別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。
いい加減整理したい。
※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。
絶対転載・保存等禁止です。
宜しくお願い致します。
×
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とびあさ。
イラスト描いた日⇒ 2010年くらいのを、リメイクしたのが2012年の11月中旬。
アレクは、リュウの部屋も訪れていた。ミラボーと同じ様に事の成り行きを説明し、一旦この惑星から離れてくれないかと、頼む。軽く頭を下げ、静かに返答を待っていた。
リュウは小さく溜息を吐くと、傍で狼狽しているエレンに視線を送る。
「……私は疑われているぐーか?」
「そうだな、私は疑った。だが、今はそうではないと思い始めている」
素直に口にしたアレクに、意外そうにリュウは笑う。まさか面と向かって言ってくるとは思わなかった、思った以上に度胸があるようだ。
無表情のアレクから、感情は読み取ることが出来ない。しかし、偽りはないように思えた。
恐らく、正直な男なのだろう。だからこそ、”魔王には値しない”と、リュウは思っている。
「ふん。はいそうですか、と帰るのもつまらないぐー。私はここに居たいぐー」
「……ロシファにも釘を刺されただろう、邪魔をするならば」
「邪魔はしないぐー、ただ、見届けたいだけだぐー。勇者を狙う何者かを、魔王であるアレク達がどうするのかを。非常に愉快だぐ。
正統な魔界の後継者であるアレク、君と違って私は人間共が恐怖に慄き、その結果魔王という肩書きを得た男だ。アレクとはワケが違うのでね、ただ、自分の好奇心を押さえられずにいるだけだ。
魔王が死のうが、勇者が死のうが、どこぞの戯けが死のうが、私には関係ない。面白ければそれで良い。
だから返答は”断る”、私は帰らない」
リュウの声色が変わった、アレクの眉が引き攣り、二人の間に緊張が走る。
どのくらい、こうして互いに牽制し合っていたのだろう。先に折れたのは、リュウだった。
つまらなそうに、唇を尖らせ肩を竦める。
「アレクは相変わらず真面目だぐ。つまらないぐ~、もっと突っ込んできてくれないと。
ところで、どうして私を疑うことを思い止まっているぐ? 一番怪しいのに」
くくく、と不敵に笑ってリュウは傍らの苺を摘んで食べた。おどけた表情でアレクにも奨めるが、当然アレクは首を横に振った。当然だ、この場は苺を食べて居られる程、暢気な空間ではない。
「アサギが、違うと言ったからだ」
「はぁ?」
真顔で呟いたアレクに、リュウは咳込んだ。苺を吐き出す勢いだった。
だが、そんな様子は無視してアレクは淡々と続ける。
「ハイもそなたを疑った。皆、そなたの行動に疑問を持った。だが、アサギだけは真っ向から否定してきたのだ。『何かを抱えているけれど、絶対に犯人ではない。話せばきっと協力してくれる』と言った」
リュウが思い切り舌打ちする、エレンが青褪めてシャンデリアの影に隠れた。カタカタとシャンデリアが揺れて、音を立てる。エレンが、震えているからだ。
「アサギがそう言うので、信じることにした」
「魔王アレク殿は、人間の小娘に肩入れしすぎじゃないかなぁ!?」
怒鳴ったリュウは、アレクに掴みかからんばかりだ。だが、平然とアレクはその様子を見ていた。
呼吸を乱し、忌々しそうに見つめてくるリュウに物怖じせず、ただ、見つめる。
「成程、それがアサギが言う『リュウの何か抱えているモノ』か。そなたら以外の者には深く関わらない様に、避けている”振り”をしても。……気になるのだな、アサギが。あの子が何かしたのではない、あの子に似て非なるものが」
「煩い」
リュウの瞳が光り輝いたかと思えば、鋭い咆哮が部屋全体に響いた。思わず外に控えていたサイゴンとアイセルが、武器を手にして転がり込んでくる。ドアを豪快に開き、殺気立ってやってきた。
だが、何事もなかった。大きく肩で息をしているリュウの目の前で、アレクはただ、同じ様に見つめ続けているだけだ。
「アレク、君の部下は優秀だけれども。私の部屋のドアを壊すのはどうかと思うぐー、なんか外れてしまっているぐー」
「すまない、謝ろう。だが、本来この部屋は私の持ち物だ。そなたに部屋を貸しているだけなんだがな」
