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別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。 いい加減整理したい。 ※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。 絶対転載・保存等禁止です。 宜しくお願い致します。
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最終回。
外伝1、本編とあわせたかったけど、無理だったー・・・。

 アロスが流刑されてからというもの、後宮に住まう女達は以前の生活に戻っていた。つい先日までは1人のもの言わぬ少女を皆で陥れていたというのに、今では出し抜き合いが苛烈している。
 トシェリーは、頻繁に後宮へと脚を運んだ。が、誰を選ぶでもなく、女達の話を聴きながらただ、静かに頷くのみ。
 夜の相手をした女は、まだ、いない。

「あ、そういえば。早く始末しないと」

 ユリは、ようやくアロスが書き綴っていた手紙を取り出す。これを焼却しなければならない、やはり火で燃やしてしまうのが良いだろう。手にして、何処で燃やそうか思案していた時だった。

「お前だったな、外から来る男を見たと発言したのは」
「トシェリー様!?」

 背後から声をかけられて、飛び上がるほど驚いたユリは、引き攣った笑みで振り返る。まさか、このような部屋に来るとは思わなかった。心臓が跳ね上がる、予想外の事態に身体が小刻みに震える。
 トシェリーは、ふと、ユリが背後に隠したものに目が行った。何気なく、それを取り上げる。

「なんだ、手紙か。オレ宛か?」
「な、なりません、トシェリー様! ま、まだその、それは途中で」
「はは、いじらしいではないか。どれ」

 ユリの顔が青褪める、もう、駄目だと思った。それは、アロスがトシェリーへ書き綴った恋文である。間男をでっち上げたのが、嘘であると露見してしまう。
 首を撥ねられるのだろうか、アロスのように、全身を強打されるのだろうか。ユリは、震えてその場に立ち尽くす。
 ところが。

『お元気ですか? と、書くのも変でしょうか。
 今日は、想いを全部この手紙に閉じ込めてみることにしました。
 貴方に私の想いを。
 まさか貴方にお会いできるなんて、思ってもみませんでした。けれども、なんとなく予感はしていました。
 一目見て心奪われて、貴方の虜になりました。
 一瞬触れて、後戻り出来ない道へと。
 あの時、私があの場所に立っていなければ会えませんでした。
 貴方は。
 ずっと見て居たいのに眩しくて直視出来ないくらい、輝いています。とても、綺麗な人です。
 髪に触れ、頬に触れ、そっと抱きしめて。
 貴方という光に、私は溶け込んで。
 ……最初はホントに、私は貴方に釣り合うのか迷いました。
 だって私と貴方では、違いすぎるから。身分も、違います。私には勿体無い人だから。
 何故か時折『傍に居てはいけない人だ』って感じてしまっていました。
 でも……。傍に、居たいです。
 これから先、何があっても貴方からは離れません、愛しています。
 愛し続けます。
 貴方が私のことを「嫌い」って言っても、信じて待っています。
 だから、大丈夫です。私は、貴方の傍に居ます。
 きっと離れません。貴方の傍でずっと生きていきたいです。
 私の最大の願いです。
 貴方という魂に、この時代で出会えた事に感謝を。星を越えて出会えた奇跡に感謝を。
 願わくばこのままずっと……。
 2人で、幸せになりたいです。
 貴方が好きです。
 貴方が大好きです。
 貴方を愛しています。
 私を見つけてくれてありがとう。
 私は、貴方と共に、生きて行きたいです。
 貴方の心が、いつも安らかな喜びで満たされていますようにと、願いを篭めて。
 愛しています、どうか、お傍に今後も置いてください。
 もし、貴方がどなたか他の綺麗な女性を好きになっても、お傍に居たいです。
 ここには、美しくて優しい女性達が大勢居ますから……。
 それでも、構わないのです。』
 
