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『元気か? 大丈夫か? 無理はしていないか? 風邪はひいてないか? 早く寝ろよ』
最愛の兄からの言葉に、アサギは笑った。
大丈夫ですよー、と返す。
「全然元気なのです。ちょっと思うところがあって、あの懐かしい山脈へ帰ろうと思って」
『そうか。また教えてくれ』
「はいなのです。では、また。そちらの状況も教えてくれると嬉しいのですけど」
『・・・変わりはない』
「そうですかー」
変わりはない。
その言葉を言う前に、軽い躊躇があったのは気のせいだろうか?
アサギはそう思ったがそれ以上何も口にしなかった。
聞いても答えないだろう、この義兄は。
不意に沈黙が訪れる。
お互い口を開かなかった、ので、アサギが切り出した。
「では、また、なのですよ、トビィお兄様」
切ろうとした、この通信機器を。
が、受話器の向こうから「待て」と声が聞こえる。
慌てて受話器を耳元に押し付けた。
「は、はいっ。・・・どうか、したですか・・・?」
『クレシダ、そちらへ寄越そうか』
唐突な単語だった。
クレシダ。
クレシダとはトビィのドラゴンで、緑色の風のドラゴンだ。
無口で無愛想、何を考えているのか一見分からない。
「クレシダを!? トビィお兄様の傍にいたほうが、クレシダも落ち着きませんか?」
『いや、クレシダが行きたい、と前から呟いてるから』
なんとなく、それは嘘のように聞こえた。
が、あえて追求しなかった。
『ゲートで待っておけ。クレシダに行かせる。面倒よろしくな』
「え、ええっと、はい、なのです」
切れた通信機器を片手に唖然と宙を見つめていたが、我に返るとアサギは城の地下へと進む。
城の地下にある、『ゲート』。
青白い光りが幾重にも折り重なって宙へと流れている、その場所から、アサギは行き来していた。
・・・本来自分の居るべき場所から、この大陸へ来るまでの手段はこれである。
見つめていると、光りが揺らめきながら何かを形作っていた。
それは徐々に徐々に人の形を模していく。
「・・・お久し振りなのです、クレシダ」
静まり返った地下に、アサギの声。
目の前のゲートには金髪に碧眼の長身の男が立っていた。
「お久しゅうございます、アサギ様」
軽い会釈、ゲートから足を踏み出す男。
カツン、と響き渡る足音。
暫しアサギと男・クレシダは見つめ合っていたが、どちらから、というでもなく階段を上り始める。
地下から、一階へ。
細い路を無言で歩いて大広間に出る。
「ギルザ!」
玄関から丁度夫が帰宅してきた。
アサギは嬉しそうに名を呼ぶと、そのままギルザに飛びつく。
おかえりなさい、の一言と口付け。
「ただいま。・・・あれ? クレシダ?」
突っ立っているクレシダに眼をやるギルザ。
名を呼ばれるとクレシダは静かに歩み寄って会釈をした。
「お久しゅうございます、ギルザ殿」
「どうしたんだ?」
「トビィお兄様がこちらへクレシダを送ってくれたのですよ」
へぇ? ギルザはそう呟くと、軽く笑みを浮かべる。
とりあえず、昼ご飯昼ご飯。
ギルザはアサギの肩を叩き、腹の辺りを擦った。
ブイサイン片手に、アサギは奥のほうへと小走りで消えていった。
「で。用件は?」
アサギの姿が消えるのを確認するとギルザがクレシダにそう問う。