「そうだったぐ! あははー。……仕方がないぐー、ドアが都合よく壊れたから、今夜は違うところで眠るぐ!」
普段の口調に戻り、飄々とした態度でアレクの周りを行ったり来たりするリュウ。渋い顔でそれを睨みつけるサイゴンとアイセルに、大袈裟に身震いすると小馬鹿にしたような顔つきで舌を出した。
「口煩いかもしれないが。邪魔はしないで欲しい、それが条件だ」
「良いぐーよ、私は犯人ではないのだから。……まぁ、犯人に加担することはないと思うぐーが、新たな愉快犯として加わる可能性はあるかもしれないぐー」
言い終えるなり、武器を構えるサイゴンとアイセル。リュウは、喉の奥で笑うと二人に手を軽やかに振った。
「おぉ、怖い怖い。ここに居たら、命が幾つあっても足りないぐーね」
リュウは、壊れたドアから出て行った。エレンはシャンデリアに隠れたまま、出てこなかった。
深い溜息と共に、アレクがサイゴンとアイセルに微笑する。身体を強張らせ、緊張の糸を解こうにも簡単には無理そうな二人は、苦笑するしかなかった。
魔王リュウの、力量は誰も知らない。普段の態度がおどけているので、不気味だ。
あれは、振りなのだろうか。時折見せる、冷酷な表情と、どちらが真実なのだろうか。
「ご苦労だったな、サイゴン、アイセル。ミラボーは承諾してくれた、リュウは見ての通りだが……」
「確かに、アサギ様の仰るとおり、リュウ様は犯人ではないのでしょうね。今後、邪魔にはなりそうですが」
「……そうだな。アサギの言う”何か”が解れば、良いのだが」
エレンは聴いていた、思わず、飛び出そうかとも思った。けれども、出来なかった。何故ならばエレンとて、リュウが何を悩み、苦悩しているかまでは知らないのだ。勇者絡みであることは間違いがないのだが。
アレクも、隠れているエレンに声をかけようかとも思った。だが、訊いてはいけない気がして、無理に踏み込むことが出来ない。お人よしな彼の性格だ、緊急時ではあるのだろうが、どうしても声を発することが出来ない。
結局引き上げたアレク達を見送り、エレンは降りてきた。困惑して宙に浮き、泣きそうな表情で仲間を捜す。
隣の部屋に居る、仲間達の許へと向かった。けれど、誰もいなかった。
そうだろう、居れば先程リュウの感情が昂ぶった際に駆けつけても良いはずだ。
何処へ、行ったのか。部屋で1人、エレンはただ、その場で浮遊していた。
食堂では、話が尽きず、結局アサギもトビィもその場で夕食を摂ることになった。
ホーチミンの話が長すぎて終わらないのだ。ようやく追いついたハイも参加し、始終髪を撫で、頬に触れ、時折耳元で囁くトビィを、血走った瞳で見つめている。
トビィの先には、アサギ。アサギは嫌がることもなく、やんわりと受け入れている。微笑しながら。
非常に、絵になる2人であった。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬーん!」
「ハイ様、静かにしてください。ねぇねぇ、2人はいつまでここにいるの? すぐに帰っちゃうの?」
「帰るわけないだろう! アサギはずっとここにい」
「ハイ様、静かにしてください」
ホーチミンに邪険にされ、運ばれてきた肉を丸齧りしているハイ。長い黒髪を振り乱し、齧り付いている。
「ほら、アサギ。なかなか美味いなこれ……肉に良く合うワインを使っている」
フォークをアサギの口元へと運び、自分が食べていた肉を食べさせているトビィ。アサギは嫌がることなく、口を開いてそれを食べる。もぐもぐ、と数回動かし、瞳を輝かせるとにこぉ、と笑った。
「わぁ! とっても美味しいです、ちょっと甘いですし」
「牛肉を赤ワインと無花果のビネガーで煮込んであるみたいだな、果実の甘味が牛肉に良く合っている。柔らかさも申し分ない。付け合せのこのレンコンの素揚げと湯がいたブロッコリーがまた、引き立ててくれるな」
「もう一切れ、食べても良いですか?」
「お食べ、アサギ。……ほら、あーん」
一同、沈黙。べったべったの、あっまあっまの、とっろとっろである。げんなりとホーチミンは頭を抱えた。見ていて恥ずかしいのか、見飽きたのか。色々と腹が一杯である。
ハイにいたっては、風化してしまった。兄と妹にはとても見えない、美男美少女の誰もが羨む恋人同士だ。
「あぁ、アサギ。ソースがついた」
不思議そうに顔を上げたアサギの顎を、軽く持ち上げる。そのままトビィは唇を軽く嘗め上げた。いや、正確には唇ではなく、少し上の肌なのだが。