 トリプトルは、目頭が熱くなるのを感じながら、多少潤んだ瞳でユリを見つめる。引き攣った笑みを浮かべていたユリに歩み寄ると、顎に手をかけた。

「知らなかった、お前がこんな想いで居てくれたとは……。気付かずに悪かったな」

 唇が触れようとした矢先だった、混乱しているユリの唇直前で、唇も顔を離れていく。
 苦笑し、丁重に手紙を懐に仕舞ったトシェリーは、ユリの髪を優しく撫でる。

「お前の名は? 名も知らないのに口付けなど」
「ユリ。ユリ、と申します」
「ユリ、か。良い名だ。気品があるな、白く大きな美しい花の名だ。……近々、お前を呼び寄せよう。手紙は貰っていく」
「は、はい。出すぎた真似を、申し訳ありません」
「はは、謙虚だな。気に入った」

 アロスは、名前を書いていなかった。まだ、途中だったのだ。室内から去って行ったトシェリーに思わずユリは口元を押さえて興奮気味に震える。笑いが込み上げた、自分が書き綴った手紙と、間違えたのだ。
 何もしていないのに、このまま行けば寵愛が手に入るのではないか。
 先に見せた、アロスへの残虐な王の一面が気になったが、それでもユリは輝かしい未来に爆笑したくなる。
 けれども、それは出来ない。すぐに現実に引き戻された。ユリの身分では側室止まりだ、后になど、なれるものか。後ろ盾が弱い。第二夫人辺りが妥当になってしまう。それに、他の女達から嫉妬の嫌がらせを受けることも目に見えている。
 けれども、溺愛されれば、トシェリーが護ってくれるだろうか? 
 それはそれで、楽しいと思った。か弱い自分を護るように女達に睨みを利かせる国王、それも見ていて楽しいではないか。ユリは、自然とにやけてしまう口元を、暫し止めることが出来なかった。

 その後もトシェリーは何度も後宮へ足を運んだ、女達は自慢の美声を、竪琴を、とここぞとばかりに自分を押付ける。
 しかし、どうしてもトシェリーは女を抱くことが出来ず、ただ話を聴いて微笑するだけだった。

「トシェリー様は、あの犯罪者をまだ愛してらっしゃるのですか……」

 1人の女が、耐え切れずにそう呟いた、はっとして口を塞ぐが遅かった。一瞬目を吊り上げ、その女を冷たく睨みつけたトシェリーに、女達は喉の奥で悲鳴を上げる。
 けれども、力なく肩を下ろすとトシェリーは自嘲気味に笑ったのだ。

「愛してなど、いない」

 その、思いつめたような言葉に、女達は悟った。あぁ、この国王は、あの少女を忘れられないのだと。
 まだ、愛しているのだと。
 だから、恐らくあの少女を追い出したとしても、凍りついた国王の心を溶かす時間が必要であると。
 もしかしたら、このまま溶けないのではないか、と。皆がそう、思った。
 何もかも、でっち上げた嘘。
 アロスが作っていた菓子の材料も女達が用意したもので、まさか毒を入れているなど知らなかった。確かに不思議なものがあるなと思ってはいたが、まさか故意に用意されていた毒だとはアロスは思わなかった。
 貴族の男が嗜んでいた香水の香りとて、アロスは知る由もない。言われるままに、好意でつけてもらえたものだと、感謝すらしていた。
 猛毒が入っていた菓子を手渡されたことよりも、他に男がいると知った時の国王トシェリーの憤怒の様子に、女達は今更ながら恐怖したのだ。
 深く、アースを愛していたのだと。他の男の手に渡ることに、絶望したのだと。溺愛していた女に間男がいて、発狂したのだと。
 この陥れた計画が露見すれば、携わった女達は全員極刑になることも、ようやくこの時点で皆骨が軋むほどに理解した。青褪めた、知られるわけにはいかないと、目配せをし合う。
 露見する可能性があるとすれば、誰かが真実を語ることだけ。
 静まり返った後宮に、遽しく宰相や衛兵がやって来る。
 怪訝に顔を向けたトシェリーの視線の先に、見知らぬ男が2人居た。1人は遠目で見ても判る程に上等な衣服を身に纏っている。明らかに、貴族の男だった。隣の男も、汚れてはいるが、質は良いものを着ている。
 思わず、トシェリーは椅子から立ち上がると小走りに近寄る。

