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別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。 いい加減整理したい。 ※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。 絶対転載・保存等禁止です。 宜しくお願い致します。
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よいしょー。
あれ、サイズが大きいΣ(’’)

「いただきまーす」

 トモハルは紙袋を開けて一枚、クッキーを取り出すと口に投げこんだ。歯で割られる音が、妙に響く。
 二枚、三枚、四枚……。
 ハート型のクッキーが、次々にトモハルの口に放り込まれていくのをアサギはじっと見ていた。最後の一枚が口に投げ込まれ、何度か噛んでいたのだが音を立ててクッキーを飲み込んだトモハル。
 先程のペットボトルの蓋を開けて、一気に飲み干すとアサギに軽く微笑んだ。

「手作りだね、これ」
「う、うん」
「あんまり、俺の好きな味じゃなかったな」

 なら、食べなければよかったのに。
 近くに池があるから鯉にでもあげられたの……と、ムッとしてトモハルを睨みつけるアサギだが。空を仰いで、虚しそうに笑ったトモハルは。

「まぁ、当然だよね。これ、アサギが一生懸命誰かを想って作ったんだから。俺の口に合うわけがないんだよね。……勿体無いね、食べなかった奴は。アサギの想いがたーくさん詰まってたのに」

 ごちそうさま。告げてトモハルは、そっと指についていた粉を払う。紙袋を丁寧にたたむと、背もたれに腕をかけて空を仰いだ。
 暫し二人とも、そのまま。
 トモハルは通り行く人々を軽く見つめながら、空を仰いでいる。アサギは。
 ぽた。
 スカートに、涙を零した。
 ぽたた。
 大粒の涙が、零れる。嗚咽が、漏れるが止められない。必死に堪え、スカートを握り締めるがそれでも涙は止まらない。

「一人で部屋で泣くより、広いところで泣いたほうが後で楽だよ。引き摺らなくて済むから。……どっちかっていうと俺も一人で居たい派だけどさ」

 ぼそ、とトモハル。言われてアサギは微かに頷いた、確かにそのほうが楽かもしれない。
 晴天の公園、隣にトモハル。
 アサギは泣いた、通り行く人々が自分を見ていたようだがそれでも声を張り上げて泣いた。タオルで口元を押さえて、身体を震わせて、体温が上がるのを感じながら泣いた。

「ごめ、ごめん、ねっ、トモハ、ル!」
「何が」

 聞き取り難いが、確かにアサギはトモハルの名を呼んだ。肩を竦めて、トモハルはぎこちなく微笑む。

「ごめ、ごめ、ごめん、ねっ」
「対の勇者だろ、俺達。……大事な、友達だよ」
「あり、ありが、とっ」

 トモハルは、そっとアサギの肩を叩いた。アサギが泣き止むまで、その手を動かさなかった。肩越しに伝わる、トモハルの手の暖かさがアサギを安堵させる。早く泣き止まないとトモハルに悪い、と思ったがなかなか涙は止まらない。

「たくさん泣く分、好きだったってことだよ」

 囁くように隣で呟くトモハル、更にアサギはしゃっくりを上げる。
 ようやくアサギが涙を流しきった頃、夕方になっていた。池の水面に赤い光、落ちていく太陽、切ない夕暮れ時。
 ぼんやりと、アサギは太陽を見つめていた。涙でまだ滲むが、すっきりした気分でもある。

「行こうか、アサギ。おうちの人が心配するよ」
「うん……ありがとう」

 立ち上がったトモハルは大きく伸びをする、アサギはぎこちなく笑うとそっと立ち上がった。困惑気味に顔を赤らめているアサギの目は、ウサギの瞳の様に赤い。

「本当に……ありがとう」
「一人で、抱え込まないように。俺達、仲間だろ?」

 眩しい笑顔を見せたトモハル、おずおず、とアサギは頷いてようやく笑みを零す。ぎこちなくもあったが、それでも笑顔に変わりはない。
 二人は、帰宅した。会話はないが、それでもアサギは安心出来た。
 トモハルは丁寧にアサギを自宅まで送り届ける、その様子を近所の亮が見ていたのだが二人は気付かず。
 亮も、様子を察知し声をかけることをしなかった。ミノルではなくて、トモハルが隣に。泣きはらしたアサギの瞳を見れば、なんとなくだが予測がついたのだ。
 亮は、そっと家に戻ると部屋のベッドに寝転んでいた。ミノルと喧嘩したのか、それとも……別れたのか。