流石にアサギは驚き、顔を赤らめると俯く。ハイは床に転がり、吐血した。スリザは興奮して、何故かうっとりと頬を染める。ホーチミンは、もはや引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。
「トビィちゃん。もう少しさぁ」
「悪いな、逢えたと思ったら直ぐに引き裂かれた。待ち望んだ再会なんだ、思うが侭に行動している」
「でしょうね」
”逢えたと思ったら”この言葉を、ホーチミンはすんなりと受け入れてしまった。そこに、手がかりはあったのだが。
もはや瀕死の状態にまで打ちのめされたハイは放置し、夜更けまでその場に居座るトビィ達。だが、アサギが大きな欠伸をしたので部屋に戻ることになった。
「疲れたな、流石に。身体を洗い流したい、風呂にでも行くかな」
「トビィお兄様、私の部屋、言えば可愛いバスタブにお湯張ってもらって浸かることが出来ますよ?」
「へぇ、じゃあ使わせてもらおうかな……」
余程アサギと離れたくないのだろう、トビィはアサギを姫抱きして歩いている。アサギも、もう慣れたようだ。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬーん!」
ハイが時折、壁に爪を立て引っかき、頭部を強打しながら2人の後についていく。こうしていないと発狂しそうだった。
すでに、発狂している様な気もするが。
アサギの部屋に到着すると、直様トビィは部屋を見渡す。すん、と鼻をすすればアサギの香りがした。
嬉しそうに微笑すると、一応室内に潜り込んだハイは完全無視してアサギと暫し会話を愉しむ。
その後、トビィは本当にアサギの部屋にて風呂を用意してもらい、ワインも発注し完全に寛ぎ始めた。
流石に全裸のトビィにアサギも気まずいので、後ろを向いている。窓から外が見えたので、夜空を見ていた。
「アサギ、寒くないか。よかったらおいで」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬーん、ぬーん、ぬーん! なんなんださっきからお前は」
ようやくハイが反撃だ、トビィが傾けていたワインのボトルを奪い取り一気にそれを飲み干す。強かったのか、飲み終えてからハイは咽た。
怪訝にそれを見ていたトビィは、呆れて漏らす。
「貴様の口には合わないだろう、上等なワインだ」
「喧しいわ、小僧がっ! ぐぬぬぬぬーん」
舌打ちして、トビィはグラスに残っていたワインを傾ける。わなわなと震えているハイなど、アウトオブ眼中。
1人憤るハイを他所に、トビィは普段通りに入浴を済ませると身体を拭き、ワインと一緒に発注しておいた自分サイズのローブを羽織った。
飽きることなく星空を見ていたアサギに寄り添い、一緒に見上げる。
「綺麗ですよね、落ち着きます。地球では、山の上じゃないとここまで綺麗な星空、見えないから」
「不思議なもんだな、居た場所は違うはずなのに、空は同じ。離れていても、傍らにいる気がする」
「そうですね、宇宙を介してみんな繋がっているんですね!」
ウチュウヲカイシテミンナツナガッテイルンデスネ。
キィィィ、カトン……。
不意に聴こえた音に、トビィとハイが反応した。同時に振り返り、部屋を伺う。が、特に何もない。
2人は、ようやくここで視線を合わせた。『今の音、何だった?』と。
アサギは気にしていない様子で、まだ、星空を見上げている。
流石に不自然だった、木製の何かが動く音がした。
トビィはそっとその場を離れ、立てかけてあった剣を取る。ハイも真顔で右手に神経を集中させた、酷く、不快な音に聴こえたのだ。
「何処に、いるの? 今、何をしているの? 逢いに行ってもいいですか……」
アサギの呟いた言葉が、掻き消される。瞳に涙が浮かび、”深い緑色した”大きな瞳が、数回瞬きした。
軋む音が、部屋中に響いたからだ。
「こんばんはーだぐーぅ? ……どうしたぐ、武器を構えて」
ドアが豪快に開き、リュウが入ってきた。可愛らしい苺の刺繍の帽子に寝間着、枕も持参している。
真正面に、斬りかかってきそうなトビィと、魔法を発動しそうなハイ。気の抜けた言葉を発する。
その来訪者に緊張の糸が途切れた。項垂れて、トビィとハイが大きく息を吐いた。先程の音は、リュウがドアに手をかけた音だったのか、と。
きょとん、としているリュウを尻目に、トビィは再びアサギに寄り添った。
