別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。
いい加減整理したい。
※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。
絶対転載・保存等禁止です。
宜しくお願い致します。
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がんばれ、わたし。
年明けたー(棒読み)。
年明けたー(棒読み)。
予め用意してあった小屋の中には簡易な生活用品が置いてある、数日ならここで滞在できるだろう。一応食料は積んできていたので、困ることもないだろう。
トリプトルは小屋に入ると、途端床に寝転がった。大きく伸びをしながら瞳を閉じる。
「疲れました……じゃなくて、疲れ、た?」
「結構精神を使うんだよ、あの運転。少し寝てていい? その間にスープ作ってくれると嬉しいけど」
「あ、はい! では、起きたらご飯にしましょ……しようね」
敬語を慌てて言い直し、眉を顰めているアースにトリプトルは吹き出した。肩を小刻みに震わせて笑いながら、軽く膨れているアースを見る。
と、視線が交差した。思わず互いに、言葉を詰まらせる。妙に気まずくなって、視線を逸らした。
「不味いな」
呟いたトリプトルは、横を向くと強引に瞳を閉じる。
後方ではアースが忙しなく動き始めていた、嬉しい反面、非常に不味い状況だと頭を抱える。
小屋に2人きり、口煩いトロイは不在。自分の為に料理し、アースを独占できてしまうこの空間に感謝する。
けれども、不味い。これが普通の火の精霊であるならば、とっくに手を出している。
が、目の前にいるのは土の精霊だ、純潔が絶対条件の土の精霊だ。
よく考えたら、小屋で一夜を共に過ごさねばならない状態だということに今、気がついた。小屋にしきりなどない、毛布は2枚あるが、ベッドは隣り合っている。
ただの土の精霊ならば、ここまで意識しなかった。だが、相手は自分が気にしている相手だ。
自分が気に入れば、相手も気に入れば、気軽に性行為に走る火の精霊。基本水の精霊も同じである、トロイは相当な浮名を流していた。
今までならば、これ幸いと直様あのベッドに押し倒していただろうに。
トリプトルは思わず床を拳で殴る、それは出来ないと唇を噛締める。
そんなことをしたら、全てが終わる。神からも絶大な期待を課せられた、稀代の土の精霊アースの純潔を奪おうものなら犯罪行為だ。
だが、それは愛する者達でも同じことなのだろうか? と、思案してトリプトルは自嘲気味に笑った。
アースに対して愛しい感情を抱いてはいるが、アースが自分にそんな感情を抱いているかは解らない。
どちらかというと敬遠されているようでもあるし、トロイに懐いている。幼馴染らしいリュミとも仲が良い。
「つまり、オレが我慢しなければならないって事だ」
「何を我慢するんですか? ……ではなくて、我慢するの?」
急に声をかけられたので、トリプトルは盛大な悲鳴を上げる。振り返れば、驚いて瞳を丸くしているアースが立っている。
赤面し、気まずそうに頭をかいたトリプトルはゆっくりと起き上がると小さく「気にするな」と溢す。
「我慢はよくないと思います、私でよければ何かお手伝いを」
「え、いや、それは嬉しいけどちょっと無理……」
しどろもどろに弁解するトリプトルに、アースは意を決して踏み込んだ。
アースは、歩み寄ろうと躍起になっていたのだ。折角の好都合、こうしてずっと気にしていたトリプトルと傍に居られるのだ。親しくなっておきたかった。
「何でも言って下さ、言ってね! わ、私努力しま、努力するよ! 何でもする、よ! さ、さぁっ」
アースが一歩足を踏み出す、トリプトルは眩暈がして一歩後退した。
「な、何でもするは不味いだろ……」
妄想して、トリプトルは顔を腕で覆う。何でもする、なんて言われた事がない。破壊力のある言葉だった。
深呼吸を繰り返す、震える身体を必死に押さえて、声を絞り出した。
