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別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。 いい加減整理したい。 ※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。 絶対転載・保存等禁止です。 宜しくお願い致します。
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草尾さんの声が聴けてよかったです。 ※ドリランド。

 先代の王は、大層な女好きで愛欲に溺れていた。
 大概の男は、性欲に貪欲である。まぁ、相手は女であったり、男であったり、様々だが。特に、身分が上であれば望まずとも愛欲の対象達は掃いて捨てるほど寄って来る。
 種の保存の為とはいえ、何故、生き物はそう進化したのだろう。
 ブルーケレンの後宮は、規模が尋常ではない。100人以上の女達がそこで暮らしていた。
 王の子を孕めば、多少なりとも裕福な暮らしが出来るはずだと皆縋る。すこに、女達の醜い争いが待っているとしても。
 現在、後宮には他国の姫君も数人滞在していた。
 特に位が高い姫は、隣国モンテプルチャーノのガーリア姫だ。緩いウェーブ、腰ほどまでの見事な金髪。サファイヤのごとき光り輝く瞳。うっすらと微笑むその姿は、誰でも魅入ってしまうような、存在感と容姿だった。
 彼女が妃候補であると、皆が認めている。国からの絶対的な後ろ盾に、男を魅了する優雅な振る舞い。気品溢れる凛とした立ち姿、そして豊満な胸。全てが、揃っていた。
 だから彼女からおこぼれを貰おうと、躍起になっている女達もいる。
 しかし、生憎ガーリアはそんな女達は相手にしなかった。ちやほやと自分を持て囃していても、裏では何を言っているのか解らない女達になど、心を開くことが出来ない。
 ガーリアは常に少ない女中と、ひっそりと後宮に居た。退屈そうに、ぼんやりと空を眺めながら。
 国王自体は嫌いではない、寧ろ好きな部類に入る。見た目も好みであったし、地位など申し分ない。
 ただ、家の為、国の為に……と押付けられるように後宮へ来たので反発があった。
 何処かで違う出会い方をしていたらば、ここまで憂鬱にならなくても済んだのだろう。
 勢いを増したブルーケレンに反して、ガーリアのモンテルプルチャーノ国は衰退している。見た目では解らないが、内側から崩壊しそうなことは、ガーリアにも理解できていた。
 だからこそ、ガーリアに皆期待をしているのだ。妃になれば、絶対の同盟を結ぶことが出来、国は安泰である。
 ガーリアは、徐々に口角を上げることが苦痛になっていた。癖で上げてしまうのだが、楽しくて心から笑ったことなど、数年ない。
 今回、国王であるトシェリーが帰宅したと連絡を受けても、出迎える気すらあまりなく。それでも急かされて一応その場にはいた。
 馬車から降りてきた途端、女達が密かにざわめくのを、ガーリアは瞳の端に入れていた。
 トシェリーの腕に、愛らしいお人形が居たからだ。その麗しさにガーリアも一瞬見惚れた。
 容姿の美しさだけではない、彼女から発せられる不思議な空気に惹かれた。
 思わず呼吸を忘れて彼女を魅入る、一体何者なのか……ガーリアが久し振りに興味を示した。思わず手を伸ばしかけて、我に返った。

「何あの子!」
「聴いてきたわ、トシェリー様が旅の途中で買った女ですって! 売娘よ」
「つまり、愛玩人形なのかしら? 見た目だけは確かに綺麗だものね、大丈夫直ぐに飽きて捨てられるわよ」
「でも、腹立たしいわ。見た? あの高級な毛皮! 買い与えられたのよね、価値も解らないのに勿体無い」
「綺麗だけど、まだ子供みたいよ? 幼いわ。確かに殿方は、そういう女にも多少興味を持つというけれど、私達のほうがよっぽど……」
「ねぇねぇ、聴いてよ! あの子、声が出ないんですって! 欠陥品よ」
「あぁ、毛色が違うから珍しくて傍に置いているのね。ほら御覧なさい、直ぐに廃棄処分よ」
「声が出ないんじゃ、ねぇ? 寝所で鳴けないものねぇ?」

