ＤＥＳ本編第一章の３２話『まさかの同一方向へ』

トビィお兄様が、あれでそれでこーんなことになっていますが、この方はもともとこういうお方なので、気にしないでほしーのです。

が。

過去にこの回の後、トビィの人気が大きく分かれて、面白かったです（おい）。
私は好きです、こーいう人。（笑）

というわけで、トビィ編、進めてみました。

トビィは単独で馬を走らせ、翌日の朝方ジェノヴァへと舞い戻った。
無論、飲まず食わずの不睡眠。
目的は、ただ一つだけ”アサギ奪回”である。
その為には魔界イヴァンへ行かねばならないだろう、魔王ハイの居場所はそこしかない筈である。
しかし、魔界イヴァンは南半球に位置する島である。
自分で船を借り、船員を雇い、出航する・・・というのが一般的な行き方だ、しかし魔界である。
普通船など誰も出さない。
しかし、トビィにはもう一つ、確実な方法があった、
トビィにしか出来ないこと、ドラゴンナイトであるトビィが相棒の竜達と再会し、イヴァンへと向う方法である。
数ヶ月前離れ離れになったトビィの竜達、ジェノヴァの噂ではコスルプ及びバルトロメオ周辺に竜が現れる、とのことだった、そこまで辿り着けば後は簡単である。
問題はどうやってそこまで行くか、だ。
先日の会話で、コスルプ行きの船は当然休航だと知った。
物事が上手く行かず、気持ちが苛立ち、トビィは焦っていた。
とりあえず冷静になり、落ち着いて考えるほかはないと判断、休息及び睡眠をとるために宿を探した。
思えば空腹でもあった、脳の回転が悪いのもそのせいだろう。
無性に苛立つものそのせいだろう、宿の近くの手頃な飲食店に入ると、適当に注文した。
椅子に深く腰掛け、安堵の溜息を軽く吐く。
瞳を軽く閉じて、呼吸を整える。
冷静になり、最短で竜に会える道を探すのだ。
地図を開き、運ばれてきた料理を口にした。
危険な道でも構わなかった、それでアサギと会う時間が短縮出来るのであれば。
叩いた豚肉の煮込み料理で、トマト、ニンニク、タマネギとを香辛料で辛めに仕立ててある。
それを小麦粉を水で練って焼いたものに添えて、食べるというものだった。
辛目の料理であったが、そんなことトビィには関係がなく、脳内はクレオ全土の地図が張り巡らされており辛いかどうかすら判別出来ていない。
平然と食べ続けるトビィに、周囲が拍手を送り、気前の良いものは酒も差し出してきた。
騒ぎ立てる周囲をものともせず、地図との睨み合いを続ける。
左手に地図、右手に酒、そして悩み込む姿は周囲の女達をざわめかせた。
怜悧そうな顔立ちの、美しい容貌の少年と青年の中間のトビィ。
そして独りきり、いつ声をかけようかと、女達が取り囲んでいた。
が、トビィはそれどころではない・・・。

バロトロメオ、とは海に浮かぶ孤島だ、広くはないが、狭くもない。
現在トビィがいるファンド大陸中の港から船が出ている筈なのだが、竜騒ぎで休航中。
ジェノヴァは休航だが、他の港からはどうなのか、そこが重要な問題だ。
骨折り損だけは避けなければいけない、時間の膨大な無駄である。
全航路を把握すべく、トビィは食事を終えると色めき立つ女達を他所に直様港へと直行した。
急坂を上り、緩やかな道を辿っていくと、潮の香りが漂い始める大きな道に出た。
一気に下るともう港である、船員達が焚き火で獲れたての魚を焼き、豆を煎りコーヒーを飲んでいる。
船員達に行き先を告げると驚愕と好奇の瞳で見られたが、親身になって教えてくれた。
明日、カナリア大陸のドゥルモへ出航予定の船があるのでそれに乗船し、到着後陸路で北の地フランドルへ赴き、そこから船でコスルプへ移動すべきだ、と指示される。
圧倒的に安全で、最も敏速な行動が出来るそうだ。
地図を見つつトビィは顔を大袈裟に顰めた、結構時間がかかりそうなのだ。
しかし、それが最良らしい。

「竜達がどうも南下しているらしいんだよな・・・。だから、その経路ならば可能なんだ」

カメリア大陸と言えば、先日不穏な噂を聞いたシポラ城がある大陸でもあった。
不審に思っていたトビィは、可能ならばそちらも調べようと心に決める。
本来ならば無視したいところなのだが、どうも気になる。
破壊の姫君、という単語がどうも引っかかるのだ。
船員に礼だけ述べると、トビィは踵を返す。
ハイが乗ってきて、トビィがここまで乗ってきた馬も金を払えば船に乗せてもらえる、しかしこの馬を売り払い、その金でカナリア大陸で馬を購入したほうが効率が良いだろう。
船の出発は明朝、棒の様な足で馬を売り払い宿へ戻るとベッドに倒れ込んだ。
夕方頃起きて、情報収集に向うつもりで、今は死んだように眠り続ける。