「と、とりあえず、その、空腹なんだ。空腹過ぎて死にそうだから、早く飯」
消え入りそうなその言葉をアースは受け取る、鍋を掻き混ぜに走った。
離れていったアースに、胸を撫で下ろすとようやくトリプトルは力なくベッドまで歩き倒れこんだ。
「畜生、可愛いなぁ」
敬語は嫌だと言えば、懸命に言葉を直している姿が、いじらしくて可愛い。
何に対しても懸命な様子が、見ていて手を差し伸べたくなる。
大きな瞳で見つめられると、思考が一瞬停止する。その後に、抱き締めたくなる。
「畜生、困ったなぁ」
「何が困ったんです……困ったの?」
再度悲鳴を上げるトリプトルは、ベッドの上で飛び跳ねた。再びアースが近づいてきていたのだ。
不思議そうに首を傾げているアースに、引き攣った笑みを浮かべるトリプトル。
鼻をすすれば、良い香りが部屋に充満していた。必死に話題を切り替える。
「あ、いや。腹が減りすぎて、腹がずっと鳴いてて……困った」
「もうすぐ、出来ます……出来るよ。お口に合えば、良いけれど……」
「アースが作ったスープで、合わなかったものはないから、大丈夫だよ」
「……よかった。嬉しい、です。……ではなく、て。嬉しいな」
はにかんだ笑みを浮かべ、頬を染めて嬉しそうに俯いたアースに、思わずトリプトルは手を差し伸べた。
どこかで、何かが音を立てた。
「……アース、さっき『何でもする』って言ったよな?」
「はい、うん。言いまし……言ったよ?」
「少し、抱き締めさせて」
アースの返事を待たないまま、トリプトルは強引に腕を掴むとそのまま引き寄せる。ベッドに倒れ込んだアースを素早く引き寄せて、夢中で抱き締めた。
驚いて身を捩るアースを腕で、脚で押さえつける。力強く抱き締めたまま、目の前に見えた細い首に軽く噛み付いた。
「っ、ひゃあっ」
「ごめん、腹が減ってる」
「そ、そんなにお腹が空いてる、の? わ、私食べても美味しくないです、ないよ?」
いや、相当美味しいと思う。トリプトルは苦笑した。
震える声と身体でトリプトルの腕の中にいるアースは、どうして良いのか解らずにただ、そのまま。
首筋から立ち昇る、アースの妙な色香にあてられてトリプトルは無心で首筋を甘噛みし続けた。
そのたびに、アースの身体がびくりと跳ね上がる。それでも、嫌悪感はなく、ただ脱力してトリプトルに身を任せる。
「お、美味しいです……美味しい?」
戸惑いがちに、くぐもった声で訊いてきたアースに、耳元でトリプトルは囁く。
「凄く、美味しいから静かにしてて」
「は、はい」
耳元にかかる吐息に、アースは再び身体を震わせた。何故か身体が熱くなり、呼吸が上がる。腹の底で何かが蠢いているようで、口から何かが飛び出してくるようで。
「あ、あの。食べたかったら、食べても良いです……良いよ? 私、トリプトルになら、食べられても構わな」
「そ、それ以上言ったら駄目だーっ!」
絶叫したトリプトルに驚いてアースは、思わず瞳を閉じる。鼓膜がびりびりと震える、おんな大声で耳元で叫ばれた日には堪らない。目の前がチカチカした。
「食べてもイイなんて、言ったら歯止めが利かなくなるだろーがっ! 嬉しいけど、声に出したら駄目、絶対に、駄目!」
「あ、はい、ごめんなさい、気をつけます……気をつけるね」
肩を揺さ振られ、血走った瞳で叱咤されたので勢いでアースは頷いていた。
荒い呼吸で、掠れがちに吼えたトリプトルは脱力すると、ようやく冷静さを取り戻す。「あ、危なかった……勢いに任せるトコだった」
身体中が汗が吹き出る、今の衝撃で目が醒めた。途中から意識がなくなっていたような気もする。
「アース、ほら、スープが煮立ってない?」
「え、あ、きゃーっ! た、大変なのですっ」
慌てふためいて、アースがベッドを飛び降りるとスープを確認する為、駆け出す。肩の荷を下ろすように、大きく息を吐いたトリプトルは、それを見つめていた。項垂れて顔を掌で覆う。
ようやく2人で食事をする。静かに、スープとパンを齧る。
