサギの姿はそこにはなく。ただ、風で木の葉だけが揺れている。
歓声に首を曲げれば、アサギが魚を釣り上げたところだった。アサギはあそこに居た、夢を見ていたのだろうか。自分に都合の良い夢を、見てしまっただけなのだろうか。
はにかんだ笑みで魚を見つめるアサギを、ダイキが優しく見つめ、トモハルが口笛を鳴らし、リョウが拍手をしている。
自分がいなくとも、優しく男らしい誰かがアサギのことを護るだろう。
「俺よりも、その中の誰かのほうが似合ってるよ」
ミノルは、草むらに寝転がると再び瞳を閉じた。冷たいものが、頬を伝った。
キィィィ、カトン。
PR
この記事にコメントする
カレンダー
10 | 2024/11 | 12 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | |||||
3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
最新コメント
[10/05 たまこ]
[08/11 たまこ]
[08/11 たまこ]
[05/06 たまこ]
[01/24 たまこ]
[01/07 たまこ]
[12/26 たまこ]
[11/19 たまこ]
[08/18 たまこ]
[07/22 たまこ]
カテゴリー
フリーエリア
フリーエリア
リンク
最新トラックバック
プロフィール
HN:
把 多摩子
性別:
女性
ブログ内検索
カウンター