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夕食を食べ終えて、家族とテレビを居間で観ていた。お笑い芸人達が出てくるバラエティー物だ、異界に居た時は無論見られない独特のものである。テレビの中で忙しなく動く芸人達、大袈裟な表情や動作に思わず笑いが込み上げる。スイカを食べながら先程のテレビ番組の話を弟達としていた、真似が始まる。やがて浴室へ行きゆっくりと湯船に浸かってリラックスしてから、自室へ戻った。
再度、日記を開く。
芸人を見ていて思いだしたのだが、リュウがそんな感じだったと小さく笑った。独特な語尾のある、物悲しい魔王だが、魔王ハイとの駆け引きは漫才そのものだった気がする。
「みんなは、どうしているのかな。また、会えるのかな」
アサギはそう呟くと何の気なしに日記に名前を書き連ねていく、トビィお兄様、ハイ様、リュウ様……。全員の名前を書き綴った、指と視線で追いながら唇を動かす。
「世界は平和になったんだよね? みんな、元気に過ごしているんだよね? でも、何か忘れている気がするんだけど……何か見落としている気がするんだけどな。なんだろう、大事なことなのに」
終わった夢物語なのか、まだ、続くのか。アサギは瞳を閉じると机に突っ伏し、皆の名前を呼んだ。魔王二人は本来の自分を取り戻したのだから、もう誰に迷惑をかけるでもなく生きていくだろう。二人の魔王は消えてしまった、助けられなかったことを悔やみ唇を噛む。
「彼の地より、我が名に応えよ。我は召喚せり、遠き異界の友人を。我の名に応え、姿を現せ。呼ぶ君は、偉大なる竜の化身。応じるは、麗しの気高き君。我の命に応える君の名は、スタイン=エシェゾー」
中途半端に離れてしまった魔王達、もっと今後について話をしたかったと思い、アサギは不意に口走ってしまった。
「ぐも」
魔王リュウはその後どうなったのか、勇者サンテの罪の意識から逃れることは出来ずとも今は少しずつ笑顔を取り戻しながら生きているのだろうか。
「ぐー」
ハイとて、気になる。ムーンやサマルトならばハイを公開処刑にしないだろうが、どうしているのだろう。アーサー達は復興に全力を尽くしているのだろうか、そしてトビィ達は。
「ぐぐぐー」
アサギは軽く頭を振って起き上がると、椅子にもたれて何気なく振り返る。先程から何か人の視線を感じていた気がして、それでもそんな筈はないと視線を流して。
「ぐ!」
「……ぐっ!?」
椅子が大きく揺れた、悲鳴を上げそうになりながら体勢を整えたアサギは手を振っていたリュウに青褪める。
銀の長髪、金色の瞳、紫の衣装を身に纏い床に座り込んでにこやかに手を振っているのは、魔王リュウその人。
「え、え、え、えーっ」
「久し振りだぐー、アサギ。面白いものがたくさんあるぐー」
リュウは座り込みながら、手に届く範囲のものを物色していた。転がっていた丸いペンギンのぬいぐるみを引き寄せると、胸に抱き締める。触り心地が良く、大変気に入ったらしく上機嫌で遊び始めた。
「これ、欲しいぐ。貰って帰るぐ」
「さ、差し上げますけど、って、ええええええええ」
アサギは必死に両手を動かした、机を撫でる様に高速で動かし、指先があるモノに触れたので引き寄せて開くと、細長い指で一気にメールを打ち込む。
『件名:大至急
内容:魔王リュウ様が部屋に来ています、出来れば今、みんなも来てくれると心強くて助かります』
必死に打ったメールを、勇者達に一斉送信した。アサギの行動を見ていたリュウは、物珍しそうに近づくと携帯電話を奪い取りしげしげと眺める。
「これはなんだぐ? どんな武器だぐ?」
「武器ではないです、電話といいます。離れている相手とも会話が出来るのですよ」
「おぉー、欲しいぐ。これがあれば、私もアサギと会話出来るぐ」
「い、いえ、あの、日本にいないと無理です」
「ニホン? 私の角は二本だぐー」
「そ、そうではなくて」
リュウの手の中の携帯電話が、発色しつつ振動しつつ音を出す。歓声を上げたリュウから奪い返したそれをアサギは大急ぎで耳にあてがった。
『アサギ、どういうこと!? そこに魔王リュウがいるってこと!?』
「そ、そうなの……」
『ミノル、アサギんち行くぞ! アサギ、待ってろよ』
「あ、ありがとう、とても心強い」
トモハルからだった、ミノルも近くにいたのか声が聴こえた。安堵し胸を撫で下ろしたアサギに次々と着信が入る。ユキにケンイチ、ダイキもこちらへ向かっているとの事だった。
「リュウ様、ちょっと大人しくここで待ってていただけますか?」
