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別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。 いい加減整理したい。 ※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。 絶対転載・保存等禁止です。 宜しくお願い致します。
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途中まで書いてあったので完成させてみたこの話。
適当に色々と確信に触れさせてみました(ぁ)。
サーラは結構人気があったのですが、私は優しすぎてあんまり好きじゃないとかそんなどうでもいい独り言。
今思うと女の子みたいな名前ですな!(吐血)

サラマンダーから文字って「サーラ」にしたんですよ。

39→トビィお兄様、過去について物思いに更ける
※トビィ、一旦休止

40→ケンイチ編、開始。
怪しい二人組みの追跡、及び魔物との戦闘

41→ザーク、死亡。
死因を探るべく、調査。

↑ここまで九月中希望

42→なんかユキがケンイチを気にし始めた今日この頃、いかがお過ごしですか(おい)、な話。
道場に出向き訓練をする日々。

43→頻繁に街で起こる強盗や殺人を突き止め、裏と対峙

44→アリナ達、船から降りる。
シポラ城へ

45→ミシア、魔族2人に崇められ「破壊の姫君」であると告げられる
何食わぬ顔で仲間達と合流

46→ジェノヴァへ戻り、集結

↑ここまで10月希望(無理)

47→アサギ・トモハル編開始

長いよ!
年内で終わらないよ!!(爆死)



イヴァンを目指して数日、トビィの持っていた質素な食料もそろそろ尽き始めた頃。
大陸が見えたので一旦そこへ着陸する話が出た、トビィは先を急ぐべく反対したのだがその日は生憎雨天で、それならば休憩し、翌日晴れたら再開したほうが効率が良いのではないか、という話になった。
雨天の飛行はやはり体力が奪われる、トビィは逸る気持ちを抑えて、また竜達の体調も考えてその地に降り立った。
崖下にオフィーリアを残し、デズデモーナとクレシダ、そしてトビィは崖上へ着陸、魚類ばかりを主食にしていたので大地のものが食べたいと思ったトビィは、森へと足を進ませる。
竜の気配に森の生物が怯えて出てこないのではないか、と思ったが野兎を捕まえる事ができた。
大木の下でなんとか濡れていない木々を広い、火を起こし焼いて食べる。
暖かな物を口にするのは久し振りだった、それだけで落ち着く。
崖下から浮上してきたクレシダが、魚を手にしていた、それも焼いてみる。
流石に毎日刺身だけでは飽きるというもの、クレシダは草食なのか草や木の葉を食べている。
湯を沸かし、酒で割って身体を温める為に啜って飲んだ。
オフィーリア一人では寂しかろうと、デズデモーナが崖下の窪みで休む事にし、トビィとクレシダは2人丸くなり眠りに就く。
慣れた旅だった。
先日までの旅は大勢の仲間で行動した、騒がしかったがあれはあれで愉しかった。
トビィは微かに笑みを零し、久し振りの大地に横になる。
時間的にはまだ夕刻より前だろうが、することはなにもない、空腹は満たされたのだ眠りについても惜しくはない。

やがて目が覚め、大きく伸びをして起き上がると一面は霧だった。
雨は上がっている、早朝の濃い霧の中、冷たい空気で目が冴えた。
トビィは消えかけた焚き火に再度火を起こし、暖を取る。
湯を沸かして身体を内から温める。
街で手に入れた薬草を煎じて飲み、一息つくと次第に霧は薄くなった。
不意に何か奇妙な形を遠くに見つけ、目を凝らす。
昨日は気づかなかったが建造物がそこにあった、朽ち果てた。
地図を広げる、場所の把握は完璧ではないが、明らかにその場所には街などあった形跡が地図にはない。
そこそこ巨大な建物のようだ、廃墟になった村ならともかくここまで大きいのなら地図に載っても・・・。
瞳を細めてトビィはそちらへ歩み寄る、当然剣も携えて。
クレシダはまだ眠りについていた、妙な気配はないし、それでも油断せずに歩く。
森の外れに廃墟、どうも形からして城だったように思われた。
何時から建っているのか解らないが、植物の生え具合からしても300年は経過してそうである。

「驚いたな、地図に記載されていない城、か」

周辺を歩き回った、白骨化した人間が見られたので戦争に敗れた場所なのだろうと憶測。
踵を返した時だった。

「驚きましたね、まさか人間がこの地に足を踏み入れるとは」

声に反射的に剣を引き抜いた、見れば廃墟に一人、深紅の長い髪を風に舞わせて建っている人物が居る。
あまりにも線が細いので女だと思った、が、声は男のもの。
ゆくりとこちらを振り向けば、頭部に突き出た角が二本、魔族であると判明。

「魔族がいるとは、な」

軽く唇を持ち上げて笑うトビィに、その魔族は臆する事もなく柔らかな笑みを浮かべる。

「気づかれないうちに立ち去ろうかとも思ったのですが。思いの外強そうな方でしたので」

徐々に2人の距離が近づく、警戒しているトビィとは反対に、魔族の男は変わらず笑みを浮かべたまま。
突如腕を差し伸べられ、トビィは一歩後退した。
思わず舌打ちし、睨みつけるトビィ。
そう、後退してしまったのだ、有り得ない事だ。
トビィが後退するということは、相手が只者ではないという事、相当な魔力の持ち主である。
見れば腰に剣を下げていた、魔法剣士かもしれない。

