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「痛いそうです、苦しいそうです」
「はっ、植物がかね? つくづく、面白い娘だな。エルフは確かに植物や動物達と心を通わす事が出来るそうだが」
「私、エルフじゃないです」
「しかし、その身に纏わりつく空気が」
言葉が遮断された、目の前のアサギの容貌が変化していたからだ。
声にならない叫び声を上げ、間を置いてから恐怖のあまりソレは魔法詠唱に入る。
ふわり、と軽く宙に浮き、新緑を思わせる綺麗な緑の髪に、少し濃い緑の全てを見透かす不可思議な光の瞳。
見た瞬間、寒気がした、背筋に伝う汗は本能で恐怖を感じ、身体が拒否反応を起こしている。
それでも魅入った、魅入ってしまったこの目の前の娘に。
そして勝てないと悟った、次元が違いすぎると『人一倍魔力が高い』ソレは直感してしまったのだ。
「き、きき貴様、何者だっ!」
「アサギ、といいます。植物達はあなたよりも、とても強かなモノ。あなたの非力さ、見せてあげます」
右手を空高く掲げるアサギ、沸々と怒りが込み上げて来るのか、瞳の鋭さが増している。
反射的にソレは魔法を放った、叫び声に近い魔法詠唱。
「巡る鼓動、照らす紅き火、闇夜を切り裂き、灼熱の炎を絶える事無く。我の敵は目の前に、奈落の業火を呼び起こせ、全てを灰に、跡形もなく燃え尽くさん! 爆熱大火撃」
アサギの周りの空気が微妙に変わる、薄紫がかった靄がアサギを包み込んだ。
唱えられた魔法は火炎系最大の呪文である、両手から放たれた巨大な火炎が一直線に眩い光を放ちつつアサギに襲い掛かる。
が、アサギへ届く前に瞬時に掻き消えてしまった。
灼熱の炎、徐々に弱まるとかそういう類ではない、何事も無かったかのように消去されたのだ。
「ば、馬鹿な! わしの得意呪文が、こんな、こんな小娘にっ」
呪文を防ぐ者は過去にも居た、が、何も発動していないのに掻き消したのはアサギが初めてだ。
狼狽し、一歩、また一歩と退却を始めるソレ、ゆっくりとアサギは距離を縮めるように近づいていく。
左手を空高く掲げ、揃った両手を軽やかにしならせると、微笑。
「ここにいるから、出ておいで。大丈夫」
その言葉。
一瞬理解し難い意味だが、ソレは絶叫した。
毒を撒き散らし、死に絶えさせたはずのその空間、その柔らかい声に導かれるようにアサギの足元から緑の芽が顔を出したのだ。
「ヒィィィィィィ」
次々と顔を出す小さな草花、踏み潰すことが出来る貧弱なその存在、畏怖の念を抱く。
「ば、馬鹿な!? わ、わしの、わしのっ醸成がっ」
アサギの身体から溢れる温和の光、大地に降り注がれ小さな芽達は急速に伸びていく。
まるで一つの植物の成長過程を早送りで見ているように、どんどん成長する。
数分と経たない内に、その虚無の空間は周囲の森と同じ風景を描いた。
さわさわと出来たばかりの森を風が吹き抜ける、緩やかな新緑の香りが鼻先を擽る。
腰が抜けて、その場から逃げようにも逃げられないソレ、木漏れ日が降り注いでいるアサギをただ見つめる。
何者だ、この娘。
何者でもこうなれば構わない、逃げなければ殺される。
人間ではない、エルフでもない。
じゃあ、何だ?
光の粒子を身に纏い、類稀なる美貌を持った、絶対的な能力を持つ娘。
「力、貸してくれるかな」
地面にトン、と降り立つとアサギは両手を真横に開きつつ、優しく大地に語り掛ける。
その場に存在する全てのイノチから、何かを受け取るように恭しく胸の前で両腕を使い抱きとめながら。
何かを創製するように腕をくるくると回しながら、ソレの目の前でアサギは小さく呟いた。
「フィリコ」
パン、と空気が弾ける、閃光が辺りを覆いつくし、目を直撃されたソレは絶叫した。
地面を転げまわるソレの耳に、何やら音が届いた。
目がやられてしまい、見ることが出来ないのだが、奇妙な音だった。
アサギの右手に何時しか握られていた武器、純白の鞭である。
棘が幾つも付属されており、時折虹色に輝くその鞭を、アサギは硬く握り締める。
潰れた瞳を、アサギへと向ける。
自分に向けられる冷淡な表情、無情の瞳、この世のものとは思えない程美麗なその姿。
鞭を軽く一振りすると、それが一本の直線へと変化する。
まるで長い槍のような、細くも鋭い鞭とはもはや呼べない代物。
躊躇することなくアサギは地面を蹴って、蹲っているソレへと突進すると、両手で突き刺す。
斬る事は出来ない、だが、先端が鋭利に尖っている為当たれば一突きで敵に重症を与えられる。
棘が付属されているので、抜く際にも棘が体内を傷つけるのだ。
ガクガクと身体を震わせると何か言いたげに口を開こうとしたのだが、もはや力が残っていない。
微量の血を口から滴らせ、そのまま息絶える。
アサギはフィリコを引き寄せるが、抜くのに力が要ると解ると左手を真っ直ぐソレへと向け。