「トシェリー様! ら、来客なのですが、それ、が、その」
「貴様がトシェリーか! アロスは何処だ、返して貰おうっ」

 宰相を踏みつけ、剣を抜き放ったのはトリフだ。ベイリフと共に、入場許可を待たず侵入してきたのである。
 本来は正式な手筈が必要だが、ベイリフの名はこの大陸にも轟いていた、アルゴンキンの名も知っていた。何より、トリフが嫌々ながらに見せたブルーケレンの紋章で、皆が顔を引き攣らせたのである。
 国王に双子の弟がいることは、数人が知っていた。噂もあったので同じ髪と瞳の色に皆が確信したのだ。
 流石に、捨てられたとはいえ国王の双子の弟を邪険に扱うことなど出来ない。おまけにアルゴンキンの片腕らしい。

「やだっ、ちょっと、めっちゃ私好みな殿方っ! ていうか、夢で見たような気がするわっ、私を迎えに来てくださったのねっ! ミルアはここにおりますっ」

 とても、ミルアを捜しに乗り込んできたとは思えない。が、身をくねらせて突然そう黄色い声を上げたミルアに、脱力してユリは引き攣った笑みを浮かべる。
 それよりも、この男達は何者だろうか。誰の目にも、明らかに貴族風の男達に映った。何故、アロスの名を上げたのか。
 ミルアを無視し、トリフが剣を振り回してトシェリーの前に進み出る。止めようとした衛兵を、ベイリフの兵が遮った。

「トリフ殿、少しは冷静になられよ」
「これが冷静でいられるかっ! ……貴様、アロスを何処へやった!? 誰に聞いても目を背けるばかりで真実が出てこんっ! アロスをアルゴンキン様の愛娘と知っての陰謀か!? 彼女は正統なイグザム家の後継者だぞ!?」

 鬼のような形相でトシェリーに掴みかかったトリフは、虚ろな瞳で自分を見つめている男を揺さ振る。
 周囲の女達が、悲鳴に近い声でざわめき出した。

「イグザム家って、大陸を渡った大貴族よ!? あの子、貴族の娘じゃないのっ! 誰よ、拾われた小汚い娘だって言ったの!」
「き、貴族の娘……ちょ、ちょっとどうするのよ!」

 女達の狼狽ぶりに、ベイリフが口笛を鳴らす。どうやら真相を知っているのはこの女達ではないかと、すぐに悟った。青褪めている顔を見れば解る、何か策略したのだろう。
 トシェリーは、小さな声で周りの声など入ることなくただ、声を漏らした。

「お前達は……誰だ? アロスの、何だ?」

 トシェリーを拳で殴りつけると、倒れ込んだ床に剣を突きたてたトリフが吼える様に叫ぶ。

「オレはアルゴンキン様に拾われ、育てられた。アロスの婚約者だ」
「些か違うだろう、婚約者”候補”だよ、トリフ殿。……さて、初めましてブルーケレンの国王トシェリー殿。少々手荒な挨拶になりましたが、アロス嬢を返して戴きたい。何処でどの様に手に入れられたのかは知るよりもありませんが。アルゴンキン様が血眼で探しておられるのでね?
 あぁ、言い忘れました。私はベイリフ。隣の大陸で一応公爵の地位におります。
 此度の件で、アロス嬢を無事救出し、彼女の意見を汲み取った上で私かトリフ殿が彼女と婚約出来るのですよ。
 未来の妻をそろそろ引き取りに参りました。……それで、アロス嬢は何処に」

 口調は丁寧だったが、ベイリフの目は少しも笑っていない。整った顔立ちのおかげで、余計に不気味だった。背筋が凍るような、トリフとは違った恐怖がある。
 トシェリーは虚ろな瞳で、天井を仰いだ。