「お腹、空きませんか? 一緒に食べましょう」

屈託ない笑顔でそう言われ、拍子抜けしたトビィは警戒を解くことなく踵を返しクレシダの元へと戻った。
何も言わずについていく魔族の男、どことなく愉しそうだ。

「今日は。愛する人の命日なのです」
「へぇ・・・」
「ここで、彼女は息絶えました」
「あの廃墟、城か?」
「えぇ、もう随分と前に存在した小さな城です、人の良い国王であった為・・・潰されました」
「当事者か?」
「はい、そこの姫様が私の想い人。・・・あ、申し送れましたね私はサーラ、と申します」
「・・・オレはトビィ」
「知っていますよ」

振り向き様に喉元に剣を突きつけたトビィ、サーラは意外そうに肩を竦めた。
知らない相手が自分を知っているというのは、確かに不愉快だ。
睨みを利かせているトビィに軽く首を振ると、困惑気味に剣を下ろすように指示。

「怒らないで下さい。
ドラゴンナイトのトビィ・サング・レジョンさん、ですよね。紫銀の髪に竜を三体つれていれば、魔族なら殆んどの者が知っていますよ。
私はサーラ、魔王アレク様の従姉妹であるナスタチューム様の参謀です」
「ナスタチューム・・・?」

眉を潜めトビィはサーラから剣を外す、足元から見上げていき、舌打ちした。
聞いた事はある、魔界イヴァンではなく別の土地に移動し住んでいる魔族達の長だ。
アレクとの冷戦に負けたのだとか、様々な噂が飛び交っていたが、トビィとてそのナスタチューム側を名乗る魔族に出会うのは初めてである。

「敵意はありませんし、トビィさんが今後どうされるのか訊いたりもしません。が、一人での食卓は寂しいので」

にこやかに笑うと先に歩き出した、トビィの脇をすり抜ける。

「山菜や茸、それに小鹿の肉を手に入れたので一人では量も多いし困っていたところです。命の重さは平等、残すことなく有難く頂かなくてはいけません。私、小食なものですから。あ、果物もあったので」

そういえば先程から大きな袋をぶら下げていた、食料が入っているようだ。
トビィは深い溜息を吐くと得体が知れないこの男の後ろを、何かあれば斬りかかる勢いでついていく。

眠っていたクレシダが目を覚ました、デズデモーナが崖から舞い上がってきた。
感心するように見上げ、サーラはトビィに振り返る。

「立派な竜達ですね、そしてトビィさんに絶大な信頼をしている。良い関係です。ドラゴンナイトと言えどもここまでの絆はそうそう作れません」
「誉め言葉、どーも」

どうも胡散臭いこの男に、腕を組んで不機嫌そうに返答するトビィ。
苦笑いしてサーラは焚き火を見つけると、早速料理に取り掛かった。

「自然薯が掘ったら出てきたのでね、小鹿のソテーの付け合せにしましょうね」

勝手に調理器具を取り出し、何やら作り始めるサーラ。
嫌に手馴れている、参謀、というか料理人だろうか?
唖然としているとサーラが口を開いた。

「ふふ、その城で料理も担当していたのです。私を雇ったことで料理長が逃げ出しましてね。魔族とは仕事をしたくない、と思ったのでしょう。結果的に・・・逃げて正解でしたが」

何処となく寂しそうに語るサーラ、トビィは少し離れてサーラの言葉に耳を傾けた。
トビィが攻撃の態勢に入らないので当然クレシダもデズデモーナも大人しくしている、満足そうに頷いたサーラ。

「竜も食べますかね?」
「食べない事はないと思うが」
「では張り切って作らねば! 腕がなりますねぇ・・・」

パンケーキを焼き、ソテーを作り、更にスープまで用意し。
呆れるほどに用意周到、厨房でもないのに軽やかに料理をしていく。

「さぁ、時間がかかりましたがどうぞ。やは料理人としては”美味しい”という言葉と料理を口にした時の笑顔が、何よりのご馳走です」
「参謀じゃないのか、あんたは」

ともかく空腹だったトビィはそれを口にした。
毒が入っているとは思えなかったので素直に。
竜達も頂く、全く量は足りないだろうが・・・。
口にして驚いた、一等の店でも開けそうな味である。
唖然としていたトビィだが、素直に「美味い」と口に出した。
嬉しそうに満足そうに微笑むサーラ、自分も食べ始める。

「・・・ここの城のお姫様も料理が好きで、そして上手でした。私は教えるのが愉しくて」
「へぇ、珍しい姫だな。料理なんぞするのか」
「えぇ。アンリは自分の身分が嫌いな子でしてね、一般階級の人々と同じ扱いにして欲しいと、城のものに毎度怒っていた者です」

懐かしむように廃墟を見上げ、サーラは深い溜息を吐いた。
訊いてはいけない話なのだろうと、トビィは軽く我慢をする。
特に他人に興味を持たないはずのトビィ、しかし・・・気になって仕方がなかった。

キィィィ、カトン・・・。

音が聞こえ、思わずトビィは身構える。
不思議そうに覗き込んだサーラに、慌ててなんでもない、と告げると黙々と食べ始めたのだが。
気になった。
非常に話の内容が気になった。
しかし、トビィが言うまもなく、サーラが先に口を開いたのだ。
ぽつり、ぽつり、と。

「昔、ここは土壌に恵まれた田舎の城がありました。小さく力こそありませんでしたが、民は幸せでした。
3代目の時の王、子供に恵まれず老体になり、独りの妻だけを愛してきた王はこのまま王妃にお子が出来なければ養子を取るつもりでしたが、奇跡が起こりました。
ようやく姫君を授かったのです。名を、アンリ、と名付けました」