アサギは寝転がってぬいぐるみと遊んでいたリュウの横をすり抜け、部屋を出ると頭を抱えた。一階に滑り降りるように向かうと、今でテレビを観ていた母親に声をかける。息切れ気味で。
「お、お母さん、苺なんてないよね」
「苺のアイスならあるけど……ジャムとか」
「あ、ありがとう!」
聞き終えると同時にアサギは冷蔵庫へ全力で走った、冷凍庫を開くとブランドアイスの苺味が確かに入っている。手を伸ばし、ほっと一息ついた瞬間に。
「ぐぐぐー。それ、なんだぐー? 宝箱にしては大きいぐ、冷やっこい空気も流れてきたぐー」
「リュウ様、どうして出てきたのです!?」
「一人は寂しいぐ」
娘と会話している声が聴きなれなかったので、両親がキッチンを覗き込んだのと、田上家のインターホンが鳴り響いたのはほぼ同時だった。悪びれた様子もなく、リュウはにこやかに微笑むと、アイスを片手に優雅に手を振る。
お邪魔しますっ、と駆け上がってきた勇者一同は、唖然とその光景を見つめるしかなかった。飄々とした様子のリュウの隣、アサギが青褪めて額を押さえている。
居間に正座し緊張した面持ちの勇者達と、アイス片手に上機嫌で胡坐をかいている魔王リュウ。
アサギの両親と祖父母は、魔王リュウを凝視した。銀髪だけでも珍しいのに、頭部の角は何なのか。
「ぐ」
おまけに、”ぐ”と言葉を発している、沈黙が流れていたのだが、トモハルがようやく口を開いた。
「あのですね、アサギのお父さんにお母さん。不審な人物に見えますが、不審ではないのでとりあえず警戒しないでください」
説得力がない、ユキが項垂れケンイチを突く。その間もリュウは苺アイスに舌鼓をうっていた。
意を決して、アサギが正直に全てを話した。6月下旬にここにいる全員で異世界に行ったこと、そこで勇者として戦っていたこと、ここにいる人はその時の魔王であること。
祖父母は理解できずに寝込んでしまった、父も訝しげにリュウを見ていたが、母だけは軽く笑って聞き流した。
「うん、なんとなく二ヶ月間くらいアサギがいない時があったな、って思っていたし。亮君とそんな話をした気がしたし。魔王様は普通のお食事が出来るのかしら、泊まっていってもらいましょう」
なんて理解能力が高い母親! ミノルは低く呻いて、図々しく二個目のアイスを食べているリュウを睨みつける。泊まっていってもらうも何も、どうやって戻せば良いのか誰も解らない。
アサギの母親が折角来たのだからと紅茶を煎れてくれ、ホットケーキも焼いてくれるそうなので遠慮なくご馳走になることにした勇者達は、ともかく魔王をどうするべきか語り合った。
「つまり、アサギが召喚魔法を呟いたことが原因なんだね?」
「それしか思いつかなくて」
「ってことは、俺達まだ魔法使えるのかな? ちょっとやってみようか」
「危ないよ、発動して家が燃えたらどーすんの」
「攻撃呪文じゃなくてさ、回復魔法。包丁で刺して、魔法で回復してみよう」
「……誰が刺されるのさ、魔法が発動しなかったら救急車行きだよ」
わいわいがやがや、必死に知恵を絞る勇者達を眺めながら、リュウは差し出された苺ジャムと生クリームたっぷりのホットケーキに齧り付く。少し離れて自分を見ていたアサギの両親に、静かに声をかけた。
「遠い異界の勇者のご両親よ、感謝する。娘さんは本当に立派なお子です、私は救われました。この子を育てた方々にお会いできて光栄です」
両親は互いに顔を見合わせると、微笑したリュウに微笑んだ。つられて、ではなくこの目の前の人物が悪い相手ではないと思ったからだ。
「ともかく、召喚は出来てもリュウ様を帰す魔法なんて私知らないから……どうしよう」
「別に私は困らないぐ、ここで生活するぐ。面白そうだぐ、楽しいぐ。苺もあるぐ、苺食べたいぐ」
「苺苺煩いな! そんな馬鹿でかい身長に銀髪なんて、目立つだろーがっ! ここは地球の日本なんだっ」
埒があかない、全く問題視していないリュウを他所に勇者達は思い思い口にするが、暢気な来訪者に苛立ちを感じた。
「もう一度、召喚して欲しいよね」
―――そのつもりだった、来て欲しい―――
ケンイチが苦笑し、皆を見渡して告げた瞬間だった。眩い光が勇者達を包み込む、それは二ヶ月ほど前のあの光と同じ。校庭から異界へ出向いた時と全く同じ光だった。勇者達の顔が、思わず綻んだ。
魔王を倒し、世界に平和をもたらした勇者達は、再び召喚されたのだ。この先に、何があるとも知らず。
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