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別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。 いい加減整理したい。 ※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。 絶対転載・保存等禁止です。 宜しくお願い致します。
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手を取り合い、和気藹々と語り続けるサマルト、ムーン、アサギの三人。
が、突如後方から眩い光に照らされ、小さく悲鳴を上げた。

「ちっ、また追手か!」


腕で辛うじて光を遮りつつ、サマルトがアサギを庇う様に前に出る。
眩い光は巨大だった、それは徐々に二つある、と解り始める。
その光で、魔物の死骸はまるで原子に還るように消えていった。
剣を構えながら、必死で威嚇するサマルトの後方、ムーンが驚愕の瞳で光を見る。
二つの光の中に、人影。
攻撃態勢を崩す事無く、それでもムーンは強張らせていた身体の力を抜いた。

「大丈夫よ、サマルト。あれは敵ではなさそう」

緊張を解いて、サマルトの肩に手を置くムーン、怪訝にサマルトも瞳を細めて光を見る。
不機嫌そうにサマルトは渋々剣を鞘に戻す、眩しそうに光を見つめるアサギを、未だ背に隠しながら。
徐々に光が薄れていき、ムーンは迷う事無くそちらへと歩み寄る。
光の中から、人影が7現れた。

「やはり、ムーン王女。久しゅう御座います、憶えておられますか?」
「あぁ、やっぱりアーサー殿でしたか。本当に御久し振りです」

うち、一人が歩み寄るムーンを見つめ、弾かれたように笑みを浮かべて話し掛ける。
安堵し、先程とは違ってまだ幼さの残る笑顔でムーンもそれに応えた。

「アーサー殿がこちらへ来た目的は。・・・やはり、勇者を?」
「えぇ、お察しの通り。ムーン王女もですね? それから・・・あの方々もその様子」

アーサーが一瞥した先には、ムーンも知らない人間が立っている。
何処となく雰囲気から気品漂うアーサーと違い、その6人は粗野な感じがした。
恭しく跪きムーンの手を取ると、その右手に口付けをするアーサー。
そのもう一組の団体を気にする様子もなく、サマルトの背から顔を覗かせたアサギへと視線を移す。

「あの子が、勇者ですか」
「そのようです」

アーサーは傍らのムーンの返事を聞くと柔らかな物腰でアサギに礼をする。
ムーンの手を引きながらアサギに近づくと、ムーンと同じように恭しく跪いた。

「一目でわかりました、勇者殿。初めてお目にかかります、私は3星チュザーレのアーサーと申します。ボルジア城で賢者をしております。お会いできて光栄です」
「あ、えっと、初めましてっ。浅葱といいます。よろしくお願いします」

慌てて頭を下げるアサギ、軽く吹き出して頭をそっと撫でるアーサー。
その右手をそっと掴み、下から覗き込む形でアサギに微笑する。

「ですが、あまりにアサギの手首は細く、折れてしまいそう。か細いか弱気花の茎、大事に大切に、この私が御守致します」

困ったように俯くアサギの隣で、不貞腐れ気味のサマルトを見つつ、ムーンは呆れて項垂れた。
確かにこのアーサーという男、若くして賢者の地位に登り詰めただけあって、実力は目を見張るものがある。
それはムーンにも解っているのだが、どうも女性に対しての態度がいけ好かない。
誰にでも大袈裟に姫扱い、軟派な感じがする。
舌打ちしてサマルトがアサギとアーサーの間に割って入った。
胸を張り、大声で声高らかに叫ぶ。

「オレはサマルト。何度か会った事もあるだろう。よろしく」
「はぁ」

暫し考え込むように宙の一点を見つめていたアーサー、その末に出た言葉は。

「思い出しました、各国の王子の中で一番尻の青いガキ臭い王子。乱暴物で無頓着、目に余る行為・・・の、サマルト王子ですね」
「うっわぁー、すげぇコイツむかつく」

穏やかな笑みを浮かべたまま淡々と言葉を紡いだアーサーに、サマルトは憤慨して思わず拳を強く握った。
確かに頭に血が上りやすいのだが、それでもその表現の仕方はどうなのか。
歯軋りしながらアーサーに身体を震わせるサマルトの傍ら、ムーンが深い溜息を吐いた。