トビィよりもかなり遅れてアリナ達はジェノヴァへと戻ってきた。
馬車は旅が一番苦しいであろうライアン達が主力で使用する事になり、一応解体して二台に分けたのだが、多少ガタの来たほうを貰い受けた。
馬も、力強そうな馬をライアン達に引き渡した。
アリナとクラフトが交代で必死に馬車を操り、途中魔物との戦闘に苦戦しつつようやく到着。
明け方、太陽が地平線の彼方から顔を覗かせている。
ほぼ睡眠をとらずに、馬車で移動したのだ、皆疲労はピークである。
食料もほぼライアン達へと受け渡した為に、干し肉とパンと水で我慢した。
アサギという友達がいなくなってしまった以上、勇者達は小さいとはいえ覚悟を決めたのである。
誰も不平を言わなかった。
間近に城壁が迫り、夏の荒々しい太陽の光に苛立ちを覚えつつ、とりあえず身体も精神も限界に近かったが運良くジェノヴァに帰還出来ただろう。
皆が皆、抑鬱状態、しかし。
港へ赴き、カナリア大陸への出航時間を聞けば数時間後、とのこと。
都合が良い。
カナリア大陸へ渡るメンバーはアリナ、クラフト、ミシア、ダイキ、サマルトの五人である。
ジェノヴァに滞在するムーン、ブジャタ、ケンイチ、ユキの四人と別れの食事を摂る。
固定式の屋台食堂で、質素だが別れを惜しむ暇すらなく。
ご飯の上に並べられた好きな惣菜をかけて食べる、というセルフ式の屋台だ。
カレーや煮物、炒め物とバラエティにとんだものだった。
疲労感で食欲などなかった筈の勇者達だが、流石に鼻から美味しそうな香りを吸い込むと、無我夢中で腹に詰め込み始める。
畏まった店よりもこういった店のほうが、子供の勇者達にとってはありがたいかもしれない。
ここで別れ、アリナ達は船に乗り込み、船室で睡眠をとることにした。
ブジャタ達は手頃な宿を手配し、そこで暫く滞在することにした。

そう。

アリナ達が乗船してから数分後、トビィが同じ船に乗り込んだ。
客室の場所も違うトビィとアリナ達。
まさか同じ船に乗っていようとは、夢にも思っていなかった。

「ダイキ！　頑張るんだよ」
「あぁ、ケンイチとユキもな！」

独りきり、ダイキは緊張した面持ちでベッドに転がる。
寝息を立て始めたサマルト、クラフトと同室だった。
眠いはずなのに、緊張して眠れない。
一人旅もいいとこである、やはり友達がいないというのは寂しい。
けれども身体を横にし瞳を閉じれば、数分後には寝息が聞こえ始めていた。

船は悠々と進む。
波間をぬって大海原をゆったりと。
純白の薄い雲が船旅を和ませてくれた、雲の形を見ながら色々と何かに例えてみたり。
結構退屈凌ぎになるのだ、これが。
安穏な旅に、人々はすっかり安心していた。
魔物達が人々を襲い、場合によっては魔族が村を壊滅させるというこの時代。
ブラシを担ぎ、甲板を掃除している船員達は太陽の暑さに身を焼かれる思いで汗を流しながら働いていた。
時は正午、早々と食事を終わらせた客達がちらほらと甲板に姿を現す。
午後のひと時なのか、照り返しが暑いこの時間によくやるよ・・・と苦笑いする船員達。
食事に行けない船員達は、満腹の笑顔でまったりとベンチに座っている姿を見ては唇を尖らせた。
酷である。
船員達の食事は、客がいなくなる１５時頃からだった、それまで耐えねばならない。

「腹減ったー」

船員の一人がぼやいて、ブラシに寄りかかりながら瞳を閉じる。
友人が懸命に掃除をしながら、苦笑いで我慢我慢、と呟いていた。

「そんなそのやぼったい表情は、仕事しろよ。まるで今の空みたいだぞ」
「空？　・・・あれ？　本当だ、曇ってきやがった」

先程の青空は何処へやら、瞬く間に暗雲立ち込め、光を遮る。
２人の船員は神妙に頷き合うと他の船員達と合流すべく駆け出し、マストの安全を確認する作業に入った。
掃除は一時中断である。
ブラシを道具入れに押し込むと、敏速に個々の持ち場へ向う。

「安閑としていられないぞ！　一雨来るっ」

騒ぎ出した船員達に、客達も早々に船室へと戻っていった。
うろついていた子供を抱き上げ、最後の客が甲板から姿を消すと、静まり返る甲板。
不気味である。
雲を見る為に気象予報士が甲板へ上がってきた、風と雲の動きを瞳を細めて眺めている。
空は不気味な色に覆われ始めた、間違いなく、何かの前触れだ。

