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約30分後。
地面に突っ伏し、ぴくぴくと身体を痙攣させているハイの姿があった。
剣を鞘に収めると、何食わぬ顔でトビィはクレシダを呼ぶ。
「行くぞ、クレシダ。時間がない」
ですから先程より私がそう言っていたのですが・・・と、思ったがあえて言わなかった。
軽く頷くと近づいていく。
地面は削られ、草が消し飛び、痛々しいまでの傷跡。
トビィはハイの衣服を無造作に引き上げ、その土で汚れた頬を容赦なく殴る。
げふっ、と呻いてハイは微かに眉を顰めた。
「起きろ、治癒の呪文ぐらい唱えられるだろ? この痛みが現実の証。再度言う、貴様は確実に『生き返った』んだ。詳しい説明をするから一緒に来い」
力なくハイは頷いた、認めざるを得なかった様だ。
震える手で簡単な初歩の治癒の呪文を自分に施す。
どうやら今はその呪文程度しか唱えられないようで、軽く身体を動かし、顔を痛みに歪めながら恨めしそうにトビィを見る。
「どうせなら他の者に迎えに来て欲しかった、な。例えば・・・」
言おうとしたハイの言葉を無理やりトビィは遮る形で静かに、されど微かに怒気を含め、言い放つ。
僅かにトビィの肩が震えているのを、クレシダは無言で見つめた。
「オレ達が来た時点で。・・・貴様気づいてないか? 気づいているけれど認めたくないから『生き返ったこと』すらなかったことにしようとしただろう。本来なら来るべき人物がいるものな? ・・・いないからオレ達が」
「ごめんなさい、という声、聞かれませんでしたでしょうか、ハイ殿」
トビィに割り込むクレシダ。
彼にしては珍しいので、トビィは軽く目を開きクレシダを見やる。
相変わらずの無表情なので感情が読み取れないのだが、もしかしたら自分を助けようとしたのかもしれなかった。
相槌すら打たずハイは静かに聞いている。
「他に蘇生された方々の話ですと、『ごめんなさい』と声が聞こえた途端に、気が付いたらこちらの世界に戻っていた、と。ハイ殿にも聞こえているはずです。そのお声に、聞き覚えはありませんでしたか? それが、答えです。・・・行きましょうか」
唇を噛み、ハイは地面を見つめた。
俯いている為トビィにもクレシダにもその表情が分からないが、ようやく事情を飲み込み始めたのだろう。
・・・泣いているのかもしれなかった。
クレシダは自身の身体を本来の姿・・・緑の風竜へと変貌させる。
もともと彼はドラゴンナイトであるトビィの大事な相棒のドラゴンなのだ。
ある日を境に人型に変貌することが出来るようになったのだが、それは数年前のことである。
『そうだ! 人型になれば、みんな近寄ってくるんじゃないかな! やってみようよ。大丈夫、クレシダもデズデモーナもオフィーリアもきっとカッコいい男の人になれるよ。・・・待っててね、私がなんとかしてあげるから! そしたら一緒に遊べるじゃない♪』
クレシダはそう言われた日のことを思い出した。
別にそんなことしなくても大丈夫ですから、と返事を返したらぷくっと膨れて彼女はそっぽを向いた。
『私が三・・・体? 三・・・人? と遊びたいし、このままじゃ悔しいじゃない。姿が竜だからって、怖くてみんな近寄ってこないんだもの。ホントはこんなに優しいのに』
にっこり笑って彼女はクレシダの身体を撫でる。
主であるトビィにしか触られたことがなかったので、クレシダは軽く身体を強張らせていた。
無茶苦茶な、方でした。
クレシダは背に乗り込んだトビィとハイを確認すると、翼を大きく広げ、空へと舞い戻った。
「クレシダ」
「なんでしょうか、主」
「合流出来次第、お前はデズデモーナ達の元へ向かい、ガーベラを捜すことに専念してくれないか?」
「ガーベラ殿ですか。承知いたしました。あまり波動が掴めませんゆえ、時間がかかりそうですが全力で探します」
「頼む。ガーベラの性格からして故郷へは向かっていない筈だ。だが、足とて選択肢が限られてくる。そう遠くへは行っていないはずだ」