「サマルトには勝てないわ。彼、口が達者だもの」

小声でサマルトの耳元でそう囁く。
そんな様子を見ながら、すっかり放置されていたもう一組の団体が近寄ってきた。
先頭の妖艶な美女、アサギに真っ直ぐ進んでくる。
憮然とアーサーがその美女の正面に立ちはだかる。

「ちょっとぉ、話を進めないでくれる、勝手に。勇者を祭り上げないで、その子は私達の勇者なのだから」

紫の流れるような髪、暗闇で光る猫のような鋭い瞳、抜群の豊満な身体、瞼にたっぷり光る粉、唇は魅惑の真紅。
アサギは海外モデルのようなその美女に、思わず感嘆の溜息を漏らす。
挑発的にその美女は、サマルト、ムーン、アーサーを交互に見やった。
最後にアサギで視線を止める。

「この子は、私達4星クレオの大事な勇者。奪わないで」
「はぁ!? 何を勝手に! オレ達2星の勇者の証である、この碧石が証拠。何を根拠に」

サマルトが慌てふためいてアサギの手首に嵌っている光る石を、堂々と美女に見せ付けた。
自信たっぷりに美女がアサギの手を取る。

「よく観て頂戴。彼女に相応しいのはこちらの石。翠の石、4星クレオの勇者の石」

高笑いしながら、勝ち誇った様にサマルトにアサギの手首を見せ付けた。
カシャン・・・
碧石が虚しく地面へと落下し、代わりにアサギの手首には翠の石が埋め込まれた腕輪が。
サマルトの引きつった叫び声、地面に落ちた大事な腕輪を慌てて拾い上げる。

「馬鹿なっ、この子にちゃんとオレ達の腕輪が填まっただろう!? 何故外れた」
「・・・先にあなた達2星の方々がこの子に遭遇した。4星勇者であるにもかかわらず、2星の石に反応した。勇者としての器が、あまりに巨大すぎて、反応してしまった・・・と考えるわ、私は」

勇者としての器が、あまりにも巨大すぎて。
シン、と静まり返った中で、一人アサギだけが首を傾げる。

「あのー、すいません。質問しても良いですか?」
「どうぞ」

微笑んで、アサギの視線へとしゃがみ込む美女。

「勇者って、そんなにたくさん存在するものなんですか?」

率直な質問だった。
話を聞いた限りでは、自分以外にも勇者が居るらしい。
勇者って、一人だけだと思ってた。
アサギは混乱気味に手首に填まっている腕輪を見つめる。
美女はゆっくりと微笑むと、共に来た団体の一人を手招きする。

「説明、するわね。まずは、私はマダーニ。そのひょろ長い戦士がライアン。巨乳の娘がアリナで、後ろのじーさんがブジャタ、女の子みたいな男がクラフトで・・・」

解りやすいような解りにくいような、そんな説明をされたメンバーは苦笑いしている。
手招きされて近寄ってきたマダーニに似た容姿の少女が、微笑してお辞儀をした。

「この子が私の妹のミシア。というわけで、ミシア、交代」

ぽん、と肩を叩いて一歩下がると、ミシアを前面に出す。
物静かそうな少女は遠慮がちに軽く礼をし、アサギに微笑みかけた。

「勇者を渇望している星が、現時点で4つ、存在します。1星・ネロ。2星・ハンニバル。3星・チュザーレ。4星・クレオ。話を聞いていた限りでは、サマルトさん、ムーンさんが2星、アーサーさんが3星・・・合ってますよね?」

三人を見て、同意を得るとミシアは安堵した様に溜息を吐いた。

「勇者、は『世界が混沌の危機に陥った時、伝説の勇者が石に選ばれ世界に光をもたらす』とされています。石は各星に存在します。だから、勇者が数人存在するのです」

ミシアがゆっくりと、手にしていた直径10センチほどの水晶球を胸で優しく抱きとめる。
瞳を閉じ、何かしらの呪文を詠唱すると、その水晶球が淡く光り始めた。
それは煙のように何本か白い帯を発し、ふわり、と風に流されるように宙を舞う、何かを探すように。
一本はアサギの目の前で静止した。
残る帯は・・・5本。
アサギの前の帯は白から翠へと色彩を変えていた。
息を飲み込み、その帯を見つめる一同、ゆっくり、ゆっくり、帯は伸びる。