愛しそうに胸元のネックレスを抱き締めたサーラ、きっと思い出の品なのだろう。

「そこから、私の話は始まります」

ネックレスに口付けをし、サーラは語り出した。
それは、トビィにとって、ある意味衝撃的な物語だったが、現時点では知らない。


強い大雨、城の門を叩くサーラ。
街は城と共に門で囲まれており、一時の避難場所としてサーラはそこを選んだ。
宿へ泊めて貰おうと思ったのだ、中へ入れてもらい事情を説明するとこの場所には宿がないことを言われる。
あまりに来客が少ないので、空いている部屋がある家が旅人を受け入れる、というそんな場所だった。
だが、夜半で起きている住人がおらず、困り果てて城へと連れて行き、兵士達の雑魚寝場へ案内される羽目になり、そこでサーラは。
姫君・アンリと出遭った。
赤子の鳴き声、困り果てた女中が城を彷徨っており、なんとか寝付かせようと代わる代わる抱いては擦り抱いては擦り。
擦れ違ったサーラは思わず声をかけると、優しく抱きとめて微笑む。
すると不思議な事にアンリはぴたり、と泣き止み替わりに笑顔を浮かべて愉しそうにはしゃいだ。

「誰かね、キミは?」

国王自らのお出ましに緊張する一同、サーラは恭しく頭を垂れると名を名乗った。

「サーラと申します、突然吹き荒れたこの大雨に森の大樹の下に非難しておりましたが何分身体が冷たく・・・。快く受け入れて下さった門兵様に感謝しつつ、ここまで参りました」
「旅人であるか、それはご苦労なこと。何もない城ではあるが、雨が上がるまで存分に滞在せよ」
「有難きお言葉にございます」

王の暖かい言葉に、皆が安堵したのだが一人だけサーラを快く思わない者が居た。
王の傍らに控えていた兵隊長が訝しげにサーラを見、そして冷たい一言を浴びせる。
当然剣先もサーラを捕らえていた。

「怪しいと思いますが。何故フードをとらないのでしょうか、この者は。無礼にも程があるかとっ」

言われ、サーラは迷うことなくそのフードを外し、深く頭を垂れる。
見た者が一斉に悲鳴を上げた、当然そこには人間にはない角が生えていたからだ。
口々に魔族! と罵られ、サーラはそれでも頭を垂れたまま。
王は皆を止めると歩み寄って手を差し伸べる。

「ふむ、魔族であったか。しかし、全く敵意はない様子。どうだろう、うちのアンリがそなたを気に入っているようであるし、暫し城に滞在してはくれまいか?
魔族は豊富な知識を身につけていると聞く、アンリの家庭教師にでも・・・」
「な、何を馬鹿なことを!? 魔族ですぞ!?」
「承知しておるよ? しかし彼がそう悪い魔族に思えないのでな」
「反対です! 断固として反対です! そもそも、近郊にそんな事実が知れ渡ったら、攻め落とされますよ」
「誰かが言わねば、近郊になど漏れぬ。誰が洩らすというのか」
「そ、それは」
「・・・真っ直ぐな良い瞳をしておる、初めて魔族を見たが、好青年ではないか。
どうだ、アンリの家庭教師、なってはくれまいか」

正直、サーラも戸惑っていた。
まさかそんなことを言われるとは思わなかった為、面くらい言葉を失う。
人の良さそうな、いや、良すぎるくらいの世間知らずな王にしか見えない。
確かにサーラには敵意も悪意も何もなかった、が、少しは警戒しても良いのではないだろうか?
言葉を返せないサーラに、王は笑いながらわが子を抱き上げるとあやしながら小さく呟いた。

「赤子をあのように優しく抱きとめられる者に、悪い者はいないのだよ」

それだけだった。
それだけで王はサーラの人柄を理解し、傍に置こうと決めたのだ。

「しかし、王!」
「魔族の彼から剣術も教わればよいだろう、結果的にこの城には良い事しか起こらないと思うのだが、兵隊長殿は違うのかね?」
「魔族ですぞ!?」
「・・・この世の中、一番大事なのは隣人を如何に愛せるか、だ。種族が違うからといがみ合うのは間違っておる。人間同士とて争う時代、信用しさえすれば争いとて起こらないかも知れぬのにな。疑心が産む誤解は、もうたくさんじゃよ」
「ぐぅ・・・」
「サーラとやら。そなた、何が得意かね?」
「は、はぁ・・・。何と唐突に言われましても、物書きや魔法等が得意かと。剣術も少々、あとは洗濯、掃除等・・・」

子供のように照れながら話すサーラ、優しく瞳を細めて見つめ、王は満足そうに笑うと「十分だ」と手を握る。
その手に、サーラは違和感を覚えた。
見た目、何も出来ない弱々しい人が良すぎる王だ、しかし、手は。
・・・紛れもなく剣士の手、それも相当な剣の使い。
はっとして見上げると、瞳の奥に鋭い光が見えた、そう、王は世間知らずではない。
サーラの全てを見抜いて、任せたのだろう。
その秘めたる力量に深々とサーラは頭を下げた、そして思ったのだ。
この人間の王に仕えてみよう、と。

