ＴＨＥ・ＢＩＲＴＨ ~DESTINY外伝1~ 40.皆が皆、互いに”羨ましい”

あと少し！

　ベシュタが去った後、トリプトルとガーリャは俯いたまま暫し何も言わなかった。気まずい空気が流れる。
　自嘲気味にゆっくりと微笑んだガーリャは、そっと金髪に指を通す。自分に愛情は向けられていないと知っていたが、素っ気無い元夫の態度に胸が痛んだ。他の男と触れ合っているにも関わらず、お咎め無しだ。罵声でもあれば、まだ救われた。
　自分の存在がベシュタの中に住み着いていなかった、いてもいなくても同じ存在なのだ。自分はなんとちっぽけな存在だろう、女神エロースの姪、というだけの存在だ。
　言われるままにベシュタと結婚し、彼を見限った女神に薦められた男がトリプトル。自分の意思などそこにはなく、ただ婚約をした。
　次は愛してもらえるだろうか。
　次は愛することが出来るだろうか。
　少なからず期待をしていた、隣のトリプトルに軽く視線を送る。ベシュタ自身に未練はない、ただ、虚しい。高嶺の花だと持て囃された自分を、恥じるしかなかった。

「あの人の心を占めているのは、土の精霊さんなのよね」

　呟いたガーリャに、トリプトルが反応する。
　アースのことだと、直ぐに解った。顔を上げる。

「羨ましい子、さぞかし美しく儚げで、人目を惹く子なのでしょうね。一度お会いしたかったわ、叔母様の話では死刑同然とか？　自分の利益にならないのに、あの計算でしか動かないような男の心を掴んでいる子……だから叔母様の怒りを買ったのよね。目立つ、のでしょう。印象に残るのでしょう」

　トリプトルは、知らぬ振りをした。アースと自分が関わっていた事をガーリャは知っているのだろうか、知っていて呟いたのか。心がざわめく。「あんな女大したことはない」と口に出せば良いのに、躊躇した。
　アースの元へと走り去ったベシュタを、いけ好かない奴だと唾を吐き捨てる。

「利発的なお方だと思っていたが、愚かな……あ、悪い。ガーリャの元夫だったっけ。言い過ぎた」

　女神エロースから、惑星スクルドは消滅すると通達があった。疎ましいアースとベシュタが消えるのであれば、こんなに嬉しいことはない。
　腹の底から笑いが込み上げる……筈だった。
　男神に選出され、女神の姪を妻に娶り、一族に褒め称えられ。まるで、以前のベシュタのようだ。自分では貴族に及ばないと思っていたが、貴族よりも上の神となった。
　神となった、高貴な者となった、皆の頭上を見下す立場になった。

　……アースは、今のオレを見たらベシュタから乗り換えるだろうか。戻って、くるだろうか。

　笑いは、込み上げてこなかった。唇を真一文字に結ぶ、何故か幸せそうに寄り添っているアースとベシュタが見えた。

「お気になさらず。……そうですね、愚かかもしれませんが、素敵だと私は思いました。消えゆく宿命でありながら、彼女と共に居たいと願うなんて。女の私から見たら、とても羨ましいですわ」

　ガーリャがそう言ったので、軋むように顔をそちらに向けると、呼吸が止まる。まるで鏡を見ているようだと思った。今の自分も同じ様な表情なのではないかと、思った。
　やるせない、何もかも諦めたような、自虐的な顔。
　トリプトルは、ゆっくりと歩み出す。

「どちらへ？　”あなた”」

　ガーリャの問いには答えず、トリプトルは駆け出していた。
　消えていくその姿を見送ると、ガーリャは溜息を吐く。涙を流しながら、微笑んだ。

「どんな子なのかしら、土の精霊アースって。なんて羨ましい子。私が手に入れられないものを、全て持っているのね。叔母様に嫉まれて当然かもしれないけれど、きっと自由な娘さんなのでしょう。……私が知らないとでも思ったの、トリプトル。アースの育成をしていたことなど、見せてもらった書類で知っていたわ」