やがて帯は生徒達の間を掻い潜って探し当てたようだ。
アサギは思わず声を張り上げて名を呼ぶ。

「友紀っ」
「浅葱ちゃんっ」

親友の友紀、その目の前に伸びた帯は銀色で、何時の間にやら琥珀色の石が填まっている首飾りが帯の先端に浮かんでいた。
友紀はそれを恐る恐る手に取ると、ごく自然な動作でそれを首へと。

「1星の、勇者の片割れ」

小さく呟いたミシアに、アサギは思わず友紀へと駆け寄る。
見れば他のメンバーも顔見知りばかりだ。
全員、同級生。
友紀と同じ琥珀色の石が填め込まれた腕輪を、怪訝に見つめている実。
先程までアサギの手首に填まっていた碧の腕輪を手にしているのは、健一。
紅の腕輪を左手に填めて健一と会話しているのは、大樹。
そしてアサギと同じ翠の石の腕輪を填めているのが、朋玄。
実は、忌々しそうにその腕輪を見つめたまま、動かない。
健一、大樹、朋玄は三人で集まって何かしら会話していた。

「実君も勇者みたいだね」

あまり勇者の意味を理解していない友紀が、笑顔でアサギに語りかけた。
不安そうに小さく友紀を見るアサギ、実を気にしながら友紀に小声で語る。

「なんだか、機嫌悪そう」
「そんなことないよ、みんな友達だもの。大丈夫」

親友のアサギと同じだったことが嬉しくて、友紀は安心感に包まれていた。
その為、実を心配するアサギを励ました、彼女にはまだ余裕があった。

「浅葱、お揃い」

弾かれたように駆け寄ってきたのは朋玄だった、アサギの石の色と全く同じ石を持っている。
生徒会長・朋玄。
茶色気味のさらさらな髪、校内で美少年といえば名の上がる、勉強も体育も得意な少年だ。
故に、優等生のアサギとは何かと仲が良かった。
ちなみに朋玄もそんな環境からアサギと釣り合えるのは自分しかいない、と思い込んでおり、付き合っている気でいる多少自信過剰な少年。

「石で、どの星の勇者か判別出来るみたいだね」
「浅葱と俺が一緒。実と友紀が一緒。健一と大樹は違うみたいだな」

二人も合流し、互いに石を見せ合う。
健一は純粋な黒髪の大きな瞳が印象的な、まだまだ可愛らしい顔立ちの少年だ。
背も低く、アサギや友紀と大して変わらない。
大樹が小学校6年生にしては長身で大人びた少年だった。
170センチ近い為、電車の運賃が子供料金で乗ろうとすると止められる・・・という本人にしたら傍迷惑な、けれども少年達から見たら羨ましい身長の持ち主。
一番落ち着いて見える。
健一を見るなり、ムーンとサマルトが同時に鋭く叫んでいた。

「ロシア!?」
「似てる、ロシアに・・・。数年前のロシアにそっくりだ・・・」

驚いて健一は二人を交互に見つめていたが、どうしてよいか分からず軽く頭を下げる。
健一の腕には碧石、間違いなく2星の勇者。
低く唸るサマルト、ムーンが微かに身体を震わせて、涙を零しながら健一を見つめる。
あぁ、そうだ、ムーンはロシアに片思いをしていた。
サマルトはそう思い、似ている健一を見つめる。
ロシアは数ヶ月前、魔物に襲われたムーンを庇って息絶えていた。
本来ならばロシアもこの場に居るはずだったのだ。