「……婚約者」

 ただ、そう漏らして呆ける。暫くして、狂ったように笑い出した。
 トリフが何度か殴りつけたが、それでも虚無の瞳で笑い続けるトシェリーに皆が慄く。
 一筋の涙を、零したその姿を、誰も知らず。

「”また”。最初からオレの手には入らなかったのか」
「何を言っているのか知らんが、さっさとアロスの居場所を吐けっ! 誰が知っている!? 貴様かっ」

 トリフが剣を薙ぎ払いながら、そこに居た全ての者に剣の切っ先を向けた。柄を強く握り締める音が、周囲にも響き渡る。恐怖で誰も、真相を告げることなど出来ない。

「アロス、最初から……婚約者が……」

 騒然とする後宮内に、新たな人物がやってきたのは、その時だ。収拾がつかなくなったその場は、皆が口々に喚きたてる。

「トシェリー様、その、こんなときですが、あの、医者が見つかったそうで」
「医者。……医者」

 アロスの声を治す為に、死力を尽くして捜していた医者だ。喧騒の後宮内は、静まり返った。

「アロス……アロスの声を……」
「だから、そのアロスは何処にいる!?」
「……迎えに、行かなければ」

 足を引きずりながら、トシェリーは進む。女達が一気に青褪めた、アロスの声が発せられたら全てが終わる。どう、止めれば良いのか。企てた元凶のミルアに、視線が注がれる。

「トシェリー様。報告書は読まなくて良いのですか?」

 ひっそりと歩み出たのはガーリアだった。何か余計なことを言わないかと、女達が祈るような視線を送るが、それには目もくれず小さく跪く。

「あの可哀想な可愛らしい娘さんの状況を、調査していたのではないのですか? 目を通されましたか?」
「調査? アロスの何を調査していたというのだ!?」

 ガーリアの腕を掴んだトリフ、視線が交差した瞬間に気丈に笑ったガーリア。舌打ちし、トリフは再度トシェリーに剣を向ける。

「落ち着きたまえ、トリフ殿。国王に剣を向ければ貴殿とて極刑に」
「何が国王だ、ただの誘拐犯だろうが! あの豚男ラングが主犯かと思っていたが、裏で手を引いていたのは貴様なんだろう!? アロスの美しさに見惚れて、誘拐騒ぎをでっち上げたのがオチじゃないのかっ」

 肩を竦めてベイリフが愛用の槍を手にすると、一気に瞳を細めトリフの剣へと突き出す。金属音が響き渡り、激怒しながら睨んできたトリフに更に槍を突きつけた。

「その程度の男だったか、貴殿は。今はアロス嬢の行方が先決だろう、目的を見失ってどうする」

 悔しそうに舌打ちすると、トリフは剣を収めトシェリーに向き直る。が、物言わぬと知るとガーリアに詰め寄った。

「知っているのか、お前は?」
「……流刑地・カシューに。罪人として運ばれていきました。ここから北の海に近い極寒の地で御座います」
「罪人!? そんな馬鹿な!?」
「馬鹿なことが起こり得るのが、この国なので御座いますわ。異国の殿方様」

 雅に笑ったガーリアに舌打ちすると、トリフとベイリフは踵を返す。居場所が解ったのなら、そこへ赴くだけだ。
 女達に軽く視線を流すと、ガーリアは静かに自室へと戻っていく。追いかけてきた女官達に、小さく零した。

「何から何まで、素敵な美少女だったわね。貴族の娘で、類稀な美貌を持って、国王に寵愛されて。そしてあんな真剣に探してくれる素敵な殿方も居て、父親からも愛されて。……ただ、醜い女達から免れる術はなかったけれど」

 窓から外を見る、雪が降り積もっている。ぶるり、と身体を震わせた。

「雪が降る、降って積もって凍えてしまった
 強かに雪は降り積もった、儚げに見えて牙を剥いた
 温かさで解ける雪、空から舞い降りる小さきもの

 けれども地面に降り積もった雪は、狡猾で
 緑の息吹を覆い隠す、その純白で覆い隠す
 息が出来ぬようにと覆い被さり、緑の息吹を凍えさせる
 美しき白、けれども何れは泥に塗れて見苦しく

