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何故そのような噂が流れたのだろう、トリプトルに非などないのに。
アースは先行くベシュタの背中を見つめながら、唇を噛み締め震える身体に必死に鞭を打つ。不安で足が竦んだ、やり場のないもどかしさに蹲りたくなる。自分を一番支えてくれている人物だ、そのような事実など今すぐ否定し消し去りたい。
二人は大方惑星の様子を見回ると、一旦帰宅した。トリプトルに詳細を話したほうが良いかと、ベシュタに確認をとったが首を横に振られる。
「止めておこう、そのような不穏な噂を本人が知ったら憤りを感じないわけがない。それこそ育成に支障が出てしまうだろう、避けなければ」
「そう、ですね。申し訳ありません、ベシュタ様」
帰宅してきた二人に、直様トリプトルとリュミが駆け寄る。ベシュタは小さく会釈をすると、不審な点は見つからなかったと説明し、そう報告すると伝える。安堵の溜息を漏らし、笑顔を見せたリュミに反してトリプトルは眉間に皺を寄せたままだった。
「私は報告書を作成する、何処か部屋を借りたい」
「ならば私の部屋をお使いください、何もありませんが」
「机と椅子があれば十分だ、では早速案内してくれアース」
二人が歩き出す姿を、トリプトルはじっと見つめる。アースの部屋に入って行き、扉が乾いた音を立てて閉まった。直様アースは出てきたので、思わず駆け寄った。
「アース、アイツ、信じないほうが良い」
いきなり抱き締められ、耳元で囁かれる。腕に力がこもり、苦しいくらいだ。アースは身動ぎすると、そっとトリプトルの頬に触れた。ゆっくりと微笑し、優しく撫でる。
「大丈夫よ、トリプトル。ベシュタ様も自分に下った指令に不信感を抱いていらっしゃったの、惑星を見て戴いて、解っていただけたわ。あの方に任せましょう、きっと大丈夫」
「……信用出来ない。トロイは主星へ出向いた、直談判してくれるらしい。オレはトロイを待つ。アース、もうアイツと共に出掛けないでくれ」
悲痛な声を出し、強く抱き締めるトリプトル。アースは困惑した、トリプトルと共にいたいが彼の無実を証明する為にはベシュタに誤解を解いてもらわねばならない。協力しなければならないだろう。
アースは首を横に振ると、申し訳なさそうに瞳を伏せた。
「待って、トリプトル。お願い、ベシュタ様を信じてあげて。みんなで信じ合いましょう、大丈夫よ」
「アース……君は誰でも信じ過ぎる」
ともかくベシュタに部屋を貸してしまったので、アースの居場所がない。トリプトルの部屋で過ごす事にしたのだが、大きく伸びをしてベシュタが出てきた。二人が寄り添っている姿を一瞥し、眉を潜める。その様子にトリプトルが舌打ちし、瞳を逸らした。
「私は有りの侭を報告せねばならない、君達二人は特別な関係にあるのか? 育成途中の惑星での男女交際は禁止されているだろう」
「……アンタに部屋を貸したから、アースの寝る場所がないんだ」
「水の精霊が出かけているんだろう? その部屋を借りれば良い」
「勝手にトロイの部屋に入れと? そんな無茶苦茶な。そもそもアンタが突然来たから」
言い争い出した二人に、慌ててアースとリュミが仲裁に入った。感情を表に出し牙を向くトリプトルと違い、ベシュタは冷ややかな視線で見つめている。
「あの、私、ここで眠ります。トリプトルは自分の部屋を使って」
「なら僕の部屋で寝なよ、アース。僕がここで寝るよ」
「いや、アースはオレの部屋で寝ろ、オレがここで」
結局、アースが自分が一番身体が小さいから、とこの絨毯の上で毛布に包まって眠る事になった。ベシュタさえいなければ、トリプトルと眠れたのでアースも気落ちしたが仕方がない。今は少しの荒事も許されない、トリプトルの誤解を解かねばならないのだから。