「・・・特にありません。暫くの間、お邪魔致します」
「そうか、わかった。ま、適当に寛いでくれ」
「ありがとうございます」
何か言いかけたギルザだが、口を閉ざす。
深々と会釈したクレシダを見つめながら、ギルザは考え込んでいたが、マントを脱ぐとアサギの後を追った。
「アサギー、今日何だ?」
「今日のお昼は南瓜のグラタンと、生ハムとレタスのバゲットですよー」
奥の部屋からそう二人の声が聞こえる。
クレシダは一人、城の外に出た。
冷たい空気に、瞳を細めた。
※意味はないのですけど。クレシダを飼う事にしたのです。
1人で泣いて、お目目は真っ赤
お目目真っ赤で、震えてる
誰か、傍に、居てください・・・。
ちっちゃなウサギは恋をした。
ちっちゃな身体で精一杯恋をした。
けれども、相手はウサギが憎くて
ついにウサギを殴り捨てました。
愛することが幸せだった、ちっちゃなウサギ。
痛めつけられ、疲れ果てたその身体で、
ちっちゃなウサギはふと、月を見上げました。
「・・・愛してくれるなら、誰でもいいのです」
ちっちゃなウサギは、望まないことにした。
愛を渇望するから、あんなことになった。
ちっちゃなウサギは、声をかけてくれる人に
精一杯の笑顔を振り撒いた。
「だって、嘘でも遊びでも、傍にいてくれるんだもの」
可愛いだとか、いい子だとか、言われてウサギは微笑んだ。
頭を撫でて貰えて、嬉しそうに彼らに懐いた。
愛するよりも、愛されたい。
ちっちゃなウサギは、誰でも良かった。
傍にいて、適度に構ってくれるのなら。
嘘でも構わない、傍にいてくれるのは事実。
遊びでも構わない、傍にいてくれたのは事実。
愛することに、疲れたのです・・・。
だって、ウサギは寂しすぎると死んでしまうから。
※2004のいつぞや。
山天候の影響だろうか、雷鳴が聞こえるその城は近寄りがたい。
迷い込もうものならば、重々しい扉を叩こうか迷ってしまうほどの威圧感。
上空では蝙蝠が飛び交い、多少の勇気あるものならば財宝探しに足を踏み入れそうだ。
他からの進入を許さない雰囲気の、その城の中。
一人の緑の髪の少女が、ベッドに転がっていた。
外見とは裏腹に、少女の部屋は非常に可愛らしいもので、赤いソファーにちょこん、と座っている黒ウサギのぬいぐるみが少女を見ている。
色とりどりの花に、観葉植物。
カーテンはピンクのフリフリレース。
外観からは見えない位置にある少女の部屋は、明らかに城の雰囲気を損なっていた。
この巨大な城には、2人しか住んでいなかった。
もちろん、この少女が城の持ち主なわけがなく、少女の愛する人が持ち主なわけで。
これだけ大きいと掃除も大変だろうが、少女は日中嬉しそうに掃除をしていた。
どうやら少女にとって、誰かに仕事を手伝われるくらいなら、自分でやりたいようだ。
というか、城に誰も入れたくないのかもしれない。
掃除を終えて、近所で夕食の買い物をした後、少女は決まってベッドに転がる。
昼寝ではなくて、ベッドの枕元に置いてある宝石箱を開くために転がっているのだ。
深く深呼吸、ぎゅっと瞳を閉じて手を胸の前で組み合わせる。
「開きますよー」
これが日課、一日三回以上。
宝石箱を開くと、中には指輪が二つ入っている。
どちらも宝石の色は緑色だ。
エメラルドとぺリドットだろうか?