 雪が降る、降って積もって凍えた緑
 雪が解けるのを待ち侘びた、息を吹き返すために待ち侘びた
 暖かな太陽が降りそそぐのを、待ち侘びた
 凍えながらも、待ち侘びた」

 故郷で聞いたことのある唄を、アロスの為に歌った。雪は、降り積もる。太陽がアロスを照らすようにと、歌った。

 流刑地カシューへと馬車を走らせる、それは、二台。ベイリフの馬車にはトリフが同乗している。そして少し遅れて出てきた馬車には、ブルーケレンの国旗がはためいていた。
 トシェリーは傷の手当をして貰いながら、必死に届いていた調査表に目を通す。
 最初に届いていた報告書に目を通しながら、動揺を隠せずに小刻みに震える。嘔吐する。
 『囚人アロス:流産』
 流産。腹に子が居たらしい。自分の子なのか、間男の子なのか解らないが、もし、自分の子だったらと思うと発狂しそうだった。何度か腹を蹴り上げた、その時の衝撃ならば、自分で自分の子を殺害したことになる。
 トシェリーは知らなかった、罪人として扱われた者が屋根もない馬車で荷物の様に雪に曝されて運ばれていくことを。
 次いで届いていた報告書には、こう書かれていた。つい最近、届いたものだった。
 流刑地カシューからの、緊急の連絡だった。
 『至急、薬品と食料を手配。瀕死の者有。高熱下がらず』
 嫌な予感がした、誰とは書かれていないが、極寒の地に少女は辛すぎる。 
 トシェリーは知らなかった、カシューの地がどれだけ過酷なのかを。

 カシューに運ばれたアロスは、鞭で叩かれながら進んだ。脚など動かないに等しかったが、虚ろな瞳で引き摺られて歩いた。
 運ばれた時点で罪人には肩に印を押される、暖炉で熱された焼き鏝でだ。
 看守であった2人の男は、運ばれてきたアロスを見て顔を引き攣らせた。無理もない。

「あの、この子の罪状は……」

 若い看守が、震える手で床に蹲っているアロスを見つめながら呟けば、運んできた男がぶっきらぼうに叫んだ。

「ほらよ、これでも読みな! 国王トシェリー様のお命を狙った、不貞輩だ」
「こ、この子が?」
「まぁ、そういうことなら仕方ねぇな。おら、リシン、そっち押さえてろ」
「女の子ですよ!? かわいそうだ、烙印は無しでも良いじゃないですか」
「おめぇはあめぇなぁ。罪人は罪人」

 毎日絶えることなく燃えている暖炉の中に、長い鉄の棒が1本。看守は自身の手を毛布で何重にも巻いてから、顔を顰めて棒を手にした。それでも、多少熱かった。
 怯えている様子もなく、ただ、焦点の合わない瞳でどこかを見ているアロスの衣服を無理やり下げる。痣だらけの身体が現れたが、美しい形の胸もまた、男達の目に入った。
 看守が、咳をして左肩目掛けて焼き鏝を下ろした。肉が焦げる香りが漂う、が、アロスの口から絶叫は漏れない。

「な、なんだぁ、コイツ」
「声が……出ないの?」

 今まで、絶叫しなかった罪人などいない。ガクガクと身体を震わせ、瞳を大きく開いて何か言いたげに天井を見ているアースにようやく看守達も気がついた。届いた報告書を見れば、『声が出ない』とある。
 運んできた男達は、烙印が押されたことを見届けると意気揚々と帰って行った。辛気臭いこの場所になど、居たくないだろう。
 リシンという名の看守の1人が、アロスを牢へと入れる。酷く痛々しくて、目を盗んで抱き上げると牢に入れて、毛布を被せた。ベッドなどない、冷たい石の何もない部屋だった。毛布も薄っぺらな布きれだった。