四人は就寝した、アースは天井を見上げながら大丈夫大丈夫と言い聞かせ、瞳を閉じる。いつしか眠りに入っていた、緊張と疲労で眠りは深い。
枕元のランプを消すことなく、そのままだった。ぼんやりと寝顔が浮かび上がる。
様子を見に、トリプトルは深夜部屋を出てアースの眠っている絨毯へと足を進める。穏やかな寝息を立てて、熟睡している姿に笑みを溢し、そっと頬に触れる。ランプの光で揺れる影、トリプトルはその場に座り込むと、愛おしく寝顔を見つめる。
「感心しないな、報告させてもらう」
声に我に返り、強張った表情で瞳を細め睨みつける。何時の間にかベシュタが佇んでいた、唇を噛み締めトリプトルは立ち上がると舌打ちし自室へと向かった。
「彼女に特別な感情を抱いているのか? それでは良い育成が出来ないだろう、過ちがあっては」
「余計なお世話だ、詮索しないでもらいたい。アンタこそ、夜更けに何の用だよ」
「私は喉が渇いたので水を貰おうとしただけだが、君の思考回路に合わせないで戴きたい」
気負いよく扉を閉め入っていったトリプトルを喉の奥で笑い、ベシュタは眠っているアースを見下ろす。美しい緑の髪、幼い顔立ちながらも確かに人目を惹く美しさ。暫し魅入っていたが、肩で大きく息をするとベシュタは何もせずにアースの室内へと戻った。
偶然とは言え、予期せぬ事態に出くわしたとベシュタはほくそ笑むと、ペンを手にし報告書に追記する。度々今後も見られるであろう、トリプトルのアースに対する恋慕は見ていて非常に青臭い。
「何を求めているのか知らないが……女など掃いて捨てる程存在する。危険を冒してまでその女を求める意味が私には解らないよ若き火の精霊」
大きく伸びをするとベシュタは腕を組み椅子の上で瞳を閉じる、女など出世への道具でしかない。地位ある者の娘に笑顔を振りまき、品良く優雅に語らえば女達は父親に賞賛の言葉を話し始める。深く入り込まず、思惑を隠して近づいては離れる。身体の相手をする女達は別にいた、それこそ後腐れのない関係上の女達だ。皆、快楽さえあればよいのでベシュタの裏の顔など誰も話すことはない。褒美にと耳元で愛していると囁き、宝石でも手渡せばそれが口止め料だ。
若くして野心家、禁欲的ながら女性の心を簡単に掴む光の精霊の期待の男。
そう噂されるのに、数年もかからなかった。元々整った顔立ちだ、それだけでも目立つ。家柄とて現在の女神の一族なのだから、周囲が放っておくわけがない。
「妻とするならば互いを尊重し、浅い関係のまま”夫婦”を演じられる女が良い。見目麗しく、相応の一族で、身体の相性も良ければそれで」
別に、誰でも構わない。
「面白いな、火の精霊。育成に貢献し、認められたなら君とて地位を得られるだろうに」
何故、あの娘なのか。同じ目的を持ち、育成する中でそこまで親しい感情が湧くものなのだろうか。ベシュタは溜息を吐くと、ようやくベッドに移動した。
アースが毎晩眠っているベッドに横になると、大地の香りがした。穏やかな気分に包まれて、瞳を閉じる。遠い昔、物心つく前に大地に寝転がり衣服が汚れるのも構わずに転がった記憶が甦る。そんな、夢を観た。
翌朝、早起きしたアースは人数分のパンを焼き、紅茶を煎れていた。遅れて起きたベシュタは、笑顔で談話し食事している中に遠慮なく入っていく。
無言で紅茶を啜り、軽く頷くと目の前に差し出されたパンに齧り付いた。
「おはようございます、ベシュタ様」
「おはよう、アース。今日も案内を頼みたい」
舌打ちするトリプトルに視線を移すことなく、黙々と食事し
たベシュタは、困惑しているリュミとアースを盗み見た。険悪な空気が流れている、仏頂面で何個もパンを口に投げ込んでいるトリプトルの単純な思考回路に、嘲笑したくなるが懸命に耐えた。
出かける際に、トリプトルの横を通り過ぎる。
「心配せずとも、私は君と違ってあの娘に用はない」