途端、少女は初めて見つけた宝物のように顔を輝かせ、指にそっと填める。
その指を見つめる。
光る指輪は何時見ても美しい。
二つとも愛する人から貰ったものだった。
ずっと身に着けておきたいが、失くしたり傷をつけたりでもしたら大変なので、こうして宝石箱の中に保管しているようだ。
部屋の中で、小さな緑のドラゴンが啼いた。
城の持ち主である少女の愛する人は、銀髪が闇に映える魔族だ。
もとは彼は魔族ではなく、人間の騎士だったのだが。
少女は懐かしそうに片方の指輪を見つめた。
話は時を遡る。
緑の髪の少女に心に刺さっていたモノ。
好きな人を癒すことが出来ないということ
好きな人を不幸にするということ
強いては好きな人を作ってはいけないということ
欠陥だらけの存在に嫌気が差していた少女。
なんとか人の役に立とうと考えられる限りの事をしてみた。
・・・恋というのは非常に単純で、また不可解なもので。
この緑の少女は、暫くしてから恋してはならない男に恋をした。
少女の瞳に映ったその男の印象。
他を圧倒する存在感、瞳を奪われた。
深藍色の瞳とゆるやかなウェーブを描く髪。
白い鎧を身に纏った、明らかに身分が高そうな男だった。
声は低くもなく、高くもなく心地良い音程で。
威圧感ある口調と、好戦的な態度、明らかに少女とは人種が違っていた。
正反対なところに惹かれたのか、なんのか、少女は知らず男に興味を持つ。
そこから、少女はその男の自宅へと足を運んだ。
身分が違う、立場が違う、許されない恋だった。
それを自覚しながらも、少女は止めることが出来ずに、何かと言い訳を作って男に会いに行く。
時間はない、いい加減諦めなければいけない。
諦めようと一旦は思った。
少女は直感したのだ、確実にこの人は不幸になる、と。
今までがそうだった、自分の想いが深ければ深いほど、相手を傷つける。
それ以前に、その男が自分などを選ぶはずもないと諦めても居た。
それでも。
僅かな可能性にかけて、最後の手段に出た。
「この恋を、最後にしよう」
少女の心に突き刺さった「モノ」を取り除いたその光の騎士に。
振り払われない限り、捨てられない限り、疎まれない限り。
夢中でついていくことを決意した。
その騎士の存在が、少女の存在でもあり。
その騎士が消えれば、少女もまた消える。
何故ならば少女にとって、騎士が存在しない世界は意味を成さなかった。
少女は薄々感じていた。
騎士が自分の目の前から消えてしまうことを。
それでも、怖くて言い出せなかった。
ぽつり、と友達には言葉を吐いたかもしれない。
「判るのですー、悪い予感だけは当たるのですー・・・」
言葉通り、騎士は忽然と姿を消す。
的中した未来、少女は笑うほかなく。
心を暗黒が多い尽くして、飲み込まれた。
何も言わずに消えた騎士の、幻影を探し続ける。
探したところで会える訳がないと、そう思った。
口に出せなかった自分の思い、言いたくなかった思い。
「多分きっと、不要だったのです」
騎士にとって自分は暇つぶしの相手であった、と。
少女はそう思っていた、ずっと。
自分でなくとも良かったのではないか、と思っていた。
だから、再会したくはなかった。
きっと、不要だと言われるだろうから。
自分に自信がない少女は、そう思うことで逃げ道を作る。
「これでよかったのですー」、と。
過去と同じ逃げ。
少女は怯えていた、この世界に一人取り残って、数年後に騎士に再会したら?
その時、何を言われるのか予測し、それを恐怖した。
「お前は不要な存在だったんだよ」
その一言を告げられるのが怖くて、少女は逃げ出した。
「不要」「目障り」「邪魔」「消えろ」
これ以上傷つかない為に出来ること、それは『騎士の後を追うこと』。
文字通り、世界から消えてしまおう。
しかしここで、少女はふと足を止めた。
友達に最期の言葉を残す、躊躇いがちに、震える声で。