先程の事を、アースはどう思っているのだろうか? 性交手前だとは何も思っていないのだろうか? こういったことに対し、土の精霊は過敏になるのではないのか? 頭の中をグルグル回る。が、数分前の甘いアースの香りと柔らかな身体も同時に思い出し、トリプトルは思わず咳込む。
気を紛らわせようと、スープを木製のスプーンで掻き混ぜた。
「そういえば、アース。植物の声、聴こえるんだよな? さっき、会話してたよな?」
「はい……じゃなくて、うん。土の精霊は誰でも可能です……だよ」
「植物って食べられる時悲鳴上げるわけ? 寧ろ、包丁で切ったり、皮をそがれたり、熱湯に放り込まれると『ひぎぃいいいやぁぁぁぁうぅぅおおおおぅほげぇぇぇぇ』とか、叫ぶわけ?」
トリプトルの壮絶な悲鳴に、アースは苦笑した。
「えっと、聴こうと思えば聴けるだけで。普段は聴こえてきません……こないよ。だから、料理中の声は聴いたことがないけれど、でも……『美味しく食べてね、元気になってね』って言っているように思えます」
今度、聴いてみてよ。……そうトリプトルは言いかけて、口を噤んだ。悲鳴を上げていたらアースが気の毒だ、一切料理が出来なくなってしまうのではないのか。それは困る。
「わ、私もトリプトルに食べられたら『ひぎぃいいいやぁぁぁぁうぅぅおおおおぅほげぇぇぇぇ』って叫ぶのかな?」
何気なくそう呟いたアースに、思わずトリプトルが吹き出す。まさか、連呼されるとは思わなかった。
「い、いや。もっと色っぽい声出して貰わないと」
「色っぽい声、ですか。難しいのですね……『ひぎぃいいいやぁぁぁうぅ』?」
「いや、それはもう忘れて」
爆笑し始めたトリプトルに、困惑気味にアースは首を傾げた。だが、とても愉快そうに笑い転げている姿に、ほっと胸を撫で下ろす。何故笑われたのかは解らなかったが、自分の言葉で笑わすことが出来たという事実が、嬉しかった。
2人で、夜空を眺めた。
宇宙は広大だ、惑星が幾重にも浮遊し、そこで様々な種族が生活している。この、惑星スクルドもそういった惑星の1つになるのだろう。その責務を、2人は背負っている。
「そろそろ、眠りますか?」
「そうだな、珈琲飲んでから寝ようかな」
「じゃあ、私も。今、淹れますね」
「ん」
何気なく会話し、微笑する2人だがトリプトルが我に返った。首が軋むほどに振り返ってベッドを睨みつける、どう見ても寄り添ったままだった。項垂れる。
先程の危機、再び。
鼻歌交じりに珈琲を淹れているアースが、多少疎ましく感じられる。
そもそも、土の精霊は異性と同じ室内で眠っても良いなどと習っているのだろうか? あまりにも危機感がなさ過ぎやしないか。大きく溜息を吐くと、外で揺れていた小さな草に皮肉めいて呟く。
「君らのお姫様の危機ですよー、誰かなんとかしろよ」
けれども、植物達は何も言わずにただ、風に身体を揺らす。当然だ。
アースが珈琲を運んできた、口にすればするほど、目が冴える。いっそのこと起きていたほうが良いのだろうか、それとも爆睡したほうが良いのか。珈琲の苦味がわからないほど、トリプトルは真剣に悩み続ける。
全く気にした様子のないアースは、狼狽しているトリプトルを尻目に早々にベッドに潜り込んだ。小さく欠伸をする。
いつまで経ってもベッドに入らないトリプトルに、不思議そうにアースは声をかける。
「あの、眠くないのですか? ……眠くないの?」
「う、うん、まだ眠くないかなー。だから起きていようかな、うん」
上ずった声で返事をしたトリプトル、アースはそっとベッドから這い出るとそのまま窓辺に居たトリプトルに寄り添う。
硬直したトリプトルにはお構いなしに、やんわりとした笑みを向ける。
「なら、一緒に起きて……起きてるね。話し相手に、なれば、その」
「……なら、話でもしようか」
「うん!」
「えーっと、アースは」
「うん?」
「……どんなお」
どんな男が好き? と訊こうとして慌てて口を塞ぐ。瞳を輝かせて待っているアースに苦笑すると、咳をして言葉を続ける。
「どんな、お菓子が好き? お菓子、というか、食べ物? それとか好きなものは?」