サーラを嫌悪し、逃げていく者も数名いたのだが、数日もすればその人柄に皆が心を許し、すっかり違和感なく城に溶け込んだ。
逃げてしまった料理長の代わりに料理を作れば、大好評で弟子入りを志願する者が後をたたず。
繊細な指先で施す刺繍は奥様方に大人気、皆で習って名産品として売りに出した。
風景画も得意で子供達に教えつつ、また他国の歴史も十分学んでいたため小さな学校を開き。
野山に出れば薬草の見分け方、動物の獲り方を教え、すっかり人気者である。
剣だけはそこそこ、というレベルであったが見抜いたのだから、とひっそりと国王から逆にサーラが教わった。
王の言った通り、サーラが来た事で城は活気で満ち溢れた。
やがてアンリも徐々に成長し、サーラと共に皆に愛される姫へと成長。
豊かな知識と絶大な信頼を誇る王と、人間にでも愛を持って接するサーラの二人に育まれて健やかに真っ直ぐに成長した。
ただ、好奇心旺盛すぎるのが問題だ。
サーラから魔法を、剣術を、歴史を、法王学を学び、絵画に裁縫、吟詠にはたまた舞踏まで。
家庭教師として立派に役目を務めていたサーラは、この上ない充実感に包まれていた。
よく、城を出て野原で食事をしながら勉強をするのが好きだったアンリ、当然厨房外でのサーラの料理の腕も否応なしに上がっていく。

「サーラ、今日は何を勉強する?」

アップルパイを満足そうに食べ終え、ごろごろと草の上を転がりながらアンリは笑う。
苦笑いしてサーラが一冊の本を取り出した、見たことのなかった表紙に瞳を輝かせてアンリは転がって戻る。
物覚えが良いアンリは、一度言われた事は瞬時に覚えてしまうのだ。
常に新しいものを知りたがる。

「勉強というか、そうですね。世界情勢でも」
「世界情勢?」

胸を弾ませてサーラの隣に座るとアンリは、サーラのアップルパイに手を伸ばす。
顔を引き攣らせて見ていたサーラに舌を出して、悪戯っぽく笑うと「美味しいから、ついつい」っと可愛らしく拗ねるのだ。
なので行儀が悪い、とも言えずにサーラは許してしまう。
サーラが書き綴っていたその一冊、地図を広げてアンリに見せた。

「これが私達が住まう星・・・クレオの地図です」
「クレオ」
「えぇ。クレオは4星。他に1星ネロ、2星ハンニバル、3星チュザーレなどがあります」

復唱し、懸命に覚えようとするアンリを見つめながら、クスリ、と穏やかに微笑むサーラ。
勉強が始まるとアンリはもう夢中だ、全てを吸収しないと気がすまない。

「私達の城はここにあります」
「ここ・・・ここが今この場所なのね」
「えぇ。世界は広い、城は広い場所のホンの片隅にあります」

地図を指しながら説明を始めた、魔族のほうが当然人間よりも博識だ。
長い年月生きているからでもあるし、移動とて人間より楽である。

「宇宙、という場所にクレオもネロも、綺麗な球体として浮かんでいます。
宇宙へは行く事が出来ません。が、惑星間は移動が可能です」
「何故宇宙へはいけないの?」
「空気がありません。空気とは今この瞬間にもアンリも私も体内に取り入れているもの、宇宙にはこれがなく、下手に行くと呼吸が出来ずに行き耐えてしまうのですよ」
「ということは、呼吸が宇宙でも可能なら行けるのね」
「そうですね、そのような魔法が開発されれば可能でしょうね」
「へぇー。面白いね、不思議」
「まぁ、話は逸れますが、宇宙には唯一人、美しい女神が存在するそうです。彼女は宇宙でも生きていけるそうで。
女神、というか宇宙の創造主様になるのでしょうかね。何分神話レベルの語り継がれですから本当かどうかは知りませんが」
「女神? 創造主?」
「えぇ、宇宙を創ったとされる創造主は一人で宇宙に住んでいるそうです」
「一人? 寂しくないのかな」
「・・・寂しいでしょうね」

アンリに受け答えするサーラだが、無論そんなことは信じていなかった。
確かに古書物を読み漁ると、時折出てくるのだ『宇宙の創造主である麗しい女神』が。
類稀なる美貌を持ち、見たもの全てを虜にする・・・人間であれ動物であれ、植物であれ。
マリーゴールド、と一冊の古文書には記載されていたが、それがその創造主の名前ではなく、居る場所を指すということも解った。
しかし、想像上のものである。
確証はない。
アンリが異様に創造主に興味を示したので、後程調べてみよう、とアンリは思いつつ話を進める。

「・・・寂しかったんだと思うよ、その人」
「えぇ、一人ですからね」
「・・・その人、あのね、その・・・」
「・・・?」

突如何故か、アンリは大粒の涙を流し始めた。
慌てふためいて涙を拭くサーラだが、ひたすら、涙を零すのを止めない。
数分後、ようやく止まった涙、困惑気味にサーラはアンリを抱き締める。
寂しい、という感情を想像したら、同調したのだろうか。
感受性の強い子だ、一人きりと考えたら涙が出たのだろう。
必死に背中を擦るサーラの腕の中、アンリは小さく言葉を洩らした。

「お父様にはナイショね、サーラ。私、捜したい人がいるの」

不意に小声で耳元で囁いたアンリ、首を傾げてサーラは目を見る為にアンリを抱き起こす。
愉快そうに、けれども頬を赤く染めて。

「素敵な人なんだ、夢に出てくる王子様を探しに行くの」
「・・・は?」

何やら突拍子もないことを言い出した、とサーラは頭を抱えたのだが、アンリは真面目だ。

「あのね、気がついたら私を呼んでる人がいたの。すごーく、かっこいい人なの。なんていうか、こう・・・きゃー!」
「え、あの、ちょっと・・・?」

サーラが手を伸ばすが、それを跳ね除けてごろごろと転がるアンリ、こんな状態は初めて見た。
唖然として転がってきゃーきゃー喚くアンリを見下ろす、こんなキャラだったろうか?
草を衣服に髪に、顔につけてアンリは笑う。
無邪気すぎて止める気にもなれないのだが・・・。
不意に真面目な声を出した、思わずサーラが固唾を飲み込む。
風が急に止み、太陽の光がアンリを照らす。
美しい緑の髪が、日差しの温かみを取り入れ、さらに幻想的な色合いに。