それは少女にとって、とても勇気がいることだった。
「もし、騎士様が戻ってきて、必要としてくださっていたのなら、呼んでください」
きっと、騎士は帰ってこない。
帰ってきたとしても、きっと、自分は必要とされない。
つまりその約束が果たされる可能性は、100%ありえない。
だから、この世界に生を受けることはない。
・・・はずだったのだが。
宝石箱に指輪を丁重に片付ける。
知らず、少女の頬を涙が伝った。
嬉し涙。
拭うのも忘れて、宝石箱を見つめ続ける。
自分を必要としてくれる存在が。
自分を包んでくれる存在が。
自分を愛してくれる存在が。
自分が必要とされている存在を。
自分が包み込めるという存在を。
自分が愛しているという存在を。
・・・見つけた。
その人は今日も城に帰ってくる。
眩しい銀髪、赤き瞳、闇の衣を纏った愛しい人。
少女の存在=彼の存在であり。
何人たりともそれを壊すことができず。
光の騎士に心奪われた、緑の髪の娘。
運命の悪戯かなんなのか。
魔族となった元騎士に、緑の髪の娘は再会する。
少女の最期の願いは成就された。
一階で物音がした。
少女はベッドから弾かれたように飛び起きると、急いで自室から転がり出た。
笑顔のまま、階段を駆け下りる。
外は激しい雨だったのだろう、見慣れた漆黒のマントは濡れていて重そうだ。
「おかえりなさいなのですーっ」
少女はそう叫ぶと全力疾走で駆け寄り、そのまま彼を抱きしめる。
マントが雨で濡れていようが関係ない、ぎゅ、と抱きしめた。
「大好きなのですよー、ずっと一緒に居てください・・・」
愛する人の存在が、自分を変える。
愛する人の為に、自分を変える。
とある少女の物語。
過去からの因縁を打破してくれた最愛の夫ギルザを、今日もアサギは待ち続ける。
いつも一緒、いつでも一緒、これからも一緒、ずっと一緒。
とても、とても、大好きな人。
2004/05
↑昔のHPで見つけたのでちょっと直して乗っけてみました。
おぉぅ、新鮮なのです。
約30分後。
地面に突っ伏し、ぴくぴくと身体を痙攣させているハイの姿があった。
剣を鞘に収めると、何食わぬ顔でトビィはクレシダを呼ぶ。
「行くぞ、クレシダ。時間がない」
ですから先程より私がそう言っていたのですが・・・と、思ったがあえて言わなかった。
軽く頷くと近づいていく。
地面は削られ、草が消し飛び、痛々しいまでの傷跡。
トビィはハイの衣服を無造作に引き上げ、その土で汚れた頬を容赦なく殴る。
げふっ、と呻いてハイは微かに眉を顰めた。
「起きろ、治癒の呪文ぐらい唱えられるだろ? この痛みが現実の証。再度言う、貴様は確実に『生き返った』んだ。詳しい説明をするから一緒に来い」
力なくハイは頷いた、認めざるを得なかった様だ。
震える手で簡単な初歩の治癒の呪文を自分に施す。
どうやら今はその呪文程度しか唱えられないようで、軽く身体を動かし、顔を痛みに歪めながら恨めしそうにトビィを見る。
「どうせなら他の者に迎えに来て欲しかった、な。例えば・・・」
言おうとしたハイの言葉を無理やりトビィは遮る形で静かに、されど微かに怒気を含め、言い放つ。
僅かにトビィの肩が震えているのを、クレシダは無言で見つめた。
「オレ達が来た時点で。・・・貴様気づいてないか? 気づいているけれど認めたくないから『生き返ったこと』すらなかったことにしようとしただろう。本来なら来るべき人物がいるものな? ・・・いないからオレ達が」
「ごめんなさい、という声、聞かれませんでしたでしょうか、ハイ殿」
トビィに割り込むクレシダ。
彼にしては珍しいので、トビィは軽く目を開きクレシダを見やる。
相変わらずの無表情なので感情が読み取れないのだが、もしかしたら自分を助けようとしたのかもしれなかった。
相槌すら打たずハイは静かに聞いている。