「認めざるを得ない、か。わかった、彼が2星の勇者だ」

呟いたサマルトに、ムーンが頷く。
隣でアーサーが大樹を見つめている。
大樹の腕には紅石、あれは3星チュザーレの勇者の証。

「彼が我らの星の勇者、ですか」

何処となく、残念そうに呟いたアーサー。
勇者は、6人。
マダーニが中心に躍り出ると、綺麗な透き通るソプラノの声で語り出す。

「揃いし6人の勇者様。あなた方を御守りし、共に魔王を倒すこと、それを約束いたします。どうか、共に戦ってください、準備は宜しいですか」

ミシアが呪文を再度唱える、空間が歪み校庭に一箇所、不可思議な空間が出来上がった。
ぼんやりと、向こう側に純白の建物が浮かび上がっている。

「4星クレオ・神聖城クリストバルへの道です」

マダーニ、ミシア、アリナ、クラフト、ブジャタ、ライアン、六人が道を作る。

「私、行きます。お願いします」

アサギがそう答え、足を動かし、その道へと進んでいく。
断る理由がアサギには見当たらない、待ち焦がれた世界が目の前に存在するのだから。
勇者と呼ばれた、勇者に選ばれた、なら、応えよう。
サマルトとムーンが現れて、魔物と対峙した時点でアサギは決めていた。
この世界に足を踏み入れよう。
幼い頃から、夢があった、勇者になりたかった。
勇者になりたかったのは、誰かを救えるから、大勢の人を救えるから。
大勢の人を笑顔にしたら、自分にも良いことが返って来るはずだから。
だから勇者になる、私は勇者になる。
良いことをすれば、良いことをしていれば、いつか、きっと・・・。

「いつか、きっと」

無意識のうちにアサギは唇を動かすが、それは誰にも聞こえない。
アサギが行くなら、と友紀が続いた。
スカートの裾を引っ張って、友紀が戸惑いながら進んでいく。
無論、朋玄も胸を張り堂々と二人の後方から進んでいった。
釣られるように、健一と大樹がその後ろをついてく。
その様子を見つめながら、慌てふためき道を遮ろうとしたのはサマルト、ムーン、アーサーだ。
勇者が全員4星へ行こうとしている、それは困る。

「ちょ、ちょっと待った! 待った、待ったっ」
「言いたいことは解るわ。安心して、サマルト君。あなた方も4星クレオへ来て貰うのよ」

マダーニのその発言に、大人しくなるサマルト。
ムーンが怪訝にマダーニに詰め寄っていく。

「ハイ、だった? あなた方2星の魔王の名前。そいつも、3星の魔王、ミラボーってのも、すっごい迷惑なんだけどクレオに来ちゃったの」
「な、なんだって!?」

心底嫌そうに舌打ちしながら、マダーニは髪を掻き揚げる。
訝しみながらも、腕を組んで小さく頷くアーサー。

「・・・ここ最近、魔物の動きに変化が生じていたのは、私達も気にかかっていたのですが。魔王が星を移動? 本当ならば、私もクレオへ行かなければなりませんね」
「どうやってソレを知ったんだ? 宣戦布告に来たわけじゃないだろ、魔王が」

反発するサマルトに、気だるくマダーニは告げる。

「魔王自身の姿を確認したわけじゃない。けれど、魔物の種類が増加して、明らかに別世界の魔物が徘徊している。今から行く神聖城クリストバルの神官達が、魔王の終結を予言して。現在に至るわけ」
「何より、こうして別の星の勇者達が一同に集まり、その場所に我らが集結した・・・そう、まるで不可思議な運命の路に足を踏み入れて導かれたような、そんな状況下ですじゃ。信じてくだされ」

押し黙っていた最年長のブジャタ、咳き込みながらそう語る。

「身内を誉めるのもなんだけど、妹のミシア。この子もそんな夢を見た。この子の力は信用していいと思う」

ムーンが意を決してマダーニに頭を下げる、認めたらしい。
面白くなさそうにサマルトも、それでも同意した。
アーサーも、神妙に頷くと決意する。
皆が全員、次の路へと進もうとした時だった。
アサギが弾かれたように一点を見つめる、そう、あと一人、足りない。

「お前らさ、何考えてんの」

名を呼ぶアサギ、ぎゅっと友紀の手を握って、実を見つめる。
そう、実だけが輪を離れてこちらを睨んでいた。
その視線は、こうなることの元になったアサギを睨みつけているようで、アサギは申し訳なく肩を竦ませる。