立ち去り、待っていたアースの腰に手を伸ばすと抱き寄せてそのまま歩き出した。唖然とそれを見つめるトリプトルは、憎々しげにその大きな背を見つめるしかない。用はない割りに、挑発的な態度だ、この場をかき乱しているとしか思えなかった。
「トリプトル、トロイを待とうよ。それまで、あの人につけ込まれないように育成を頑張ろう」
「そう、だな……」
気持ちを切り替えて、惑星に力を注ぎたくともどうしてもあの二人の姿が思い浮かぶ。
アース、何故オレ以外の男に触れられて嫌がらないんだ。その手を跳ね除けてくれれば、気分晴れたのに。
唇を噛み締め、憂鬱ながらもリュミと共に周辺を調査し、育成に励む。
アースに、触れていたいのに触れられない。監視されている痛い視線が、気分が悪い。身動き取れなくて、吐き気がする。
ベシュタは様々な本をアースに与えた、本来ならば門外不出の育成法や過去の記録なのだがこの際だからと無断で持ち出した。知らなかった歴史にアースは感嘆し、夢中でそれらを読み進める。傍らには常にベシュタがおり、解らない事は訊けばその場で直ぐに返答してもらえた。大木の木陰で寄り添って本を読むアース、その華奢で小さな身体を抱き抱える形で、背後からベシュタも同じ様に目を通していく。何度か読んだ事があるので今更な内容だったが暇なので仕方がない。
「素晴らしいですね、学校の図書館にすら、ここまで詳細が書かれているものはありませんでした」
「育成の手引きは簡易だから。同じもので皆が学ぶと、似たような惑星になってしまうし努力を怠る可能性がある。必死に試行錯誤し、命の尊さを学びながら、責任も育てなければならないという神の意向だろう。アースならばこれを真似するのではなく、自分の糧として使えると判断し、持って来た。君は真面目で素直だ、だが、怠惰を知らない」
「ありがとうございます、誉めすぎですけど……でも、嬉しいです。そう思っていただけたのなら」
数冊読み終え、アースは大木を見上げた。地面についていた手を動かすと、何かにあたる。観れば、団栗だ。アースは転寝をしているベシュタを他所に、地面に転がる団栗を集め始めた。大きさも形も違うそれは、表情がある。愉しそうに拾い上げているとリスやウサギなど、小動物が駆け寄ってくる。鳥達も舞い降りてきた。
惑星スクルドに移住した動物達は、五十種程度で各々住処を作り、慣れたように生活している。肉食の動物は移住しておらず、植物の恩恵のみで生をつないでいるもの達だ。
「アース様、団栗拾っているの? 頂戴頂戴頂戴!」
「こんにちは、子リスさん。はい、一人一個だよ」
「アース様、こんにちは! 団栗食べたい団栗欲しい」
「こんにちは、ネズミさん。はい、大きいから気をつけて持ってね」
様々な動物達が寄ってくる、大木の下で皆団栗を食べ始めた。身体を何かが動き回る感触にベシュタがようやく瞳を開く、と膝の上では鳥が団栗を突いていた、肩ではリスが団栗を齧っている。
「なっ」
驚き、立ちあがろうとしたがアースに止められた。ゆっくりと微笑むと、静かに指を一本口元にあてられる。悪戯っぽく笑ったアースがそっと腕を伸ばせば、ベシュタの身体にいた動物と鳥は、アースへと移動した。
アースはまわる、くるくるまわる。何処からか曲が聴こえてきそうな軽快なステップ、軽やかに優雅に、見ていて愉快にしてくれる素人の踊りだった。形式に捕らわれず、気の向くままに踊る。
動物達も一緒になって走り回った、呆気にとられ、ベシュタはその光景を見つめる。
土の精霊が、植物達と親しいのは誰でも知っていることだが、動物達も従順だとは聞いていない。確かに他の精霊よりも関係があるのは間違いないのだが。
「アース様、唄ってー!」
せがまれて、アースは唇を開く。その、瑞々しい唇から音が零れた。
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