「どうやったら、その人を捜せる? 待ってても会いに来てくれるとは思うのだけど、早く会いたいから自分で行こうと思って」
「お、お名前が解らないと・・・」
「名前なんて知らない、でも、必ず彼はどこかに居るの」
「それからアンリ様は姫なので簡単に外出できませんよ」
「だから、サーラに相談したのにー、どうにかならない?」
「やー・・・」

真剣なアンリに、確かにどうにかこうにかしてあげたいのだが、しどろもどろにしか答えられなかった。
何故そうもその人に会いたいというのかが、サーラには全く解らなかった。
夢で何度も見るから、しかし本当に実在する人物なのか・・・?
首を横に振り続けるサーラに、アンリは次第に泣きそうに顔を歪める、そうなるとサーラは冷や汗をかくしかない。

「と、ともかく、では旅の許可でも貰いましょうか」
「わーい、そうしよっ。勿論サーラが来てくれるんだよね? なら大丈夫だよね」

項垂れて仕方なくそう告げた、そうでも言わないと大泣きされそうだったからだ。
12歳になったアンリは、時折自分で解ってやっていないだろうか、とサーラが思うくらい有無を言わせぬ迫力で迫ってくる。
聞き入れてしまう自分も自分なのだが。
どうも大きな緑の瞳で見つめ続けられると、頷かなければいけない、と。
つまり、サーラがここへ来てから12年が経過した、ということだ。
人間達と魔族の過ぎる時間は全く違う、魔族が瞬きする瞬間に人間は歳を取る。
王とて寿命が近づいていた、アンリの夫を探す話も浮上している。
そんな中で旅など許されるわけもなく。

言ってしまった手前、どうアンリに説明すべきかと頭を悩ませていたサーラは、夜半過ぎに不思議な物音を聞いた。
廊下に出て不審に城下町を窓から覗く、ちらほらと灯りは見えるが特に異常はなさそうだが・・・。

「サーラよ」
「国王陛下、どうされました」

と、言ったものの瞬時に悟った事は”一大事”。
当たってほしくはないが王もサーラと同じく、胸騒ぎに駆けつけたのではないか、と。
不審な物音を聞いたのはサーラだけではなかったのだ、兵士達を早急に集め、様子を窺う。
街の様子はなんら変わりない、しかし。
サーラは久方ぶりに羽根を伸ばし、城の上空から周辺を見渡した。
前方は海だ、崖である。
後方は・・・。

「な!」

夥しい魔物の羽音、それが聞こえてきた。
急降下し、王にそれを告げる。
この城を狙ってなのかはまだ解らないが、上空を通過するだけでも脅威の数だ。
闇夜に浮かぶ紅蓮の瞳、飛行型の魔物だが何かまでは近づいてこないと解らない。
突然の事態に慌てふためくが、王の判断の元万が一を備えて城下町の民を城へと緊急避難させた、こちらのほうが安全だろう。
10ほどの生物が確認された、歯軋りして瞳を細めサーラが睨みを利かせる。

「鵺ですね、妙に数が多い」

単体で見たことはあったのだが団体ではサーラも初見だった、ということは故意に呼ばれたものだろう。
魔界イヴァンへ向かっているのなら良いのだが・・・。
息を殺し、通過するのを今か今かと待つのだが、それはこちらへとやってくる。

「お前だろう! お前が呼んだんだ!」

サーラに突如として兵隊長が掴みかかり壁に殴りつけた。
止めるまもなく青褪めた様子でサーラに暴行を加える、その様子は心底怯えきっているようだが。
制して王が隊長を怒鳴りつけた、それどころではない、と。

「何故サーラが呼ぶ必要がある? 今は力を合わせこの危機を抜けねば」
「・・・鵺は合成獣とでもいうのでしょうか、手足が虎で顔が猿、尾が蛇という奇怪な魔物です。
火に弱いので弓矢に火をつけ攻撃しましょう。先に私が先手を取ります、零れた鵺がいたら、宜しくお願い致します」

滲んだ血を拭いながらサーラは立ち上がった、久し振りに身体を動かす、些か不安だったがそうも言ってられない。

「しかし、何故この城を? あれほどの数、何者かが操っているとしか」

言うなりサーラは城から飛び出し、翼を広げ宙を舞いながら鵺へと突進した。
腰の剣を引き抜く、それは囮でいきなり火炎の呪文を放ちながら四方を囲う。
剣に注意をひきつけ、動きを封じるかのように鵺を炎の中に閉じ込めた。
動物は火に弱い、効果的で泣き喚きながら火の中でもたついている。
あとはゆっくりと剣で仕留めていくだけだ、それくらいならばサーラとて10体相手にでも出来そうだった。
火炎の魔法を突破されない限り、楽勝である。
気を抜かないように、意識を集中させたまま剣を振るう、もともと剣士ではないので戦い難いが、それでこの城の民を護れるのであれば十分だった。
アンリは寝ぼけ眼で起きて来た、嫌に城内が煩いので、部屋に引っ込むと直様服を着替え、弓矢を手にして出てくる。