疲労気味の顔でハイが床に座り込み、やってきたリュウを忌々しそうに睨みつける。若干顔が赤いのは、酔いが回ってきた為だ。あそこまで強いワインを、一気に呑むことなど普段ハイはない。免疫がなかった。
「何してたぐ? 敵襲だぐーか」
「敵ならあそこにいる……兄だから無下に出来ん」
ハイはトビィを指差すと、ぐったりと床に倒れ込んだ。赤かった顔は、青い。
アサギの肩に手を回し、静かに星空を見ているトビィに、リュウは納得したと大きく首を縦に振った。
同時に、視線を走らせる。あの、立派な竜と信頼関係で結ばれているらしいこの男に、興味を持っているのだ。
再び大きな欠伸をしたアサギに、慌ててトビィは床に伸びているハイを掴むとそのまま外に引きずり出す。
何故か居座っていたリュウも部屋の外に押し出した、笑顔でドアを閉めたトビィ。
中から何やらアサギとトビィの会話が聞こえるが、何を話しているのかは解らない。
追い出されたリュウは不服そうに、唇を尖らせ事態が把握できていないほど酔っているハイを足蹴にする。
だが、直様思い立ったようにハイの背中を鷲掴みにすると、そのまま引き摺って廊下の窓から身を投げた。
「うげー」
「き、汚いぐっ!」
飛行出来るリュウは、直様ハイを連れてアサギの窓へと移動したのだが、波の揺れのような感覚にハイが嘔吐した。
翌日、その汚物を片付ける破目になった魔族には気の毒だが、吐いた事でハイが正気に戻る。
そのまま枕とハイを片手にアサギの窓辺に舞い降りたリュウは、堂々と侵入した。
「トビィ君とやら、酷いぐー」
「酷いのは貴様らだ」
にこやかに手を振って入ってきたリュウは間一髪で、ハイをトビィに放り投げる。剣を振り翳してきたトビィ、紙一重でハイはそれを避ける破目になった。
ちなみに、室内では。ちゃぷん、じゃぼん、と音がする。
アサギが入浴中である、驚いてバスタブに浸かり、困ったように男3人を見ていた。
「トビィ君とやら、君だけアサギの入浴と一緒なんてそれこそ酷いぐー」
「オレは貴様らからアサギを護衛しているだけだ」
紙一重で避けたのだが、床にはハイの髪がはらり、と散った。
避けきれずに髪が切れたらしい、ハイは短くなった自分の髪に、青褪めた。
「堪忍袋の緒が切れたぁ! 人間の小童、引導を渡してやるわっ」
「喧しい、変態魔王ごときが」
「あっはっはー、面白いぐー」
3人が戦闘態勢になったので、その隙にアサギは悠々と入浴し、のんびりと上がって肌を拭き、寝間着に着替えると未だに攻防を繰り広げている3人を尻目に、三度目の大きな欠伸をするとベッドに潜り込む。
「トビィお兄様、ハイ様、リュウ様、おやすみなさ、すぴー」
まさかこの状況で眠りに入るとは誰も思わなかった、が、アサギは本当に眠ったのだ。
唖然と、寝息を立てているアサギに駆け寄ると3人は軽く肩の力を抜く。
が、躊躇うことなくベッドにもぐりこみ、アサギに添い寝を始めたトビィと。同じく枕片手にアサギの隣に入り込んだリュウは、添い寝を始める。
アサギの両隣は、埋まった。
小刻みに身体を震わし、真っ赤な顔して平然と眠りにつこうとしているトビィとリュウに、ハイは吼える。
だが。
「ハイは入浴してないぐー、おまけにさっき、汚物吐き出してて汚いぐー、だから、入るの禁止」
「外で寝ろ、邪魔だ」
最もな台詞を口にした後、冷たい視線で一瞥したリュウ。視線すら合わせず、手で追い払うかのように無碍に扱うトビィ。
しかし、ハイは言い返すことが出来なかった。確かに、汚い。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬくくくくくくくーんぅ!」
直様、アサギの残り湯に浸かり、身体を洗うハイ。我に返った。
「はっ!? こ、この湯はアサギが浸かっていた湯ではないかっ!」
赤面し、何故か顔も湯船に使ったハイに、いよいよトビィはこめかみを引くつかせながら、何か投げる物はないかと探し始める。
本当の変態だ。
やがてハイは出るのを惜しんで数時間湯船に浸かっていたが冷めてきたので、上がるとベッドに潜り込んだ。
辛うじて、アサギの足元を確保出来たのでそこに居座る。
「ふむ、よい位置が取れた」
ベッドの上、アサギの右にトビィ、左にリュウ。そして足元にハイ。
時折、トビィとリュウに蹴られたが、それでもハイは懸命にそこにしがみ付いていた。
「…………」
夜明け前のこと。何度か蹴られ、思い切り蹴られ、力の限り意図的に蹴られていたハイは、顔面に青あざが出来ていたが、退いてはいなかった。