 その夜、トモハルは自室でサッカーボールの手入れをしていたのだが窓を叩く音に怪訝に顔を上げる。身を乗り出してミノルが上機嫌で手を振っていたのだ、思わず歯軋りしたトモハル。
 昼には怒りがそこまで湧き上がらなかったのだが、アサギの気持ちを汲み取ると非常に腹立たしく。何を気安く話しかけてきているのかと、怒鳴りたくなるが不機嫌そうに窓を開けた。

「よ! 邪魔するな」
「……何だよ、いきなり」
 
 隣同士の二人の家と部屋、窓からひょい、とミノルは乗り込んできた。

「別に、遊びに来ただけだけど?」
「俺、忙しいんだけど観ての通り」
「ボール磨いてるだけじゃねーか」

 機嫌が良いので何事もおどけたように返事を返すミノルが、更に苛立たしく思える。勝手にベッドに腰掛けて寝転んだミノルを、トモハルは放置した。
 口を開けば怒鳴り散らかしそうだと思った為だ、懸命に沸き上がる怒りを堪えているのに。

「なぁ、トモハルってキスしたことあるか?」

 思わず手を止めたトモハル、唇を噛締めトモハルはミノルを挑むような視線で見つめるがミノルは天井を見ていた。横顔からも解るとおり、締まりのない口元。

「あるわけないだろ……俺、”彼女”いないから」

 故意に単語を強調する、ボールを磨く手に、知らず力が籠もる。

「あ、そうだよな、だよなー」

 自慢したいのだろう、ということはトモハルにも解った。だから、切り替えしたのだ。

「アサギとキスしたわけ? で、上機嫌なわけだ?」

 そんな筈はないと解ってはいる、が、あえてこう言ってみた。

「え、いや……」

 案の定、口篭ったミノル。流石にアサギではない少女とキスをした、とは言えないらしい。それもそうだろう、ミノルとアサギは付き合っている”筈”だ。仲間内なら、誰でも知っていることだ。

「よくアサギに、キスさせてもらえたよな」

 はっきりしないミノルにボールを磨く手を止めず、怒気を含んだ口調で吐き捨てるように告げたトモハル。不思議そうにミノルはトモハルを見た、引き攣った笑みを浮かべて首を竦める。

「何怒ってんの、お前。俺が先にキスしたのが屈辱的とか?」
「俺は別に怒ってない、俺は確かにまだキスしたことがないけど屈辱感なんて感じない」
「言う割りに、気にしてねーか、お前? 優等生のモテモテトモハル君、お隣のミノル君にキス体験を先に越されて劣等感中ー、みたいな」

 ダン!
 トモハルが、床を拳で殴りつけた。怒りを露にした表情でミノルを見上げると、小刻みに身体を震わす。

「俺には”彼女”がいないんだ、キスしてなくて当然だろ!?」
「そりゃ……そうだけど」

 ミノルは、昼間の一部始終を見られていたことを知らない。一体トモハルの機嫌を、何が悪くしているのか検討もつかなかった。
 気まずそうに空気の淀む中、すごすごとミノルは窓から部屋に戻る。
 トモハルは、何も語らなかった。怒涛の勢いでミノルを問いただそうかともしたが、トモハルはしなかった。
 暫くして、ミノルの部屋から話し声が聞こえてきた。電話をしているようだ、弾む声の相手は昼間の少女だろう。
 舌打ちし、トモハルは壁にボールを投げつけていた。歯痒い。全部ぶちまけてしまいたい。何が、どうなっているのかが知りたい。
 だが、ミノルは……自分の幼馴染で親友だと思っている男はそんな二股するような卑怯な男ではないとトモハルは信じていた。
 信じていたから、二股ではないと、何かの行き違いでアサギとは別れていたのだと……思いたかった。
 だが、もしそうならミノルは先程自分に告げたはずだ。
『俺の今の彼女はアサギではない』
 ……と。

「何っ、やってんだよミノルッ!」

 キィィィ、カトン。
 何かが、音を立てた気がした。

 気が重い、しかしアサギは少量の夕飯を食べると怪我をして回復中の”過去の”トビィに今日も会いに行く。アサギの沈んだ様子に気がつかないわけがないトビィは、怪訝に眉を潜めた。運ばれてきた食事を綺麗に平らげて、薄っすらと微笑んでいるアサギに声をかける。