「姫様、どうかおやすみをっ」
「何事ですか? 私にも状況を教えてよ」

部屋に押し戻そうとする女官を押し分け、父である王の前に出たアンリ。
すっかり戦う気でいるアンリに苦笑いをしつつも、頭を撫でた。
その準備をしてきた時点で、気配で何かが攻めてきていると解る様だ、流石としかいい様子がない。
勇ましい瞳、サーラをつけてよかった、と王は儚く微笑むと跪いてわが子に口付けを。

「魔物が攻めてきた。今サーラが一人で戦っておる」
「私も出ます、サーラに魔法も弓も習いました」
「まだダメだ、サーラならやり遂げよう。彼を信じ、待つのだ」

強引に頭を撫でると、集まってきた民に向かって吼えるように王は叫んだ。

「彼に感謝を! 魔族でありながらこの国の為に懸命に戦う彼を見よ! 種族が違えど分かり合える、彼ほどこの城を愛しているものはいないかもしれない。
未だに彼を疎む者も居たようだが、間違いだ。彼こそ、誠実なる魔族。今は祈ろう、彼が無事に戻る事を」

王の言葉に民は窓からサーラを見上げた、そして涙して祈る。
確かに魔族の彼を恐怖の対象とし、話しかけないように逃げていた。
その心を悔い、民は懸命にサーラの無事を願う。
王妃を抱きながら王も自身の宝剣に手をかけていた、数年前のあの日、サーラをアンリの家庭教師として傍に置こうと決めたのは。

「いつか来る、魔族からの侵略に耐え得るため」

世界が魔族によって侵略されている話は王とて聞いていた、そんなときに備えこちら側にも魔族を引き入れる必要があると王は常々思っていたのだ。
人間と魔族とでは力量に違いがありすぎる、稀に得意な力を持つ人間も居るのだが百人に一人、居るか居ないかだ。
生憎この城にそんな人間が自分しかいないと解っていた王は、サーラを見て決めたのである。
彼の人柄、力量ならば、万が一にも耐え得ると。
サーラを師とし学んだ人間達もまた、耐え得る者になるのではないか、と。
先を読み、戦略の一つとしていた王だったが、正攻法ではいかない相手もいるのだ。
汚い輩がいるのだ。
聞こえてきた悲鳴は人間だった、驚いて皆がそちらを見ると広間にゴブリンがなだれ込んできている。

「むぅ、こちらからも!?」

兵士達が押し返そうと懸命に前線で戦っていた、が数が多すぎる。
王も前に得るべく人ごみを押し分けて懸命にゴブリンへと向かった、当然アンリも付き添う。
窓から見ればサーラはあと一息で鵺を撃破出来そうだった、今は彼が頼りである。
民は涙を流し震えながら救世主である魔族を待つ、サーラとてその状況に先程気がついたが、鵺をこのままにしては・・・。
唇を噛み締め火炎の魔法を強化した、檻のように残る二体を閉じ込めると直様急降下して城へと向かう。
ゴブリン程度なら本来人間でもどうにかなる、しかし数の多さと何より指揮官が・・・魔族であった。
宙に踏ん反り返っている髭を生やした下卑た魔族、とてもサーラと同種族には思えない。

「は、話が違う!」

叫んだのは兵隊長だった、思わずそちらを振り返る皆。
やはりか、と鋭く叫ぶ王に口笛を吹いて魔族は豪快に笑う。

「王様、いけねぇなぁ。コイツが裏切ると解っていたのなら先に処分すべきだろう。
あんたは甘いねぇ」
「約束が違うだろう! 我らはあの魔族を追い出して欲しいと頼んだのだ、城を攻撃するなど・・・!」
「魔族を信用してないんだろ、あんた? あんな忠実な魔族を信じずに、わしらみたいなのに依頼するなんざぁ、タワケだなぁ? うひゃぁっはは!
折角依頼を受けたんだ、暇だし叩き潰してやるよ、この城」

唖然と会話聞いていた民、多少混乱していたが兵隊長の妬みがこの事件を生んだのだと皆知った。
そう、魔族のサーラに懐いていく人間が気に入らなかったのだろう。
手柄をとられるかのように、皆に技術を教えていくサーラが疎ましかったのだろう。
何より国王に気に入られていたサーラが、目障りだったのだろう。

「なんということを・・・」

アンリが近づいて隊長の頬を平手打ちした、涙を零してその腰の剣を抜くと率先してゴブリンへ向かう。
その姿を見て豪快に笑う魔族、あまりに非力な小さな娘が威勢よくこちらへむかってくるのだ。

「勇ましい姫さんだなぁ? その隊長さんより余程かっこいいぜ」
「うるさい! 即刻ここから立ち去りなさい!」

ゴブリンを薙ぎ倒して突き進む様子を、下卑た笑みで見ていた魔族、ようやく地に降り立つと恭しく礼をする。

「名前は名乗ってやるよ、オジロン。魔王アレク様直々の副隊長だ、次期ドラゴンナイト部隊長になる」
「まぁ、素敵な肩書きですねっ。でも、アナタみたいな卑怯なのが隊長だなんて、魔族には大した人がいないのねっ」

恐れもせずに前に立ちふさがるアンリ、そして吐いたその台詞にオジロンは沸点に達した。
確かに言う通りなのだが、小娘に言われては。
そもそも、全くの出鱈目だった、何時までたってもうだつの上がらないしがない魔族のオジロンである。
震えながら腰の剣を引き抜く、禍々しい光を放つそれに、それでもアンリは屈しなかった。
それがオジロンに更に苛立ちを覚えさせる。