「お菓子、食べ物、好きなもの……。美味しいものしか食べたことがないので、なんでも好きですよ? 食べられるということは幸せなことです、授業で習ったのですが、飢餓で亡くなる惑星もあるらしく……」
真面目なアースは質問にも大いに真剣に返答した、トリプトルはただ、普通に異性に気軽に訊ける質問だったので、しただけだ。熱弁するアースに、拍子抜けして笑いが込み上げる。
「母さんの手作り料理とかは?」
「えっと、そうです、ね……パンが、美味しいかな」
困惑気味に答えたアースに、トリプトルが口を塞いだ。そういえば、アースの家は不仲だった。母の手料理など、あまり良い思い出がないのかもしれない。良家のお嬢様に見えたが、案外苦労をしているのかもしれない。
他愛のない会話をしたが、トリプトルとて眠くなってきた。神経を使いすぎたので、余計に疲労が積もる。
ふと、視線をアースに向ければ寒かったのか身体を震わせ、腕を擦っていた。思わず、引き寄せた。
「ん……おいで。……ほら、あったかいだろ、その、さ、うん」
抱き寄せられ、思わずアースは見上げる。照れたように視線を逸らしていたトリプトルとは、視線が交差しない。
「少し、気温が低いな。大丈夫? 2人でくっつくと、あったかいだろ。……オレ、火の精霊だし。あ、そうか、空気を温めればいいのか」
思わず抱き寄せれば、2人の体温が心地良い。安堵したのも束の間、自分の能力に気がついた。
火の精霊は、炎を出現させることが可能だ。寒い時期などはそれだけで暖をとることが出来る。
忘れていた、思わず弁解する。
「い、いや、その、こう、こうして抱きたくて忘れていたわけじゃ、ないっ。で、でも、得したかも。……笑うなよ」
慌てふためくトリプトルが面白くて、つい、アースは吹き出した。あまりに楽しそうに笑うので、トリプトルも一緒になって笑う。ぎゅ、とアースが控え目にトリプトルの衣服を掴んだ。
「ほ、ホントですね。2人で一緒にいると、あったかいですね」
「あ、うん。だろ!? ……さぁ、そろそろ寝ようか、アース」
「……はい」
名残惜しそうに、アースはトリプトルから離れた。離れた途端、空気がひんやりと身にしみる。
「今日は妙に冷えるな……。炎出すから」
トリプトルが出した炎が、ゆぅらりと部屋で揺れる。アースのベッドの前で浮遊するそれの暖かな光は、身体にじんとする。けれども、眠りに就いた隣のトリプトルの背中を見て、無性にそこへ触れたくなった。
先ほどの様に、抱き締めて眠ってくれないものかと、思った。
炎は、温かい。けれども、寂しい。大きな背中が、切ない。
「あ、あの。トリプトル。そ、その」
「ん?」
けれども、上手く言葉に出来なかったアースはそのまま、振り向いたトリプトルの身体に腕を伸ばすことが精一杯だった。きゅ、と掴まれた手を唖然と見たが、そのままトリプトルは引き寄せる。
小さく悲鳴を上げたアースにはお構いなしで、抱き締めて腕の中に身体を隠すと頭を撫でる。
炎とは違う、暖かな人肌にアースはまどろんだ。そっと、腕をトリプトルの背中に回すと、控え目に抱き締める。
「知りませんでした。こうして眠ると、落ち着くんですね」
「初めて?」
「はい、お母さんにも、お父さんにも。こうして眠って貰った事はありませんでした」
「……知らなくて良いよ。オレが初めてで、良いんだ。今後も、オレだけで良いよ」
うわ言のように呟きながら、アースの背を撫でる。小さく、アースが頷いた。
2人とも、何故か心が穏やかで満ち足りた。互いの香りが自分を包む、それが安心できる。ここまで心地が良いのは初めてだ。
トリプトルは、心配する必要など何処にもなかった。本当に愛しいと、身体を重ねなくとも良いものなのだろうか。寄り添うだけで、もう、満足できた。身体に、何かが流れ込む。優しい想いは、2人を繋ぐ。
「アース。オレは」
君を愛しているみたいだ。そう、呟いたがアースは静かに眠りに入っていた。それでもトリプトルは穏やかに微笑むと額に口づける。
あぁ、どうか。このまま共に居られますように。この惑星が成長し、アースが責務から解き放たれたら婚約を申し込もう、そうして永久に寄り添い合おう。