「何かあったのか? 泣いただろ」
「……悲しいことが、ありました。けど、もうへっきです」
「平気には見えないな、無理して笑わなくても良いんだぞ?」

 そっとトビィはアサギの髪に触れ、頭部を撫でた。暖かく大きな掌から伝わる体温に、若干アサギは俯く。唇を噛み、緩む涙腺を必死で堪えて笑顔を見せた。

「優しいですね。……あの、そろそろ回復されたようなので、お別れの時間です」
「まだ治っていない、足首が」

 真顔で切り替えしたトビィだが、足首など完治済みだった。離れたくないので嘘を吐いた。苦笑したアサギは、立ち上がるとトビィに手を伸ばす。

「大丈夫、またすぐに逢えますから」

 やんわりとした笑みと声、ただの気休めでないと瞬時に判断したトビィは、渋々ベッドから下りる。アサギの手をとって、歩く。身体の何処も痛くはなく、寧ろ軽く不調など何処にもない。肩をすくめるとトビィは大げさに顔を顰めて、アサギに苦笑した。

「オレがここまで丈夫ではなかったら、少しでもアサギと共に居られる時間が延びただろうに」
「ふふ、長い間、居られるようになりますよ」
「……その言葉、信じよう」

 アサギは、そっとトビィの腕に触れた。急に眩暈がしたトビィはその場に崩れ落ちる。部屋に神クレロと数名の天界人が入ってきて、軽く頷くとトビィを運んだ。運ばれる姿を見つめながら共に歩き、元の”あるべき時代”へトビィを送り出したアサギは、安堵の溜息を吐いた。
 トビィのいる場所は、ジェノヴァから離れた森の中だ。手には愛剣ブリュンヒルデ。
 このまま、ジェノヴァを通過してクリストバルを目指し、途中の洞窟でアサギと出会うだろう。勇者になり、異界へ来たばかりのアサギ達と。
 アサギはクレロに会釈をして地球に戻ろうとしたのだが、名前を呼ばれて振り返った。トビィが向かってきている。現在のトビィだ。

「トビィお兄様!」
「ようやく逢えたな、アサギ。……何かあったのか? 泣いただろ」
「……悲しいことが、ありました。けど、もうへっきです」
「平気には見えないな、無理して笑わなくても良いんだぞ? ……って、以前この台詞アサギに言ったよな」

 全く同じ言葉をかけられ、アサギは思わず吹き出した。涙を浮かべて笑っているアサギに頭をかきながら、トビィはそっと髪を撫でる。

「優しい、人です」
「言っただろう、アサギには優しいと」
「今日はもう、地球に帰ります。近いうちに遊んでくださいね! 一緒にハイ様の教会に行きませんか? リュウ様も一緒に」
「出来れば二人きりが好ましいが……アサギが言うなら共に行こう」

 クレロを振り返ると、一つ返事で頷いてくれた。
 
 数日後。
 トモハルはケンイチとダイキ、それにユキとアサギを誘ってプールへ行こうとした。屋外のプールは来年まで休業だが、屋内は真冬でも温水で営業している。規模は小さくなるが、スライダーももちろんある。
 無論アサギ以外は大賛成で行く事にしたのだが、やはりアサギは先日を思い出すためか辞退。
 ユキにのみ状況を話し、話しながら泣き出したアサギと一緒に涙を零してくれたユキにも申し訳ないと頭を下げて丁重に謝罪した。

「ごめんね、トモハル。折角、その、誘ってくれたのに」
『いや、ごめん。俺こそ……そうだよな、プールに行きたいわけじゃないよな』

 アサギは、ミノルとプールに行きたかった。プールに行けなかったから、の埋め合わせはトモハル達では出来ない。結局四人はプールに出かけるらしい、アサギは一人家を出てぼぉ、っと自転車で何処かへ行こうとしたのだが。

「よ!」
「ミノル」

 自転車を庭から出したところで、ミノルに遭遇した。硬直する。

「どっか行くのか? 新しいゲーム買ったから、うちで一緒にやらねぇ?」
「え? ゲーム?」
「そ。トモハル達連絡つかねぇし」

 混乱する中、アサギは必死で脳を回転させる。つまり、彼女とは会えない日なのでトモハルと遊ぼうとおもったが留守だと。そうだろう、プールに行っている筈だ、いるわけがない。
 暇だから最終的にアサギに回ってきた、というところだろうか。
 アサギは、ぎこちなく微笑み震える手で自転車を推し進める。

「えと……用事があって」
「一人でかよ? 一人ならたいしたことねぇだろ、来いよ」
「で、でも、その」

 用事など確かにない、だが、彼女が居るミノルと二人で居ても良いものなのかがアサギには解らなかった。そして何よりどう接していいのかが、全くアサギには解らなかった。
 しかし、ミノルは怒気を含んだ声で荒立てる。アサギは、怯えた様子で静かに、引き摺られるように頷いた。