「アンリの言う通りです、下がりなさい」

歓声が上がった、窓から深紅の髪を靡かせサーラがふわり、と登場する。
怒気の籠もった低い声と鋭い瞳、ゴブリンはそれに縮こまる。
その姿を見て、素っ頓狂な声を上げたのはオジロンだった。

「あ・・・あんた!? 人間に加担している魔族って、あんたのことだったのか!?」
「おや。知っているのですか私を」

先程の威勢は何処へやら。
突如震え始めたオジロンに鼻で笑うとサーラはアンリへと歩み寄る、そっと剣を下ろさせ耳元で「こいつは私が」と笑った。

「サーラ・ドンナー! アレク様の従姉妹ナスタチューム様の側近、”紅蓮の覇者”の異名の・・・あの」
「そうも呼ばれていますね」

平然と近寄るサーラ、聞いていたものとてサーラが唯の魔族ではなかったことに気がついた。
どうも相当位が高いらしい、そんな素振りを見せなかったのに。
明らかに分が悪いと感じたのだろう、オジロンは情けなく逃げようとした、が追跡するサーラ。

「あなたみたいな魔族がいるから、善良な魔族が間違えられて迫害を受ける羽目になるのですよ」

容赦なく斬りかかる、喉の奥で叫びながら必死に交わすオジロン。
最早勝ち目の見えた戦いに皆は歓喜の声を上げた、指揮官を失ったゴブリンは逃げ帰っていく。
隊長が兵に取り囲まれ、王の前に引きずり出された、情けなく項垂れている様子に民も落胆だ。
それでもアンリと王は妙な胸騒ぎに周囲に気を張り詰めている、このまま終わって欲しいのだが、そうも行かない気がして。
窓から見た月が妙に真っ赤でアンリは思わず胸を押さえた、瞬間、何かが弾け飛ぶ。
悲鳴が響き渡った、城に鵺が突っ込んできたのだ。
振り返ったサーラの瞳に、真っ赤に燃え盛る二体の鵺の死骸と、そして隣に立つ女の姿。

「ビアンカさまぁ」

オジロンが涙声で叫んだ、知り合いということはこちら側の敵である。
舌打ちしてサーラはその女へと舞い戻ると上空から剣を振り下ろす、女の黒髪が揺れ、残忍な笑みが現れた。

「サーラ・ドンナーに会えるとは、また奇怪なこと。部下の失態許してね」

聞く耳持たず、サーラは打ち込む。
オジロンとは全く違い、ビアンカの力量はサーラとほぼ互角のようだ、流石に額に汗が滲む。
そもそも先の鵺戦で体力を消耗しているのだ、上がる息は早かった。
喉の奥でそんな様子のサーラを見ながら、ビアンカは阿鼻叫喚の人間達を見下ろし、目障りだとばかりに魔法を繰り出す。
真空の魔法、カマイタチが人間達を襲い血の飛沫を空中に浮かばせる。
渾身のサーラの一撃を軽く自身の巨大な斧で受け止め、弾き返すと同時に剣を打ち砕いた。
唖然とするサーラ、余程の合金のようだ二つに割れた剣では戦えない。

「サーラ、これを!」

額から流血しながら王がサーラに向かって何かを投げつける、それは王の宝剣だった。
唇を噛み締めそれを受け取ると再度夢中で斬りかかる、しかし女性ながら異様なほどの腕力。
サーラはアンリが気になっていた、始終打ち込みながら探していた。
その隙を突かれたのだ、意識をビアンカに集中していれば勝てたかもしれないのだが。
王の投げた宝剣は『グラムドリング』炎を帯びた両手剣で代々伝わる、神器に匹敵しかねない代物だった。
ビアンカの蹴りがサーラの腹部に減り込む、そして追撃で巨大な斧の攻撃。
辛うじて刃からは避けたが、横身で殴打されて地面へ落下した。

「サーラ!」

駆け寄ったアンリに物珍しそうにビアンカは近づく、恐怖の色も見せずに睨み返したことに、面白くなさそうに唾を吐き捨て。

「奇妙な人間だねぇ、恐怖に慄けばいいのに」

サーラを抱き締めながら、アンリは剣を構えた。
後方ではビアンカの出現で戦意を取り戻したゴブリンが舞い戻り、民を殺し始めている。
このビアンカを倒せばその自体が急変するとはわかっていた、がアンリでは。
無理だ。
叫んで斬りかかって来たアンリを容易く避けて足で蹴飛ばす、倒れ込む前にアンリはばねをつかって立ち上がると、感嘆の声を洩らしたビアンカに再度斬りかかった。

「へぇ、反射神経は良いね、あんた」

ビアンカがオジロンよりも強い事は明白で、下手したらサーラよりも強いかもしれないのにアンリでは・・・敵う訳もなく。
真っ赤な月と黒髪の残忍な魔族。
それを瞳に焼き付けて、アンリは崩れ落ちた、サーラと共に。


やがて、サーラが目を覚ましたとき、身体中を激痛が走った。
だが、自分の上に覆いかぶさっている生暖かいものがアンリであると知った時に、そんな痛みをもろともせず起き上がったのだ。
必死で庇ったのだろう、鮮血まみれのアンリは、もはや虫の息。
息があるだけでも奇跡だったろう。
治癒の魔法が使えないサーラは、己を責めた。
泣き喚いてアンリを抱き締めていた時、唇が微かに動く。
寝かせて何を言っているのか聞こうとした、涙がアンリの唇に零れ、湿らせた。
早朝、寒い空気の中で、息も絶え絶えにアンリは語る。

