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別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。 いい加減整理したい。 ※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。 絶対転載・保存等禁止です。 宜しくお願い致します。
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遅れ気味(’’)

 二人で居た、秘密の場所。誰も知らない、秘密の森。アリンは上を向いて森を見渡した、色彩を目に焼き付ける。青空と緑の木々のコントラストが、胸を振るわせた。木々の間を飛び交うリスに小鳥達、手を伸ばして鳥を誘えば、優雅に一羽が舞い降りる。
 小さく啼く姿を見つめながら、アリンはようやく胸を撫で下ろした。
 トラリオンは確かに美しい人だった、一目見て、綺麗な顔立ちをしていると思った。トロンと同じ髪と瞳の色、どことなく可愛らしい感じのする瞳だったが……。
 思い出すとアリンは身震いする、振り返った瞬間に、自分を見下ろしていたあの暗い狂喜の瞳から逃れられなかった。優しく穏やかな瞳で見つめてくれるトロンとは全く違った、見られるだけで身体中に針を突き刺されてしまう様な。
 怖い、としか言えなかった。震える身体を必死で押さえる、唇を強く噛み締める。
 シダはおそらく、トロンと同じ様な瞳に違いないと思った。微笑んで抱き締めてくれるに違いないと。

「アリン!」

 待ち焦がれた声に、アリンは勢いよく振り返った。鳥が、手から飛び立っていった。一枚の羽がふわりと、アリンの目の前に漂う。その向こうに、眉を顰めて走って来た男。アリンの瞳が大きく見開いた。

「……トラリオン」

 口から零れた名は、シダではなくトラリオン。アリンは、思わず数歩後ずさる。反射的に身構えた、カタカタと歯が鳴る。

「アリン! 姿が、見えなかったから、ここかと思って。大丈夫かい、何かあったの?」

 近寄ってくる男から距離を置こうと、震える足で必死に下がるアリンは、混乱気味に目の前の男を見つめた。
 どう見てもトラリオンである、従兄弟だとは聞いていたがここまで似ているものなのだろうか。髪の色、瞳の色だけではない、髪の長さや目の形、身長に身に纏っている衣装まで同じである。恐怖で見上げたトラリオンと全く同じ姿の男が、手を差し伸べている。

「シダ……?」
「どうしたんだ、アリン。おいで、今日は何を話そうか? あぁそうだ、土産があるんだ。昨日街で菓子を買ったから一緒に食べよう。ほら、いつものように切り株に座って」

 微笑む男。声の調子は聴き慣れたものだ、シダの声だった。柔らかな笑みと、少し緊張気味なような瞳は先程のトラリオンとは似ても似つかない。それでも、アリンは前へ進むことが出来なかった。
 柔らかそうな衣服には細かい刺繍で模様が縫ってある、それすら同じだった。従兄弟というのは、そういうものなのだろうか。    
 シダ? トラリオン? シダ? トラリオン? 自問自答を繰り返すアリンの顔色が青褪める、眩暈がして顔を覆うとがくり、と倒れ込んだ。慌てて助け起こす”男”。

「気分が悪いのか!? 少し休もうアリン、ほら、おいで」
「……貴方は、だぁれ?」

 抱き抱えて、座らせようと切り株に向かっていたトラリオンの足が止まる。聞き間違いかと思い、引き攣った笑みでアリンを見つめた。

「誰? アリン? オレは、シダだよ?」
「シダ……そう、ですよね。シダ、ですよね? ……でも、トラリオンと同じ姿をしているの」

 そう呟いたアリンの瞳は、地面を見つめたまま。震え出す身体に気がつくと同時に、トラリオンもまた、青褪める。
 ようやく、様子が妙なアリンの原因が解った気がした。だが、それは破滅への扉へと続いている。トラリオンが最も恐れていた事態だ、決してそうはならないと思っていた。
 言葉に出来ず、立ち尽くし何度も息を飲むトラリオン。アリンを抱いていた手の力が緩んだ為、するりとアリンはそこから抜け出し数歩離れると呼吸を整える。
 気まずい沈黙が流れる、静寂を破ったのは二人のどちらでもなかった。

「トラリオン、何してんだよー」

 その声に反射的に悲鳴を上げたトラリオンと、ゆっくりと後ずさっていくアリン。小刻みに身体を震わせて、瞳を潤ませながら声の主を見た。トラリオンと常に行動を共に行動している少年達である、先程も公園にいて薄ら笑いを浮かべていた彼らだ。
 トラリオンは少年達を見つめ、狼狽している様子だったがアリンは必死に自分の腕に爪を立て、涙を堪えた。
 もし、瞳に光がなければこのような現実を知らずに済んだのだろうか。何故か、口角が上がった。自嘲気味に笑った。