「これは・・・！　でかいぞ、大嵐だ！　見ろ、あの空の色。今に振り出す、雨脚で終わりそうもない」

声を荒立て、気象予報士見習いが叫んだ、それをきっかけに大粒の雨が降り出す。
まるで矢の様だ、露出した肌に痛いほどぶつかってくる雨。
かなり急激に気温が下がった、非難の声を上げながら嵐に備え準備をする船員。
身体を雨曝しにしたまま、作業を懸命に続ける。

「船長、これは久々にでけぇ嵐ですな！」
「・・・覚悟しておくがいい、侮るな、嵐だけでは・・・すまんぞ」

甲板に上がってきた船長が、重々しく吐いた言葉に震える船員達。
遥か地平線を必死で見極めようと瞳を細める、額の雨を拭いながら、遠くを睨む。
熟練された、人を圧迫する視線の先に捕らえたものはなんなのか。
そしてまた、船室では不安そうな客達が絶えず話をしていた。
船の傾きが大きくなる、不気味に船体が軋む。
もちろん、船室でトビィも耳を済ませていた。
身を起こし、グラスの中のワインを飲もうとしていたのだが、深紅のそれが血液のように揺れて蠢いていた。
傍らで女が小さく呻いて、寝返りをうつと、トビィの腰にしなやかな腕を絡ませ猫のようにじゃれついてる。
気にも留めず、トビィは一気にグラスの中のワインを飲み干すと、女の腕を払い除けてベッドから這い出た。

「待って、トビィ。酷いわ、何処へ行くの？」

憤慨した様子で余韻の残る女は切なそうに、顔を紅潮させて叫んだ。
衣服を身につけつつ、嘲笑うように振り返るとトビィはこう告げる。

「別に大したことじゃない。直ぐに戻る」

その一言に、女は安堵の溜息を漏らした。
胸を撫で下ろすと艶やかに息を吐きながら、待っているわ、と小首を傾げて手を振る。
その豊満な胸を隠すことなく。
部屋を出て行ったトビィを思い出しながら、ベッドに肉体的疲労で倒れ込む。
信じられない、あそこまで凄いだなんて・・・。
呟き、うっとりと瞳を閉じると小さく笑った。
髪をかき上げ、自分の身体を抱き締めトビィを思い出す。

「早く戻って、トビィ」

ちなみにトビィと床を共にしているこの女、名前をロザリンドといった。
船に乗り込み、甲板で吟遊詩人の詩を聞いていたトビィ・・・。
正確には聞き流していたのだが、それはさておき。
「もし」、と声をかけられた。
怪訝に振り返るとそこには、金髪に豊満な肉体を見せ開かすような身体にフィットするドレスを身に纏った、情婦のような女が笑みを浮かべていたのだ。
占い師だ、というその女に退屈凌ぎに、とトビィは部屋へ招かれる。
出会いの記念に、と上等なワインを勧められた。
なかなか良い部屋で、とりあえず一通りワインを愉しんだトビィ、女は本当に占い師だったらしく、何やらカードを持ってきた。

「何を占おうかしら？　私達２人の未来？」

くすくす笑う女に、トビィもにこやかに笑い返して一言。

「オレと愛しい想い人、２人の未来」

唖然と口を開いて、わなわなと身体を震わす女。
怪訝にトビィは立ち上がる。

「勘違いするな、悪いな、オレが本気なのはアサギだけだ。遊びの相手なら何時でもしてやるが、独占しようなどと考えるなよ」

面倒だから。
冷ややかな視線を投げつけるトビィに、女は歯軋り。
こうも他の女の話を優しい笑みで言われては、こちらが恥ずかしくなる。
けれども、トビィは自分が蔑まれてもそれでも必死で繋ぎとめて居たい様な男だった。
稀な美貌の持ち主、見ているだけで圧倒される存在感、思わず抱き締めたくなる引き締まった身体。
もともとこの船旅でのただの遊び相手だ、本気になる筈もないし、第一年下である。
女は冷や汗を額に浮かべながら、それでも、ベッドへと誘った。
口付けを拒み、衣服も全部脱いだわけでもない、そんな扱いを受けても、尚。
女はトビィに、溺れた。
こんな男、見たことがない。
まだ若いのに、全てにおいて完璧だ。
唯一癪なのは、堂々と愛する女が居る、と言い放つところ。
身体は許しても、唇は許さない、つまり女はトビィにとってただの欲望の捌け口でしかない。
それでも。

女はトビィを待っていた。
その船室でトビィを待っていた。
待ちきれなくて、衣服を着ると、トビィの後を追いかける。
男を追いかけてみるなんて、久し振りだった。

不味いわね、久し振りに本気になりそう。

苦笑いした女・ロザリンドは小走りに紫銀の髪の男を探す。
船体が大きく傾いた。