 女達の噂は、早い。直様トシェリーの腕にいたアロスの話題で持ちきりだった。おまけに、下卑た笑い声で罵っている。
 ”売られていた教養のない、声が出ない欠陥品の珍しい娘を購入したらしい”と、真実は歪んで女達に広まった。
 まさか、アロスが着ていた高級な毛皮が最初から身につけていたものだと、誰も思わず。海を渡った先の、人望厚い貴族の一人娘であるとも、誰も思わず。
 女達の嫉妬と憎悪の対象になった、目立ちすぎたのだ。
 ガーリアは、そんな女達に渦巻く権力に執着する醜い欲望に嫌気が差して、早々に自室へ戻った。
 後方で、自分についても他の女達は話していたようだ。「暫くガーリア姫様も暇ですわね」と、嘲笑されて。
 それでも、気にしない。言いたい女共には言わせておけば良いのだ。

 女達は直ぐに”飽きる”と思ったのだが、一月経過してもトシェリーはアロスを話さず。後宮へ来ることは一度もなかった。
 焦って女達は着飾ると後宮を飛び出し、トシェリーを捜しては話しかけるのだが、傍らにはアロスがいる。
 話を耳に入れることなく、トシェリーは女達をすり抜けた。アロスに敷地を案内しながら語っているらしいが、返事も出来ない女の何が良いのかと、女達は憎々しげにアロスを見つめる。
 大事に扱われ、はしゃぎながらトシェリーと共に歩くアロスを和やかに見つめる使用人達も居たのだが、後宮に住まう魔物のような女達はそうは見ない。失脚させるにはどうしたら良いのか、何か方法はないのかとそんなことを考えた。
 国王に気に入られ、抱かれて、通われて女達は生活する。めっきり静かになった後宮は、やる気のない女達で溢れかえった。国王が来ないのでは仕方が無い、暇で仕方が無い。

「ねぇ、ユリ。あの変な小娘どうにかならないかしら」
「そうは言いましてもミルア様、溺愛してらっしゃる国王の頭部を背後から殴って正気に戻すくらいしか思いつきません」
「……うーん、それは危険な賭けよね」

 褐色の肌に豊満な身体、流れる髪はまるでアメジスト、瞳は切れ長、整った顔立ちのミルア。ガーリアの国よりは小国だが彼女も姫だった。爪の手入れをさせながら、どっかりと足を組んで踏ん反り返っている。
 まだ幼い顔立ちに身体、声。けれども意志の強そうな瞳が印象的な茶色の長髪のユリは、ミルアの国の出身である。父が宰相で、幼い頃から2人は共に育った。と言っても、主従関係であって友達ではない。今回もユリはミルアの第一世話係として後宮に来ていた。他の娘らからしてみれば、ユリ自身も普通に後宮に居てもおかしくない身分なのだが、あくまで一歩退いている。誰も口にはしないが、非常に気分屋のミルアを恐れて極力目立たないようにしているのだろうということだろう。
 ミルアにお世辞を言い続け、お膳立てしていれば美味い汁を吸うことが出来る……ユリはそういう女だった。

「あんな小柄で貧相な娘の、何が良いのかしら?」
「さぁ……ミルア様の溢れ出る色気と美しさに、たまには貧相な女が良くなったのではないでしょうか」
「あぁ、良いものを食べ過ぎて、稀には不味いものでも食べようかな、的な!」
「はい」

 そんなわけがない。ユリには解っていた、あのトシェリーが心底アロスに惚れていると。
 見ていれば解る、後宮に来て女達に話しかけていた頃のトシェリーとは表情が全く違ったのだ。だが、目の前の高慢ちきなミルアはそれにすら気付いてない。当然か、自分達が最上の女であると信じて疑わないのだから。
 国王に愛されるべきであると、思っているのだから。他の存在など、否定するしかないのだろう。

「早く戻ってきてくださらないと困るわ。また抱いて戴きたいのに……暇で仕方が無い」
「今のうちに、更に美しさに磨きをかければ良いのですよ。先日届いた香油でマッサージでもいたしましょうか」
「えぇ、そうね。……ふぅ、妃にはなりたいけれど、実は私。トシェリー様よりも、もっと良い男を捜しているの」
「まぁ! どんな殿方ですか?」
「トシェリー様も悪くないのよ、かなりの美貌よね。でもね、私……先日夢で見たの! 逞しくてとびっきりの美形で、女を抱き慣れていて、身長も高くて」