「他に蘇生された方々の話ですと、『ごめんなさい』と声が聞こえた途端に、気が付いたらこちらの世界に戻っていた、と。ハイ殿にも聞こえているはずです。そのお声に、聞き覚えはありませんでしたか? それが、答えです。・・・行きましょうか」
唇を噛み、ハイは地面を見つめた。
俯いている為トビィにもクレシダにもその表情が分からないが、ようやく事情を飲み込み始めたのだろう。
・・・泣いているのかもしれなかった。
クレシダは自身の身体を本来の姿・・・緑の風竜へと変貌させる。
もともと彼はドラゴンナイトであるトビィの大事な相棒のドラゴンなのだ。
ある日を境に人型に変貌することが出来るようになったのだが、それは数年前のことである。
『そうだ! 人型になれば、みんな近寄ってくるんじゃないかな! やってみようよ。大丈夫、クレシダもデズデモーナもオフィーリアもきっとカッコいい男の人になれるよ。・・・待っててね、私がなんとかしてあげるから! そしたら一緒に遊べるじゃない♪』
クレシダはそう言われた日のことを思い出した。
別にそんなことしなくても大丈夫ですから、と返事を返したらぷくっと膨れて彼女はそっぽを向いた。
『私が三・・・体? 三・・・人? と遊びたいし、このままじゃ悔しいじゃない。姿が竜だからって、怖くてみんな近寄ってこないんだもの。ホントはこんなに優しいのに』
にっこり笑って彼女はクレシダの身体を撫でる。
主であるトビィにしか触られたことがなかったので、クレシダは軽く身体を強張らせていた。
無茶苦茶な、方でした。
クレシダは背に乗り込んだトビィとハイを確認すると、翼を大きく広げ、空へと舞い戻った。
「クレシダ」
「なんでしょうか、主」
「合流出来次第、お前はデズデモーナ達の元へ向かい、ガーベラを捜すことに専念してくれないか?」
「ガーベラ殿ですか。承知いたしました。あまり波動が掴めませんゆえ、時間がかかりそうですが全力で探します」
「頼む。ガーベラの性格からして故郷へは向かっていない筈だ。だが、足とて選択肢が限られてくる。そう遠くへは行っていないはずだ」
「承知」
緑の竜は優雅に空を舞う。
口を閉ざしたきりのハイを軽くトビィは見て、自身もそのまま口を開かなかった。
「・・・あれから、五年も経ったのだ、な」
ハイは倒れた大木を見つけると、その太い幹に軽く腰掛ける。
数年前の出来事を思い出し、ハイは寂しそうに笑うと、足元の花を見つめた。
あの後、何故自分が生き返ってしまったのか説明を受けた。
大事な少女が自らの命と引き換えに起こしてしまった『奇跡』。
少女はどうやら『例の戦い』で死んだ者達は自分のせいだった、と思い込んでいたようで、責任をとったらしい。
少女が『消滅』する間際に一際強い閃光を放ったらしいが、あれは自分が持っていた生命力、再生力を死んだ者達へと届けた光らしく。
「馬鹿なことをしてくれた・・・」
ハイは胸に込み上げる苦しい熱い何かを吐き出すように、右足を地面に叩きつける。
「生き返ったところで、私は何をすればよい!? 私が望んだ大事なお前はここには居ないというのにっ!」
一緒に暮らそう、という昔の仲間の誘いを断り、一人この神殿へと戻ってきた。
どうせ時間は腐るほどある、そう笑って一人で神殿を掃除し始めた。
時折仲間達が食料を運び、野菜の種を植え、神殿用に装飾品を飾り・・・。
何を祀っているのか、祀る必要があるのかどうか疑わしいその神殿に、一人ハイは住んでいる。
農業にもなれ、自給自足の生活だ。
花壇には色鮮やかな花を植え、目で楽しんだ。
途方もないかのように思えた神殿の再建すら、終わってしまった。
今はただ、ひっそりと生活するのみ。
生き甲斐など、ない。
実は少女、ここでない世界で存在していた、と聞かされたのだが、会うのはほぼ不可能であった。
伝えたいことがあるのに・・・。
ハイは軽く項垂れたまま立ち上がると、ふらふらと森の奥へと進んだ。
喉が渇いたらしく、行きつけの湧き水へと向かう。