「僕は、リシン。君は……アロスだね。ごめんね、酷いよね。僕はね、両親が看守だったんだけど、死んでしまってね。そのまま引き継がれてここで働いているんだよ。君と同い年だと思うよ」

 報告書を見ながら、リシンは語る。アロスは震えながら蹲ったままだった。
 身体の痣、顔の痣、欠けた歯……それでも、春を思い起こさせる美しい緑の髪が揺れる。

「君も冤罪? このカシューにはね、冤罪で摑まっている人が殆んどなんだよ……。酷い、話だろ? でも、僕は何も出来ない」
 
 二十人ほど、ここに今監禁されているのだが、無実の者は半数以上だ。確信も証拠もないが、リシンはそう思っていた。接するうちに、心に触れてリシンは見抜いていた。
 恐らく、何者かの陰謀で邪魔になった正義を論した者達だろうと推測した。

「目を盗んで、何か持ってくる。頑張るんだよ」

 アロスを暖めるように抱き締め、リシンはそっと牢を出る。何か彼女に運べるものはないかと、掃除をする振りをしてリシンは捜した。
 ふと、もう一人の看守がいない。ここには2人の看守しかいないのだが、仮眠室にも居なかった。
 不審に思い、松明を掲げてリシンが知らず駆け足になる。嫌な予感がした、惑うことなく一気にアロスの牢を照らす。

「な、何をやっているんだ!」
「久々の女だ! ほら、お前も混ぜてやるから」
「こ、こんの、外道っ!」

 牢の中で組み敷かれていたアロスがリシンの瞳に飛び込んでくる、思わず同僚の看守を殴りつけたリシン。不様な声を出して、壁に激突した看守は脳震盪を起こす。その隙にアロスを助け出すと、抱き抱えて牢から出た。鍵をそのまま、かける。鈍い音がして、看守はアロスの代わりに閉じ込められた。

「な、なにやってんだぁ、リシン! こんなことをして」
「黙れ外道」

 額から血を流し、這い蹲ってリシンに手を伸ばした看守を一瞥する。看守が見上げた先にいたのは、普段のリシンではなかった。15そこらの子供だと思い、嫌な仕事は全て押付けていたのだが、看守は絶叫すると牢の端に縮こまる。
 あの瞳は、修羅を潜り抜けてきた者が見せる光だ。全てを見通し、威圧感を与える瞳だ。
 ただの子供の瞳ではない。
 アロスを救出したリシンは、迷うことなく暖炉の前に連れて行き、顔を赤らめながら乱れた胸元を正した。かき集めた毛布に包ませ、薬湯を飲ませる。

「ごめんね、何もされなかったかい? 怖かったね」

 虚ろな瞳で天井を見上げているアロスの頬にそっと触れれば、妙に高温な事に気がついた。

「熱!? 高熱じゃないか、どうしたらっ」

 悲鳴を上げて右往左往するリシンは、牢から何か声が聴こえた気がして思わず声を傾けた。

「……ここにある薬を全部見せろ、効果があるものを選別してやる」
「貴方は……ピース?」
「医者の端くれだ、さぁ」

 リシンが覗き込んだ牢には、蹲っている屈強な男が1人。流行り病に必死で対抗し、薬を平民に分けろと反乱を先導したという罪でここへ連れてこられた。が、実際は彼の腕を嫉んだ能のない医者に嵌められたのだ。
 リシンは小さく頷くと、牢を離れて何かを手にして戻ってくる。薬ではなく、それは鍵だった。
 鍵で牢からピースを出すと、唖然としているピースの腕を引き摺り、アロスを診せる。