「アリン……違う、違うんだ、これは」
「シダ、という、シダという……私の恋人は。最初から、存在などしなかったのですよね? み、皆さんでいつもこうして何も知らない私を見て、笑っていたのですか」
「ち、違う! そんな事はしていない! アリン、もしかして、目が、目が見えるんだな!?」
「わ、私の好きなシダは、ど、どこ、どこにも、いないのですよね」
「アリン、聴いてくれ、お願いだから話を聴いてくれないか」

 後方で、少年達が密かに話をしている。時折自分やトラリオンを見ているその様子に、アリンは全身を大きく震わせ、気がつくと走り出していた。堪えていた涙が、ぽたりぽたりと、落下する。
 公園での続きなのだろう。シダ、という架空の人物を創り上げ、瞳が見えないから解らないと、演じて遊んでいたのだろう。その様子を皆、見ていたのだろう……。ずっと、ずっと、笑われながら見られていたのだろう。腹を抱えて、あの、怖い瞳で見下されていたのだろう。
 アリンの唇から、嗚咽が零れた。必死に涙を拭い、口を手で押さえながら走る。
 口付けや、身体を重ねる行為も見られていたのだろうか……そう考えて、悲鳴を上げた。嘔吐しそうになったが、懸命に堪えて家に帰る。立ち止まったら、捕まってしまう。瞳が見えるようになったなら、遊びは終了しただろう。その先に何が待っているのかなど、アリンは考えたくもなかった。
 シダの優しい耳元で囁く声は、幻。温かい大きな手は、幻影。逞しい胸板は、錯覚。

「好きは、嘘」

 言葉にしたら、目の前が真っ暗になった。瞳は戻ったはずなのに、前が見えない。気がついたら地面に倒れていて、口内に砂が入った。必死に起き上がり、頭を振るとぼんやりと視界が広がっていく。

「シダは、いなくて。私には、恋人などいなくて。……全部、嘘でした」

 後方から、声が聴こえてきた。大きく身体を震わせたアリンは、必死に周囲を見渡すと近くの木に登る。瞳が見えていたからこそ、考え付いた。腕を伸ばし、全身のばねを使って太い枝に登り木の葉に姿を隠す。アリンの髪は、豊かな緑色だ。木の葉の色彩に溶け込んだ。

「何処だ、アリン! アリン!」

 トラリオンが名を呼んでいる。怖くてアリンは震えながら枝に捕まって瞳を閉じた、綺麗な人だとは思うが恐怖しか感じられない。盲目のオモチャがなくなったら、次は何をして遊ぶのだろうか。

「し、知らずにいたら、私は幸せでしたか」

 泣きながら、震える声で呟いた。瞳に光が戻らなければ、何も知らずに今日も”シダ”と遊んでいた筈だ。
 皆に笑われながら見られていたとしても、”シダ”は優しく包んでくれただろう。”シダ”という名のトラリオンも、吹き出しそうになるのを堪えて自分に口付けてくれただろう。

「そ、そうしたら私は、何も知らないからきっと、幸せでした」

 目が、見えるようにならなければよかったのに。木の枝に爪を立てる、声を押し殺して泣いた。何度か下をトラリオンが行き来していたが、周囲が暗くなると諦めて帰っていった。
 声が聴こえなくなると、アリンはようやく木から滑り降りる。満月だったので辛うじて道は見えた、自嘲気味に微笑んでアリンは岐路につく。足取り重く、遠くで哀しそうに獣が啼いた。
 トロンが案の定血相変えて出迎えた、安堵したアリンはその胸に倒れ込む。昔から知っていた、温かく大きな胸だ。疲労が重なって、重い瞼を閉じたアリンは、うわ言のように呟く。トロンの衣服を掴み、涙を溢しながら呟いた。

「街は。怖いので、もう、行きたくありません」
「行かなくてもいい、最初から、連れて行くべきではなかった。……誰かに何かされたんだな? オレが叩きのめしてくるから名前を言いなさい」
「……違うのです、トロンお兄様。存在しない人に、会いたかった、だけ」

 眠りについたアリンを心配そうに見つめたトロンは、一先ずアリンを寝室に運んで寝かせると大きな溜息を吐く。眠っているその姿が妙に痛々しい。街で誰かと毎回何かがあることは気が付いていたが、愉しそうなアリンを止めることが出来なかった。