 夢かよ! と突っ込みを入れたかったがユリは懸命に堪えた。数人係で丁寧にミルアの衣装を脱がし、ジャスミンの香油で全身を揉み解していく。

「髪の色と瞳は、トシェリー様と同じだったのだけど……なんだかもう、彼こそ私の夫に相応しい方なの」

 だったら、その彼とやらを捜しに後宮を出て行けば良いのに。……ユリは思わず口に出しそうになって、慌てて唇を噛締めた。にこやかに微笑んで、話を合わせる。

「あぁんっ! あの逞しい胸板に舌を這わせたいっ、むしゃぶりつきたいっ。滅茶苦茶にして欲しいっ!」

 ユリはこめかみを引くつかせながら、口元を震わせながら座った目のまま懸命にミルアの身体を揉み解していた。
 もう嫌だ、この姫。……と、思っても口には決して出さない。
 こんな低脳なミルアに付き従っている自分も、似たようなモノだろうかと自嘲気味に笑った。
 それよりも、アロスである。ユリは、このままトシェリーが彼女を妃にするのではないかと思っていた。
 拾ってきた娘など、周囲が猛反対するだろうが彼の一言でそれは押さえつけられるだろう。
 国王の言葉が第一である、彼が晴れだといえば、雨が降っていても晴れなのだ。
 どのみち、ユリは妃になどなれない。奇跡が起きて、妃の座を手にしたとしても女達から嫉妬のはけ口にされることが目に見えていた。執拗な嫌がらせもされるだろう、そんな生活真っ平ゴメンである。
 だから、妃には誰がなろうとも構わない。自分は平穏に生活出来ればそれで良かった。
 ミルアが妃になれば、最も自分が楽できることも知っていた。今まで通りに生活していれば、それだけで十分だ。
 取り入るのは、トシェリーではない、ユリにとってミルアなのである。
 なので、アロスは邪魔だった。未来を脅かす脅威の人物である、トシェリーがアロスを選べばミルアが激怒し、ユリにも火の粉が降りかかることなど目に見えている。

「いっそのこと、トシェリー様に嫌われるようなことを、あの子がしてくれたら良いのですけれど」
「具体的には?」

 顔面に泥のパックを塗り、誰だか解らないミルアはユリの呟きに反応する。笑い出さないようにとユリは視線を逸らしながら、淡々と告げる。

「あの子に……トシェリー様を暗殺するような濡れ衣を着せてみるとか」
「まぁ、面白そうね!」

 後宮の一角で、不穏な空気が流れ始めた。くすくすと愉快そうに笑いながら、女達はアロスを陥れる為に計画を練り始めたのである。

 トシェリーとアロスの仲は、誰もが知っていた。トシェリーに苦言をする者もいたが、全く相手にされない。
 そもそも、アロスは本来ならば貴族の娘だ。身分的には妃として申し分ない。ただ、誘拐されて闇市に出品されていた、というだけで。最終的にアロスの身分を明確にしてしまえば、誰も文句のつけようがないとトシェリーは笑う。
 確かに、妃でもない女を後宮ではなく手元に置いておくこと自体が誤りなのかもしれないが、面倒なので後宮そのものを無くしてしまいたいのが本音だった。
 アロス以外の女は、もう必要ない。後宮になど、行く用事が見つからない。
 次の定例会で、後宮制度を廃止し、今居る姫君達を帰したいと発言してみる予定である。
 
「アロス。どうだ、我国は? 明日は何処を案内してやろうか」
 
 寝所で愛おしそうに口付けながら、満足そうにトシェリーは囁いた。とうにアロスの意識など快楽に落ち、声など耳に届かない。頬を染めて、薄っすらと涙を浮かべて必死にトシェリーを受け入れているアロスが、可愛くて仕方が無い。
 アロスが傍らにいない時間が、堪えられない。稀に職務で離れなければならないのだが、目の届かないところにいないと、不安で仕方がなかった。何故か、消えてしまう気がして。
 極力、四六時中傍に居るのだがどうしても離れなければならない時間とて、あるのだ。
 暴動の制圧など、アロスには聞かせたくない、汚い仕事もある。斬首の命など、とてもアロスの前では発言できなかった。
 トシェリーなりの、アロスへの配慮である。
 アロスは、綺麗だ。心が、綺麗だ。
 思うが侭に人を潰し、殺してきた自分とは違う。だから余計惹かれるのかもしれないなと、額の汗を拭いながらトシェリーは自嘲気味に笑う。
 汚れなき乙女を自分が陵辱し、心を絡め取った。今後も自分に縛り付けてそのまま、生きていくのだ。
 