「……無茶な奴だな」
「貴方は無罪だ。ただの、医者だ」

 小さく笑うと、ピースはアロスの治療に入る。その後も、アロスを心配する罪人達はほぼ、リシンの手によって牢から出された。静かに、瞳を細めてリシンが罪人を見つめれば、何故か何をしたのか視る事が出来た。そのため、本当の犯罪者以外は全員出したのである。
 何も怖いものなどなかった。
 牢から出してもらおうと思案する狡猾な犯罪者もいたが、リシンの黒い瞳の前には言葉を失いただ、大人しく引き下がる。そんな能力があったことなど、リシンは知らなかった。
 だが、アロスを救う為に覚醒したのだと思い込む。
 哀れな美少女、彼女を知っている気がした。助けなければならない相手だと、悟った。

「アロス、みんな温かいだろう? さぁ、君は元気になろう。元気になってみんなにお礼を言おう。君の笑顔をみんな見たいんだ、それだけで十分だよ。だから……生きるんだ」

 リシンは必死に国へ向けて手紙を書いた。薬の手配、食料の手配、こまめに書き綴った。
 が、牢へ来る便は二日に一度だ。積もった報告書に目を丸くした配達人は、不審に中を覗き込んだが、その時だけは囚人達は大人しく牢に戻っている。
 リシンと罪人とは名ばかりの善人たちは、懸命にアロスの治療にあたった。
 けれども衰弱していく一方だ。食事は喉を通らず、痩せこけていく。
 焦ってリシンは悔しそうに叫ぶ、「僕じゃ駄目だ、僕”だけ”じゃ駄目なんだ! みんなが居ないと彼女を助けられないっ」。

 夢を見た。
 ある日、馬車ごと暴漢に襲われたが、通りすがりの男がそれを助けてくれた。誰も血を流すことなく、暴漢を撃墜したその男。名をトシェリーといい、視察に来ていた隣国の王だという。
 アロスを救ってくれたお礼にと、アルゴンキンは誠意を篭めてトシェリーを館に招き入れる。
 颯爽と現れ、抱えて助けてくれたトシェリーに、アロスは心奪われ赤面しながら話を聞いた。
 何度か交流したトシェリーとアルゴンキン、アロスも惹かれる想いが募る。
 やがて、アロスは聴いたのだ。トシェリーが頭を下げてアロスを嫁に迎え入れたいと言っている姿を。
 思わず飛び出したアロスは、必死にトシェリーに抱きついた。アロスも想いを抱いていると知ったアルゴンキンは、娘の為だと断腸の思いで嫁に出すことにする。
 アロスには、幼い頃から共に居たトリフが供として来てくれた。不慣れな土地でも、寂しがらないようにと。
 やがて、トシェリーの収めるブルーケレン国は、アルゴンキンに資金を送り、民の生活を豊かにしていく。
 跡取りの居なかったアルゴンキンは、トリフを指名し、すでに親しくなっていたトシェリーとトリフは互いに民の繁栄を願い政に没頭する。
 貴族のベイリフも、2人に賛同し協力を惜しまなかった。また、知能が高いが街に埋もれていたリシンという少年も見出し、トシェリーは城に招くとアロスと共に彼の協力にも期待した。
 トライアングル状に強固な砦を作った偉大な3人の男に、皆は感謝し、裕福で平穏な時代を過ごす。
 アロスは妻としてトシェリーに寄り添いながらも、懸命に勤勉を励み同じ高さから民を見た。
 そして一方で莫大な費用を医療に当てたトシェリーは、ついにアロスの声を治す医者を見つけたのだ。
 手術が終わり、トシェリー、トリフ、ベイリフ、リシンに囲まれる中で、アロスは唇を開く。
「トシェリー様。……愛しています」
 にこりと、微笑み、アロスは喉に手をあてた。歓声を上げたトシェリーはそのままアロスを抱き抱えると、涙を零し口づける。一斉に、皆が歓喜した。
 末永く繁栄し、いつまでも寄り添って愛し合った2人は、満足そうに命を引き取った。
 そして、子孫達が語り継ぎながら未来へと作る。教えを護り、国を民を愛し、その土地は平穏に包まれたまま。