清く瑞々しい水で唇を、口内を、喉を潤したい。
「・・・」
ハイは歩みを止めた。
無気力な表情が徐々に驚愕へと変わっていく。
胸を軽く抑えると、ハイは震える右手で正面の空間に触れた。
ヒヤリ
何もないはずのその場所に、不可思議な壁が出来ている。
これはっ、喉の奥から搾り出す声。
その空間の中から一人の人間の波動。
「まさ、か」
口には名を出さず、ハイは両の掌をその空間にそっと触れさせ、小さく詠唱する。
中に入りたい、入りたい。
この囲いを取り除かねば、中には入れない。
誰がどのような目的で張ったのか分からない結界が間違いなくそこに存在していた。
数日前までは存在していなかった。
ハイは額に汗を浮かべながら懸命に詠唱を続ける。
どことなく感じたことのある波動である、高鳴る胸を押し殺しながら逸る気持ちを抑える。
思い違いか、それとも・・・。
パキイィィィン・・・
金属が砕け散るような音が響き、結界が取り除かれる。
ハイは飛び込むように結界に足を踏み入れると、人を捜した。
何処かから、人の気配。
膝ほどある草に埋もれて、白い布が見えた。
音を立てながら、掻き分けてそこへと進む。
立ち止まってハイは額の汗を拭い、人物を確認した。
「誰、だ・・・?」
見知らぬ顔だった。
紫の長い髪、人形のように瞳を閉じ、微動出せずに眠っている少女。
見慣れない白の服に、赤色の履物。
落胆し、笑いが軽く込み上げてくる。
いるわけ、ないものな。
自嘲気味に呟くと、馬鹿馬鹿しい、と次は大声で笑った。
その声に、微かに少女の瞼が動く。
身体を小さく跳ね上がらせ、ハイはその場に突っ立ったまま、どうしてよいやら分からずにただその少女を見ていた。
「ん・・・」
少女の瞳がゆっくりと開き、唇が声を漏らす。
「ここ、は・・・森の、中? 何処?」
紫の瞳と黒の瞳が交差する。
驚きの声も出さず、少女は枕元に立ち尽くしている男に軽く笑いかけた。
「初めまして、私、美咲哀、と申します。このような姿勢でのご挨拶、お許しください」
ハイは空腹を訴え鳴いている腹を押さえつつ、瞳を閉じた。
寝ていたのか、起きていたのか。
ぐーきゅるるるるるるるる
先程から不快な音が鳴り響いている。
腹の虫である、暴走気味であった。
「いかん・・・本当に空腹で死にそうだ」
いや、死んでいるはずなんだがな。
ハイは唇を動かして音を出さずにそう呟くと、瞳を開こうとした。
不意に、日差しが陰る。
大きな雲が太陽を覆い隠したのだろう、日差しが遮断され心地よい空気に変わった。
『ぐーきゅるるるる、ですか! 可愛い音ですね!』
脳裏に浮かぶ懐かしい少女の声。
可愛らしい、産まれて初めて出来た友達の女の子。
彼女に、会いたい。
ハイはゆっくりと瞳を開いた。
そうだ、夢ならば彼女に会えるかもしれない。
会いに行こうか。
「やっぱりここに居たのか」
「・・・お久し振りでございます」
男の声がした、二人分。
誰だ、気分良く思い出に浸っていたのに邪魔をする輩は。
ハイは怪訝そうに重い身体を引き摺るようにして起き上がると、声の主を探す。
草の上を歩く二つの足音。
太陽が再び顔を出し、二人の訪問者をハイは見た。
あぁ、と口を開く、落胆気味に。
「どうせ夢ならもっとマシな人物を寄越して欲しい」
興味なさそうに再度腹の虫を庇うかのように転がるハイ。
「起きろ、説明は面倒だから一度にする。オレらと来い」
苛立ちながら一人の男が言った。
もう片方は軽く会釈をしたままだ。
それでも微動だしないハイに、いい加減男が剣を抜く。
「時間がない、とっとと目覚めろハイ・ラウ・シュリップ! 2星の暗黒神官ロリコン魔王っ!」
「ロリコン違うっ、たまたま好きになった相手が11歳だっただけだろうっ」
「それで十分だ」
「あいっかわらず気に食わない奴だな・・・ん? 老けた? トビィ」
ロリコン呼ばわりされて怒涛の勢いで起き上がり、男・・・トビィという名の男の胸座を掴みかかるハイ。