「誰だ、アリン? お前と親しい男は誰だ?」

 アリンの身体の移り香は、男のものだ。直感だが、男だ。不意に、何度か顔を合わせたトラリオンが思い浮かぶ。美しすぎる少女に惹かれて興味本位で近寄ってきた、愚かな男。
 トロンは唇を噛み締め、冷めた瞳で宙を見つめるとギリリ、と拳を強く握る。
 翌日、街へ一人出掛けたトロンは、呼び止められた。怪訝に振り返ればトラリオンである。鼻で笑うと、直ぐにでも殴りたい衝動に駆られたが街中なので押し殺した。

「アリン……今日は?」
「何様か知らないが、教える義理などない筈だ。消えろ、二度と姿を現すな」

 吐き捨てて立ち去るトロンの後姿を見ていたトラリオンは、思い立ったようにトロンを尾行する。このまま家へ向かおうとしたのだ。が、それに気がつかないトロンではない。急に消えたフリをして、慌てふためいたトラリオンを路地裏に引きずり込むと、渾身の一撃を腹に叩き込む。呻いて倒れこんだその姿に何も言わず、何事もなかったかのようにトロンは帰宅した。
 何日も何日も、トラリオンの尾行は続いた。その度にトロンに殴られた、だが、翌日も尾行した。
 一ヶ月後に、ようやく家を突き止めたトラリオンは、歌いながら洗濯しているアリンを見つける。出て行きたかったが、物陰から見つめた。会いたくて、会いたくて焦がれたアリンが目の前にいる。
 瞳が見えるようになるのならば、最初からトラリオンとして接しておけばよかった。そうしたら何事もなく今でも触れ合っていられただろう。間違いなく、アリンは”シダ”を、好いていてくれたのだから。
 何故、嘘をついてしまったのか。何故、公園で手荒なことをしてしまったのか。何故、公園で優しくしてやれなかったのか。
 アリンは誤解している、嘘をついていた真実は覆すことなど出来ない。だが、アリンをからかっていたわけではない、友人達と笑って見ていたわけではない。シダとして接している時は常に真剣だった、真剣に好いて愛していた。
 誤解を解きたかった、理解してもらえなくとも話を聴いて欲しかった。願わくば、トラリオンとシダのアリンへの愛情は同等であると知って欲しかった、そしてまた微笑んで欲しかった。光を宿した瞳で、見つめ返して欲しかった。

「アリン……嫌わないでくれ、どうか、また街に来て欲しい……」

 毎日、トラリオンはアリンを見る為に家を訪れた。だが、どうしても姿を見せられなかった。以前の様に怯えて家に閉じこもってしまったら、姿を見ることすら出来なくなってしまう。そう考えると怖くてどうしても動けなかった。今、アリンと全て隔たれたら、何もかもが終わってしまう。
 後悔した、後悔したが、時間は戻らない。手を伸ばし、アリンを目で追う。切なく愛しく、狂おしく。鳥と戯れ、花に魅入るアリンを、穴の空くほど見つめるしかなかった。それでも、幸せだった。

 ある日の事、いつもの様にトラリオンが家へ向かうとそこにアリンはいなかった。トロンもいなかった。誰も、住んでいなかった。唖然とし、ようやく家のドアを叩いて無理やり壊し、中に入ると物すらない。
 発狂しそうな程叫び、号泣しながら床に転がったトラリオンは、何度も拳と頭を床に叩きつける。
 やがて、無気力になり床に臥せったトラリオンだが街の祭りに無理やり連れて行かれた。
 何も知らなかったのだが、国王の行方不明だった娘が見つかったらしく、そのお披露目だという。湧き上がる街とは裏腹に、壁にもたれてアリンの名を呼び続けるトラリオンの瞳に飛び込んできたのは、ドレスを身に纏ったアリンだった。
 行方不明になっていた、姫君。歓声を上げる街中で、子供達だけが唖然とアリンを見つめる。見間違えるはずがない美しい緑の髪には、色とりどりの花が。化粧をしていたが、顔立ちはアリンそのものである。微笑んで控え目に手を振っているアリンを、トラリオンは呆然と見つめていた。近くに、トロンも立っていたので、本人だ。
 
「アリン! オレだ! オレはここにいるよ! 頼む、どうか、話を!」

 必死に手を伸ばす、だが、歓声にトラリオンの声は掻き消された。
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