何時の間にやらトビィに腕枕をしてもらっていたアサギと、アサギの背中にしがみ付いて眠っているリュウ。
アサギの瞳が、微かに動く。長い睫毛が、揺れた。
「トビィ、来てくれて、有難う……。あなたは、何処にいても来てくれる。いつも、いつも、来てくれる。有難う……」
リュウは小さく溜息を吐くと、傍で狼狽しているエレンに視線を送る。
「……私は疑われているぐーか?」
「そうだな、私は疑った。だが、今はそうではないと思い始めている」
素直に口にしたアレクに、意外そうにリュウは笑う。まさか面と向かって言ってくるとは思わなかった、思った以上に度胸があるようだ。
無表情のアレクから、感情は読み取ることが出来ない。しかし、偽りはないように思えた。
恐らく、正直な男なのだろう。だからこそ、”魔王には値しない”と、リュウは思っている。
「ふん。はいそうですか、と帰るのもつまらないぐー。私はここに居たいぐー」
「……ロシファにも釘を刺されただろう、邪魔をするならば」
「邪魔はしないぐー、ただ、見届けたいだけだぐー。勇者を狙う何者かを、魔王であるアレク達がどうするのかを。非常に愉快だぐ。
正統な魔界の後継者であるアレク、君と違って私は人間共が恐怖に慄き、その結果魔王という肩書きを得た男だ。アレクとはワケが違うのでね、ただ、自分の好奇心を押さえられずにいるだけだ。
魔王が死のうが、勇者が死のうが、どこぞの戯けが死のうが、私には関係ない。面白ければそれで良い。
だから返答は”断る”、私は帰らない」
リュウの声色が変わった、アレクの眉が引き攣り、二人の間に緊張が走る。
どのくらい、こうして互いに牽制し合っていたのだろう。先に折れたのは、リュウだった。
つまらなそうに、唇を尖らせ肩を竦める。
「アレクは相変わらず真面目だぐ。つまらないぐ~、もっと突っ込んできてくれないと。
ところで、どうして私を疑うことを思い止まっているぐ? 一番怪しいのに」
くくく、と不敵に笑ってリュウは傍らの苺を摘んで食べた。おどけた表情でアレクにも奨めるが、当然アレクは首を横に振った。当然だ、この場は苺を食べて居られる程、暢気な空間ではない。
「アサギが、違うと言ったからだ」
「はぁ?」
真顔で呟いたアレクに、リュウは咳込んだ。苺を吐き出す勢いだった。
だが、そんな様子は無視してアレクは淡々と続ける。
「ハイもそなたを疑った。皆、そなたの行動に疑問を持った。だが、アサギだけは真っ向から否定してきたのだ。『何かを抱えているけれど、絶対に犯人ではない。話せばきっと協力してくれる』と言った」
リュウが思い切り舌打ちする、エレンが青褪めてシャンデリアの影に隠れた。カタカタとシャンデリアが揺れて、音を立てる。エレンが、震えているからだ。
「アサギがそう言うので、信じることにした」
「魔王アレク殿は、人間の小娘に肩入れしすぎじゃないかなぁ!?」
怒鳴ったリュウは、アレクに掴みかからんばかりだ。だが、平然とアレクはその様子を見ていた。
呼吸を乱し、忌々しそうに見つめてくるリュウに物怖じせず、ただ、見つめる。
「成程、それがアサギが言う『リュウの何か抱えているモノ』か。そなたら以外の者には深く関わらない様に、避けている”振り”をしても。……気になるのだな、アサギが。あの子が何かしたのではない、あの子に似て非なるものが」
「煩い」
リュウの瞳が光り輝いたかと思えば、鋭い咆哮が部屋全体に響いた。思わず外に控えていたサイゴンとアイセルが、武器を手にして転がり込んでくる。ドアを豪快に開き、殺気立ってやってきた。
だが、何事もなかった。大きく肩で息をしているリュウの目の前で、アレクはただ、同じ様に見つめ続けているだけだ。
「アレク、君の部下は優秀だけれども。私の部屋のドアを壊すのはどうかと思うぐー、なんか外れてしまっているぐー」
「すまない、謝ろう。だが、本来この部屋は私の持ち物だ。そなたに部屋を貸しているだけなんだがな」
「そうだったぐ! あははー。……仕方がないぐー、ドアが都合よく壊れたから、今夜は違うところで眠るぐ!」
普段の口調に戻り、飄々とした態度でアレクの周りを行ったり来たりするリュウ。渋い顔でそれを睨みつけるサイゴンとアイセルに、大袈裟に身震いすると小馬鹿にしたような顔つきで舌を出した。
「口煩いかもしれないが。邪魔はしないで欲しい、それが条件だ」