「何処にも行かないで。愛しているよ」
さわさわ、と外で植物達が揺れて、囁き合っていた。
『ねぇ、聴いた!? 愛している、だって! アース様を、愛しているだって!』
『聴いた、聴いた! ねぇ、アース様、よかったねぇ、よかったねぇ! ……ほら、もう大丈夫だよ”アサギ様”』
トリプトルは小屋に入ると、途端床に寝転がった。大きく伸びをしながら瞳を閉じる。
「疲れました……じゃなくて、疲れ、た?」
「結構精神を使うんだよ、あの運転。少し寝てていい? その間にスープ作ってくれると嬉しいけど」
「あ、はい! では、起きたらご飯にしましょ……しようね」
敬語を慌てて言い直し、眉を顰めているアースにトリプトルは吹き出した。肩を小刻みに震わせて笑いながら、軽く膨れているアースを見る。
と、視線が交差した。思わず互いに、言葉を詰まらせる。妙に気まずくなって、視線を逸らした。
「不味いな」
呟いたトリプトルは、横を向くと強引に瞳を閉じる。
後方ではアースが忙しなく動き始めていた、嬉しい反面、非常に不味い状況だと頭を抱える。
小屋に2人きり、口煩いトロイは不在。自分の為に料理し、アースを独占できてしまうこの空間に感謝する。
けれども、不味い。これが普通の火の精霊であるならば、とっくに手を出している。
が、目の前にいるのは土の精霊だ、純潔が絶対条件の土の精霊だ。
よく考えたら、小屋で一夜を共に過ごさねばならない状態だということに今、気がついた。小屋にしきりなどない、毛布は2枚あるが、ベッドは隣り合っている。
ただの土の精霊ならば、ここまで意識しなかった。だが、相手は自分が気にしている相手だ。
自分が気に入れば、相手も気に入れば、気軽に性行為に走る火の精霊。基本水の精霊も同じである、トロイは相当な浮名を流していた。
今までならば、これ幸いと直様あのベッドに押し倒していただろうに。
トリプトルは思わず床を拳で殴る、それは出来ないと唇を噛締める。
そんなことをしたら、全てが終わる。神からも絶大な期待を課せられた、稀代の土の精霊アースの純潔を奪おうものなら犯罪行為だ。
だが、それは愛する者達でも同じことなのだろうか? と、思案してトリプトルは自嘲気味に笑った。
アースに対して愛しい感情を抱いてはいるが、アースが自分にそんな感情を抱いているかは解らない。
どちらかというと敬遠されているようでもあるし、トロイに懐いている。幼馴染らしいリュミとも仲が良い。
「つまり、オレが我慢しなければならないって事だ」
「何を我慢するんですか? ……ではなくて、我慢するの?」
急に声をかけられたので、トリプトルは盛大な悲鳴を上げる。振り返れば、驚いて瞳を丸くしているアースが立っている。
赤面し、気まずそうに頭をかいたトリプトルはゆっくりと起き上がると小さく「気にするな」と溢す。
「我慢はよくないと思います、私でよければ何かお手伝いを」
「え、いや、それは嬉しいけどちょっと無理……」
しどろもどろに弁解するトリプトルに、アースは意を決して踏み込んだ。
アースは、歩み寄ろうと躍起になっていたのだ。折角の好都合、こうしてずっと気にしていたトリプトルと傍に居られるのだ。親しくなっておきたかった。
「何でも言って下さ、言ってね! わ、私努力しま、努力するよ! 何でもする、よ! さ、さぁっ」
アースが一歩足を踏み出す、トリプトルは眩暈がして一歩後退した。
「な、何でもするは不味いだろ……」
妄想して、トリプトルは顔を腕で覆う。何でもする、なんて言われた事がない。破壊力のある言葉だった。
深呼吸を繰り返す、震える身体を必死に押さえて、声を絞り出した。
「と、とりあえず、その、空腹なんだ。空腹過ぎて死にそうだから、早く飯」
消え入りそうなその言葉をアースは受け取る、鍋を掻き混ぜに走った。
離れていったアースに、胸を撫で下ろすとようやくトリプトルは力なくベッドまで歩き倒れこんだ。
「畜生、可愛いなぁ」
敬語は嫌だと言えば、懸命に言葉を直している姿が、いじらしくて可愛い。
何に対しても懸命な様子が、見ていて手を差し伸べたくなる。