「後ろ、ついて来いよな」

 二人は自転車でミノルの家を目指す、アサギは途中のミラーに映った自分を見て顔を顰めた。
 胸元と裾にレースをあしらった黒のコンビネゾン、後ろの腰には大きなリボンがついている。もう少し、大人っぽい服装にしておけばよかった、と後悔した。
 非常に似合っていた、子供っぽくなど見えないのだが今のアサギにはレースやリボンが酷く幼稚に見えるのだ。
 自分を恥じるように顔を伏せて、力なくアサギはミノルの後を追った。
 何故か声がワントーン高く興奮しているミノル、家には誰もいないと説明されてますます強張るアサギ。
 ミノルにしては珍しく、コップとジュースを持ってきてくれて二階の自室でゲームを開始する。説明を受けるが、気が気ではない。上の空で、何度やってもミノルに当然勝てない。

「ミノルに、ゲームじゃ勝てないよ。上手だもん」

 空気が重苦しく、アサギはぎこちなく笑う。どう接すれば良いのか分からない、簡単に勝てるからつまらなくてミノルの機嫌を損ねていないか不安なアサギ。
 隣のトモハルの部屋を無意識に覗き込んでいた、早く帰宅しないだろうかと、視線を送る。

「こうすんだよ、こう」
「え?」

 急に隣のアサギを引き寄せて、背後から抱える形でコントローラーを二人で握る。硬直。

「こう、こうすると早く動くから」

 アサギの顔を愉快そうに覗きこんだミノルとは裏腹に、アサギは強張った表情で唇を噛締めている。

「返事は? 解ったのか? 本腰入れてプレイしてくれねーと、俺がつまんねーんだけど。アサギなら上手く出来るだろもっと」
「う、うん、が、頑張るね」

 身動ぎし、ミノルから離れたアサギは再びぎこちなく笑った。その顔が、僅かに青褪めていた。ミノルは、あからさまに顔を顰める。不自然なアサギに気がつかないわけがない。
 二人は再びゲームを開始する、口数少なく。
 ふと、ミノルはアサギの横顔を見つめていた。ドクン、と先程の熱っぽいアサギの体温を思い出し身体の芯が熱くなるのを感じた。
 綺麗な横顔、何故か憂いを帯びたアサギの顔、唇が妙に気になってミノルは喉を鳴らす。
 そう、トモハルに言ってしまったのでアサギとキスをするつもりだった。
 キスなど、もう慣れていると思っていた、毎日憂美のキスをしていた、やり方ならばもう解る。
 無論、軽いキスだが雰囲気に顔の近づけ方、どう引き寄せるのか、など……慣れた筈だった。
 が、実際目の前にアサギがいると、ミノルは何故か緊張する。
 おまけに今日のアサギは、いつものような明るい笑顔がなく妙に元気がない。

「あ、勝てた」

 上の空だったミノルに、ようやくアサギは勝利することが出来た。はにかんで、アサギがミノルへと首を動かしたその時。

「ミノル?」

 何故かミノルが異様に顔を近づけていたことに気付いたアサギは、驚いて一歩後退するように床を腕で押し座ったまま移動した。
 だが、そっとミノルは近寄ってくる。思わずアサギは、そのまま逃げるように身体を引き摺った。
 鋭い視線と、何故か荒いミノルの呼吸。速まる胸の鼓動、震える身体。
 アサギの腕が、何かに引っかかった。床に転がっていたミノルの鞄だ、バランスを崩して床に倒れ込むアサギ。

「きゃ」
「あぶねぇ!」

 倒れ込んだアサギの上に、助けようとしたのだろうがミノルが覆い被さってくる。身体が密着した、赤面し慌てて離れるミノルと、下で蹲り震えるアサギ。

「い、痛くなかったか? 俺の部屋の床、絨毯とかないからさ、痛いだろ」
「だ、大丈夫」

 ぎこちなく笑い、胸を撫で下ろしてアサギは起き上がろうとした。
 だが。
 一旦は離れた筈のミノルが再び近寄ってきたのだ、挑むような視線で再び上に。思わず瞳を閉じて、身体を縮こませるアサギは、震えている。