「承知」
緑の竜は優雅に空を舞う。
口を閉ざしたきりのハイを軽くトビィは見て、自身もそのまま口を開かなかった。
「・・・あれから、五年も経ったのだ、な」
ハイは倒れた大木を見つけると、その太い幹に軽く腰掛ける。
数年前の出来事を思い出し、ハイは寂しそうに笑うと、足元の花を見つめた。
あの後、何故自分が生き返ってしまったのか説明を受けた。
大事な少女が自らの命と引き換えに起こしてしまった『奇跡』。
少女はどうやら『例の戦い』で死んだ者達は自分のせいだった、と思い込んでいたようで、責任をとったらしい。
少女が『消滅』する間際に一際強い閃光を放ったらしいが、あれは自分が持っていた生命力、再生力を死んだ者達へと届けた光らしく。
「馬鹿なことをしてくれた・・・」
ハイは胸に込み上げる苦しい熱い何かを吐き出すように、右足を地面に叩きつける。
「生き返ったところで、私は何をすればよい!? 私が望んだ大事なお前はここには居ないというのにっ!」
一緒に暮らそう、という昔の仲間の誘いを断り、一人この神殿へと戻ってきた。
どうせ時間は腐るほどある、そう笑って一人で神殿を掃除し始めた。
時折仲間達が食料を運び、野菜の種を植え、神殿用に装飾品を飾り・・・。
何を祀っているのか、祀る必要があるのかどうか疑わしいその神殿に、一人ハイは住んでいる。
農業にもなれ、自給自足の生活だ。
花壇には色鮮やかな花を植え、目で楽しんだ。
途方もないかのように思えた神殿の再建すら、終わってしまった。
今はただ、ひっそりと生活するのみ。
生き甲斐など、ない。
実は少女、ここでない世界で存在していた、と聞かされたのだが、会うのはほぼ不可能であった。
伝えたいことがあるのに・・・。
ハイは軽く項垂れたまま立ち上がると、ふらふらと森の奥へと進んだ。
喉が渇いたらしく、行きつけの湧き水へと向かう。
清く瑞々しい水で唇を、口内を、喉を潤したい。
「・・・」
ハイは歩みを止めた。
無気力な表情が徐々に驚愕へと変わっていく。
胸を軽く抑えると、ハイは震える右手で正面の空間に触れた。
ヒヤリ
何もないはずのその場所に、不可思議な壁が出来ている。
これはっ、喉の奥から搾り出す声。
その空間の中から一人の人間の波動。
「まさ、か」
口には名を出さず、ハイは両の掌をその空間にそっと触れさせ、小さく詠唱する。
中に入りたい、入りたい。
この囲いを取り除かねば、中には入れない。
誰がどのような目的で張ったのか分からない結界が間違いなくそこに存在していた。
数日前までは存在していなかった。
ハイは額に汗を浮かべながら懸命に詠唱を続ける。
どことなく感じたことのある波動である、高鳴る胸を押し殺しながら逸る気持ちを抑える。
思い違いか、それとも・・・。
パキイィィィン・・・
金属が砕け散るような音が響き、結界が取り除かれる。
ハイは飛び込むように結界に足を踏み入れると、人を捜した。
何処かから、人の気配。
膝ほどある草に埋もれて、白い布が見えた。
音を立てながら、掻き分けてそこへと進む。
立ち止まってハイは額の汗を拭い、人物を確認した。
「誰、だ・・・?」
見知らぬ顔だった。
紫の長い髪、人形のように瞳を閉じ、微動出せずに眠っている少女。
見慣れない白の服に、赤色の履物。
落胆し、笑いが軽く込み上げてくる。
いるわけ、ないものな。
自嘲気味に呟くと、馬鹿馬鹿しい、と次は大声で笑った。
その声に、微かに少女の瞼が動く。
身体を小さく跳ね上がらせ、ハイはその場に突っ立ったまま、どうしてよいやら分からずにただその少女を見ていた。
「ん・・・」
少女の瞳がゆっくりと開き、唇が声を漏らす。
「ここ、は・・・森の、中? 何処?」
紫の瞳と黒の瞳が交差する。
驚きの声も出さず、少女は枕元に立ち尽くしている男に軽く笑いかけた。
「初めまして、私、美咲哀、と申します。このような姿勢でのご挨拶、お許しください」
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