大きな瞳で見つめられると、思考が一瞬停止する。その後に、抱き締めたくなる。
「畜生、困ったなぁ」
「何が困ったんです……困ったの?」
再度悲鳴を上げるトリプトルは、ベッドの上で飛び跳ねた。再びアースが近づいてきていたのだ。
不思議そうに首を傾げているアースに、引き攣った笑みを浮かべるトリプトル。
鼻をすすれば、良い香りが部屋に充満していた。必死に話題を切り替える。
「あ、いや。腹が減りすぎて、腹がずっと鳴いてて……困った」
「もうすぐ、出来ます……出来るよ。お口に合えば、良いけれど……」
「アースが作ったスープで、合わなかったものはないから、大丈夫だよ」
「……よかった。嬉しい、です。……ではなく、て。嬉しいな」
はにかんだ笑みを浮かべ、頬を染めて嬉しそうに俯いたアースに、思わずトリプトルは手を差し伸べた。
どこかで、何かが音を立てた。
「……アース、さっき『何でもする』って言ったよな?」
「はい、うん。言いまし……言ったよ?」
「少し、抱き締めさせて」
アースの返事を待たないまま、トリプトルは強引に腕を掴むとそのまま引き寄せる。ベッドに倒れ込んだアースを素早く引き寄せて、夢中で抱き締めた。
驚いて身を捩るアースを腕で、脚で押さえつける。力強く抱き締めたまま、目の前に見えた細い首に軽く噛み付いた。
「っ、ひゃあっ」
「ごめん、腹が減ってる」
「そ、そんなにお腹が空いてる、の? わ、私食べても美味しくないです、ないよ?」
いや、相当美味しいと思う。トリプトルは苦笑した。
震える声と身体でトリプトルの腕の中にいるアースは、どうして良いのか解らずにただ、そのまま。
首筋から立ち昇る、アースの妙な色香にあてられてトリプトルは無心で首筋を甘噛みし続けた。
そのたびに、アースの身体がびくりと跳ね上がる。それでも、嫌悪感はなく、ただ脱力してトリプトルに身を任せる。
「お、美味しいです……美味しい?」
戸惑いがちに、くぐもった声で訊いてきたアースに、耳元でトリプトルは囁く。
「凄く、美味しいから静かにしてて」
「は、はい」
耳元にかかる吐息に、アースは再び身体を震わせた。何故か身体が熱くなり、呼吸が上がる。腹の底で何かが蠢いているようで、口から何かが飛び出してくるようで。
「あ、あの。食べたかったら、食べても良いです……良いよ? 私、トリプトルになら、食べられても構わな」
「そ、それ以上言ったら駄目だーっ!」
絶叫したトリプトルに驚いてアースは、思わず瞳を閉じる。鼓膜がびりびりと震える、おんな大声で耳元で叫ばれた日には堪らない。目の前がチカチカした。
「食べてもイイなんて、言ったら歯止めが利かなくなるだろーがっ! 嬉しいけど、声に出したら駄目、絶対に、駄目!」
「あ、はい、ごめんなさい、気をつけます……気をつけるね」
肩を揺さ振られ、血走った瞳で叱咤されたので勢いでアースは頷いていた。
荒い呼吸で、掠れがちに吼えたトリプトルは脱力すると、ようやく冷静さを取り戻す。「あ、危なかった……勢いに任せるトコだった」
身体中が汗が吹き出る、今の衝撃で目が醒めた。途中から意識がなくなっていたような気もする。
「アース、ほら、スープが煮立ってない?」
「え、あ、きゃーっ! た、大変なのですっ」
慌てふためいて、アースがベッドを飛び降りるとスープを確認する為、駆け出す。肩の荷を下ろすように、大きく息を吐いたトリプトルは、それを見つめていた。項垂れて顔を掌で覆う。
ようやく2人で食事をする。静かに、スープとパンを齧る。
先程の事を、アースはどう思っているのだろうか? 性交手前だとは何も思っていないのだろうか? こういったことに対し、土の精霊は過敏になるのではないのか? 頭の中をグルグル回る。が、数分前の甘いアースの香りと柔らかな身体も同時に思い出し、トリプトルは思わず咳込む。
気を紛らわせようと、スープを木製のスプーンで掻き混ぜた。
「そういえば、アース。植物の声、聴こえるんだよな? さっき、会話してたよな?」
「はい……じゃなくて、うん。土の精霊は誰でも可能です……だよ」