思わず顔を引き攣らせるトビィ。
しげしげとトビィを見つめ、隣に突っ立っている男・クレシダをも見つめる。
首を傾げてハイは唸り始めた、二人を見比べた結論。
「老けた?」
「・・・老けたんじゃない、最後に会った日から丸4年経過している。年齢を重ねたと言え」
「老けたんだろ。クレシダは変わってないなぁ」
「・・・クレシダ、食っていいぞコイツ」
剣の柄に手をかけつつ、トビィは静かに怒りを表しながら後方に控えているクレシダに声をかけた。
無表情で「遠慮します、主」と淡々と言い放つクレシダ。
沈黙。
「・・・手短にお話致します。『例の戦い』で亡くなられたはずの方々が一斉に蘇生されました。もちろんハイ殿もその一人です。詳しい説明がありますので、ご同行願いたいのですが」
説明する気が失せたトビィに代わり、仕方なくクレシダがハイに声をかけた。
怪訝にハイは首を振る。
「信用できない話だ」
「貴様が生き返った時点で決まりだろう。時間がないんだ、一緒に来い」
「一度死んだものは生き返らない、だからこれは私の夢なんだ」
「夢かどうか試してやろう」
頑固として蘇生した自分を認めないハイ、神官として魂は死んでから再生するまでに時間を要し、決して以前の肉体に戻るものではない、と教えられてきたのだから当然かもしれないのだが。
青筋を額に浮かべながらトビィは愛剣を引き抜いた。
愛剣・ブリュンヒルデ。
水竜の一本角より作り出した水の属性を帯びる、所謂『神器』に近い武器である。
波打つかのような長く細い、それでいて鋭利過ぎる刃の前に、幾つの魂が消えたことだろう。
太陽の光に反射され、眩く煌く。
「面倒だ、半殺しにして持っていくことにする」
「フッ、以前のように返り討ちにしてくれるわっ、さあ来い若造」
「・・・あれは貴様が卑怯な術を使ったからだろう。というか、オレ別に怪我一つ負ってないし」
呆れ返りながらトビィは右腕を大げさに回した、甦ったばかりの相手にも一応敬意を払って全力で行くつもりらしい。
対するハイは右手を前に突き出し、低く体勢を屈める。
風が一筋、二人の間を吹き抜けていった。
時間がないと思うのですが・・・無表情でそう呟いたクレシダの言葉。
クレシダにしては的を得ている言葉である、二人に届くかは別として。
ドゴォ!
ガキィ!
ドガァッ!
すぐさま開始された何やら目の前で繰り広げられている二人の攻防を、クレシダは何時ものように、顔色一つ変えず見つめていた。
勝敗は分かっている、主・トビィの勝利だろう。
実戦経験の差が、二人にはあまりに開きすぎていた。
偏狭の地に響く轟音。
ハイの真空、トビィの水氷、激突し合い近辺は酷い有様になっていく。
「主、時間がありませんが。合流を急がねばなりませんので」
元来この二人、仲が非常に悪かった。
他の人物を寄越せばよかったのだとクレシダは思ったが、口にすることはないだろう。
「主、続きは後日でお願い致します」
片方は暗黒神官で元魔王、片方は今やロイヤルドラゴンナイトの肩書きを持つ。
・・・つまり、簡単には決着がつかないのだ。
無論、優勢なのがトビィなことに変わりはないのだが、地道に回復を試みて長期戦に持ち込もうとするハイ。
「主、聞いていただきたく思います」
平素ここまで声を発することのないクレシダ、いい加減声を出すのも疲れたのか仕方なしにその場に立ち尽くすことしか出来ない。
彼なりに大声を出しているつもりなのだが、二人には全く届かない。
「主、私は疲れました」
クレシダは軽く溜息を吐くと空を見つめる。
青く澄んだ空だった、白い雲がふわりふわり、と綿菓子のように浮かんでいる。
誰か、仲裁してくれないでしょうか・・・
クレシダはそう思いながら二人を見守るより他なかった。
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