「良いぐーよ、私は犯人ではないのだから。……まぁ、犯人に加担することはないと思うぐーが、新たな愉快犯として加わる可能性はあるかもしれないぐー」
言い終えるなり、武器を構えるサイゴンとアイセル。リュウは、喉の奥で笑うと二人に手を軽やかに振った。
「おぉ、怖い怖い。ここに居たら、命が幾つあっても足りないぐーね」
リュウは、壊れたドアから出て行った。エレンはシャンデリアに隠れたまま、出てこなかった。
深い溜息と共に、アレクがサイゴンとアイセルに微笑する。身体を強張らせ、緊張の糸を解こうにも簡単には無理そうな二人は、苦笑するしかなかった。
魔王リュウの、力量は誰も知らない。普段の態度がおどけているので、不気味だ。
あれは、振りなのだろうか。時折見せる、冷酷な表情と、どちらが真実なのだろうか。
「ご苦労だったな、サイゴン、アイセル。ミラボーは承諾してくれた、リュウは見ての通りだが……」
「確かに、アサギ様の仰るとおり、リュウ様は犯人ではないのでしょうね。今後、邪魔にはなりそうですが」
「……そうだな。アサギの言う”何か”が解れば、良いのだが」
エレンは聴いていた、思わず、飛び出そうかとも思った。けれども、出来なかった。何故ならばエレンとて、リュウが何を悩み、苦悩しているかまでは知らないのだ。勇者絡みであることは間違いがないのだが。
アレクも、隠れているエレンに声をかけようかとも思った。だが、訊いてはいけない気がして、無理に踏み込むことが出来ない。お人よしな彼の性格だ、緊急時ではあるのだろうが、どうしても声を発することが出来ない。
結局引き上げたアレク達を見送り、エレンは降りてきた。困惑して宙に浮き、泣きそうな表情で仲間を捜す。
隣の部屋に居る、仲間達の許へと向かった。けれど、誰もいなかった。
そうだろう、居れば先程リュウの感情が昂ぶった際に駆けつけても良いはずだ。
何処へ、行ったのか。部屋で1人、エレンはただ、その場で浮遊していた。
食堂では、話が尽きず、結局アサギもトビィもその場で夕食を摂ることになった。
ホーチミンの話が長すぎて終わらないのだ。ようやく追いついたハイも参加し、始終髪を撫で、頬に触れ、時折耳元で囁くトビィを、血走った瞳で見つめている。
トビィの先には、アサギ。アサギは嫌がることもなく、やんわりと受け入れている。微笑しながら。
非常に、絵になる2人であった。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬーん!」
「ハイ様、静かにしてください。ねぇねぇ、2人はいつまでここにいるの? すぐに帰っちゃうの?」
「帰るわけないだろう! アサギはずっとここにい」
「ハイ様、静かにしてください」
ホーチミンに邪険にされ、運ばれてきた肉を丸齧りしているハイ。長い黒髪を振り乱し、齧り付いている。
「ほら、アサギ。なかなか美味いなこれ……肉に良く合うワインを使っている」
フォークをアサギの口元へと運び、自分が食べていた肉を食べさせているトビィ。アサギは嫌がることなく、口を開いてそれを食べる。もぐもぐ、と数回動かし、瞳を輝かせるとにこぉ、と笑った。
「わぁ! とっても美味しいです、ちょっと甘いですし」
「牛肉を赤ワインと無花果のビネガーで煮込んであるみたいだな、果実の甘味が牛肉に良く合っている。柔らかさも申し分ない。付け合せのこのレンコンの素揚げと湯がいたブロッコリーがまた、引き立ててくれるな」
「もう一切れ、食べても良いですか?」
「お食べ、アサギ。……ほら、あーん」
一同、沈黙。べったべったの、あっまあっまの、とっろとっろである。げんなりとホーチミンは頭を抱えた。見ていて恥ずかしいのか、見飽きたのか。色々と腹が一杯である。
ハイにいたっては、風化してしまった。兄と妹にはとても見えない、美男美少女の誰もが羨む恋人同士だ。
「あぁ、アサギ。ソースがついた」
不思議そうに顔を上げたアサギの顎を、軽く持ち上げる。そのままトビィは唇を軽く嘗め上げた。いや、正確には唇ではなく、少し上の肌なのだが。
流石にアサギは驚き、顔を赤らめると俯く。ハイは床に転がり、吐血した。スリザは興奮して、何故かうっとりと頬を染める。ホーチミンは、もはや引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。
「トビィちゃん。もう少しさぁ」
「悪いな、逢えたと思ったら直ぐに引き裂かれた。待ち望んだ再会なんだ、思うが侭に行動している」
「でしょうね」