「植物って食べられる時悲鳴上げるわけ? 寧ろ、包丁で切ったり、皮をそがれたり、熱湯に放り込まれると『ひぎぃいいいやぁぁぁぁうぅぅおおおおぅほげぇぇぇぇ』とか、叫ぶわけ?」
トリプトルの壮絶な悲鳴に、アースは苦笑した。
「えっと、聴こうと思えば聴けるだけで。普段は聴こえてきません……こないよ。だから、料理中の声は聴いたことがないけれど、でも……『美味しく食べてね、元気になってね』って言っているように思えます」
今度、聴いてみてよ。……そうトリプトルは言いかけて、口を噤んだ。悲鳴を上げていたらアースが気の毒だ、一切料理が出来なくなってしまうのではないのか。それは困る。
「わ、私もトリプトルに食べられたら『ひぎぃいいいやぁぁぁぁうぅぅおおおおぅほげぇぇぇぇ』って叫ぶのかな?」
何気なくそう呟いたアースに、思わずトリプトルが吹き出す。まさか、連呼されるとは思わなかった。
「い、いや。もっと色っぽい声出して貰わないと」
「色っぽい声、ですか。難しいのですね……『ひぎぃいいいやぁぁぁうぅ』?」
「いや、それはもう忘れて」
爆笑し始めたトリプトルに、困惑気味にアースは首を傾げた。だが、とても愉快そうに笑い転げている姿に、ほっと胸を撫で下ろす。何故笑われたのかは解らなかったが、自分の言葉で笑わすことが出来たという事実が、嬉しかった。
2人で、夜空を眺めた。
宇宙は広大だ、惑星が幾重にも浮遊し、そこで様々な種族が生活している。この、惑星スクルドもそういった惑星の1つになるのだろう。その責務を、2人は背負っている。
「そろそろ、眠りますか?」
「そうだな、珈琲飲んでから寝ようかな」
「じゃあ、私も。今、淹れますね」
「ん」
何気なく会話し、微笑する2人だがトリプトルが我に返った。首が軋むほどに振り返ってベッドを睨みつける、どう見ても寄り添ったままだった。項垂れる。
先程の危機、再び。
鼻歌交じりに珈琲を淹れているアースが、多少疎ましく感じられる。
そもそも、土の精霊は異性と同じ室内で眠っても良いなどと習っているのだろうか? あまりにも危機感がなさ過ぎやしないか。大きく溜息を吐くと、外で揺れていた小さな草に皮肉めいて呟く。
「君らのお姫様の危機ですよー、誰かなんとかしろよ」
けれども、植物達は何も言わずにただ、風に身体を揺らす。当然だ。
アースが珈琲を運んできた、口にすればするほど、目が冴える。いっそのこと起きていたほうが良いのだろうか、それとも爆睡したほうが良いのか。珈琲の苦味がわからないほど、トリプトルは真剣に悩み続ける。
全く気にした様子のないアースは、狼狽しているトリプトルを尻目に早々にベッドに潜り込んだ。小さく欠伸をする。
いつまで経ってもベッドに入らないトリプトルに、不思議そうにアースは声をかける。
「あの、眠くないのですか? ……眠くないの?」
「う、うん、まだ眠くないかなー。だから起きていようかな、うん」
上ずった声で返事をしたトリプトル、アースはそっとベッドから這い出るとそのまま窓辺に居たトリプトルに寄り添う。
硬直したトリプトルにはお構いなしに、やんわりとした笑みを向ける。
「なら、一緒に起きて……起きてるね。話し相手に、なれば、その」
「……なら、話でもしようか」
「うん!」
「えーっと、アースは」
「うん?」
「……どんなお」
どんな男が好き? と訊こうとして慌てて口を塞ぐ。瞳を輝かせて待っているアースに苦笑すると、咳をして言葉を続ける。
「どんな、お菓子が好き? お菓子、というか、食べ物? それとか好きなものは?」
「お菓子、食べ物、好きなもの……。美味しいものしか食べたことがないので、なんでも好きですよ? 食べられるということは幸せなことです、授業で習ったのですが、飢餓で亡くなる惑星もあるらしく……」
真面目なアースは質問にも大いに真剣に返答した、トリプトルはただ、普通に異性に気軽に訊ける質問だったので、しただけだ。熱弁するアースに、拍子抜けして笑いが込み上げる。
「母さんの手作り料理とかは?」
「えっと、そうです、ね……パンが、美味しいかな」