「新しいソフトを買った、ゲーム機に差し込んだ。名前をつけて冒険の旅に出た、レベルが上がって、敵を倒した。・・・なら、いくらでも俺もやるよ。でもさ、勇者って俺達だろ? どうやって戦うわけ? 死んだらどうなるわけ? なんでそんな簡単についていっちまうかな。俺は絶対行かない」

アサギを鋭く睨みつけ、怒鳴る。
視線に耐えられなくて、後退するアサギを庇ってか、朋玄が前に出た。
アサギが行くと言い出し、それに釣られて皆が行くと言い出したのだから、実にとってアサギが最も邪魔な存在。
それに、実がアサギのことを嫌悪しているというのも、朋玄は知っている。
自分の意思とは裏腹に、勇者に仕立て上げられた現状が実には気に食わないのだろう。
誰かに釣られて同じ行動をするのが、実は大嫌いだった、幼馴染の朋玄だからこそ、解る。

「実は来なくてもいいよ。俺は行くけど」
「朋玄が行くのってさぁ、田上が行くからだろ? 勇者ってそんな動機で動いていいわけ?」

実の挑発にひるむ事無く、自身有り気に微笑む朋玄。

「浅葱と俺は同じ星の勇者らしい。浅葱を護ることこそ、勇者である俺の使命な気がするんだ。それに、大事な浅葱を一人で行かせるわけにはいかないからね」
「あっそ、勝手にすれば?」

よくもまぁ恥ずかしげもなくぽんぽんと言葉が出るよな、朋玄。
石を放り投げて、実は他の生徒達の輪へと戻っていく。
呆然と、立ち尽くしてアサギは実を見つめる。
実の姿を見つけた時、アサギはとても嬉しかったのだ。
親友の友紀しか知りえない事実、アサギは実が気になっていた。
実に嫌われているという自覚はあったけれど、勇者になって色んな冒険をしていたら『また』前のように仲良くなれるのではないかと、淡い期待を抱いてしまった。

―――あさぎちゃん、おっきくなっても、なかよしでいようね

幼稚園、小学校へ行く前、アサギは実ととても仲が良かった、多分実は憶えていない。
小学校へ行ったら、実がいなかった。
引越ししていた事を知らなかったのだが、小学四年生になったら、転校生として実が戻ってきたのだ。
アサギは一瞬で幼稚園で仲が良かった実だ、と、憶えていたけれど、実は全く憶えていなかった。
もともとアサギは優等生で誰からも好かれているけれど、実は問題児で先生に叱られ、先月は線路に石を置いたとかで警察に呼び出され、正反対なのだ。
優等生の朋玄とは、何かしら噂されるのだが、周りも実との噂は当然してくれない。
実際、アサギは実の口から「田上浅葱が嫌い」と聞いている。
五年生、違うクラスだったアサギと実。
実のアサギ嫌いは有名で、男子生徒が一体何故か、と聞いた。

「実って変わってるよなー。田上の何処が嫌いなわけ?」
「お高くしてるとこ、優等生ぶってること、自分が正しいと思ってること。誰にでも好かれてると思っているとこ、などなど」

さらり、とまるで聞かれるのを待っていた様に実は友達に言った。
そうかー? と首を傾げる友達に、実は面白くなさそうに吐き捨てる。
そら見ろ、お前らだって田上浅葱主義者じゃないか、そういうのが気に食わないんだよ。

「嫌いなもんは、嫌い。大嫌い。俺は田上浅葱が大嫌い」

その実の肩を、友達が揺さぶって叫び声を上げたのだが、遅い。
教室の入り口、アサギ本人が突っ立っていた。
唖然とその姿を見つめ、実は急速に青褪める。
居るなんて知らなかった、クラスが違うから、来るなんて思っていなかったから。
アサギは静かに、沈黙するクラスの中、同じ生徒会役員の朋玄を呼び、気にするわけでもなく笑顔でノートを手渡す。
生徒会の次の議題が書かれているノートだ、それを届けに来ていたらしい。
泣きもせず、怒りもせず、アサギは普段通り手を振って教室から離れていく。
慌てふためく一同、実は窓から空を見ている。
雨が朝から降り続けていた。