 という、夢を見た。
 アロスは、僅かに笑みを浮かべる。なんて幸せな夢だったろう、隣に居たトシェリーの笑顔だけで十分だった。
 あぁ、あの笑顔を見ていたい。ずっと、ずっと、見ていたい。どうしたら見ていられるの? 私は彼に会いたい、どうしても、会いたい。声も聴きたい、名前を呼んで欲しい。どうしたら、良いの? 彼に、会いたい……。
 世界が回る、自分が落下しているのか、引き上げられているのか、振り回されているのか。周囲の景色が変貌する、呼吸が出来ず、もがいてアロスは一瞬、瞳を開いた。
 トシェリーの顔が見えた。ので、アロスは小さく、笑う。後ろが眩しく光っていた、それが窓から振り込む雪だと知らず。

「ごめ、なさいトシェリー様」

 言いつけを守れなくて、ごめんなさい。約束したのに、ちゃんと帰っていなくてごめんなさい。
 ようやく、伝えたかったことが言えたと満足そうにアロスはそのまま息を引き取った。
 かくん、と身体が揺れる。
 呆然とトシェリーが抱き抱えたまま、絶叫した。
 カシューへ辿り着き、看病を受けているアロス無我夢中で抱き締めたトシェリーは、最期にアロスの声を聴いた。
 最期の奇跡。アロスが語った、最初で最期の言葉だった。
 謝罪したかった、ずっと、そう伝えたかった。
 一瞬、咽たトシェリーだが喉を掻き毟る。

「ち、違うだろう、アロス!? オレは何と言った!? 『愛している』と囁くようにとあれほど言っただろう!? まだ駄目だ、まだ死ぬな、約束を果たせ、起きろアロスッ!」

 トリフが力なく壁にもたれこんだ、リシンが大粒の涙を零した、ベイリフが顔を背けた。トシェリーが、アロスの亡骸を抱き締めて泣き喚いた。
 雪が降り積もる。ただ、静かに天から降り注ぐ。煌きながら、光ながら、絶望に包まれたカシューに降り注いだ。

「助け、られなかった……約束したのに」
 
 自嘲気味にそう言って、床に倒れ込んだリシンを皆が支える。誰に文句を言えばいいのか、言っても最早どうにもならないとトリフが壁にもたれたまま瞳を閉じる。

「アロス。護れなくてすまなかった……約束したのに」 

 震える身体を必死に堪え、ベイリフは込み上げる悔しさに唇を噛む。

「悪かった、遅くなって。言わなければならないことがあったのに……約束したのに」

 泣き喚いているトシェリーの懐から、一通の手紙が零れ落ちた。アロスが書いた手紙だ。
 ユリが書いたものだと思い込んでいたが、どうにも腑に落ちず、持ち歩いていた。
 アロスが書いたものだと良いのにと思いながら、何度も読み返した。だから手紙は何十年も経ったかのように、古めかしく汚れている。

「愛して、いたんだ! た、ただ、オレ以外の男が触れているなんて、そんな、そんなことは許されないと思って、それでっ! なぁ、アロス? お前はオレを愛していたのか? オレは、オレはっ!」

 暫くして、異常気象が続き雪が止まず、大気は冷たい空気に包まれたまま。作物は育たず、人々は衰弱した。
 凍死するもの、餓死するもの、大陸は冷たい死の淵に追いやられた。

『あるところに、声が出ない美しい娘がおりました。裕福な家庭で育った純粋な娘は、誘拐されましたが、寸でのところで美しい国王に助けられました。
 国王を愛し、娘を愛し、2人は寄り添うのですが、快く思わない女達の嫉妬によって2人は離れてしまいます。
 放り出された悲しみで衰弱した娘は、最期の力を振り絞って愛した国王に伝えました。「ごめんなさい」。
 疑うことを知らなかった娘は、自分が陥れられたこととは知らず、自分の失態により国王に放り出されたのだと思っていました。だから、謝りたかったのです。
 娘を助けたい一心で集った者達の思いも叶うことなく、娘は死んでしまいました』


 
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