困惑気味に答えたアースに、トリプトルが口を塞いだ。そういえば、アースの家は不仲だった。母の手料理など、あまり良い思い出がないのかもしれない。良家のお嬢様に見えたが、案外苦労をしているのかもしれない。
他愛のない会話をしたが、トリプトルとて眠くなってきた。神経を使いすぎたので、余計に疲労が積もる。
ふと、視線をアースに向ければ寒かったのか身体を震わせ、腕を擦っていた。思わず、引き寄せた。
「ん……おいで。……ほら、あったかいだろ、その、さ、うん」
抱き寄せられ、思わずアースは見上げる。照れたように視線を逸らしていたトリプトルとは、視線が交差しない。
「少し、気温が低いな。大丈夫? 2人でくっつくと、あったかいだろ。……オレ、火の精霊だし。あ、そうか、空気を温めればいいのか」
思わず抱き寄せれば、2人の体温が心地良い。安堵したのも束の間、自分の能力に気がついた。
火の精霊は、炎を出現させることが可能だ。寒い時期などはそれだけで暖をとることが出来る。
忘れていた、思わず弁解する。
「い、いや、その、こう、こうして抱きたくて忘れていたわけじゃ、ないっ。で、でも、得したかも。……笑うなよ」
慌てふためくトリプトルが面白くて、つい、アースは吹き出した。あまりに楽しそうに笑うので、トリプトルも一緒になって笑う。ぎゅ、とアースが控え目にトリプトルの衣服を掴んだ。
「ほ、ホントですね。2人で一緒にいると、あったかいですね」
「あ、うん。だろ!? ……さぁ、そろそろ寝ようか、アース」
「……はい」
名残惜しそうに、アースはトリプトルから離れた。離れた途端、空気がひんやりと身にしみる。
「今日は妙に冷えるな……。炎出すから」
トリプトルが出した炎が、ゆぅらりと部屋で揺れる。アースのベッドの前で浮遊するそれの暖かな光は、身体にじんとする。けれども、眠りに就いた隣のトリプトルの背中を見て、無性にそこへ触れたくなった。
先ほどの様に、抱き締めて眠ってくれないものかと、思った。
炎は、温かい。けれども、寂しい。大きな背中が、切ない。
「あ、あの。トリプトル。そ、その」
「ん?」
けれども、上手く言葉に出来なかったアースはそのまま、振り向いたトリプトルの身体に腕を伸ばすことが精一杯だった。きゅ、と掴まれた手を唖然と見たが、そのままトリプトルは引き寄せる。
小さく悲鳴を上げたアースにはお構いなしで、抱き締めて腕の中に身体を隠すと頭を撫でる。
炎とは違う、暖かな人肌にアースはまどろんだ。そっと、腕をトリプトルの背中に回すと、控え目に抱き締める。
「知りませんでした。こうして眠ると、落ち着くんですね」
「初めて?」
「はい、お母さんにも、お父さんにも。こうして眠って貰った事はありませんでした」
「……知らなくて良いよ。オレが初めてで、良いんだ。今後も、オレだけで良いよ」
うわ言のように呟きながら、アースの背を撫でる。小さく、アースが頷いた。
2人とも、何故か心が穏やかで満ち足りた。互いの香りが自分を包む、それが安心できる。ここまで心地が良いのは初めてだ。
トリプトルは、心配する必要など何処にもなかった。本当に愛しいと、身体を重ねなくとも良いものなのだろうか。寄り添うだけで、もう、満足できた。身体に、何かが流れ込む。優しい想いは、2人を繋ぐ。
「アース。オレは」
君を愛しているみたいだ。そう、呟いたがアースは静かに眠りに入っていた。それでもトリプトルは穏やかに微笑むと額に口づける。
あぁ、どうか。このまま共に居られますように。この惑星が成長し、アースが責務から解き放たれたら婚約を申し込もう、そうして永久に寄り添い合おう。
「何処にも行かないで。愛しているよ」
さわさわ、と外で植物達が揺れて、囁き合っていた。
『ねぇ、聴いた!? 愛している、だって! アース様を、愛しているだって!』
『聴いた、聴いた! ねぇ、アース様、よかったねぇ、よかったねぇ! ……ほら、もう大丈夫だよ”アサギ様”』
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