「お、おい、いいのかよ、実」
「全部聞いてたみたいだけど・・・」

反論するとか何かリアクションしてくれればよかったのに。
実は小さくそう呟く。

「いいよ、別に。クラスだって違うしさ、顔を合わせる機会なんてないし。俺に嫌われててもどうってことないんだよ、相手にしてないんだよ」
「は?」

椅子を蹴り上げる。
椅子が盛大な音を立てて倒れ、女子が叫んだ。
・・・いいんだよ、別に。

そんな、過去が合ったからこそアサギは現在実に声をかけられない。
一緒に行こうよ、そう言いたかったけれど、言ったところでどうにもならないのは、十分承知の上だった。
声をかけても拒絶されて反発するだけだろう、出掛かった言葉をアサギは飲み込む。
今は幼馴染の朋玄が、頼みの綱、祈るような気持ちで見つめる。

「うん、じゃあいいや。一人くらい勇者が居なくても平気だろうし。その分俺が頑張ればいいよね、じゃ、意気地なしの実」

そんな言葉!? アサギは絶望的で友紀の手を硬く握る、もう、駄目だ。

「誰が意気地なしだ!」

案の定火に油を注いだらしい、実は憤慨して朋玄に詰め寄る。
気に食わないと、言葉より力で返すタイプだった、今にも殴りかかろうとしている。

「えー、本当のことじゃん。怖いんだろ」
「怖くはないけど、簡単に受け入れるのが変だって言ってるんだよ」
「受け入れられないのは怖くて自信がないからだろ?」
「違うって言ってるだろっ」
「じゃあ来ればいいじゃん、怖くないなら来いよ」
「あーあー、解ったよ、行くよ、行くっつってるだろっ!」

捨てた勇者の石を拾い上げる、実は大股で朋玄に近寄ると、右手の拳で殴りつけた。
が、それを難なく受け止める朋玄。

「意気地なしでないことを証明してやるよ」
「精々頑張れば」

鼻で笑い、朋玄はマダーニに向き直った。

「勇者、全員行きます」

安堵し、アサギは友紀に凭れ掛かる。
朋玄なりの、実の説得の仕方だった。
健一と大樹に話し掛けられ、幾分か実は冷静さを取り戻したようで。
ようやくアサギも張り詰めていた緊張を解くと、笑みを零した。

「何? 実が来たほうがよかった?」
「も、もちろん。みんなで仲良く協力しなきゃ」

不意に本心を突かれて、アサギは狼狽えて返事をする。
朋玄はそんなアサギを気にする様子でもなく、アサギに微笑んだ。
こうなることは解っていたように、マダーニは軽く笑うと、仲間達と頷き合う。

「じゃあ、行くわよ!」

声を合図に、光が全員を包み込んでいった。
校庭に残る、教師、生徒、唖然とその光景を見守る。
理解し難い状況で、何をどうすればよいのだろう、これは夢だ夢に違いない。
一人、その中で全力で走り出す少年が居た、三河亮、アサギの幼馴染。

「浅葱っ!」
「みーちゃん、行ってくるね!」

アサギはまるで旅行へ行くかのように、楽しそうに亮に手を振る。

「待て、行くな! 僕も行くから!」

無我夢中で亮は手を伸ばす、光の中へと手を伸ばす、だが、無常にもそれは弾かれた。
勇者でない者は立ち入るべからず。
亮は目の前で掻き消えていくアサギを見つめながら、唖然と、自身の手を見た。

「どうして、どうして僕は選ばれなかった・・・?」

残された全員に、その言葉が届けられた。
勇者の器って、なんだろう、何を基準に選ばれたのだろう。
悔しそうに顔を歪めて、校庭を踏み鳴らす亮。
アサギの傍に、いなければいけないのにっ!
傍を離れてはいけない気がしていた、けれども、一緒にいられない。
誰か、勇者を代わって欲しかった、実が行かないのなら自分が行くつもりだったのに。
どうか、どうか、誰か、彼女を護ってくれ。
僕が傍にいられないのなら、誰か別の人間が、彼女を護ってくれ。
亮の周りを風が吹き荒れる。
砂塵が舞って、校庭に残された一同が再び叫び声を上げた。
風が、物悲しく地を這う。
離れてしまった大事な娘を捜すように、一陣の風が舞う。
亮の身体から、風が、巻き起こって吹き荒ぶ。
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