”逢えたと思ったら”この言葉を、ホーチミンはすんなりと受け入れてしまった。そこに、手がかりはあったのだが。
もはや瀕死の状態にまで打ちのめされたハイは放置し、夜更けまでその場に居座るトビィ達。だが、アサギが大きな欠伸をしたので部屋に戻ることになった。
「疲れたな、流石に。身体を洗い流したい、風呂にでも行くかな」
「トビィお兄様、私の部屋、言えば可愛いバスタブにお湯張ってもらって浸かることが出来ますよ?」
「へぇ、じゃあ使わせてもらおうかな……」
余程アサギと離れたくないのだろう、トビィはアサギを姫抱きして歩いている。アサギも、もう慣れたようだ。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬーん!」
ハイが時折、壁に爪を立て引っかき、頭部を強打しながら2人の後についていく。こうしていないと発狂しそうだった。
すでに、発狂している様な気もするが。
アサギの部屋に到着すると、直様トビィは部屋を見渡す。すん、と鼻をすすればアサギの香りがした。
嬉しそうに微笑すると、一応室内に潜り込んだハイは完全無視してアサギと暫し会話を愉しむ。
その後、トビィは本当にアサギの部屋にて風呂を用意してもらい、ワインも発注し完全に寛ぎ始めた。
流石に全裸のトビィにアサギも気まずいので、後ろを向いている。窓から外が見えたので、夜空を見ていた。
「アサギ、寒くないか。よかったらおいで」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬーん、ぬーん、ぬーん! なんなんださっきからお前は」
ようやくハイが反撃だ、トビィが傾けていたワインのボトルを奪い取り一気にそれを飲み干す。強かったのか、飲み終えてからハイは咽た。
怪訝にそれを見ていたトビィは、呆れて漏らす。
「貴様の口には合わないだろう、上等なワインだ」
「喧しいわ、小僧がっ! ぐぬぬぬぬーん」
舌打ちして、トビィはグラスに残っていたワインを傾ける。わなわなと震えているハイなど、アウトオブ眼中。
1人憤るハイを他所に、トビィは普段通りに入浴を済ませると身体を拭き、ワインと一緒に発注しておいた自分サイズのローブを羽織った。
飽きることなく星空を見ていたアサギに寄り添い、一緒に見上げる。
「綺麗ですよね、落ち着きます。地球では、山の上じゃないとここまで綺麗な星空、見えないから」
「不思議なもんだな、居た場所は違うはずなのに、空は同じ。離れていても、傍らにいる気がする」
「そうですね、宇宙を介してみんな繋がっているんですね!」
ウチュウヲカイシテミンナツナガッテイルンデスネ。
キィィィ、カトン……。
不意に聴こえた音に、トビィとハイが反応した。同時に振り返り、部屋を伺う。が、特に何もない。
2人は、ようやくここで視線を合わせた。『今の音、何だった?』と。
アサギは気にしていない様子で、まだ、星空を見上げている。
流石に不自然だった、木製の何かが動く音がした。
トビィはそっとその場を離れ、立てかけてあった剣を取る。ハイも真顔で右手に神経を集中させた、酷く、不快な音に聴こえたのだ。
「何処に、いるの? 今、何をしているの? 逢いに行ってもいいですか……」
アサギの呟いた言葉が、掻き消される。瞳に涙が浮かび、”深い緑色した”大きな瞳が、数回瞬きした。
軋む音が、部屋中に響いたからだ。
「こんばんはーだぐーぅ? ……どうしたぐ、武器を構えて」
ドアが豪快に開き、リュウが入ってきた。可愛らしい苺の刺繍の帽子に寝間着、枕も持参している。
真正面に、斬りかかってきそうなトビィと、魔法を発動しそうなハイ。気の抜けた言葉を発する。
その来訪者に緊張の糸が途切れた。項垂れて、トビィとハイが大きく息を吐いた。先程の音は、リュウがドアに手をかけた音だったのか、と。
きょとん、としているリュウを尻目に、トビィは再びアサギに寄り添った。
疲労気味の顔でハイが床に座り込み、やってきたリュウを忌々しそうに睨みつける。若干顔が赤いのは、酔いが回ってきた為だ。あそこまで強いワインを、一気に呑むことなど普段ハイはない。免疫がなかった。
「何してたぐ? 敵襲だぐーか」
「敵ならあそこにいる……兄だから無下に出来ん」
ハイはトビィを指差すと、ぐったりと床に倒れ込んだ。赤かった顔は、青い。
アサギの肩に手を回し、静かに星空を見ているトビィに、リュウは納得したと大きく首を縦に振った。