詠唱なしで火炎の呪文を放ち、死体の焼却を始める。
ミイラのような身体が、紅蓮の炎で包まれて消えていく最中、アサギは鞭を大気へと返還した。
「ありがとう」
空を見上げて微笑むと、力を無くしてその場に崩れ落ちるアサギ。
意識が消えた途端に髪と瞳の色が漆黒へと戻っていく。
数分後、耳元に柔らかな物が触れているのを感じたアサギは慌てて目を覚ました。
起き上がるとリスやらウサギ、小鹿などが集まって来ている。
警戒することなく集まってくる森の住人達、嬉しそうにアサギは手を伸ばすと、上空から小鳥が飛んできてその手に留まった。
アリガトウ、アサギサマ。
「もう、大丈夫だよ」
苔の生えた柔らかな大地に腰を下ろし、アサギは暫しそこで戯れる。
やがて後を追ってきたトビィが、その姿を見つけて息を飲んだ。
追いかけている最中、眩い光が目の前から迫って来た為不安で胸が押し潰されそうだったが、アサギは元気なようだ。
安堵の溜息と歓喜の溜息を零し、無事な姿に駆け寄って抱き締めたかったのだが、その姿に見惚れてしまい一歩も動けない。
どれ程魅入っていたのだろうか。
「トビィお兄様」
気づいたアサギが小走りで駆け寄ってくる、頬を膨らませて一言。
「動いちゃ駄目です、って言ったのにー・・・」
大木の根元に無理やりトビィを座らせ、アサギはトビィの傷口に掌を重ねて息を吸い込んだ。
傷口に暖かなものが流れ込む、然程大した毒ではなかったようで今は気分も悪くないのだが、アサギの懸命な回復魔法によって傷口が塞がれていった。
「敵はどうした」
「倒せました、大丈夫です」
この上ない可愛らしい笑顔でトビィに笑いかけたアサギだが、不振に思ったトビィはアサギの身体を見つめていく。
右手で視線を止めたトビィは、弾かれたように起き上がった。
思わずアサギの手首を掴み引き寄せると、頬に手を添えて珍しく怒気を含んだような口調で語る。
「怪我してるだろう、自分を治せ。オレはもう大丈夫だ」
「これくらい、へっきですよ? 痛くないですし、動かないで下さい」
言い出したら頑固アサギが聞くはずも無く、トビィは頭を撫でた。
「わかった、だがその代わり消毒だけはさせてもらう」
左腕で強引に抱きとめると、出血は止まっているのだが右腕の傷口にトビィは舌を這わせる。
その時、トビィの顔が微かに歪んだ。
・・・なんだ、この味・・・。
近づいて解った、甘く眩暈を覚える不思議な香りの血である。
口に含み、甘美で清らかな舌触りの良いその血を喉へと唾液と共に流し込む。
傷口が沁みたのかアサギは身体を跳ね上がらせると、トビィの胸の中で小刻みに震える。
時折聞こえるアサギの微かな呻き声が、妙に悩ましくトビィの脳を刺激した。
小鳥達の囀りに混じって、夢中で傷口を嘗め続けるその音が、森に響き渡る。
「・・・っ、ふ、あ、あの、もう大丈夫です。離して下さい」
「あ、ああ、すまない」
貪る様に無心だったトビィは、じたばたともがくアサギにようやく我に返ると腕の力を和らげる。
アサギの頬は赤く色づき、気まずそうにトビィを見上げた。
恥ずかしかったのか、痛かったのか、瞳が微かに潤んでいたので思わず唾を飲み込むトビィ。
アサギの吐く息が、薄桃色をしているようで、このまま抱き締めてしまおうかという考えが横切ったわけだが、強引に押し留めた。
「まずいな、妙な色気がありすぎる」
「ほぇ?」
苦笑いすると髪をくしゃくしゃと撫で上げ、不貞腐れてそっぽを向くアサギを立たせると、馬車へと戻るように歩き出した。
「あの、足大丈夫ですか?」
「あぁ、完治した。ありがとう」
自由の利くようになった足を微笑しながらアサギに見せると、二人は手を繋いで歩く。
そう、完治していた。
覚束無い、憶え立ての回復魔法でトビィの傷が修復したのだ、異常なまでに綺麗に。
二人は森を抜ける、先程の魔導師が消え幻惑の空間が消滅したので馬車までの道程は然程遠くも無い。
マダーニが目くじら立てて怒りながら駆け寄ってきた、が、事情を話すと表情を強張らせる。
「二人とも無事?」
「大丈夫だ、オレがついてる」
「ま、トビィちゃんが一緒ならね。さ、ご飯出来てるわよ。食べましょう」
腹を刺激する鍋の良い香り、香辛料と共に野菜と鶏肉が煮込んであるようだ。
二人を待っていたらしく、空腹の一行は文句を言いながらも歓迎し輪になって食べ始める。
「いただきまーすっ」
こうしていると、本当にキャンプに来ている様だ。
トビィは美味しそうに鍋を食べているアサギを見つめる、不思議な子だ、と。
外見が綺麗なのは確かなのだが、それだけではない、妙に人を惹きつけてやまない空気を持っている。
危険な媚薬のように、一度堕ちたら戻れないほどの、誘惑の空気を。
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