「・・・前。サーラ、話してくれたよね。勇者様が存在するって。
今、この世界には勇者様がまだいないみたいだよね、いたら来てくれたものね。
勇者になったらみんなを助けられる? 
なら、私生まれ変わって勇者になるの。
だから待ってて、必ず幸せな世界を築きましょう」

勇者になれば、人を救える、世界を救える、何処ヘだって行ける。
人間も魔族も、仲良く暮らせるに違いない、そういう世界を創る事が出来るに違いない。
涙を流しながらサーラは大きく頷いた、小さな身体で次のことを考えている少女に涙した。

「・・・良いことしたら、あの人は私を誉めてくれる? 
みんなの役に立てる? 嫌わない?」

その言葉はサーラには意味が解らなかったのだが、満足そうにアンリは頷いていた。
穏やかな笑みを浮かべて、サーラの腕の中で見えない瞳を開いた。
滅び行く国で、次は勇者になりたい、と願った。
勇者になるなら力が必要だ、誰にも負けない力が必要だ。
勇者に、なれば。
勇者に、なりさえすれば。
もう、何も・・・。
 
瞳を閉じる、サーラの声が遠くに聞こえた。
まどろみの中、痛みもないそんな中でアンリは誰かを見た気がした。
誰かに呼ばれた気がした。

『次は死んだらダメだよ、会えないから』

その声に思わず頷いて、アンリは悲しそうに微笑む。

「待ってて。勇者になるから、勇者になればきっとすべて上手くいくから! 私、勇者になるの」

 

・・・とある小国に、とても可愛らしいお姫様が住んでいた。
絶え間なく光が満ち溢れている森林に囲まれた静かなお城に、穏やかな人々と。
そのお姫様は名前を『アンリ』といって、誰からも好かれるお姫様だった。
アンリ。
豊かな新緑色の柔らかな髪に、優しそうな瞳、軽く頬を桃色に染めて、熟れたさくらんぼの様な唇を持ち。
まるで少女達の夢物語、御伽噺の中のお姫様のような容姿。
愛くるしい顔立ちは、見るもの全てを魅了してしまうと言っても過言ではなかった。
民が皆揃ってこの姫を愛していたのは言うまでもない。
魔族の青年がふらり、と立ち寄ってこの姫を護る決意をした。
けれども2人に襲い掛かった巨大な悪は、姫の命を奪い、青年に絶望を与える。
姫の死後、偶々通りかかった親友のオークスという魔族に救われ、辛うじて一命を取り留めたサーラは。
国王の宝剣を携えてアンリの転生を待った。
彼女の胸元のネックレスを頂き、絵画をそこに忍ばせた。
肌身離さず、出遭えたときに解ってもらえるように。
彼女ならば、勇者として戻る気がしていた、そういう気持ちにさせる子だった。


「・・・これがその宝剣です。その廃墟はその城の成れの果て。私はサーラ、その歴史に埋もれた魔族です。・・・そんな辛気臭いお話でした」

差し出された剣を手に取り、トビィは瞳を細める。
低く呻いてそれをサーラへと返した、確かに相当な魔力を秘めている。
話を聞いてトビィは引っかかる事が多々あった、なんだか知った話な気がして。
そして、話に出た名前が・・・。
オークス。
先日ジェノヴァで聞いた名のような気がして。

「勇者が出現した、と聞きました。アンリであれば良いのですが」

自嘲気味にそういうサーラに、トビィは口を紡ぐ。
アサギ、という名の少女が勇者だ、アンリではない。
しかし、アンリとアサギが似ている気がして腑に落ちない。
雨は上がった、晴天だ。
遅れを取り戻すべく、トビィは軽くサーラに別れを告げて立ち上がり、傍らに大人しく控えていたクレシダに飛び乗る。
後ろ髪引かれる思いにも似て、聞きたいことがあったのだが、トビィは先を急ぐ。
アサギを探さねばならない。

「では、お気をつけて。御武運を」
「・・・あぁ」

深く頭を下げて見送るサーラに手を振り、トビィは旅立った。
見送りながらサーラはネックレスを外して中を覗く、もう何度も見た絵画だ。

「アンリ・・・そういえば君が探していた夢の中の人は、トビィさんのような紫銀の髪だったね」

笑って、閉じる。
もし。
そのネックレスをトビィが見ていたら。
2人は気がついたのだ。

アサギこそ、アンリの転生で間違いないと。

アンリの姿、アサギそのものであるから。

勇者になりたいと願った、この地に生まれた小国の姫。
紛れもなく、勇者として今、この星に舞い降りているのだ。

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お疲れ
おー、主要人物4人が出てこない話ってこれかぁ…
いないと、どうも違和感を感じるな(汗

サーラは結構好きだったりする、トビィとも仲が良いし

トビィの出番が多くてほくほく
トビィの後ろ 2008/09/11(Thu)18:28:38 編集
ほくほく
外伝8は短くて良いのです。
どちらかというとアサギより、サーラが主役なこの話。
ホントはもっとアンリも出ていたのですが、カットしましたです、時間の都合上。
ついでにホントはトビィお兄様達も会話する場面があったのですが、却下されたのでした。
※ビアンカが来てから、四人もその場に駆けつける予定だったのですがー。

大人の都合(違)。

残る外伝は・・・。

まだまだあるー(項垂)。
アサギ 2008/09/11(Thu)21:28:04 編集
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