「アサギ」

 ミノルが名を呼ぶ、荒い呼吸がアサギの顔の直ぐ傍に。
 ふ、っとアサギの耳を何かが掠った、思わず声が。

「ひゃん」
「っ、へ、変な声出すなよっ!」

 慌てふためいたミノルの声、恐る恐る瞳を開けると、手が伸びている。

「ほら、早く起き上がれ」

 その手を、アサギはじっと見たのだが摑まっていいのか困惑する。妙にミノルが優しい気がして、怖い。アサギは、手には摑まらず自力で起き上がった。
 それが、ミノルには腹立たしい出来事だった、当然だ。恥ずかしかったがしてみたかったので、ミノルなりに勇気を振り絞った。
 それを跳ね除けられたのだ、可愛らしく摑まってくれるものだと思っていた。
 というよりも、『憂美なら、そうしてくれたはずだ』と思ってしまった。
 だが、アサギはアサギであまりミノルに接触しては”例の彼女”に悪いのでは、と思ったのである。自分の立場を弁えるべきだと、そう考えた。
 そもそも、二人きりでこうして遊んでいてよいものなのかも、アサギには解らなかった。答えは出ない、それでも駄目だと思う気持ちが強いのは確かだ。
 少なくとも、アサギはミノルが好きだった、あの少女になんだか後ろめたい気がするのだ。自分が彼女の立場だったら嫌だろうなと思った。
 ミノルの舌打ちが聴こえる、爪を噛んでいた。
 気まずい空気が流れ、耐え切れずアサギは我慢の限界で立ち上がろうとする。

「あ、あの、やっぱり私行くトコがあるから」
「待てよ」

 右手を、強引に掴んでミノルは乱暴にアサギを壁に押し付けていた。
 ドン、と勢い良く押し付けられれば当然頭部を壁に打つ。軽く呻いてアサギは痛そうに瞳を硬く閉じたのだが、ミノルの唇が間近に迫っていたため反射的に首を大きく横に曲げていた。
 キスをしようとしていることが、なんとなくアサギにも本能で解ったのだ。身体を引き攣らせ、必死に首を曲げて逃げた。
 知らず、涙が零れる。哀しいのか悔しいのか、この感情が何かすら解らず。
 何故ミノルがキスしようとしているのかが、全く理解できずにアサギは泣いた。怖いのか恥ずかしいのか、流れる涙の意味も理解できなくて。
 それでも、ミノルはしつこく迫る。だからアサギは必死で身動ぎした、キスはしてはいけない、何故ならばミノルのキスの相手は自分ではないから。
 キィィ、カトン。
 再度ミノルの舌打ち、強引に顔を近づけてきたので溜まらずアサギは叫ぶ。

「私、キスは彼氏としたいから、出来ないっ」

 懸命にミノルの胸を押し戻すように、抵抗を試みる。だがその様子が逆にミノルを燃え上がらせた、嫌がる相手を押し付けたい男の本能、そしてアサギの言葉に逆上。
 自分は彼氏だ、彼氏なのだからキスしていいはずなのだと。思わずミノルはアサギの胸倉を掴み、顎を持ち上げて噛み付くようにキスをしようとした。
 アサギの考える”キスの意味”など、そこにはなかった。
 好きだから、ミノルはキスをしようとした。何度も他の女で練習したから、上手く出来るはずだと……思っていた。気紛れと優越感で、他の少女と付き合ってみたが、本命はこちらのアサギだ。その筈だ。
 けれども久し振りに会えば妙に余所余所しくつまらなさそうな態度に、憤慨したミノル。キスをしなければ、男が廃ると思った。キスをして黙らせようと、大人しくさせようと思った。
 12歳でも、男は男。
 誰に教えられたわけでもなく、太古からの男の本質が蠢く。

「私、彼女じゃないって言ってたっ! ミノルそう言ってたっ! わ、私は、最初のキスは彼氏とするって決めてるもん、絶対絶対、彼氏とするんだもん」

 アサギの悲鳴に近い絶叫で、ミノルは我に返ったのだ。泣きながら抵抗し、その鳴声さえもミノルの”オス”の部分を刺激したが正気を取り戻した。胸元を乱暴に掴んだ為、アサギの着衣は乱れボタンが一つ無くなっている、それすらも扇情的。
 だが、ミノルにはそこまで非情になりきれなかった、残虐性よりも喪失感が勝った。アサギの涙でミノルの心臓が締め付けられる、間違った事をしたのだと急に顔が青褪めた。

「私、あの子みたいに可愛くないもん!」

 力が緩めば当然アサギは一目散に逃げる様に立ち上がり、言葉を投げ捨てる。一瞬理解が出来なかったミノル、だが考え、慌てて口元を押さえた。
 ”あの子”。”彼女じゃない”。
 思い当たる節が、当然ある。逃げたアサギを追いかけようとしたミノルだが、足が竦んで動けない。

 キィィィ、カトン……。
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