「なぁ、アロス。お前はオレを愛しているのか? ……不思議なことだが、オレはアロスを愛している、と、思う」

 寝所で女達に『愛しております』と囁かれても、何も感じなかった。愛などという言葉は女特有の単語であり、生きていく上で必要のないものであると思っていた。
 非常に不確かな、感情だ。
 確かめ様子がない、言葉でならば幾らでも言えるだろう。本当に自分が愛し、相手も愛してくれているのか……など、どうやって判別するのか。
 『愛している』と口にすることで、自分自身が優越に浸れるだけなのではないかと思っていた。
 けれど、今ならトシェリーには解るのだ。
 恐らく、愛するということは相手を慈しみ、大切で片時も離れたくないと思うこの心であると。永久に、共に居たいと願うことであると。
 そして、自分がそう思っているのだから相手も同じ様に思っていて欲しいと……そう願わずには居られない。

「ここへ来て、アロスの言葉が聴けないことがこんなにも、辛いとはな。一度で良い、アロスに『愛しています』と囁かれたい……。死力を尽くして、アロスの声を発せられる医者を捜そう。そうして、声が出たら。まず最初にオレの名を呼んで欲しい。そして、飽きるくらいに、喉が嗄れるくらいに、愛していますと毎日囁いて欲しいんだ」

 トシェリーは、アロスを乱暴に抱いた、本能の赴くままに抱いた。余裕が、無くなった。
 何故だろう、焦燥感に駆られるのだ。愛を互いに確かめられないことが、こんなに辛いことだとは知らなかった。
 愛している、と囁けば、夢現でアロスも頷くがそれでは全く足りない。明確な答えをトシェリーは欲した。

「堪えられない。アロスがオレを裏切って消えてしまうことが堪えられない。そんなことを想像するだけで、身体中が焼け焦げそうだ。
 オレの傍に居ればいい、オレだけを見て生きていけばいい、他には何もいらないと思って欲しい、オレの為だけに生きて欲しい、オレ以外をその瞳に入れないで欲しい。……甘美なものではないのか、愛するということは? 酷く胸の内が張り裂けそうで、痛くて怖いよ」

 アロスの耳には、届かない。とうに気を失っている。それでも、トシェリーは何度も何度も泣き叫ぶように”愛を”語った。
 確かに、彼は彼女を愛しているだろう。
 一目見た瞬間に、恋に落ちた。いや、前から知っていて捜していた気がした。出会う運命であったと直感した、必然だと思った。寄り添うべき相手であると、そう……思った。

 一月半が経過した。相変わらず後宮は閑散としたままだ、トシェリーは一度も顔を見せていない。
 アロスに現を抜かし、政を放置気味のトシェリーに叱咤が飛び、流石に自分でも反省したのか。
 トシェリーとアロスが離れている時間が増えていた。と、言っても一日の3/4は共に居るのだが。
 1人きりの時は、アロスは大人しく部屋に居た。与えられた菓子やら、小鳥やら、童話やらで暇を潰した。
 特に、退屈ではない。
 部屋を出て、花壇を見に行くことも増えた。花を見ているだけで、心が癒された。けれども、やはりトシェリーが居ないと寂しい。優しげに微笑む彼がいないと、何かしっくり来ないのだ。
 アロスも、トシェリー同様に愛していた。互いに、愛し合う仲だった。

「こんにちは、アロスちゃん」

 しゃがみ込んで、花を見ていたある日。声をかけられアロスは振り返る。同じ年頃の少女が、立っていた。

「私はね、ユリっていうの。お友達になりたくて、捜していたの。ねぇ、一緒に遊ぼう」

 茶色の髪を靡かせて、ユリがにこやかに笑う。アロスは、嬉しそうに大きく頷いた。同じ年頃の友達は、初めてだったのだ。 
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