同時に、視線を走らせる。あの、立派な竜と信頼関係で結ばれているらしいこの男に、興味を持っているのだ。
再び大きな欠伸をしたアサギに、慌ててトビィは床に伸びているハイを掴むとそのまま外に引きずり出す。
何故か居座っていたリュウも部屋の外に押し出した、笑顔でドアを閉めたトビィ。
中から何やらアサギとトビィの会話が聞こえるが、何を話しているのかは解らない。
追い出されたリュウは不服そうに、唇を尖らせ事態が把握できていないほど酔っているハイを足蹴にする。
だが、直様思い立ったようにハイの背中を鷲掴みにすると、そのまま引き摺って廊下の窓から身を投げた。
「うげー」
「き、汚いぐっ!」
飛行出来るリュウは、直様ハイを連れてアサギの窓へと移動したのだが、波の揺れのような感覚にハイが嘔吐した。
翌日、その汚物を片付ける破目になった魔族には気の毒だが、吐いた事でハイが正気に戻る。
そのまま枕とハイを片手にアサギの窓辺に舞い降りたリュウは、堂々と侵入した。
「トビィ君とやら、酷いぐー」
「酷いのは貴様らだ」
にこやかに手を振って入ってきたリュウは間一髪で、ハイをトビィに放り投げる。剣を振り翳してきたトビィ、紙一重でハイはそれを避ける破目になった。
ちなみに、室内では。ちゃぷん、じゃぼん、と音がする。
アサギが入浴中である、驚いてバスタブに浸かり、困ったように男3人を見ていた。
「トビィ君とやら、君だけアサギの入浴と一緒なんてそれこそ酷いぐー」
「オレは貴様らからアサギを護衛しているだけだ」
紙一重で避けたのだが、床にはハイの髪がはらり、と散った。
避けきれずに髪が切れたらしい、ハイは短くなった自分の髪に、青褪めた。
「堪忍袋の緒が切れたぁ! 人間の小童、引導を渡してやるわっ」
「喧しい、変態魔王ごときが」
「あっはっはー、面白いぐー」
3人が戦闘態勢になったので、その隙にアサギは悠々と入浴し、のんびりと上がって肌を拭き、寝間着に着替えると未だに攻防を繰り広げている3人を尻目に、三度目の大きな欠伸をするとベッドに潜り込む。
「トビィお兄様、ハイ様、リュウ様、おやすみなさ、すぴー」
まさかこの状況で眠りに入るとは誰も思わなかった、が、アサギは本当に眠ったのだ。
唖然と、寝息を立てているアサギに駆け寄ると3人は軽く肩の力を抜く。
が、躊躇うことなくベッドにもぐりこみ、アサギに添い寝を始めたトビィと。同じく枕片手にアサギの隣に入り込んだリュウは、添い寝を始める。
アサギの両隣は、埋まった。
小刻みに身体を震わし、真っ赤な顔して平然と眠りにつこうとしているトビィとリュウに、ハイは吼える。
だが。
「ハイは入浴してないぐー、おまけにさっき、汚物吐き出してて汚いぐー、だから、入るの禁止」
「外で寝ろ、邪魔だ」
最もな台詞を口にした後、冷たい視線で一瞥したリュウ。視線すら合わせず、手で追い払うかのように無碍に扱うトビィ。
しかし、ハイは言い返すことが出来なかった。確かに、汚い。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬくくくくくくくーんぅ!」
直様、アサギの残り湯に浸かり、身体を洗うハイ。我に返った。
「はっ!? こ、この湯はアサギが浸かっていた湯ではないかっ!」
赤面し、何故か顔も湯船に使ったハイに、いよいよトビィはこめかみを引くつかせながら、何か投げる物はないかと探し始める。
本当の変態だ。
やがてハイは出るのを惜しんで数時間湯船に浸かっていたが冷めてきたので、上がるとベッドに潜り込んだ。
辛うじて、アサギの足元を確保出来たのでそこに居座る。
「ふむ、よい位置が取れた」
ベッドの上、アサギの右にトビィ、左にリュウ。そして足元にハイ。
時折、トビィとリュウに蹴られたが、それでもハイは懸命にそこにしがみ付いていた。
「…………」
夜明け前のこと。何度か蹴られ、思い切り蹴られ、力の限り意図的に蹴られていたハイは、顔面に青あざが出来ていたが、退いてはいなかった。
何時の間にやらトビィに腕枕をしてもらっていたアサギと、アサギの背中にしがみ付いて眠っているリュウ。
アサギの瞳が、微かに動く。長い睫毛が、揺れた。
「トビィ、来てくれて、有難う……。あなたは、何処にいても来てくれる。いつも、いつも、来てくれる。有難う……」
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